第168話 白い髪のティア

「――おふたりは恋人さんなのかなぁ?」

「べっ……別にあんたには関係ないでしょっ!」


 聞き慣れた彼女の怒鳴り声が聞こえる――。


「あー! やっぱーり! そうなんだあっ!」

 

 一体なんだと目を開けると、見慣れない天井が視界に入た。

 骨組みで組まれた天井からして、どうやらどこかのテントの中っぽい。

 身体を起こし、声のした方を見れば、そこには2人の少女が丸椅子に座っていた。


「……あ、シズクっ!」


 目覚めた僕に気が付いてか、レティがぎょっと目を見開くように驚き、ほっと頬を緩ませ、そして、いつも通りにむっと頬を小さく膨らませて、ぎっと睨み付けてきた。

 表情の変化が忙しないなぁ。

 なんだか怒ってるみたいだし、またルフィス様におちょくられたのかな?

 「おはよお……」なんて目覚めの挨拶をしようとしたけど、その前に僕に背を向けていたもうひとりの少女に目を向けたことで別の言葉に変わった。

 少女の髪は白かった。


「……白い少女!」

「ああ、起きたんですねー!」


 彼女の真っ白な髪を見て、ついぼくらのプレイヤーである白い少女かと錯覚してしまう。そして、また出てきたのか! って身構えた(――身体にかかっていた毛布を引き寄せるだけだったけど)ところで、まじまじと注意深く彼女を見つめた。


(……あれ? 別人?)


 僕の知ってる白い少女は、地面につくほどに長い白髪を生やし、頭1つ分以上に背が低い幼女だった。

 だけど、目の前にいる彼女は僕と同い年くらいの女の子である。

 しかも、よおく見なくても2人の共通点なんて髪の色だけだ……。

 ……寝ぼけてしまったのだろう。

 彼女が現れたんじゃないんだってわかって、勝手に抱えた不安を払うようにほっと胸をひと撫でする。


「ええっと……」


 そして、あらためてその少女を見直すと、体格だけじゃなく、顔立ちなんかも全然違うことにすぐに気が付いた。

 すっと通った鼻筋にぱっちりとしたを細めて微笑み、可愛らしいえくぼが頬に浮かばせている。

 真っ白な髪に真っ白な眉、まつげまでも白。きっと体毛全てが白いんだろうと思う。色が付いているところを探せば、小さな淡い桃色の唇に、飲み込まれそうな黒い瞳くらいだろうか。

 嫌悪感とかを抜きに客観的に言えば白い少女も可愛らしいけど、この子はまた違う可愛らしさを持っていて……ええっと、じゃあ、この子は誰?


「シズクくーん!」

「はい? 何、なんで僕の……えっ!?」


 ……と、そこで僕は思わず声を上げた。

 白髪の少女が突然、僕へと飛びかるように抱きついてきたからだ。


「な、なっ、誰なのっ!?」


 状況に着いていけず、助けを求めるようにレティに顔を向けたけど、彼女は目を見開き、口をパクパクと開閉させて震え出している。

 この顔も何度も見たかな。


「はじめまして! ワタシ、ティアって言います!」

「え……えっと、ティア、さん?」

「はい! でも、さんはいりません。ティアって呼んでくださいねー」

「……はあ。じゃあ、ティア、ちゃん?」

「ちゃんも余計ですけど、まあ良しとしましょう! ふふっ、驚いた顔も、照れてる顔も、シズクくんかわいい!」


 ……う、人からかわいいなんて言われるのは久しぶりだ。

 しかも、僕と同い年か、年下の女の子に言われたのだから、今まで以上にこっ恥ずかしい。更にその少女は、寝ている間に誰かが下ろしてくれたのか、解かれた僕の髪を何度も撫でてくる。

 まるで年下扱いだ。きっと精神的な年齢なら君の倍は生きている。


(……ん? 僕の頭を撫でる手とは反対に持ってる球体はなんだろう?)


 魔物の体内から獲れるコアっぽい……透明なガラス玉のように見える。

 これは? と聞こうとティアちゃんへ顔を向けた――そこへ彼女は思いもしない行動をとった。


「んちゅー!」

「……んぐっ!?」

「あ、あ――!」


 目が点になった。僕はこのティアちゃんとキスをしていたんだ。

 けして、顔を向けた時に偶然ぶつかったなどではない。断じて違う。ティアちゃんから押し付けてきたのだ。

 その場でピシリと固まってしまうほど動揺をしてしまう……けれど、僕の硬直が解かれるのは直ぐのことだった。


「……ん――っ!?」


 塞がれた口から声にならない悲鳴が漏れた。

 僕の唇の中に彼女の舌が入ってきたからだ。

 ……舌っ!? と驚いている間にも、ちゅるっと僕の歯をティアちゃんの舌らしきものが舐め上げてくる。

 舌が口内に侵入したところで僕はティアちゃんを突き飛ばし、触れた唇を手で押さえてしまう。


(なっ……レティとするまで一体どれだけの時間がかかったと思ってるんだ!)


 僕らがのらりくらりと行ったり来たりして長く費やしてきた時間を彼女は躊躇いもせず飛び込んできたんだ……ありえないでしょ!


「……な、なななっ、何すんだよ!?」

「ぃたたぁ……もぉ、女の子を突き飛ばすなんてぇ……あれ? もしかして、シズクくん、これが初めてだった?」

「えっ!? ……あ……あ……え、いや、その……」


 ぶつけたお尻を摩りながらもティアちゃんは、悪戯が成功したかのような意地悪な笑みを浮かべてそう聞いてくる。

 何を言って……別に、キスなんか初めてじゃない。じゃないけど――


「ち、違――…………ひぃぃぃっ!!」


 否定しようとしたところで、思わず奇声を上げてしまう。

 それも、レティが目ん玉が飛び出るんじゃないかってくらい、まぶたをかっ開いて僕らのことを見ていたのだ。

 ガラスを地面に叩き付けるくらい簡単にレティが弾けるのは予想でき、現実になるまでの時間は瞬きを2度ほどする程度にしか猶予はなかった。

 その瞬き2つほどの時間というのは、僕が弁解をする時間ってものはない、と理解するだけの瞬間だった。


「きっ、きすした! きすしたぁぁぁっ!」

「レティ落ち着いて! 死ぬ! それは死ぬから!」


 そして、破裂したレティは、流れるように剣を生み出し、僕へと飛びかかるように距離を詰めるのと同時に、手にした獲物を振り落としてくる。

 いつの間そんな剣なんて……って金魔法か。

 じゃあ、どこから金属を持って来たのか、なんて考える暇なんてない。

 降り落された刀身を反射的に挟んで抑えられたのは奇跡だと思う。


「こ、これ、刃は付いてないよねっ!? ねえ、レティ! 落ち着いて! それは流石に死ぬから!」

「お、おお、落ち着けっ!? ふ、ふふっ、ふざけんなっ! だ――! あんたなんでキスされてるのよ! 何、知らない女とキスしてんのよぉぉぉ!!」

「不可抗力だ! 今のキ……は僕のせいじゃないよね!」


 「ねえ!」って声を掛けたティアちゃんは、、僕が呼びかけた後には自分の口元に手を添えてシナを作りだす。


「……あれ、メレティミさんったらいつの間に剣を? あ、恋人さんなのにごめんなさいねー! 彼氏さんの初キス奪っちゃってー!」

「ぬっ、ぬああっ、ぬああああぁぁぁぁっ! シズクぅぅぅぅっ!」

「いだっ、やめて! これ以上はっ、僕、耐えられない、からっ!」


 いや、だから僕らはもうそれ以上のことをとっくに済ませてるよね……って、ティアちゃん! これ以上レティを刺激するのは駄目だって!

 海老反りになりながら、僕はレティの剣圧を受け止め続けた。

 背中が痛い。このままじゃ折れちゃう!


「あらら、そんなに顔を真っ赤にしてー? シズクくんが怖がってますよー?」

「ぬあああっ! お前っ、お前はもう黙ってろぉぉぉ!」

「いやい、ちょっと、待っでっ! これ以上、限界……――って、そっちも駄目――!」


 ティアちゃんの挑発(?)を受けたレティは、あんなにも力を込めていたと剣をあっさりと手放し、即座に両手に風魔法を生み出し、彼女へと狙いを変更しようとする――そんなの駄目だ!


「一般人に今のレティの魔法を放ったら怪我どころの話じゃないよ!」


 僕はとっさにティアちゃんに飛び掛かろうとするレティの身体を後ろから羽交い絞めるように抑えつける……が、彼女の腕に纏った暴風はばちばちと僕を叩きつけてくる。


「いたっ、レティ魔法が僕にあたってる! ほら魔法を消して! ああっ、じゃあって引っ掻くのは無し!」

「だ――! シズク、放せぇぇぇ!」

「は、放したら飛び掛かるでしょ!」


 ああ、もう! 誰か助けて――!


「……失礼します。フルオリフィアさん、お加減はどうですか……あら、シズク、さんも目を覚まされました?」


 おおっ、天の助け!

 どうやら僕の心からの願いが届いたようで、知らない誰かさんからそんな声がかけられる――天幕を開けて1人の魔人族の女性が現れた。

 ちなみに魔人族だってわかったのは彼女が薄い後光を纏っていたからだ。

 彼女の身体に纏う魔力の光は、淡いランプの光よりもテントの中をより明るく照らすかのように見えた。

 またしても新顔だ。一体僕が寝ていた間に何があったというのだ――と。


「シズクが目を覚ましたですってっ!?」

「おお、2人とも仲ええなあ。ここまで元気にのぉて……。フィディさんの治癒魔法はしっかりと効いたんじゃな!」

「ほんまに!? レーちゃん目を覚ましたんか!」

「それは喜ばしいことです。私たち本当に心配したんですよ?」


 見慣れない魔人族に続いてぞろぞろとルフィス様、スクラさん、ラクラちゃん、キーワンさんも姿を見せた……が、「何事?」と言わんばかりに不思議そうな顔をして僕らを眺めだしている。

 ああ、助かった! 訳は後で話すからレティを止めるの手伝ってよ!


「あ、皆さんおかえりなさい。では、他の人たちも戻って来てしまったので、ワタシはこの辺で失礼しまーす! ……あ、シズクくん! 続きは2人の時にしましょうねー!」

「ちょっと、ふざけんな! 続きって何よ! させるわけないでしょ! この馬鹿、放せ! あいつを殴らせろ――!」

「別にメレティミさんには言ってないでーす!」

「な、なんだとっ! この馬鹿女! お、おまえ! もう許さないから――! だから、はーなーせ――!」


 皆の登場で入れ替わりとばかりにふりふりと手を振り、満面の笑みを浮かべてティアちゃんはテントの外へと出て行った。


「あら、あなた……」


 と、すれ違いで魔人族の女性が声を掛けたけど、ティアちゃんは反応の1つも見せず素っ気なくこの場を去っていく。


(……不思議な子だったなあ。それにすごい子だよ。レティをここまで怒らせるなんて大したもんだ)


 怒らせた理由っていうのが僕が原因ってところは嬉しくもあるけど……ちょっと、レティ! 不満を僕にぶつけないで! 痛い、殴らないで!


「もう信じられない! 最っ低っ、何あんたキスされてんのよ!」

「仕方ないじゃないか! 僕は被害者だ!」

「何が被害者よ! 内心、かわいい子にキスされて喜んでるでしょ!?」

「喜んでないよ! そりゃあ、かなりびっくりはしたけどさ! って、なんでそこまでレティが怒るのさ!」

「なんで!? なんで怒る!? 信じらない! じゃあシズクはわたしが他の男にキスされたらどう思うのよ!」


 う……!


「それは……きっと、その男を殺してしまうかもしれない……」

「殺すって……でも、それくらい怒るでしょう!」


 冗談抜きで僕は怒り狂ってその男ってやつを殺しちゃうかもしれないね。

 自分では怖いことだって思うのに、その時の僕を考えれば感情のたかが外れちゃうと思う。

 もしも、いや、絶対にあっちゃいけないけど、起きてしまったとしたらそこに誰か僕を止める人がいることを願うばかりだ。


「ごめん……」

「……謝ったってもう起こった事実は変えられないわ」

「うう……」


 ――僕が謝るのは釈然としないけど、この話は急きょここで終わることになった。

 理由は皆が「キス? キス?」って聞いてきたので、先にレティがこの話はやめ、と自分から打ち切ってくれたからだ。

 機嫌の悪さだけは引き継いだままだったけど一先ずは落ち着いた……って、思ったら、


「ああ、私のシズク! 貴方が突然気を失ったって言うから私、私気が気でいられなくてっ!」


 と、ルフィス様が僕を抱きしめてきて……、


「だからシズクはあんたのもんじゃないでしょうが! だ――! どいつもこいつも! この馬鹿貴族! これはわたしのだって言ってんだ――!」


 と、レティとの引っ張り合いが始まるんだけど……これ以上はもう勘弁してください。





 どうにかルフィス様をスクラさんたちに任せ、僕は僕でレティを宥め終わった後、ようやくあらあらと狼狽えている魔人族に顔を向けることが出来た。


「なんだか、話に聞いていたシズクさんとは別人に思えてきましたね」

「話に聞いてたって誰にさ……まったくって……あれ?」


 初対面のはずなんだけどこの人、見覚えがある。


「……えーっと……すみません。どこかで会いました、よね?」

「はい。私はフィディ・リスス。以前シズクさんが魔人族の廃屋に住み付いていた時、1度だけ私の夫であるアニス・リススと共に顔を会わせました」


 僕はうーんと頭を悩ませて、ああ、そういえばと思いだした。


「アニス・リスス……あ、ラアニス様? と一緒にいた奥さんの1人?」

「はい、もう1人はリターと言います。私たちは3人でひとつです!」


 と、フィディ・リススさんは小さくお辞儀までしてきたので、僕もつられて頭を下げた。


「わたしは何度か顔を合わせたことがあるわ。神魂の儀で一緒に実技を披露していたのよ」

「そうですね。フルオリフィアさんの無詠唱での魔法は毎回とても楽しみにしていました。数をこなすたびに精度が上がって、特に最後の方で見た金魔法はとても綺麗で……」

「あちゃ……やっぱり、金魔法ってわかった?」

「それはもう。例え、粒子だとしても魔法陣もなく金を練成する力は御見事でした」

「えへへ、そんな褒められると照れるなあ……ああ、メレティミって呼んで。フルオリフィアって名前は嫌いじゃないけど、今は外だから名前でよろしく」

「わかりました。ではこれからはメレティミさんと呼ばせてもらいます――」


 ……あれ、こんな人だったっけ。

 2人が昔話に花を咲かせている間、僕はフィディさんに違和感を覚えた。

 確かにラアニス様の両隣に2人の女性がいた記憶はあるけど、どっちがどっちだったかまでは覚えてない。

 けれど……言い方は悪いが、2人とも高圧的で近づけさせないって感じのオーラを出してたっていうか……なんか雰囲気違くない?

 つい何気なく訊ねてみると、フィディさんは首を傾げてから……ああ、と声を上げた。


「あの時はアニスの前でしたし、シズクさんとは初対面でしたからね。不審者の前では私もリターも対応するんですよ。……夫を立てるのは妻の役目でしょう?」

「そ、そっかー」


 そう言われたら納得するしかない、のかなあ?

 ラアニス様のためにそういう行動を取っていたのであれば、本来のフィディさんは目の前の彼女ってことになるかって、あ……と、僕は今の彼女と昔の彼女との1番の差異に気が付いた。

 違和感の正体は、その親しみやすさとは別に、今彼女が化粧をしてないからだろう。出会った時は結構派手めの化粧を2人ともしていた。

 今はすっぴんなのかはわからないけど、こちらの方が清楚って感じで僕は好きだな。


 フィディさんは「改めてよろしくお願いします」と手を差し出してきたので、「はあ、どうも……」とぎこちなく握り返して挨拶を返したところで、


「……おっと?」


 彼女は握手した僕の手を両手でくるみ、軽く引いてきた。

 続いて前のめりになった僕へとそっと顔を近寄らせてまじまじと見つめてきた。


「へえー」

「へ?」

「「あー!」」


 2人の悲鳴を背後に、フィディさんは何やら含みを持つ視線を僕へと落とした。

 けど、奴隷市場で感じたような嫌な視線じゃない。どっちかと言えば、動物園の動物を観察するかのような視線で……このたとえじゃ五十歩百歩か。

 どっちにしろ、嫌な気分にはならないのが救いだ。

 これにレティが「あ、ああ、あんたもなの!」っと僕らの間を開けようと手を差し込んできて――ど。


「……これがシズクさんですか。まじまじとみると確かに女性にしか見えませんね」

「へ、へ? 僕は男の子だよ!」

「いいから、あんたも放しなさ――」

「……これがルイさんが探してる男の子ですか」


 と、突然ルイの名前が出たことで、僕もレティも一瞬固まって、フィディさんを見つめてしまう。


「え? ルイっ!?」

「あなた、今なんで!?」

「それは――」


 と、フィディさんがルイについて教えてくれるところだった――けど、そこをルフィス様がごほん、と咳払いをしたことでしっぽ切りに。


「あら、ごめんなさいね。つい浮かれちゃって。ではではルフィスさんよろしくお願いします」


 その話はまた後でなった。正直、今1番にルイの話が聞きたかったけど――恨めしい気にルフィス様の話を聞くことになった。


「なんですか。これじゃあまるで私が悪者みたいじゃありませんか。ふんっ、別に構いませんけど……その様子であれば2人とももう大丈夫そうですね。一応、具合はいかがですか?」

「ええ、まったくもって良好よ。抗魔病の時に目を覚ました時よりも調子はいいくらいだわ」


 「メレティミさん抗魔病だったんですか!?」と驚くフィディさんにレティは苦笑しながら頷いていた。

 しかし、僕はルフィス様の問いに思わず首を傾げてしまう。


「具合? 具合って何?」


 どういうこと、とこれにも答えてくれたのはフィディさんだ。

 案外、話好きなのかもしれない。


「おふたりは今まで気を失っていたんですよ?」

「気を失った? 僕らが?」

「はい。……おふたりは魔力の大量消費による昏睡を起こしていました」


 大量消費? 別に魔法なんて使ってないのに?

 どうして、と聞こうとしたけどここでまた不機嫌そうに咳払いをするルフィス様にフィディさんは苦笑し、肩を狭めてどうぞと先を促した。


「まったくもう、話が先に進まないじゃない。では――」


 ……さて、僕らはようやくルフィス様から今の状況を説明してもらえるようになった。


 僕らが気を失ったのはラヴィナイに辿り着いた当日の晩のことだった。

 あの日、ラヴィナイに着いたのはいいけど、王様が何かの儀式の最中ってことで面会謝絶。別にイルノートにだけ会えればよかったんだけど、それすらも許してくれなかった。

 仕方なく、その後は国外に停めていた飛行艇の中で停泊していたんだけど……夜になって突然ラヴィナイの中心から紫色の光が漏れて、ルフィス様の説明の最中だったけど、あの光のことを尋ねることにした。


「紫色の光ですか?」

「まるで洪水みたいにばあって僕らに向かってきたんだ。目も開けられないくらい眩しい光だった」

「わたしも見たわ。気色の悪い空気みたいな光……部屋の中を全て埋め尽くすみたいに強い光だった」


 と、フィディさんの疑問に僕とレティは頷き答えるけど、ルフィス様を含めた4人は皆知らないって言うんだ。

 「……私は見ていません」とはルフィス様。「あの晩、別室にいましたが2人が言う大層な光なんて気が付きませんでしたね……昨晩は晴れてましたから雷光ってわけでもないでしょうし……」って、あんな強い光を見てないって言うの?

 「あん、俺らは船が倒れるまで酒盛りしてたけどまったくと気が付かんかったな?」とはスクラさんで「……せや、レーちゃんとメレちゃんが突然驚いて外見たんところは覚えてるわ。そっからばたんっ、って突然気ぃ失って」とラクラちゃんが続く。

 そういえば僕が気を失うまでずっとスクラさんもラクラちゃんもどんちゃん騒ぎしてたっけね。

 あの時は書斎に籠っているルフィス様やお付きのヴァウェヴィさんを除き、船の食堂で僕らやスクラさんたち、船を繰るルフィス様直属の船乗りさんたちも皆集まって食事をしていたんだ。

 なら尚更おかしい。席を外していたルフィス様はともかく、僕らと同じ場にいた3人は誰も見ていないなんて嘘だ。

 ただ、キーワンさんだけは「そういえば……」と口にして続けた。


「おふたりが倒れた時、私も急に気持ち悪くなりましたね。てっきり飲み過ぎだと思いましたが……思い返せば、あれは魔力消費による極度の疲労感に似ています」

「疲労感ですか?」

「はい。魔法を覚えたての頃に何度も体験したものです。……ふむ、魔族であるおふたりだけに見えた光、もしや今回の一件はその光によるものでしょうか。もしも、その光が他者の魔力を奪うものであれば? ……そう考えれば船の燃料消失も頷けます」

「燃料消失って、船の燃料も無くなったんですか!?」


 燃料っていうと冒険者が集めたコアで作ったやつだよね?

 半年は飛べるほど用意してあるから補給する必要はないって、ルフィス様が言ってたあれ全部が無くなったって言うの?


「おふたりが気を失ってすぐに船は浮力を失って横転したんですよ。故障したのかと思われたんですが、どうやら燃料切れを起こしていたんです。そして、備蓄分すべてが消えていた……あ、でも、つい先ほど新たに燃料の精製が終わったので、現在は直ぐにでも出発出来るのでご安心を」


 飛行艇は水の上で滞在することが多いけど、時たま陸の上で止まることがある。

 その時は船底を地面に着地させて、コアの力で浮遊した状態で滞在するっていうのを実際に目の当たりにしたわけで……浮力の力を失って横転してしまった船の中は丼をひっくり返した状態だったとか。


「うーん、じゃあ、キーワンさんの言う通り、あの光が僕らとこの船の燃料を取っていったってことでいいのかな」


 でも、スクラさんたちが持っていた精製前のコアと船を動かす巨大なコアだけは残っていたっていうから不思議な話だ。……あ、精製前のコアはラアニス様たちから譲り受けたやつなのね。

 船が倒れた後は僕らを担いで急きょ野営を設置したりと大変だったらしく、なんだか迷惑を駆けちゃった気分だよ。


 その後、夜が明けてからお城にいる王様に掛け合って、どうにか治癒魔法が使える人を呼びに行ったところで、ラアニス様たちと出会い、


「アニスでいいと思います。彼もそう呼ばれた方が嬉しいですからね」


 じゃあ――アニスたちとルフィス様たちが偶然出会い、僕らの治療を行ってくれた……ってところかな。

 そう僕たちは結論付けて、気を失っていた間の話は終わり……ようやく、ルイの話を聞くことが出来た。


「……えっ!」


 ――僕らとは入れ違いでルイがこのラヴィナイにいた。


 そうルフィス様とフィディさんから話を聞かされて、僕は……。


「ルイが!? ルイがいるの!?」


 深く高鳴る胸の鼓動に押し流されるみたいに僕はフィディさんに迫っていた。


「は、はい! ……ですが、ルイさんは一昨日にはもうラヴィナイを出発されました」

「一昨日? 出発した!? じゃあ、今から追いかければ!」

「無理ですよ! ルイさんたちはアニスの操る空飛ぶ絨毯を使っているんですよ! もう遠く離れちゃってるでしょうし、行きとは別の道を使っているかもしれないじゃないですか! もう彼女たちがどこにいるかはわかりません!」

「でも、でもルイがいるんだ! ルイが、ルイが……! そうだよ! なんで、ルイがここにいるのさ!」

「それは……ええっと……」

「知ってるのなら教えてよ! なんで、なんでルイが……」


 フィディさんは視線を逸らしながら僅かに後退るけど、僕は逃がすまいと彼女の手を掴んで引き寄せるだけだ。

 逃げれないようにフィディさんの顔に自分の顔を近づけて、僕はぎっと睨みつけてしまう。

 誰かが聞きなれた声を上げて僕の名前を叫ぶけど、そんなのに答えられる余裕なんて今はない!


「それは、その――」


 顔を強張らせながらも、フィディさんはルイがここにきた理由を答えてくれたんだ……。


「ルイが……結婚する?」

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