第167話 彼の願い、彼の旅

 ――悔しいだろ? 辛いだろ? お前このままでいいのかよ?

(よくない! もうやだよ! たすけてよ!)

 ――ああ、助けてやるともさ。そのためにも、お前は心から願わなきゃ駄目なんだ。

(ねがう? ねがったらかなうの!?)

 ――そうさ、お前が願えばオレが叶えてやる。だが、その願いを叶えたら、今度はお前がオレのお願いを聞いてくれると約束しろ。

(わかった! なんでもきくよ!)

――いい子だ。さあ、願いはなんだ。オレに求めろ。

(けして! あいつらなんかけしてよ!)

――いいぜ。なんだって、消してやるさ。


 音に誘われるまま、家を飛び出していた。どういう道を歩いたかは覚えていない。降り注ぐ音を頼りによちよちと足は先に進んだ。


 ――叶えてやったよ。これでいいだろ。


 そして、その音に導かれた先、自分の両親はものへと変わっていた。

 全ては自分の目の前で起こった。

 前触れもなく発生した大地震。その被害の1つとして、両親が乗っていた車は運転を誤り、反対車線に乗り出して対向車と衝突していたのだ。

 そこからは酷い有様で、後続の車もブレーキをかけるも衝突、衝突、衝突。両親の車と、後続の車に挟まれた対向車は押し潰した空き缶みたいになっていた。


 ――あちゃあ、脆くし過ぎたか。どうにも加減ってやつがわかんねえや。もう少し威力を抑えてもよかったな。


 音は訳のわからないことを口走っていたけれど、どういうことか聞くこともしなかった。


 ――じゃ、次はオレの番だ。オレの願いを聞いてくれるか?

(……うん)


 その願いが何かも当然、尋ねることもせず、音の願うまま、素直に聞くことにした。





 その後、剣術道場を営む名家の末っ子としての人生が始まった。

 そして、生まれついた先でも暴力は常に傍らに存在していた。

 けれど、そこに理由があるかどうかは大きな違いだった。


 昔の親には理不尽な暴力しかなかった。今世の親には理由のある暴力があった。

 憂さ晴らしや暇つぶしに殴ってくる父親と、剣術と呼ぶ生きるための力を備わせるために殴ってくる父親。

 見栄や保身ばかりで自分とは関わろうとはしなかった母親に、痣だらけで汗まみれでも優しく抱き留めてくれる母親。

 さらに厳しくも同じ道を共に進み、支えてくれる優しい2人の兄もいた。

 例え痛みがあろうとも天国に思えた。


 理由のある暴力がみるみると自分の力になっていく。朝から晩までずっと父や兄に引っ付いて剣術に打ち込んだ。

 おかげで12歳を迎えるころには最年少で免許皆伝。天才剣術師として将来を期待されるほどになった。

 嬉しかった。嬉し過ぎた。

 だから、ここまで鍛え上げてくれた皆に、今までの感謝として恩返しをすることにした。


 ――俺は身に付けた剣技を直接彼らに披露したっす!


 父親だった人も。母親だった人も。兄だった2人も。残らず、斬り伏せてやったっす!

 最後に、道場で仲良く並べてあげたのも最大限の恩義でした。


 ただ、1人だけ許せなかったのは三男坊……3番目の兄だったっすね。

 あいつだけは以前の父親そっくりだった。年上ってだけでえばり散らかして、俺や他の門下生たちを簀巻きにして木刀で殴ったり殴らせたりしていたやつだった。

 父親たちも三男坊の扱いには困っていたが、根が良い人たちだったので、見限ることも出来なかったように見えるっす。


 ――これも俺なりの恩返しの1つっした!


 あいつだけはばらばらに解体して、そこらにいた魔物の餌にしてやったんっすよ。

 美味しそうに三男坊だった肉を食べる魔物の鼻息の良さは今でも鮮明に思いだせるっす!


 その後、俺は流されるままに生きてきたっすよ。

 やりたいことだけやった。

 やりたくないことも中にはあったけど、ニコニコ笑って引き受けたっす。我慢できたのも前の世界の父親から受けた暴力で耐性がついたおかげっすね。

 ヘラヘラと笑うのもこの辺りで覚えたんでしたっけ。


 最初は売れば生活の足しになるかな程度に集めておいたヘンド家の家紋入りペンダントに、一応の効力があることを知った時は嬉しかったっすね。

 ヘンド家は力のない貴族でしたが、古道場のせがれって看板は思いのほか信用されるものでした。

 いくつかは売っぱらっちまいましたが、皆のペンダントのおかげで俺は貴族のボンボンにお遊戯会で栄える芝居を教えながらどうにか生計を立ててました。

 そうして、のらりくらりと渡り歩き、今では騎士団の副団長……泣くだけだった自分を褒めてやりたいっすよ。


 ――ただ、当時を思い返せば、1つだけ叶えたい願いがある。


 前の両親をこの手で殺してやりたい。そう思わずにはいらないっす。

 ああ、生きている両親の元へ戻りたい――なんて、またあの声が叶えてくれないっすかね。

 そしたら、この世界の両親から受け継いだ剣術に、あの女から渡されたこのをもって――……。





「副団長! 失礼します!」

「……んあ……」


 重い瞼を開けると、ごっつい筋肉に包まれたおっさんが俺の視界に、私室に入っていたっす。

 目を開けた直ぐにいかついおっさんの顔っていうのは辛いもんっすね……。


「……何っすか?」

「報告します! 奴隷30名を向かわせた集落は、もぬけの殻でした!」


 奴隷……? まるで自分は違うと言わんばかりで笑えると思わず口元が緩む。

 そういえば、ひと眠りする前に近くの集落を占拠しろって命令を出していたっけ。

 そこを新たな拠点にしようって考えてて……ははん、30名ね。自分たちではなく子供の奴隷を送り込んだってところっすか。


「いない……? まったく何も……妙っすね?」

「はい。あ、報告では上空に竜人が飛んでいるところを見た……と」

「竜人……竜人っすか」


 竜人っていうとあのトカゲ男っすよね。

 1度だけ放浪していた時に見たことがあるっすよ。ノシノシと2足歩行するトカゲには度肝を抜かれたっけ。しかも飛んでたって言うんだから羽の生えた竜人と……以前の世界ではテレビに映っていた空想の存在だったと思うけど、この世界にはいるんっすよね。

 相変わらずこの世界は不思議っす。

 羽の生えた竜人……1度見てみたいっすねえ。


「ま、そこを新たな拠点として次の村へ行くっす。一応、周辺の斥候は忘れずに。俺らが襲撃することを察知して、近くで様子を見ているかもしれないから十分気を付けるっす。同時にここの資材運搬も開始っすかね」

「はい!」

「じゃあ、そういうことで……あ、待って!」

「なんでしょう――……痛っ!」


 部屋から出て行こうとする奴隷に、俺は近くに置いておいたナイフを投げつけ……とん、と彼が出ようとしていた背後の扉にナイフは刺さる。

 にっこりと愛想笑いを浮かべていたおっさんの顔は苦悶に歪み、直ぐに片耳を押さえて狼狽えながら俺を見ていた。


「な、なにをっ、なにをっ!」


 何をって、原因わかってないっすか。

 もう、困った人っすね。俺は前にも言ったっすよね?


「……なあ、なんで俺の断りもなく入ってきたっすかねぇ?」

「ひぃ、ひぃ! いた、いたい! っお、俺はちゃんとノックし、した……痛いっ……!」


 まったく大袈裟っすよ。

 たかが耳の先が裂けただけじゃないっすか。大の大人がそんなしゃがみ込んでイタイイタイアピールはどうかと思うっすよ。

 ただ、これじゃあ以前の父親や三男坊と同じっすかね。ああ、いやだ。あの人たちみたいには俺はなりたくない。

 だから、俺はあの2人とは違うところを見せないと駄目っす。

 俺はおっさんへと近寄って、ぽんと肩を叩いた……肩を叩いた程度でそんな怯えないでほしいっす。


「なあ、今回の進軍についてお前はどこまで知ってるっすか?」

「ひ、ひぃ……っ……いえっ! 我ら人間に害をなす前に、魔族の住む里を鎮圧しろ、と王国から命令されたとしか……!」

「あー、まあ、そうなってるっすよね。……でも、実際は違うんすよ」

「ち、ち、違う?」


 我が団長は他の騎士団や軍上層部にユッグジールの里を侵略しようって度々進言してたっすね。

 まあ、当然許可など貰えるはずもなく、腹いせにを殴っているところを度々と目撃してたっす。

 つまり、元々そんな命令がうちらみたいなところに来るはずもなく、団長の独断行動ってやつっすね。

 では、どうしてそんな真似をしたかって言うと……本っ当、あの人は自分の欲に忠実な人っすよ。


「団長、青髪の天人族が欲しい欲しいってうるさいじゃない?」

「は、はあ……そう、そう、いえば?」

「笑える話っすよ……昔、団長はお気に入りの天人族を奴隷にしていたっす。でも、その子にはざまあないことに逃げられちゃってね。もう5年は前の話なのに、団長は未だに根に持ってるっす」

「じゃ、じゃあ……もしかして、団長が連れている“ルイ”っていう青髪の愛玩奴隷も……」

「お、鋭いっすね! そう、あの子は逃げられた天人族の代用品! 笑えるっすよね。とっかえひっかえ代わりを求めたところで、いつまで経っても満たされるわけじゃないのに」

「……副団長は団長のことよく知ってらっしゃるんですね」

「まあね」


 団長……ゼフィリノス・グラフェインは俺らの団長っす。

 一体、俺のことをどう思ってるんすかねえ。

 俺があんたの家族全員殺してやったって正面切って言いに行ったときは複雑な顔をして、直ぐに気持ち悪い笑顔をしたのを覚えてるっすね。

 莫大な遺産を手に入れたおかげで前以上に豪遊してるって聞いた時は、開いた口が塞がらなかったっすよ。

 話し終わったら殺してやろうーって思っていたのに、すっかりと毒気が抜かれちゃいましたよ。

 もう、殺す価値もない屑だってわかって、物凄く落ち込んだっす。


「ま、そういうこと。俺らはユッグジールの里を制圧し、団長のお気に入りになる天人族を手に入れることが今回の任務っす」

「……そんなこと許されるんですか?」

「さあね。責任は団長が持つっしょ。俺らは命令に従っただけだって言えば良いんだし」

「……で、でも、やつら魔族に俺ら人間が敵う訳が……」

「そこはを使えばいい話じゃないっすか。効果は十分! なんなら団長が用意した魔道具も好きに使ってくれてかまわないっすよ」

「……でも」


 煮え切らない態度のおっさんの気持ちは痛いほどわかるっす。

 こんな難題に「はい、わかりました」なんて即答できる奴なんてそうそういないっすからね。

 大体、この馬鹿げた命令を頷けるやつがいたとしたら、そんなやつはそもそも奴隷になんてならないって話っすよ。


「……以前、青髪の天人族の子は12リット金貨で買い取ったって話を聞いているっす」

「12……っ!? そんな大金を女1人に使ったって言うんですか!」

「お前らの20倍の価格っすね。あれ、もっと安かったけ……お前らの価値なんてどうでもいいわ。あの時の団長は財布に制限があったけど、今の彼はグラフェインの全財産をひとりで握ってるわけっすよ。そりゃもうわんさかわんさか!」

「……は、はあ」

「お金持ちの彼に君が青髪の天人族の娘を差し出したとするっしょ? そしたら、どうなると思う?」

「……ど、ど、どうなるんでしょうか?」

「20……いや、30は下らないんじゃないっすかね?」

「さ、30っ!?」


 金の話を持ち出せば、おっさんの目がぎらりと鈍く光るのを感じる。

 あーあ、やだっすねえ。金で目の色を変えるやつに碌な奴はいないっすよ。


「この話はまだ君以外には話してはいないっす。自分の胸の内に秘めるのもよし、徒党を組んで協力し合うのもよし。ともあれ、今は目的地に向けて亜人族の村や集落の制圧を第一に考えるといいと思うっすよ!」

「はいっ!」

「では行ってよし!」

「失礼します!」


 おっさんは良い顔をして出ていったね。耳からたらたらと血が流れ続けているのも気にもかけないほどにさ。

 なんだよ。やっぱり大袈裟な振る舞いだったじゃないっすか!

 けどまあ、……馬鹿は扱いやすくていいっすね!


「……しかし、誰1人として集落にいなかった……ねえ」


 確かに前日から集落にいる亜人族たちはそわそわしていたって報告は受けてたっすけど……でも、襲撃を決めたのは今日のことで……。


「……そういえば、四天っていうお偉いさんの結婚式があるとかどうとか?」


 目的地であるから得た情報だから、どこまで本当かは知らないっすけどね。


(ああ、でも……ハーバン・フラミネスって警備の隊長さんも、知り合いの子が結婚するんだって自分のことみたいに喜んでたっけ)


 半年ほど国境警備は港に在住する亜人族たちに任せてしまうのは気が引けるとかなんとか?

 港の国境警備を担当する天人族全員でその子の結婚式を見に行くって話を聞いたのは更にその2日前っすから……。


「今一腑に落ちないっす」


 亜人族ならどうにか魔道具を使って制圧可能ではあるけど……なのに集落にはだれもいなかったってなんっすか。

 ……この辺りの亜人族たちも他種族である天人族の挙式を見に?

 まさか、ね。





 おれは家を出た! 立身出世! この身ひとつで世界を駆け巡る!


 シズクたちが3日4日でコルテオスにたどり着くことを考えたら、おれもうかうかとしていられないな!

 野を駆け、山を飛び、海を越える――……のは無理なので、南下して地続きのテイルペア大陸へと目指すことにした!

 ちなみに、うちからコルテオス大陸に行く場合、オフクロの許可がないと船には乗せてもらえないし、無理に乗ろうとしたところでおれの顔は知れ渡ってるから直ぐに降ろされるしな!

 最悪、オフクロに報告されたら拳骨をいくつ貰うかも……ぷるぷる! 想像するだけで身震いを起こしてしまう!


 そういうことでおれは南下することに決めたのだ!

 行き先はテイルペア大陸を渡ってのゲイルホリーペと呼ばれるオフクロが以前いた大陸だ! そこから北に向かえば、どこかでシズクたちとも合流できるだろう!


 ――おれは駆けて駆けて駆けた!


 大体半月くらいかかったかな。雷馬はとても速くて簡単に山越え谷越えだけど、おれの魔力が先に根を上げてしまうから仕方ない!

 どこかの町で休んでは日銭を稼ぎ、うまい飯を食ったらぐっすり寝る。そして、直ぐに出発しての繰り返し!


 でも、鬼人族ってだけであんなに畏れられるとは思いもしなかった!

 村や町に入ろうとしてもびびり腰の門番に止められたりして大変だった!

 住民からもいやな目で見られるし、もしかしたらオフクロはこれを見通しておれを外に出したくなかったのかもしれない……けど、おれはそんなことでウジウジしない男だぞ! オフクロは少しおれに甘すぎるんだ!


 そうして旅は順調! ……とはいかず、ゲイルホリーペ大陸に向かうには海を渡らなきゃいけないと言われ、渋々とおれは港町ネガレンスに停泊することにしたんだ。

 いやあ、テイルペア大陸ってこんな暑いところだったんだな!

 空を飛んでの移動だからそこまで気にしなかったけど、休憩と地表に降りると汗がぶわーって大変だった!


「……すごいな!」


 さて、ゲイルホリーペ行の船が出る港町、ネガレンスでの話だ。

 本当ならすぐに宿を取らなきゃいけなかったんだけど、おれは着いて早々町の光景に目を奪われていた。

 造りはアルガラグアに似ているのに、あちらこちらに女の子の像が立っているんだ。


「なんだ、あれは! 一体何を祭っているんだ! 気になるぞー!」


 そこにちょうどよく店を開いていた屋台のおっちゃんに聞くことにしたんだ。


「なあ、おっちゃん!」

「……ん? おっ、お前、鬼人族!?」

「あ……悪さはしないよ! これでも分はわきまえてる方だ! それよりそれより!」


 話を聞くと、町中にある女の子の像はどうやらウンディーネだというのだ!

 どこもかしくもウンディーネウンディーネ!

 確か、半透明のスライムみたいな人の形をした空想上の生き物だっけか。

 水の中を生きる人間みたいなやつ。半人半魚。水の精霊だとかそういう地上人に伝わるおとぎ話だってことはオフクロやクレットから聞いている。

 しかし、実際にいたかっていうのはわからないっていうのになあ。


「だろだろ? みーんなおとぎ話にしかいないって言うんだ。ははっ、だがな! 聞いて驚くなよ? なんと数年前にこの町にウンディーネさまが現れたんだ!」

「おおー! それはすごいな!」


 おっちゃんの話では青と黒の長い髪を持った少女たちだったとか。

 それに赤いたてがみを生やしたクレストライオンそっくりなお供がいたとか!

 クレストライオンかぁ……あれ、以前どこかで聞いた覚えがあるけど……うん、忘れた!


 ほら、と指を差した先には2人の少女と1匹のライオンが戯れている石像がどんと置いてあった。

 他の石像よりも大きくて手の凝ったものっ……はて、なんで片方の少女だけ半裸なのだ? しかし、おっぱいがないのでおれの好みじゃないな!


「おれも見てみたいな! なあ、いつ会えるんだ!」

「……どうだろうな。あれ以来姿を見せてくれないが、海からまた現れてくれるんじゃないかな」

「そっか、それは残念だな! じゃ、とりあえず、そのウンディーネ焼き1つもらえるか!」

「あいよっ!」


 その後、ウンディーネ焼きと名ばかりの焼き魚を片手に、船着き場にて話を聞きに行くと、残念なことに船が出るまであと2日かかるそうだ。

 まあ仕方ない。その間、おれは1人ぼっちだったけど海で遊ぶことにした!


「はあ……やっぱり、1人は寂しいな!」


 おれの姿を見た周りの海水浴客は鬼人族だ鬼人族だって逃げていくんだぞ。

 ああ、悲しいな! おれをそこらの鬼人族と一緒にしないでほしいぞ! 鬼人族ってだけで偏見をもたないでほしいぞ! そんな怯えるほど怖くないのにな!


「あーあ、きっとシズクたちなら一緒に遊んでくれたのにな!」


 急いでいたってこともあるけど、ずっと1人で空を飛ぶのもつまらなかったし、もう次からはシズクたちの旅に無理にでもついていこうって決意する――ん?


「皆逃げろー! クラーケンだ!」「早く海から上がるんだ!」「おい、もたもたするな!」「ああっ、早くこっちに逃げろ!」「たっ、たすけてくれ!」

「おおっ?」


 何やらおれに向けられたやつと同じ悲鳴が聞こえてきたので、そっと声の出所へと顔を向けば……おお、びっくりだ!

 わしわしと複数の足をうねらせた化け物が海から姿を見せていた!


「うわわ、気持ち悪い! なんだあれ! 見たことない!」


 そいつは半人半魚っぽい感じの生物で、太い人の手を持ってるくせに足は沢山あって、え? まさかあれがウンディーネ? いやいや! ちがうちがう!

 最初は亜人族か何かと思ったけど、あれは魔物だよな! 顔のあたりは人とも獣ともつかないやつだし! よしよし!


「おりゃあっ!」


 おれは即座に雷馬を生み出してて、空を飛んで奴の周りに近寄った!

 クラーケンと呼ばれた魔物はおれに気が付いたのか長い足を延ばしてくる。


「うわあ、骨とかどうなってるんだこいつは! ぐにょぐにょで柔らかいやつだな! こんなやつアルガラグアでも見たこと無いぞ!」


 すごいな、外の世界はおれの知らないことばかりだ!


「みんな、海から離れろ!」


 空を飛ぶおれの声が届く前からみんなは逃げていたけど、やっぱり言わないとな!

 おれの魔法の範囲外に海水浴客がいないことを確認してから、いつも通りの雷魔法だ!

 ばりばりっと手に雷を集めてそのまま突き落とす! ……むっ! あいつ海にいる癖してまだ元気だ!

 怒ったのかさっきよりも勢いよく足を振り回してくるんだ。やあ、あれには触りたくない……けど!


「……こい!」


 おれは魔道器“移り戯の昆”を生み出し雷馬を飛ばした。

 振りかかる無数の足をすらすらと避けて、移り戯の昆に灯した伸縮する雷刃で1本1本と切り取っていく。

 全ての足を切り落とした後、おれは鋭く尖らせた雷刃で一気に人とも獣ともわからないやつの脳天を貫いた!

 悲鳴を上げている間に即行でクラーケンから距離を取り、浜辺に降り立って苦しみもがくやつの最後を見届ける。


「よしっ!」


 完全に息絶えたところを見計らい……いつもの決めポーズだ!

 両手をぐっと引き締めて最後に名乗りを上げようと「おれの名前は――」と言ったところでみんなが歓声を上げておれに近寄ってきたのだ!

 ああ、最後まで言わせてくれ!


「おお……雷神様じゃ……!」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「お、おー! これくらいどうってことないさ!」


 ま、まあ万事解決だ!

 その後、おれはクラーケン退治でどうにか町の人に受け入れられてもらえたみたいだ!

 雷馬を出して地元の子供たちを乗せて飛ばしたり、ちょっとした雷での遊びを空に放ったりもする。

 でも、音がうるさいのが難点だな。これは夜にやったらオフクロにごちんと拳骨を貰ってしまう。おれだってわかってるさ! もう殴られるのは勘弁だからな!


「雷神様ー! また来てくださいー!」

「おー! 今度は仲間と来るからなー!」


 仲良くなった町の人たちに見送られながらおれは船に乗った!

 これからひと月ほどの長い船旅が始まるそうだ。

 海がどれ程の長いかわからないし、雷馬での飛行中に魔力が尽きて落ちたら嫌だからなあ……。

 仕方ないけど船に乗るしかない!


「シズクたちはもうフォロカミだかイルノートだかには会えたのかなあ……って、あれ? 目的の人物に会えたあと、シズクたちはどこにいくんだ!? うわ、聞いてないぞ!」


 甲板の上でおれの「うわああああっ!」って嘆きの声は延々と鳴り響くけど、もう遅い!

 ええい、この際もう世界中どこにいっても探してやるからな! とりあえずはユッグジールの里ってやつを観光してやるか!


 ――その後、水霊と雷神の加護を受けた町だと噂は広まり、ネガレンスは今以上のリゾート地になるらしいが、今のおれは当然そんなこと知らないからな!

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