第184話 橋を渡る2人と1人
天人族の兵団の間を割って、ウリウリアを先頭にメレティミと2人並んで歩く。
同族から向けられる無数の蔑視と無言の圧力に、隣にいるメレティミが僅かに肩を震わせた。しかし、動揺はそれだけだ。彼女は周囲から注がれる視線もものともせず、凛として前を向き続けている。
口は猿ぐつわのように布で塞がれ、両手首には縄紐を巻いて、手綱のように伸びた紐をウリウリアに引かれながら橋を占拠しているグラフェイン飛空騎士団と称するならず者たちの前へと、やや距離を取りながらも立った。
前方はならず者たちから奇異な視線を受け、後方は天人族の衛兵から睨まれる。
前も後ろも3人は注目を浴びた。
「……シズク、と呼ばれる少年、並びに青髪の少女を捕えた」
はい、それでは――とウリウリアは2人を渡すことはしない。
当然とばかりに両者の間にいさかいは起こった。
「引き渡す条件として私がこの2人を連れて行かせなさい。無論、貴様たちは誰1人として着いてくることは許さない。条件が飲めなければ2人を渡すことは出来ません」
「はぁ? お前らは人様にものを頼める立場じゃねえ。いいからさっさと2人を渡せ」
「そうか。では、仕方ないな……」
「渡さないつもりか? お前たちの大切な長様たちがどうなってもいいっていうのか? 手始めにそこに転がってるお仲間から殺してやろうか?」
「いや……待て、早合点をするな。何も渡さないとは言ってません。もちろん渡すさ……ただ、形が変わることになる、ということです」
「……どういうことだよ」
ウリウリアはメレティミの青髪を掴んでは後ろに引き、突き出された真っ白な首に短剣をかざす。
「何の真似だ!?」
「首を切り落とします。2人より2つになった方が持ち運びやすくなるでしょう?」
ウリウリアは普段通りの感情の乗らない顔で、抑揚もないままに口にした。
首を差し出される――予想外の返答に見張りの男たちに動揺が走ったのは目に見えてわかった。
「な……おい! いいのかよ! シズクってガキはともかく青髪の女はお前らと同じ天人族だろ! 自分の仲間をそんな簡単に殺せるのか!」
「この2人は外から来た余所者です。同じ種族というだけで、身内でも無ければ情の1つもない。その上、こいつらは昨日、我々天人族を代表する四天の挙式を台無しにした重罪者だ。殺されても仕方ない罪を犯したんです」
「出まかせだ! あいつらはそう言って橋を渡る腹積もり……っ!?」
他の男が言い終わる前に、ウリウリアがバターを塗りつけるように短剣を転がす。メレティミが小さくうめき声を上げた。
刃先の軌道に沿うように彼女の首から赤い血が垂れた。
口を塞がれくぐもった声しか出ないが、メレティミが身悶え短剣から逃れようと必死に首を振り拒絶の意志を見せる――演技だ。だが、首の切り傷や血は本物だった。
橋を占拠している男たちの視線がメレティミの首へと集まる。
「お前たちの主人は首だけになった2人を求めているのでしょうか? いや、殺せとは1度たりとも命令はしてなかったな? あの様子からして、2人に対して何らかの遺恨をもっているはず……ともなれば自らの手で制裁を加えたいと考えているということだ」
男たちは顔を曇らせてメレティミと短剣、そしてウリウリアへと何度も視線を向けた。
この場の空気はウリウリアが掌握したらしい。目に見えて彼らが引き腰になっているのがわかる。もう少し粘られると思ったが、こちらとしては好都合だ。
「もう1度言う。渡るのは私1人です。別に悩むことはないでしょう?」
「い、いや、ま、待て! 1つ聞かせろ! なぜだ! なぜお前も橋を渡る必要がある!」
「……わかりました。お答えしましょう。この2人を捕まえるのにこちらは多数の犠牲者を出しました。苦労して彼らを捕らえたというのに、処罰されるところを見れないなんてこちらの溜飲が下がりません。ですから、ここにいる皆を代表して私が見届けることになりました。いいでしょう? 魔法の使えない私など、ひ弱などこにでもいる女です」
「……っ……いいやっ、駄目だ! 要求は聞かねえ! そいつらを捕らえることもそうだが、俺たちの第一の命令は橋に誰も通すなってことだ! お前らこそこちらには人質がいることを忘れてねえか! ごちゃごちゃ言ってねえでさっさとそのガキどもを寄こせ!」
足元に転がされている捕縛された天人族へと自分たちもと剣をかざす。
しかし、ウリウリアも表情は崩さない。彼女はいつも通りのその表情で、いつも通りの抑揚で言葉を口にするだけだ。
「確かにこの2人と違って彼らは私たちの大切な同胞です。しかし……すまない。貴様たちは我々のために死んでほしい。里の為、その命を私たちのために……捨ててくれ」
剣を向けれた天人族はその言葉に一瞬怯みを見せるが、それ以上の動揺は見せなかった。
彼らには話は伝わっていない。
「……はい! 私たちが皆の足枷となっているのであれば、里の為、同法の為!」
「この命惜しくはありません!」
「どうかエネシーラ様共々里の人たちをお守りください!」
しかし、こちらの意を酌んでくれたのだろう。
「約束しよう。貴様らの死は無駄にしない」
「お前ら正気か!? ぐっ……」
日頃から淡々としたウリウリアの姿勢はほぼ素に近いが、彼女なりの血も涙もない非情な女騎士を演じ(――ろとメレティミに言われ)た結果、目の前の男たちを欺くことに成功したようだ。
多少冷静な頭があれば、先ほどのウリウリアの激昂した姿から打って変わり、今の冷静な落ち着き様を見て何かを隠している程度には考えられた者もいるかもしれないが……そうはさせない。
今までいたぶり人質としていた天人族からもさっさと自分たちを殺せと声を上げ、荒くれたちの死角から出た合図に合わせ、3人の背後で囲っている天人族の衛兵らが足踏みを始める。
男たちに考える暇を与えないかのように足音は次第に大きくなっていった。
「話を戻しましょうか。ここで2人をみすみす殺させたら……あなたたちには一体どんな処罰が待っているのでしょうか? 結構短気そうな人の様ですから、最悪……」
「だ、だがっ……」
「早く決めてください。手が疲れてきました」
「くぅぅぅ……わ、わかった! わかったから、早く刃物を降ろせ!」
「助かります」
見張りの男たちはお互いに顔を見合わせはするが、ウリウリアの条件を飲み込むのに時間はあまりかからなかった。
人質を取られ、足踏みによる重圧をかけられ、考える時間も冷静な空気も与えることはしなかったことも大きい。
道を開ける見張りの男たちの中には最後の抵抗とばかりに刃物を、魔道具をウリウリアへと向ける者もいたが……。
「……誉れ高き天人族たる衛士たちよ聞け! 蛮族どもが私の進行を邪魔しようものなら一斉に突撃せよ! 死は恐れるな! 貴様たちの命も里の安寧の礎となる! 聖ヨツガ様の顔に泥を塗る蛮族たちに魔法を封じられたからといって何も出来ない腑抜けと見くびられるな!」
止めとばかりに、先ほどまで抑揚を抑えていたウリウリアが声高らかに背後に控えていた天人族へと命令を下す。
今まで睨み付けるだけでだった大勢の天人族全員が武器を構え咆哮を上げると、人質のことを忘れ、男たちは武器を降ろすほかに無かった。
「通るのは私だけだと言っている! 私はお前らのようなしっぽを振って自分の身を可愛がってる犬とは違う! いいからさっさと道を開けろっ、この駄犬どもが!」
最後にそう叫べば、男たちは一斉に端によって道を開けてしまう。
天人族たち胸に手を当てた敬礼を背後より受け取りながら……ウリウリアの脅しもあり3人は無事に架橋を渡ることが出来た。
先ほどまで我が物顔でふんぞり返っていた男たちだったが、今では前を進むウリウリアを畏怖しながら眺め続けていた。
しかし、この中で1番怖いのは、自分の首を切るよう提案したり、人質に死ねと命じさせたり、威圧とばかりに皆に足踏みをするよう命令をした――今回の計画を考えたメレティミだと、リコは思った。
◎
ウリウリアを先頭に、メレティミとシズクが……いや、リコが後ろから連行される形で橋の上を進む。
そう、リコだ。リコは今、シズクとして振る舞っている。
動きやすいちびなリコではなく、大人のリコの姿でだ。
大人になった後はシズクから受け取った胴着を羽織り、長い赤い髪は赤いマフラーで巻いて隠し、胸はさらしできつく締め付ける。
締め付けて隠した胸が特に窮屈だったが、2人の為だと思えば我慢は出来た。
シズクからばれてはいけないからと口を開くことを禁止されているが、いつもならぶーと文句を言うところだ。
状況が状況なので、また中にいる2人にもお願いされたので、リコは渋々と言うことを聞いた。
「さすがね。名演技だったわ。ウリウリは役者の才能もあるんじゃないの?」
「……肝が冷えました。あんなことはもうこりごりです」
メレティミは口に巻かれていた布を舌を使って首元へと下げて、くすりと微笑みながらつぶやいた。ずるい。
リコには黙っていろって言った癖して、ずるい。(……まあまあ)って中から言われてもずるいものはずるいと思うのだ。
「金輪際、この様な真似は御免被ります…………演技とは言え、切ってしまった首は痛みますか?」
「あれくらい慣れっこよ。わたしが里に出てからこんなケガは日常茶飯事――ふふ、わたしの心配してくれるんだね?」
ウリウリアは一瞬だけ動きを止めた。そして、直ぐに歩みを戻す。
遠くからゼフィリノスの嫌な声だけが聞こえてくる。ルイに嫌がらせをしているようだ。リコはむっと腹を立てるしかできない。
2人も聞こえてる癖して聞こえてないふりをしてるみたいだ。2人ともリコみたいにむっとしてる。
この嫌な騒音を掻き消すみたいにウリウリアがまた口を開いた。
「この件が片付き次第、私たちはあなた方を手にかけるでしょう。またあの日のように……」
「殺すってこと?」
「……率直に言えば」
「そうしたら、今度はもっと上手に逃げるわ。ルイを連れてね」
前を歩くウリウリアには見えなかったがメレティミは大きく、そして寂しげに笑っていた。隣にいるリコだけ見ていた。
前を向いたまま、ウリウリアは言う。
「……教えてください。あなたは一体誰なんですか? なぜフルオリフィア様と同じ顔をしているのですか。ミッシングは造形まで弄れるんですか?」
「……昨日言ったことが全てよ。わたしはメレティミ・フルオリフィア。ブランザ・フルオリフィアが身体を壊してまで精製した2つの魔石の片割れ。また、ウリウリ……貴方をよく知り、信愛している人物でもある」
「……嘘です。フルオリフィア様がお産みになられたのは、外から来たあなたではなく、前々から里にいるルイ・フルオリフィア様だけです」
違うのはウリウリアの方だと思ったがリコは素直に黙りつづける。
ルイはリコたちと一緒にいたのだ。元々里にいたのはメレティミの方だ。
でも、メレティミは言い返さない。薄らと微笑んだだけだった。
「……ねえ、ウリウリ」
「なんですか?」
「……わたしがウリウリって言っても怒らないよね?」
今度ばかりはウリウリアも驚いたようにこちらへと振り向いた。そして、直ぐにまた前を向いた。
「それは……そうだ。その名で呼ぶのはよしなさい。この愛称を呼んでいいのはこの世界でただ1人しかいません」
「つまり、わたしね」
「違う。貴様なんかではない。私が生涯をかけて守ると誓った恩方の息女ルイ・フルオリフィア様以外に――」
「……ねえ、ウリウリ」
「だからやめろと……」
「お母様から聞いたんだけどさ。子供の名付け親になってくれって頼まれたんだよね」
「何故それを……そうだ。確かに私はフルオリフィア様に頼まれて生まれてきた赤子の名をつけてほしいと……」
「それが、ルイ?」
「……ルイ? 違う。私が名付けたのは……どうして? なぜだ……なぜ、私は思いだせない」
ウリウリアは足を止め、またリコたちへと振り返った。いや、正確にはメレティミへと振り返った。
眉をひそめ、苦しそうな、辛そうな顔をしていた。
「メレティミ」
メレティミが言い聞かせるように口にした。
「メレティミ……?」
「わたしの名前よ。お母様からはレティって呼ばれていた」
「メレティミ……レティ……」
「……お母様が亡くなったのはケラスの花が満開だった日だった」
「……」
「木々に寄り添って、眠るように息を引き取ったわ。死んでるなんて思えないほどとても健やかな優しい顔をしてた」
「そんな、こと……調べれば……わかります」
「調べるってどうやって? あの場にはわたしとウリウリの2人しかいなかったのに?」
「それは……もう黙ってください。……あの方の死を軽々と口にして……はっきり言えば癪に触ります」
そっか……とメレティミが悲しそうに呟く。
リコと僅かに目が合うが、彼女は優しく微笑み返してくる。
俯いたのは一瞬で、メレティミはすぐに顔を上げて口を開く。
「……ウリウリさ」
「その名で呼ぶのはやめろと言いました」
「わたしが作ってあげた耳飾り。今も着けてくれてるんだね?」
「は……何を言って……これは……」
ウリウリアは自分の耳へと……青い石のついた耳飾りへと手を伸ばした。
「ちなみに今のルイって金魔法は覚えたの? いえ、使えるの?」
「……使えるはずです。ここ最近は木魔法を熱心に学んでいましたが……彼女は幼いころから亜人族たちの居住区に構える鍛冶屋に……」
「アルバさんにはすっごいしごかれたね。最初の頃は半泣きでハンマーを握ってたわ。……数日前に顔を出して聞いたけど、ルイが火事場に来たのは前にわたしと一緒に行った時の1回だけだって聞いたわ」
「……嘘です。彼はおいそれと女性を火事場に入れるようなことはしません」
「そうね。初見であればきっとわたし1人で行ったところで話すらまともに聞いてくれなかったわ。紹介が無ければわたしはアルバさんとは知り合えなかった」
「では、誰があなたを紹介したと?」
「もちろんそれは――……堂々巡りね。きっと言っても意味はないわ」
メレティミは紐でくくられた両腕のまま自分の首もとへと手を送り、服の下からシャラリと鎖を引いて青い石のついたペンダントを出した。
確か、ラゴンと呼ばれる2人の恩師から渡されたルイのペンダント――がメレティミの胸元で揺れる。
「……これ、ルイから預かったものなんだ……って、言ってもはまってる石以外、縁も鎖も全部新しくしちゃってさ。けどね、見て……その耳飾りと同じデザインになっちゃってるの。別に意識したわけじゃないだけどね、多分無意識にそういう風に作っちゃったんだと思う」
「私は、意匠の違いには明るくありません……」
「じゃあさ――」
「……もういい加減にしてください! 何故私が貴様らミッシングと慣れ合わなければいけない! あなたを見ているとさっきから頭が痛くて、イライラするんですよ!」
「ウリウリ……」
話を続けようとするメレティミだったが、ウリウリアは怒声を上げて遮った。
今度ばかりはメレティミの顔も強張る。泣きそうな顔になる。
(リコは、まだ話しちゃいけないの?)
そんな大声を出して全部否定して――メレティミを怖がらせるウリウリアをきっと睨み付ける。
リコの目を見てか、怖い顔をしているウリウリアは直ぐに眉を落とした。
「すみません。感情的になりました。この件に関しては謝ります……行きましょう」
「うん……」
またとぼとぼと3人歩く。
橋は中腹を越えた。
先には緑の葉を茂らせるケラスの木で出来た門の下で、見張りの男たちがリコたち3人を見ている。
今度はあそこだけど、次はどうするの? と気を落としているメレティミへと視線を向けた時だった。
「……あなたの言っていることは本当なのですか?」
ウリウリアが、前を向いたまま訊いてきた。
「本当って何が?」
「……ブランザ・フルオリフィア様の娘であるということです」
「本当って言っても信じてもらえないでしょ……ウリウリ自身で思いだしてよ」
「わたしが、忘れているとでもいうんですか?」
変わらずウリウリアは前を向いたままだったが、メレティミは頷いた。
「忘れたままわたしを殺すなんて言わないでよ。その後なら何とでも言っていい。だから、せめて思いだしてから殺すかどうかを決めて。じゃないと、許さない……――けど、ただじゃ殺されないし殺されもしないけどね!」
と、両手を上げ、指を1本伸ばしてウリウリアをさす。
今度は、ウリウリアは振り返って指を見つめていた。
今にも泣き出したいだろうに、メレティミは強がって無理やりウリウリアへと笑いかけている。
――頑張ったね、と褒めたくなった。
リコじゃない。リコの中の2人がだ。そして、その2人に感化されたリコもいる。
今すぐにでも両手を広げて彼女を抱きしめてやりたいと思うが、リコは黙るだけ……なんだ!?
『……う、うん。わかった。話すからお願い。それだけはやめて』
『いい子だ。さあ、シズクが来るまで楽しくおしゃべりをしようよ』
今まではゼフィリノスの独りよがりな声だけが聞こえていたが、ルイに会話を強要している。
そこはいい。聞きたくもない。次だ。
リコはいつもとは違うシズクやメレティミと同じ耳を立てて、突然聞こえてきた音へと集中する。
「……歌だ」
腕を降ろして、メレティミが呟いた。
そう、歌だ。リコが耳を立てたのは、歌――それよりも、ルイが口にしている言葉の方だ。
これは少し前にリコたちがいたトーキョーでの言葉、ニホン語だ。
どうしてルイがニホン語で歌を歌っているのか。リコにはわからない。
「……歌、ですか?」
「うん。わたしがね。前にいた世界で好きだった歌なんだ」
「やはり、あなたは異世界の人間なのですね……」
「まあ、ね。今まで黙っててごめん。お母様からずっと口止めされてたんだ」
「……待ってください。フルオリフィア様はご存じだったと?」
「うん。そして、このメレティミの中に別の人間が入ってるって知ってもなお、お母様はわたしのことを受け止めてくれた……って、言ったら信じる?」
「……あのお方ならば、と頷きましょう。ただ、その話自体が信じられません。……言っておきますが、たとえの話ですからね。あなたがもし私の知るフルオリフィア様の娘だったとしたら、という場合の話ですから」
「……頑固ね。いいわ。今は過去の話はひとまず置いておくわ……何よこれ」
メレティミは眉を吊り上げて、目の前へと睨み付ける。
歌は続いた。歌の後ろで男が、ゼフィリノスらしきものの驚く声も聞こえる。
リコも聞いたことがある歌だ。歌ったという本人もみた。そして、メレティミが何度だって口ずさんでいたことも知っている。
しかし、時たま聞くメレティミの歌とは違って、聞いているととても悲しくなっていく。不安と悲しみがいっぱい詰まったような歌声だった。
「私には意味はわかりませんが……とても悲しく感じます」
「……ルイ。わたしは確かに楽しく歌うには適さないって言ったけど、こういう風に歌えとは1度だって言ってないわ」
メレティミはいつもシズクを怒るよりもぎゅっと目つきを鋭くして前を向いた。
『何でお前がその曲を知ってるんだ! ま、まさか、お前も……! お前も、俺のいた世界から生まれ変わったのか!?』
ルイの歌声を掻き消すようにゼフィリノスが怒鳴り上げる。
え、ルイもなの? と、聞こうとしてもまだリコは黙ったままだ。
話しちゃいけない……もう話してもいい?
「……今回の首謀者もまさか異世界の人間!?」
ウリウリアの驚きにリコだけじゃなくて、メレティミも答えなかった。
リコもメレティミも、目の前の奥にいるであろうゼフィリノスへと睨み付ける。
「……さて、無駄話もここまでかな。もうすぐ親玉とご対面よ」
「はい。そうですね――……っ……フルオリフィア様っ、後ろを!」
言われてリコもメレティミもウリウリアの示した先へと振り返った。
◎
――山が動いていた。
いや、山ではない。あれは土の塊だ。土の形をした大きな人だ。
土で出来た巨人が、里を覆う外壁を崩していく。
先ほどまでリコたちが通ろうと苦戦していた大通りを1歩1歩と進んでいく。
巨人が進むたびに、足音とは別に建物の壊れる音も耳にした。
「……何よ、あれ」
「わかりません……ですが、先を急ぎましょう。どうやらあの巨人もこちらに向かってきているようですから」
橋の終わりにいる見張りの男たちもまたあの巨人へと目を向けているのがわかった。
(シズク……どうする? へんなの出てきちゃったぞ。まったく、メレティミの変な作戦は本当に成功するのか?)
声が出せない代わりに、リコは空を見上げて自分が守る大切な存在へと思いを送った。
シズクもあの巨人を見て、驚いていることだろうか。
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