第157話 彼との再会―ブランザ141歳―
そういえば、この騒動が一段落した辺りでタルナから手紙を貰ったんですよね。最初に手紙を貰った時は感激のあまり涙が止まりませんでした。
思えば、無理して動けるのはその時くらいだったなあと後悔ばかりします。
あの時にああしていればこうしていれば。言いだしたらきりがありません。
― 親愛なるタルナへ 第4頁(1/6) ―
◎
タルナの手紙には“褐色肌という珍しい、銀髪の天人族の青年とも知り合った――”程度の短い文章だけ書かれていた。
その人物がロカだと決めつけるには早計過ぎる――そう思うべきなのに“それらしき人物”がいるという曖昧な頼りを前に、私は正気ではいられなかった。
「ロカがロカが……!」
「フルオリフィア様どこへ行かれるんですか! お待ちください!」
私は居ても立っても居られず、すぐさま鬼人族のお兄さんの元へと向かっていた。
「お、おおおっ、お兄さんっ!」
「おう。ブランザか。久しぶりだな」
「あ、はい。お久しぶりです!」
少しだけ丸くなった鬼人族のお兄さんだけど、出会った頃と変わらず鼓膜を突き破るかのような大声を上げて私を出迎えてくれた。
私は四天としての仕事に追われ、彼は亡くなった兄の代わりを務め……お互い忙しい身、こうやって顔を合わせるのも月に1度か2度。少ない年には会合の時くらいになってしまった。
以前は毎日と殴られに行って、親しくなった後は毎日とお話をして、里を作ると決めて町づくりに励み、昼夜一緒にいたあの頃を思い返せば、こんなにも会わなくなるとは思わなかった。
「丁度良い時に来たな。若い衆がすっげぇ馬鹿でかい牙豚を捕えたんだ。今広場で焼いて食おうって話になってよ。もうすぐ解体が終わるし、お前も一緒に食うか?」
「おおー、それは美味しそうですね。ぜひ参加させて……じゃなくて! ロカがっ、ロカが見つかったんです!」
「はあ? ロカ……ロカっていうと……ああ! お前の愛しの――」
「ギャ――! やめてください! ここにはウリウリアさんもいるんですよ!」
お兄さんの指摘に年甲斐も無く黄色い悲鳴を上げた私にきょとんとウリウリアさんが驚いていた。
今までこんな浮ついた声を彼女の前で上げたことが無かったからだろう。まるで珍しいものを見るかのようにいつもの目でウリウリアさんは私を見ていた。
「ごほん……フルオリフィア様、ロカと言うのは?」
「あ……いえ、その……」
あなたの腹違いの兄です――と、率直に説明出来ればどれだけ良かったか。
ウリウリアさんは父であるリウリア長老をあまり良く思っていなかった。彼は随分と手癖が悪かったようで、己の立場を使って何人かの女性と関係を持っていたらしい。この部分は同じ四天のフラミネスさんから聞いた話でもある。
その話は幼かった頃のウリウリアさんの耳にも嫌にも届いていたそうで『……父の話はあまりしたくない』と苦々しい顔をしていたことがある。幼いなりに悟っていたのだと私は考えている。
目の前で母親を亡くしているウリウリアさんに、これ以上余計な重荷を背負わせたくなかった。また、これ以上リウリア長老に私自身も触れたくはなかったせいでもある。
「ええっと、ロカっていうのはね――」
そうしてウリウリアさんには、戦争に巻き込まれて離れ離れになってしまった“知人”だとロカのことを紹介することにした。
知人だと口にした途端、鬼人族のお兄さんが盛大に吹き出した。
「そうですか。わかりました」
不審がるウリウリアさんには悪いけど、私はごほんと咳払いをしつつ、鬼人族のお兄さんへタルナから受け取った手紙を見せる。
「あー? ……つまり、こいつが愛しのロカかどうか確認しにいきたいって話だろ?」
「お兄さん!」
愛しのは余計だ! ウリウリアさんがまた私を妙な視線で見てくる。
羞恥に震えた私の睨みを受けつつも、お兄さんは苦笑しながら頷いてくれた。
「……わぁったわぁった。お前の頼みっつーなら構わねえよ。ただ、大所帯になるのは困る。中もそうだけど、里外の身内たちは余所者に過敏に反応するようになっちまったよ」
話が早くて助かるというか、まだ行くかどうか悩んでいるってところだったがよしとしよう。
鬼人族内では未だ襲撃事件のことで尾を引いている。里から北は彼らの領地となっており、目的であるコルテオス大陸に行くにも彼らの領内にお邪魔しないといけない。
戦争が終わっている今だとしても、鬼人族から攻撃をされても文句は言えない――とお兄さんからは留意を受けた。
「わかってます。これは私個人の我儘みたいなものですから、私1人だけで……」
「それはなりません! 不肖ながらこのウリウリア・リウリアはフルオリフィア様の護衛を任されています! 何時如何なる時もこの身はフルオリフィア様の傍らに並び立ち盾となる所存であります!」
「う……ウリウリアさん……」
ウリウリアさんは現在護衛“見習い”という四天である私のボディーガードの仕事に就いている。私としてはもっと自由に彼女が輝ける仕事に就いてほしかった。
ただ、この護衛という仕事の倍率は高く、ましてや女性という身でありながらその座を勝ち取った彼女のことを褒めはしても、悪く言うことなんて出来ない。
でも、まだ彼女は護衛“見習い”……足手まとい――いえ、ウリウリアさんを危険には晒したくはなかったので今回は留守を任せたかった。けれど、ウリウリアさんは頑なに同行すると言ってきかない。
まったく、表情と同じく内側も硬くて困る。頑固なところはいったい誰に似たのだろう。
◎
私は現在担っている仕事をこれでもか! と鬼気迫る勢いで終わらせ、無理やりにでも1年ほどの休暇をねじ込……貰えるようにした。
「後のことは任せて!」とフラミネスさんと「ん……」と無口なアリディ・レドヘイルさんは見送ってくれたけど、四天長のディルツさん……ドナさんだけは良い顔をしてなかった。
彼とはもう何十年と昔に口論を交わしたあの時から今の関係が続いている。
結局ウリウリアさんと2人で旅に出ることになった。
里近辺しか知らない彼女を連れた長旅に最初は不安を覚えたが、旅自体はそこまで困難ではなかった。戦時下を思い出せば温いほどだ。
やはり話が届いていない鬼人族に襲われかけたが、これもまた話し合いに持ち込むくらいには私の力は衰えてはいなかった。
時にはウリウリアさんの修行がてら魔法の腕前を見てあげたりもする。私は先生のように鬼ではない。
火あぶりも、冷水漬けも、血だらけずばずばも、感電黒焦げもしない。
「ふ、フルオリフィア様……待ってください。もう少し威力を抑えてくれませんか?」
「……え?」
おかしいな。
珍しくウリウリアさんが他の人の目にも分かるほど渋い顔をしていた。
えーっと……ごめん。
旅自体は順調で、壁に当たることなくすんなりと先に進むことが出来た。
ただし、食事に関しては甘く見ていた。それなりに食料を持って出発したものの、長旅というものを私自身あまり経験していなかったことも悪かった。
いざとなれば――むしろこちらが本命で、その場その場で魔物を狩って腹を満たすといったことを以前はブロス先生との修行中から始まり、1人になった後も何度とこなしてきたが、まったくと遭遇できないとは思わなかった。
後で聞いた話だが、表に出ているような呑気な魔物はこの土地に住む鬼人族の皆さんが狩り尽くしてしまったそうだ。
「お腹が空きましたね」
「そうね……ごめんね。ウリウリアさん……」
1日水だけの生活ということも何回かあった。
ウリウリアさんは辛そうだった。私も口にはしなかったけど、やっぱり食べれないって辛い。
どうにか北端の船着き場まで辿り着き、鬼人族の所有する船に乗ってコルテオス大陸に向かう。ここでは話が届いていたため、少し睨まれながらもどうにか船に乗ることが出来た。
居心地は悪くも、平和になってよかったと思える瞬間だった。
コルテオス大陸は万年雪の凍える大陸だと事前に聞いてはいた。タルナの手紙にも寒くて逃げたとまで弱音が書かれていた。
いくつかの村を経由しながら目的の地へ。タルナたちが目指した場所へ。
ロカが、いえ、褐色の天人族がいると思わしき国、他種族が共存し、魔人族の王が治めるラヴィナイへと私たちは辿り着く。
手紙によるとタルナはアルガラグアと呼ばれる別の町へと移り住んでいるらしい。
会えないのが残念だった。
◎
頑丈な防壁に覆われたラヴィナイは静かな国だったが、とても素晴らしい国だった。
雪景色に覆われた城下町は人通りは少ないが、あちらこちらの建物の中から暖かな気配がうかがえる。
さらに路地裏では子供たちが遊び回っているのを見た。その子供たちを見ただけでも私は来た甲斐があるとすら思ってしまう。
多種多様な種族の子供が仲良く遊んでいる。こんなの私の住むユッグジールの里ですらまだまだ先の話だ。なんて微笑ましい光景だと涙腺を刺激されそうになる。
また情報を得ようと人の集まる盛り場を訪ねると、同じ様な老若男女が共にいる。
ああ、また夢を見ているんじゃないのか……と幸せな気分になりながらも、目的を果たそうと私は聞き込みをする。
「本当ですか!?」
「ああ、彼なら有名だよ」
やはりと褐色肌の銀髪の青年がこの国いることを知った。
彼はここを治める王様に仕える従者の1人らしく、今もラヴィナイの中心にたたずむお城にいると教えてもらえた。
少し脱線しながらもラヴィナイの本質は夜にあり「今が日中だから」ということで皆、外に狩りに出たり部屋に籠って内職をしているという話を教えてもらった。夜行性の魔人族が目覚めることでラヴィナイという国も目を覚ますそうだ。
礼を告げた後と、さっそくと私は王様のいるお城へと向かった。
「約束もなく向かっても大丈夫なのでしょうか?」
「追い出されたら追い出されたで外で張り込むくらいは許してくれるでしょう」
「私なら怪しい2人だとひっ捕らえますよ。そして、捕まえれば牢獄に何日も……最悪もう出れない場合だって……」
「大丈夫大丈夫。私はそう簡単には捕まらないから」
「そういう意味で言っているわけじゃありませんが……」
ウリウリアさんの心配を余所に、突然押し掛けた余所者の私たちとの面談はあっさり2つ返事で許された。
正直、直ぐにでも逃げれる準備はしていたため、肩透かしを食らった気分だ。けれど全然構わない。むしろ大歓迎だ。
私たち以外にも王様を面会を望む人は多いらしく、それら全てを王様は今回と同じく2つ返事で承諾する寛大な精神をお持ちの方のようだ。
ともあれ、私たちはお目通りを許してもらえた。
――素晴らしい! 遠い異国からよくぞこんな辺境の地まで足を運んでくれた。海を越え険しい陸路を渡り、さぞ大変だったことだろうか。
尋ね人の話は承知した! その願い聞きとげよう! ……直ぐにイルノートを呼び寄こしましょう!
ささ、皆のもの、彼女たちに温かい食事と部屋の準備を――
と、王様である若い男性はにんまりと眩しい笑みを浮かべて私の願いを聞き遂げてくれた……魔人族だと聞く。
人当たりの良さそうな笑みを浮かべて私たちを快く迎え入れてくれたけど、どうして、その笑顔に無機質なものを感じとる。
……いやいや、失礼な話だ。けれど、こんな簡単に人を招き入れて大丈夫なのかと余計な心配くらいはしてもいいだろう。
ただ、イルノート……と言われ、誰? と聞き返す前に王様は付き添っていた従者たちと裏へと下がってしまった。
さらに他の従者たちにあれやこれやと聞く前に、私は用意された客室に押し込まれてしまったため、何にも聞くことは出来ずに終わった。
ウリウリアさんも気を利かせてくれたのかこの部屋には私1人だけだ。
「やっぱり、人違いだったかな」
ぼつりと呟くも、内心は炉に薪をくべ続けるように燃え滾る期待に胸を焼かれそうになる。用意された一室で、ベッドに腰を掛けてドキドキと高鳴る鼓動を抑えながら待つしかない。
しばらくして、ゆっくりと扉を叩かれた。
「……っ!」
「……もしかして、ラン!?」
開け放たれたその扉の奥から1人の銀髪の青年が姿を見せた。同時に彼は驚きながらも顔を強張らせて私を見た。
一瞬、誰かわからず見間違えそうになった……いえ! 見間違えるものか!
ロカだ。ロカだってわかる。私は反射的に立ち上がってしまった。
「ロカっ! …………ロカ、だよね……げ、元気だった?」
「……あ、ああ」
ロカ。ロカだ。
ロカが目の前にいる。
ロカが座敷の牢を挟まずに対面して私の前にいる。
「……」
「ランも、元気そうだな」
「……」
「ラン?」
言葉が出なかった。
「……」
ロカはとても、かっこよくなった。
ガリガリだったあの頃よりも肉が付き、背もあの頃よりもっと伸びている。
あの頃とは違って彼の銀糸の髪は短くなって整えられてが、動きに合わせてさらりと舞うところは変わらない。
前は見下ろしていた小さかった彼はどこにもいないし、今では私が見上げてしまう……別れる前の彼も見上げるほどには背も伸びていたけど。
ああ、ロカだ……。
「ロカ……ロカぁ……っ……!?」
思わず無意識に伸ばしかけた手に気が付き、はっと奥に引っ込めた。
このまま抱きついてしまえばきっと私は泣きじゃくってしまっただろう。目の奥がじんわりと熱くてもう限界も近い。
ここで感情に身を任せたくなかったのは年上としての威厳みたいな、意地の張り合いが私の中にあったからだった。馬鹿な意地を見せていたと思う。
素直に抱きしめていればよかったと思う。
そうしたら、ここから先の話が変わったかもしれない。
しかし、それはもしもの話で、その時の私はただの意地っ張りだった。
でも、どうしてだろう。彼の目だけが違う。あの頃の優しかった瞳を感じられない。見た目そっくりなのに別人のように思える眼差しだ。
赤い瞳を見つめるとそっと逸らされ――ロカは私と目を合わさず口を開く。
「……ランは、綺麗になった」
「え、ええ! そ、そう、ですか?」
つい、緊張してうまく舌が回らない。そうですか、なんて話し方を1度だって彼の前ではしたことが無かったためか、急に恥ずかしくなる。
私の反応を見てか、ロカがくすりと笑う。
……ああ、笑い方は変わらない。
「ああ、表情も柔らかくなった」
「え、ええ!! 昔の私って硬かった?」
「……すまない。気を悪くしたなら謝る」
「う、ううん! そんなことないよ!」
照れくさくて何を話したらいいのかわからない。だけど、ロカは自然のままに私へと近寄って今まで腰かけていたベットに先に座りだす。
座らないの? と眼が語るので私は勢いよく腰を落とした。肩が触れるか触れないかという距離で彼は微笑を浮かべ、私の一挙一動を逐一見張られているような気もしてくる。
「……まさか、ランにまた会えるなんて思わなかった」
「私も……私も、ロカとはもう会えないって思ってた」
ロカには聞きたいことは沢山あった。
どうして、あそこから出て行ったのか。
私と別れてからの生活とか。
連れ去った老人は誰とか。
でも、あれやこれやと口からは別のことが出てしまう。里のことや、鬼人族のお兄さんのこと。お世話になった人。まるで逃げ道を探すかのように私は頭に浮かんだ言葉を次々と口にしていった。
ロカは前と同じく私の話を聞いてくれた。以前は色々と話の途中で説明を求められたり驚いたりと喜んでくれたのに、今の彼は黙々と私を見つめて聞いているだけだった。
この反応にはなんだか、悲しく思う。
「――今、そこにいるの。あなたの妹になる子。とても、良い子なのよ」
「私の、妹?」
「ええ、お母さんは違うんだけどね。ウリウリア・リウリアって言って」
「ウリウリア……リウリア……?」
その時はウリウリアさんのことを紹介していた。
しかし、それが引き金になったことを私は理解する余裕はなかった。
微笑みながらも笑っていたロカの顔が真っ白になる。感情が消えた。
「……ふっ、わかる。あの男のことだ。他に女がいても当然か」
「……ロカ?」
自嘲気味に鼻で笑ったロカの声色が落ちる。ぞくりと寒気のするような笑みも浮かべている。
「そうか、あの男は死んだのか。あいつは死んで当然……当然の報いだな」
死んで当然……実際、私も少なからず思ったりもした。だと言うのに、人のことは言えないのに、なんか嫌だった。
あのロカが人を悪く言うのがすごく嫌で、思ったこととは別の言葉が出てしまう。
「……お父さんでしょう。亡くなった人をそんな風に言わない方が……」
「ランは知らないから言えるんだ。……私が、あいつからどんな扱いをされてきたか――…………ラン?」
その時、私は思わず下を向いてしまった。
何、とか、どういうこと? と聞けばいいのに、私は彼の赤い視線から逃れるために視線を逸らしてしまったのだ。
直ぐに顔を上げ、自分のした些細な反応が大失敗だということをロカの表情から読み取った。
「……まさか……そんな……ラン……ランは知って……いたの?」
「…………わ、たしは」
「ラン……私が彼から受けていた仕打ちを知っていたのか!」
「……ロカ」
「……どうして、答えないんだよっ!!」
取り繕う間も無かった。否定するには時間を空けすぎてしまった。全てが自分の失敗だ。ロカの震えが私の肩に触れて伝わってくる。
居た堪れない。こんなにも会いたいと身を焦がしたのに、今だけは会いに来なければ良かったとすら思ってしまう。
長い沈黙を貫き、ロカの怒りが治まるのを待つべきなのだろうか。それだけ、彼を尊重するためには私から言葉を発することはいけないように思えて――。
「……!」
口を閉ざそうか迷っていた――その時だった。
私は何をされたのか理解できなかった。
視界が勝手に移動をした。突然、上を向く。向いた先は天井ではなくロカの顔があった。さらりと銀の髪が私の頬を撫でる――。
ロカが私を押し倒していた。
「ロ、ロカっ、どうしたの? 怖いよ?」
「ラン……」
「ロ――」
ロカの名は1文字だけ口にすることが出来た。カの音は出る前に喉の奥へと流れて行く。
彼の唇に、私の口を塞がれていたため、カの音はロカの口の中へと押し込まれた。
「……っ!」
一体、何が起こったのかわからなかった。
目を大きく見開いて目の前の赤い瞳を凝視する。今以上に目を大きくすることになった――何かが口の中で暴れ出したのだ。
それが、ロカの舌であることに気が付いたのは、思わず噛んでしまったことでお互いの唇が離れた後だった。
「……痛ぅっ」
「……は、はあ……ご、ごめん」
何。どうなってるの。
息苦しさと口の中に残る別の味に混乱してしまう。感触の残ったくちびるに指先に触れる。
(私……ロカとキスしてた……)
孫みたいに離れた年齢で、小さかった頃から知っている彼に唇を奪われた――不覚にも、嫌じゃない……って思ってしまう。
「ラン……」
「は、はいっ!」
「私は、昔からランのことを好いていた」
「……?」
え、はい? とロカが言っていることが一瞬理解できなかった。
(あれ、これって何? 押し倒されてキスされて、それで昔から……あれ、今、ロカは……私を好いて? え……?)
――告白、だろうか。
私は今、ロカから告白を受けた、と受け取っていいのだろうか。
聞き間違いだ。
私とロカはそれはもうおばあちゃんと孫くらい年が離れてて……だから、キスって……。
「……ひぇっ!?」
こういう事態は慣れていない。
敵の奇襲に対して身体は無意識に回避できるのに、突然押し倒されて、キスされて告白された時の回避方法なんてものはブロス先生から教わっていない。
初めて異性から告白というものを受けた。
この気持ちをどう表現していいのか――多分、100年くらい前の私なら答えられたのかもしれないけど、その時には混乱するだけのものだ。
そして、私は知らなかった。
冷静な頭があったとしても、告白の先での甘酸っぱい時間なんてものはこの場には何1つとして無いことを私は知らなかったのだから。
「……ロカ――……っ……や、やめて!」
「……!」
ロカは怖い顔をして私に迫ってきた。
両腕を掴まれて、抵抗らしい抵抗もできないまま。
逃げようとしても男であるロカの力は女である私が敵わないほど強い。
呪文を唱えようとしても何度もロカの口が私の口を塞いだ。再度、舌が私の口の中に入ってくる。言葉なんてものは彼の名前とやめてといった短文でしか出せなかった。
「お願い、やめて……ロカ! ロカっロっ……っ!」
「何度も、何度もこうしたいって……思った……!」
いつからか、私の身体に纏っていた衣服は半分以上脱がされていた。
ロカの手が足が指が口が舌が、私の身体を這い、一連の行動を何度と交わした後、ロカは私の間に身体を滑り込ませてきて……最後の一線は呆気なく越えられ、抵抗も敵わないまま腹部に広がる痛みに拒絶とも取れる制止の声は止んだ。
「……っっぅ!」
「ラン……ラン……ラン……っ!」
それからの、私はもう……抵抗らしい抵抗は出来ずにいた。
悲しくて悲しくてもうどうでもよくなってしまったんだと思う。
痛みには慣れている。良くも悪くも。
身体には治癒魔法という奇跡の力があるから私の身体には傷はない。だけど、中身は目を覆いたくなるほど傷だらけだ。今回の傷は特にひどい。
今まで受けた痛みなんか鼻で笑うほどに。
心は今までの傷痕全てを上書きするほどに大きな傷を受けた私を苛める。
◎
実は私、1度里を出て旅に出たことがあるんです。
タルナの手紙から彼らしき人が生きていることを知ったからです。その時はまだ確信には至りませんでしたが、私は居ても立ってもいられず彼を探しに、ウリウリアさんと2人で1年ほどの旅路に出ました。
結論から言えば彼とは再会できました。しかし、感動の再会とはなりませんでした。
悲しいことがありました。しかし、その悲しいことは私の最後の生きがいと変わります。
― 親愛なるタルナへ 第4頁(2/6) ―
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