第138話 番鬼
なんだ、てっきり攻撃されるのかと……がくりと膝が抜けそうになった。おまけに、ほっと落胆とも安堵とも取れる息を吐く始末。
どうしよう、とわたしはシズクへと視線を向けようとした時。
「……かっこいい」
「ぶっ……」
ぽつりとシズクが呟く。わたしは小さく噴いた。
はあ?
「シズク……あんたこんな時に何――」
――何、馬鹿みたいなこと言っているの。
気を抜いてしまった自分が言うのもなんだけど、気の抜けたコトを吐く馬鹿を咎めようとしたところで、わたしの声は途切れた。
(……やばい)
わたしの心は大きく揺さぶられる。
未だ地面に座り込んで彼を食い入るように見つめるシズクが――とても可愛い顔をしていたのだ。
切れ長の大きな瞳を見開き、きらきらと輝かせてベレクトを凝視している。笑みを浮かべる口元は半開きで大いに喜びを表している。
いつもは凛としているシズクの顔が、まるで幼い子供のようにふにゃって蕩けているのだ。
こんな表情、見たことない。
「うわぁ……かっこいい……」
「はわわぁ、かわいい――……はっ!?」
ぼーっと見蕩れてしまうこと数秒。
大袈裟に首を振る。本音を言えばもっと見続け――……いやいやいやいやいやいやいや! リコちゃんが「メレティミどうした?」と声を掛けてところで正気を戻す。
やばい危ない本当にまずい。
わざとらしくごほんと咳付き、シズクに冷ややかな視線を向けることにした。
「……そういえば、あんたライダーとかレンジャーごっこ好きだったわね」
わたしの出来るだけ頑張って取り繕った蔑視にシズクが気付き、驚きながらも答えてくれる。
「あ、うん。小さい頃はね。野球の朝練に参加するようになってからは見なくなったけど、僕を含めた男の子はいつだってこういうのは大好きだと思うよ。あ、そだ。レティも一緒に見てたじゃん?」
「そりゃ……見てたけどさぁ」
ぽんぽん、とお尻を叩いてシズクは立ち上がりわたしの傍まで歩いてきた。リコちゃんも後に続いてくる。目線はわたしもシズクもリコちゃんも鬼人族から外さずにだ。
ベレクトはポーズを取ったまま微動だにはしない。
「懐かしいなぁ。なんとかレンジャーとかなんたらマンの変身ポーズ練習したっけ」
「ぷふふ。あの時のシズクはなりきってたねー。わたしも“仕方なく”ごっこ遊びに付き合ってあげたっけ」
「……え?」
え? とシズクがわたしを見て顔を強張らせた。
逆にわたしが「え?」って言いたくなる。何その顔……って。
「……あの時、レティだってノリノリでポーズ取ってたじゃん。しかも、センターは自分だって言って、全然譲ってくれなくて毎回喧嘩した記憶が……」
「ふぐっ!?」
「ちなみに、雨の日はチャンバラごっこしてたけど、毎回レティがヒーローのポジション取ったよね」
「そ、それは」
「後、レティが壊した傘の数は僕よりも多い」
「ぐあっ!」
シズクの言葉がわたしの記憶の海に投げ込まれ、底に沈んでいた懐かしい思い出を掘り起こす。
……あった。ありました。
確かにリーダーっぽいグループの真ん中キャラはいつもわたしがやっていました。だって、セリフ回しも長いしかっこよかったし。
都合の良いことは忘れてしまうの。わたしは人だから。仕方ないの。わたしも人なのだから。
「って、おれを無視するなー! 何訳のわかんないこと言ってんだよ! お前らそうやって油断を引こうとしても無駄だからな!」
「あ」
「あ」
おっと、すっかり忘れていた。
懐かしの昔話に心温めるはずが、思わず赤面しそうになっていた間、彼はそのままのポーズを取り付けていた。今も付き立て続けている拳はプルプルと震えている。
何かこだわりでもあるのだろうか。とりあえず、身悶えるような昔の話を切り上げることが出来たしごめんなさいと、小さく頭を下げることにする。
「リコもわかんなかった! シズクなんのはなし?」
「昔の、僕らが小さかった頃の話だよ。後でリコにも教えるね」
「やくそくだぞ!」
「うん。レティが如何に意地悪だったってことをね」
「そうなのか。メレティミはむかしからイジワルなんだなー」
「リコちゃん! ……シズク、お前後で覚えてろよ!」
やれやれ、とばかりにリコちゃんが小馬鹿にするかのように肩をすくめてため息を吐いた。いつもはピンと伸びているケモ耳が垂れているし。
一体どこでそんな真似を覚えてくるのか。テレビか。テレビの情報から悪影響がリコちゃんをこんな風に育てたのか!
「しなくていい! リコちゃん違うから! あの時はまだわたしだって小さかったからなの! って、お前はいつまでにやにや笑ってんのよ! ああ、もうこっ恥ずかしくて身体が痒くなりそうだわ! なんで微笑ましいはずの昔話に悶えないといけないのよ! 原因は誰だ!」
「昔話を始めたのはレティだからね」
「そうよ! わたしよ! わたしが話さなきゃこんな昔のことを思い出して顔真っ赤になることもなかったのに! というか、あんたよ! あんたが突然出てこなきゃこんな話しなくてもよかったのよ!」
びしりと指を差して鬼人族のベレクトを睨み付ける。
大元の原因であるベレクトは口をぽかりと開けて理解できないとばかりに首を傾げた。ああ、そんな態度すら憎たらしや!
「責任転嫁だね」
「メレティミにはやれやれだな」
「話が進まないから2人は黙る! あんたの目的は何! 見ぐるみを狙った盗賊か何か! わたしたちはアルガラグアに用があるの! さっさと退いてよ!」
しっしと犬猫を退かすように手で払い、やっとポーズを解いて手持ち無沙汰で立ち尽くす彼へと問い詰めた。
「……はあ、おれはこの先の――」
「メレティミ。リコはきいたぞ。さっきあいつ、アルガラグアのさきもりだっていってた。きいてなかったのか?」
ついでに「さきもりってなんだ?」とリコちゃんは付け足してだ。
シズクが先ほどわたしが送ったような冷ややかな視線を送り返してくる。くぅ……。
「れーてぃー……」
「……し、知ってるわよ! も――! いいじゃない! もしかしたら嘘の可能性もあるでしょ! わたしはあえて聞いたの! だから、そういうことにしてよ!」
「メレティミ……もしかしてつかれてる? ここすうじつ、ちょっとへんだぞ」
「やっぱりリコもそう思う? 僕も人のこと言えなかったけど、やっぱりモデルの仕事で精神的に疲労が溜まってるんじゃ……無理して荷物を取りに来なくてもよかったんじゃないの?」
「いやいや、仕方ないでしょ! これで作業が滞った場合あれよ。セリスさんの不満が確実にわたしらに向かうわよ? あの人のことだから最終的に『この下着は馬鹿には見えない下着なの』とかほざいて裸にして『たまにはファッションショーもいいわね』なんて町中をかっ歩させるまであると思うわ」
「さすがにそれは無いと思うけど……確かにその苛立ちは僕らに向かうかもね。僕もずっとお人形さんとして扱われるのは辛いかなぁ」
2人して顔を合わせてはあと深く溜め息をつく。
「ぷぷっ、シズクもメレティミもたいへんだな。リコはじっとしてるなんてまっぴらだ! だからことわっちゃったからなー! あー、ひまでたいへんだ―!」
「……リコ」
「……リコちゃん」
その時、わたしとシズクの目が合った。
――やる?
――やっちゃう?
――いいよ。
――おっけー。
と、お互い、口にはしなくともアイコンタクトだけで意志ははっきりと伝わった瞬間だった。
例えリコちゃんでも、苦労を知らないものが苦労に嘆くものを咎めてはいけないのだ。
2人して頷き、実行する。
「……帰ったらリコちゃんもするべきだと思う」
「メレティミなにいってんだ。リコはしないの。な、シズクだってリコはしなくていいっていってくれたもんね」
「……そうだね。だけど、気が変わったよ。リコも帰ったらやろうか。きっと楽しいよ?」
「な、シズクも! シズクもなにいってんだ!」
きょどりながらわたしとシズクの顔を交互に見渡すリコちゃんの焦り様は見ててとても楽しいものだった。
口元をにやけながら、シズクはぽんと手拍子を行う。わたしも習って手を打ち付けた。
「……も、ひも。ひーもひも」
シズクの手拍子と同時に彼自身のトラウマじみたアレを口にしたのでわたしも習う。
「ひーもひも! ひーもひも!」
「ひーもひも! ひーもひも!」
「や、やめろー! ふたりともリコをいじめるなー!」
リコちゃんを取り囲むようにわたしとシズクは紐コールをしながら回りだす。
顔を両手で押さえて蹲るリコちゃんをニタニタとシズクと笑い合った。
ふん、リコちゃんも紐地獄に絡まってしまえば良い。
……我ながら変なテンションが今朝からずーっと続いているなあと思う。
「……っ……いい加減にしろ! お前らおれの話を聞けよぉー!」
リコちゃんを中心に2人で紐紐言いながら踊るのに夢中になっていたら、すっかりアルガラグアの防人さんのことを忘れていた。
顔を真っ赤にしてベレクトは地団駄を踏むように地面を何度も踏み鳴らした。
ああ、あれ赤鬼だわ。泣きそうな顔をしているから泣きそうな赤鬼だわ。どこに青鬼がいるのかしら。彼は人と仲良くなれるのかしら。
「あ、ごめんなさい。続けてどうぞ?」
「……じゃあ、聞いてあげるからさっさとしてよ」
「リコもひもはやだぁ……」
と、リコちゃんへの紐責めはこの辺りにして怒り心頭の鬼人くんを見た。
「ふ、ふん。じゃあ、改めて……おれの名前は――!」
え、また?
……ベレクトは前口上も振り付けも同じものを再度行う。きっと練習したんだろうな。
2度目ってこともあり、シズクは目を輝かせるでもなく淡々とした視線で彼の決めポーズを見ていた。わたしも呆れながらも見てあげる。リコちゃんは未だに顔を覆ってわあ……と叫びながら蹲っていた。
今度は爆発する麒麟っぽい魔物はいなくて先ほどの迫力は全くとない。
バシッ! と拳を付き立て、きりっと顔を引決めててニヒルに口元が笑う。八重歯がきらりと輝いて見えた気がした。
終わりだろうか。
無事やり遂げ、わたしたちも見届けたことも確認した後、伸ばした拳を彼は降ろす。が……満足げだった面が嫌そうっていうか、不満そうな顔になっている。
「ってぇ……お前らよぉく見れば女子供か! くっ……さてはおれが女に弱いことを知ってて女を寄こしたな」
「いやっ、待って! よおく見て! 僕は男だよ!」
その言葉に直ぐに反応したのはシズクだ。
「嘘をつくな! お前の様な男がいるか! まだそこの天人族の胸が詰め物だって言ったほうが信憑性があるわ!」
ん? いまなんつった?
「くっ……僕、男なのに……っ!」
悔しそうにシズクは眉をひそめている。
わたしは何のフォローも出来ない。
うん、ごめん。やっぱり今の君は女にしか見えない。髪を上げたことでどうにか男の子にも見えなくはないかなぁってくらいだよ。
1つ気に食わないことを言われたけど、もう諦めてわたしは無言のままだ。
あ、立ち直ったリコちゃんがちょうちょに気を取られてる。小さな白い蝶だ。蝶って離れて見る分にはいいよね。虫全部に言えるけどドアップでは見たくはない。
「面妖なやつらだ……先ほどまで操っていた見慣れない魔物も突如消しやがって」
「それはわたしたちにも言えることだけど……何よさっきの魔物は……」
麒麟(仮)はどこへ行ったのか。わたしだってベレクトだって答えることは無い。
わたしの発言をまたも気にせずとベレクトは続ける。
「……さてはお前らは悪霊や物の怪の類か。こんな真昼間から堂々と姿を見せて……まさか、変異種か? いや、幻影を見せる魔物かもしれない。ま、本体がどこかに隠れていようがおれに不意打ちは利かないぞ」
「幻影って、わたしたちは実物よ。魔物でもなんでもない。わたしはミラカルドの町にいるセリスさんって人の代わりに荷物を取りに来ただけよ!」
「セリス……あの女か」
お、やっと会話を返してくれた。ベレクトはぽんと手を叩いて頷いている。
「知ってるの?」
「ああ、定期的にあの女の使いだと行商人が来てるからな。だが、それこそおかしいな。そこの2人の姉妹? はそうだとしても、外から来た天人族が人間の小間使いみたいな真似をするもんか」
ん、どうして天人族がそこで出てくるのか。
「天人族が何か関係あるの?」
「あるな。おれはオフクロから聞いているのだ! アルガラグアの外にいる天人族は自尊心が高く他種族を見下してるやつばかりだってね。そんな奴らが他の、ましてや見下している地人族の代わりに荷物を取りに来たなんて話は信じられない!」
……う。それは確かにあるかも。
現にユッグジールの里にいる天人族は選民意識が高い。特にドナくんはベレクトの言う通りの典型的な天人族って感じ。地人族がドナくんに頼み事なんてしたらきっと怒り狂うかもしれない。
「アルガラグアの外にいる天人族が人に頼まれて荷物を取りにきた? そんなやつ、何かを謀っているか、ただの馬鹿の2つ。もしも嘘偽りなくお前が荷物を取りに来た言うならお前は馬鹿ってことになる! やーい、ばーか!」
「ば、馬鹿ですって!」って言葉を荒げて抗議したくもなったけど、小さく生まれた不満を胸に秘める。わたしは馬鹿でいいと大人になろう。
馬鹿な天人族だと認めて通してもらえればいざこざも無く進めるって訳だ。
「――ま、どちらにせよ構わない。お前らが何かを企んでいようとも、おれは直ぐに止めることが出来るからだ! だが、お前らが幻や魔物だとしたらちょっと厄介……だから、確認を取らせてもらおっか!」
「確認って――」
――と、口にした瞬間に、目の前にいた少年の輪郭がぶれる。いや、ベレクトが高速でわたしたちに突撃してきたのだ。
まるで敵投手の放った渾身のストレートを見逃したような気分だった。
ベレクトの突進は目では追い切れずも、わたしら2人の間を過ぎていったことだけは理解した。
どこへ行ったっ!? と後ろを振り向こうとした瞬間、ふいに身体が震えた。
「……っ!」
「……ひぐっ!!」
最初は瞬く間に消えた動揺で身体が震えたのかと思った。が、震えは自分ではなく他者によって引き起こされたものだった。
わたしの身体の一部がぐいっと押し込まれる……いや持ち上げられるかのような感触を覚える。
この感触にはもう嫌ぁってほど覚えがある。
わたしの左胸を誰かが掴んでいるのだ。ビリっとした小さな痺れが左胸から全身へと駆け巡る。
「……ばっ!」
シズクこんな時に何ふざけて! と声を荒げて隣にいるシズクを睨み付けようとした時、シズクはシズクでぎょっとしながら背筋を伸ばしていた。
そして、シズクの両手は彼の横にある。両手とも指を伸ばして広げている。
じゃあ、誰が……と、並ぶ立つわたしたち2人の間にさっきまで目の前にいたベレクトがいたのだ。
彼は左手にわたしの胸を、右手でシズクの尻を掴んでいた。
「お、実体はあるか。じゃあ、本物の馬鹿天人族かな。いやいや、本物なら本物で最高だ。柔らかで形良い豊かな乳に、小振りだがきゅっと締まる尻は最高。2人ともいい女だ。顔立ちもいいし、オフクロに並ぶ上物の女だ。村の女にもそうはいないぞ!」
「いっ、いっ、いっ――!」
「……っ!」
当然のように痴漢を働くこの少年にわたしの喉の奥から反射とばかりに意志が吐き出されようとする。
だが、「いやぁぁあああ……っ!」と叫ぼうとしたところで、わたしの顔面真横に黒いモヤが過ぎ去るのを見て引っ込んでしまう。
「おっ! こわっ!」
わたしの右後頭部あたりから熱い熱風が吹きかけられる。禍々しいモヤに包まれた何度か見たことがあるシズクの籠手が空を切っていたのだ。
「ちょ、ちょっと!」
わたしは慌てて横から飛びのきシズクと距離を取る。シズクは首を傾げて手甲を見つめるだけだった。それからシズクはまた先ほどの定位置へと一瞬で戻った彼を何度も見ている。
その後、何事も無かったかのようにシズクはベレクトへと構えを取り始め……ってなに、いや、え? おいおいおいおい!
「うぉぉおい! シズクぅぅぅ! あんた何してくれんてんの!!」
「……あ……ごめん。無意識に攻撃してた」
「無意識ってわたしに当たってたらどうしてたのよ! ソレっ、かすっただけでも永遠と燃やし続けるもんでしょ!」
「うん。でも、もしも燃えても火迎えの籠手を消した後なら消すことも出来るから安心して」
「だ――! 燃えた時点でアウトだって言ってんの!」
まったく悪びれもしないシズクにわたしの怒りの先は全て向かう。
女の子の顔に火傷させるなんてあんた5回死んでも足りないくらいだわ。本当、もう何考えているのよ!
「ごめんね。レティ」
「ごめんで済むか!」
「でもね……許せなかったんだから」
きっとシズクを睨み付けても、彼の表情に謝罪といったものはない。
先ほどの蕩けた笑みはどこかへと完全に飛んでいて、今じゃ色の無い表情でわたしを見て、直ぐに離れたベレクトに顔を向けていた。
「……何よ。何、あんた怒ってんの?」
「……うん」
シズクは手の甲を1度消して、わたしを背に隠すように前に出て向き合う。
思わずシズクの肩を掴むけど、彼はこちらを向いてくれない。
「ねえ、レティ……」
「な、なによ」
「今回、止める人はいないんだよ」
「何の話よ」
「レティに触ったってだけでも許せないのに、レティの胸まであいつは掴んだんだ。許せないよ。これは僕のなのに……」
「ば、ばか! これはわたしのだって言ってんでしょ!」
「……違うよ。僕のだよ」
「おい、シズク……ちょっと、待ちなさいよ!」
ま、まあ、嬉しいことを言ってくれる。けど、それはそれで今は別の話だ。
わたしの呼びかけにも無視して、シズクはゆっくりとした歩幅で前へ前へと進んでいく。
わたしだって人の胸を無断で揉んだやつなんて許せない。けど、わたしは大人なのだ。子供の悪戯だと、一応話し合いで済ませたいから3発ほど殴って終わりにすればいいとは考えているのだ。
けどそれももう無理そうだ。シズクはシズクで無表情の癖してわかりやすいくらい怒ってる。話し合いで解決なんて言っても聞いちゃくれなさそうだ。
「おねえちゃんやる気か?」
「……うん」
「おれは女でも容赦しないぞ!」
「……勝手にしろよ。怪我じゃ済まさない」
「いいぞ。おれは元々そのつもりだ! はいどうぞなんて簡単に通すつもりは毛頭ない!」
「長引かせたのはこっちだけど、話が早くて助かるよ。……死んでも怒らないでね」
「ははっ! 面白い! まだ若いのに腕に覚えでもあるのか!」
「若いのはお互いさま……っ!?」
ばちばちと青白い紫電が突如としてベレクトの周りに漂い始める。まるで雷の衣を纏っているように見えた。
うねる雷は彼の両手から発しているようだった。右手、左手と蛇のような電気が溢れてベレクトの周りを囲いだす。
まるで昔話や神話の鬼が目の前にいるように思えた。まあ、太鼓や虎柄パンツは履いてないんだけどね。
「まずは小手調べだ! これくらいでくたばらないでよ!」
「……!」
「ちょっ、とっ! 待てぇぇぇ!!」
「わ、きれいだなー!」
ベレクトは雷を纏わせていた両手を空へと掲げ一斉に放出。すぐさま彼を中心として周辺へとうねる光の蛇がまき散らされる。
彼の放った雷魔法の範囲はかなり広い。ただ、一閃一閃の規模は小さく、どうにか範囲内にいたわたしも、最近はうまく使えるようになってきた雷の瞬動魔法を駆使して、飛び跳ねるようにその場から全力で逃げ回ることが出来た。
まあ、無傷だったのは偶然で、どうにか運よく一度も当たることなく避けることは出来た。避けれたっていうよりも、街道の外にまで出て走り回っていたら、近くに落ちていた剣や武具に雷が吸い込まれたのもあるけど……避雷針代わりになってくれたのだろうか。
周りにはぽつぽつと焦げ跡が目立つ。わたしたちが走って来た街道の脇、武具の散乱した状況とそっくりだ。
シズクはどうか知らないけど、わたしが逃げ回っている間、リコちゃんは踊りながら雷を避けていた。先ほどのかっこいい発言をしたシズクと同じ顔をして雷を楽しんでいるくらいには余裕がある。うう、リコちゃんすごい……。
「無事だな! よかったよかった!」
「良くないよ! 何が小手調べさ! そんな適当にばらまいた雷に当たる方が間抜けだ!」
おっと、シズクも当たらなかったみたいだ。
彼もまた街道から離れて平原の中で息を吐いている。街道にいるのはベレクトとリコちゃんだけだ。リコちゃんはぱちぱちと拍手を送り、気をよくしたのかベレクトはリコちゃんに手を上げていた。
「お、いうねー! けど、この魔法を避けれなきゃ話にならないんだ! おれとちゃんと戦えるのはこの魔法を避けれた奴だけだからな! 昨日なんて沢山の武器もった人間がいたけど、全然ダメ。あいつら、おれがこの魔法を使っただけで殆どが感電して気絶した雑魚ばかりだったからな!」
「……昨日の?」
「昨日のだ! この辺りで戦争するっていうからおれも混ざりに……ええっと、止めにいった。そう、止めにいったのだ! けど、まったくと歯ごたえの無い奴等ばかりだった! 近頃は張り合いのない奴ばかりだったから、おれはお前に会えてうれしいぞ!」
「僕は全然うれしくない。お前は黙って僕に殴られてろ!」
敵意むき出しのシズクに対してベレクトは陽気に笑うだけだ。
正直、この時のシズクは面と向かいたくない。いつもの彼とは違った、昔の彼にも見えなかった黒い感情が前に出ているんだ。
ただ、今は置いておくことにする。
「ちょっとシズク!」
わたしはシズクに駆け寄り合流し、そっと囁いた。
「今、彼……呪文を唱えずに魔法を発現させたわ……」
今の範囲魔法、ベレクトは無詠唱らしき方法で雷をまき散らしていたことを確認することが優先だから。
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