第158話 受胎―ブランザ142歳―

 タルナがやんちゃな鬼人族の男の子の里親になったと前回の手紙を読んだ時はびっくりしました。それどころか未だ独り身だなんて信じられません(私のことは良いんです)。タルナはとても綺麗だったから、外の世界でたくさんの男性から求婚されているのかと思ったので意外です。

 以前にも綴りましたが、ウリウリア・リウリアさんのことは自分の本当の娘の様に思っています。前は彼女を預かることが使命のようにも感じ……なんて仰々しく書いてしまいましたが、今では可愛くて仕方ありません。

 少しばかり思い込みが激しく、融通の利かない一面もありますが、大切な我が子です。


 ― 親愛なるタルナへ 第4頁(3/6) ―





「……痛い」


 私は裸のまま1人ベッドの上で横になっていた。

 もうどれだけ時間が経ったのだろう。いつからロカはいなくなったのだろう。

 お腹の上を擦ると、未だにそこにロカがいる。お腹の中に残っているロカはもう私の体温と同じになっている。未だ痛みと共にそこにいるのがわかる。


 ……ポロポロと涙が流れた。


 治癒魔法を掛ければこんな痛み直ぐに消えるのに、私は治そうとは思わなかった。

 何故だろう――いや、きっと、心が死にかけていたからだと思う。


「あのぉ……すみません。イルノートに頼みたいことが……えっ、どうなされたんですかっ!」


 その後、声を殺して泣いていると1人の女性が私が今いるこの部屋に訪れた。

 その人はとても美しい女性だった。同性の私が嫉妬をしてしまいそうなほどの、ロカにも負けない長い黒髪の美人さんだ。

 ただ、信じられないほどの美貌を持ちつつも、切れ長の真黒な瞳は寒気がするようなキツい印象を受けた。初見はその目元のせいで性格が悪そうな人だと思った。

 しかし、その第一印象とは対照的に、その人は泣きじゃくる私をいつまでも気遣ってくれた。


「い、イルノートがこんな真似をするなんてっ!?」

「イル……ノート……?」

「彼よ。ベルフェオルゴンの部下の」


 イルノートもベルフェオルゴンも私はさっぱりとわからない。

 彼女は私の身体を綺麗に拭ってくれたり、服を着替えさせてくれたりもする。私はしばらくお人形のように彼女の看護を受け続けながら、一日、塞ぎ込んだ。

 勝手に来て勝手にロカを返してとお邪魔して、勝手に居座った私をその一日の間、付きっ切りで優しくその人は慰め続けてくれた。

 名前は何と言ったか――。


「私は……ブランザ」

「ブランザさんと言うのですね。私は――」


 自己紹介を受けた覚えはあるのに、その時の私は恥ずかしいことに自分のことばかりで、覚えてはいなかった。

 彼女はその見た目に反して気さくな方だった。ゆったりとした優しい口調でいつまでも慰めてくれて、ベッドで膝を抱えて泣きじゃくる私の背を延々と撫で続けてくれた。

 彼女とは会話らしい会話もしなかったけど、優しさだけは肌で感じ取った。私が一応の落ち着きを見せるまでそこにいてくれた。

 とても、気が楽になったのは覚えている。

 ひとりだったら、立ち直るのはもっと遅かったと思う。


「フルオリフィア様! ずっと部屋に籠って……心配しましたよ!」

「ごめんね。心配かけたね。ウリウリアさん……」

「その、フォロカミという方とは会えたんですか……?」

「うん……」


 1日ほど塞ぎ込んだ後に、やっと心配する我が子と顔を合わせた。

 私は無理をして微笑み、心配を掛けないようにするのに必死だった――心配するウリウリアさんへとけろりと笑いかけれるほどには立て直した。

 これも黒髪の美女のおかげだろうか。


「……あはは、私、振られちゃった」


 けろりと笑って冗談気味に言ったのだが、ウリウリアさんはそれを本気に捉えられて憤慨する。振る振られるなんて話は1度だって彼とはしていない。


「振る……!? フルオリフィア様を振るなんて……そのフォロカミと言う男、ただではおきません!」

「いいのいいの! 元々私が勝手に押し掛けただけだし……会えただけでも奇跡なんだから……」

 

 その後、彼と最後の最後まで顔を合わせることはなかった。

 あんなにも会いたかったのに……行きとは全然違う重くなった足は早くこの場所から去りたくて仕方ないほどだ。


「……ロカ……」


 押し倒されたことは悲しい。

 未だにお腹の中に小さく、胸の中には大きくロカがいる。


(でも、なんでかな……)


 彼のことは嫌いにはなれなかった。それ以上に今はもっとロカと会いたかった。


 1歩、1歩、真っ白なラヴィナイを後にして、ふと振り返る。

 彼のいるこの国を見る。真っ白な雪に覆われた日の射さない暗い王国を見渡した。

 帰りたがっている身体と足が戻ろうとし始める。

 今から戻って、彼に会ってちゃんと口にして話をして――。


「そっか……私は……彼のことが好きだったんだ……」


 ぼつり、呟き自分の本心に気が付いた。

 隣にいるウリウリアさんが私を見て何か言いたそうだったが、何も言わないでくれる。

 歳が離れ過ぎて孫のような彼にいつしか心奪われていたことを、彼がいた時は勘違いだと否定して、彼から拒絶されたことでようやく気が付いたんだ。

 ああ、会いたい……でも、きっと、もう会うことない。


「ぐすっ……」

「フルオ……っ!?」

「うわぁっ……うわぁぁぁん……うわぁぁぁぁん……あああ……っ……ああぁぁぁぁ……っ!」

「フルオリフィア様……」


 そのことがもっと悲しくて私は声を上げて泣いてラヴィナイを背にして帰り道に着く。

 愛娘であるウリウリアさんは、私が泣き止むまでずっと手を握り続けてくれた。





 長い船旅を終えてゲイルホリーペの地に足をつけた時、ほっと安堵のため息が漏れた。

 頬を撫でる柔らかな春風は優しく私を向かい入れてくれる。ひらりと風に舞うケラスの花びらは同色の雪とは違った温かみを与えてくれる。


 コルテオス大陸にいる間は変わらずの寒さが私の周りを漂っていて、常にロカが傍らにいる気がした。

 日中はまだよかったが、夜になればふとロカのことを思い出して泣いてしまうこともあった。

 ……もう大丈夫。ここにコルテオス大陸の寒さはない。ロカはゲイルホリーペにはいない。

 けど、寂しいなって思う私も心のどこかにいた。


 結局、ロカに会いに行くだけの遠出になってしまった。

 ――落ち込む必要はない。もともと彼かどうかもわからなかったんだ。

 得るものも何もない。むしろ大切ななにかを失った旅だった。

 ――こんなことなら彼かどうかもわからず期待に夢を見るだけの生活にいればよかったのかもしれない。


『――私と帰ろう。私と、これからずっと一緒にいてほしい』


 もしも彼と出会うことが出来たら、こんな口上を伝えようと旅の間に考えていた。そして、無事伝え終わった後のことを考えてへらへら悶えていた過去の自分を思い返しては、馬鹿みたいだと呆れてしまう。

 浮かれていた時の自分では考えに及ばなかったが、ユッグジールの里にロカを連れてきたとしても、きっと、彼を見る周囲の目はとても冷たいものになっただろう。

 たとえ戦争が終結したとしても、同族である天人族に褐色肌の忌み子と蔑まれるロカの居場所は無い。

 それならまだコルテオス大陸にいた方がマシだろう。

 これでよかったのだ。きっと、ロカはあそこにいる方が幸せになれる。


 忘れよう。


 ロカは私を好きだと言ってくれた都合の良いところだけを夢見て、あの日起こったことはただの悪い夢だと欠伸を浮かべよう……そんな簡単に割り切れたらどれだけよかったことか。


 きっと、これからもずっと忘れることなんて出来やしないのに。





 長距離移動のコツでも掴んだのか、おおよそ2か月ほど短縮してユッグジールの里に帰還を果たした。しかし、ふう……とため息をつく間もなく、私は直ぐに四天のフルオリフィアに戻らなければならなかった。


 資材の調達や事業の準備なんかで1年間は大丈夫だと思っていた仕事の進行具合が半分ほどしか完了していないと報告を受けたからだ。

 理由は亜人族と鬼人族が不仲になったことで作業は停滞してしまったらしい。

 衝突した理由は些細なことらしいが、問題は彼らを宥める人がいなかったことだ。

 そもそも私たちは仲がいいとは言えない間柄であり、ここ最近は戦争を知らない亜人族の若い人が多くなり、逆にあの戦争を知る亜人族が減ってきてしまっていることもある。

 亜人族は我々とは違い寿命は普通の人並みかそれ以下で短い。若い亜人族は血気盛んで、思慮も浅いところが目立ち、同じ様に血の気の多い鬼人族とは相性が悪い。

 鬼人族のお兄さんは鼓舞や扇動といったことは得意だけど、窘めたり落ち着かせることは苦手だから仕方ない。

 それに対して亜人種の長は上手に話をまとめて衝突を回避する力に長けていたため、今まではバランスが取れていた――そう、今までは、だ。

 しかし、私が旅に出ている間に、不幸にも亜人種の長である熊くんの息子さんが寿命で亡くなっていた。

 その後を彼の息子……熊くんのお孫さんが長を引き継いだと聞いたが、なりたての彼では身内の行動を抑えきれなかったそうだ。

 私と熊くんの息子さんがいなくなったことで鬼人族と亜人族はたびたび喧嘩をする様になったらしい。

 里の中での魔法を使った私闘を禁止してはいるが、例外的に肉体強化の魔法に長けている鬼人族と身体能力の高い亜人族さんらはちょくちょく殴り合いの喧嘩を始めてしまう報告は以前も度々受けていて、舌を巻いていたものだ。


(……まあ、でもね)


 直ぐに四天のフルオリフィアに戻らなければいけなくなったとしても、私が1番にすることなんて、それこそ決まっている。

 私は亜人族の長を勤めてくれた息子さんの墓標へ向かい、深い祈りを捧げた。


(ありがとう。親子2代に渡って私の支えになってくれて……)


 彼ら2人にはどれだけ感謝してもしきれない。ゆっくりと眠って私たちを見守ってください。

 彼の死を悲しむのはその場限りにして、私は2種族の間に入りお兄さんの力も借りてどうにか頓挫していた計画を再び軌道に乗せるために走り回った――。


 おかげか、というわけじゃないけどさ。

 戻って直ぐにお仕事に追われて、ロカのことを考える暇なんてないくらい多忙になったことは救いになった。

 ……嘘。

 何かをしていなければロカのことを思い出しそうだったので助かった、が正解だ。


 まるでに戻ったかのような忙しさだった。

 始発電車に乗って、終電間際まで会社に残りぶーぶーと項垂れる毎日……あの時は不満だらけだったけど、今は余計なことに考えずに済むからとても、いい。


 そう。

 これで……いい、と思った。





 ロカのことが嫌いになった訳じゃない。自分の気持ちに向き合った分、あの頃以上に好きになっている。

 出来ることなら今度こそ何も挟まずにお互いに直接向き合って話をして、触れ合って、自分の意志をはっきりと伝えて……。

 好意を抱いたからこそ悲しかった。好きな相手に乱暴に扱われることが辛かった。好きだと言われた彼に乱暴を受けたことが怖かった。怖いことが悲しかった。悲しいから忘れたかった。ロカにされたことを無かったことにしたかった。


 乙女とは呼べる年頃ではないが、本来そういったことはお互いの同意の上で行うことが正しいと浅はかながらに私は思ってしまう。そして、恋愛には不慣れな私だが……もしもの未来があったとして、お互い時間を重ねて……出来るだろうか。

 そういった雰囲気になってロカから求められた時、年上ということに引け目を感じて拒むかもしれない。

 ……もしも、なんて何を考えてるんだろ。もう過ぎた話だというのに。

 それに何故、私なんかが選ぶことを前提に考えているのだ。求めるか拒むかを選ぶのはロカだ。私ではない。見た目だけ若い私なんかがロカを選ぶなんておこがまし過ぎる。

 ああ……この話はここで忘れることにする――忘れよう。

 忘れることが出来ないのなら苦い思い出として胸の奥に封じ込めろ。


 忘れろ。

 考えるな。

 悲しむな。


 そう思いこむ毎日を何度と何十と何百と越えて、ようやく私も元の自分に戻りかけていた――そんな時。


「……そんな」


 ――自分が妊娠したことを知った。


「嘘……でしょう……」


 里に戻ってから1年以上経った後のことだった。

 行為なんて後にも先にもロカとのあれ1回限りだ。

 十月十日――子供が出来るにはあまりにも遅すぎる……が、この身体は以前の“人”であった時とはまったくと違っていることを今更ながらに思い出す。

 妊娠なんて自分には関係のないことだと甘く見ていた。


 この身体になって生理はおよそ半年に1度、年に2から3ほどくる。

 最初のうちはきっと生理不順だから遅いのだと思ったり、多忙だったことから次第にすっかり忘れていたが、そうではないらしい。

 突然来る吐き気は仕事のし過ぎで体調を崩したのだと思った――つわりだった。

 小さくお腹が張っていることに気が付く――太った……とも違う。腹部にかけて違和感のある膨れ具合を感じた。

 まさか、と否定するも、直ぐに里にいる医師に確認を取れば、やはりと私は妊娠しているというのだ。


「そんな……だって……」


 疎い私も天人族というか、魔族は比較的に子供が成し難いことくらいは知っていた。

 本当かどうかは知らないが、子作りに励む夫婦を10組揃えたとして、3年で1人こしらえればいい方だって言う話を聞いたことがある。ただし、これは里のできる昔の話だ。

 近年では出産率は高くなってきている。里が出来て40年以上経ち、天人族の人口はゆっくりと、以前に比べたら急激に増えてきている。

 年に10程度の出産報告だが、外ではちらほらと子供の姿も見かけるようになった――そう言う話をしているんじゃない。


 奇跡と呼ぶべきなのだろうか。

 私の身体には彼の……ロカの子供がいる。

 複雑な気持ちを抱きながらも、多少は嬉しさもあった……。


「……でも、今産むわけにはいかない」


 私にはやることがある。

 ロカかどうかを確認し――会いに旅に出る前も、戻って来た後も、私は里の拡張計画の中心人物だった。

 この事業の中心には私たち天人族と魔人族、中でも鬼人族と亜人族双方の力は特に必須で、不在中に不仲になってしまった2種族の間に立てる人は自分しかない。

 軌道に乗せ直せたばかりだと言うのに、私個人の理由で計画を遅らせるなんて真似はこれ以上出来ない。今は本当に大事な時だった。

 あと10年はこの事業に携わる。産休を取る暇も育児に追われるわけにはいかない。


 しかし、ここで堕胎させるなんて真似は私には出来なかった。

 彼の、ロカの子が私の中にいる。

 彼の大切な子供を死なせるなんて……。


「そんな真似できるわけもないじゃない……!」


 苦渋の選択の末、昔ブロス先生から教わっていたある方法を思い出し、即座に師の元へ出向いた。

 以前は渡り鳥のようにあちらこちらと漂っていた先生も今では約束通り、このユッグジールの里で隠居しながら里に生まれた子供たちに生活の範囲内程度の魔法を教えている。

 顔を出せば笑みを浮かべて迎えてくれたが、私の表情を見て何かを察してくれたらしい。直ぐに表情を引き締めて私を向かい入れてくれた。


「先生……1つ相談が」


 ブロス先生は驚いた後に悲しい顔をした。


「魔石を作る……本気で言っているのか?」

「……はい」


 私は深く頷いた。

 出産でもなく、堕胎でもなく、私が選んだ手段と言うのは魔石を生みだす――我が子を魔石として産み、時期を開けて生ませる方法だった。

 これは本来、出産しにくい魔族が安易に人手を増やすことを目的とした愚行だった。何故、愚行と呼ばれるのかは魔石生成を行った者に酷く負担がかかるからである。


 魔石を生みだす手段として2通りの方法がある。

 ひとつは母体に流し込まれた“素”を核として直接形にする方法。これが本来行うものだと聞いている。

 もうひとつが、腹の中にいる胎児をそのまま魔石へと変える方法だった。私の場合はこれだ。


「……考え直せ。この方法で子を生んだ母体の寿命は著しく下がる。魔石を生成した後の母体の寿命は私の聞く限り、長く生きても50年弱だったという」

「はい、構いません」


 50年? 上等だ。

 本来の私はとっくに寿命を迎えて冷たい石の下で眠っているのだ。今更超過しているのだからなんの躊躇もない。むしろ、あと50年でも長いくらいだ。


「勘違いするな。魔石を生成してすぐに死んだ者もいる。お前の場合はないとしても、10年程度で死ぬ可能性だってある。人それぞれだということだ」

「……はい。わかっています」

「わかってる? 馬鹿を言え。お前はまったくわかって――はあ。決心をしたお前には何を言っても無駄だったな。すっかり忘れていたよ」

「そういう性分なので……お願いします。私に、魔石を産ませてください」


 ブロス先生は長い沈黙の後、嫌々に承諾をしてくれた――。





 こうして、私は彼との子供を魔石に変えた。

 魔石の生成は気が狂いそうになるほどの苦行だった。

 お腹の下がぎゅーっと締め付けられる感触に、身体中の力がこぞっと血を噴き出すかのように抜けていく。そんな体調の中、息継ぎもなしに息を吐き続けるように魔力を流し続ける。

 ブロス先生に見守られながら、魔石生成は大体数時間ほどで終わった。数時間というが、私には丸1日かかったかのような気分だ。

 後には手のひら大の球体を私は腕の中で抱き締めていた。半透明の青い宝石のような球体は触れると僅かに鼓動を感じた……生きている。


「終わりだ……ブランザ」

「……これで……おしまい?」

「ああ、無事、魔石を生み出すことが出来た」

「そ……よか……た……」

「……ブランザ? ブランザ! おい! しっかりしろ――」


 その後、私は3日ほど眠りについたと聞いた。

 目を開けた時、ウリウリアさんの泣きそうな顔が1番に目に映った。

 何度も何度も心配したとわたしの胸の中で声を上げて泣き続けるウリウリアさんには酷いことをしたな、と反省するしかない。


 その後、休息を1日だけ取り、私はウリウリアさんの制止も聞かずにとにかく働くことにした。

 やっぱりと亜人族と鬼人族は私がいないと直ぐに喧嘩を始めてしまうので、これでよかったと思うことにする。

 事業を行う傍らで亜人族の新長の面倒も見ることになった。

 彼とは何度か顔を合わせたことがあるくらいだったが、祖父や父とは違って今時の亜人族みたいに血の気が多い子らしく、鬼人族のお兄さんとの相性は最悪に近い。

 亜人族の長なのだからとお兄さんの棘の多い言葉に過敏に反応しないようにと何度も注意を促した。一応、長としての自覚は持っている様だが、こればかりは直らなそうで心配だ。


 魔石生成の影響は確実に出ていて、ほんの少し動くだけで疲労が募り、身体は目に見えて疲弊していた。

 風邪の症状に似たものをこれから先もずっと感じるようになる。身体は重くて歩くだけでも辛い。


 里に住む人も増えたので今度は自分が住む天人族側の居住区の整地も控えている。里全体の水路の整備も待っている。親睦を深めるために各部族ごとにユッグジールの樹の前で出し物をしようなんて楽しそうな話だって上がっている。


 時間はゆっくりと流れて行く。毎日は水のように流れて行く。流れた分だけ、里は以前よりも大きく豊かになっていく。

 月日は流れた分だけ積み重なり、いつしか正式に四天の護衛となったウリウリアさんの立派な晴れ姿を見ることも出来た。

 護衛と言うよりも秘書として彼女が支えてくれたおかげで不調だった私も思った以上に行動に移せた。

 時には倒れる時もあり、そんな時本当にウリウリアさんがいてくれてよかったと思える。


「……里のことよりも、もっとご自身のことも労わってください」

「ええ、そうね。でも、私は平気。だって1人じゃないもの。1人だった頃に比べれば全然ましよ!」


 心配を掛けまいと気丈に振る舞う。

 今私には皆がいる。1人の時に比べたら体調不良なんて気にもならない。


 でも、ロカだけはいない……これだけは飲み込んで胸の奥へと追い払った。





 ……実は言わなくてはならないことがあります。

 ウリウリアさんとは別に私にも本当の子供が生まれます。きっとタルナが怒ると思いますが、魔石生成によって出来た子です。

 紆余曲折ありまして、お相手は先ほどから出てくる彼です。ここまで書いてしまったら名前を書かなくてもタルナにはわかってしまうかもしれません。

 しかし、彼を責めないでください。きっと当人は私が身篭ったことを知りませんし、罪悪感に押し潰されてしまうと思います。タルナのことだからきっと激怒して彼のことを探し出してしまいそうだからです。ね、ほら、怒らないで。私が自分で決めたことなの。

 タルナは村の外にあまり出れないことを知っています。あなたもまた私と同じく村長として大変な任に就いているんですよね。

 魔石生成を行った反動を最近は逐一感じています。しかし、私が身体を崩した理由だとしても、後悔は一切ありません。


― 親愛なるタルナへ 第4頁(4/6) ―

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