第137話 アルガラグアへ

「詳しい話を聞かせてもらうよ。その服とかあなたたちのこととか」

「んーんーん――!」


 セリスさんから睨み付けられて冷や汗を流すことしかできないわたしだった……が、そこに天の助けとも呼ばれる声が参り込んできた。


「お嬢様、大変です!」

「たくっ――ん、何っ! 今立て込んでるんだけど!」


 とある妙齢の女性が小走りにわたしたちのところへと駆けつけてくる。従者の人だろうか。いや、服装はそこらの町の人と同じ格好をしている。

 町娘さんはセリスさんの耳元に顔を寄せて何かを囁いた。


「……――した」

「……はあっ!? なんですって?」

「……詳しい話は工房の中で」

「いえ、ここで話して!」

「お客様の前でよろしいのですか?」

「いいから!」


 町娘さんは何度かこちらを伺いながらも渋々と話を始めてくれた。


「では……北の2国が開戦を始めてしまいました。その影響により……アルガラグアまでの街道は交通不可。あちらの職人に頼んでいた注文品の受け取りも延期になります……」


 え、どういうこと、開戦って戦争?


「…………」

「……お嬢様?」

「ふ、ふ、ふっ、ふざけないで!」

「ひぃっ!」


 セリスさんはどん、とテーブルを叩いた。


「なんでこんなっ、ここ10年音沙汰もなかったからてっきり終戦したと思ったのに……Merde! あそこは馬鹿ばかりよ! なんでうちの王様はあそこを占領しないのかわからない!」

「そう仰らず。王も穏便に済ませたいと考えてのこと。なるべく最小限の被害で両国の争いを諌めようと、これでも日々奮闘しているんですよ?」

「現に今、私に被害が及んでいるじゃない!」


 憤るセリスさんをルフィスが宥めるけれどまったくと効き目はない。わたしの口を塞いでいた手でばんばんばん、とテーブルを叩き続ける。ここ数日のストレスが一気に爆発したかのような荒れ具合だ。

 助かった……と思ったのも束の間。今度は別のピンチが訪れたことをわたしは察した。

 このままではわたしの下着の作成にも遅れが生じてしまう。それは是が非にでも避けたい……いや、今は下着よりも自分の身の上の方がピンチなんだけどさ。


「え、えっと、セリスさん、どういうことですか?」

「……いいわ。メレティミ。教えてあげる。この町の北にはね、ずーっと昔から戦争をしている馬鹿な2つの国があるのよ。で――」


 ――この町の北からちょーっといったところに西と東に2つの小国がありました。

 2つの国は昔っから仲が悪いです。いつも喧嘩ばかりしていました。そして、10年ほど前に大喧嘩をした後はお互いたっくさん怪我人が出たことで長期の停戦状態になっていたのですが、また始めやがりました。ちゃんちゃん。ふざけるな! ――とのこと。


 ここで問題なのはセリスさんの下着作りに必要とする重要な素材を発注しているのがアルガラグアで、その村は開戦した2国の国境沿いにあることだ。

 アルガラグアまでの道のりは2国の国境を分断するように敷かれた国道を通らないと安全にいけない。しかし、戦時下に入ったことでその国道は当然戦地となるためかなり危険。アルガラグアのドワーフに頼んでいる素材がないとセリスさんの作る下着は完成できない。

 大変だ。


「そんな近くで戦争が始まったら、火種がこの町にも降りかかるんじゃないの?」

「それはご安心ください。もしも彼らがこの町に争い事を持ち込もうものなら、我が国も黙っておりません。我が国の騎士団を出向かせ、それこそ冒険者ギルドの皆さんの力を借りてまで両国の戦争……いえ、両国を潰すでしょう」

「……へえ」


 わあ、先ほどまで穏便に済ませるとか言っていた口がいきなり物騒なこと口にした。それが、ルフィスの言葉じゃないとしてもだけどさ。

 セリスさんの顔色は優れない。青白く――いや、次第に血行はよくなり……赤を帯びる。貧乏ゆすりをしながら青筋を立てるほどにご立腹だ。


「光明が浮かんだっていうのに材料が届かないですって!? 納期もギリギリだっていうのに……!」


 キ――っ! と奇声を上げて髪を掻きむしる。その場で転がりかねないほどのご乱心っぷりだ。


 奇声を上げて頭を掻きむしるセリスさん。

 おろおろと狼狽えるルフィス。

 リコちゃんはいつの間にか近くのちょうちょを追いかけてはしゃいでいる。

 シズクはぼけーっと遠い目をして空を見ていた。釣られてわたしも空を見上げた。

 あ、大きな雲だなぁ………………――じゃない! このままじゃわたしの下着も出来ないじゃない! 

 そんなのは絶対嫌だ!


「シズク!」

「……」

「シズクったら!」


 だぁかぁら! さっきの下手って発言しておいて無視してんじゃないわよ!

 わたしはシズクの襟元を掴んでは、激しく揺さぶり起こす。


「わっ……なぁに、レティ……そんな揺すらなくても……っ!?」

「……っ!」


 正気を取り戻すも、未だ気の抜けたシズクの顔を持ちあげて、わたしは顔を近づける。

 それから――ぐっ、と彼の唇に自分の口を押し付ける。

 柔らかな感触と先ほど淹れた紅茶の香りが鼻に届く。

 シズクの両目が見開かれる。シズクの目が何度も瞬いてわたしの目を見つめてる。わたしも同じくシズクの目を見つめる。綺麗な黒い瞳の奥にわたしを見る。じーっと数秒ほど、繋がったままシズクと凝視を続けた。

 その後、ぷはっと息を吐いてシズクの見開かれた眼を改めて見つめる。

 上の空だったシズクの目がきょろきょろと動いてわたしを見ていた。


「……目、覚めた?」

「う、うん。起きてる、起きてる!」

「じゃあ、行くわよ」

「へ、行くってどこへ?」


 アルガラグアへ――と言おうとした時、バンっ! とまたしてもテーブルを叩く音が聞こえた。今度はセリスさんじゃない。ルフィスだ。テーブルが可哀想だと思う。さっきから2人して叩いて、テーブルには何の罪は無いのよ。


「な、なっ! き、キスした! シズクとキスした! わ、私の! 私のシズクにキスをした!」


 何を戯言を。


「これは元々わたしのよ。――ねえ、セリスさん!」

「はっ……な、なによ?」

「わたしがその材料ってやつ取ってきてあげるわ!」


 と――こうしてわたしたちはアルガラグアまで荷物を受け取りにいくことになった。

 距離にすると馬車が4日ほどの距離にあると言う。わたしたちなら飛ばせば1日もかからずに着くだろう。

 「いえ、でもいいの? 危ないわよ」と珍しくこちらの心配をしてくれるセリスさんには「待っている間にわたしの下着を作っておいてくださいね!」と言ってシズクの手を引きこの場から逃げた。

 リコちゃんが「もー! リコもやっぱりしたいー!」って言いながらわたしたちの後ろを着いてくる。リコちゃんでもキスだけは駄目よ!

 その後、シズクとは屋敷の中で別れ、わたしは宛てがわれた自室に戻って準備を始める。


「……ん?」


 クローゼットの中に仕舞っていたジャケットに袖を通しながら――ふと思いだす。


「……あ……え……わ、わたし、わたしからキスした……しかも人前でっ!?」


 わ、わたしなんてことを! 人前で大胆にキスをする自分が信じられなくてベッドの上で身悶えた。


「うぉぉぉおおおお……っ!」


 シズクが迎えに来てくれるまではわたしは奇声を上げてごろごろと身悶えた。

 普段のわたしなら絶対に出来ない行為だ。


「れ、レティ……どうしたの? 変な声上げて転がって、怖いよ……」

「シズク。メレティミがへんなのはいつものことだ!」

「べ、別になん何でも、無いわよっ!」


 ――人前で、しかも知人の前でキスをするなんて、やっぱりわたしは疲れている。





 シズクはほっと顔を緩めて後部座席に座っているのがサイドミラー越しに映る。

 ふにゃーっと脱力したような間抜け顔は着せ替え人形から解放されたことからの安堵だろうか。羨ましい。逆にわたしの心情はこれまた真っ暗に淀んでいるのだ。


(馬鹿だ……)


 出発する時点でこれまた不用心にバイクを出したことで、セリスさんには「帰ってきたらちゃんと話してもらうから……」と囁かれてしまった時には本当に滅入りそうになる。


(なんで前の世界の人の前で出したわたし!)


 ここ最近、わたしの意識は散漫し過ぎている。

 不安の種は無数に蒔かれ、にょきにょきと芽吹きしっかりと根を張ってしまっている。

 はい、わかってます。自業自得ですよ。

 いつもは魔道具なんですって言えば済むのだ。今回だってルフィスには魔道具だって説明したし……ええ、魔道具だって嘘をつけるのはバイクを知らない人だけだ。もう本当、間抜けな自分が嫌になる。

 ただ、やってしまったことは変わらない。

 今は一先ず置いておいて、わたしは下着を作るのに必要な素材とやらを受け取ることに専念しよう。そうしよう。


 ぶんぶん! マフラーから爽快な歌声を喚かせてわたしたちはどこまでも続く茶色の国道を走り続けた。


「――でね。りゅうがね。おそらをとんでたの!」

「ふーん、わたしも見てみたいわね」


 今はわたしの肩に掴まるリコちゃんの、空を泳いでいた蛇についての話を聞いていた。蛇っていうか竜らしい。らしいって言っても竜なのかはわからないみたい。

 空をうねうねーとウミヘビみたいに泳いでいるところをわたしに会いに来るまでの旅先でシズクたちが目撃したということだ。サイドミラーにリコちゃんの尻尾がご機嫌に揺れているのが見えた。

 この世界に竜がいることは知っている。実物は見たことは無くても亜人族には竜人族の女性がいたしね。顔を合わせる程度の間柄で、話はしたことは無くても年4度開かれる神魂の儀で彼女とは何度とお互いの演舞を見せあった。


「メレティミ、メレティミ! あれみろ! キリンだ!」

「え、キリン?」


 リコちゃんに言われた方に視線を向けると、長い首を持った魔物が高く生い茂った樹木の葉を食べているところを見た。

 ああ、確かにキリンっぽい。まだら模様はなくて金色の毛並みだけが特徴的なキリンもどきだ。


「リコちゃん動物の番組好きだったね」

「うん! なかでもライオンがだいすき! だってね、だってさ。リコとおんなじなんだもん!」


 がおーがおー! と咆える真似をするリコちゃんはとても可愛い。ハンドルの手を離してぎゅーっと抱きしめたいほどだ。リコちゃんはささくれたわたしの心を癒す魔法なのかもしれない。


(あーあ、残念なことをしたかなぁ……)


 これならリコちゃんを連れて動物園にでも行けばよかったかなぁと心残りを覚えてしまう。

 シズクとわたしとリコちゃんの3人で動物園ピクニック。興奮するリコちゃんを間にシズクとわたしで挟んで手を繋ぎぶらぶらする。

 あ、ほらー、もうお昼だからごはんにしよう? 今日はお弁当作ってきたんだよー……と、頭の中で動物園デートを妄想していたけど、あ、ごめん。わたしお弁当、作れないや……と意識は現実に戻ってきた。


「……料理、頑張らないとなぁ」

「なに? メレティミおなかすいたのか! メレティミはくいしんぼうだなー!」

「ち、リコちゃん違うから!」

「あー……お腹空いたの? じゃあ、ちょっと休憩にしよっか? レティもさっきからずーっと運転してたから疲れたでしょ。無理せず休もうよ」


 べ、別にお腹空いてないし! ――でも、そう言う訳でシズクの手料理を食べて小腹を満たし、給水を含んだ小休憩を挟むことにする。

 今回は味の付けたひき肉をナンのような食感のパンの中に包んだ巻物だ。

 パンはミラカルドの町で購入したものだけど、ひき肉はシズクがその場で火をかけ特製ソースで味をつけたものだ。甘酸っぱい味付けは実に――。


「どう? レティ美味しい?」

「ぐぬぬ……美味しい……」

「よかったー……言ってくれたらもっと作るからね。あ、ほら、リコそんな急いで食べない」

「あーん、シズクのつくるごはんはうまい! ルイよりもじょうずだ!」

「ふふ、ありがとう。リコ」


 くっそぅ……。

 その見た目でシズクは料理までできるんだ。数年間の自炊生活の賜物だけど、これがなんだか悔しい。

 この姿になってから(昔のことは聞かないで!)家事の類はお恥ずかしいことに一切関わっていない。女の子として好きな男に手料理を出せないことがこんなにも悔しいなんて思いもしなかった。

 いいか。家事は出来なくとも鍛冶ならできるんだからな! ――なんて言葉は苦しくて言えない。





 その後も何度か同じような休憩を数回取り、数時間ほど走っているとやっと目的地と思われるアルガラグアらしき集落が遠くの彼方に見えてきた。それと同時に不可解なものも見えてくる。


「何かしら……」


 走っている道の両脇の平原はところどころで燃えたような大きな点を見かける。

 時には剣や槍、盾や兜、鎧までもがあちらこちらと放り出されているのが見えた。


「あ、これが争った跡ってやつなのかな……」

「かなぁ……」


 ついピクニック気分になっていて忘れがちだったけど、わたしたちは戦地に向かっていたのだ。

 これが戦場跡ってやつかって……今わたしたちが走っている街道は雨風で抉れたのか多少のでこぼこはあってもまったくと綺麗なものだった。

 その後も目的地まで走り続けるけど、道は殆ど綺麗なまま、道の端だけに武具が乱雑にほうり投げ出されている。まるで戦場だった場所に今走っている道が上書きされたかのように感じる。それだけ、わたしたちが走っている道だけが綺麗なのだ。

 幸い、と言っていいのかわからないけど、幸いだったのは人の死体と言ったものを1つも見なかったことだけど。


「道の端だけがめちゃくちゃってどういう――」

「……っ……れ、レティ! 虎!? トナカイっ!? ちがう! 馬! 馬、かわかんないけど! じゃあ、ああっ! そうだ! きりん! きりんがいる!」

「――状況なのって、もう、シズク。キリンの話はさっき終わったよぉ……」

「ち、違う! 空、空!」

「はあ、空――っ!?」


 言われて地面ばかりに注目していた視線を空に向けると――そこには、鹿の様な角を持ち、獅子舞の様な顔をした4本脚の動物がいた。

 身体には紫電を纏い、ばちばちと空気を震わせている。


(シズクが言っていたのはキリンはキリンでも麒麟の方かー……ってえ、麒麟っ!?)


 空から舞い降りた麒麟(?)は4本脚を波立てわたしたちの横を並走し始める。

 地面に足はついていない。見えない何かを、宙を蹴って走っている。


 ――冗談でしょう?


 わたしは今時速で言えば80キロで走っているのだ。

 この世界に道路交通法なんてものは無い。この道は国道でも交通標識なんてものは当然ない。制限速度なんてものも当たり前の様に無い。

 本気を出せばきっと速度メーターを振りきるくらいには走れるけど、アルファルトの地面じゃないため80キロで走っている。ちなみに3人乗りも許されるのだ。


「いやいやっ! この世界でバイクと同じ速度で走れる生き物がいてたまるかって言うんですよ!」


 走るってよりは飛んでいるんだけど。

 しかし、現に4足歩行の生物はわたしたちと同じ速度で並走している。ありえない……あ、ひょいっと麒麟らしき魔物の背に人が跨っていることに気が付いた。男の子だ。

 座っているからなんとも言えないけど、背はわたしともシズクと同等か、やや小さいくらいの少年だ。

 身の丈に合っていないぶかぶかな大きめの服を着て、前からかかる暴風につんつんと跳ねた金髪の髪が後ろに流され逆立っている。

 ぱっちりとした紫の瞳がぎっとわたしたちを睨み付ける。ぱくぱくと口が動いて何を言っていた。


(あ……この子、鬼人族だ)


 それと、つんつんの金髪の髪の中に2本の白い角がにょきりと生えていることに気が付く。


「……ちょっ、何考えてぇ、とぉっ!」


 並走してた麒麟はさらに速度を上げてわたしたちの遥か前の道を塞ぐかのように降り立った。

 慌ててブレーキを切る。リコちゃんとシズクが悲鳴を上げるけど気にかけることは出来ない。

 突然のことでこけそうになったけど、風魔法を使って体勢を整え、どうにか転倒だけは避ける……が、シズクとリコちゃんが車体からごてんと豪快に落ちて悲鳴を上げていた。


「ふぎゃ!」

「痛いっ!」


 2人ともごめん!


「あんた馬鹿なの! 死にたいの! 危ないじゃない!」


 わたしは大声を上げて怒鳴りつけた。

 今なら道に飛びだしてきた人を怒鳴る全国のドライバーさんの気持ちがわかるような気がする。あれは怒ってるんじゃなくて、突然のアクシデントに対する悲鳴じゃないんだろうか。


「お前ら、面白い魔物に乗ってるな! いや、違う! お前ら、一体この先に何の用だ!」

「ちょっと怒ってるわたしの話を聞け! 危うくぶつかるところだったじゃない!」

「で、何の様だ?」

「何って頼まれものを取りに来ただけよ! 話を聞けって!」

「信じられないな。そう言って里を攻撃してきたことをおれは忘れない」

「おい、この馬鹿! ちょっと聞け! わたしはまず謝れって言ってるの! たくっ、どうして行く先々で話を聞かない奴ばかりなのよ……あんたが忘れなくても、わたしは元々知らないわ!」


 目的地は目の前だって言うのに!


「あんた一体何者よ! 通行の邪魔しないでよ!」

「おれの名前はベレクト! アルカラグアの防人だ!――「あ、そこは答えるのね」――ここを通りたければおれを倒してから行くんだな!」

「はあっ!? 倒してって、何を言って……」


 言うなりベレクトとか言う少年は麒麟(仮)より降り立って、何やら構えを取ってわたしたちと対峙する。


「……痛た……どうしたのレティ……誰、この子?」

「誰って……ベレクト、くん?」

「ベレクト? 知り合い?」

「知らないわよ……この先を通りたかったら倒せって言ってる」

「はあ……」


 思わぬ番人の登場にわたしもシズクもどう反応していいのかわからない。

 ともかく、突如現れた鬼人族っぽい金髪の少年がわたしたちの前に立ち塞がった。

 少年って言ってもわたしらと同年代の子だ。プラマイで1、2歳くらいの差かな。上かもしれないし下かもしれない。

 歳がはっきりとしないのは身体に見合わない大きな服を着ているせいだ。だぶだぶの服の印象から子供っぽさが前に出ている。


 つんつんと跳ねた硬い質感の金髪に八重歯を覘かせる口元は笑っている。しかし、紫色の瞳だけは勝気ながらも鋭くわたしたちを捉えている。

 第一印象としてはリコちゃんに似ているかも。悪戯好きなとても元気で活発な男の子に見えた。


 どうしたものかとエンスト状態のバイクにまたがったままのわたしと、地面に尻もちをついたままのシズクは言葉も無く彼を見つめるだけだった。

 リコちゃんが「もーいたいぃ……」と落ちた時の痛みに悲鳴を上げる。

 大丈夫、リコちゃん?

 心配になって視線をリコちゃんに向けた――ところでベレクトと名乗る少年がわたしらよりも先に行動を起こした。


(……しまった!)


 見た目は元気な男の子でも、敵を前にして一瞬でも気を抜いてしまった。

 ベレクトは両腕を引き締めて何かを放つようなしぐさを取る。


「くっ……戻って!」


 わたしが行動に起こせたのは腕輪に触ってバイクを戻すところまで。

 人との実戦は無いけど、魔物とならそれなりに数をこなして相手に取ってきた。魔物はこちらの準備を待ってくれるなんて親切な真似をしてくれることは無い。

 突然襲われたことだって何度だってある。そのたびにシズクに助けてもらって、次は油断しないようにって毎回思ってたのに……人だからとわたしってやつは気を抜きすぎだよ。やってしまった。

 何が、来るっ!?


(……っ……て、あれ?)


 きっと奥歯を噛みしめて身構えるも、何も来ない。

 じゃあ、何をしたかっていうと――


「とわぁ!」


 ベレクトは引き締めた両腕を振り回しながら身体を横に1回転。おまけに小さくジャンプをしてこちらに拳を付き立ててきた――それだけだった。


「アルガラグアを脅かす悪はおれが打ちのめす!」

 

 そう言い切った後、彼が跨っていた麒麟っぽい獣が、お腹を震わせるくらいに大きな音を立て弾けた。

 無数の閃光は空へと舞い上がる。地上から天へと放たれた雷だ。

 ……とにかく、さっきまで鬼人族の少年ベレクトが乗っていた麒麟は彼の後ろで弾けた。格好をつけている背後で特殊効果よろしくど派手な光線があがって……まあ、見栄えはいい。


(……まるでヒーロー物の特撮じゃない。決めポーズよね、これ?)

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