第181話 仲直りは遠いけど
式が始まる前の神域の間に、その飛空艇は着陸した。
飛空艇というものを珍しがって気を取られたこともある。ひと月前にも西方の魔人族領に飛空艇が着陸し、今回も他大陸の住民が訪れたのだろうと考えに至ったこともある。
船は西側で止まることなく、悠々とこの神域の間へ辿り着いた。そして、誰もが呆然と飛空艇が着陸するその時までを見届けてしまった。
警備が手薄だったと言う訳ではない。
昨日のことも踏まえ、万全を期して神域の間に繋がる東西南北、四方を結ぶ橋全てに衛兵たちが配置されていた。
天人族によって封鎖された架橋を渡る他に神域の間に入る手段があるとしたら、囲うように流れる河川を泳いで渡るくらいだ。だが、無論、監視の目はそちらにも向いている。
また、式が始まれば神域の間の中は今以上に衛兵が増員される予定でもあった。
現在、神域の間は鼠……いや、猫1匹すら侵入するのも難しいほど厳戒態勢だった――それが地上からならば。
当然、空を飛んでくることも考えられたが、まさか真上から堂々と訪れるなんて誰も考えていなかった。
つまるところ、準備で慌ただしかった神域の間の内部だけに目を向ければ警戒はあってないようなものだったのかもしれない。
◎
「――は。リウリア様のご命令通り、住民たちには家屋の外に出ないように通達し終わりました」
「わかった。後は衛兵たちにも各自無用な争いは起こさないようにと伝えてくれ」
「そ……それが、一部ではすでに乱闘が起こっていると……!」
「なっ、一体どこのどいつだ!?」
「恐れ多くも……その、先代フラミネス様です」
「……フラミ、ネス様!? ……っ……くっ、あの方ならありえる、かっ……わかった。そちらに人員を。直ぐに救援……は、必要は無いとは思うが……よし、警護しつつフラミネス様の魔法の範囲内に入るなと伝えておけ!」
謎の飛空艇が神域の間に着陸してからすでに一刻ほどの時間が経過した。
無様な話だが、事態を読み取れないうちに内側から橋を渡ってきた地上人たちに、彼ら天人族たちは追い出される形になってしまったのだ。
橋から渡ってきたのはたかが10名程度の地人たちだ。だが……これまた恥ずかしい話だが、天人族である彼らは賊を取り押さえることは出来ずにいた。
これも神域の間にいる彼らを人質に取られてしまっているからだ。その為、今もおいそれと行動を取れずにいる。
他にも外から来た地人たちはユッグジールの里の中をあちらこちらとかっ歩しているという話も聞く。さらに魔物も侵入しているという嘘か本当かわからない話まで出ている。
(敵は一体何人いる? 規模は? 目的は? 長たちの安否は? 何よりも、フルオリフィア様は……!)
飛空艇が着陸してから少しして、神域の間から放送されたであろう各部族長からの声明は各自、無益な争いは控えろというものだった。
代わる代わると発言をする4人の声明は皆似たようなものだったが、誰1人として戦えといった言葉を発しない。
それがどういうことか――あの血の気の多い鬼人族の長までもが息を絶え絶えに声明を上げて従っている様子から、中は相当ひっ迫した状況なのだろうか。
「……中はどうなっている」
忌々しく天人族領から神域の間を眺めるウリウリア・リウリアは呟いた。
神域の間は周辺を覆うケラスの木によって見通しは悪い。
目の前には刃物をちらつかせる地上人が数名、顔をニヤつかせながらこちらを伺っていた。
人質を取られている以外に、この場で佇むウリウリア・リウリア他十数名の天人族が彼らに手を出せない理由は他にもあった。
そのうちの1つに彼らが持つ不思議な武器……魔道具のせいだった。
「へへ、おい、そこの金髪の姉ちゃんは向かってこないのか。俺らが可愛がってやるよ」
「くっ……この下種が!」
今すぐにでもフルオリフィア様のもとへと駆けつけたいというのに、目の前の地上人たちによって阻害されてしまっている。
どうして、今日に限って彼女のもとから去ってしまったのか……迂闊な行動を取ったとウリウリアは自分を罵倒したくなる。
そして次の理由に、彼らの持つ魔道具によって、先に敵へと向かっていった数名の仲間が取り押さえられ、見えない長たちとは別に見える人質を取られてしまっていた。
この程度ならまだあと数名を犠牲にして前に出ることも可能だったが、最後であり1番の理由として、どうしてか魔法が発動しないのだ。
今も呼吸とは違う息苦しさを覚える――この感覚をウリウリア自身、おのれの身を持って知っている。
「……風絶を使われたような感触だ」
ただ、風絶とは似てるようで異なる現象だ。
彼女の扱う風絶は発動した範囲内の魔力を己の支配下に置くという魔法だが、今は魔力が支配されている、というよりは混乱して言うことを聞かない――言葉にするには難しいものだった。
(周囲の魔力を支配下に置き、魔法の発動を制限させる――風絶と似たような魔法を扱える者がこの里に一体どれだけいるのだろうか……)
ウリウリアの知る限り、この魔法が使えるのはブロス老師とこの術を授けてくれたブランザ・フルオリフィアだけだった。
また、どの範囲で行われているのかも定かではない。最悪を想定すればこの里を覆うほどの魔法が発動されているのだろう。
だが、それもまたおかしい話だ。
この里を覆うほどの広範囲での発動となれば、彼女と同等の者が最低10人は必要になる……さらに言えば発動するだけならば、だ。
奴らが神域の間を占拠し一刻以上が過ぎてもなお、未だ嫌な空気が流れている。ウリウリアの知る風絶はここまで長時間酷使できる魔法ではない。
それこそ100人規模での魔法になるはずだ。
「団長は平和的な話し合いで解決を望んでいる。ま、終わるまでのその間、お前らとはにらめっこだ」
この状況で平和的とはいけしゃあしゃあと……。
賊共は網のようなもので取り抑えられた5名の天人族へと刃物をちらつかせている。
最初はおっかなびっくりと尻込みしていた彼らであったが、己の持つ魔道具の有効性を知り、今では自分たちが上の立場だと思っているのだろう。
(他の種族たちはどうしたんだ……)
魔人族たちはまだ寝ている時間かもしれないが、血気盛んな鬼人族がここで胡坐をかいて待っているはずもない。
北の鬼人族や、南の亜人族の居住区から微かに怒号や悲鳴が届くが、神域の間からはまったくと静かなままだった。
(いっそ、危険を冒して突撃をかますか――)
……だが、ここにいる衛兵たちの殆どが、ウリウリアと同じく50年以上も前まであった戦争を知らないものたちばかり――。
(日々の鍛錬は積んでいるものの……くっ……)
自分を含め、ウリウリアは兵の練度の低さに嘆いた――その時だった。
『……えー、里に住む者たちに告げる。この里にシズクと言う名の黒髪の魔人族がいるはずだ。そいつを引き渡せ。応じなければお前たちの長たちの安全は保障できない』
突如として聞き覚えの無い――いや、この騒動の発端に1度だけ耳にした若い男の声が里中に響き渡った。
「なっ……!」
シズクが、関係しているのか? またあいつか、と……怒りを燃え上がらせるべきなのだろうか。
ただ、この時のウリウリアは彼よりも、その隣にいたフルオリフィア様に似た青い瞳の少女のことばかりが頭に思い浮かんでしまう。
(あの青髪の少女……メレティミ・フルオリフィアと言ったか……どうしてだ? こんな時だと言うのに、私は彼女が気になってしまう……)
ウリウリアは昨日からずっとあの青い瞳の少女のことばかりを考えていた。
本来ならば自分が慕っていた先代フルオリフィア様の名を語る不届きものだと荒れ狂うほどの怒気に包まれるのに、今は、どうしてか……ああ……なぜだろう。
(メレティミ・フルオリフィア……)
どうしてか……ウリウリアはおもむろに青い石がついた耳飾りに手を伸ばした。
◎
2人の両親であるレドヘイル夫妻と顔を向き合うように席に座っていた時、その放送が流れた。
「……シズク行くの?」
「うん」
「わかった。わたしも一緒に行く。先に言っておくけどあんたに拒否権はないから」
「……りょうかい」
ご指名とはやってくれる。
あの声は絶対にあいつに違いない。この騒動にゼフィリノスが関係しているんだ。
「だめ……危ないよ」
「……みんなに任せよう?」
ゆらりと立ち上がったレドヘイルくんの両親2人が、とおせんぼと言わんばかりに両手を広げて僕らの行く手を遮る。
けど、止まらないよ。僕も、レティもね。
あの後、2人には寝床として今いる客間を与えてくれて、食事まで用意してもらって――一泊一飯の恩義をレドヘイル家の皆に感じているけど……。
(僕らは行かせてもらうよ――……あれ?)
強化魔法を使って部屋の外へと、1歩前に足を出た時の力の入り具合がおかしいことに気が付く。この感じ……似たようなものを何度か受けた覚えがある。
もしかして、と僕は片手に小さな火の玉を生み出そうとした。
やや時間をかけてから、ぽっと小さく火の玉を生み出すことが出来た。野球の硬球よりも小さい火の球だ。
ただ、魔力の消費量が桁違いに大きい。
手の平程度の火の球を出そうとしたのに、通常時の10倍くらいの魔力を消耗して出せたのが、この小さな火の玉だ。
「……魔力が制限されてる感じだ」
「……本当だ。けど、室内で火魔法は禁止よ」
完全に出ない訳ではないことが救いだ。でも、大量消費は体力も一緒に持ってかれるから使えるのは限られそうかな。
「……この感じは嫌だ」
魔法が自由に使えないと悟った途端、身体中をべっとりと見えない粘膜に覆われたような気持ち悪さ、息苦しさを覚える。
しかし、不調だからと上げた腰を下ろすなんて出来ない。多少手荒な真似をしてでもここから出るしか――と。
「やあ、みんなおはようー」
そこへ場の空気を一掃するようにギオ・レドヘイルお兄さんが姿を見せた。
静かに気を立てていた彼の両親である2人ははっと驚き、表情を崩してそそくさと現れたギオへと近寄った。2人してとんとんとレドヘイルお兄さんの胸を押して引き返そうとしている。
「ギオ……あなた……」
「寝て無きゃ……だめ」
「お父さん、お母さん……大丈夫。自分でも不思議なくらい身体が軽いんだ」
両親の制止も構わずレドヘイルお兄さんはかつかつとレティの前まで進むと、片膝をついて彼女の手を取った。
「フルオリフィアちゃん。聞かせてくれるかな。本当に、僕の抗魔病は治ったの?」
「ええ。確実にね。でもまだ安静は必要よ。ガリガリで体力なんてないでしょうし、無理して動いて貧血なんかで倒れちゃう方が心配だわ」
「……治った?」
「本当に……?」
レティたちの会話に口数は少ないレドヘイルの両親たちだけど、表情だけは豊かに驚きを見せる。
「うん。自分でも信じられないけどね。でも、常時身体の中に籠っていた熱がまったくと感じられないんだ。こんな目覚めのいい朝があるなんてすっかり忘れてたよ……」
僕としては昨日のレドヘイルお兄さんとあまり違いは見えないんだけど、両親2人の驚き様、喜び様から言葉はなくても十分に彼の体調が良いことが伝わってくる。
「……3人ともごめん。僕らは行かなきゃいけないんだ」
「ルイが待ってるの。あの最低男が近くにいるって言うなら何をされるかわかったもんじゃないしね」
「……リコも! ルイのところいく!」
ぽん、と音を立てリコが僕の身体から出てきて、元気に手を上げて意気込みを見せる。
あ、よかった。リコは不自由なく自由に出入りできるみたいかな。
レドヘイル夫妻は困惑していたけど、そこをレドヘイルお兄さんが2人の肩を叩いた。
「行かせてあげてよ。僕はよく状況が飲み込めないんだけど大変なんでしょう?」
「けど……」
「子供だけじゃ不安……」
(……子供、かあ)
子供云々はともかく心配されて悪い気はしない。
でも、今は子供だからって引っ込んでいられないんだ。
「……ところでレベラスは?」
自分の両親を宥めつつ、ふとお兄さんがこちらを向いて訊いてきた。
「レドヘイルくんは部屋に籠ってる。まだ気持ちに踏ん切りがつかないみたい」
「気持ちに?」
「えっと……うん、シズクと喧嘩しちゃってね」
「へえ……ベラが喧嘩? ちょっと想像できないね。やっぱりレベラスも成長したんだね」
あれを喧嘩だというレティに少しムッとした。わかってるよ……喧嘩って言い換えたくらいはさ。
喧嘩になったとはいえ、あれはレティに対する告白がふんだんに含まれたものだった。
(そりゃレティは可愛いから好きになる人なんて沢山いるだろうけどさ)
……どんな形であろうとも、彼女が告白されるところは見てて気持ちいいものじゃなかった。だとしても、僕は僕でそのことに足して何も言えることは無い。
それも今の僕とレティの関係が変になったこともある。
それに、リコの件もある。
レドヘイルくんにはまだリコを蹴ったことを謝ってもらってない。こればかりは僕はまだ許せない。
平静を保っていたつもりだけど、どうやら不機嫌な顔になった僕のことを見てか、レティは細い眉をへの字に曲げた。
「……まだシズクは怒ってるの?」
「多少は……リコを蹴ったんだ。彼がリコに謝るまで許さないよ」
もう半分の理由を棚に上げ、リコを蹴ったことはまだ根に持ってるよ……と、そこをびっくりとリコが大声を上げた。
「え、リコをけったの?」
「覚えてないの?」
「ぜんぜん! リコ、ねてたし!」
あっけらかんとリコは笑って言う。
(もしかして……打ち所悪かったのかな。そういえば、あの時も話し方が変だったし……)
リコを蹴ったという言葉にレドヘイルお兄さんが続けてびっくりする。
本当なのかと両親へと顔を向けば2人は悲しそうな顔をして頷いた。
「……弟が迷惑をかけちゃったみたいだね。変わってお詫びするよ」
ぺこりとお兄さんから頭を下げられたが、それ以上の会話もないままに僕はその場を後に。リコを抱きかかえてレドヘイル夫妻の横を通り過ぎる。
まるで見送るようにお母さんとお兄さんが僕らの後に着いてきた。お父さんだけはそっと家の奥へと向かった。
2人に見送られるように玄関に向かった先、キシキシと軋む音へと目を向けた。
目を真っ赤にしたレドヘイルくんが階段から降りてきたんだ。
彼はちらりと僕を見た後に、すぐにレティへと目を向ける。
「レドヘイルくん……」
「フル、オリフィアちゃん……」
僕からはもう何も言わなかった。足を止め、レティとレドヘイルくんが見つめ合うのも黙って見守った。
2人の沈黙を見守っていると、彼らのお父さんが奥から戻ってきたところでレティの口が開く。
「あのさっ……レドヘイルくんの気持ちは嬉しいけど、わたしはこいつが、えっと……好き、なんだ。このどうしようもない馬鹿がさ」
馬鹿とは失礼な……と思いながらもこれも沈黙。
「でも、フルオリフィアちゃんにはドナくんが……」
「は、ドナくん?」
レティは一瞬気の抜けたような顔をした後、くすくすと笑った。
「ドナくんのことは子憎たらしいやんちゃ坊主くらいにしか思ってなかったわ」
「……そう、なの?」
「うん。手のかかる悪ガキだなぁってね……いつだって、前も昔もそういう甘いやつは、悔しいけどこいつにしか無かったかな」
「前も昔も? だって、シズク……さんと知り合ったのって里に来てからじゃ」
レティは小さく首を振った。
「……レドヘイルくん。わたしとシズクは前世の記憶を持ってるの。……昨晩、久しぶりと言ってくれた、おふたりはわたしたちのことは知ってるんですよね?」
こくり、とレドヘイル夫妻が頷く。続けて、お父さんの方が奇妙な仮面を取りだして顔に装着する。
お父さんは言う――。
「君たち2人を処罰し、メレティミさんの代わりにルイさんを新たな四天として席に置くとエネシーラ長老、ドナ前四天長から伝達を受けました。2人が入れ替わったことを知っているのは私たちや身辺のものだけですが、里に住む天人族の大半は薄々感づいていますよ」
……ん?
「……え! そんなすらすら話せるの!?」
「びっくりした……わたしもレドヘイルさんがそんな話すところ初めて見たわ」
先ほどと違って流暢に話をするお父さんに驚いてしまう。
「実は私、口下手でして、人の目が気になって話せなくなってしまうんです」
「それは知ってるわ。けど……」
「しかし、このお面をつけていると人の目を気にしなくていいので、その、普通に話せます」
不思議なお面をつけているレドヘイルお父さんが肩を震わせる。どうやら笑っているらしい。
「普段は別のものを使っていますが、この仮面は1度落として割ってしまったもので……その、これフルオリフィアさん……ブランザ・フルオリフィアさんから頂いたものなんです」
「え……このお面、お母様が?」
「はい」
そうレドヘイルお父さんが装着しているお面は描かれた模様に目を背ければ目元に穴が2つ開いただけのシンプルなものだ。
結構な年季の入ったお面で、本人が言っていたように真ん中には半分に割れた跡がある。樹液か何か、薄黄色の透明な液体で接着してるようだ。
しかし、目を逸らしたくなるような奇妙な模様に、傍目から見て呪いのお面とすら思ってしまう。
「久しぶりに取り出しましたが、相変わらず酷い出来ですね……」とお父さんは仮面の下で苦笑していた。
「最初手渡された時は驚きましたよ。新手の意地悪かとも思いました。ただ、ブランザさんは自信満々にこのお面を手渡してきたんです。関心の出来だなんて自慢してきて……これを被れば人目を気にならないでしょう? ――と、正気かとも思いました」
「そうね。わたしもそう思う」
でも、母にそんな一面もあったんだなぁと呟きながらレティは微笑んでいた。
「ただ、結果的にこのお面をつけることで私は他の人たちと話せるようになったんです。不思議ですよね。今ではかかせないものになりました……いえ、お面の話は良いんです」
お父さんはかぶりを振って話を続けた。
「イカレブランザ、死にたがりブランザ。あの戦争のことを知っている者たちはブランザさんのことをそんな風に嘲笑っていました」
「……はい、知ってます。狂人な面もあったと母自身からも聞かされました」
「里の外にいる天人族の中には、未だ彼女のことをそう言って笑ったり恨んだりもしています。しかし、それ以上の人たちはブランザさんに感謝しているんです。彼女がいたからこそ今の平和が訪れた。……私もその1人です。だからこそフルオリフィアちゃん。あなたを許せないと思うところがありました」
「……わたしを?」
「はい。戦争を止めた英雄であるブランザ・フルオリフィアの娘が、異世界の悪しき存在であるミッシングだと……あなたがブランザさんの名を穢すようであれば、私たちが彼女に変わって断罪するつもりでした」
断罪……その言葉に僕は思わず身構えそうになる。
止められたのはレティに睨み付けられたからだけど、それ以上に「でも」とお父さんが続けたからだった。
「……でも、私たちは小さい頃からあなたを知っています。あの頃より多少は、逞しくなっていますが、人を好きになり、好きになった人のために声を荒げることが出来るあなたが悪しき存在だとは思えません」
「好きな人って……面と向かれると恥ずかしいわ」
レティはちらりと僕を見てから直ぐにそっぽを向いた。
「自然に反した存在だからミッシングであることが悪……今の状況はあの他部族で争っていた時期と似ています。ブランザさんと話をするまで私もどうして皆争っているのかという疑問すら懐きませんでした。ミッシングの糾弾は、元をたどれば身内を殺されたことによる遺恨です。しかし、恨みだけでミッシングという存在に過敏になり過ぎているのでしょう。そんなことはあってはならないと思っています」
「四天のレドヘイルがそんなことを言っていいの?」
「私は職場の関係上、他の人よりも他種族と話をする機会が多いですからね。その分、視野が広くなったのだと思います。私だって以前は自分たちとは違う、別の種族という理由だけで彼らのことを恐怖しました。でも、彼らもまた自分たちと同じです。容姿や思想が違えど同じなんです」
ですから、と。
「もう君たちを止めるつもりはありません。きっと止められないでしょうしね。大人である私たち以上に君たちは戦う力を持っていることにも薄々気が付いています。名ばかりの四天の私では、あなた達や、戦場を駆っていたフラミネスさんやドナさんみたいに戦う力はありません。ただ、この里を思う気持ちだけは2人にも負けてません。こんなことを言える立場ではないことはわかっています。ですが……」
お父さんは仮面を外して僕らに向き合い、
「この里のことを、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げた。
「……」
「……」
僕らはその言葉にははいとかいいえとかも、何も答えることはなかった。
だって、僕が行く理由はルイがそこにいるからだ。里のことなんてどうでもいい――これが僕の気持ち。
レティはどう思っているかはわからない。けど、レティは何も言わずに僕と同じく外に出た。
「行ってきます」
「気をつけてね……」
家の外まで見送られ、リコがあらためて獅子の姿になろうとしたところをレティは一度待ったをかける。
どうしたの? って思ったけど、それより先に魔道器は出せるかって聞かれ、試してみたら僕もレティも普段通りに出せることがわかった。
道端に落ちているケラスの花びらに爪先で触れると、ぽっと燃えたので能力も封じられていない。レティの方も扇を翻すと近くの鉄柵を分解して小さな馬の置物を作り上げていた。
魔道器はもういいらしく、続いてレティは自分の腕に嵌っている腕輪に手をかけた。
「出ろ……あ。よかった。なら、ある程度は目を惹き付けられるかな」
レドヘイル家の皆は突然出てきた鉄鋼や鉄扇、さらにこの世界には存在しない二輪車に驚いていたけど、説明は帰ってきてからね、と伝えるだけだ。
どうしてリコじゃなくてバイクに乗るのかと疑問に思ったけどリコちゃんには別の仕事をしてもらうわ、ということだ。
まあ、レティに何らかの考えがあってのことだろう。彼女に促されるまま3人でバイクに跨り、起動に少しもたつきながらも出発する――が。
「フルオリフィアちゃん待って!」
と、動き出した途端にレドヘイルくんに呼び止められ、直ぐにレティはブレーキをかけた。
駆け寄ってきたレドヘイルくんは1度レティを見てから、僕と向き合った。
「あの……シズク……さん……ごめん!」
「……謝るならリコにしてよ。僕はそれ以外に何とも思ってない」
「……リコちゃんごめん! それとまた……シズクさんもごめん!」
「リコはきにしてないよ!」
なんてリコが伸ばした小さな手を、レドヘイルくんはおもむろに握り、仲直りの握手みたいに手を繋ぐ。
「よし、良い子だ!」
それを見て、レティは自分よりも背の高いレドヘイルくんの頭をがさつに撫でた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます