第149話 決と別―ブランザ17歳―

 目を開けてしまえば、辛い現実が見えてしまう。

 目を閉じていれば、平和だったあの頃のことが浮かんでしまう。


 このまま目を閉じていたい。けれど、ここは開けなければいけない時――私は重い瞼を懸命に開いて現実を直視……いえ、虚ろを直視し、両親2人を探す。

 闇夜に包まれた世界で、ちりちりと燃える草木の明かりだけを頼りに、私の最愛の人たちを手探りで求める。

 身体に纏わり付く馴染みの匂いと感触に身動きを阻害されようとも、私は虚に腕を伸ばす。



(お父さん、お母さん、タルナ、おじさん、おばさん……みんな……)


 どこにいるの?

 どんなに祈りを捧げ、願いを込めても、無駄なことだとはわかっている。それでも手を伸ばさずにはいられない。私の太陽を探し求めるために、と。

 身体が痛い。身体が熱い。身体が……。

 身体に纏わりつくそれから伝う生温い液体が私の身体を濡らしていく。ぴたぴた……と滴る音が聞こえる。


「お父さん……お母さん……」


 火の手が広がる枯れ草に寝ころんだまま、満身創痍の身体で腕を伸ばす――どこにいるの。2人とも、と虚空へと手を伸ばし続ける。

 ……でも、本当はわかっていた。

 タルナたちがどこにいるかはわからないままだったが、私を照ら続けてくれた太陽はとても直ぐ近くにいる。

 身体に纏わりついていた馴染みのものの体温が次第にぬるく、冷えていく。身体に付着した暖かな液体は急激に冷たくなっていく。


 否応にも夢は続く。夢心地だった世界はいつからこんな悪い夢に変わったのだろう。


 ――もう、目を背けることはやめにしよう。


 これは悪夢なの。早く目覚めなければ。

 見つからない偽りの太陽へと手を伸ばすことをやめ、代わりに輝きを失ったふたつの太陽へと、私は……伸ばしていた腕を折って、身体に纏わりついている2人を抱きしめた。

 父は目を開けて私を見ている。母は目を閉じて私の胸の中にいる。


「……あぁ……あぁっ……お父さん……お母さん……っ!」


 空には薄らと陰るおぼろ月が、重なり合うわたしたち3人を盗み見ていた。 





 目を覚ましたのは早朝だった。

 水の臭いが鼻の奥に届いた。頬を濡れ布巾のようなものがなぞった。ちろちろと水の流れる音が聞こえて目を開けた。

 身体は裂いて繋いだぼろ布の包帯でぐるぐるに巻かれている。身体を動かすのも一苦労で、呻き声を上げながらも首だけを動かした。

 

「……あぁ……がっ……っ……」

「……ラン! 気が付いたのね!」

「……タ……ルナ?」


 誰かがいるようだ。目を瞬かせて、定まらない世界にピントを合わせる。

 ぼやけていたものは次第に幼馴染のタルナの顔へと落ち着いた。

 いつもの自信満々で気の強そうな、お姉さんぶったタルナが、泣き顔の癖して穏やかに笑って私を見下ろしている。ぽたりと私の顔にタルナの涙が落ちる。

 温かいしずくだ。


「きれ……な……顔が……だよ」


 綺麗な顔が台無しだよ。そう言ったつもりなのに、乾いた喉では思い通りに言葉は出なかった。

 泣き顔もそうだけど、彼女の顔には包帯が巻かれていた。タルナの美貌が隠されているみたいで私は取り外したい気持ちでいっぱいになる。

 綺麗なタルナの顔を見せて――取り外そうと手を伸ばしたところで、私の手は止まる。

 包帯は赤く滲んでいる。包帯を外そうと伸ばしていた手を彼女の頬へと添えた。まるで鉛が付いているかのように腕は重く、触れるのすら一苦労だった。


「いたく……だいじょう……ぶ?」

「大丈夫って、それはランのことよ! よかった……ランだけでも生き残ってくれてよかった……!」


 私……だけでも?


「おかあ……おとう……さんは?」


 反射的に口にした言葉に、タルナの顔が凍り付いた。

 その反応に「ああ」と頷くこともなかった。「ああ」と嘆くこともなかった。「ああ」とため息をつくわけでもない。

 でも、私の口からは「ああ……」と洩れた。どの「ああ」なのかは自分でもわからなかった。


(知ってた。知ってた。知っていた……)


 私を生み育ててくれた第二の両親は既にいないことを理解していた。この場にではなくこの世界から、だ……言い直す必要も無かったか。

 それ故に、願ってしまう。

 この世界が私の長い長い夢だとしても、夢の中で悪夢を見ているだけなんだと願いたかった。

 でも、私は知っているのだ。

 ここが夢ではなく現実で、私の見たい夢はもうこうして悪夢に変わっているんだ。


 2人は死んだ。私を庇って死んだ。私を最後まで愛して死んだ。


 あの晩、2人の背には釘を大きくしたかのような細長い氷の槍が刺さっていた。釘のような形にした理由はきっと刺した相手を抜けさせない為に、縫い付ける為にそういうみたいな造形にしたのだろう、と勝手に理由を付けた。勝手に理由をつけて、その魔法を使った相手に勝手に嫌悪をする。


「……うぅっ……ぐっ……ううっ……」


 嗚咽が漏れる。私か、タルナか。

 きっと、私だろう。多分、タルナだろう。

 事実を、悪夢を受け止めるには辛すぎる。

 どうしてこんなことになったのか――嗚咽を漏らしながら、私はゆっくりと頭の中で思い返す。





 1度は戦から逃れるために天人族の集まる大きな村へと身を寄せていた私たちであったが、燃え始めた火は年を追うごとに強くなるばかりであった。

 このままではいずれこの村にも飛び火がくる――戦火の拡大に懸念し、疎開をするために他大陸へと逃げようという話が上がった。


「北のコルテオス大陸には他種族が共存して生活を行っている国がある」


 この計画は元々集落で生活を共にしていた13人(そのうちの3人は私ら子)だけで行うという話だった。

 ただし、意見は満場一致なんてことは無くばらばらだった。


 他種族と生活を行うことを是としない大人。逃げれるはずがないとする大人。戦火の中にいるよりはましだと言う大人。是が非でもこの場所から去りたいと言う大人。自分の子が平和な場所にいられるのならと同意する大人……最後は私の父と母だ。


 幾日かの話し合いの末、最終的なメンバーは全員で11人。私と父と母、タルナの家族、他5歳児になる息子を持つ家族に、今回の計画の発端である年長の夫婦だった。

 他種族と共存は出来ないとする残りの2人は残留の意志を告げ、私たちから去っていった。


 最初のうちは順調だった。

 父が他大陸へと商いをしにいく時に利用していた秘密の抜け道を使うことで、他部族との接触を抑えることに成功した。その分、道は険しく人が通るには適さないものだった。

 しかし、私はまるでキャンプでもしているかのように浮かれていた。タルナも同じ気持ちなのか笑っていた。大人たちだけが真剣で、浮かれていた私たち2人は1度強く怒られた覚えがある。

 村を出発し数日は何事も無くて、本当に自分たちは戦時下にいるのかと思ったくらいだ。


 しかし、天人族の領地(ここで領地と言っても目測での曖昧な境界線だ)を越え、鬼人族が闊歩する領地に足を踏み入れたあたりで野営をする私たちへと火球が、水球が、雷撃が、岩石が、魔法が一斉に飛んできたのだ。

 夜の世界でのことだった。代わりで火の番をしようと話し合っていた時に事は起こったのは覚えている。

 抵抗をする間もなく謎の襲撃をこれでもかと受け、今に至る――というところだ。





 その後、私の両親と同じく、タルナの両親も亡くなったことを聞かされた。今回の計画者である年長の夫婦も亡くなったそうだ。

 生き残ったのは私たち2人に、5歳児の息子を持つ夫婦だけだった。奇跡的に私たち5人は大なり小なり怪我を負っても、命に係わるほどの重傷を負うほどでなかった。

 これもまた、運が良いのか悪いのかはわからなかった。


 6人も亡くなった。それとも、5人も生き残った。

 どちらで考えれば気が楽かはわからなかった。


「……ランちゃん! 目を覚ましたのね!」

「良かった……! ランちゃんだけでも助かってくれて本当に良かった……!」

「マヌーシェさん……ラヴァナさん……クレットくんも……!」


 私たちの咽び声を聞き付け、ラヴァナさん夫婦は息子を抱えて顔を出してくれた。

 3人が生きていたことを改めて知って私はまたも声を殺して泣いた。





 怪我の方は1日で癒えたのは驚きだった。

 これも魔法という以前の私には創作のものであり、今では生活の一部になっているほど身近になったものの恩恵だった。

 今までは小さな切り傷や擦り傷程度にしか使ってこなかった治癒魔法は身動きが出来なかった身体をあっさりと復帰させるほどには奇跡を起こしてしまう。

 ただ怪我は治っても疲労だけはどうにもならず、傷を癒した後は体力の回復に身を置いて1日は終わった。


 その次の日からは亡くなった仲間の、両親の埋葬に追われた。

 周りが見えない敵だらけだとしても、私はどうしても両親をきちんと葬ってあげたかった。

 弔ってあげたいと提案をしたのは私だった。そのため、断られても、最悪1人でも――と、タルナも、ラヴァナさんたちも同じ気持ちだったのは嬉しかった。

 しかし、私は気絶していたのでわからなかったが、タルナたちは闇雲に逃げたからと野営地が見つからず、その日1日を使って仲間の遺体を探し回った。日が落ちる前に見つけられたこともまた奇跡だったのかもしれない。

 魔物にも敵にも襲われなくてよかったと思った。

 私たちが、ではない。両親たちが、だ。

 比較的綺麗な死に方をしていたのも救いだった。母は安らかな顔をしていて、寝ているんじゃないかと思わず肩を揺すってしまった。タルナに肩を叩かれて正気に戻るまである。

 でも、見開いたままの父の目が死後硬直かどうか知らないけど、何度も瞼を閉じようとしても開いてしまって……それ以上は私は触れなかった。


 火葬を行った。敵に見つかる可能性なんて全くと考えず、私たちは誰が言うでもなく家族の亡骸に火をともした。その時の2人が燃えていく様子は、あえて、何も言わないことにする。

 タルナもラヴァナさんもマヌーシェさんも、皆が胸に片手を当てて瞑想をする中、私1人だけが以前の世界での作法と、両手を合わせての黙とうを捧げた。

 こんなにも長いこと黙とうをしたのは初めてだった。それだけ2人が私の中で大切なものだったのだろう。今度ばかりは目を瞑り、過去の優しい時間に身を任せた。

 ぽたぽたと涙が流れ、一通り悲しんだ後は思いのほか頭の中はすっきりとしているのを今でも覚えている。もう彼らの死を悲しむことがないくらい。

 やっぱり、私は人でなしかもしれない――でも、1つ言わせてもらえるのであれば、頭の中はすっきりしても胸には深く2人の死が纏わりついたままだった。


 また、長い黙とうの先、両親との別れを忍ぶ傍らで

 最悪の結論を選んだと思う。


 体調は万全……とは言い難く、慣れない野営の上、敵地ということもある。

 誰もが心休まれない状況と食料の問題もあった。近くで魔物を狩るにしても私たちの力である魔法は人目に付く可能性があったため、使うことが出来なかった。魔法が使えない私たちは思った以上に無力だった。


 タルナの顔の怪我も癒えて、以前のままの美貌を保っている。

 でも、私たちは癒えていない。私たちが負った怪我は深刻だった。

 心が痛い。

 私もタルナも大切な家族を失った。心だけは大きく傷痕が開いたままだった。

 その為、このまま村に戻るかどうかの話し合いが誰からともなく始まろうとしていた――のだが。


「あたしは……行くわ。ここでおめおめと村に戻って仲間に笑われるのも嫌だし、親父たちが身体を張ってまであたしを守った意味がないじゃない」


 タルナの宣言に夫婦も二人してそうだと頷いた。


「私たちも無理してでも行くわ。クレットはあの村では生きてはいけない。……最悪を考えれば殺されてしまう」

「例えどちらに転んでも息子が死ぬというのであれば、自分で選んだ道でいきたい」


 2人の息子であるコレットくんは抗魔病と呼ばれる奇病に罹っている。

 今は症状も安定していて、先ほどからおろおろと私たちを心細く見つめているが、もしも発症したら高熱と身体の硬直が起こり……悪く言えば足手まといとなる。そんな彼を受け入れるほどの余裕は、今の天人族にはない。村にいた時は早く楽にしてあげなさい……遠回しに殺してしまえと夫婦は何度と言われていた。

 だからこそ、彼らは今回の疎開に2つ返事で頷いたのだが……夫妻の決心にタルナは満足そうに頷いて私を見た。


「ねえ、ラン? あなたもそう思うでしょう?」

「私は……行かない」


 しかし、私はタルナの言葉には賛同できなかった。

 タルナが気の抜けたような表情を浮かべ、直ぐに眉を吊り上げて私を睨んだ。眉を吊り上げてはいるが、驚き戸惑っている節も感情の隅からうかがえる。

 そういえば、今まで私はタルナの意向に背いたことは無かった。別に言いなりになっていたわけじゃない。高慢に見えるタルナの言うことはどれもが賛成出来ることだったからだ。

 今回だってタルナの言うことは正しいと思う。両親の意志を酌んで私たちだけでも最後までコルテオス大陸へと逃げるべきだとは思う。

 でも、でもね。


「私はやらなきゃいけないことが出来た。だから、タルナたちとは一緒に行けない」

「何を言ってるの? やらなきゃいけないことって何!?」


 タルナの語尾が上ずった。

 訳を尋ねられたので、私は数日前に捧げた黙とうの最中に思いついたことを口にする。


「……戦争を止める」

「ばっ、馬鹿言わないで! 両親が死んで頭がおかしくなっちゃったの?」


 おかしくなったなんて失礼な。だけど、否定も出来ない。

 あれは海外のことだったか――確か東南の方で起こった戦争についてテレビで放送していたことを思い出す。あの時はその報道を見ながらなんで戦争なんてあるんだろうと思ったもんだ。

 思想の違い。宗教の違い。肌の色、人種。色々なことが混ざり合って戦争は起こる。

 ただ、今私たちが巻き込まれている戦争は理由がわからない。

 この身体になって17年、結局この歳になっても私たちが争っている理由は両親からも、周りの大人からも聞くことは無かった。


「ラン、思い直して。今あなたは混乱しているの……そうだ。こんな話はまだするべきじゃなかったわね。一度、休憩して時間を置きましょう」

「ううん。タルナ。聞いて。私は至って正常よ。確かにお母さんもお父さんも死んだことは悲しい――」

「なら、馬鹿なこと言わないでちょうだい!」


 ピシャリ、とタルナは私の言葉を遮る。


「ラン、ふざけてる場合じゃないのよ! 戦争を止める? あなた1人に何が出来るっていうのよ!」

「何が出来るかわからない。でも、何もしないではいられない――ただ、そのって選択肢の中で逃げるってのは選びたくないって思っただけ」

「じゃあ、逃げるあたしは臆病者だって言うの!?」

「そうじゃないわ。……私は、あんなにも優しかった両親がどうしてこんな死に方をしなければならないのか、それが納得できないだけ」

「意味がわからない……ラン、変なこと言わないでよ」

「いいわ、タルナ。少しだけ私の話を訊いて」


 そう言うと、無言のままタルナは頷いてくれる。

 ラヴァナさんもマヌーシェさんたちも、釣られる様にして恐る恐ると頷いてくれた。

 では、と私は続ける。


「……人として生まれたなら、天寿を全うするのが1番いいに決まってる。病気で亡くなるのは悲しい。事故だったとしたらどうしてと後悔が募るけどいずれは仕方なかったと納得するしかない。だけど、だけどさ……他人に殺されるなんて死に方だけは……私は納得できない」

「……何が、言いたいの?」


 黙とうに捧げた自分の意志の言語化がこんなにも難しいとは思わなかった。

 戦争を止めたいと最悪の決断をした私の言葉はこんなものか。


「……私のお母さんとお父さんが、2人が今まで重ねてきた日々の結末はここで殺されるためだったの? 2人はここで殺されるために生まれてきたの? 違う……本来、2人はここで死ぬ必要はなかったんだ」

「……ラン」


 私の名前を呼んでタルナは首を横に振る。それ以上はやめろという意思表示に見えた。

 けれど、私は続けた。

 

「それは他の人にも言えることなの。タルナの両親はこの場で死ぬために生まれてきたの? 違うでしょう? 戦争さえなければ死ぬこともなく、今もあの、小さくも幸せだったあの場所でみんなで笑っていられたかもしれない」

「……もういい。黙って。それにあたしの親父たちを持ち出すのはやめて」

「やめない……だから、私は戦争を止めたい。私たちみたいな悲しい出来事を失くすためになんて綺麗ごとは言わないわ。でも、皆はここで死ぬ運命だった、で私は終わらせたくないの」

「ラン、お願いだからもう何も言わないで……」

「いいえ。タルナ、聞いて。だから、私は、彼らの死を無意味なもので終わらせず、私の行動の――」

「だから……っ……ブランザぁぁぁっ!」


 2つ上のいつも姉だったタルナは私の名を叫ぶと飛び掛かってきた。そして、私を押し倒すと馬乗りになって考え直せと上から叫び付ける。


「あたしの言うことを聞け! いつもみたいにランは素直にあたしの後ろに着いてくればいいの!」

「できない」

「できないじゃない! やれ! ランはいつだってあたしの後ろにいればいい! いつもみたいに背中を押して! そして、あたしが間違った道を選んだら引っ張って戻してよ! なんで、何で今日に限って前に出ようとするの!」


 もう決めたのだ。

 タルナの後に着いていくだけの私はここにはいない。

 私は、タルナの嘆き混じりの説得にも耳を貸さず、途切れた続きの言葉を紡いでいく。


「……彼らの死を無駄にしない為にも――」

 

 きっと、興奮していたんだと思う。

 暴言を投げてくるタルナの目を見つめて声を遮らせ――


「――彼らの死をきっかけとして、私はこの馬鹿げた戦争を止めることにする」


 ――私が彼らに捧げた最悪の選択を唯一残った最愛の家族、タルナへと宣言する。


 言い終わった後のタルナは目を見開いて硬直していた。

 私は言い切ってやったとつまらない満足感に包まれていたことを覚えている。私よりも年下で、2歳上の自慢の姉に自分の意志をはっきりと主張できたことが嬉しかったんだと思う。

 どうだ、タルナ。これが私だ。そうタルナを再度見上げると、彼女はなわなわと唇を震えさせ、顔をくしゃくしゃにして――。


「……っ……親父たちを……死者を理由付けにするな!」


 ――タルナは怒鳴りながら私の頬を強く殴った。





 思えばタルナと袂を分かったあの日が私ブランザ・フルオリフィアとしての分岐点だったのでしょう。

 あの日の決断は自分でも何馬鹿なことをしたんだろうな、と今なら思えます。

 タルナも悲しい思いをしました。私も悲しい思いをしました。

 その時の私はやっぱりどこか気が狂っていたんでしょう。タルナたちと共に逃げていれば……戦時下のどこかの空の下で何度と思いました。

 ただ、私は心のどこかでタルナたちは外の大陸に逃げることは出来ないと思っていました。ごめんなさい。謝ってばかりですね。

 そうそう、ラヴァナさんもマヌーシェさんも今もお元気そうでよかったです。クレットくんはすっかり元気になったと先の手紙に綴られていましたね。

 あの頃はよくわかっていませんでしたが、抗魔病は長期での休養に入らなければならない病気だと聞いています。闘病生活はさぞ大変辛いものだったのでしょう。

 きっと私のことなんて覚えていないかもしれませんが、病状が完治したことを素直に喜ばせてください。


 ― 親愛なるタルナへ 第1頁(3/3) ―

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