第136話 不満を上げるなら……

 結局、セリスさんは外に出ても変わらなかった。

 お茶を片手間にテーブルの上に置かれた紙を睨みつけ、ああでもないこうでもないと愚痴りながらペンを走らせ、バッテンを書いていく。くしゃくしゃにしてぽいっと明後日の方向へと投げ捨てるのを何度も見た。

 この世界で紙って貴重って聞いてるけど? わたしは里の外のことは未だまだよくわからない。


「普通にレースやフリルを付けたものじゃ駄目なんですか……」

「そういうデザインはあるにはあるけど、お得意様の衣服に合わせたりもしないといけないし――ほら」


 ほら、の続きにセリスさんはペン先を彼方へ指す。釣られる様にその方向を見て思わず舌打ちがしたくなった。

 ルフィスがにこやかに微笑みながら、軽く手を振ってこちらに向かってきていたのだ。シズクとリコちゃん、それから3人の後ろにルフィスの護衛だかのヴァウェヴィさんもいる。


(わたし……この人は好きになれそうにないわ……)


 元々ルイの記憶やシズク越しにルフィスについては知っていたつもりだった。しかし、実際のルフィスは他者から知った情報以上にシズクにちょっかいを出す。

 開けた胸元をちらつかせて自分の従者にならないかって誘ったり。事あるごとにべたべたと彼に付きまとってたり。夜になればシズクの部屋で寝ようとしたり!


(シズクが使っている部屋にはベッドは1つしかないんだぞ!)


 昨日なんて、昨日なんて、シズクとお昼を食べていたら、わたしが隣に座っていると言うのに間に入ってきたり! さらにわたしが隣にいるのにシズクにアーンなんて、アーンなんて……!!

 今だってふらふらと力の無い足取りで歩くシズクの腕に自分の腕を絡めている。


(わ、わたしだってそんな恋人みたいにシズクと腕組んだことないのに! シズクも抵抗すればいいのに! ……はっ、実は嫌じゃないっ!? お前、本当は胸の大きな奴なら誰だっていいんじゃないか! ああ、憎たらしや憎たらし――)


 ぎっ、と睨み付けようとしたけど……シズクは心ここにあらずと生気の抜けたような、にも及ばないにしても、真っ白な顔をしている。

 未だに髪も下ろしたまま。切ろうとはしない癖して人前で髪を降ろすのを嫌がるシズクが結ぶのも忘れて放心しているのだ。


(あんた、どんだけ疲れているのよ……これじゃあ怒るに怒れないじゃない……)


 わたしの振り上げた怒りの鉄槌は振り降ろす前に手から落ちる。

 また、シズクの反対側の腕にはリコちゃんがぶら下がるように抱きついている。

 シズクとリコちゃんだけならよかったのに。彼ら2人だけなら仲睦まじい姉妹のそれ。彼が男であることに目を瞑れば、お姉ちゃんに甘えるケモ耳の妹って図はとても絵になる栄える身悶える。

 だから、邪魔者よ。その腕を離せ。


「……まあ、アレらに合わせて作らないといけないしね」

「あ……ああ」


 わたしは頷いて同意する。

 正装になった時のルフィスというか、セリスさんのお得意さんらの服装はまるで絵本に出てくるお姫様方が着るようなふりふりひらひらドレスだ。実のところわたしもちょっぴり憧れていたりもする。


 ちなみに今のルフィスは首周りが大きく開いた白のブラウスと、踝ほどの長さを持ったフレアスカートだ。一応、外出用であり人の目があるところでは滅多に着れないとかの“比較的大人し目”の服装だそうだ。

 いつも胸元をがばっと開いているのはサイズが合ってないのか、それとも見せつけるのが趣味なのかは知らないし聞くこともない。

 シズクの前ではもう1つボタンを留めろと言いたい。開けるんじゃない。


「あんた、いい加減シズクから離れ――」


 離れろ……なんて、言うその前にリコちゃんが先に駆け出しわたしの膝の上に乗ってきたことで、またも怒りの矛先はぱっきりと折れた。

 リコちゃんはわたしに身を任せてもたれ掛かってくる。シズクの顔をしてシズクには出来ない無邪気で大きな笑顔を向けてくれる。


(可愛い……可愛すぎる……っ!)


 ルフィスに対しての怒気もすっかり晴れて、この体温の高い小さな身体をぎゅーっと抱き締め、頬ずりを楽しむ。リコちゃんが身を捩って笑いだすけどわたしはやめないのだ。

 ぴょんと髪の房から出ているケモ耳もとてもいい! この耳にはわたしも撫でながら掌の上で楽しんじゃう。耳フェチになってしまった残念な幼馴染の気持ちが少しはわかる瞬間だ。

 リコちゃんがイヤイヤと抵抗を見せるが、撫で続けると次第に大人しくなった。

 わたしの膝の上でリコちゃんのしっぽがみょんみょんと弾む。この尻尾もいい。赤い髪の毛とは違って真っ白な尻尾もかわいいのだ。

 ああ、こんなに可愛いリコちゃんを除け者なんてことはわたしにはやっぱり出来ない。いつまでもずっとずっと一緒だよ!


「メレティミくすぐったい」

「リコちゃんが可愛いから触りたくなっちゃうの。触られるの嫌いー?」


 嫌いなんて聞いてしまうのは意地悪からだ。リコちゃんは触られるのは大好きなのはライオンだった時から知っている。ライオンだった時に初めて触った時のあの感動は未だに忘れられないよ。


「……きらい、じゃない。でも、メレティミはくすぐったいの。シズクはきもちいい……シズクのほうがうまい」


 くっ……またしてもシズクが出る。おのれ、シズクめ。

 それにしても、リコちゃんにはレティって呼んでほしいのに、どうしてリコちゃんはメレティミって呼ぶんだろう。未だにその理由は謎だ。

 シズクの方がうまいと言われてもまあ構わないわ。だから、わたしはリコちゃんを堪能する。リコちゃんの頭を撫で続けていると、わたしの腕の中に納まったリコちゃんがこちらを見上げて口を開いた。


「ふたりはなにしているの?」

「休憩よ。それと同時に天日干し。セリスさんはたまに外に出さないとカビちゃうのよ」

「ふん、どうとでも言いなさいな」

「そっかー。じゃあ、リコもする」

「もちろん、私もご一緒しますわ。ね、シズク?」


 なぁにが「ね、シズク?」よ! しかし、リコちゃんとの触れ合いのおかげか気持ちは平坦だ。そもそも、わたしだって疲労が溜まっていたりする。

 座って立って見られて触って。これだけの簡単なお仕事なのにわたしはわたしでいっぱいいっぱいだった。

 わたしってやつはじっとしているよりも、忙しなく動き回っている方が性に合ってるんだと思う。





 そういうことで後から来た3人も休憩と言う名のお茶会に参加する。

 テトリアさんも呼ぼうかと思ったけど、だいたい今の時間は寝ているんだよね。次がテトリアさんの番であり、呼びに行くまでまだ時間はある。起こすのも可哀想だしそのままにしておく。

 スクラ・ラクラ・キーワンの3人組は今日もギルドでお仕事を受けているはずだ。ちょっと羨ましい。


 3人へと新たに黒糖色をしたお茶を淹れる。空中で2つ水球を生み出し熱を加える。1つはポットとカップを温める用で、もう1つは飲水用の水球だ。

 ポットとカップを温める理由はよくわたしにはわかっていない。だけど、セリスさんが温めろっていうのだ。あれこれこうして淹れろっていうのだ。お茶を淹れる時はどうしてか注文が多いのだ。しかし、の指示には黙って従うのだ。

 ポット・カップの温水を掻き消して、お茶っぱをポットに入れて飲水用のお湯を注ぎ入れる。

 熱くなったポットに触りたくなかったから風魔法で浮かせたままカップに注ぐと、「魔法って便利ねぇ」とルフィスがしみじみと口にする。

 ヴァウェヴィさんにも出そうとしたけど「結構です」とのこと。あ、そう。

 シズクにもお茶を出したのだが、はるか遠くを見つめるだけでカップを取ろうともしない。まあ、これもいい。


「はい、リコちゃんどうぞ」

「ありがとう、メレティミ」


 リコちゃんはわたしの膝上で気をつけながらカップを手に持ち、ふーふーと息を吐いて冷まそうとしている。こんなに身体は熱いのに猫舌なのかな。

 わたしがふーっと息を吹き込めば魔法で簡単に冷ましてあげることも出来たけど、仕草が可愛いからそのままだ。

 あ、セリスさんもおかわりですか? よろこんで。

 渋い顔をしたひとりはペンを持って延々と紙とにらめっこをしていたが、各自思い思いにわたしの淹れたお茶を楽しんでくれていた。


 こくりとルフィスは自分のカップに口をつけて、ふう……と息を吐いた後、セリスさんに顔を向けて口を開いた。


「ところで、進歩の方はどうですか?」

「全然よ。シズクとメレティミ、テトリアがモデルになってくれたおかげでまあある程度の刺激にはなったけど、何かが閃くかと言えば全然だったわ」

「そうですか。私としてはセリスさんの仕立てる下着はどれも美しくて素敵なのですが……やはり職人ともなるとこだわりが出てきてしまうのね」

「…………まあね」


 こだわりねぇ? 一昨日や昨日のわたしがどう思ったかは自分のことなのに忘れたけど、今日のわたしには卑猥な紐下着にこだわりなんかあってたまるかと言う気持ちでいっぱいだ。

 心情を吐露する気は一切ないのでわたしは自分用に淹れたお茶を口にするだけ。


「ん……じゃあ、メレティミに聞くけど、逆に私の作るものに何か不満はあるかしら? 素人判断でいいの」

「あ、わたしですか?」


 不満……うーん? 不満があると言えば沢山ある。言いたいことは山ほどある。

 なんでわたしにあんな変な下着を着せるのかとか。紐とか頭おかしいんじゃないのとか。シズクにどんな下着を着せて楽しんでいるのかとか。シズクの恥ずかしがる姿を見て愉悦を覚えているんじゃないのとか。

 でも、今セリスさんが求めている回答はそうじゃない。


「そうですね――…………1つ言えば、着心地ですかね」

「えっ、着心地?」

「はい。胸の開いたやつや今日着た紐なんかは別ですが、普通に着られるものはごわごわって言うんでしょうか、着るってよりも身体に貼り付けてるってイメージがありました。着せられてるって言った方が良いのかな。とにかく、着る服ってよりも装飾品の服って感じ。別にきつくは無かったのに脱いだ後に下着の線が身体に残ってるのも気になりましたね」


 元々聞いていた話だが、セリスさんは快適な下着を作るって聞いてたんだけど……と最後に付けたしてだ。

 確かにそこらのお店で売ってる下着に比べたら断然違う。この数日中に着けた下着の全てがすべすべの肌触りの良い生地でとても着やすかった。

 けれど、それは生地が良いだけであって、着心地がいいかと言われたら、わたしは首を傾げる。


「……」


 セリスさんはぽかーんと口を開けて呆気を取られたような顔をした。


「何か気に障ること言いました?」

「……いえ、何年もこの仕事をしていたというのに、自分が愚かだったのかを思い知らされただけ。そうね、そうよ! このところデザインばかりに気を取られてすっかり機能性についておろそかにしていたわ!」


 「merde!」と悪態を上げてセリスさんは今まで書いていた紙も握りくしゃくしゃにする。続いて先ほど淹れたばかりのお茶を一気に飲み干す。

 見てて気持ちのいい飲みっぷりだ。熱くないのだろうか。

 もう1杯! と言われて新たに淹れ直し、それもまた直ぐに飲み干す。今回淹れたものはちょっと温度を下げてあげる気配り上手なわたしを褒めてほしい。

 ふうーと一息入れたセリスさんの表情は憑き物が落ちたみたいに見えた。


「よしっ、デザインと共に着心地を求めた下着を作る! いいわ。いいわね。どんどんアイディアが溢れてくる! こんなことに気が付くだけならモデルなんていらないじゃない! まったく、さっきまでの自分の尻を蹴り上げたいわっ、よーし!」


 ぐっとガッツポーズを取るやる気満々のセリスさんに陰りない。出会ってからで1番活き活きとしている。

 あっと思い立ったかのようにわたしを見て照れ隠しのようにはにかむ。


「……ま、まあ、何? これくらい自分で気が付いたと思うけど、おかげで助かったわ。お礼として先にあなたの下着から作ってあげることにするわ」

「え、いいんですか!」

「このところずっとデッサンばかりだったし、慣らし運転の代わりだけどね。あっと、慣らしだからって手は抜かないから安心して。そんな手抜きをするような真似はしないわ。じゃ、そんなわけでメレティミが欲しい下着ってどんなの?」

「じゃ、じゃあ、えーっと、そうですねぇ……」


 やっと、やっと念願のわたしの番がきた。

 わたしはセリスさんにペンを貰って、先ほど拾ったくしゃくしゃになった紙の裏面にさらさらとデザインを書いた。


「ん、下手ね」

「下手ですわね」

「レティって前から絵は下手だよね」

「リコはうまいとおもう!」

「うっさい! シズクは見るな! リコちゃん、ありがとう!」


 リコちゃんは本当に天使か何かだと思う。いつの間にか気を取り直していたシズクがお茶を片手にわたしの絵にちゃちを入れてきたのは許さない。

 書けたものをセリスさんに手渡し、あれやこれやと尋ねられその都度、絵では伝わらない情報を別の洋紙に書き足してもらう。

 セリスさんの描くデザインは次第にわたしの理想としている下着を描いてくれた。アウターに浮かない程度に抑えられたフリルをつけた可愛いブラ。シンプルなリボンをつけたパンツはゴムがよかったけど仕方ないと紐パンだ。紐パンって言っても今日着たような紐とは一緒にしないでほしい。

 他にも3着ほど自分の欲しいデザインを書いてもらう。貴族様たちに出すオーダーメイド品は無理だけど、以前作ったパーツを組み合わせることで数日で出来上がるという。セミオーダーというものか。それでも十分だ。

 採寸を計る必要はないのもいい。この数日でわたしのプロポーションはセリスさんの頭の中にあるとかなんとか。ちょっと恥ずかしいけどね。


「こんな感じ?」

「……ええ、いいです。それです!」

「……そう。でも……このデザイン……」


 デザインを見る限り、わたしの要望通りの下着が手に入りそうだ。しかも、自分の体形に合ったものが着れる! これほどうれしいことは無い。

 アサガさんたちのいた世界で下着を購入した時、可愛いデザインは沢山あってもわたしの体に合うサイズは殆ど無かった。目ぼしいものを見つけても大きいサイズは無かったり、合ったとしても結構な値の張るものだったり、懐が豊かでなかったことから良いものが選べなかったのである。


「ここまでたどり着くのに本当に長く感じたわ……」


 ついしみじみと呟いてしまう……っと、今更だけど、今回の依頼の報酬はわたしの下着なのだ。

 セリスさんとはモデルを引き受ける代わりに、わたしの要望に沿った下着を作ってくれることを約束してもらっている。


 今回の依頼はわたしの我儘なところが大きくシズクには多大な迷惑をかけたことになる。

 この報酬のためにシズクを付き合わせ、頑張ってもらった。なのにシズクに対する報酬は一切ないと言っていいかもしれない。逆に代価として別のナニかを払わせてしまっているかもしれない。その払わせてしまったナニかによって、シズクがここまで呆けるほどのことになっているわけだけど。


 シズクの時にはいったい何をしているのだろうか。

 わたしやテトリアさんの時もそうだけど、デザインを書いている時は部屋の中を覗くなと言われているので、シズクとセリスさんが部屋の中で何をしているのかはわからない。

 ただ、わたしと同じことをしているのだと思えば、納得半分釈然としないものがある。

 この数日、シズクはうんざりというか、疲れた顔をして部屋から出てくるのだ。


『僕、男なのに……』


 これが初日での1言。まだ心に余裕があったが、泣きそうな顔をしていた。


『紐がね。紐がね……』


 2日目はずっとひもひも言っていた。

 今日わたしが着たものとは別物らしい。そして、わたしが着れないものらしい。それが形状からなのか、それともサイズ的な……いいや、前者に違いない。

 そこはわたしが譲れない。真相は謎だが暴こうとも思わない。


『僕の身体ね……ブラが通るんだよ……』


 3日目である。

 ブラを着用したらしい。そういえば、男性用ブラなんてものがあるなんてことを以前バラエティ番組で見たことを思い出した。


『もうおよめにいけない』


 そして、これが今朝の別れ際の話だ。


『レティ……僕を貰ってくれる?』

『……考えておくわ』


 先日にはプロポーズ染みた言葉を貰ったと言うのに、今では反対の言葉を告げられているんだ。

 あの時の男らしさとかドキドキとか煌きなんて微塵に吹き飛ぶ。吹き飛んだあとの更地には謝罪の気持ちでいっぱいになっていて、彼と目を合わすことは出来なかった。

 ま――……怖いもの見たさっていうものもある。

 知りたくはない。だけど、中で何が行われているかを知りたいとも思ってしまう。

 でも、彼の名誉の為にも知る必要は無いだろう。


 これも仕事なのだ。仕事だと割り切れ。仕事だとシズクにも割り切ってもらうしかない。今回だけはわたしも目を瞑るから――。


「ねえ、メレティミ。そういえばさ」

「なんですか?」


 ちょいちょいとわたしの下着のデザインに手を入れているセリスさんが顔を上げてきた。


「ん、シズクもそうだけどさ。あなたたちの服……それ、誰の作品?」

「へ、誰って……」


 思わずどきりとした。

 で鍛えたシオミさんお手製のワタリブランドだと言っても誰って話になるだろうね。

 しかし、ここでセリスさんが求めているのは誰が作ったかってよりも別のこと、服についてだった。


「生地があまりにも綺麗だし、つるつるしてしっかりしている。ボタンやブーツの加工技術だって綺麗すぎる。そんな製品、私は見たことがないわ。そして、何よりこの縫い目……あまりにも正確過ぎる。これじゃあ、まるで……」


 ――マシーヌアクードルって、感じの音の並びがセリスさんの口から聞こえた。“machine à coudre”が一体何かはわたしにはわからないが、セリスさんが前にいたであろう世界での物の名前だろうとは予測できた。


(うーん。この世界には無いものを持っているわたしたちを疑っている?)


 別にわたしたちが生まれ変わっていることをばらしてもいい様な気もする。

 頭の中はどうかしらないけど、セリスさん自体は無害だし、わたしもシズク以外のこの世界に来た別の世界の人ってやつと話をしてみたいとも思う。


 ――ここにいるのがセリスさんだけならば、だ。


 いったい、どこで誰がいて何があるかわかったもんじゃない。

 ここにはセリスさんとわたしたち3人だけじゃなくて、ルフィスやヴァウェヴィさんだっている。

 他にも耳を立てている人もいるかもしれないし。

 何より……ユッグジールの里の最後の出来事がわたしの脳裏をかすめる。

 魔女狩りじみたことはもう受けたくない。


「えーっと、ほら……」


 わたしは苦し紛れにこの世界に初めて訪れた町の名前を口にする。そこでシズクと共にこの服を一式揃えたと言った。ちらり、と放心していたシズクに助けを求めようと視線を送るもまたも上の空で空を見上げている……おい。


「……へえ、そんな場所がね。1度行ってみたいわね。ねえ、ルフィス……ルフィス?」

「……私、そんな服を仕立てるお店があるなんて話、聞いたことありません」

「えっ!?」


 わたしはぎょっとして声を上げてしまう。


「呪われた女がいるという眉唾な噂以外でその町のことは聞いたことがございません。セリスさんが興味を持たれるほど斬新な服を仕立てる人がいるならば、フォーレ家である私の耳に入ってもおかしくないじゃありません? ねえ、ル……レティ?」

「いや、わたしに聞かれても……って、ちょっと、わたしのことをルイって呼ぼうとしただろ! あと、レティって呼ぶな! メレティミって言え……ひっ!」


 流れからさらりとわたしの愛称を口にしたルフィスを咎めようとしたところで、じーっとセリスさんがわたしを怪しむように凝視していた。

 じろじろとわたしの頭のてっぺんから履いている靴まで舐め回すような目で見つめてくる。

 この数日向けられていた目とは全くと別物だ。恐怖を覚えそうになる。


「もしかして……あなたたち……」

「ち、違います!」

「違うって何よ? メレティミ……いえ、あなたたち何を隠しているの?」

「何も隠してなんか!」

「……ん、やっぱり……そうなの? やっぱり、私以外にもいたのね。あなたたちも生まれ変わ――」


 げっ!


「ないです! ないないない!」


 大声を上げてセリスさんの言葉の続きを掻き消そうとする。

 ルフィスが「え、セリスさん今なんて……メレティミうるさいですわ!」と顔を歪めながら耳を塞ぐ。「メレティミ!」とセリスさんがわたしに負けないくらい大声を上げて名を呼んでもあーあー! 聞こえない! 聞かせもしない!

 もしもこれ以上聞くようであればわたしは魔法をぶっ放してでもこの場をしっちゃかめっちゃかに掻き乱してやる!


「ちょ、ちょっとメレティミ落ち着きなさい!」

「あーあー! 聞こえない! 聞こえ無いったら!」

「おい、黙れっていうの! このっ!」


 わたしは口を塞がれてもセリスさんとは顔を合わせず明後日の方向を見た……というかというか、もうね。

 やっておいてなんだけど、自分のこの行動がイエスと言ってるようなもんだ。

 他にもっと良い行動が起こせればいいのに、みっともなく大声を上げて喚き散らすだけって子供かよ。


(……まさか、服でばれるとは思わなかった。この世界では奇抜な格好をしてる人もいるから大丈夫だと安心していたのに)


 明後日の方向にいたシズクを見ても相変わらず上の空。

 おい、さっきの下手発言をしたお前はどこにいった。お前のピンチでもあるんだぞ、と口に出して言いたかった。

 まあ、かと言って今のわたしはセリスさんに口を塞がれている訳だが……。

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