第139話 鬼人との戦い
呪文を省略する方法があることは知っている。けれど、それらしい行動をベレクトは取っていない。魔道具だって持っていない。
安易な発想だけど、ベレクトが放った雷の範囲魔法は無詠唱のものだ。
「レティは絶対手を出さないでね」
「出すなって……あんた1人で行くつもりなの?」
「行かなきゃ、男じゃないでしょ!」
「男って言ってられる場面じゃないでしょうよ……」
手を出すなと言われたけど、元々わたしは出す気は一切なかった。でも、やめておいた方が良いんじゃないの……とは言えない雰囲気だ。
「仕切り直し! おれの名はベレクト! アルガラグアの防人だ! おねえちゃんの名前、教えてよ!」
「……僕の名前? えっと、僕の名前はシズク・レーネ。特に何も無いよ」
「そっか、シズクか! おれは強いやつと戦いたい! 正直、防人とかどうでもいい!」
「僕は……殴りたい。レティに僕の断りも無く触ったことを後悔させる!」
今までわたしもシズクも無詠唱は大きなアドバンテージだった。
しかし、今、ベレクトも無詠唱を行えることを知る……自分らよりも若く見える癖に、彼は彼で実力者なのだろう。
口では殴りたいと言うシズクも彼が挙動無しで雷を発現させたことを警戒してか、足取りは重たそうだった。
ベレクトがどう出るか、見計らっているのかもしれない。
頭に血が昇っていてもちゃんと冷静さを持ち、前へ前へと飛びだしたい気持ちを我慢して留めているのだろう――って、あ。
「行くよ!」
「来い!」
前言撤回、考えなしの馬鹿。
雷の瞬動魔法を使ってグン、とシズクが一瞬にしてベレクトとの距離を詰める――が、シズクはベレクトがいた場所に拳を突き出したまま硬直していた。
そう、突き出した拳の先にベレクトはいない。
じゃあ、ベレクトはどこへ言ったというと、驚き顔のシズクの真横に移動して感心したかのように頷いている。
「――あれ?」
「おお、はっやいな! その歳でそれだけ動けたら大したもんだ。しかも無詠唱での強化魔法なんておれ以外で初めて見た!」
「やっぱり、君も無詠唱で行けるんだ!」
シズクが続いて足を振り上げハイキックに入るが、ベレクトも動きに合わせて蹴りを打ち込む。
互いの足が交差した……って、なんだ。アクション映画っぽいな。
「痛っ!」
ここで悲鳴を上げたのはシズク1人だけだ。ぶつけ合った足を庇うように手を当てながら、片足でケンケンと飛び跳ねベレクトから距離を取る。一呼吸の後にシズクは前にまたも飛び出る――次はこちらの番だと、バリバリと鳴き喚く雷の塊がベレクトの左手に集まり、突進状態のシズクへと投げ出される。
「えいやっ!」
「あぶなっ!」
放たれた雷撃を、シズクは咄嗟に横に飛退き回避にする。
息をつかせぬ間も与えないとばかりに、またもベレクトが雷魔法を放とうとする素振りを見せる。左手に発光する雷の蔓は今か今かと飛びだす出番を待っているかのようだった。
シズクは標準を定められないようにか、彼の周りを旋回しながら距離を取ろうと高速で移動する。が、直ぐにベレクトは先回りしてシズクの前に立ち塞がった。
何度もシズクは距離を取ろうとジグザグに動き回るが、その動き1つ1つに並走するかのようにベレクトは着いていっている。
シズクは手の平を掲げて近距離から火炎を放つけど、ベレクトは簡単に避けてしまう。
「はは、おもしろー! 魔法の方もとうぜん使える! いいな! おれと同じやつと戦えるのも初めてだ! お前もやっぱりあれなのか!」
「あれ? あれって何さ! 突然変なこと言わないで、よ!」
話途中でもシズクは水球を無数に生み出してベレクトへと放った。水球は射出されている合間に氷結し、氷柱と化してベレクトへと向かうが、彼は笑って避けるだけだ。
「おねえちゃん、シズクも魔石生まれだろ!」
「……っ!」
「おりゃー!」
発言と同時にベレクトは加速。距離を詰めてシズクへと大きく跳び蹴りを放つ。シズクのお腹へと、勢いのついた蹴りが吸い込まれるかのように刺さった。
「ぐがっ!」
「シズク!」
「おーし!」
まともに蹴りを受けてしまったシズクは吹き飛ばされ、何度も地面を跳ねては転がり続ける。
直ぐに起きようとするも、顔を歪めてシズクはもだえ苦しんでいる。
「……来るな!」
「……っ! 来るなってあんたすっごい痛そうな顔してるじゃない!」
「こんなの痛くない!」
「も――……何意地はってんのよー!」
駆け寄ろうとしたわたしにシズクは待ったの声を掛ける。何にこだわっているのか知らないけど、今の蹴りは下手したら死んでしまうほどの危ない入り方をした。
よろよろと立ち上がるシズクに向かいベレクトは追い打ちと雷魔法を放つ。シズクは驚きつつも、前回りで回避。シズクは左手に薄緑の光を宿し、自分のお腹に手を当てて治癒魔法を施しながらも前を向き続けた。
「だらしないぞ! おれを殴るんじゃないのか!」
「……うるさいっ」
「ほら、次行くぞ!」
「くぅっ……リコっ!」
「え、リコのことよんだ? なに、シズ――」
リコちゃんは呼ばれた途端、光となってシズクへと吸い込まれていった。次には彼の身体の周りにクレストライオンだった時のリコちゃんの身体を模したものに覆われている。
(何よ。人には手を出すなっていった癖してリコちゃんの力は借りるつもりなの!?)
流石にイラッとしたけど、シズクの窮地である以上変な横槍はやめておいたけどさ。
背中からは太く強靭な白いライオンの前足が。シズクの足には真っ白でしなやかな後ろ足に覆われている。背中から頭上へと赤く燃え盛るたてがみが波を打ち、獰猛なライオンのような顔がシズクの頭にずんと置かれている。
シズクの頭の上でライオンが……リコちゃんの目がわたしを見た。困ったような目をしている。
「なんだそれ! ははっ、身体に燃える獣を纏ったり不思議な奴だ!」
またも放たれる雷を避けようとシズクが直ぐに後ろへと距離を取るけど、ベレクトも雷を落としてすぐに前に出た。
リコちゃんを纏っても行動はやっぱりベレクトの方が早い。
ジャブジャブジャブ。ベレクトの振り上げた左の拳による乱打がシズクへと向かう。
受けるのはシズクの背中から生やしたリコちゃんの腕だ。リコちゃんの両腕が高速で動き、ベレクトの拳を受け止め続ける。
(……やっぱり、この人強い)
シズクは気が付いているんだろうか。ベレクトに手加減をされていることに。
この人は左手しか使ってないんだ。右手は使わないと言わんばかりに背中に手を当てて仕舞われている。フェンシングの構えみたいだ。
「くっ! このっ!」
攻撃を浴びていたシズクが右足を蹴り上げ、ベレクトは余裕で避けて後ろに下がるように跳躍し――その瞬間にシズクは前に出た。
右腕を振り上げ、まだ空中に滞在しているベレクトへと殴りかかろうとして。
「おい、ちょっと待った! なんか変だな」
「……っ……何が?」
ベレクトの待ったの声と伸ばされた手の平を合図に、シズクの振り上げた拳が突然止まる。
もう、何素直に相手の言うこと聞いてんのよ。そのまま殴ってしまえばいいのに。
「今の俺のパンチ。全部受け止めたな」
「う、うん? だね」
「なんで今のは受け止められてキックはノーガードで直撃したんだ?」
「えっと、見えなかったから?」
「見えなかった? んー……じゃあ、ちょっとこれ見ろ」
「はい?」
ベレクトはシズクの拳を左手で退かし、今まで使っていなかった右手をシズクの顔へと掲げて振った。
「わっ、早い!?」
シズクの顔の前でベレクトの右手が動きだす。わたしたちが魔法を撃つかのように広げた手はわたしの目では捉えられないほどに高速で動いた。
「何が見えた?」
「何がって……見えなかったけど」
「あー……やっぱりか。なーんか、変だと思ったんだ」
ん? 何よ。どういうことよ。
「一体何をしたの……」
「わから――「リコにはみえた」――ない。……だってさ」
わたしの問いに答えるかのようにシズクの口を通してリコちゃんが言う。
「てをふりながらゆびをなんどもたてたり、おりまげたり。かずは2ほん、3ぼん、1ぽん、さいごに4ほん」
「お、正解。なんだい。見えてるじゃん……いや、違うか。もしかして、その外に出てる獣の方が本体だったりする?」
本体?
「どういうこと? 僕には理解できない」
「わたしも」
「みゅう?」
ベレクトに「とぼけている?」と言われてもさっぱりだ。
しかし、先ほどまで楽しげに戦っていたベレクトが、若干眉を上げてシズクを睨み付けた。
その視線の中にはわたしも含まれていて、ふと金縛りに会ったかのように射すくめられる。
「別にとぼけていようがいいや……説明してあげるよ。おねえちゃんの身体と中身が一致してない。魔法で強化していようが身体の動きに対しておねえちゃんは着いて来れてない。――ちぐはぐなんだ」
「中身が一致してない……!?」
思わず、ぎくり、と困惑する。
わたしも、シズクも。2人してだ。
確かにわたしたちの身体は本来違うものだ。メレティミとシズクの身体にわたしと彼の魂が入っている。
でも、動きがちぐはぐって理由で外と中が違うなんてわかるものなの。ただの出まかせや動揺を誘うもの……なんて、そうじゃない。ただ振った指を見れないという些細な理由であれ、彼はシズクの中が違うことを指摘したのだ。
というか、シズクだけではなく、わたしも疑われているっぽい。
シズクを見ていたベレクトの視線はわたしにも交互に向かっている。
「そっちの天人族もそうなんだろ」
「……」
「だんまり? ……はいそうです、って言ってるようなもんじゃん。いいよ。おねえちゃん……いや、お前らは人じゃない。魔石生まれだとしても、お前らは人じゃない」
そう言うとベレクトは今まで使わなかった右手も前へ出し、両腕を構えてシズクだけではなくわたしにも向き直した。
「お前らはアルガラグアを脅かす存在だ。だからこれからは本気で行かせてもらう。そして――」
……びりびりとした空気がベレクトから放たれる。
「――お前らを殺す!」
「……っ!」
殺気とか威圧とかそういう目に見えない物じゃなくて、露出している肌越しでざらりと舐められたような感触が伝わってきた。
その言葉に圧されたのか、シズクはわたしの隣に跳んできた。
「……こいつ強い。僕よりも遥かに」
「そう、だね。強いね。今までの中で1番強いかもしれないね」
ちりちりと纏わりつく空気が肌が痛い。この痛みは幻覚だと思いたい。
明確な殺意を放つベレクトは薄らと笑みを浮かべる。うす気味悪さを感じる。
「ねえ、レティ……」
「何?」
「……この人が“お気に入り”である可能性は?」
「…………無いとは言えないわね」
この世界に戻ってから、お互いあえて触れていなかったものをシズクが初めて口にする。
――この世界を舞台に4人のプレイヤーがお互いの駒を戦わせているゲームが行われている。
そして、わたしとシズクは4人のうちの1人、白い少女の駒である。
駒であるわたしたちの目的は白い少女が行っているゲームで勝利することだ。その勝利条件とはゲームの“親”を仕切る“口の悪い女”の“王”であり“お気に入り”を倒すこと。でも、“親”の“王”は誰かはわからない。
わたしたちと同等かそれ以上に強いやつだっていう曖昧なヒントを貰っているので、今のベレクトは一応当てはまる……けど、わたしは彼が“お気に入り”だとはちょっと思えない。
さらに“親”じゃなくて他の“子”プレイヤーの“お気に入り”の可能性だってあるのだ。
シズクは今まで手を付けようとしていなかった腰の剣を抜いた。両手で握って刃先を彼に向ける。
「レティ……逃げて。逃げる間だけでも僕が時間を稼ぐから」
今のシズクの顔は見たくもない。嫌な顔をしているから。
だけど、その発言には流石に顔を向けるしかなかった。
「はぁ? 逃げるってどこへ? 逃げたとしてもあいつの速度じゃ追いつかれるわ!」
「僕らがいなかったらレティのバイクはもっと早く走れるでしょ。ミラカルドまで逃げるんだ。そして、僕よりも長く生きて……」
「……はあ?」
「……いいからっ、行って!」
……何を言ってるの?
わたしはシズクに一切返事を返さず彼の元から離れた。何も言わなかったのは呆れてしまったからだ。馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど、これは想像を絶する馬鹿だわ。 呆れて呆れて、ふつふつと怒りが満ちてくる。
彼はわたしが納得して離れたと思ったのか、その先の言葉を呟かずに前に出た。足はじわじわとベレクトと距離を取るようにゆっくりと歩を進める。
「そっちのおねえちゃんを逃がすの? いいよ。狙いはシズクだけにするよ」
「ああ、僕だけでいい。レティには指1本触れさせない!」
わたしはふう……と息を吐いて、彼らから幾らか距離を取る。
2人はわたしが退避しているのだと思っているのだろうか。
わたしが動いている間、2人は一切動かなかった。
思う存分に戦わせるから?
邪魔にならないように?
違う。わたしがシズクから離れた理由はそんな戦わせるためじゃない。
十分に離れたことを2人が確認したのか、どちらともなく走りだした。お互いに魔法で強化していない地での速度だったから余裕で目視できる。
都合がいい。わたしも2人とは距離は取れた。
後は、もう――
「はあああぁぁぁぁっ!!」
――わたしも遅れて2人に向かって走り出すだけだ。
「わわ、何してる! とまれ! 走ってくるな!」
「れ、レティ!? 逃げろって――っ!?」
2人が驚き声を上げるけど、知るか!
「こぉぉぉのっ馬ぁぁぁ鹿がっっっ!!」
「レ――ひっ!?」
足の止まった2人に対し、わたしだけが止まらない。
十分に助走をつけたまま跳躍し、わたしは思いっきり拳を振り上げる。拳の先にわたしの勢いと体重を乗せていっきにシズクの顎を打ち抜く。
◎
着地なんて考えてないから殴りつけた後は一緒に抱き合って地面を何度も転がる。
――転がり転がりころころころ。
何度か揉みくちゃに回転し、勢いの無くなった後、わたしはシズクの上に馬乗りになった。
不意打ちのパンチで涙目のシズクが困惑しながらわたしを見上げているが構わずに、その後も何度と頬を引っ叩いてやった。グーにしなかったのは温情だ。
「レティ、痛い! やめ、やめて! 叩かないで!」
やめろと言われてやめてやるものですか。口答えに対してもっと力を込めて叩き付ける。次第に、いつも見蕩れてしまいそうになる綺麗な顔が目を逸らしたくなるほど膨れ上がる。鼻血も出てるし。
こんなに力いっぱい人を叩いたのは生まれる前にも、生まれた後にも初めてかもしれない。
でも、それだけ、わたしは。
怒っているのだ。
「なあにが生きてよ! あほか! あんたが死んだらわたしも一緒に死んじゃうのよ!」
「あ……」
「あって忘れてたのか! こんのおバカ!」
わたしの命はシズクの命と一方的につながっているという。逆は無いけど、シズクが死ねばわたしも死ぬそうだ――だが、そんなことどうだっていい!
おまけのおまけと最後に1発どでかく振り上げてシズクの頬をぶったたいてやった。
背後で「ひぃ!」とか「うわっ!」なんて悲鳴が上がっていたが、そんな部外者のことも含めて知るもんか。
「なあにが生きて―よ! ばっかじゃない! こんな子供の喧嘩の延長線で見逃されて生き残ったって全然うれしくもないわよ! 逆にこれで死んだらあんたの方が恥ずかしいっての! 彼女の胸を揉まれたから喧嘩を売って返り討ちにされました? はっ! これは後世に残る恥ずかしい死に方ね!」
「……そこ、まで言う?」
涙目なのはわたしの張り手によるものか、罵声によるものかはわかりやしない。が、いい気味だ。
ぐすりと鼻を鳴らしたシズクに対してわたしはまだまだ続ける。
「わたしたちは一蓮托生の仲なの! わたしの命は君の命の中にあるの! それに……」
叩いていた手をシズクの頬に添えて覗き込む。
睨み付けながらも、治癒魔法を施して腫れた頬を癒す。みるみるうちに腫れは引いていつも通りの綺麗な――涙目で戸惑いを含んだシズクの顔に戻る。情けないから、吹き出た鼻血は指先で拭ってあげる。
血が若干こびり付いているけど綺麗になった彼の顔が滲んで見える。
涙がこぼれそうだったけど、わたしは頑張ってこらえて口にする。
「もう、わたしを1人にするなよ……」
君と離れ離れになってメレティミとして生まれ。
もう会えないと諦めていたわたしの元に奇跡のように廻り合い。
再び誓いを交わして1つになって。
もう1度君を失う絶望を味わえと言うのか。
(そんなの耐えられるはずがないじゃない……)
もしも生き残ったとしても、2度君を失う悲しみを抱いて1人で生きていけるほどわたしは強くはない。
もう、誰かを失うも、離れるのも、置いていかれるも……まっぴらだ。
「……っ……ごめん」
「……ふんっ」
最後にばしんと情けない顔をするシズクの頬を叩く。今度は手加減をして、気合を入れるという意味合いでの張り手だ。
ようやく気が治まり、やっとわたしはシズクの上から退いた。
最後に、紅葉マークだけ残してすっかり赤みの消えた頬を見てからわたしは言い放つ。
「白い少女には悪いけど、ここでゲームオーバーになってもいいじゃない! まあ、わたしはそんな気はさらさらないけどね! そして、2人で生き残るためにも、これからはわたしも一緒に戦うから!」
止めても無駄よ、と最後に釘を刺してだ。
シズクにはもう何も言わない。
わたしに逃げろとか生きろとかそういうのを。
むしろ、言わせてなんてやらないから――頷くことしかさせてやらないから!
「わかった……次から2人で――「リコのこともわすれるな!」――あ、うん。元々2人だったけど、3人でもいいよね?」
「構わない! おれを楽しませてくれるなら2人でも10人でも100人でも構わない! しかし、おれだって、もーっと楽しませてもらうからな! だから、だから、今度こそ本気の本気だ!」
ベレクトは雄叫びじみた叫びを上げだす。
すると、突如として彼の身体に異変が生じる。肩回りが広がり、細くも角ばった身体つきが肥大していく。まるで倍速で人が成長していく様を見ているかのようだった。
「これが本当のおれさ!」
大人へと成長したベレクトは先ほどとは少し太くなった声を上げた。
前と同じなのは頭から伸びた角と紫色の瞳とつんつんの金髪に、口元から覗く八重歯くらいだろう。
今までだぼだぼだった大きめの服は今の彼にはぴったりになっている。
「大人になった」
「ええ、大人になったわね」
「子供のままじゃ失礼だと思ってな。まだまだ続くぞ!」
さらにベレクトは宙を右手で薙ぐと流れから銀色の粒子が集まり手元に集中する。
あれは。
「……闇魔法?」
ベレクトの手には銀色に鈍く輝く1本の棒を手に持っていた。
黒いモヤと小石が何度もぶつかり合うような音を立てる不気味な棒……いや、槍、かな? 刃の部分は音の発生源である青白い雷を放ち光り輝いている。矛先の電気はうねうねと動きを見せ、雷で出来た不安定な灯火のように思える。
ベレクトが軽く横に振うと先端の雷は思いのほか伸びて宙に光を残した。雷の鞭みたいだ。
「魔道器――移り戯の昆。おれだけの魔法だ。次からはこれで行く」
青年と化した鬼人族のベレクトはそう言って、わたしたちへと出現させた得物を向けた。
「当然、シズクも使うよな! さっきみたいにさ!」
「ああ、うん。じゃあ、僕も」
「わ、わたしも!」
釣られてシズクはまたも両手に手甲を生み出し、わたしも流れから鉄扇を出す。
「火迎えの籠手。僕だけの魔法だ」
「……鉄扇です」
ちなみにわたしの出した扇に名前は無い。名付けてもいない。
名前って付けるものなの? 伝説の武器なんたらキャリバーみたいな。わたしも付けた方が良いのかな。
まあ、名前を付けるかどうかはとりあえず、この戦いに生き残ったらだ。
「お、そっちのおっぱいおねえちゃんもやっぱり魔石生まれか! いいね! 断然やる気になってきた!」
「わたしは全然やる気なんてないわ! あと、おっぱい言うな!」
言いながらもわたしは生み出した鉄扇を薙いであたりに風を吹き飛ばした。鉄扇を実戦で使うのはこれで2回目だけど、時には試運転だってしたし、ある程度の性能は理解したつもりだ。
わたしの求めるものはすべてこの辺りに散らばっている。
地面に落ちている凹んだ鎧や折れた剣や槍とか、ベレクトが追い払ったであろう兵士たちの使っていた武具をかき集める。
――鉄屑を分解し、再構成。
新たに無数の剣を作って宙に浮かばせる。剣と言っても形状は刃だけを作った鍔も握りもない粗末なものだ。数はおよそ50。
1つ1つが略式な形状で済むから前みたいに鳥を作って操作するよりも遥かに楽だ。そして、あの時よりも負担はない……ないけど、ふと、身体の力が抜けるような感触が起こる。
「……?」
立ち眩み? いけないいけない。今は鞭打ってでも動かなきゃいけない時だ。
宙に浮かばせた剣全てを飛翔させ、鬼人族を取り囲むように刃先を向ける。わたしの思い1つでいつでも射出できるようにしている。
「ははっ! すっっげぇぇぇっ! なんだ! おっぱいおねえちゃんもすっごい魔道器を持ってるんだな!」
「だからおっぱい言うな! というか魔道器? なによそれ!」
「え、これだよこれ!」
ベレクトはこつん、と自分の手に持つ得物で地面を軽く小突いた。つまり、ベレクトが出した武器――昆が魔道器、らしい。らしいってこれ……。
「闇魔法じゃないの?」
「闇魔法じゃないよ。闇魔法っていうのは本来、形の無い魔法だ。これはおれらだけの魔法だよ」
「……だってさ、シズク」
「知らないよ。僕だってイルノートが闇魔法だって言ってたからさ……」
この鉄扇とか籠手とか闇魔法じゃなくて魔道器っていうんだ。
闇魔法って未だに見たことないから、これだと思っていたのにな。
「ふふん、でも! こんなたくさんの剣を作ったところで見掛け倒しだろ! こんなのおれの雷魔法で!」
ベレクトは昆を持ちながらも両手を空へと掲げて最初に放った範囲系の雷魔法をまき散らす。
今回放った雷魔法は最初に放った細い蛇とは違い、分厚く眩い大蛇の様な雷だった。
わ、こっちにもくるかもっ!
「くっ……あれ?」
「んっ、と?」
流れ弾よろしく流れ雷に身構えてたが、わたしが空に泳がせている剣に雷は惹き込まれるかのように吸い込まれていった。
撃ち落される……かと思ったけど、剣は何事も無かったかのように宙に浮いたままだ。
「……へ? なんだ今のは! 変な感触だ!」
「ん、何どうしたんだろう?」
ベレクトが泡を食ったかのように自分の両手を見つめている。
シズクもどうしたのかと僅かに目を細めたけど、多分この場で理由を知るのはわたしだけだろう。
(こんな効果があったなんて知らなかったわ……)
自分の生み出した“もの”にこんな付加効果が付くとは思わなかった。
剣はほころびも焦げも無くその場に固定されたままだ。わたしが命じた位置から1ミリだって動いてもいない。
ま、わたしが理解したことなんて敵に説明もする必要はない。
シズクも直ぐに気を引き締めて、ベレクトも無かったかのようにわたしたちへと構えを取る。
これ以上の会話なんて意味はない。
「……すぅ……」
呼吸を浅めにタイミングを取る。
結局わたしは後手に回るけど、その分どんなに早くとも後れを取らないようにするしかない。
シズクを狙われたら即座に剣を飛ばしてベレクトの足を止めることを最優先にする。わたしの方に来たら自分の背後に隠している無数の剣を飛ばして撃退する。
後のことは考えていない。
多分勝負は一瞬でつく。というか、一瞬でつけなきゃ負ける。
2度も3度も打ち合うことは出来ないだろう。その2手3手はベレクトだけが持ち得るものだ。最初を外せば即座に負けると思う。
リコちゃんを含めたここにいる4人の中で最速であり、今回は明確に殺すと殺意を放ったベレクトの攻撃をわたしは止めることは出来ない。
1度目の攻撃をしくじった場合、わたしらの負けだ。
「……」
「……」
「……」
思いの外、静寂が続く。
そよ風が周りの芝を撫でる音が聞こえる。目の前の敵の持つ武器がちちちちと鳴いている声を耳にする。シズクの口から音が吐き出す、吸われる。
そして、わたしは……――動く!
ベレクトの身体がぶれてわたしたちへと突撃を開始――!
『こんっっっらぁぁぁ! この馬鹿息子がぁぁぁ! なぁぁんど言わせれば気が済むんだぁぁぁいっっっ!』
三者三葉、各々が行動に移そうとしたその瞬間――その場で3人同時に飛び退いてしまうほどの大きな声がアルガラグアの方から鳴り響いた。
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