第177話 逃亡した2人の行方
「すみません。そこのおふたりさん。そんなに慌ててどうかしましたか?」
「――っ……れ、レドヘイル様!? 実は、ドナ様の挙式中に不審者が現れまして……!」
「は、はい! 魔物を従える妙な2人組で、現在我が領地内を逃亡中! レドヘイル様も十分に注意ください!」
「ああ、もしかして……さっき変な魔物に乗った2人が訓練所の方へ行くのが見えたけど、あれかな?」
「……はっ、それです! ご報告ありがとうございます!」
「はい……っ……ごほっごほっ……!」
「大丈夫ですか! お体に障りますので 後のことは我々に任せてレドヘイル様は無理せずにお休みください」
「はい……すみません。里の一大事だっていうのに、寝たきりの自分のこの身体が恨めしく思います……ごほっ」
――なんて、やり取りを壁際に寄り添い、息を潜めて聞き耳を立てつづけた。
人数は2人……直ぐに応援を、なんて叫び声も聞こえてきた。今の話を真に受けてそちらに向かってくれるといいんだけどね。
とりあえずは時間稼ぎにはなってくれるかな。
「では、我々はこれで!」
「……ごほごほっ……はい……ごほっ、ごほっ、ご……ほぉぉぉ……おっ? ――はい。追っ手は行ったよ。大丈夫だった?」
窓の外に向いていた顔をわたしたちへと向け、苦しそうに咳き込んでいたのが嘘みたいにけろりと笑ってウインクを飛ばしてくる。
「ありがとう……お兄さん」
「いいよいいよ。――久しぶり。君の方が僕の知ってるフルオリフィアちゃんだね?」
寝具の上で微笑むギオ・レドヘイル――レドヘイルくんのお兄さんの言葉に少し引っかかりながらも頷いた。
彼は幼かった四天の子であるわたしたち3人の面倒をいつも見てくれていたお兄さん。母を亡くした時、ウリウリとは別に優しく励ましてくれたのも彼だった。
近所の優しいお兄さんだった彼は、久しく会わなかったとしても前と変わらないでいてくれた。
しかし、あのころの面影はあるようでない。
それは10年ぶりに会ったという理由だけじゃ片付かない。
優しく笑う目元はあのままなのに、お兄さんは見ていられないほどに痩せ細っている。
逃亡中のわたしたちはギオ・レドヘイルお兄さんに匿ってもらっていた。
神域の間から飛び出た後、わたしたちはよりにもよって1番最悪な天人族の居住区へと足を踏み入れてしまったのだ。
足を止める訳にもいかず、このまま里の外へ出てしまおうかとも考えながらリコちゃんに跨っていると、ふと「こっちこっちー!」と呼ばれ、顔を上げた先にいたのがお兄さんだった。
彼はレドヘイル家の2階から手を振っていた。
最初は「誰だ?」と思いながらも、そこがレドヘイルくんの家だったことと、見覚えのある面影に、はっとなり……藁にも縋るというか、わたしはリコちゃん(女の子の姿に戻ってもらって)とシズクの両方を両脇に抱えて、風の浮遊魔法でひとっ跳び。窓から失礼とお邪魔させてもらうことにしたんだ。
会うなり開口一番「ちょっと追われているの! 匿って!」なんていきなりの申し出も1つ返事で承諾してもらえたのは本当に助かった。
「まさかお兄さんが里に戻ってきてるなんて思わなかったわ」
「ドナ君の成人の儀に合わせてこっちに戻ってきたんだ。……ふふっ、フルオリフィアちゃんはいないし、別のフルオリフィアちゃんがいたりと里も変わっちゃったんだなあって驚いちゃったよ」
「そう、そうなんだ」
今は家族の人もお付きの人も神魂の儀に出ていて、屋敷には誰1人としていないらしい。らしいと言ってお兄さんの言葉を疑うなんてことしないけどね。
1人家に残されたお兄さんがわたしたちのことを何も知らないようで少しほっとしてる。
実のところ――逃亡の為に、彼を人質に取ろうとまで考えていたことは内緒だ。
「それにしてもあんなに小さかったフルオリフィアちゃんがここまで大きくなって……」
「ふふ、もう小さいままじゃ――」
ちらり、とお兄さんの視線が首から下へと移動したのをわたしは見逃さない。
「も――! お兄さんっ! どこ見て言ってるのよ!」
「いやあ、ごめんごめん。僕が最後に見た時はフラミネスちゃんと同じくらいだったからさ」
「まったくもう!」
こんな人だったっけ……なんて思いながらも、わたしはお兄さんにケモ耳チビっこリコちゃんとシズクのことを紹介した。
リコちゃんはぴんと背筋を伸ばして「リコだぞ!」と元気よく挨拶をするけど、シズクはここに到着する前には泣き疲れか眠っている。
お前いくつだよ、子供かっ! と、思いながらも起こすのも忍びないからこのままだ。
あーあ、涙でメイクがぐちゃぐちゃになってお化けみたい。お兄さんも最初にシズクの顔を見た時はぎょっとしていたし。
代わりにわたしが彼の紹介をし、顔を拭きながら「理由があってね。そっとしてあげといて」と伝えておいた。
「えっと、そろそろ詳しい話を聞かせてもらってもいいかな? ……追われてたみたいだけど何か悪いことでもしたの?」
「したと言えばしたし、してないと言えばしてないわ」
「ふふ、何それ……で、実際は?」
「……2人の挙式を滅茶苦茶にしたからだと思う」
「わあ、それはまた大胆なことをしたね? 見てみたかったなぁ。僕も出席するつもりだったんだけど、体調崩しちゃってね……あ、どうしてそんなことを?」
体調が悪い?
確かに青白い肌には生気なんてものが感じられないが……昔のお兄さんを思い返しても病弱なイメージが湧かない――この時の私は、お兄さんはとっくに抗魔病を完治させて里に戻ってきたのだと疑わなかった。
だって、あんな簡単に治せる病だって、もう完全に他人事に近くて……失念していた。
「それは……ルイを、今の四天であるルイ・フルオリフィアを見に行くつもりが……この馬鹿が何もしないってわたしとの約束も破って舞台に上がっちゃってね……」
まったく、と眠るシズクの頭を軽く小突いているとお兄さんがくすりと笑う。
え、今笑うところあった?
「この馬鹿って以前のフルオリフィアちゃんなら言わなかったよ? 魔法が使えないからってからかうドナくんには嫌な顔をする程度で大人しかったし。君がそんな風に素の表情を見せるのは護衛のリウリアさんの前くらいじゃなかった?」
「え、わたしってそんな子だった?」
「うん。僕らが知り合あったのだって、ブランザ様が亡くなったばかりの時だし、相当ショックだったんじゃないかな……――あ、ごめん」
お母様の話を聞いたことで顔に出たのだろうか。お兄さんはぺこりと頭を下げてくる。
気にしないで、とわたしは話の続きを促した。
「じゃあ……僕の中で君は物静かで大人しい子って印象だった。いじめられても顔をむっと膨らませるだけでさ。ところが、ドナ君にも手を上げなかった君がその男の子? には軽くだとしても頭を叩くなんて想像できないって……うん。そこまで心を開いてるんだなってちょっと感心してね」
うっ、お兄さんの記憶の中にいる美化されたわたしごめん。
もっと酷いことしてる。結構な暴力を振るってる。蹴りだって飛ばしてる。
けど、それはシズクに関してだけだ。お母様に誓うよ。
「メレティミ……」
「うっ……」
リコちゃんのじとーっていう視線が非常にいたい!
違うんだ。わたしがドナくんに手を上げなかった理由はちゃんとある。
あの頃のドナくんは子供も子供――3歳児というがきんちょだった。
精神的に幼くなっていたわたしだけど、児童に鬱憤を晴らすような真似はしないくらいの理性はあったわ。
もちろん、飛びかかってマウントポジション取ってその生意気なツラをぼっこぼこにしてやりた……えっと、そのくらい嫌いだったけどね。
けど、わたしが魔法を使えるようになってやっと認めてくれた後は普通にドナくんとは友達になれたんだ。
だから、すっかり忘れてて……。
「まあ、まだ状況はよく理解できないけど、うちは自由に使っていいよ。そのうち両親もネベラスも帰ってくると思うけどね。ただし、悪いことをしたならちゃんと謝らないとだめだよ?」
「……うん。じゃあその言葉に甘えさせてもらうね。なるべく迷惑をかけないようにするから」
「ははっ、そこはフルオリフィアちゃんっぽいな。何でも自分で抱え込もうとして――でも、こうしてまたフルオリフィアちゃんに会えてよかったよ。突然匿ってってびっくりしたし、あっちに行ったーなんて衛兵さんたちに嘘ついてさ。もう心臓に悪――…………あ」
――なんて、楽しそうに話していたお兄さんの身体がふらりと斜めに傾いて、倒れた。
「だ、大丈夫!?」
「……ちょっと、無理しちゃったかなあ」
「なんだ。からだわるいのか?」
と、リコちゃんが心配そうにお兄さんに訊ねる。
にっこりとお兄さんは微笑んで「大丈夫」なんて、か弱く口にするが額からはいくつもの汗が落ちていく。そして、次第に息も荒くなって苦しそうに胸を抑えた。
「……抗魔病だからさ。仕方ないよね」
「抗魔……っ!?」
「ん、こーまびょうってメレティミの?」
抗魔病……と、ここでようやくだ。
わたしは彼が抗魔病であることを思い出した。いや、最初は治ったからこそここにいるって疑わなくて――。
「そんな、だって……治ったからここにいるんじゃないの!?」
「ううん。まだ試練は続いている。これでも徳を積めたのか、大分動けるようになったんだよ。前は試練が始まるとこんな流暢に話も出来なかったしね。……聖ヨツガ様が与えられた試練なんだ。僕が試練を終えるのはまだ長い長い先の話だろうね」
久しぶりに再会できたことですっかり……唖然とした。
抗魔病は聖ヨツガ様から与えられる試練? そんなもの、本当はない!
抗魔病は不治の病じゃない! それはわたしが身を持って知っている!
「ちが……違う……違うの……!」
声を大にして間違いなのだと彼に伝えたかったのに、わたしの口はなわなわと震えてうまく話すことも出来なかった。
悔しくて、悲しくて、辛くて、言葉がうまく出なかった。
「フルオリフィアちゃん?」
お兄さんはこの10年ずっと辛い思いをしてきたのだと。
こんな悔しい思いをしていたのだと。
こんな悲しい気持ちでいさせたのだと……抗魔病による苦痛の一遍すら発症直ぐに完治したわたしは知ることはなかったが、心細さや恐怖といったものは何十分の一くらいには理解しているつもりだ。
抗魔病っていうのは200年以上も前に克服された病だとアルガラグアで聞いている。
現にアルガラグアで知り合ったマヌーシェさん・ラヴァナさん夫妻の息子であるコレットさんたちはラヴィナイの人たちに抗魔病だと言ったらものすごく驚かれたそうだ。
古すぎて彼の病気を治すよりも、治療法を探し当てる時間の方がかかったほどだとも聞いた。
過去の存在となった病気にいつまでも彼を苦しめられていたのだと思うと、この里のことや無知だったわたしも、何もかもが悔しくて泣きそうになる……いや、泣いていたらしい。らしいって言うのも弱々しく、腕を上げるのも大変だっていうのにお兄さんはわたしの目元へと指を這わせからだった。
触れた彼の指先は薄く濡れていた。
「悲しまないでフルオリフィアちゃん。こんなもいつものことなんだ。直ぐに治まるからね」
「そう、じゃない……そうじゃないのっ!」
涙声でわたしはお兄さんの手を払い、目元を腕でこすり上げた後、直ぐにそこで腑抜けになっているシズクの尻を蹴り飛ばす。
「あーっ! こらっ、メレティミ! シズクをけるな!」
「ふ、フルオリフィアちゃん……」
リコちゃんに怒られ、またお兄さんの純粋だった頃のわたしを壊してしまったけど構うものか。
「シズク!」
「痛い……」
「シズクったら!」
「あ……レティ。どうかしたの? え……ここはどこ?」
「だ――! もうシャンとしなさいよ! 今はあんたの魔力が必要なの!」
寝坊助シズクの手を引いて横たわるお兄さんの前に立たせる。
「背筋伸ばしなさいよ! だらしない!」
「……この人誰?」
むきぃ――っ、もっとむかっ腹に来る。
目覚めたばかりだからか、それともまだルイのことを引きずってか不機嫌そうに呟くシズクの胸ぐらを掴み、わたしはどアップで顔を近づけて教えてあげた。
「ギオ・レドヘイル……レドヘイルくんのお兄さん!」
「ああ……言われれば? 似てる、ね?」
何よ、その疑問符交じりの言い方……ってわたしも否定はできない。
わたしも最初はお兄さんだとは思えなかったんだ。
こけた頬に青白い生気のない肌……皮と骨だけみたいな今のお兄さんの身体は健常者とは遠く離れたものだった。
いつもニコニコと笑ってわたしたちを見守ってくれた年長さんだったギオ・レドヘイルの姿を、今の衰弱した彼の姿からでは想像しにくい。
けど、けどね。
それも今日で終わる。明日からわたしたちと同じように生きていけるんだ。
また、元の優しくて明るいお兄さんとして、こんな必要のない苦痛で苦しむ必要もないままに生きていけるんだ。
「お兄さん抗魔病なの。お願い。わたしにしたみたいにお兄さんに魔力を流してあげて」
「え、抗魔病!? ……うん。わかった」
こうして、お兄さんに断りを入れてからシズクは自分の手の平に魔力を集めて彼の身体へと当てていった。
薄緑の光がお兄さんに注がれていくのを見て、わたしもこんな風だったのかなと他人事みたいに眺めてしまう。
「何をしているんだい? ……暖かいね。これ治癒魔法? すごいなあ。今呪文唱えなかったよね……もしかして、君も無詠唱を使えるんだ」
「うん」
「そっか……すごいね。今の里は有望な人材がそろってるんだ。ああ……不思議だ。身体の中にある熱が解けていくみたい……」
シズクの治癒魔法を受けた肌は、目の錯覚くらいに赤みがさしていく。
頭から首元、胸のあたりを重点的に腕から手と――身体の先の先までシズクはゆっくりと治癒魔法を施していく。
わたしも腕や足を上げたりとシズクの手伝いだ。
足を持ち上げた時、まるで枯れ木のように軽いことを知ってまた泣きそうになった――シズクの視線を感じて泣くもんかと唇を噛む。
治療が終わった後は、今度は錯覚じゃなく見違えるほどにお兄さんの血色はよくなっていた。
多分、これでいいのよね。
「……もう大丈夫よ。お兄さん。直ぐに元気になるからね」
「ふふ……励ましてくれてありがとう。うん、シズク君のおかげで始まった試練も終わったみたい。僕も負けないように聖ヨツガの試練を乗り越えてみせるよ」
「ん? いや、違うのよ! 抗魔病はもう無いんだって」
「無くなった? これだけで? ははっ、だとしたら、とても驚くことだよね」
……そりゃ信じられないよね。
10年近く自分を縛りつけていた枷がこんな簡単なことで無くなったのだ。
結局、抗魔病は完治したって言葉を信じてもらえるかどうかはわからない。
お兄さんは終始笑ってばかりだったけど「ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったかな」なんて、次第に眠りについちゃった……でも。でもね。
わたしは今のお兄さんを見てとても安堵していた。
だって、お兄さんの寝顔はとても安らかだったから。
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