第169話 次の目的地

 頭の中が一瞬で真っ白になった。


「どうしてルイが結婚するんだよ!」

「……祝儀の一件は天人の長らの命だと伺っています。今回はイルノートと呼ばれるルイさんの仲間に相談するため――」

「相談? どうしてイルノートに相談する必要があるんだ?」

「……ルイさんは今回の祝儀を快く思ってなかったんです。ですが――」

「何それ? ルイは嫌がってたの? なら、嫌ってはっきり断れば良かったんだよ!」

「……ルイさんは四天です。今の彼女は天人族には欠かせない人物であり、個人の願いではどうにもならない立場にいます。……それでも今回の探し人に相談したいと、期限付きで外出の許可を貰って――」

「でもだからって!」

「……っ……いい加減にしてくださいっ! あの子のことを置いていったあなたがとやかく言えるんですか!」

「……っ!」


 ……置いていった?


「置いていったなんてそんな……っ……!」


 違う――と、否定しようにも、僕はルイから去ろうと考えていたじゃないか。


「……


 そうだ。違う。

 どんな形であれ、僕はルイを置いていったのは事実だ。

 そんな僕が、ルイの結婚に関してあれこれ口出し出来る立場じゃない……けれども、と僕は別の言葉を口にしてしまう。


「……っ……それでも、僕はいやだよ……!」


 僕はその場で膝をつき、フィディさんに追いすがってしまう。


「……ルイ、そんな……嫌だよ……」

「シズクさん……」


 ルイは僕だ。

 同じ場所で生まれ、ずっと隣にいてくれて、同じ時間を過ごしてきたもう1人の僕だ。


(いつも僕の傍らにはルイがいて、そのルイの傍らには僕がいる。それが当然になって、いつだってルイのことばかり思っちゃって……)


 自分ではケジメを付けていたつもりだった。

 でも、彼女が結婚すると聞かされて、こんなにも動揺している。


「僕は……僕は嫌だよ……ルイ……僕はルイがいたからここまで生きてこれたんだ……」

「――ク!」

「けど、僕はルイとは距離を取るつもりで……でも、いざルイが……」

「シズク!」

「……っ……レティ?」


 はっ、と顔を向けた先にぎっと僕を睨み付けるレティがいた。

 むっとふくれっ面のの顔が見えた。


「気持ちはわかるけど……落ち着きなさい」

「……」


 ……落ち着け。

 その言葉を、レティの声を耳にすることで、頭に昇っていた血が下がっていくのを感じる。不思議とレティからかけられた言葉は僕を冷静にしてくれた。


(……どうして僕はここまで困惑していたんだろう?)

 また、顔を上げれば、今まですがっていたフィディさんが怯えた表情で僕を見下ろしていたんだ。

 ……何をしているだ、僕は!


「……ごめん……ごめんなさい、フィディさん」

「……はい。構いません。別に気にしてませんよ」


 別に気にしてないって言いながらもフィディさんは目元に涙を滲ませていた。

 フィディさんは説明をしてくれただけなのに、僕は感情のまま彼女を怒鳴りつけていたんだ。

 本当に悪いことをした、と僕は今一度頭を下げて謝罪をする。


「……ごめんなさい」


 僕が原因で嫌な空気を作ってしまった。

 そのことを申し訳なく思いながら周りを見渡し、ルフィス様と目が合ったところで、彼女は1つ頷き、再度話を始めてくれた。

 ルフィス様にも気を遣わせちゃったようだ。本当にごめんなさい。


「……話を戻します。私たちはアニスさんらの要望により、フィディさんをご自宅に送ることになりました」

「私としてはアニスと離れたくなかったんですけどね」


 原因を作った僕が言うのもなんだけど、気を取り成して……船の燃料であるコアを頂いたお礼として、妊婦であるフィディさんを先にユッグジールの里に送り届けることになったらしい。


「なー! 渡りに船じゃろ! メレちゃんは久しぶりの里帰りじゃし、俺らも観光と楽しませて……って、なんじゃ? 2人とも浮かない顔しおって!」

「あたしゲイルホリーペってめっちゃ興味あるわー! メレちゃんみたいな天人族がわんさかおるんでしょ! 美男美女ぞろいっていうやん!」

「……私も魔に携わる者として魔族の人たちと交流してみたいですね。それに、世界樹と呼ばれる神秘もお目にかかりたいです。世界樹の葉にはどんな万病も治してしまうというじゃないですか!」


 先ほどの冷ややかな空気を塗り替えるように、いつも以上に声量を上げて話す3人にも感謝しなくちゃ。

 三者三様、スクラさんたちは目を輝かせてレティを見つめだした。


「……そうね。久しぶりの帰郷になるのね」

(……レティ)


 和気藹々とした3人と違ってレティもあまりいい顔はしていない。それもレティにとってユッグジールの里は今1番戻りたくない場所だからだろう。


(殺されそうになったところへまた戻れって話だもん……)


 そこから先、レティはひと言もしゃべること無く、俯いてしまった。

 同じく殺されかけたことから、その気持ちは少なからず僕には理解できるつもりだ。


(……どうしよう?)


 僕らはユッグジールの里に向かうつもりはなかった……つもりもなかった。

 元々、コルテオス大陸にはイルノートを探しに来ただけなんだ。偶然であろうとルイとニアミスするために来たんじゃない。

 そして、もうここにはイルノートはいないと聞く。ルイたちと一緒にユッグジールの里に向かったとフィディさんが教えてくれた。


 じゃあ、僕らはどこへ行く?

 イルノートたちの後を追って、先回りでユッグジールの里に向かうべきか?

 けど、それは……レティのことを考えれば僕は賛成したくはなかった。

 ……考えれば考えるほど、僕もまたレティと同じく黙ってしまうのだ。


「……身体の方はよろしくても、心の方が弱ってしまいましたね。1度この辺りで話は終わりにしましょうか」


 沈黙してしまった僕らを気遣ってか、ルフィス様は話途中で切り上げてしまった。


「2人はあんまユッグジールの里に行きとうないの? うーん、無理強いは嫌やしの、しゃあないわ」

「ま、俺らはご主人様に付いていくだけじゃからの。ここでお別れっつうのも冒険者の俺ららしいっちゃあ、らしいがな」

「おふたりが乗り気ではないのは……以前よりユッグジールの里について話したがらなかったことと何か関係があるんでしょうか?」

「……しかし、私たちはユッグジールの里を次の目的地と決定しました。これは変わりません。まずは十分な燃料を補給するために進路を北にして港町オールフォスタへ。その後、海沿いを飛びながらゲイルホリーペ大陸へと向かいます。出発は明日……とりあえず、おふたりともオールフォスタまではご一緒なさい。そこならばアルガラグアまでの船も出ています。ユッグジールの里に行くも行かないも、オールフォスタに着くまでにお決めになってください」


 そう言うなり、皆はテントから去っていった。

 ルフィス様は「シズクだけでもご一緒なさってね? メレティミなんて置いて私と一緒に冒険の旅へ!」とじゃれて僕を説得しようとしていたけど、後からきたヴァヴェヴィさんに呼ばれて仕方なくって感じで行ってしまう。

 いや、いつもより「私はここにいる!」と粘りがなかったから、きっと励ましの意味合いとか、気遣ってくれたりもしたのだろう。

 また、ちらちらと振り返って僕らを見るルフィス様の視線は、どちらかと言えば黙ってしまったレティに注がれていた。



 


 皆がいなくなってからレティは定位置と化した僕の背中に寄り添うだけだった。


「……」

「……」


 昔っからの彼女の指定席だけど、今は背を向けたまま僕の手を力強く握って――から僕らの距離ははっきりと縮まっている。

 僕もレティも言葉は無く、お互いの背中と手の温度を確かめ合うだけだけみたいにそこに座り続けた。


(レティ……)


 今彼女は何を考えているんだろうか。

 背を向け合っているため、表情も読み取れない……。


「ねえ、シズク」

「……あ……うん。なに?」

「あの……イルノート、さんにさ……わたしが実の娘ですって言っても、大丈夫だと思う?」

「……」

「わたしのことミッシングだって……知ってるけど、大丈夫かな?」


 そうだ。2人のお母さん……ブランザの手紙が本当だとしたら、レティなんて自分の父親に会うようなものだ。

 どんなことを言えば良いかと、船での移動中にうんうんと悩んでいたところを僕は微笑ましくも見守っていたんだ。


「どうしたの? あんなにイルノートと会って、ブランザさんのことを話すって息巻いてたのに」

「うん……なんかね。急に怖くなった」

「怖い?」

「わたしはどこかでユッグジールの里とイルノートさんのこと切り離して考えていたんだ。だけど、彼がユッグジールの里に向かったって聞いて……すっかり忘れてた。あの人もわたしを殺そうとしていた天人族の1人なんだってことに……」


 絡まったレティの細い指は、僕の手を逃しまいと握りしめてくる。

 いいや、そうじゃない。

 きっとこの場から逃げないように僕の手を握って耐えているんだ。


「ごめん……変な話して。今のは忘れて…………あ、その、リコちゃんは大丈夫?」

「忘れてって……いいよ。わかった。ちょっと待って……んー、僕の中で寝息を立ててる。大丈夫そうだね」

「そっか……」

「うん……」


 それからまたも沈黙……前にもこんなことあったね。

 いつもなら簡単に口が開くのに、こういう時はとんと言葉が出てこない。

 気落ちしているレティを励ますための言葉さえ一向に浮かんでこない。

 大丈夫、とか安心してとか。そんな言葉なんかじゃ全然大丈夫でも安心させられないよ。

 どうにかしようと考えを巡らせて――よし。


「……さっきの子。ティアちゃんとか言ったっけ」

「ああっ!?」


 ……うわ、びっくりした。

 しおらしい態度から、そんなドスを効かせた声を上げないでって……僕が悪いか。

 考えを巡らせた結果がレティの反感を買うとか、僕もまだまだ冷静じゃないのかな。

 けど、もう口から出ちゃったから無理にでも続けるよ。


「……っ……あ、あの子は一体誰だったの?」

「……さあ? ラヴィナイの住民だって言ってた。わたしが目を覚ました時にフィディさんと一緒に現れたの。なんでも、王様の命令でわたしたちの様子を見に来てくれたんだって」

「そっか……それで――」


 と、話途中で、どんっ、とレティが頭突きをしてきた。これ以上は触れるなってことらしい。はあ、また話が止まってしまう。

 うーんとうーんと、どうしよう何を話したら……あ。


「あのさ……」

「なに?」

「新しいところに行くと僕ら毎回気絶してない?」

「…………そうね。以前の私は気絶なんて1度もしたこと無かったわ」

「だよねぇ……」


 毎回新しい場所に向かった先で気を失ってる気がするよ……って、それで終了。やっぱり話は途切れてしまう。

 いつもなら他愛もない話がスラスラ出るのに、こういう時の僕らは黙っちゃうんだ。そして、黙ってしまうから僕も考えてしまう。

 レティと背中を合わせた状態で、膝を立てて顔を埋めた。


 ――会いたかったルイがラヴィナイにいた。

 ――会おうとしていたイルノートはルイたちと一緒に行ってしまった。


 なら、僕らも後を追えばいい。だけど、向かう先はユッグジールの里だ。

 あそこに戻るってことはレティを危険にさらしてしまう。あそこの人たちは僕らが別の世界の奴だってことで殺そうとする。

 だから、もうあそこにだけは向かいたくない――。


「シズク!」

「は、はいっ……わっ!」


 と、返事をしたところで僕は繋いでいた手を強く後ろへと引かれた。

 まったく力の加減を知らないのか。

 体勢を崩して、彼女の膝元へと引き寄せられる。僕の顔を見下ろしながら、むっとするレティの顔を見上げた。

 てっきり落ち込んでるかと思ったのに凹んだ様子は見えない。いや、無理して見させないようにしているのだろうか。

 むむむっと不機嫌そうなレティの顔がきっと引き締まって僕を見た。


「行きたいんでしょう? ルイに会いたいでしょう?」

「それは……」


 会いたくないって言ったら嘘になる。いや、もうかなり会いたい! ……って口にしそうになって、真上から覗き込むレティが悲しげに微笑むんだ。


(……僕って自分のことばかり考えてるよ)


 さっきまでルイルイ喚いていた僕は、今の今までレティのことを考えていなかったんだ。

 僕にとって今一番大切なのはレティだ……なのに、大切な彼女の目の前で他の女の子……ルイのことで熱くなっていたんだ。

 僕はレティに対しても本当に失礼なことをしている。


 レティは僕のことをずっと見てくれているのに、僕はレティじゃなくてルイに目を向けていた……もしも、僕がレティと同じ立場だったら、きっと泣いてしまうほど辛いことだと思う。


(レティは僕が思っていたよりも強くなっていたんだね……)


 ルフィス様や、さっきのティアちゃんとの出来事みたいに、僕を怒鳴り散らしたり殴りかかってきてもおかしくない状況だったのに、ルイの話の時には1度たりともそういうことはしてこなかった。

 未だルイに会いにいきたいって気持ちは強く存在するが、それ以上に、僕はレティをあの場所に連れて行くのが嫌なんだ。

 ルイと会いたいと思う気持ちと、レティの身を案じる気持ち。

 この2つを天秤にかけた結果……だから、僕は首を横に振ったんだ。


「……ルイとはもうあの場所でお別れした。だから、僕がルイの結婚を気にする必要なんて本当はないんだ……」

「噓つき」

「嘘じゃないよ。ほら、僕はレティがいればいいし……」

「わたしを言い訳にしないで!」

「……」


 レティは怒鳴ったけど、その顔はとても悲しそうに見えた。

 見えたじゃない。きっと悲しんでるんだ。なのに、レティは直ぐに無理して微笑んで僕を見るんだ。


「……わたしだってルイに会いたいの。わたしが会いたいって言ったらシズクは駄目だって言う?」

「それは……」

「それにルイだけじゃない……わたし、ウリウリに会いたいんだ」

「リウリアさん? けど、あの時のリウリアさんは……」

「うん……ウリウリもわたしを殺そうとした。だからこそ、わたしはウリウリに会って話を聞きたい」

「レティ……」

「わたしがミッシングってやつらと一緒だから? それならそれでいいわ。いや、よくないけどね。……でもね、それ以上にウリウリがわたしを知らないって、他人みたいに扱われたことだけは許せないの……だから、シズク!」

「うん……!?」


 彼女は僕の名前を呼ぶと、腰を折って膝下の僕へと、自分の頭を落としてくる――僕の唇にレティの唇が重ねられた。


「1回目は消毒よ!]

「消毒って……っ!」


 言うなりもう1度。

 僕の唇はまたも彼女の唇に覆われた。


「2回目は気合を入れるためよ」

「気合って何をさ」

「も――! 余計なことは言うな!」


 むっと眉を吊り上げたレティは立ち上がり僕に向かって指をさす。

 慣れないことをするから顔が真っ赤だけど、これもまた言ったら怒るだろうから言わないことにする。

 でも、キスをし終わったレティの顔は、僕が勝手に思っているだけかもしれないけど、先ほどよりも晴やかなものだった。


「シズク、わたしについて来なさい! 一緒にユッグジールの里に向かってイルノートとかウリウリとかルイとか全部ひっくるめて、わたしたちが納得する話をするの!」

「けど、あそこは僕らを殺そうとするよ。もう僕はレティが危ない目にあうのはごめんだ……」

「けどとかもうとか、うっさい! なら、あんたがわたしを守んなさいよ! 別にわたしは死ぬ気なんてないわ! 昔みたいにぴーぴー泣いてたわたしはいないんだからね!」

「レティ……」


 ……はあ、無理しちゃってさ。

 明るく振る舞っているんだろうなって思うけど、これも言わない。

 気合を入れるためにしてくれたキスよりも、今の強がるその態度に僕は背中を押されたみたいに感じたんだ。

 だから、僕も同じくいつもの調子に戻って口に出す。

 一番不安な立場にいるレティにここまで言われたら、僕だって黙ってなんかいられないじゃないか。


「……わかったよ。僕はレティの後に着いていく。そして、絶対に、君のことを守ってみせる」

「ええ、それでよろしい!」


 レティはきっとわかってるんだろうな。

 答えを出せないままウジウジし続けて、結局僕は何も決められなかったんだろうからね。

 僕のことを想って、レティは後押しをしてくれたんだ。


(本当にごめん。そして、ありがとう……レティ)


 その後、僕らは起き上がると、ルフィス様たちと一緒に同行させてもらうことを伝えに行こうとした。


「おはよぉ、シズク、メレティミ」

「おはようリコ」

「あ、リコちゃんおはよう!


 テントを出たところで、僕の身体からリコがぼっと音を立てて出てきた。

 眠たそうに大きな欠伸を浮かべて、すぐに僕の背中に抱きついてくる。自分の魔法だとは言えリコの身体は暖かいから気持ちいい。

 船の中にいるルフィス様のところへ向かう途中で僕らはリコちゃんに今後のことを説明した。


「おー、リコもルイにあいたい! リコ、やっとルイとおはなしができるんだ!」


 リコは僕の背中から転がり落ちるんじゃないかってくらいにはしゃいで喜んでいた。


「うん、みんなでルイに会いに行こう」

「そうね。みんなで――あ……」


 ……と、レティが何やら変な声を上げていた。

 でも、レティはなんでもないって大袈裟に否定する。

 絶対何かあるけど、少し寂しそうな顔をしてたから無理には聞かないことにした。


 ともあれ、僕とレティは因縁のユッグジールの里に向かうことになった。





 不思議な冒険者さんたちが飛び立っていくのを教会の中から2人並んで見届ける。

 この世界の船って空も飛ぶのね――魔法があるのだからいちいち驚いてたらきりがないか。


 ラヴィナイと呼ばれる国に来客者は滅多に来ない。何もないこの場所では、彼らはとてもいい刺激になる。

 先日に旅立ったルイって人も見ててとても面白かったし、今飛び立っていったシズクとメレティミはとても楽しいおもちゃだった。


(……あの2人にはとても懐かしいものを感じたくらいね)


 2人は、以前ワタシがだったころの、1つ上の先輩らに似ているのだ。

 珍しい野球少女と、幼馴染の野球少年の2人とね。


 あの時はアプローチをかけようとしたところで横取りされちゃったからね。

 まだ動き始めだったとはいえ、本当に悔しかったわ。


「ねえ、


 ワタシは隣に並ぶ白髪の、この国の王であるクリュマ・シティブへと声を掛けた。

 そう、いつもニコニコと笑顔以外ではあまり表情を変えない――。


「はは、なんだいティア。いつも通りお父様、でいいんだよ。生まれ変わりだとしても君は一応僕の娘でもあるんだからね」


 ――ワタシの第2の父へ。


「はい、お父様! では、ワタシ! あのシズクって子が欲しくなりました!」

…………あの子、をか?」


 珍しく“シズク”と口にして笑顔を絶やすお父様だったが、ワタシは構わずに続けた。


「はい! ワタシ生前から人のものが無性にほしくなるんですよね! 以前話しましたよね! ワタシの過去の話を!」


 ワタシがそう言うと、お父様はそれはもう驚いた顔をした。

 普通の反応はそうだ。実の娘が他人の男を欲しがっているなんて報告をされて驚かない人はそうそういないでしょう。そして、その後は倫理的な説得や道徳心を説いたりもするじゃない?

 しかし、お父様は違う。


「それは素晴らしい! 他者の恋人を我が物にする……困難な道を進もうとする娘の決意を誰が邪魔できようか! 僕は大いに賛成するよ!」


 お父様はどんなことでもイエスと言ってくれるのだ。

 それがどんな難題でさえ出来ることであるならばすべて叶えてくれる。

 ワタシはいつも通りの返答を貰えてにっこりと笑った。


「お父様も手伝ってくれますか?」

「もちろん……ただ、少しだけ時間を貰えるかな? もう少しで“あの結界”も完成するんだ。それまではティアにも耐え凌いでもらわないといけないんだ」

「大丈夫です! こう見えても辛抱強く方なんです! 待つのは慣れてますので!」


 以前もそうだった。欲しいものはすべて手に入れてきた。

 可愛いお人形も。素敵なお洋服も。気にいった男も……相手の心の中に入るのは簡単で、愛想をばらまき、ほだしてしまえば、望みのは直ぐにワタシのものとなった。

 もともとワタシは他人のものを欲しがる癖がある。そして、他人が欲しがってるものを欲しがる癖もある。


(でも、ま……自分よりも先に誰かに取られた途端、興味は完全に消えちゃうんだけどね)


 あの時の先輩2人もそういうことで直ぐに興味は無くなったけどね。

 それでも、なんか敗北感みたいなのだけはいつまでも胸の奥に残ったままだ。


(腹いせに2人とも“声”に願ってから、多少は気は晴れてるんだけどさ)


 ……ただ飽きっぽいところは今も昔も変わってない。


(シズクくんを手に入れた途端すぐに捨てちゃうかもしれないかなぁ)


 しかし、やると決めたら一直線だ。もう楔だって打ち込んだ。

 シズクの体液はワタシの中にある。ワタシの体液も微量であろうとも彼の中にある。


(これで後は“結界内”にいるというの力を自分のものにすれば……ふふふ)


 彼の唾液はとても甘くて身を震わせそうになったものだ……しかし、が紛れていたことだけはいただけない。

 多分、あの天人族のものだ――まあ、他人の魔力が混ざっていようとも、あの唾液の味からして、きっと彼もワタシと同じ魔石生まれなんだろう。


(……初心っぽく見えてもやることはやってるもんよね。当然か)


 しかし、彼らが恋人同士だと身をもって知ったことで、奪い取ってやろうというやる気は今以上に強くなる。


(いいね、シズク! ……ワタシのシズク。このティアちゃんの腕の中に納まるまで絶対に命を落とさないで……ね? 


 そうワタシは、手のひらの上に置いた答えもしない透明な玉へと同意を求めた。

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