第166話 会いにきたよ

「素晴らしい! わざわざ遠い異国の地より我が同胞を探して訪れるなんて、なんて涙ぐましい話だろうか!」

「は、はあ……」


 十字架のある建物の中に入り、イルノートについて尋ね回っていると、この国の王様という人の前へと通された。

 その人は白髪頭の青年で、ぼくら3人は床に膝をついて壇上で椅子に座る彼を見上げていた。

 壇上の上には彼を中心に、数名の大人たちが左右に別れて並んでいて、ぼくらを見張るような目を向け続けている。彼の側近だろうか。どの人も髪が真っ白だった。

 真ん中の青年の後ろには、皆と同じく白髪の女の子が寄り添うように立っていた。

 ぼくよりも年下の子だ。透明な玉……コアみたいなものを両手で大事そうに持っているけど、あれはなんだろう。

 その子と目が合うとにっこりと笑い返してくれた。ぼくは笑い返すほどの余裕はなくて、つい視線を逸らしてしまった。


「王……」

「うむ、わかった!」


 側近の1人が白髪の王様にひそひそと耳打ちをして、王様は嬉しそうに何度も頷いていた。


「イルノートとは話が付いた。面会することを許そう! しかし、会うのは青髪の君だけだとイルノートからは言付かった」

「本当に! ありが――」

「それはなりません! このウリウリア・リウリアも同行を願います!」

「……ウリウリ?」


 ……びっくりした。

 この旅で何度と聞いたウリウリの大声を、この場所でまた聞くことになった。

 怒っているじゃない。何かを恐れているみたいな大声だった。


「フルオリフィア様、私も同行を願います! ……私は、私は……もう、同じ過ちは繰り返さないと心に決めたのです! ……だから!」

「ふむ、なんと主君思いの臣下だろうか! どちらの言い分も私は叶えたいと思う! しかし順番は順番。まずは青髪の君の願いを聞き、その後イルノートの願いを叶え、それから金髪の貴女の同行を許すことにしようじゃないか! さあ、青髪の少女よ。1人でイルノートの元へと向かうといい!」

「な、何を馬鹿なことを……それでは意味がないのです! お願いします! そんな回りくどいこともせず、私を同行させることを許可頂けませんか!」

「駄目だ。貴女の願いはイルノートの願いと反する。そのため、聞くわけにはいかない」

「――ウリウリ。もういいよね」

「……フルオリフィア様!」


 ここにイルノートがいることがわかったんだ。なら、もう足を止めている時間はもったいない。


「ぼくひとりで行く。だからウリウリたちはここで待ってて」

「しかし、フルオリフィア様! 私は……!」

「大丈夫だよ! イルノートは優しいんだ。ぼくは昔の仲間に会いに行くだけ……心配することなんて何もないんだよ!」

「ですが……」

「いいのいいの! ……王様、ぼくをイルノートに会わせて」


 王様は満足そうに笑って頷いてくれた。

 

「では、ティア。この客人をイルノートのところまで案内してもらえるかい?」

「はい! お父様、お任せください!」


 話は決まった。

 今まで王様の後ろに控えていた女の子が小さくお辞儀をしながら前に出て、こちらへとぼくを招いてくれる。

 ウリウリはいつまでもぼくを見続けていたけど、ぼくは1度も目を合わさずにティアと呼ばれた女の子の後ろについていく。


「レティア様、わたくし目もご同行しましょうか?」

「いいえ、私だけで大丈夫です!」

「はっ」


 配下の1人がティアって子を前に膝をついて話しかけていた。

 それをやんわりと断るあたり、ティア……レティアちゃん? はお姫様なのかな。


(……でもなんだろう?)


 レティア……その名前にぼくは言いようのない気持ちになる。これは以前シズクって言葉に引っ掛かりを覚えていた時と似てる。

 レティア、レティア、レティ――もしかしてぼくはシズク以外にもまだ忘れているものがあるんだろうか。


 王様と謁見した場所を離れ、廊下を渡り、こつこつと階段を降りて地下へと潜る。

 薄暗い通路は壁にかかった光り輝くコアだけが明かりとなって照らしている。

 知らない場所だけど、なんだか昔いた奴隷市場みたいな感じに思えてくる。


「お姉さんはイルノートとはどういう関係なの? 恋人?」

「え?」


 前を歩いていたレティアちゃんがふと振り返り、きらきらとした甲高い声を上げてぼくに聞いてきた。


「恋人? ……ははっ、違うよ! イルノートはそんなんじゃない。彼はぼくにとって旅の仲間で、魔法とか冒険とかの先生……ううん。家族……お父さんみたいな人なんだ!」

「へえ……そっかー、残念!」

「そんな残念におもうこと?」

「ワタシには必要なことなんだ」

「ふーん」


 どういうことだろう、とぼくは聞き返すことも、レティアちゃんは次に言葉を発することもなかった。

 しばらく歩いた後、重苦しい扉を前にティアちゃんはここにイルノートがいるって教えてくれた。


「ありがとう。レティア……ちゃん?」

「はーい、どういたしまして。ワタシのことはティアでいいですよ。それで、えーっと、お姉さんの名前は?」

「あ、ルイだよ。ルイ・フル――ううん、ルイって呼んで!」

「はーい、ルイさん! 後はごゆるりとぉ!」


 そうしてここまで案内してくれたティアちゃんに手を振って別れた後、ぼくは1度ぎゅっと目を瞑ってから扉に手をかけた。


「入るよ」


 薄暗い部屋の中、こちらに背を向けてベッドに寝ているイルノートを見つけた。

 ……最初はイルノートかはどうかわからなかった。最初はイルノートだとは思えなかったんだ。

 わかったのはぼくに気が付いて振り向いた彼の顔を見てから少し経った後だった。

 ぼさぼさに跳ねて伸びた銀髪はいつものさらさらじゃない。

 頬もこけてがりがりで、色あせた骸骨みたいだった。

 無精ひげを生やして、別人みたいに変わってしまったけど、ぼくらのイルノートはそこにいた。


「……久しぶりだね。イルノート」

「……ああ、ラン……ブランザ……来てくれたんだね?」


 虚ろな赤い眼が、薄暗いこの部屋ではぎらぎらと獲物を狙う獣の目のように見えた。

 思わず後退りをしてしまいそうになったけど、ぼくは首を振って笑顔を作った。


(イルノートまでぼくをブランザっていうんだね……)


 悲しく思ったけど、ぼくは笑顔のままでいることにした。


「ちがうよ。ぼくはルイだよ」

「……ル……イ…………っ!」

「イルノート?」

「……なぜ、ここに?」


 眠たそうな視線が大きく見開かれる。

 光の灯った赤い目でぼくを見たのは一瞬で、後はどこを見ているのかわからない深く暗いものになった。


「ぼくはイルノートに会いに来たんだ」

「……馬鹿め」


 馬鹿、と言われてもむっとしなかったのはイルノートだったからかな。

 いつもはよくシズクに向かって言ってたよね。


「聞いてほしいことがあるんだ」

「……なんだ」

「ぼくね。15歳になったら結婚しなきゃいけなくなったんだ」

「…………好きに……すればいい」


 突き放すかのような言い方はぼくの知っているイルノートとは違ったものだった。

 まるで他人に接するときのイルノートの口調だったけど、ぼくは構わず続ける。


「……ぼくは迷っていたよ。このままドナくんと結婚するのが正しいのかって」

「……私は知らない」

「別にドナくんのことは嫌いじゃないんだ。だけど、結婚をするほどの好きじゃない。……この結婚は大人たちが勝手に決めたことなんだよ」

「……あの里らしいな。いや、天人族らしい、というべきか」

「天人族らしいかはぼくはわかんない。でも違うって思う。ぼくは他人が決めた結婚なんて認めたくない」

「ならどうする?」


 ならどうする?

 そんなのわからない……と言ったのは昨日までのぼくだ。

 今日のぼくは違う答えを持っている。


「ぼくは結婚するならシズクがいい」

「……っ!?」


 そう口にして……イルノートは愕然と顔を強張らせた。

 なわなわと震える唇に、ぎゅっと握りしめられた拳。視線はぼくを見ているようで後ろだったりどこを見ているのかわからなかった。

 動揺している? イルノートが? どうして?

 イルノートは一度俯いてから、顔を上げてぼくを見た。


「……思いだしたのか?」

「……うん」


 ぼくは頷いてイルノートを見つめ返した。

 どうして、ぼくの記憶を消したの? と、聞きたかったけど……ぼくはイルノートを見つめるしかなかった。


「……馬鹿め」


 またイルノートは馬鹿という。

 それはぼくに対してなの? 馬鹿めって言った時、イルノートはぼくを見なかった。


「ねえ、イルノート」

「……なんだ」

「こんなところにいちゃだめだ。外に出よう。ひどい顔だよ」


 けれど、イルノートは首を振る。


「外に出てどこへ行けと?」

「……いっしょにシズクを探しに行こう。また、3人で冒険に行こうよ。ぼくはもう2人がいれば他に何もいらない。ユッグジールの里も、ドナくんとの結婚も全部いらない。ぼくにはもうイルノートとシズクさえいればいいんだ」

「……無理だ」

「むりじゃない! イルノートさえいっしょに動いてくれればいいんだよ! ぼくたちならどこだって行けたじゃない!」

「……勘弁してくれ」

「どうして! なんで勘弁してなんていうの! ぼくたちはいっしょにいないとだめだ!」

「……っ……いい加減にしてくれっ! もう、シズクはいないんだ!」

「……」


 いない。いないってどういうこと?


「いないって……」

「……いないんだよ」

「だから、じゃあ、どこ――」

「……あいつはなっ……死んだんだよっ!」


 ……は?

 ぼくの言葉を遮ってイルノートは怒鳴りながら変なことを言ってきた。

 嘘だ。


「シズクはもう死んでいるんだ!」

「……うそだ」

「嘘じゃない!」

「じゃ、じゃあ、なんで……」


 そんな、死ぬ? 死ぬって、え? 

 シズクが、死んだ?

 そんなの、あるはずが……ない。


「う、うそだよ。シズクが死ぬわけないよ!」


 ぼくとシズクはいっしょに生きて一緒に訓練して、一緒に……一緒にいたんだ。

 どんな魔物だってぼくら2人なら、そりゃ危険なことも度々あったけど、いつだって生き延びてきた。

 なのに、シズクがそんな……シズクが簡単に死ぬわけない……ないのに!


「シズクは――」

「リコは私が殺した」

「……っ……リコ!?」


 リコ……そうだ。

 その言葉でぼくはリコも忘れていたことを思い出した。

 あんなに小さかった頃から面倒を見て、それでぼくよりも大きくなったリコのことを忘れて……殺した!?


「なんで! どうして!」

「私の邪魔をしたからだ……だから、私がこの手でリコを……本来なら私が手を掛けるはずだったのにシズクは後を追うようにエネシーラに殺されたよ」

「そんな……シズクが、殺された?」


 うそだ……うそだ!

 シズクが死んだなんて、殺されたなんてうそだ!

 しかも、エネシーラ様に……っ!


「うそだ!」

「嘘じゃない!」

「うそだ、うそだうそだうそだぁぁぁっ!」


 嘘だよ。シズクが死んだ、殺された……そんなはず……。

 うそだ。シズクはぼくを置いていっただけ……。

 ちがう。シズクはそんなことしない。

 じゃあ、どうして!


「うそだうそだうそだっ、う……っ……うぅっ……」


 信じたくないのに。信じられないのに。信じたくないのに……。

 ぼくは必死に嘘だって言っても……。


「うぅ……うぅ……あぁぁ……」


 ぼくの目からこぼれ落ちる涙が止まらない。


「あ……ああ……うぁ……うぁぁぁ……うわぁぁああん……!」


 立ち尽くしたまま、ぼくは喉の奥から出てくる声を止めれない。

 嘘だ。信じられない。ぼくが忘れてたって思ってたら、シズクは……いない?

 そんな。だって、あの最後に見たのは……。


「ああっ……わぁぁっ……わあぁぁぁぁぁっ……!」


 天井を見上げ、ぼくはわんわんと声を上げて泣くしかなかった。


「……もう忘れろ」

「無理ぃ……忘れるなんて……忘れるなんて出来ないぃ……」

「私が手伝ってやる。お前のことも、ベルフェオルゴン様の最後の命から任されている――」


 そうイルノートは言うと、泣きじゃくるぼくの手を引いて埃っぽいベッドの上へと強引に押し倒された。


「魔法が解けてしまったというならまたかけ直すだけだ……」


 真上には今まで見たことがないような悲しそうな顔をしたイルノートがいる。

 なんでそんな顔をするんだよっ! リコを殺したくせに! シズクを見殺しにしたくせに!

 それなのに、どうして、どうしてそんな顔するんだよ……!


 イルノートから逃げようとしたが、ぼくの手足にを水で出来た紐のようなものが巻き付いてきた。水の紐は頑丈で、泣きじゃくりながら抵抗をしても、まったくとびくともしなかった。

 ぼくは流れる涙をぬぐうことも出来ず、それでも、いやいやと藻掻くしかできない。


「もういいんだ。ルイ……お前は何もかも忘れるんだ。例え他人に与えられたものであろうと、私たちとは違って幸せになるんだ」

「やだぁぁああっ……シズクぅ……!」


 両手両足を縛られた上、頭までイルノートの両手で掴まれてしまう。

 見ろってイルノートはぼくと目を合わせてきた。

 ぼくと同じイルノートの赤い目の奥に深い闇のようなものが見えてくる。


「『我が心の深淵よ。今ここに隙間を広げて体現させよう――』」

「……っ!?」


 ……はっ、とその呪文の1つ1つが消えていた記憶の奥を掘り起こしてぼくを奮い立たせる。


「……っ……い、いやだよ! イルノートっ、その呪文はやめて!」

「『彼の意を惑い狂わせ、我が意のもとに縛れ――』」

「また、またぼくは忘れるの? シズクもリコも何もかも……!」

「『……【テンプテーション】」


 真っ赤なイルノートの目が薄暗く光りだすと……ぼくの意識は深い闇へと落ちていく。


(やだ、消える……)


 また、ぼくが消えていく。


(シズク……助けて……シズ…………――)





 ……はっと意識を取り戻したのは、2つの足音が聞こえてきたからだ。

 王のいなくなったこの場で、護衛である我々2人だけ残され大分時間が経った頃だ。


「……フルオリフィア様!」


 足音の先、現れたのは2人の男女だ。

 1人は見慣れた、見蕩れてしまう青く長い髪を持った天人族の娘だ。

 もう1人は濁った灰色のような髪をしたやせぼそった青年だ。


 2人に共通しているのは赤い眼……光の灯さない虚ろな目である。 

 我が主君であるルイ・フルオリフィア様はフォロカミの腕に捕まりながら、ようやくその姿を見せてくれた。


「フルオリフィア様!? どうなされたんですか!」


 直ぐにフォロカミからはぎ取るようにフルオリフィア様を抱きしめるが、彼女はまったくと言っていいほど反応もせず私の腕の中に納まった。

 ぐったりとはしていたが、力の無い腕はゆっくりと上がり、引き離されたフォロカミの腕へと伸ばし続けている。


「フルオリフィア様! しっかりなさってください!」

「……あ……ウリウリだ」

「はい。ウリウリア・リウリアです!」


 要約こちらに気が付いたフルオリフィア様の肩を掴んで向き合った。

 ……なんてことだ。

 フルオリフィア様の顔色は血の気が引いたかのように真っ白で、目は虚ろな光のないものとなってしまっている。

 この様な状態の彼女を私は1度だけ目にしたことがある――。


「ねえ、ウリウリ。早く帰ろう?」

「……はっ……帰る? どこへ?」

「ルイね。ユッグジールの里にもどってけっこんするの」

「……ですが、それは……フルオリフィア様は拒んで……」

「拒む……どうして? ルイはけっこんしないといけないんでしょ? ……じゃあ、しないとね」

「ふ、フルオリフィア様……」


 あんなに嫌がっていたのに、どうしてこんな……!

 やはり、やはりか!


「フォロカミっ! 貴様っ、貴様はあのお方の娘まで悲しませるのか!」


 フォロカミの胸ぐらを強引に引き寄せて睨み付けた。

 彼の方が背が高いため、私が見上げてしまうという形になったが――見上げた彼の表情は覇気のない死者のような面構えをしていた。

 フルオリフィア様と同じく覇気のないツラは見るに堪えないものだったが、私の視線から逃れるように赤い双眸は宙を泳いだ。

 フォロカミの形のいい口が……乾燥している唇がゆっくりと開いた。


「……私は、ルイの迷いを消しただけだ」

「貴様、やはり!」


 フルオリフィア様にまたもあの魔法を使ったというのか!

 私の言いたいことを悟ったのか、フォロカミは小さく頷いて見せた。


「ああ」

「そんな……」


 ――闇魔法と呼ばれるものは私はよく知らない。

 フルオリフィア様やシズクと呼ばれたあの少年のように、どこからともなく武器や防具を出す魔法程度に捉えていたが、他にも多種多様にあるらしく、この男が使うそれは人の記憶を改ざんするというものだった。

 里にいる時に本人から直接聞いた話では、フォロカミが使えるのはその記憶の改ざんをする魔法だけだと言っていた。本当かどうかは定かではない。


「……シズクのことを思い出していた。だから消してやった……もういない者を思っても空しいだけだろ」

「シズクを……」


 ……わたしも薄々は感づいていた。

 フルオリフィア様は時折消したはずのシズクの名前を呟くことがある。しかし、彼はもう死んでいるのだ。

 例え、彼がミッシングであろうともフルオリフィア様にとっては大切な

 記憶の改ざんで彼のことを忘れられるのであれば……と、私もその時ばかりは闇魔法の使用には目を瞑ったが……今回ばかりはあの時の比ではない。

 何だこの有様は!


「これでルイも素直に婚姻に応じる……大方、ルイが我儘を言ってこの旅は始まったのだろう?」

「……だが、そんな……これでは人形も同然じゃ……!」

「……これでルイはこれ以上苦しまずに済む。忘れたままの方が幸せなこともあるだえおう」


 しかし、これでは……あまりにもむごい仕打ちではないか。

 いつもの無邪気な笑みもなく、乾いた笑顔は作り物以外のなにに見えるというのか。


「ああ……あああああぁぁぁぁぁっ!」


 こんな覇気のない人形を、私はあのフルオリフィア様だとは認めたくない……!

 しかし、私はただ嘆くように声を上げることしかできなかった。





 王に一礼し我々はまた直ぐにユッグジールの里に戻ることになった。フルオリフィア様の願いでもある。

 ティアと呼ばれる少女はフルオリフィア様に近寄ると、にっこりと笑って手を振っていた。

 フルオリフィア様の反応はないが、その様子を見て少女は少し驚くだけだった。


「またね。ルイさん」


 ティアはそれだけ言うと笑って最後まで私たちを見送り続けていた。


(私は、また同じ過ちを繰り返してしまった……! あの日と、全く同じじゃないか!)


 あの日、初めて私がこのラヴィナイに訪れた時、ブランザ・フルオリフィア様は笑ってこのフォロカミに会いに来たのだ。

 しかし、再会を終えラヴィナイを去る時、わたしの前で彼女は赤子のように泣きじゃくった。


 いつも微笑みを絶やさなかったフルオリフィア様があんなにも悲嘆に暮れたのは後にも先にもその場限り……あの時の嗚咽は忘れようったって忘れることなんて出来やしない。


(その娘であるルイ・フルオリフィア様もこいつによって、魂の抜けたような痛々しい姿にされてしまった……!)


 こんな結果が待っているような気がした。だから私はこの場所に来ることを反対していた。

 フォロカミに、また私の大切なものを傷つけられるかもしれない……と、この場に来ることを何より私が恐れていたのだ。

 許せない……。

 許せないのに、私は……前と同じく何も出来やしない!


「……ウリウリアといったか?」

「貴様に名前を呼ばれる覚えはない! 家族でもないものが私の名前を呼ぶな!」

「家族ではない……か。ふっ、ではウリウリと呼んだ方が良いか? そちらは愛称だろう?」

「ふざけるな! それこそフルオリフィア様にしか許してないものだ! 馬鹿にしているのか!」


 無性に腹が立つ!

 更に私の反応にくつくつと笑う姿は本当に腹の立つものでしかない。


「何が可笑しい!」

「いや、気にするな。では、聞け。リウリアよ。私も一緒にユッグジールの里に同行する」

「なっ……」

「嫌とは言わさない。私は身届ける義務がある。それを邪魔するというのであれば……」


 と……フォロカミは自分の胸に手を当てて、短刀の柄を握る。


「例え、でも容赦はしない」

「いいだろう!」


 望むところだ、と私も自分の短刀の柄を握ろうとする――が、やつの……フォロカミの腕の中にいるフルオリフィア様が先に動いて私を制した。


「……ウリウリ。イルノートもいっしょにユッグジールの里に来てもらう」

「ですが、そいつは……」

「――命令だよ。ウリウリはルイたちのじゃまをしないで」

「……なっ!」


 フルオリフィア様、が私に……命令……!


「四天であるルイのいうことが聞けないの? 聞けないって言うなら、もう護衛から外れてもいいよ」

「なっ……」

「どうする? ウリウリ」

「………………畏まりました」


 私はゆっくりとフルオリフィア様へと……2人へと、頭を下げた。

 ……フルオリフィア様は私に1度たりとも命令という言葉を使う人ではなかった。ましてや、自分の立場を使う人でもなかった。

 今も昔もフルオリフィア様は自分の権威を振りかざす人じゃなかった……!


(これも全てこいつのせい、こいつのせい……!)


 頭を下げている間、2人は一言も口にすることもせず、私をそのままに先に歩き出した。

 じゃりと雪を踏む音を聞いてようやく顔を上げた先にいた護衛見習いが顔をしかめて近寄ってきた。


「な、なんですかあの人は……!」

「知らん! 私に聞くな!」


 ――気が立っているのに、話しかけるな!




 その後、王のいる十字の建物から離れ、来た道を戻り、外壁の外へと近寄るににつれて見知った2人の顔を見かけた。

 アニス様とリター様だ。


「……ルイ!?」

「……? ……あ、アニスとリター」


 アニス様たちは今まで外壁の外にいたということで、出入り口付近で私たちの帰りを待っていてくれたということだ。


「それより聞いてよ! ルイ! 今外にシズ――……ルイ? どうしちゃったのルイ!?」


 リター様は何やら興奮したようにフルオリフィア様の肩を掴んで語り掛けるが、当の本人であるフルオリフィア様は怯えた様子ですぐにフォロカミの後ろに隠れてしまった。


「あなたは……失礼。僕はアニス・リススという。一応ユッグジールの里では魔人族の長を任されている。――あなたは一体誰なんだい」

「……私はイルノートという。ルイの……後見人とでも言っておこうか」

「そうか。あなたがイルノート……おや、僕らどこかで会ったことあるね」

「……知らないな」

「……あ、あたしも覚えてるわ。そうよ。初めて“シズク”に会いに行った時に小屋に入っていった銀髪の……」


 シズクという言葉にフルオリフィア様は一瞬ひくりと身体を震わせたが首を傾げるだけだった。

 やはり、忘れてしまったのだろうか。

 今すぐにフルオリフィア様はユッグジールの里に帰りたいと口にするが、もう時間も遅い。

 この国で一晩明かすことにして早朝に出ることを承諾してもらう。


 野営は国の中にある廃屋の1つを借りることにした。

 穴の開いた箇所は近くの瓦礫を利用して土魔法で埋めたりすればどうにか夜風を凌ぐ程度には足りるだろう。

 夜になったらアニス様たち2人は少し席を外すと言っていたが、どこに行くかは気が立っていたせいか聞くことは無かった。大方、いつもの逢瀬だろう。

 でも、そういえば……。


「……フィディ様は?」

「彼女は……残ることにしたよ」

「残る? このラヴィナイに?」


 あんなにも離れたくないと訴えていたと言うのに? しかも前日にいた町よりも寂れたこの国に残るというのか?


「まあいろいろあってね」


 色々か……ただ、この夫婦のことだ。

 妙な心変わりをしてもさほど不思議がることは無いだろう。


「ところで、昨日倒した水晶鴉のコアだけど、あれ全部僕らに売ってくれないか?」

「……コアですか? ええ構いませんが……一体何に使うんですか?」

「それは……まあ、秘密ってことで」

「そうですか」


 別に私には必要のないものだ。

 無償でいいと私は彼らにコアを上げ渡した。

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