第155話 終戦―ブランザ64~98歳―
一時期、私は亜人族の集落でお世話になっていました。
私は呼びかけを行う傍らで、彼らを守ることに終始しました。最初は嫌われていましたが、次第に打ち解けてもらえた人もいます。しかし、それ以上に私たち魔族に、中には天人族に仲間を殺された怒りを抱いている人も多かったのは確かです……。
私が彼らと共にし始めた頃、ゲイルホリーペ大陸ではとても大きな戦争が起こりました。毎日どこかで誰かが死ぬような地獄のような日々でした。
冬の時期でした。身を震わせる壮絶な時期でした。もうあんな日々は絶対に来させてはいけない、と思い返すたびに身体は震えます。
長い長い我慢の日々を乗り越え、ようやく停戦を迎えたその年、私はまた大切な人に巡り合えました。
その人と言うのが――。
― 親愛なるタルナへ 第3頁(2/5) ―
◎
「私の話を聞いてください」
停戦後、私はお邪魔させてもらっている亜人族たちの集落から1番近い(……と言っても、徒歩で何日とかかるような先にある)鬼人族の村へと何度と足を運んでいた。
そして、毎度のごとく門番は苦笑するか、心底うんざりしたかのように魔法による返事を返してくれる。
以前は私が言葉を発する前に敵襲だと殺気立って魔法を放ってきたのだから、これも進歩したということなのだろうか。
「今回も追い払われるだけだったな。もう諦めたらどうだ?」
「……いいえ。私は諦めません。あなたこそ無理して着いて来なくてもいいんですよ?」
「俺に戦争を止めると宣言したんだぞ? お前がどうなろうと知らんが、俺の目の届かないところで逃げたり野垂れ死なれては困る」
憎まれ口をたたく竜人さんだけど、こうやって毎回私を鬼人族の元まで送り迎えしてくれる。
魔法で空を飛ぶことは出来るけど、私以上に速く長く飛ぶことが出来る竜人さんのおかげで、私の移動にかける時間は極端に短縮された。
これが随分と助かっている。
「この様子じゃ戦争終結なんて一体いつになることやら? 戦争の無い世界……亜人族たちが怯えずに済む日々を俺に見せてくれるんじゃないのか?」
「……」
その言葉に私は何も言い返せず、集落に着くまで私は俯いて口を閉ざすしかなかった。
「おねえちゃんおかえりなさい……あーあ。また怪我してる」
「ただいま。心配しないで、もう治癒魔法で治してるから大丈夫だよ」
「治せるからいいって話じゃないよ。怪我しないことが一番だって言ってるんだよ」
私たちの帰還に熊くんが出迎えてくれた。
昔は見下ろしていたというのに、今では見上げないといけない彼の成長っぷりは嬉しくも思うも、ちょっとでかくなり過ぎじゃないかって苦笑してしまう。
何も言わずに横を通り過ぎようとする竜人さんに向かって、熊くんはむっと頬を膨らませた。
「おにいちゃんも助けてあげなよ!」
「どうして俺が? 俺はこいつが逃げないよう監視しているだけで、手を貸すなんてことは1度たりとも言ったことは無い」
「もう! どうしてそんな言い方するの! せっかく仲直りしたっていうのに!」
「……ふん」
「ははは……」
別に仲直りはしていない。
未だに仲間を、両親を殺した竜人さんにはわだかまりも持っている。彼もきっと私に対して何か思うところはあるだろう。
お互い何も行わなかったのは私たちの間に熊くんがいるからだ。私の仲間が彼の父親を殺したことを思えば、私だけが竜人さんを責めることなんて出来ない。
これからも彼のことを許すことは出来ないと思う。だけど、責めることはしないと心に決めている。思わないと、やってられない。
悲しい過去に目を瞑り、犯した過ちに向き合って、前を見ることの方がもっと大事だ――そう自分に無理にでも言い聞かせている。
◎
亜人族たちと生活を共にする傍ら、他の魔族の村を訪れ語り掛ける――これが今の私だ。
半年ほど前に停戦になったが、今回の戦争では私と竜人さんの2人で毎日と亜人族たちを守ってきた。その時の争いは今までの比ではないほど大規模だった。少し目を遠くにやれば戦場の火が上がっているのが当然のような毎日だった。
耳を澄まし、鼻を利かせ、目を凝らす。
戦火に巻き込まれないことを第一に、私たちは逃げ延びることを徹底していた。
その時の働きを評価されたのか、今現在お世話になっている亜人族にも私も少しずつ受け入れてもらえた……と思う。
また、今回の戦争による被害は3者ともに甚大らしく、この半年はどこも小競り合いすら無い。
いつまで続くかはわからないが、現在の停戦状態により、私と竜人さんは鬼人族の領土の空を飛び、彼らの村近くまで足を運べていたりもする。
ただ、戦場にいた頃よりも間近で話しかけているので、怪我を負うことが多くなった。ブロス先生から受けたしごきの成果と治癒魔法のおかげで大事には至ってはいないけど、熊くんにはいつも心配をかけてしまっている。
これも戦争をなくすため。危ない橋を渡っているから仕方ない。危険を冒した行動の先に私の目指した夢がある。
そう自分にも熊くんにも言い聞かせている……でも、本音を言えば。
――私は死に場所を求めていたのかもしれない。
◎
その日は少し勝手が違った。
懲りずに鬼人族の村へと向かうと、いつも相手をしてくれる門番の鬼人族さんたち数名だけではなく、武装し身構える鬼人族10名が佇んでいた。
そして、彼らの先頭に待っていましたと言わんばかりに胸を張る1人の大柄な鬼人族さんが私たちを出迎えてくれた。
彼は耳をつんざくような大きな声を私たちに向かって上げた。
「頭のおかしい死にたがりの天人族というのはお前か!?」
「え、ああ……多分そうだと思います。では、お話を聞いてもらってもいいですか?」
「ん? ……はあ、何でしょう……っ……違う! 天人族の話なんて誰が聞くかよ! もういい加減にしろ! お前が来るたびに天人族が襲ってきたって村のやつが怯えるんだよ!」
「私は襲いに来たわけではありません。むしろ逆。私は戦争を止めたいんです。話を聞いてくれるまでやめるつもりはありません」
「だから誰が敵の言葉を聞くって言ってんだ!」
彼はそう怒鳴ると、一節呪文を唱え始めた。
先ほどまでの大声とは打って変わり、聞き取れないほどのか細い声を口元を震わせる。
(魔法を使うの? でも――)
どんな魔法が来ようとも私ならば止めることが出来る……と、その時の私は自分の力を過信し、慢心していたようだ。
直ぐに私も呪文を唱え、風魔法で防壁を作る――その前に、彼は一瞬にして私との隙間を埋めていた。
「――ぅらぁっ!」
「……っ!?」
殴られた。
――と、知ったのは吹き飛ばされて地面を転がり終わった後だった。
地面に仰向けに横たわる私の耳に、周囲にいる鬼人族の歓声が遠く響く。
「……ごほっ」
久しぶりの直撃だった。
呼吸が出来ない。無理やりにでも息が吸おうとしても、蓋が閉まったかのように僅かにしか空気が入らない。
一体何を使われたのか――その大柄の身体では予想も出来ないほどの速度で私に迫り、魔法を唱える間もなく腹部を殴りつけてきたのだ。
これは、身体能力を向上させる強化魔法というやつだろうか。以前ブロス先生から話だけは聞かされていたし、実際に私が戦場に乱入した時も鬼人族が使っているところを眼にした。
自分よりも巨大な岩を持ち上げたり、重い鎧を着こんでいるのに羽のように素早く動いたり。しかし、どれもブロス先生の放つ魔法よりは遅く、近寄られる前に対処できたことから軽視していたところもある。
今までは十分な距離を取っていたこともある。ここまで彼らと距離を狭めて対峙したことは今まで無い。
さらに目の前にいる大木のような男は練度の高いものを使えるのだろう。今まで相手してきた者の比ではない速度をその身に乗せていた。
ごちゃごちゃと言い訳を並べてみたものの、結局のところは油断していただけだ。
「あっけねえ……おい、こんなのにお前らは手こずっていたっていうのか!? あとで拳骨だからな!」
「……けほっ」
このまま気を失えたらどんなに楽だったろうか。
しかし、痛みに慣れた私の身体はそんな優しい真似を許してはくれないそうだ。
激痛はお腹の中をかき混ぜる。内臓を痛めたかもしれない。骨も折れたかもしれない。かもしれないかもしれない。実際はわからない。
火あぶりは勿論のこと、重度の火傷すら何度だって負った。血まみれになったどころか、腕だってちょん切れたこともある。身体に穴が開くこともあれば、骨だって何本だって折った。
地面にだって何度も叩き付けられたこともあるのに、今の私は過去に受けた経験以上の痛みを受けたらしい。声が出せない為、治癒魔法を唱えることすらできない。
そもそも、魔法が使えなければ私は他の人より少しばかり回避能力が高いだけの天人族だ。今はその回避すら出来ないただの人以下である。
「今までさんざん迷惑をかけてくれたんだ。この報いは当然だろ?」
お腹を抱えて蹲る私を見下ろし、その鬼人族の人はこちらの頭上へと大きな拳を振り上げていた。
その時やっと、大きく呼吸が吸えるようになったが、呪文を唱えるよりも彼が振り下ろす拳の方が断然早い。
ああ、これは死ぬかな。
「……ん、お前、どこかで見た顔だな?」
「……っ……そう、ですか?」
そう、唐突に鬼人族の口が開いた。
どこかで会った? 私に鬼人族の知り合いなんてものは――。
「……ああ、お前か」
「……え、あ」
思いだした。私を見下ろしている彼は、以前ブロス先生と出会う前に助けてしまった鬼人族だった。
彼は向けていた握り拳を開いて肩をすくめた。
「俺を助けたことを後悔するな……って、な? 言った通りだろ」
「……思い、ません」
「……は?」
「あの時に助けることが出来たから……」
私は傷みに歪む顔を引きつらせながら、無理して笑ってやった。
「こうして、また再会できたんですから」
この時の私は、素直に彼が生きていたことを喜んでいた。
あれから命を落とさず、この場で再会できたことがこの上なく嬉して、苦痛の中でもつい笑いかけた覚えがある。
「……なんだよ。調子狂う……っ……おい……そこのお前! 羽の生えたお前だよ! こいつの仲間じゃねえのか!? な今俺はこいつを殺そうとしてるんだぞ! なんでこいつを助けないんだよ!」
「俺はそいつの監視役だ。この馬鹿がどこで死のうと関係ない。ここで死ぬようであればそれまでだったってことだ」
ああ、竜人さんらしいなって。
ああ、彼ならきっとそう言いそうだなって。
「……ふふっ」
思わず笑いが漏れた。
彼は今まで私が鬼人族から攻撃されても1度も助けてくれることは無かった。もちろん、私の方でも助けなんて1度も頼んだこともないし、いらない。
彼は私が死のうが生きようがどうでもいい。彼が必要としているのは亜人族の壁としての私だけだ。
私だって同じだ。彼は熊くんたちを守るために必要な力で、私を運んでくれる便利な足程度だ。
お腹から胸にかけて痛みは響くけど、私は力を振り絞って声を出す。
「私の、話を聞いてください」
「……ちっ、またお前は」
「私は、戦争を止めたいんです」
無様にも私は鬼人族の足へとしがみ付き、情けなくも懇願する。
これが私の精一杯だ。振り払おうと鬼人族さんは何度も足を振り上げるけど、私は掴んだ手を離すことはしない。
「……ちっ、興がそがれた。もうお前ら帰れ!」
最後に大振りで蹴り飛ばされた私に彼は言い捨て、村の奥へと兵を率いて戻ってしまった。
どうやら見逃してくれるということらしい。
後には地面に転がる私と木に背を預けていた竜人さんと、いつもの門番だけになった。
門番たちは私たちをちらちらと見て、どうしたものかと困惑しているようだった。
「帰るか」
「……はい」
帰り道、不思議なことに竜人さんは私を両手で抱えて飛びたった。いつもは足にしがみ付けという彼からしたら、私の身体を気遣ってくれたのだろう……多分、平時であったら多少なりとも動揺していただろうね。
親の仇であった彼だけど、異性とこんな間近で触れ合うことなんてそうそうなかった。
しかし、今の私は別のことに気を取られていたため、自分の現在の扱われ方に気が付いていなかった。
話らしい話はしていないというのに、確かな手応えを感じてしまったからだ。
◎
この日から私と鬼人族の大男……鬼人族のお兄さんとの交流は始まった。
交流と言っても最初は殴られる毎日だった。数回は沢山の兵を率いて対面していたけど、日課となった後は鬼人族のお兄さん1人だけ村の外まで来てくれて、私の相手をしてくれるようになった。
「女を殴る趣味はねえ! いい加減にしろ!」
とか。
「もうお前殺すぞ! 来るなって何度言わせれば気が済むんだ!」
なんてことを連日暴力の傍らに言われ続けた。勿論、来るなと言われてやめる私ではない。
お兄さんも死ねとか殺すと口にしても私は殺されることも死ぬこともなかった。
意地の張り合いは何日も何十日も続いたが、どうにか私の悪足掻きの方が勝ったらしく、鬼人族のお兄さんが先に根負けしてくれた。
「あー、もうやめろ! 冥途の土産ってやつだ! 聞いてやるよ! 思う存分言い終わったらさっさと死んでくれ!」
「……いいの?」
「ああ、いい! もううんざりだ! 話し終えたらお前を殺すと俺は決めた! 殺すんだから最後くらい聞いてやるよ!」
じゃあ、と一瞬の間を開けた後、私は口を開いた。
「……私の話を聞いてください」
「だから、聞くって。話したいっていうのはなんだ?」
「戦争を終わらせたいんです」
「それは聞いた。……逆に聞く。どうしてお前はそんな意味のないことをする?」
「争うことに意味がないからです」
「意味があるかどうかは周りが決めることであってお前が決めることじゃない」
「誰も決めないから私が決めました。あなたは知ってますか? 自分たちがどうして争っているか」
「仲間を守るためだ。そして、死んだ仲間の無念を晴らすためにお前らと魔人族と戦っている」
「私も同じです。この戦争が無ければ両親は死にませんでした。だから――」
「……親の無念を晴らすって訳か?」
「違います。両親の死を無駄にしない為にも私は戦争を止めたいんです」
「同じだろ。まったく――」
「話の途中で悪いが、そいつの両親を殺したのは俺だ」
「はあっ!?」
と、割って入ってきた竜人さんの発言に、至極ごもっともと鬼人族のお兄さんは大声を上げて驚いた。
私と、竜人さんと、視線を何度往復して最後にはあ……と意味深な溜息をついた。
「……お前、馬鹿だろう」
「俺も同感だ」
「はい……自分でも、馬鹿だなぁ……思います」
「じゃあ、そんな馬鹿なお前に聞いてやるよ。……お前の意志はあるのか?」
「……え?」
「両親を抜きにしたお前の意志は、お前のやっている行動に込められているのかってことだよ」
「そん……」
言われて、私は答えることが出来なかった。
20年……開始を考えれば40年近く、自分でも頭がおかしくなったと思うくらいこの活動をしてきた。けれど、そこに私の意志があるかどうかと聞かれて、頭を悩ます。
両親を殺されたから。これが始めたきっかけだった。
次、タルナとブロス先生に誓ったから。後はもう走るだけだった。
でも、その後は……。
「ロカ……ロカの為だった」
「ロカ?」
「フォロカミ……私の知り合いの男の子です。彼は肌の色が違うってだけで山奥に幽閉されてて……私はこの戦争が終われば少しは彼の待遇がよくなるかもしれないって……」
「ふーん…………それはお前のコレか?」
鬼人族のお兄さんは自分の小指を立てる。
その仕草が何を表しているのか――少し考えてぼっと頬が熱くなる。
「な、ななっ、なっ、ち、違っ……違う、と思う!」
「違うのか? お前はそのロカってやつのために戦争を止めたいと思っているんじゃないのか?」
「え、はい。そうです……けど。あの……」
「じゃあ、好きなんだろ?」
「……好きと言えば好きです。でも、彼とは何十歳も離れてるし……」
「何十? じゃあ、今お前の年齢は?」
「……え……えっと、う……64……か、5?」
やはり、自分の年齢はあまり答えたくない。
「俺には50年下の妻がいるが、それを聞いてどう思う?」
「……は?」
50歳っ!? そんなの犯罪じゃないの!? ――以前の世界の常識はここでは無意味だ。
「人を好きになるのに、歳は関係ないってことだ。ま、俺の場合は互いの意志は無かったがな」
と、鬼人族のお兄さんはその50歳年下の奥さんについて話してくれた――いわゆる政略結婚とか言うやつだろうか。
鬼人族の間でも勢力争いみたいなものがあって、その地盤固めのためにその奥さんを娶ったと言う。
「そうなんですか……でも、それはあなたの場合であって……私にとって彼は……」
「じれったいな。男女の好きかって聞いてんだよ!」
「ぐっ……」
「ほら、答えろよ」
「いや、だから……」
「いいから!」
なんだこの下世話な人は!
理由は急かされたからか、それとも、煽られたのか。
その後も何度も言い淀むが、鬼人族のお兄さんは何度と急かしてくる。
ついには頭に血が昇った私はプルプルと肩を震わせ、思いの丈を叫んでしまう。
「……っ……そんなのわかりません! 私だってどうして他人にここまでしてるのかってわからないんですよ! これ、言葉にする必要あるんですか!」
思った以上に声が出た。
自分でも驚くくらい、出した自分がびっくりするほど感情の籠った声が出た。
「もう、彼はいないのに……いない相手を好きだとか嫌いだと! 私だってもう本当はどうしてこんなことしてるのかわからないんですよ!」
驚いた反面、出してしまった後にはもう後には戻れない。
私はその後もみっともない大声を上げ続けた。
「ロカのことは好きです! ただこれが異性に対しての思慕かどうかは私自身わからないんです! でも、これだけ思うほどの相手を助けてやりたかったって間違ってますか! 私は……っ……私はロカのためにこの戦争を終わらせたかったんです!」
ぜえぜえと呼吸を荒げて……言ってやったと、きっと鬼人族のお兄さんを睨み付ける。
その後で顔がまるで火で炙られたみたいにぼわっと熱くなる。
「……がはっ!」
「え?」
「がははははははっ!」
「な、何がおかしいですか!」
こちらが羞恥に苦しんでいるいうのに、鬼人族のお兄さんは腹を抱え、その場で転げまわりそうになるほど爆笑し始めた。
この笑い方は、出会った時のブロス先生を思い出すものだった。
「なんだよ。両親が死んだとか意味がないとかクドクドと。あのな。素直に男のためだって言ったほうが断然いいじゃねえか!」
「で、でも! それは今気が付いたことで……もう彼は居なくて……だから……」
これまた言い淀んでいると、村の方から1人の鬼人族が走ってきた。
「……副長! 本陣の総長がお呼びで……!」
「おう、兄貴がか……わかった。直ぐ行く…………たくっ、お前ら! また次来い! それまで冥途の見上げを積み上げてやる」
「え、また来ていいんですか?」
「ああ、もうここまで乗った船だ。くそ……俺も焼きが回ったか……おい、いいか! 逃げるなよ!?」
「逃げませんよ! あなたこそ絶対覚えておいてくださいよ! 私、何度だって、ここに来ますから!」
こうして私とお兄さんとの本当の交流の日々が始まったのだ。
その後も冥途の土産だなんだと言い訳をしながら、彼は私の話を聞いてくれるようになった。
最初はぎくしゃくとして、距離を取りながら。耳を傾けてくれて意見まで言ってくれる。
次第に普通に話せるようになって、地べたに座って向かい合いながら、お互いの主義や主張をぶつけ合うようになって……。
――この人と話していると心が救われていくのを感じていた。
「……わぁったよ。わかった。わかったって……お前の夢ってやつに、俺も乗ってやる」
その後、何日と交流を経て、鬼人族のお兄さんはそう約束をしてくれた。
◎
30年ほどの月日が経った。その間、私は多くの人と話し合うことが出来た。
最初は村の門番さんから始まり、50歳年下だと言っていた鬼人族のお兄さんの奥さん、その村にいる鬼人族たち。更にはお兄さんの手助けで頭にフードを被って飾りの角をつけて村から村へ。別の村の鬼人族の人ともどうにか話を行えるようになった。
人を集めて話をして、否定され、拒絶され、怒りをぶつけられる。
それでも何度も話し合って話し合って……。
死にそうな思いもした。竜人さんも巻き込んで、命からがら逃げ出したことだって何回も合った。だけど、逃げた相手だって何度だって話し合いに行く。
鬼人族のお兄さんを間に挟んで、直接彼の兄である鬼人族の長とも話をすることが出来た。
巡り巡って。
鬼人族のお兄さんたちの力を借りて、魔人族側の人たちとも話をすることが出来た。魔人族側の人と話をするにはやはり数年を必要としたが、今の私にはひと月ふた月と大差はないくらいの感覚だ。
否定もされた。家族を返してと石を投げられることだってあった。怒って殴りかかって来た人もいた。
でも、拒絶される以上に耳を傾けてくれる人もいたことを知れた。
やっぱりこの戦争のあり方というものを疑問に持ってくれる人も多かったのだ。
また、この30年でわたしを助けてくれた熊くんは寿命を迎えてお別れをした悲しみもある。
しかし、彼の意志は息子さんに繋がって私の背を押してくれた。
ぎくしゃくとしながらも私を通して、鬼人族と魔人族の2種族は和解……とは行かないものの、今までとは違った停戦を行えることが出来た。
納得いかない人も多いことは知っている。
私が天人族のスパイで、どこかへ誘導してるのではと疑われていることも知っている。私には帰る居場所は天人族側には無いが、こんなことを言ったところで信じてはもらえないだろう。
その為、あとは態度と結果で示す他にない。
「後はお前のところだな」
「お前の話を聞く分には素直に聞いてもらえるかどうかだが……」
「ええ……」
鬼人族の長と魔人族の長が、天人族との和平会談を要求したとお兄さんから聞いた。
私と鬼人族のお兄さん、竜人さんはあまりいい反応が貰えないだろうなと思っていた――……しかし、ここで天人族側はあっさりと会談を承諾したのだ。
「我々も……話し合いの場を設けたいと考えている」
今まで3竦みの戦いをしてきたうちの2種族が手を組み、横並びで天人族へと侵攻を開始したと思われたのだろうか。
久しぶりに顔を合わせたリウリア長老は私がいることに気が付くなり、わかりやすく睨み付けてきた。
即座に3族による会談は行われ、そして、あっけなくこの長く続いた戦争は終わりを迎えた。
◎
「終わった……」
50年近く行ってきた私の活動がやっと芽を出した瞬間でもある。けれど、達成感というものはいまいち薄いものだった。
「ロカはもういないのに?」
喜んでいいのか悲しんでいいのかはわからない。
しかし、周りは感傷に浸る時間を私に与えてくれない。
私には停戦を行った3族……亜人族を含めたゲイルホリーペに住むすべての種族たちの仲を取り成す橋渡しとしての役割を与えられたのだ。
『……私に1つ提案があります。皆で一緒の場所に居を構えましょう。お互いに近くで見て、近くで感じて、近くで触れて……そうしたら、きっと仲良くなれるはずです』
場所はこの大陸の中心部。
天人族も魔人族も鬼人族も亜人族も、誰もが眺めた大きな木の下に私たちは里を作ることにした。
安易だったが名前は大樹から拝借した。
ユッグジール……と、ここにユッグジールの里が出来たのだった。
◎
鬼人族のお兄さん。彼と言葉を交わせたことは――それはもうとても大きなことだったと思います。いえ、どれが大きいなんて比べることは出来ませんね。
両親の死。ブロス先生と出会えたこと。亜人族の皆さんとの日々。お兄さんと出会い。そして、彼との儚い日々。
私にとってはどれもが大事な奇跡の欠片です。
この欠片が全て集まってこのゲイルホリーペを騒がせていた争いを終わらせることが出来たのだと思います。
ようやく武器を捨てられたあの日のことは忘れもしません。
― 親愛なるタルナへ 第3頁(3/5) ―
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