第165話 思い出した

 目を覚ましたことがきっかけだったような気がする。

 旅に出たことで少しずつ扉が開いたのかもしれない。

 昨晩見た魔力の光が原因かも。


(……シズク! そうだ、シズクだ!)


 シズクのことを思いだした瞬間、ベッドから飛び跳ね、寝間着のまま部屋の外へと駆けだした。

 靴も履くのも忘れて外へ――宿屋の外に出たところで空を見上げた。

 空は昨夜と同じく雲の少ない青空が見えた。

 胸の奥に吸い込まれる空気は冷たくてちくちくと痛みを感じる。足の裏もちりちりと冷たかったけど気にしない。

 貯め込んだ空気にぼくは後悔と思いを込めて、吐き出した。


「シズク……思いだしたよ……」


 シズク。この数年、ずっと頭に引っかかっていた単語だった。

 次第にそれは人の名前だってことを思い出して、おぼろげに浮かび上がる黒髪の少年の名前だってわかって……今朝、ようやく思いだした。


 ――シズク。


 生まれた時から一緒にいる男の子だ。

 一緒に同じ場所で育って、一緒に奴隷として売られて、一緒にユッグジールの里に向かって……。

 いつもぼくの隣にいた、世界で1番大好きだった彼のことをどうして忘れていたんだろう。


「ああ、ルイさん! そんな恰好でどうしたんですか!」

「フィディ……おはよう」

「あ、はい。おはようございます……じゃなくて! 寝巻じゃないですか! 外に出るならきちんと着替えてください! ほら、戻る戻る!」

「……うん。今すぐに着替えるよ」


 昨日とは変わってフィディの機嫌がよかったのは、結局アニスが折れて旅の同行を許したからだっていうのは後に聞いた話だった。

 その後、お世話になった宿屋の人たちに挨拶をし、ぼくらはラヴィナイへと飛んだんだ。


「――でねでね、アニスったら私のことを絶対に守るって約束してくれたんです!」

「あー、もうその話いいわよ。フィディ、嬉しいのはわかったから、もっと安静にしてなさい」


 絨毯の上ではしゃぐフィディとは反対に、ぼくの気持ちは沈んだままだ。

 どうしてシズクのことを忘れていたのかを思い出し、同時にあの日のイルノートのことに頭を悩ませる。


「あの魔法は一体何なんだろう……」


 それも、みんなと温泉に行った次の日のことだ。ぼくは目を覚ますと知らない大勢の天人族に取り囲まれていたんだ。

 左右から大人2人に押さえつけられ、身動きの取れないぼくに向かってイルノートは1度も聞いたことのない呪文を詠みだしたんだ。


(……その魔法を使われた時からぼくはシズクのことを忘れちゃった)


 しかもどうしてかぼくはブランザ・フルオリフィアの一人娘として四天見習いになっていた。まだ知り合ったばかりのドナくん、フラミネスちゃん、レドヘイルくん……3人とは昔っからの友達みたいになってたりね。

 それらの原因はやっぱりあの魔法だと思う。


(なんでぼくにシズクを忘れさせたんだろう……ねえ、イルノート。ぼくにとってシズクがどれだけ大切な存在かってわかってたでしょ?)


 ぼくにとってシズクは1番大切なひとだった。

 シズクがいたからぼくがいた。

 シズクがいるからぼくがいる。

 シズクがいなかったら今のぼくはいなかった。

 それだけぼくにはシズクが必要だった。


(……会いたい。会いたいよ、今すぐ会いたい。シズク、シズクシズクシズクシズク!)


 ――でも、じゃあ、どうしてシズクはいないの?


「シズクはどこ……?」


 ぼくを置いてどこかへ消えたの?

 そんなはずない。シズクがぼくを置いていくはずなんて……!


『――あいつはやっぱり出てったんじゃなあ。直ぐに去るからとか、お前さんを置いていくたぁこと言っとったが。お前さんも置いてかれてさぞ辛かったじゃろう……』


 ギルドのおじいさんが言っていたことを思い出す……違う。シズクはそんなことしない。

 ……しないはずなのに、現に今、シズクはいなくて、ぼくはひとりぼっちだ。


(……どうして? シズクはぼくを置いていったの?)


 ……もしかしてシズクがイルノートに頼んでぼくの記憶を消させたの?

 どうして? どうしてだよ?

 ぼくはシズクのものじゃないの? シズクはぼくのものじゃないの?

 ねえ、本当にぼくを置いていったの?


「シズクのくせに……!」


 ぼくの断りもなく勝手に出ていくなんて……そんなの許せない。

 シズクはいつも1人で勝手に決めちゃうんだ。今回だってきっとそうだ。また勝手に決めたんだって、むっとむくれそうになる。


(……けどさ)


 ぼくをひとりにしたシズクを憎む気持ち以上に、ひとりぼっちにされたって悲しいって気持ちの方が強いんだ。


(ぼくを置いていったってことは、ぼくはいらなくなったの……)


 シズク。

 ぼくの大切なぼくだけのシズク。ねえ、どこにいるの……。


「ルイ、どうしたのよ? ようやく念願のイルノートに会えるっていうのに落ち込んだり怒ったり悲しんだり、忙しないわねぇ」


 そう、シズクのことを考えていると、前に座っているリターが振り向いてぼくをおちょくってくる。

 ぼくは小さく顔を横に背けてぼそりと言い返した。


「……べつにそういうこともあるよ」

「あら、いつもの『そんなことないよ!』って反論しないのね? ……え、まさか、今度はルイが不調!?」


 ううん。ぼくの体調は悪くないよ。

 でも、違うって言おうとしても、


「……もしかして昨晩の?」


 今度は絨毯を操るアニスまでもが振り返って不安そうな顔を見せる。しかも、余計なことを口にして。

 ウリウリが「……昨晩?」とあやしげにぼそりって呟く。「……ま、まさか逢引……っ!?」って護衛くんまでふざけたことを言う。

 あー、ほら! 変なこと言うからリターに続いてルンルンとしていたフィディまでじーっと怪しげにぼくとアニスを見比べてくるし! 


「そんなんじゃないよ!」


 もうっ、ぼくだって落ち込むことくらいあるよ! なんだよ、人の気も知らないでさ!

 強い口調で「寝付けなかったから外に出ただけ」って説明をしたんだけど……なんだよ、もう!

 フィディとリターも、さっきまでの怪しいーって顔を崩してくすくす笑うんだ。

 あー、だましたな! もう2人なんて知らない!

 2人はわかっててあえてそんな演技をしたんだって……ウリウリだけは説明をしても、じーっとぼくを見てきた。別に何もないったら!


(う~、こんなことになってたのも全部シズクのせいだ!)


 待ってろよっ、シズク!

 ぼくのこと置いていったって言うなら、どこにいったって捕まえてやるんだから!


「……うん! 今はイルノートのことだ!」





 昨日とは違って誰にも襲われることなく、ぼくたちはついに目的のラヴィナイにたどり着いた。

 山々に囲まれたラヴィナイはとても大きな国――だったと思う。


「ここが……ラヴィナイなの?」


 ラヴィナイには玄関口といったものがなかった。

 穴だらけの外壁はところどころで壁が崩れていたりして、敵の侵入を防げるものじゃない。

 ラヴィナイは廃墟の国だった。


 空を飛ぶ絨毯の上からだったけど、ぼろぼろの外壁の中も、どこもかしくも壊れてたり、崩れていたり……まるで何年も放置された魔物の死骸みたいだ。


「なに、船……?」


 何故か、国を囲う外壁の外で横倒しになった船があるのはすこし気になった。


(なんで陸の上に船? 近くに海はないのに……)


 崩れているところからならどこからでも入れそうだけど、ぼくらはちゃんと正門を探して前に降りた。

 門番もいないこの国へ最初に足を運んだ時、外からじゃわからなかったけど人の気配がするのは感じた。

 気配のする先は国の中心あたり……中心にある大きな十字架の立っている建物の周囲くらいだけだった。

 大きな十字架は空の上からや、降り立ったこの場所からでも目に映るくらい大きなものだ。


「……あそこには城があったはずですが」

「お城?」

「はい。ユッグジールの里にもない、とても大きくて立派なものでした。なぜあの強大な城が無くなっているのかはとても気になりますが……もしも……もしも、彼がいるとしたらきっとあの十字のシンボルがある建物でしょう」


 ……じゃあ!


「あそこに……イルノートが!」

「はい……って、フルオリフィア様!」


 最初はこんなところにイルノートがいるのかと不安になったけど、ウリウリがいるというならぼくは居ても立っても居られなくなる。

 あそこにイルノートがいる。

 ぼくは逸る気持ちを抑えきれず、みんなを置いてひとり先に走り出していた。


「イルノート!」

「お待ちください! フルオリフィア様!」

「じ、自分も!」


 ぼくは走った。

 あの十字の建物に向かってただまっすぐに!


「イルノート! イルノート!」


 ぼくは駆け続けた。

 細い建物の隙間を通って、長年一緒にいた仲間を求めて、雪で足を滑らせながらも構わずに、ぼくをずっと見守ってくれたイルノートを求めて!

 あの十字架のかかった建物に向かって、ひたすらぼくは走り続けた。





 勝手に先に進んでしまったルイたちには困ったものだ。

 まさか僕らが絨毯を畳んでいる間に置いていかれるとは思わなかったよ。


 外にいた僕らも急ぎラヴィナイの中へ向かったが、時すでに遅しと彼女たちの姿はどこにも見えない。

 この国のことは噂程度に聞いてはいたが、実際にここに訪れるのも初めての僕らはどこへ行っていいのかもわからない。

 ま、ルイたちがどこへ向かったかは大凡見当はついてるけどね。


 ユッグジールの里よりも小さい癖して国の作りは複雑だったが、空から伺ったところ、中心部に向かってらせん状に大通りが4つ走っている。

 きっとルイのことだから後先考えずに路地裏を使って中心部へと向かったのだろう。


 ま、文句はいない人物にいっても仕方ないことだ。

 丸めた絨毯を背負い僕ら3人は並んで廃墟の国の中を進む――。


(……ごくり9


 ……わざわざ彼女らのペースに合わせることもない。ゆっくり僕らのペースで行こうじゃないか。


「聞いてた通りというか、聞いていた以上というか……悲惨ですね」

「いったい何があったのかしらね。一夜で崩壊したって話は聞いてたけど……この目で見るまで信じられなかったわ」

「あの十字のシンボルがある建物付近は整っているように見えたが、復興するにもまだまだ時間はかかりそうだ。亡くなったか、出て行ったか……いなくなった人員の数は深刻だと見える。――百年王国も夢幻の如くか」


 確か、全てを肯定するというふざけた魔族を頂点とした他種族が共存する巨大な国と聞いていたが、ここまで崩壊していたとは思わなかった。

 15年くらい前だったか――国が崩壊したという噂はユッグジールの里に住まう僕ら魔人にも大きな衝撃を走らせていた。

 ……無残な光景だな、と目を覆いたくなる。


「さあ、どこから行ったものかね」


 僕が何気なく妻2人へと尋ねてみると、


「アニスはどっしり構えていればいいのよ」

「そうですね。もうアニスはパパになるんですから」

「ははは……今の僕が狼狽えていたように見えたかな?」


 2人は顔を見合わせ、同時にこくりと頷いた。

 ははは……どっしりと構えていたつもりだったが、長年の付き合いから僕の心境はあっさり見抜かれてしまうようだ。困ったものだ……ん?


「おーい、そこの銀髪のにいちゃーん」


 ルイを追って廃墟の国の中を進もうとしようとしていると、前方から飄々としたが手を振って駆け寄ってきた。

 魔力の光を帯びていないというのが彼らを地人と見た理由であるが、こんな不躾に声を掛けてくるのが同じ同族だと思いたくなかったからでもある――おっと、失礼。口が悪かったかな。

 冒険者だろうか――冒険者にしては随分と身なりが小奇麗なのが気になった。

 冒険者というと何日も身体を洗っていない不潔な荒くれ者たち、と僕が勝手に決めつけていたってこともあったのだが……。


 まあ、よおく見ればズボンの裾はほつれ、履いている靴は傷だらけ。獲物である刃物や杖には汚れが見える――いや、失礼。年季の入ったものだ。

 そういった部分ごとに目を向ければ僕の想像通りの冒険者と言ってもいいのに……薄紅色をした防寒具だけは妙に真新しく、普段ユッグジールの里でも見ない材質のいいものを着ているのも気になった。

 ミスマッチだった。

 いったい彼らはどこでそんな高級な服を手に入れたと言うのだろう。

 僕らが立ち寄った村や町にはそんな上等なものは1着と置いてはいなかったが……いや、西側から僕らが知らないだけで、もしかしたらコルテオス大陸の東側にはこういう高級な服を扱っている場所があるのだろうか。


(いや、そうじゃない)


 何より不審な点はあまりにも彼らが小奇麗すぎることだ。

 ラヴィナイまでの道程を考えれば、多少の痛みや汚れが付いてもおかしくないのに、彼らはまるでおろしたばかりのように小奇麗な服を着ているのだ。

 そんな無傷のままでラヴィナイにたどり着けるとは到底思えない。

 

「……ラアニス様下がってください」

「……ここは私たちが」


 こちらへと向かってくる冒険者たちを観察していると、自慢の妻たちが僕を隠すように前へと出た。

 今は里じゃないのだからその話方はやめてほしかったなあ。しかし、これも妻たちの愛だと思えば僕もまた魔人の長として演じなければならないだろう。

 不審人物に対して前に出てくれた最愛の2人には悪いけど、僕は彼女らを下げさせて3人に声を掛けた。


「どうした、人の子よ――我らに何か用があるとでもいうのか?」


 ふふん、どうだ。

 威厳溢れる僕の返答に3人の冒険者は目を見開き慄いているご様子だ。

 いやはや、少しばかり悪いことをしてしまったかもしれないな。

 そこまで怯えさせてるつもりなんてこれっぽちもなかったのだが……。

 まったく僕は言葉1つで地人を怖がらせてしまうとはなんて罪深い男……――ではなかったようだ。

 黒髪の男は愕然としたままだったが、そのうちの2人……茶色の髪をした男女の震えていた唇は次第に弛みだし、大きく口を開いて笑いだした。……見るに堪えない下品な笑いだ。

 顔の作りもだが笑い方まで瓜2つに見える。兄妹か何かだろうか。


「ぎゃはははっ! なんっ、なんやの……くくっ……その話し方! ほんま笑える。まるでお前さんら、人じゃないかの口ぶりじゃね」

「ちょいおにい! 悪いやんっ、初対面の人ぉ笑っちゃあ!」


 僕は「ほぉ……」とひと言漏らす程度に留めた。

 別に怒りはしないよ。この程度の反応は以前には何度も身内から受けたものだ。

 しかも、こう振る舞うと決めた時から両隣にいる彼女たちからも大いに笑われたりもしたしね。

 貫禄が足りないと知るには良い機会だ。

 ユッグジールの里に住まう魔人の長としてまだまだ勉強が必要だな。


「おのれ! ラアニス様を愚弄するか!」

「貴様たち2人生きて帰れると思うなよ!」

「リター、フィディいいんだ」


 前に出た妻2人の肩を掴んで制止させる。ちなみに、同じことを繰り返すけど、以前は君らも笑っていたからね。


(……さて、この2人が使う異様な訛りからテイルペア大陸の者だろうか)


 まだ僕らが幼かった頃、よく面倒を見てもらった先生がこのような話し方だったことを思い出した。

 あの人のことは今もから動向は確認しているが、面と向かってはこのところ会ってはいないな。

 しっかし、頑固な先生とは違って軽薄そうで、絡みづらい2人だと苦笑してしまう。


「すみません。この2人のことは気になさらずに」


 「ちょ、キワ! やめや!」「なにゃと! ちょ、押すな!」と肩を掴まれて後ろに退かれた彼らとは毛色の違う、黒髪の男が前に出てくれた。

 2人とは違って僕の威厳を受けていた地人の方だ。この2人とは違って知性があるのだろう。

 ようやく人として話ができそうだ。


「構わないよ……構わない。――それで我らに何か用か?」

「……あれ? 話が届いてないんですか? その、銀髪の天人族が…………あ! いえ、人違いでした。あなたは私たちと同じ普通の人でしたね」

「普通の人、ね」


 彼らでは僕らの区別なんてつかないか。

 ま、その話は置いておこう――銀髪? この僕の髪がどうしたというんだい? と、反射的にさらりと髪を搔き上げると、その仕草もまた兄妹を刺激してしまうようだ。

 僕と黒髪の男、お互いに身内を宥めながらも話を続けることにする。が、最初に話を戻してくれたのは以外にもテイルペア訛りの男の方からだった。


「せやなあ。肌も白いしなあ。すまんかったな、にいちゃん。俺らが捜してたんと別のやつに声かけてもうたみたいじゃ」

「確かレーちゃんの話やと男でも見蕩れそうなほどきれいなにいちゃんってゆってたしね」


 続けて女の方が口にした言葉に、むっ……と腹を立てそうになった。

 僕以上に美しいだと? ――なんて、彼らの感性が少しばかりねじれているからだろうと結論付けた。


(まったく、僕もまだまだ未熟だな)

 

 こんなことで腹を立てていては魔人の長としての威厳なんてものはますます身に付かない。


(……アニス、もう行こう。あたしイライラするわ)

(ですね。それに、先に行ったルイさんたちのことも心配ですし……)

(ふむ……そうだな)


 人違いだったっと決着がついたことだしね。

 「では……このへんで」と僕らは失礼な3人から距離を取ろうとした――ところで、黒髪の男の方が呼び止めてきた。


「あと、治癒魔法を扱える人を寄こしてもらうって王様に約束してもらったんですけど、これもまた別人でした?」


 治癒魔法?


「すまない。その話も知らないな。第一に僕……我らはこの国に今しがた到着したばかりだ」

「ああ、そうだったんですか。それは失礼しました。……私たちもまた同じ様なもので、この辺りのことは明るくないんですよ」

「お互い様さ……あ、では、こちらからも1つ聞いても?」

「はい。なんでしょうか」

「青髪の天人族を見なかったか?」


 ま、知らないだろうが念のためだ。

 どちらの方向へ行ったのかのめぼしは付いてはいたが、もしものためにの確認でもある。

 首を振って知らないと――容易く出来た予想は、予想外にもこうして裏切られるのだから面白い。


「……ふぁっ……ちょ、メレちゃんのことか?」

「メレチャン?」


 メレチャンメレチャン……ああ、メレちゃん。名前か。


「せや。メレ……なんつったっけ? 名前ど忘れしてもうたわ」

「おにいは鳥頭やからなあ。金か女のことしか考えんのは悪い癖や。もっと頭つこうて鍛えた方がええで!」

「な、お前に言われとおないんじゃ! 俺が鳥ならお前は猿じゃ! きぃきぃうっさいんじゃボケが!」

「はあ、なんでそこまで言われないかんの! この糞が!」

「糞ぉ!? お前実の兄にむかってなんつう言い草じゃ! じゃけえ――」

「はいはい、おふたりとも。喧嘩はそこまで! すみません。実は――」


 と、2人の口汚い罵り合いをすっぱりと斬った男が言うには、彼らの仲間にメレちゃんという天人族の少女のことだと思ったらしい。そして、そのメレちゃんを含め、彼らの身内の2人が意識を失ったとかで、この国の王へと救援を求めて、僕らがその使いだと勘違いしたってところか。

 昏睡状態に陥ったのは昨晩のことで、彼ら3人の他、同行している仲間たちと食事をしていた時に突然……ということだった。

 話を聞いていると昨晩見た魔光にやられたのだろうと考えた。

 ご愁傷様だ。やはり1日間を置いたのは正解だったようだ。


(ただ……なぜだろう。妙に引っ掛かりを覚える)


 彼らの言う2人……しかもひとりは青髪の天人族だというじゃないか。

 青髪の天人族なんて里にも外にも何人といるが、今の僕には以外思いつかない。


(これも何かの縁だろうな……)


 リターとフィディの顔を見て僕は微笑みかける。

 意味はこれから僕がすることを許しておくれ、という意味だが、2人は僕を見て不思議がっていた。


「我々……――いや、僕らも治癒魔法を使える。何かの役に立つかもしれない。その2人のところへ案内してもらえないかい?」

「そこそこじゃ困るんじゃ。治癒魔法だけならこのキワも使えるからな」


 ほお、地人なのに魔法が使えるのか。これは珍しいな。

 しかし、地人の扱う魔法は僕らが子供のころに使う児戯程度だと聞いたことがある。


「では、言わなかったけど、僕らは魔人族だ。キミらよりかは効果が高いんじゃないかな?」

「ほお、レーちゃんと同じなんか……ええんか?」

「レーちゃん? ……ああ、時間はあるからね」


 そうして僕たち3人はルイとは逆に、回れ右と来た道を戻り、国の外に出ることになった。言われるままについていったので外なのか……と担がれているような気もしたが、今の僕らは彼らの言う通りについていくしかないか。


「アニスったらこんなことしてていいの?」

「もうルイさんたち着いているかもしれませんし……」

「ルイたちも悪いのさ。僕らを置いて先に行くのだから――それよりも僕は青髪の天人族について興味を覚えてしまったのさ」


 大体僕らはただの付き添いみたいなものだ。

 ルイの恩人だと言う人との感動の再会を邪魔するのも悪いだろう。


「僕らは僕らでこの旅を楽しもうじゃないか――こういう道草も旅の醍醐味だろう?」


 ふふんと鼻歌を鳴らして先に進もうものならリターからはこつんと足蹴にされたが、これはもう好きにしろということらしいので好き勝手にさせてもらう。

 フィディは何も言わずにぎゅっと腕を抱きしめてくるだけなので、彼女もまた許してもらえたそうだ。


「おお、こっちじゃ」


 その後、僕らは3人が案内された先、横倒しになった船の周りに出来た野営地に向かった。

 あの船は彼らのものだったのか――彼ら3人を護衛として雇っているご主人様の所有物であることは船にたどり着くまでに聞いた話だった。


 「ここじゃ」と張られたテントの中、僕たちはまさかの人物たちに遭遇することになる。


「ねえ……この人って……」

「……まさか、そんな……」

「ほお……」


 1つ、感嘆としたため息を漏らしなら僕は深い眠りについた黒髪の少年の頬に手を添えた。


「久しぶりだね……シズク」


 ああ、こんなことがあるなんて。

 まさか、ルイより先に僕らが盟友に再開できるとは思わなかったよ。

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