第145話 いただきますと召し上がれ

 2つ3つと話を交えた後、僕はレティを残して先にセリスさんの部屋を退室した。

 夕食に誘われたけど、食欲は誰かのせいで無くなってしまったので、このまま自室に籠って寝ることにした。

 アルガラグアまで戻ってくる間は晴やかだったのに、今ではむかむかと曇り空へと変わっている。


『シズクたちはコルテオス大陸に向かうのね? なら、私もご一緒させてもらいます!』

『お、お嬢様、貴女はフォーレ家のご息女なんですよ! その立場をお考えください!』

『では、そのお立場と言うものを考えて、あの方と夫婦になれと? あんな金で女を侍らせる男の元なんて誰が嫁ぐものですか! 流石に、今回の件は私も思うところがあります。当分、実家には帰りません』


 ルフィス様は僕らに着いてくると何度も声を上げていた。ヴァウェヴィさんが必死に説得しても折れることは無い。更には僕に助け舟を寄こしてほしそうだったけど、お生憎とそんな気にはなれない。

 ゼフィリノスに再会したことで穏やかとは真逆の気持ちに埋め尽くされている。

 彼のこともそうだけど、僕のせいで奴隷として買われてしまった名も知らない2人のことも頭から離れない。


(僕のせい? 僕がゼフィリノスを怒らせたからその分のお鉢が2人に……4人に回った? 違う。僕は悪くない。だけど、僕らがいたから? 違うっ、違うよ!)


 傍から見れば僕は随分と思い詰めていたようだ。


「あの……」

「……ん、リコどうしたの?」

「あ、いえ……り、リコね。きょうはラクラさ……ラクラのところにいきま……いくね」

「うん? わかった。迷惑を掛けないようにね」

「……はい」


 いつもとは余所余所しいリコの態度は、きっと僕の気を使ってのことだろう。

 リコには悪いことをしたなと思いながらも部屋の外まで見送った。

 ごめんね。リコ。明日には元に戻ってるから……そう心の中でリコに謝罪をし、部屋の扉を閉めようとして――。


「ししし、シズク! きとぁっ……来たわ!」


 と、今度はレティがリコと入れ違いで現れた。

 風呂上がりなのか、髪が若干湿っていて頬は僅かに紅潮している。

 ああ、やっぱり綺麗だなーって思う。ただ、レティは容姿について褒めるとなんでか嫌がるからそういうことはあまり本人の前では言えない。

 また、以前の彼女も僕はとても大好きだった……って、これも本人の前で言ったら怒られるんだろうな。


「どうしたの?」

「ど、どうしたって、その……約束したじゃん。話がしたいって」

「ああ、そうだったね」

「……ええ、っと、じゃ、じゃあ、今から部屋の中、良い?」

「良いも何も、断らなくていいよー」


 先ほどまでの自分を無かったことにするように、僕は至って平然を保ってレティを招き入れた。もう、ゼフィリノスのことは忘れよう。

 リコみたいにレティには気を遣わせたくなかったしね。

 レティは部屋に入ると僕とリコが使っているベッドに座った。じゃあと、僕は近くの椅子を引いて対面に座ろうとしたんだけど……。


「……ん」

「え? 何?」

「こっちきてよ」

「? わかった」


 ぽんぽんと隣を叩かれたので、それに素直に従うことにする。

 お互い隣同士にベッドに座ってレティの言葉を待った。隣からは石鹸のものか、薄く優しい香りがする。

 どうしたんだろう。

 病み上がりだし、長距離の運転で疲れているだろうから早く寝て休んでほしいと思う。


「シズク……」

「どうしたの?」


 俯いたままこつんと肩が触れ合う。

 触れた肩越しからレティの体温が流れてきて、先ほどまでささくれていた心が安らいでいく。いつまでも肩を触れ合わせていたい。

 レティも同じ気持ちだったらいいな。


「ね、ねえ、シズク!」

「なに?」

「………………わ、たし、を……だ、抱いてください!」

「いいよ。ほら、おいで」


 そんなことなら、と向き合っては両腕を伸ばして彼女を受け入れる体勢を取る。にっこりと笑っていつでも飛び込んでおいでと……レティはとん、と僕の胸に身を任せたので、ゆっくりと力を入れて抱きしめた。

 レティが僕の胸の中に広がっていく。

 なんだろう。今日のレティはいつもと違って大胆だ。普段ならこんなことせがまないのに。でも、こんな一面があるんだなあ、なんて新たな発見に嬉しく思う。

 とても幸せだ。


「……シズク」


 暫く抱きしめ続けていると、腕の中にいる彼女が小刻みに震えた。

 どうしたの……と聞く前に彼女の長い耳の先が真っ赤になっていることに気が付き、同時にレティは顔を上げて僕を睨み付けた。


「……しよう」

「……へ? しようって現に今――」

「エッチしよう」

「は、はあっ!?」


 突然の申し出に思わす裏声じみたものが出る。

 聞き間違いだろうか。


「だから、セックスしようって言ってるの」


 聞き間違いじゃなかった。

 いやいや! だから! え? と、困惑してしまう。


「で、でも、ほら! 僕らキスだってついこの前出来たばっかだし! ま、まだ早いんじゃないかな!」

「付き合ったのはもう……15年は前の話よね」

「そうだけど!」

「だから……っ……ああ、もうじれったい!」


 僕は胸の中にいるレティに強く押されて倒される。

 仰向けに寝かされた僕の上に馬乗りになったレティが見下ろす形になっていた。


「……シズク、わたし本気だよ」

「何、どうし……――っ!」


 言い終わる前にレティの口に塞がれる。唇の裏からレティの歯の感触が伝わるような、無理やり押し付けてくるかのように強いキスだった。

 唇を押し付けられている間、ずっとレティは僕を睨み付けていた。顔を真っ赤にして、眉を吊り上げて、怒っているんじゃないかって思うほどの形相で僕を見ていた。

 青い瞳がころころと揺れる。何度だって僕を引き込むその青に僕は釘付けになる。

 呼吸を忘れるくらい長く続いたキスが終わりを迎えると、レティは身を起こし再度僕を見つめた。


「……抗魔病だと診断されて、わたしの旅はここで終わるんだって思った」

「……抗魔病くらいで大袈裟な」

「ユッグジールでは抗魔病は不治の病だったの! こんな簡単に治るなんて知られてなかった!」

「え……そう、なの?」


 レティはこくんと頷いた。


「一晩さ……泣いて、シズクとは一緒にいられないって、後悔ばかりが溢れてきた。……もう、嫌よ。わたしがわたしだった頃みたいにやりたいことをやらずに終わらせたくないの。わたしは、わたしは君にもっと触れ合いたいって……思ってる。ううん、触れるだけじゃいやだ。もっと、もっと深まりたい。もう、意地になって後悔するのは止めたの!」

「……レティ」

「……嫌、だったらこのままわたしを跳ねのけて。……よかったら、このまま抱きしめてよ」


 息継ぎも無しでの発言からか、深く息を吐いたレティは僕の胸にしな垂れ体を預けて、そっぽを向いた。さらりと青く長い髪が揺れる。

 彼女と触れた胸から鼓動はどんどんと高鳴った。

 僕のだろうか。きっと僕のだろう――このまま強く抱き締めたい。

 彼女を受け入れたい。彼女を抱きたい。彼女と――欲望は僕の中で深く深く膨れ上がっていく。


(……けど、駄目だ)


 このまま身を任せちゃ駄目……そう思った僕は1度は抱きしめて、そのまま彼女の押し退けた。


「…………あ」


 レティが信じられないと顔を強張らせて僕を見た。

 拒絶と受け取ったのか。


「ああ……シズク……シズク……!」


 肩を震わせて、レティはベッドの上で僕を求めるようにの名前を呼びながら泣きだす。

 身体を丸めて、自分を守るみたいに抱きしめて……。

 その姿に以前の彼女を――ルイを思い出す。

 まだ、少女というよりも幼児と言っていい時の彼女のことを思い出した。


「レティ」

「……ごめん。シズクにその気はないのに変な気起こして、なんだか自分が……恥ずかしい」

「違う」


 違う。違うんだ、レティ。

 僕を見て。僕は拒んだんじゃない。


「違わないよ! じゃあ、どうして――」


 レティの上に覆い被さってどうしての続きを口で閉ざせた。唇からレティの喉の震えが伝わってくる。

 拒んだんじゃない――でも、僕は言葉が足りない。

 言いたいことは思いのほか簡単には出てくれない。気持ちだけは前に溢れて、身体が着いていかない。

 キスを終えた後、涙で濡らしたレティの目が何度も瞬いて僕を見た。


「……1目だけでもいいから、もう1度会いたいって思った」

「え?」

「次はまた話がしたい。その次は触れたい」

「……」

「僕は手を繋ぐくらいの触れ合いだけでも満足だった。でも、この前初めてキスをして……それから何度もキスをして、毎回溢れるくらい満たされていたんだ。だから、それ以上なんて考えは……正直に言えばまだずっと先だって思ってた」


 未だ僕はレティからはっきりと好きと言われていない。また、僕だってレティには真剣に好きとは言っていない。

 けれど、言葉にしなくても長い付き合いからお互いに伝わっている……と僕は思っていた。また、どちらが先に好きと言うかの勝負をしているようで、実のところ楽しんでいるところもあった。

 けど、それが失敗だったのかも。

 レティの誘いを拒絶したと思わせてしまったのも今の僕の変な行動のせいだ。


 欲望に身を任せるのは簡単だった。

 だけど、それじゃあ……僕の気が収まらなかった。

 小さな意地みたいなもんだったんだ。レティに先に誘われたことが、なんだか負けたような気がしたんだ。


 姿形は変わってもあの時の彼女がここにいる。でも、あの頃のままなんて存在しないんだ。

 レティはレティになったことで、僕とは別の道を歩んだことで、また新たな彼女へと成長している。僕はどうだろうか。前の僕よりも成長したのだろうか。そのまま? それとも、後退してる?

 レティ教えてよ。


「レティ聞いて。今度は僕から言わせて」

「何を……」

「……」

「……何?」

「え、っと……」


 意地を張ってこんなことになったのに、言葉が詰まる。面と向かって言うには、気恥ずかしくて彼女のように率直な誘い方は口からは出ない。

 そういうことを言えるようになったレティは僕よりも前に進んでいる。やっぱり、僕はまだ未熟なのだろうか。

 何を言えば良い何を言えば……と長くも短い沈黙の中、僕は真っ白になりかけた頭にふと、浮かんだ言葉を口にしていた。


「今……から……レティのこと……食べてもいい?」


 これ、昔もどこかで言った覚えがある。どこで言ったかと思い返せば……昔悪ふざけで同じようなことをルイに向かって言ったんだっけ。

 当然あの時の幼いルイには意味は伝わることはなかった。伝わったらそれはそれで大変だけどさ。

 そして、意味もわからず今僕の下にいる少女の入れ知恵での返答にどぎまぎしてしまったなんてこともあった。

 そして、まったく、どうしてこんな大事な場面でそんなことを言ってしまうのか。なんだか、恰好つかない。言ってから失敗したと思う。

 やっぱり、僕はあの頃から成長していない。


「な、わたしを、食べる?」

「あ、う、うん。いただきます」


 あの頃と違うのは、今僕が口にした言葉をレティが理解しているということくらいか。

 これから僕はレティを、君をいただく――が、さっきまで泣きっ面だったレティの顔がむっと拗ねて、僕の肩を掴んで押し返してくる。


「な、なによぉ……変な言い方して!」


 一瞬にして僕らの位置は逆転し、またもレティは僕の上に跨って僕を見降ろしている。馬鹿力め、と思いながらも怒った顔は、造形は違くとも昔の彼女の拗ねた顔のように見えた。

 自分で流した涙を拭い、ぴっと真下の僕へと指をさす。


「……勘違いしないで! いい! シズクは男でフォークとスプーンよ! で、わたしは女で受け入れる口! なら、食べるのは女であるわたしの方よ!」


 …………へ?

 最初、なんの話をしているかさっぱりわからず呆然としてしまったが、次第にふつふつと笑いが込み上げてくる。


「ぷっ……あ、はははっははっ!」

「な、何笑ってんのよ!」

「いや、ごめん。例えが変でね。そんなことで拗ねたのかなって」

「も――! 先に変なこと言ったのはシズクじゃない! 女にここまで恥かかせるってあんたも対外だわ!」

「ごめんごめん。わかったから……ね」


 僕は片手でレティの頭を引き寄せて目を瞑った。

 下らない意地を張るのはやめにしよう。これで僕らは十分なんだ。

 もう、彼女と一緒になる決心は十分ついた。


 今回のキスにレティの戸惑いを感じることは無かった。目を瞑っていたので僕は彼女の顔は見ていないけど、彼女の唇の感触越しに震えや驚きはない。

 ゆっくりと唇を放して目を開ける。目を瞑る僕とは違って凝視する彼女にふと笑いかける。


「おっぱい触っていいの?」

「い、いいわ! ほんと、君っておっぱい好きよね! ふんだ!」

「否定はしないけど……触るだけじゃ終わらないよ? それ以上のことだってしちゃうんだよ?」

「好きにしたらいい! な、な、なんだった、ったら! シズクの大好きな耳だって好きにしてもいいわ!」

「……ぐっ、いやいや、別に耳にこだわりないって!」

「え……じゃ、じゃあ、触りたく、ない……の?」


 う……。

 僕は無言のままに彼女の耳に両手を差し出し、指でつまんだ。


「ひぅ!」

「ごめん。レティの身体は全部触りたい」

「い、いいわ! 好きにしろ!」

「……怖気づかない?」

「す、するわけないでしょ! 元々わたしから誘ったんだから!」

「なんだかいやらしく聞こえるね」

「ばっ……もう……」


 今度はレティから顔を落として僕の唇を塞ぐ。


「……もう余計なことは言わないでよ」

「……はい、ごめんなさい」


 顔を上げたレティは困ったような顔をして笑う――ふと、ルイの顔がレティと重なる。何、こんな時に思い出しているんだ。

 僕はぎゅっと目を瞑って赤い瞳の彼女を消して、青い瞳の彼女を見つめ直した。

 ここにいるのはレティで、僕が好きなのはレティであることを再度確認……レティはぼくの胸の内も知らずに優しく笑ってくれる。

 もう大丈夫。

 僕は今から――。


「シズク……」

「レティ……」


 ――今から彼女に僕を食べてもらう。


「じゃあ……いただきます……」


 と、レティが言えば。


「どうぞ、召しあがれ」


 と、僕が答え……2人して最後に顔を合わせてくすくすと笑った。


 これから2人だけの長い夜が始まる。

 大切な人に食べてもらえるなら、出来るだけ美味しく食べてもらいたいな――なんて、僕は思った。




 

 酒盛りとセリス嬢を誘ってみちゃー仕事があるからって振られ、ルフィス嬢を誘おうにも、あのおっかない女騎士さんから先に駄目だと振られの2敗の可哀想な俺はスクラくん。

 でも、すっかり酔いの回った頭では振られたことも直ぐに忘れていい気持ち。

 次や次、とふらふらとセリス嬢所有の屋敷を歩きまわり2階へと目指す。

 目的地は当然レーネ! 彼女、おっと彼がおる部屋を目指して俺はゆれる身体をびしばし叩いて前へ進む。まずはレーネを餌にして、メレちゃんを捕まえれば俺の任務は完了じゃ!

 ただ、階段を上がる最中に、俺は1人の女と遭遇した。


「お、良いところに、レー……あれ、もしや、リコちゃん?」

「あ……スクラさん」


 お、久々に見た。大人になったリコちゃん! つまり、レーネの女版じゃ!

 相変わらずすげぇいい女だ。レーネがもしも女であったらここまで色香のある女になるんだろうな、と俺はぐふふと声を上げてしまう。

 この身体が魔法で出来てるっつーんやらは信じられん話よな……階段を降りる足に合わせてたわむ綺麗な赤い髪からこぼれる光を見ちゃえば何も言えんけどよ。

 まあええわ。


「リコちゃん、レーネは部屋におる? あとメレちゃんも。夕方の気晴らしに2人も酒盛りに呼ぼーやって話になってん。まあ、2人飲めんとしても酌くらいさせてやろってな。どや――」

「……すみません。今、2人はとても大切な……ええっと、取り込み中なもので。お邪魔はなさらないで貰ってもいいですか?」

「へ?」


 なんやの?

 あの舌っ足らずなリコちゃんの口からすらすらと言葉が溢れた。


「リコちゃんそんなふうにしゃべれんね」

「今だけですけどね。……そうだ。2人の代わりにがお相手しますよ」

「へ、リコちゃん呑めんの?」

「多分、いけるかと思います。前はいける口でしたから」


 私も彼も?

 今夜のリコちゃんはまっこと不思議じゃね。


「なははっ、変な言い方しよんなー。まあええわ! ほれこっちこっち! お代は気にせんといて! 俺らのおごりじゃ! 任せとき! 3人がおらん時にまたがっぽりと稼がせてもらいましたからの!」


 今までもミラカルドの冒険者ギルドで適当に依頼は受けていたが、3人がいない間にセリス嬢から受けた依頼は特に良い金になった。

 おかげ様で今日は馬鹿みたいに酒を買いこんだわけじゃけえ……流石に3人じゃ飲み切れんかったんよな。

 つーわけで、今回リコちゃんを新たな飲み仲間と引き入れることに大成功! 彼女の背を押してセリス嬢から騒いでもええと許しを貰っとる部屋へと連行する。


「おーお、皆の衆。見てみ! レーネたちゃ無理じゃったけど代わりに特別なお客さん連れてきたで!」

「あー、大人なリコちゃー!」

「……ああ、今は大きくなっているんですね。どうも。リコちゃん」

「ラクラさん、キーワンさん今夜はよろしくお願いしますね」


 と、2人の返しにリコちゃんがぺこりと綺麗にお辞儀をすれば、俺らは一斉に笑うしかない。


「ぶひゃひゃ! なにその話し方。リコちゃんどったのー?」

「ふ、ふふ……すみません。いつもの片言なリコちゃんがすらすらと話しているので、気を害したのであれば……ふ、はは……はははっ!」

「がははっ! なあ、2人とも、特別なお客さんじゃろ!」


 ささ、とリコちゃんの背を押して同じテーブル席に座らせる。

 あらどうも、なんてお礼を言われても違和感さんが俺の腹を何度もど突いてきちゃあ、声を出される。

 すまんすまん、と酔っ払いの戯言じゃとリコちゃんの肩を叩いて酒を配った。


「ほれ、どんどんのみーの」

「ではいただきます……あら、美味しい。アナタ好みの味じゃない――本当だ。酸味の抜けた“びーる”と甘みのある“わいん”で割ったような味だな――リコものみたい!――あら、リコはだめよ。大人になってから――そうだな。リコは駄目だな。なあ君、アルコールの入っていない飲み物はあるかい?」

「だはは、おもろっ! 何1人で盛り上がってん! 酒じゃないのか! あるで! ほら、ちょっと待ってな。ええっと、これ、なんてどうや?」


 テーブルの上に立つ酒瓶の中からお試しにどうぞとかでおまけに貰った果実水の入った瓶を取り出し、別のジョッキに注いでいく。


「うまい! これならリコものんでいいんだ!」


 リコちゃんは2つに分けたジョッキを交互にぐびぐびと飲んでいく。

 おお、すげえ。こんなに酒のめんのか。

 ほれとつまみもどうぞと食べるところを見れば、3種の動きにこれまた笑いが漏れる!

 1つ目はぼそりと小さく手に取って口にして。2つ目はがさりと片手で握れるだけ掴みぃの。最後はいつものリコちゃんっぽく豪快に口の中へと放り込む。


「おお……リコちゃんええ食いっぷりやなぁ」

「……ぐぅ」

「こぉら! キワ! あたしの許しも無く何寝てんねん!」

「んが……あ、すみません……ぐぅ……」

「ぎゃはは! 言ったとたんに寝とる! キワおもしろー!」


 茹で蛸みたいに出来上がってる愚昧は大きな口を開けてほんま情けなだらしない。キワはうっつらうっつらと船を漕いる。

 まったく、我が愚昧よ。そんなんじゃキワの心を掴むことは出来んっつーの。

 で、なんでキワはこんな阿呆なラクがいいのかもわからんわ。

 お互いに好き合っつーのに、2人して隠して馬鹿みたいじゃの。

 口止めされてるちゅうんで言わんし、見ててたのしいのでこれからも言わんがまあええわ。


「どや、リコちゃん、ええ酒やろ! この町にあるあの大きな池の水から作っとるちゅー、なんかよおわからん説明受けたけど、うまいって評判らしい……ん、何固まってんの? どうかしたリコちゃん?」


 2人から視線をリコちゃんに向ければ、何やら彼女はジョッキを片手に顔を真っ赤にし硬直し、それからぶるりと身体を震わせてるんじゃよ。


「……こんな、この身体だとここまで聞こえてくるの――なんだか、複雑な心境だ。こそばゆいな――メレティミいたがってるけどだいじょうぶなのか? ――いいのよ、リコ。大切な痛みなの。ね、あなた――……ノーコメントで――メレティミはへんだな。いたいのがたいせつなのかー?」

「お、なんやなんや1人でぶつくさ言って! 酔ったんか? 顔真っ赤じゃね!」

「え……ええ――ちょっと」


 酔ったことを気にして顔真っ赤で恥ずかしがるなんてウブじゃのお!


「ぎゃはは! ええよええよ! 酔い方は人それぞれじゃ! たのしか! レーネが酒飲んだらそんな風になるんかね! レーネ見てるみたいで面白いわ! まったく、あいつも飲めばええのにな!」


 まだ子供だからってレーネは酒を拒む。

 俺なんかレーネの年にはがばがばのんでたっつーのにな。

 ただ、否定はせんよ。人それぞれ違いがあるからおもしろっつーもんだ!


 その夜はまっこと不思議なもんで、いつも以上に酒瓶の栓を抜いた気がするわ。

 目の前にはリコちゃんしかおらんのに、まるで3人とお話しをしているかのような気分じゃったわ。

 俺もついついいつも以上に羽目を外してたらふく飲んで、キワはともかく、ラクまでもが酔いつぶれるほど酒を飲み合った。


 ただのお……その晩のことは酒が入り過ぎてか、朝を迎えるころには俺も妹も兄弟も、三人ともすっかり何があったか忘れてしもたんじゃけどな。

 気が付けば3人してテーブルに突っ伏して朝になっておったわ。

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