天人族の花嫁

第162話 蛸を食べる

「今日はいい天気だあ……昨晩が嘘みたいだ」


 昨晩は大嵐に遭遇しちゃって大変だった。

 鬼人族の船乗りさんたちと一緒に乗り合わせたぼくらも魔法で暴風を打ち消したり海の波を操ったりと大慌て。嵐を抜けるまで休みなしでの作業はとても苦労したっけ。

 一山越えてどうにか嵐から抜けた後は疲れてすぐに横になったけど……ふぁ、やっぱり昨日の疲れが残っているのかまだちょっと眠い。


「よお、天人族。昨晩はごくろうだったな!」

「……あ、おはよ。船は大丈夫だった?」


 欠伸を噛みしめながら甲板を歩いていると、同じく眠そうに欠伸を上げている鬼人族の船乗りさんが手を上げてきた。

 その船乗りさんとは今まで昨晩の嵐で受けた被害の確認と補修作業を行っていたって話を聞いた。

 夜通しでの作業だったらしくこれから寝るそうだ。ぼくとは入れ違いだね。


「ま、俺らの船はこんなんじゃびくともしねえよ。ただ……お前さんらのおかげでこの船はほぼ無傷で済んだよ。ありがとよ」


 鬼人族の船乗りは鼻の下を指でこすりながら言う。


「それはよかった。沈没したら大変だしね。コルテオス大陸はもう少しだっけ?」

「ああ、今日の夕刻には着くだろうよ。それまではゆっくりしていてくれ」


 鬼人族の船乗りさんはじゃあとお別れを口にし……あっ、とぼくは船の中へ入ろうとする鬼人族を呼び止める。

 それから「ああ? こんなところじゃ釣れねえよ」と苦笑されつつも、釣り竿を借りた。





 今度こそをおやすみなさいと挨拶をして鬼人族と別れた後、ぼくは船の縁に座り釣り糸を海へと落とした……釣り針に餌は付いてない。

 風も弱く波も穏やか。

 でも、釣り糸を垂らした海の下はまだ昨晩の残りが強く残っていることを。これなら釣れる……と思う。

 この船に乗って釣りをするのがぼくの日課となっている。でも、きっとぼくの釣りは他の人に言わせたらズルい! って言われちゃうかな。


 空を見上げて日を眺める。みんなよりも早く起きたけど、朝食には遅い時間だ。

 海の上だと動くことは無いからあまりお腹は空かない。ならもう食事はお昼と一緒にすればいいやくらいにゆっくりのんびりと潮風に吹かれることにする。


「お、おはようございます! フルオリフィア様!」

「ん……ああ、おはよ」


 ぼーっとしていたらいつの間にか護衛見習いくんが甲板に姿を見せる。

 彼は「隣失礼します」と声を上げ、ぼくが言うに前に座りだした……ぼくはちょっとだけ横にずれて彼との隙間を開けた。


「今日はいい天気ですね!」

「そだね」

「あの嵐が嘘の様です! 恥ずかしながらあの時は死を覚悟しました。しかし、皆で力を合わせて船を守り抜いたことを自分は誇りに思います!」

「君は船酔いでずっとげえげえ吐いてたって聞いたけど?」

「な……ははは、面目ない……」


 ぼけーっと釣り糸が揺れ動く様子を見た。

 膨れてはしぼむ小さな波に垂らした釣り糸が水面に生む点はぼくらの乗る船のように見えた。


「もうすっかり寒くなりましたね。コルテオスの気候はこれ以上だと思うとやるせなくなりませんか?」

「ぼくは寒いの好きだよ」


 海の中は小物が何匹かいることを確認したけど、ぼくが求めるような大きさには程遠いかな。

 みんなで一緒に食べれるくらいの大物がいいなあ。


「それで……――あのフルオリフィア様」

「なに?」


 海中へと意識を集中していると隣からぼくの名前を呼ぶ声がした。

 小さく相槌を返す。


「フルオリフィア様は、も、もしかして、自分のことを嫌っていますか?」

「んー…………前は嫌いだった」

「前は!?」

「うん。今は何とも思ってないよ」

「そ、そうですか。……よしっ」


 今じゃどうでもよくなった。

 風音や雨音を気にしてたらきりがないって思ったら彼がいようがいまいが関係ないって気が付いたんだ。

 船体にぶつかった波がぱしん、と音を立ててしぶきを上げた。きらりと太陽に反射して水の粒が宙に浮かぶ。

 キラキラ――と煌いた海水を見て、以前持っていたペンダントを思い出す。


(ペンダント……どこ行っちゃったんだろ?)


 いつ失くしたのかも覚えてない。ぼくが四天になる前には既に無かった。

 では、どこで? ――思いだせない。

 ぼくはペンダントを貰ってから、ほとんど外すことはしなかったというのに。


(ごめんね、ラゴン……)


 ぼくはユッグジールの里に到着したあたりの記憶がぐちゃぐちゃになっている。その時の曖昧な記憶が関係しているのだろうか。


(曖昧と言えば……)


 と、さっきまで見ていた夢を思い出す。


 夢の中のぼくは黒い長髪の少年と追いかけっこをしていた。

 黒髪の少女なく長髪の少年だ――あれが“シズク”なんだと思う。そこで、彼に掴まり地面に倒れた後……ぼくはみんなよりも先に目を覚まして、今に至る。


(……時々だけど、今日みたいに夢の中で“シズク”を見ることがあるんだ)


 数は少ないけど、毎回ぼくも“シズク”も幸せそうに笑っている夢だった。

 2人で何をしても笑って、笑って……本当に楽しそうでさ。うらやましいくらいに幸せそうなんだ。


「――それにしても未だに信じられません。まさかあのドナ様と婚約されるなんて……でも、フルオリフィア様は反対されているんですよね」


 旅に出て昔の生活に戻った頃あたりから“シズク”を感じるようになった。

 まるで隣にいるような……ぼくが旅先で行う行動の1つ1つに彼を感じる。

 ただ、まだ本当に“シズク”という子がいたのかはわからない。いない人物をぼくが勝手に作り上げているんじゃないかって思うこともある――そう思うと少し怖くも感じる。


(でも……)


 もしも、本当に“シズク”がいたとして、以前のぼくは夢の中のぼくみたいに彼のことが好きだったのかな。それは今のぼくじゃわからない。

 けれど、わからないなりに確かなことは1つだけある。

 夢の中の“シズク”といるぼくは、四天になったぼくよりもとても楽しそうだってことだ。


(……会ってみたいな。“シズク”と)


 くすり――と小さく笑う。

 いないかもしれない彼と会いたいなんて願うなんて、ちょっとおかしいや。


「――自分は畏れながらもフルオリフィア様の味方です。政略結婚なんて本人たちの意志を無視していますよ。それに自分だって――」

「…………お?」


 悲しく沈みだした気持ちはによってぷつんと切ってくれた。

 釣り糸を垂らした先に作っていた“広範囲の水球”の中に大物が侵入したことを感知する。


(――きた)


 今はいるかもわからない“シズク”よりも目の前の獲物に集中しよう。

 魔力で水流を操作し、獲物を釣り針へと誘導させる。このヘンテコな形はあいつか!? ――と、そのまま身体に引っ掛けて、一気に竿を引き起こす。


「……え、引いてる! 来てますよ! フルオリフィア様大物です!」

「うん!」


 竿の先があちらこちらと動きだす。

 糸はぴんと張って普通なら切れてもおかしくないほどの強い引きだった。けど、それは普通の釣りだったらね。

 今ぼくが強く竿を引いたのは獲物に針を食い込ませるためであり、確認のためである。糸を切られる前に直ぐにぼくは次の魔法を使う。


「ぐっ……よっと!」


 獲物周辺の海水はすでに自分の魔法で支配化に置いている。

 後は竿を上げるついでに自分の魔力で掴んだ海水も引き上げるだけ――海面から獲物を捕らえた水球が飛びあがり、ぼくたちの真上を飛び越えて甲板へと叩き付けられた。

 ね、他の人に言わせたらズルイって言われるものでしょう。


「よし、やった!」


 甲板に叩きつけられる水球から出てきた獲物を確認してぼくは大きな歓声を上げた。

 またこれに出会えるなんて思わなかった!


「おお、耳長の嬢ちゃんやるじゃねえか! こんな嵐の後の海で釣り上げるなん……て……ひぃ! お前、それ!」


 と、そこを近くを通った鬼人族の人が驚くように悲鳴を上げた。

 にゅるにゅるの黒い身体に丸くてでかい頭、そして8本の吸盤のついた足を持つこの獲物……タコだ!

 出会うのは2回目だけど、足を右から左とぐーんと伸ばせばぼくの身長に届きそうなくらいの大きさだ。

 大物も大物! 前見た時よりも倍くらい大きいかも!


「こいつは……何てものを釣り上げちまったんだ! ああ、海の魔物……海の悪魔だ……!」


 悲鳴を駆けつけて現れた他の鬼人族たちがつぎつぎに甲板を指さして恐れ始める。引き上げた蛸は群れ出す鬼人族たちを前に慄いてか、甲板の上をのた打ち回った。


「さっ、さっさと船の外へ追い出せ! お、おい、誰か!」


 鬼人族は蛸を囲うと腰の短剣を取りだしたり、銛を持ちだす。

 乱暴者で好戦的な鬼人族が蛸相手にここまで大袈裟に振る舞うのがちょっと可笑しい。

 あ、でも、ぼくもこの奇妙な生物を前に最初はぷるぷると震えての後ろに隠れてたっけ……あ、ここにも“シズク”を感じ取った。

 ふふ、人のことは言えないや。


「ちょっとそのナイフかして」

「あ、おい!」


 鬼人族のひとりからナイフを拝借し、ぼくはゆっくりと蛸へと近寄る。

 すぐさま逃げる蛸の頭を掴み、えいやと目と目の間、眉間の上くらいにナイフを差し込んだ。刺した後はくりっと横に反回転させそのまま横に裂く。

 周りから小さな悲鳴が漏れた。

 裂いた後の蛸は苦しそうに全ての足を丸め出す。また直ぐに黒い皮膚がさらりと白色に変わる。

 色が変わるのと同時に丸まった足がだらりと動くのをやめたら蛸の処理は終わりだ。


「これでもう蛸は動かないよ」

「「「……」」」


 よし、後は捌くだけだ。

 そのままにしておいて! と周りの鬼人族に言い付けて(『誰が触るかこんなもん!』って野次を聞きながら)ぼくは船の中にある厨房に向かい、包丁とまな板とお皿を取ってくる。

 直ぐに甲板へ戻って、硬直したままの鬼人族たちの注目を浴びながら調理開始。


「じゃあ、まずは……」


 と、ぼくは蛸の周りに付いている粘りを魔法で呼びだした海水で洗い流し、胴体と頭を切断し包丁を使いながら内臓を引きだした。

 これが結構一苦労だ。あ、内臓は食べれないらしいね。ぼくも食べたいとは思わない。

 残った胴は口を取り除いで8本の足を全てを切り分ける。これで一先ずは終わりになる。


「お、おい。それ、どうするつもりだよ。そんな解体して……いや、なんとなくはわかるけどよ……もしかして……食べるのか?」

「うん、美味しいんだよ?」


 前のぼくと同じ反応でやっぱりそうだよねって思う。

 聞いてきた鬼人族の反応を見ることなく、ぼくは作業を続けた――そのまま頭とは煮込んで火を通す。

 蛸を厨房で茹でさせてって言ってもやめてくれって拒まれたから、魔法で作った水球に蛸を放り込み、その周囲を直火で炙り続ける。出た湯気も逃すことなく風魔法で包むことが大切だ。


(これが思ったよりも細かい作業で疲れるんだよね。やるならやっぱり鍋で煮たい)


 後は茹で上がったのをぶつ切りにして終了。

 そのままで食べたり、野菜で炒めたり、煮込んでスープにしてもいい――と、以前ゲイルホリーペ大陸に船で渡っている間にこの調理法を船員さんに教えてもらった。

 ただ、今回は他の材料もないから素茹での状態で食べることになる。


「じゃあ、次だ!」


 真っ赤に茹で上がるの待つ間に、ぼくは残しておいた1本の足をまな板の上に置き、薄くスライスしてお皿に盛りつける。

 さあ、茹で上がるまでのつまみ食いだ!


「生で……食うのか?」

「うん!」


 ではでは、と周囲に好奇の目で見られながらぼくは自分の切った蛸の身をほいっと口の中に放り込む。

 薄味のつるつるとした感触と弾力のある歯ごたえに「んーっ!」と美味しくて声を漏らしちゃう。

 やっぱり蛸美味しい!


「食った……こいつ食いやがった……!」

「うげぇ……天人族は何でも食うのかよ……」


 ぼくが最初に食べて見せたけど、やっぱり鬼人族の皆は誰も手を付けようとせず、それどころか、ぼくから一斉に距離を取りだしてしまう。

 ぜひ食べて! と勧めるけどみんな何度も横に顔を振るだけだ……ま、仕方ないか。

 じゃあ、このまま1人で楽しんじゃえ――と、次の蛸の切り身に手を伸ばしかけたその時、ぽつりとひとりが呟いた。

 それは先ほどまで隣にいた護衛見習いくんだ。


「もしかして……“さしみ”ですか?」

「え、っと……これ“さしみ”って言うの? 獲れたばかりじゃないと食べれないっていうのは聞いたけど料理名までは知らないや」

「…………え、っと、その! 自分も食べてもいいですか!?」

「うん、いいよ」


 どうぞ、と差し出したお皿から護衛見習いくんはおそるおそると1枚摘まんで口に運ぶ。


「ああ……! 美味しいです!」

「でしょ!」

「まさか、生で魚類が食べれる日が来るとは思いませんでした……」


 またも外野が天人族の味覚はおかしい……と呟き、他の人が同意と頷いでいる。失礼な。

 こんなに美味しいのにねぇ……あーあ、もったいない。


「ああ、フルオリフィア様の手料理が食べれるこの時が1番の幸せだ! 自分は感激しております!」

「ただ切っただけだよ? 大袈裟じゃない?」

「いえ、フルオリフィア様自らが手にかけたことが重要なのです!」


 ふーん、そうなんだ。

 こんなの誰が作ったって一緒なのに変わってるね。


「……できれば――があればよかったけど」


 ふと、護衛見習いくんが聞きなれない言葉を呟いていた。


「なに? なにがあったら?」

「……っ……いえ、ソースや調味料があればもっと美味しいだろうなって思いまして」

「そう? 確かに何かかけたらもっとおいしくなるかもね」


 どうやら調味料の名前みたいだったけど……なんだったかな。確か、ぼくその言葉どこかで聞いたようなことがあるけど思いだせない。

 確か“しょう――”と思いだそうとしたところで、やっとアニスたち3人にウリウリが甲板に姿を見せてきた。

 何をしているのかとアニスが訊ねてきたけど、その言葉はぼくが作った蛸の入った熱々の水球を見て途中で止まった。

 あ、茹で時間は丁度良いくらいかな?

 ぼくはにっこりと笑って、茹で上がったばかりの蛸をお皿の上に乗せ、起きたみんなへと自慢するように差し出した。


「見て、ぼくが釣り上げた蛸! 丁度茹で上がったばかりなの! 食べて食べて!」


 茹でたてだから美味しいよ! ……って言っても、やっぱり4人の反応は周りの鬼人族と同じ反応だ。

 ぞぞ……とぼくから距離を取る。ウリウリですら僅かに眉をひそめてる。


「ルイ、君には驚かされてばかりだよ――悪魔すら己が糧とするその精神は見習うべきなのだろうか」


 アニスは髪を掻き分けてかっこつけるけど、腰が引けてるのはわかる。


「失礼な! 悪魔じゃないよ! ちゃんとした海の生き物だよ! じゃあ、いいもん。1人で食べるからさ!」

「自分も茹で蛸を食べてもいいでしょうか!」

「いいよ。1人じゃ食べきれないからね」

「は、はい! では、いただきます!」


 手に取ってくれるのは護衛見習いくんだけだ。

 ここは寛大な精神で護衛見習いくんに先を譲り、彼が足を1つ取った後にぼくも続き、茹でたての蛸の足にかぶりつく。


「ルイさん……よくそんなものを口にできますね……」

「この僕も流石にこれには引いてしまうよ――足が8本もある生物なんておぞましい……」


 アニスとフィディは無理だと言う。けれど、そこで前に出てくれたのはやっぱりぼくのウリウリ。さらにリターが続いてくれた。


「……このウリウリア・リウリア。フルオリフィア様のおつくりになられたものなら命を賭してでもいたく所存です」

「……あたしも……食べるわ! 怖いもの見たさっていうのは嫌いじゃない!」


 無理をして食べる……って感じでちょっとやな反応だったけど、それでも勇気を振り絞って食べてくれる2人は大いに歓迎したい!

 ぼくと護衛見習いくんは1本丸々いったけど、2人には食べやすいようにぶつ切りにして……と、それでもまるまると大きな吸盤付きの足を手渡した。

 戸惑いながら2人はお互いに視線を合わせながらも、かぶりつく。


「もぐ……もぐもぐ……っ……あ、れ?」

「くぅ…………ん? ん?」


 ふふん。どうだ!

 目を見開いた2人の表情を見てしてやったって気持ちになる。


「……美味しい」

「いけるじゃない!」

「でしょ!」


 そして、その後も、2人を招いてぼくたちは食事を続ける。

 ここにはフォークも“箸”もないからね。手づかみで悪いから、ぶつんぶつんと他の足も、また手付かずだった頭もさっきみたいにぶつ切りにして食べやすい形にして、各自で思い思いに手を伸ばす。

 その後、にひひ、と笑って背後を振り返り、ぼくは目を光らせて2人を見つめた。


「う……ルイ……」

「ルイさん……まさか……」

「ね、食べようねー!」


 こっちにはもう2人も味方がいる。もう、ぼくらの方が人数は優勢だ! 君たちが食べないって選択肢はないよ!

 と、無理やりアニスとフィディに赤々とした蛸の足を持たせて観念して食べてもらうことにした。

 そして――。


「ほう……表面の皮は癖があって食べづらい――だが、身は弾力がある果肉を噛んでいるような感触だ」

「この丸いところもコリコリしていて美味しいです。信じられません……こんな気持ち悪い見た目をしているのに……」

「でしょう! ね! ね!」


 こうしてぼくらは盛られた蛸をぱくぱく食べるのだ。


「あいつらおかしいよ……あんな気色の悪いもん口にしてうまいうまいって……やっぱり天人族は違う……」

「でも、あっちの耳の短い方は魔人族だぜ……種族が違うんだからよ……もしかして……」

「……あれは悪魔だ。悪魔なんて食ったら祟られる」

「いかん。いかん……だが、あいつらうまそうに食いやがる……」

「…………俺、食ってみる!」

「俺も、いく!」


 その後、挑戦的な鬼人族も何人かいてくれて、ぼくらの食事に誘われては意を決意して皿の上に乗った足をその人に渡す――感想は予想通りのものだ。

 それから次々と蛸を食べる人は広がり後は見ていられないものだ。

 半分くらいをぼくらが食べちゃったから、残りの半分は鬼人族による奪い合いの喧嘩になってびっくりした。


「こんなうまいもんがいたとはな。お前らこんなゲテモノ食うなんて発想がすげえよ」

「蛸かあ……おぞましい姿をしているが今まで食わなかったのが躊躇われるな……」


 この船に乗る鬼人族の人たちは蛸が気に入ってくれたみたい。今度は自分らでも捕まえようって話が出ている。

 もしかしたら、この先ユッグジールの里に蛸料理が広まるかもしれないかな。それはそれでとても楽しみだ。





 長いようで短かったかな。

 半月ほどの船旅から解放され、久しぶりにぼくらは陸地に足をつけた。

 船の揺れに慣れたせいか、揺れない大地に少し変な感じで面白い。


「ふう、やっとコルテオス大陸に到着だ」


 ここは1年の大半が冬というとても寒い場所だって聞いている。確かにゲイルホリーペの冬よりも寒いように思える。

 ぼくは心地いいくらいだったけど、どうやら今いる鬼人族の所有する船着き場の周囲はまだ比較的暖かいらしい。ここから内陸部に進めば進むほど凍える寒さに襲われると聞いた。

 遠くを見れば灰色の雲が空に漂い、山々は白く染めあげられている。


「うう……寒いわね。アニスぎゅー!」

「あ、リターずるい! 私も! ……アニスさんあったかい!」

「ははは、寒がりな子猫ちゃんたちだ。でも、どこかで衣服を調達した方がいいな。――大事な妻たちを凍えさせるわけにはいかないよ」


 アニスに抱きついて暖を取ろうとする2人は心地よさそうだけど、アニスの顔が青いのはやせ我慢しているからかな。2人に張り付かれて寒そうにしか見えない。

 近くには鬼人族と貿易を行う町があると船乗りさんたちから教えてもらっている。最初はそこに向かって装備を整えようって話になった。


「けど、その後はどうしよう。イルノートのこともそこの人が知ってるといいなあ……」

「おや、今僕は不穏な音を耳にした――まさか、君は彼の所在を知らずにここに来たのかい?」

「探している時間はないって船の上で何度も言ってたじゃない!」

「ルイさん、あまりに無計画すぎますよ……」


 うう、無計画って……酷い! けど、言い返せない!


「だって! 計画を立てるよりも直ぐに里を出たかったんだもん! 時間だって12之月までだったし! 早く動かなきゃって調べる時間なんてなかったんだよ!」


 そう言い訳しても3人の視線が突き刺さって痛い……ここは誰も助けてはくれない。「自分はフルオリフィア様の行くところはどこへだってお供しますよ!」って声が聞こえたけど頼りない。

 うーんうーんと迷っているところ、そこを助けてくれたのは以外にも今回の旅に反対をしていたウリウリだった。


「……私が知っています」

「え、ウリウリ知ってるの?」

「はい……イルノートと呼ばれる褐色の天人族がいるのはきっと、ラヴィナイと呼ばれる他種族が共存する国です」


 ラヴィナイ? 初めて聞く名前だ……って言っても、コルテオス大陸についてまったくとぼくは知らない。調べる時間すらなかった。


「……ラヴィナイか――これも僕が魔人族の長に座したさだめだろうか」

「ラヴィナイですか。まさかあの場所とは……」

「ラヴィナイ……どこだっけ?」


 1人を除けばアニスとフィディの2人はわかったみたい。

 詳しくは移動後にでもと話になったので先を急ぐことにする。

 善は急げとまだ茶色い地面の上に敷いた魔法の絨毯に、皆が座ったのを確認してアニスは魔力を注ぎ込む。

 ウリウリの指示する方向へと舵を取り、ぼくらを乗せた絨毯はゆっくりと次第に速度を上げて飛んで行く。


「でも、どうしてウリウリがイルノートのこと知ってるの? 知り合いだったの?」

「私ではなくフルオリフィア様……貴方のお母様がです。私は一度、フルオリフィア様と共に彼を訪ねてラヴィナイへと向かったことがあります」


 それだけ言うと、ウリウリは怖い顔をして口を閉ざした。


(辛いことでもあったのかな……嫌なことがあったのかな……)


 でも、ウリウリが話したくないならぼくはこれ以上聞き返すことはしない。

 ぼくはぼくでやることがある。吹き付ける冷風をぼくの魔法で和らげながらアニスの操る絨毯は先へと進む。


(イルノートどこにいるの? ぼくの話を聞いてほしい。ぼくね。もうすぐ結婚するんだ。でも、ぼくは迷っている。イルノートにこの結婚が正しいか聞かせてよ……)


 今は煌歴799年の8之月の終わりの週。

 ぼくらを送ってくれた鬼人族の船乗りたちには11之月のはじめにはコルテオス大陸に来てもらう話になっている。

 船とユッグジールの里に戻るまでにひと月半は使うから、コルテオス大陸でいられるのは2か月くらいだ。

 本当によかった。アニスたちがいなかったらきっとここにくるまでにあと1か月はかかっていたような気もする。3人には感謝しきれないよ。


「イルノート……ぼくは君に会いに行く。今度は、ちゃんと聞いてよ」


 また、あの時みたいに拒絶されたら……そんな思いを振り払うようにぼくは小さく呟いた。

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