第182話 神域の間を目指して

「いたぞっ、あの2人だっ!」


 出発した僕らの行く手を天人族たちが遮る。

 彼らにしたらルイたちを助けようと思ってのことだけど、僕だって助けたい気持ちは同じだ。

 邪魔せずに僕らを行かせてくれ。ルイのいる世界樹へ!


「――シズク、うえっ! きをつけて!」

「はい! さっ、とおっ! レティちょっと伏せて!」

「だ――! 煉瓦なんて家の中置いてんな! ざけっ、んじゃ……ないわ! これもこれもっ……あのヤロウ! 覚えてろよ!」


 広場まで一直線で行ける大通りに軒を構える家々からは、僕らの進行を妨げようと色々なものが投げられる。鉢植えやお皿なんかの陶器は思ったよりもマシな方だ。包丁やナイフ等の刃物も躊躇なく投げてくる人もいた。

 一番厄介なのは服や毛布いった布類だ。振り払うのに失敗すると行動を阻害されることもある。現に投げ込まれたタオルが僕の顔面に被さってしまい、リコが振り払ってくれなかったら、次のものに対処しきれないところだった。


『……えー、再度、里に住む者たちに告げる。この里にシズクと言う名の黒髪の魔人族がいるはずだ。そいつを引き渡せ。応じなければお前たちの長たちの安全は保障できない』


 スピーカーのようなものが設置されているのか、あちらこちらからゼフィリノスの声が聞こえてくる。

 その奥ではルイの悲鳴混じりの拒絶の声も流れていて、歯ぎしりをする以外にできることはない。


 投擲物以外にも、今まで屋内に籠っていた人たちも続々と外に出始めている。

 そして、“外にいた人”とも衝突する。この場は人と魔物と天人族が入れ混じっての混戦状態だった。

 どうして魔物が里の中にいるのだろう。

 投擲物とは別に飛びかかってくる魔物を叩き落としながら、ふと――流れる視界の中で1人の子供が目に入った。

 天人族じゃない。魔人族とも違う。では、普通の人?

 僕らよりも背の低い、多分年下の子供が奇妙な杖をこちらに向けていることに気が付く。


 先端にはコアみたいな石がはめ込まれた不思議な杖を持った少年とはそれっきりだったが、先に進むと同じような杖を持った子をまた視界にとらえる。

 その少年は魔物たちに囲まれていた。彼は杖を掲げると、周りにいた魔物たちは一斉に指示した方向へと襲い掛かっていた。


「もしかして、あの杖で魔物を操ってるとか?」

「魔道具かしらね……」


 あんな小さい子たちもグラフェインの兵隊の1人ってことだろうか……ぐっと奥歯を噛みしめる。

 家の外に出た天人族たちは周りを徘徊している魔物たちの対処に躍起になったり、ゼフィリノスの兵隊たちと衝突していたりする。

 しかし、押しているのは天人族側だ。数の上では彼の兵隊よりも当然と里に住む天人族に分がある。

 天人族たちは錯乱気味に兵隊たちや魔物と対峙していた。あちらこちらで喧騒が飛び交っている。

 この嫌な空気で魔法は使えないようだが、剣や杖を構え、じりじりと多数でグラフェイン兵団らを囲いだす。箒やクワ、シャベル、鎌等の農具を持つ人もいる。

 先ほどまで我が物顔で里の中をかっ歩していた男たちが、今では魔法が使えない天人族に囲まれて弱腰だ。


 途中、兵隊の1人が自分らを囲う天人族へと、汚い言葉で罵倒しながら銀色の長物の先から網を飛ばした。

 少年の持ってた杖と同じく網を射出した長物も魔道具だろうか。毛布類以上に捕まったら厄介そうだ……けど、射出された網に捕まるのは数名で、次弾を撃つ前に、掴まえた以上の数の天人族たちに他の仲間共々捕まり袋叩きにあっていた。


「……い、嫌だ、こないで! やめて!」

「この子供も奴らの仲間か!」

「こ、子供だとしても容赦はするな!」


 捕らえられ男たちと同じく、魔物に囲まれた子供も一緒に鈍器で殴られるところを見た――。


「シズク、気を取られないで!」

「……わかってるよ!」


 多分、少年は僕と同じくゼフィリノスに買われた奴隷なのだろう。

 少年を助けてあげたいと思っても、彼を助けられるほどの余裕は僕らには無い。

 奴隷である彼らを囲う人以上に、僕らを追いかける人たちの方も多い。立ち止ることは出来ない。


「気をつけろ! 奴らも魔物を操っている! 鉄の魔物に乗ってるぞ!」

「狙うなら乗っているフルオリ……青髪の娘を狙え!」

「止まれ! お前たちを差し出せばエネシーラ様たちは助かる!」


 果敢にも飛び掛かってくる人には申し訳ないけど投擲物と同じく鞘に納めた剣で叩き返す。今の阻害された強化魔法では力の加減なんて出来ない。

 轢かれることも覚悟してか両手を広げて僕らに立ち塞がってきた人もいた。


「ば、ばかっ! 前に、出るなっ!」


 レティは悲鳴を上げながらもブレーキを掛けたり、車体を斜めにしたりと器用に避けていくところは流石としか言い様がない。

 でもって、そんなレティの乱暴な運転に振り下ろされなかった僕らも褒めてほしいくらいだ。


『シズクは黒くて長い髪の女と見間違える男だ(今のシズクは髪を切っていたぞ)……あ? ……切っちまったのか。ふ、ふーん、じゃあ、いい。シズクって名前の魔人族を連れてこい! 顔を見ればピンとくるはずだぞ。そこらの女にも負けないほどの綺麗な顔をしたやつだ!』


 先ほどからぼそりとゼフィリノスの奥から聞こえてくる声はイルノートのものだ。

 あいつ以上に聞き間違えることはない長年のツレはいつも通りというか、僕らの心配なんて微塵と持ち合わせていないかのような淡白なものだった。

 どうして、こんな状況でそんな落ち着いていられるのか――ルイの悲痛な呻き声とは違った苛立ちを覚えてしまう。


「ドナくん……大丈夫かしら」

「大丈夫、だよ。ルイが身を差し出してまで守ったんだ……」


 ぼつり、とレティが呟いたので、僕も同じ様に呟くように言葉を返した。

 先ほどまでドナくんの怒鳴り声やゼフィリノスの激昂した声が放送されていたことからだ。


 ――お願いだよ! ぼくもう何もしない! 逆らわない! 大人しくする! だから、だから!


 今はドナくんがゼフィリノスに暴行されて酷い状態ということだけがわかっている。

 音だけでは状況は殆ど理解できないけど、ドナくんは重傷を負っているのかもしれない。

 しかし、音だけだからこそだ。そのやり取りが流れだしたころから、天人族の居住区が慌ただしくなった。天人族たちの想像を掻き立ててしまったのだろう。

 この放送が無ければ僕らもすんなりとルイたちのいる広場まで行けたはずだ。


 途中、何度か路地裏へと進路を変更し、里の中心にある世界樹に向かうのに大きく遠回りしている。

 世界樹はどこからだって見えるのにまるで遠ざかるようにも感じる。


「あとどれくらい!?」

「わたしだってこんなところ通ったこと無いからわかんないわよ!」

「どうして生まれた時からいるところのことがわからないんだよー! レティの役立たず!」

「役立たず!? もとはと言えばあのアホに恨まれたあんたが悪いんでしょ!」

「僕のせいだって言うの――」

『あー、ルイなんだっけ……(フルオリフィアだ)……そうそう、ルイ・フルオリフィアに似た女もシズクと一緒にいるはずだ。そいつも捕まえろ! おい、偽物女っ、俺を殴ったことは忘れねえぞ!』

「――って、レティも恨まれてるじゃん!」

「わ、わかったわよ! 後で覚えておきなさいよ! だ――! あいつもう1回どころか5回は殴っとかきゃ気が済まない!」

「いいからメレティミはしれはしれ!」


 レティとの口喧嘩は毎度のことだけど、正直今はそれくらいのことをしてない気が昂ぶって仕方ない。

 移動中、放送は継続して流れ続け、ゼフィリノスの声の奥には複数の人の声が聞こえてくる。

 その中の1つであるルイの嫌がる声はいつまでも流され続けていた。


 嫌がる声っていうのは何やらゼフィリノスに“いたずら”されているような声だった。

 “いたずら”と言ったのは、それ以上のことを僕が考えないようにしているからだ。

 だから、考えちゃいけない。今頭に血を昇らせてる場合じゃない。レティと罵り合って少しでも興奮を抑えないと。


 くねくねと路地裏を走って、曲がり曲がってまたも大通りに戻った。

 路地裏を抜けた後、傾いた車体を戻し、一気にレティはアクセルを絞る。


(ここらの道は先ほどみたいに僕らを待ち構える人たちはいない……けど、あれ? え、なにしてるの?)


 進行方向に僕らに背を向けたゼフィリノスの兵隊たちがいた。大勢で誰かを囲っているみたいだ。





「懐かしいなあ……もう100年くらい前かしら? 現役のころを思い出すわ」

「うー、面倒。アグぅ……魔法も思うように出せないし私もうダルい。帰ってお酒飲みたい」

「そのために戦うんじゃなーい! がんばって! ほらほらヘナちゃんがんばって! 終わったら今日は特別に年代物の酒樽開けていいから!」

「おぉーそれなら……ちょっとはやる気がぁ……」

「出る出る! ヘナちゃんのやる気出る出る~!」


 男たち囲う中心には2人の女性が立ち尽くしていた。

 真っ赤な赤髪の小柄な女性と、桃色の頭髪を持つ女性だ。桃髪の人は億劫そうに握り拳を小さく上げた。

 身なりや武装は不揃いではあるが、屈強な男たちに囲まれているというのに、怯むところもない。

 一団から十分に距離を取ってバイクを止めたところで、微かなブレーキ音か駆動音に気が付いたのか女性陣含め彼らは一斉にこちらを向いた。


「な、なんだ! 新手か!」

「くっ……後ろの奴らは何をしてっ……いや、あいつらグラフェイン団長が言ってたやつじゃ!?」


 今まで囲っていた女性2人から僕らへと標的を変えてきそうな雰囲気の中、前のレティがぽつりとつぶやいた。


「もしかして……フラミネスママ?」

「あらあら、久しぶり! メレの方のフルオリフィアちゃん久しぶりねえ!」

「……はい。久しぶりです」


 人垣の隙間から顔を出した赤髪の天人族へと、律儀にレティはぺこりと小さく頷いて見せた。


「フラミネスママって……もしかして、フラミネスちゃんのお母さん?」

「ごめんね。今は君らの相手してあげられないの。でも、その様子じゃ神域の間に向かってるんでしょ? なら早いとこ行ってもらわないと! うちのチャカちゃんが心配なのよぉー!」


 と、フラミネスママさんはひらひらと手を振って先にいけと合図する。

 いいのだろうか? いや、無駄な争いが起こらないって言うならそれは願ったりかなったりだ。

 でも、こんな大人数を前に女性2人だけ残していくのも気が引けるし――。


「あ……おい、あいつだ! 青髪の天人族! あいつを捕まえてグラフェイン団長に差し出せば報酬はおもいのままだぞ! この化け物たちは放っておけ! あちらを優先しっ――……ぎゃ、ぎゃあああああっ!」


 と、耳の先が途切れた男がこちらへ手に持った長筒の魔道具を向けてきた――ところで、その身は一瞬で炎に包まれてしまう。

 炎は赤髪の天人族、フラミネスちゃんのお母さんの手からうねるように出たところを見た。

 最初は蛇みたいににょろにょろーって動いていたのに、男を背にした途端、炎は大きく口を開けるように広がった。なんというか、真横に向けた鳥の大くちばしにぱくりって食べられるっていうか、餃子の皮に覆われるみたいに細い炎が広がって、彼の身体を包んでいた。

 

 炎に包まれた男はその場で転げまわるが、一向に火は消えることはなく、断末魔を上げながら最後まで燃え尽きてしまった。

 あ……周りを見れば同じような焼死体がいくつか転がってる。

 後には焼け残った男の焼死体と独特な臭いだけがこの場に漂う。


「……うわぁ、悲惨だ」

「リコこのにおいきらーい!」

「……う……うっぷ」


 人体がこんがり焼き上がるところを目撃した――以前ならきっと嘔吐してたであろう光景だった。

 今は気持ち悪い……って思う程度で、悪い意味で慣れちゃったのかな。いや、死体に見慣れることの方が気持ち悪いか。

 僕の中にはリコはいない。そのため、今の僕に恐怖や畏れといった感情はない。

 だから自分のことよりもレティの方が心配だ。死体から顔を逸らした彼女の横顔は真っ青だった。

 ……こんなもの、レティには見せたくなかった。


「レティ……大丈夫?」

「……(こくこく)」


 レティはかろうじて首を縦に振るが、全然大丈夫そうに見えない。


「ちぇ、厄介ね。いつもなら一瞬で灰にできるっていうのに、厄介ねえ……じゃあ、次は誰かしら? そのネット飛ばして拘束するってだけじゃ芸が無いわよ?」

「……飛ばしてきても、切るけどね。身動きを奪うっていうのはいいけど……切れやすいって問題じゃない?」


 隣にいるピンク色の女の人がふらふらと手に持った短刀を向ける。


「ふ、普通は切れるもんじゃないだろ!」


 銀杖の魔道具を持つひとりが震えながらも噛みついた。

 普通はこうだろ! と喚く男の指の先に、網に絡まって蠢く数名の天人族たちがいた。どの人たちも網の中で剣を押したり引いたりと切断を試みてるが、なんとも苦戦している様だ。


「まったく、戦後の人たちは鍛錬が足りないのよ、鍛錬が。いいわ……地人たち! 道を開けなさい! そこの2人はあなたたちのご主人様のもとに向かってるの! いいから道を開けなさい!」

「ぐっ……!」


 彼らは慄きつつも顔を見合わせ、僕らと2人を見比べて……次第にばらつきながらも左右に別れた。

 開いた先で、ぐっとこちらに親指を立てて浅い胸を張る赤髪の女性と、背を丸めてやる気の無さそうに欠伸をする桃髪の女性が、さらに僕たちのために道を開けてくれた。

 進めってことだと解釈するよ――僕は顔を真っ青にしたレティの肩を小さく叩き、開いた道を進む。


「……こ、のっ……糞がっ!」

「くっ、この――あ」


 途中、横から何か網のようなものを吹きかけられたが、僕らを捕まえる前に糸くずとなって切り裂かれる。風魔法だろうか。出所は多分、桃髪の人だった。


「……だから、なんで魔法が使えんだよ! 聞いてねえぞ!」

「これでも十分魔法は封じられているわけだけどねえ」

「うん……全然でない……」


 ねー、と赤と桃の髪を揺らして2人は仲良しそうに顔を合わせて頷いた。


「なっ……こ、この化け物が!」

「わぁ、懐かしいなじられ方だわ。……お褒めいただきありがとうございます。ではこの化け物めがとことんお相手いたしましょう。……他種族より赤い魔女と忌み嫌われたこのアグヴァ・フラミネス。普段よりも不十分でお見苦しくなってしまいますが……地人の無作法な皆さんへと、ささやかにもその芸をお披露目させていただきます」

「畜生! お前ら2人ただじゃおかねえからな!」


 そんなやり取りを僕らは両者から過ぎ去る間に耳にした。

 フラミネスママさんは、複数の敵と対峙しながらも横切る僕らに目配せを送るほど余裕がある。

 変に心配する方が失礼って思ってしまうくらいの余裕っぷりだ。


「あの人、一体何?」

「本当かどうかわからないけど……以前、ブランザお母様が一番苦戦した相手だそうよ?」

「へ、へえ……」


 ブランザさんがどれだけ強かったかは僕は知らないけど、不敵な笑みを浮かべるフラミネスママさんは僕どころか、イルノートでも勝てるかどうかわからなそうだ。

 おっと、前から天人族の兵士たちが急いでこちらへと向かってきた。


「フラミネス様のところはもう少しだ……っ、おい、もしかして……お前らっ、止まれ!」


 また路地裏へと僕たちは逃げる。





 くねくねと狭い路地裏を進みながらも、多分もうすぐだというレティの声と同時にまたも大通りに出た。


「神域の間も目と鼻の先……あ! ちょっと隠れるよ!」

「うん?」


 どうしたのと思ったら、レティの指さす方に見覚えのある金髪の女性の後姿を確認する。

 レティは徐行しながら建物の物陰へと向かい、スタンドを立ててバイクから先に降りた。

 僕も続いて降りて、リコを抱きかかえて地面に降ろす。

 そそくさと、3人で建物の影から彼女たちの様子をうかがった。


「あれ、ウリウリだよね」

「うん、多分そう。ウリウ……リウリアさんだと思う」

「ウリウリだよ。リコ、においでわかる!」


 背を向けるリウリアさんのその奥が僕らが目指していた広場……に続く架け橋がある。しかし、ここもそう簡単には通れそうにはないようだ。

 へらへらと笑って橋を塞いでいるのはさっきから見かけるグラフェインの兵隊で、彼らから距離を取りながら向き合っているのがリウリアさんたち天人族って感じかな。


「バイクで一気に進むのもありかと思ったんだけど……」

「あの大勢の中をバイクで通るなんて無茶はしなくていいよ。下手したら今度こそ転倒するよ」

「どうするメレティミ? こんどこそリコにのるか?」

「うーん……あ」


 グラフェインの兵隊の1人が地面に網に絡まって転がっている天人族を蹴り上げ、楽しそうに笑いだす。

 触発されてかリウリアさんが前に出ようとして周りの天人族たちに止められている。


「……ウリウリは今にも突っ込みそうで見てて怖いわね」

「立ち止ってる時間もないからね」

「なあなあ、リコにのらないのか!」


 世界樹のある広場に向かうにはあそこの橋を渡らないといけない。今から他の橋に行くには時間がかかる。


「外堀を泳いでいくのは駄目そうだよね……」

「……見張りがいると思うわ」


 魔法が十分に使えるなら外堀の水を凍らせて渡るっていうのもありなんだけどな。空を飛ぶっていうのも飛行時間がどれくらい持つかもわからないから駄目か。

 そもそも、今の状態で風の浮遊魔法を使ったらどこに飛んでいくか自分でも制御できなさそうだ。

 一か八かであそこに屯ってる兵隊たちを全滅させて……だめだ。広場の入口からも監視されている。


「アニスたちも人質になってるからなあ」

「ルイだけ助けるっていうのも駄目ね」


 うーんうーんと悩みながらも時間は刻一刻と過ぎて行く。

 どうしたものかと頭を抱えながら、橋の前にいる彼らを盗み見て、僕はふと思ったことを口にした。


「……リウリアさんって、レティのボディーガードってだけじゃなかったんだね」


 遠くから見る分だけど、リウリアさんは身振り手振りを使って他の天人族の兵士たちへと指示を出している。

 リウリアさんって偉い人だったんだな……あ、リウリアさんが何やら前に出ようとして2人の天人族に抑えられてる。


「四天の護衛って言ったらエリート中のエリートよ。実力は勿論のこと、高い倍率の中を勝ち残って皆から認められないと就けない役職なの……って、以前ウリウリから聞いたことがあるわ」

「そうなんだ。うーん、僕らだけじゃなくてリウリアさんたちとも話し合えれば解決策くらい出そうだけど……せめてリウリアさんだけでも味方にできればなあ」

「ウリウリを味方にね……ん……それよ!」

「へ……? え、ちょっとレティ?」

「まあ、見てなさいって!」


 思い立ったらすぐとはレティらしいけど、一体何をするか……彼女は道端に落ちている小さな石ころを拾っては、片足を上げ投球モーション。

 大きく振りかぶってぇ……投げた!?

 僕とリコが「あ」とか「え」とか声を上げる暇もないほどに躊躇は無い。

 投げた石は一直線にリウリアさんの後頭部にがつん! と当たった。

 うわ、痛そう。今首ががくって動いたよ。ほら、後頭部を押さえながら蹲ってるし。


「……つうぅっ……――だっ、誰だ!」


 声を荒げながらリウリアさんが、こちらを向いたので慌てて僕ら3人は顔を引っ込めて……レティだけが片手を出してくいくいと手招くように動かした。

 ええ、ちょっとそれでいいの? と、ちらりと楽しげに笑うレティを見ても口元に指1本立てるだけ。

 しーって、話すなってこと? もう! 勝手なんだから!


「……リウリア様。自分が行きましょうか?」

「……いや、いい。私が行く。お前たちは引き続き見張りを! ……そこに隠れている貴様! こんな時にただじゃおかないからな!」


 どんな会話が行われていたかはわからないけど、リウリアさんの怒鳴り声だけが聞こえてきた。

 どうやら1人だけでこちらに向かってきてくれるらしい。

 リウリアさん不用心だなあ……なんて思いながらも、曲がり角から現れた不機嫌な彼女を一気にこちらへと引き込んで、壁に押し付ける。ちなみに全部、レティだ。

 レティは引っ張り込んだリウリアさんを壁際に押さえつけて、彼女が背にした壁を強く叩いた。


「きゃっ!」


 びくりと身体を震わせる両目をつぶるリウリアさんをかわいいと思ってしまうが、今はそんな軽口をたたいてる暇もこれまたないので黙る。


「……き、貴様はっ……それとシズクも……!」

「やっほー、ウリウリ! 怒り過ぎると周りが見えなくなるところは変わらないね!」


 レティには言われたくないな、って思ったけどこれも黙っておいた。


「貴様っ……つぅ……!」


 リウリアさんは突然頭を押さえて苦悶に顔を歪めた。

 あーあ、やっぱりそれくらい痛いよね。


「あ、ごめん。当たり所悪かった? いやあ、力の加減がうまくできなくてさ……ほんとごめん!」

「くっ……いや、そうではない……貴様を見るとどうしてか頭痛がして……はっ、今はそんなのどうでもいい! この騒動は貴様らのせいかと問い詰めたかったんだ!」


 いえ、誤解です。全部ゼフィリノスのせいです、と弁明したかったけどその前にレティが話し始める。


「ねえ、ウリウリ? お互いに神域の間に入りたいってところは一致してるんだからここは一時休戦――ま、争ってないけどね。一緒に協力して神域の間に向かわない?」

「なんだと?」

「え、どうするの?」

「メレティミなにかあるのか!」


 ふふん、とレティは両手を腰に当てて立派な胸を張る。

 何か秘策があるのだろうか。

 レティはにやにやと笑いながら僕を見た。


「言われた通りシズクを引き渡せばいいのよ!」


 ……はい?

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