第144話 元・ご主人様
――シーズークくーん! あーそー!
「……ぼっ!」
「ぎゃぁぁぁ! な、何……ってベレクトかあ」
「なあに、シズクへんなこえだしてぇぇぇ……リコまだねむい……」
昨日に引き続きベレクトの襲撃にあった。
今回も無断で部屋に入ってきては、僕の寝ているベッドを叩く。おまけに最初の掛け声付きだ。
不意の登場に今まで抱きしめていたリコを突き飛ばしてしまい、こてん、とベッドから転げ落ちそうになったところをすかさず足で掴み寄せた……セーフ。
「おはよう! シズク! 今日もいい天気だぞー!」
「うん、だね。おはよう……で、こんな朝っぱらから遊ぶの?」
「おう! ……あ、違う! 今日は一緒に朝の鍛錬のお誘いだ!」
「鍛錬?」
「……はあ……リコはねてるぅ……」
そういうわけで、僕はベレクトの“朝の鍛錬”とやらに半ば強制での参加となった。
最初はジョギングから始まり、アルガラグアを囲う外壁を2週。続いて石のこん棒を使った素振り200回。最後にベレクトが自作したという大きな岩々の上をぴょんぴょんと飛び跳ねて準備運動は終わる。
「……けっ……けっこう、キッツ……」
起きたばかりだからと言い訳にしても、僕はベレクトの後を着いていくのも精一杯だった。そんな中で彼は息ひとつ乱れていない。毎日やっていると言うなら流石と言う他に無い。
押しに負けて参加した鍛錬であったけど、心地よい疲労だ。久しぶりに野球部の朝練に参加したかのような充実感すら感じてしまう。
「はあはあ……これを続ければ、多少は男らしくなれるかな。もう少し筋肉をつければ女だって間違えらえることなんて無くなるだろうし……」
「ほう、シズクくんは筋力をつけたかったのか。…………えー、そんな君に1つ言わなきゃいけないことがある」
「え……何?」
「実は今の準備運動を含めて、肉体の鍛錬だけど」
「うん?」
「おれら魔石生まれには……」
「魔石生まれには……?」
たっぷりとベレクトは溜めに溜めて言う。
「意味が、無い!」
ベレクトはにこりと笑い、僕も少し遅れて同じ様に笑い返した。
「……ほんとうに?」
「ああ、おれ自身が証明だ! 昔から同じことを繰り返してるけど、身体はなーんの変化も起こらなかった!」
「……」
胸を張り堂々とするベレクトと僕の間に冷たい風が吹いた気がした。
今の運動。
全部が、無意味!
「おつかれ……朝ごはん食べてくる」
「ま、まった! まって! 意味が無いっていうのは嘘! 嘘じゃないけど嘘!」
踵を返してアルガラグアへと戻ろうとする僕。
待ってくれと僕の腕を掴んで引っ張るベレクト。
「ぐぬぬ……かーえーるー!」
「にぎぎ……いーやーだー!」
「……2人して何してんのよ」
「「!!」」
振ってきた声に僕らは引っ張り合いをやめて顔を上げる。
見上げた先、アルガラグアを囲う外壁の上に眉をひそめてこちらを伺うレティの姿があった。
「あ、レティ!」
「おはよー! おっ……お、メレティミ……!」
ぎっとレティがベレクトを睨み付け「……おはよ」と若干不機嫌に挨拶をする。多分「おっ」の後に続くはずだった言葉に腹を立てたんだと思う。僕にはわかった。昨日までのベレクトを見てれば誰だってわかる。
僕はベレクトの発言を聞かなかったことにしてレティに近づいた。レティもひょいと壁から飛び降りて、僕の前に着地をする。
「シズク……おはよ」
「うん、おはよう。もう外に出てもいいの?」
「大丈夫。昨日だってタルナさんが安静にって言うから仕方なくベッドに縛りつけられてたもんだし……それで、2人は何してたの?」
それなら、と僕はベレクトに誘われて朝の“軽い運動”を行っていたことをレティに説明した。
「へえ……わたしも参加したいな。丸1日寝たっきりだったから身体を動かしたかったの。いいかな?」
「もちろん! 大歓迎だ! な、シズク! な!」
「はあ……わかりましたよ。続ければいいんでしょ。でも、レティは無茶しないでね?」
「心配しすぎだって。もうピンピンだからさ」
レティがしたいというので、渋々と僕もまたベレクトの鍛錬に付き合うことにした。
鍛錬を始める前にと僕らはベレクトの講習とやらを聞くことになった。
「きっとおれらは普通の人みたいに鍛えたところで筋力も付かなければ持久力も上がらない」
どんなに鍛えても僕らの身体には目に見える成果は現れないとベレクトは言う。それは本人自ら実証済だそうで、その証拠とベレクトは服を捲ってお腹を見せてくる。
「……シズクとやった準備運動を毎日やってこれだからな」
「……ああ、うん。信じないとは言ってないよ」
「……つるつるね」
僕らの前にはほっこりとしたお腹が晒される。レティがつるつると言ったのも頷ける話で、垂直に近い曲線を描いた腹部には凹凸というものは一切見えない。多少の程度はあれど、僕の今のお腹とそっくりだ。シックスパックとは程遠い存在だ。
「その理由はきっとおれらの身体が普通じゃないから……そうだ! ふっふっふ! 知ってるか? おれら魔石生まれの身体は魔力で出来ているんだぞ! …………え? 知ってる? じゃあいいや。おれらの身体は魔力で出来ているっつーことで……」
僕らの身体は魔力で出来ている。僕もレティも、そしてベレクトも。
同じ魔石埋まれの僕らの身体は年相応の、下手したらそれ以下の運動能力しかない。大人たちと張り合えていたのは、常に強化魔法を使って足りない部分は補っていたこともある。
僕らも普通の人と同じトレーニングをしても身体を鍛えることが出来ない。じゃあ、どうしたらいいかっていうと。
「身体の中を鍛えるんだ!」
「え?」
「ん?」
ベレクトの説明によれば、僕らの身体は内と外でと常に魔力が循環しているそうだ。その循環のする流れ道を鍛え、広げることで僕らの身体能力は比較的向上するというらしい。
ちなみに筋力を上げる火の活性魔法や素早く動ける雷の瞬動魔法といった強化魔法も、この通路を無理やり広げているということを改めて知った。
また、体内の魔力の流れを今以上に操作すれば……。
「おれみたいに大きくなったり小さくなったりできるようになる!」
「へえ……」
ただし、小さくなるってことは魔力の通路もその分縮んでしまうので身体能力は下がるというデメリットも存在するということだ。
「ま、おれが小さくなっている理由は元の大きな身体の方が有名になり過ぎちゃってるからだけどな! 子供の姿だとすんなりと敵も戦ってくれるし、力も半減されて自分より格下でも十分楽しんで戦えるのだ!」
自分の身体がどれだけ鍛えられたを確認する1番の方法が、先ほど僕とベレクトが行った一連の運動だという。僕らも魔力の通路を鍛えれば、今の能力の下がった小ベレクトみたいに息を切らさずにこなせるようになる。
「2人はおれと違って本来の魂が入っていない。おかげで噛み合わない差異が身体とのズレを生じさせる。日常生活を送る分にはまったくと支障は無いけども、おれみたいのと戦った時みたいにきっと致命的な欠点になると思う。今回教えることを続けたらきっと多少の穴は埋めれると思うぞ!」
…………。
「あれ、なんかベレクトが賢く見える」
「奇遇ね。わたしも誰にでも襲いかかるエロ鬼人族くらいにしか思ってなかったわ」
「ごほん、今は真面目ベレクトだぞ! 確かにエロいことは好きだけど、横道に逸らさないように!」
「はい」
「ふん」
「じゃあ、次! やり方だけど……水の硬化魔法は勿論覚えているよな? ああ、よしよし。じゃあ、いつも通りに皮膚に薄く張って……その上から魔力を流し込む。魔法を発動する感覚でなぞって――」
実際にベレクトを真似して自分の腕をなぞっていく。
なんだかマッサージをしているみたいだ。最初はただ擦っているだけだったが、次第に摩った腕の奥が熱くなっていくのを感じる。
「魔法を発動しながら魔力を流すことで刺激させるんだ。慣れていけば触れずとも刺激できるようになる。……そういえば、おれは面倒だったからやらなかったけど、魔法を使った後に瞑想をするといいって聞いたな。おれは面倒だからやらなかったけど!」
「ああ、わたしも魔法の授業の終わりに瞑想をしてたわ」
他にも自身の魔力だけではなく、他者からの魔力を受け取ることでも鍛えることが出来るそうだ。他人から注がれる魔力が強ければ強い程、短期間での強化も見込めるらしい。
その後、ベレクトに言われた通り魔力の通路を刺激したり、先ほどの準備運動をまたやり直したり……。
更にベレクトは本当の闇魔法を見せてくれたりもした。
「あまり、人には使いたくない魔法だよ。今回だってそんなふうに見せたけど、わかるだろ? もっとエグく出来るんだ」
「……これ、どうやって防ぐんだろ」
「やっぱり、見ないが正解かな……」
「他にも闇魔法はあるみたいだけど、おれはこの1つしか知らない。そもそも闇魔法を使えたのがあのジジイだけだったし……と、そろそろ朝飯に行こうぜ! 思ったよりも時間くっちまった!」
急げーと、ベレクトは先に走っていってしまい、僕らは苦笑しながら彼を追いかけた。
◎
途中、部屋に戻ってリコを拾い、4人で一緒に朝食を摂る。
その後も鍛錬を再開しようと思ったけど、ふとセリスさんとのお使いを思いだし、最後に皆で素材回収がてらにアルガラグアを観光することにした。
リコとは2日前にも回ったけど、今回はベレクトと言う現地のガイドさん付きだ。
ただし。
あそこの家のごはんが美味しいとか。
あっちの魔人族のねえちゃんが綺麗とか。
あっちの亜人族の猫さんは酔っ払ってタルナさんの家の屋上で寝てたとか。
町の人に余計なことまで言うなって怒られたりとか……ガイドとしてベレクトは役に立たなかった。
「実はオフクロは魔石だった頃のおれを引き取ってくれた里親なんだ。本当の母親は寿命で俺が生まれる前にぽっくり逝っちまったってさ。まあ、いい話じゃないけど、オヤジになる男を憎むあまりおれを作ったって聞いたことがある。オヤジのことは名前以外、どんなやつかは知らないままさ」
町を回っている途中、まるで世間話をするかのようにベレクトが自身の出生について教えてくれた。
どう反応するべきか迷いはしたけど、ベレクトはにっこりと笑って「オフクロはおれに笑ってくれるんだ。知らない母親より笑ってくれるオフクロでおれは十分だ!」って言うんだから「そっか」と素直に笑って答えることが出来た。
そんな重い話も含め、やっぱりどうでもいい町の案内を聞きながら、セリスさんが注文をしていた鍛冶屋さんへと向かった。
お店の中にいたドワーフさんから受け取ったものは細い針金の束だった。
「これ一体何に使うんだ?」
「さあ、僕にもさっぱり……」
「……あ」
「レティはわかったの?」
「まあ、なんとなく」
針金なんて何に使うんだろ。
ドワーフさんには絶対に何も言わずに受け取れとしかセリスさんには聞いてない。
「わたしの予想通りなら、この針金の使い道を彼らが知ったら怒るかもしれないわね……」
◎
半ば強引なベレクトのお誘いはその次の日も続き、彼に付き合えばあっという間に時間は過ぎた。
そうして、瞬く間にアルガラグアでの日々は終わり、皆に見送られる形で僕らはこの場を後にした。
またすぐに戻ってくるため、別れの寂しさは湧いてこない。
「じゃあ、お使いが済んだらまた戻ってきます」
「次はコルテオス大陸ね」
タルナさんとベレクトに見送られる形でバイクに跨り、僕らはアルガラグアを出発をする。
「おれも、行きたいな……」
「あ? 馬鹿息子がどこに行きたいって?」
「うん、おれもシズクたちといっしょに冒険に出るぞー!」
「はあ、何言ってんのよ! 常識の無いあんたが外に出て生きて行けるわけないじゃない!」
なんて最後にタルナさんとベレクトで一悶着が合ったけど、僕らはその後の顛末を見届ける前にお暇することにした。
◎
4日ぶりにミラカルドに戻ってきた。
町の外でバイクを降り、3人歩いてセリスさんの屋敷へと向かう。
「お疲れ様。僕が運転代われればよかったんだけどね」
「いいわよ。これくらいお安い御用……てか、シズクに運転させたら3人乗りなんて危なっかしくて任せられないわよ」
「……そりゃ、転ぶだろうけどさ」
むぅと頬を膨らませて僕はリコの手を引いて先を行く。直線を運転するくらいならできるんだ。だけど、でこぼこの道に気を取られすぎちゃって速度は出ないし転倒の可能性は高い。
長距離のバイク運転は僕には向いてない……ん?
セリスさんの屋敷の方からいつもの作業音とは違った喧騒が耳に届いてくる。
目を細めて遠くを見れば、屋敷の真ん前で男女が言い争っているようだった。
「何かしら?」
「さあ……」
「……リコ、しってるにおいだ」
不穏な気配を察しながらも僕たちは彼ら――ルフィス様たちへと近づいていった。
「……僕もこの町に用があっただけさ。だから、許嫁がこの町に来てるなんて知らなかったんだよ」
「婚約なんて私は結んだ覚えはありませんわ?」
「ベルレイン様とは話はついている。嘘だと思うなら直接本人に聞けばいい。いいから、ルフィスはさっさと飛空騎士団団長の僕の元に来ればいいんだよ」
「はっ、おふざけは騎士ごっこだけにしてほしいものね」
言い争っている男はどうやらルフィス様の知り合いらしい。茶色の髪をした背の高い男だ。こちらに背を向けていて顔はわからない。
僕らの姿を視線に入れたのか、気を張っていたルフィス様がほっと表情を崩し、つられて茶髪の男がこちらを振り向いた。
男は僕を見てはっとする。無論、僕もその見覚えのある顔に――いや、見覚えなんて曖昧なものじゃない。忘れるものか。
「お前…………まさか、シズクか!」
「……ゼフィリノスっ!」
ルフィス様と言い争っていたのは僕とルイを購入した元ご主人様であるゼフィリノス・グラフェインだった。
あの頃よりも背はしっかりと伸びて、身体もがっしりと角ばっている。顔立ちも頬のこけが目立つが、彼の父であるオーキシュ様にそっくり。真っ白なシャツの上に黒いマントをなびかせて、手には長く先端に宝石のついた見るからに立派な杖を携えていた。
また、彼の背後には2人の少女が控えている。
長い青髪の女の子に、長い黒髪の……あれ、この子、男だ。その子は以前会ったミケくんとは違い、普通の男の子の顔をしている。
少女と見間違えた理由は2人とも同じ衣装を着ていたからだ。メイド服……僕らが以前着ていたよりも肌の露出は多く、スカートの膝丈が異様に短い、フレンチメイド服と呼ばれるものを彼らはお揃いで身に着けていた。
「何でお前がここに……っ……そ、そこにいるのはルイか? ルイなんだな!」
「……っ!」
ゼフィリノスはレティに飛び掛かるかのように駆け寄ってくる。
でも、僕がそんなことさせるとでも? 彼の行く手を遮るように、僕はレティを背中に隠した。
「邪魔だ! どけ! 命令だ!」
「なんで僕がお前の命令を聞かないといけないの? 彼女に近づくな」
「……口の聞き方がなってないなあ。俺はお前のご主人様だろ!?」
「元、ね。僕が奴隷だったのはずっと前の話だってこと忘れないでよ。……ちなみに僕は1度だってお前をご主人様だなんて思ったことは無いけどね」
「ああっ! だから、口の聞き方に気をつけろっていってんのがわかんねえのかよ! いいからさっさとどけ! 俺のルイがそこに……そこにいるんだよお!」
睨み合い、いつ手が出てもおかしくない空気が流れる。僕もこいつも。
またあの日のように殴ることが出来たらどれだけスカッとするか……むしろ、僕から手を出してもいいじゃないかとすら思う。
ただ、僕が前に手を出すよりも先に背後より肩を叩かれた。
「シズクもういいわ……どいて」
「レティ、でも」
「いいから……!」
僕の肩を強く握って押しのけ、レティはどしどしと足音を鳴らしてゼフィリノスの前に立つ。
「ああ、ルイ……僕だよ。お前のご主人様だったゼフィリノスだよ。以前よりも綺麗に……それに胸だってそんなに大きくなって……どうしたんだい? そんな怖い顔をして? あの日のことは僕は水に流している。恐れることは無いんだ」
「……わたしはルイじゃないわ。間違えないで貰える? ゼフィリノス様」
「はは、またそんな見え透いた嘘をついて。君がルイじゃないのなら誰だって言うんだい? 僕が見間違えるわけが――あん? ……わたしっ!? おい、ルイ! なぜぼくと言わない! お前のぼくっ娘はどこにいった……まさか、お前か! シズクお前がルイを奪っ――……ぐえっ!」
蛙の鳴き声みたいな悲鳴を上げてゼフィリノスがその場に転がる。それもレティの右拳があいつの頬を思いっきり振り抜いたからだ。
レティが羨ましい。
「ふう……1発殴ったら思いのほかすっきりした。……もういいわ。2人とも屋敷に行こう」
「あ、うん……いいな。僕も殴りたかった」
「リコも!」
倒れたゼフィリノスの横を通り過ぎ、僕ら3人は何事もなかったかのように屋敷へと足を向ける。その先でルフィス様とヴァウェヴィさんが呆然としながら僕らを見ていたので手を振った。
「ルフィスさん、今帰りました」
「セリスさん中にいる? 早く受け取った荷物を渡したいんだけど」
「え、ええ……今も仕事場に籠ってらっしゃいますが……」
「そう? じゃあ、2人とも行くわよ」
と、レティを先頭に正門を開けて屋敷に戻ろうとしたんだけど……。
「ふ、ふざけるなっ、なんだ突然殴ってきて! お前なんかルイじゃない! 俺のルイをどこにやったんだよ!」
まあ、当然。このまま終わらせてはくれないか。
はあとため息をつきながら僕らは向き合う。じゃあ、どう追い払えばいいかな、と……。
「なんやなんや。レーネ。やーっと帰ってきたと思たら、おもしろーな展開に巻き込まれておるようじゃのお?」
「喧嘩ですか。まったく、もうすぐ夜が訪れると言うに。一体何が原因で?」
「3人ともおかえりーで、その人ら誰? ……ほほう、ちょっとええ男やん。ま、あたしの好みやないけどなー」
と、この場の空気に不釣り合いと陽気な3人組が両手いっぱいに酒瓶と食材を抱えて登場した。
今夜もまた酒盛りをするんだろうな……。
「あ? 誰だ? 部外者が口を挟んじゃねえよ」
「は? 誰だってこっちーの話じゃ。人様の家の前で馬鹿みたいに大声あげて近所迷惑っつーのがわからんのかい! このど阿呆が!」
「阿呆!? お前、誰にものを言ってるんだ! 俺は飛空騎士団の団長様だぞっ!」
飛空騎士団?
僕もリコもレティも顔を合わせて首を傾げる。
「……何やそれ。聞いたことあらへん」
「おにいは俗世とは疎いからしゃないわ。酒と女と金の話以外でお耳さんが聞くとは思えへん」
「なんやと! じゃあ、ラクはしっとんのかい!」
「はあ、こんな見た目だけの屑なんてあたしが知るわけないやろ! 堪忍してや!」
「まあまあ、おふたりとも。彼はゼフィリノス・グラフェインさん。飛空艇での移動を可能にした最速の騎士団の団長ですね」
と、兄妹の間に入って宥めつつキーワンさんはゼフィリノスのことを教えてくれた。
「ほぉ、お前は俺のことを知っているんだな」
「以前、私も王立学校に在学していた時期があります。まあ、あなたと入れ替わるように除籍して学び舎を去りましたが、グラフェインの嫡男が来ると、入学前からよく噂になっていましたよ」
何かを思い出すかのようにキーワンさんは苦笑しつつ続けた。
「あなたの噂は学校を離れた後でも良くも悪くも耳にしました。在学中に騎士団を結成した学生がいると……構成されている団員の大半は奴隷だとも、ね」
奴隷っ!?
キーワンさんの説明の最後に出てきた単語に僕は反応する。
「……っ! お前、本当か!」
僕の怒気に反応してゼフィリノスは愉快そうに笑みを浮かべる。
「ああ、本当だとも。俺には親父たちが残してくれた大量の遺産があるからな。各地の奴隷商から使えるやつを片っ端から買い取って契約してやったよ。今じゃ俺の命令を忠実に守る最高の兵士たちだ」
ちなみに、と。
ゼフィリノスの身を案じる2人の肩を掴んで僕らの前に突き出した。
「こいつらも奴隷だ。お前とルイの代理のな。苦労したんだぜ……青髪の子供は中々売って無くてな……妥協の末こんなやつしかいなかったけどよ」
2人の奥でいやらしい笑みを浮かべる。
「……まさか、僕らにしてたことをこの子たちにも強いてんじゃないだろうな……!」
「くくく、お前にしたことなんて忘れちまったよ。こいつなんてもう3人目だ」
ゼフィリノスは黒髪の少年の髪の毛を掴んで顔を上げさせる。少年の顔が苦悶に歪むが声も上げずに痛みに耐えているようだった。
「3人目って……2人はどうしたんだよ」
「……さあね?」
「お前っ!」
もう、我慢できない。
今すぐにでもまたあの日のように殴ってやる、足を前に出した。
「おい、人が仕事に追われている中で、なあに家の前で喚き散らしてだよ!」
そんな時、屋敷からセリスさんが大声を上げて姿を見せたことで僕の次の足は止まった。
「お前さっきからうるさいんだよ! 大の男がぴーぴーぐちぐちと! その上、私の前でよくもまあ奴隷なんて言葉を吐いたな! この屑が! さっさと失せろ!」
「なんだと――ちっ……女王様ご執心の仕立て屋セリスか。……ふん、まあいい。ルフィス。我儘を言ってないでさっさとおうちに戻りなさい。未来の旦那様の命令だぞ」
高笑いをしてゼフィリノスは去っていった。
レティに殴られた頬が腫れ上がっていたため、なんだか強がっているようにしか見えなかったけど……黒髪の少年が去り際にゼフィリノスに蹴られていたことだけが気がかりでもある。
だけど、今の僕には何もしてあげられない。
不満を残しつつも僕らはセリスさんを先頭に屋敷に戻ろうとした時、1人ルフィス様だけがその場に立ち尽くしていた。
「……もう、我慢できないわ」
ルフィス様が身体を震わせながら、呟く。
そして、言い放つ。
「私もあなた方と共に旅に出ます!」
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