第129話 下水道での救出と出会い

 下水道に入っていられるのも日が傾くまでだ。日が沈んだ後は出入口は閉じられてしまう。

 もしも時間までに外に出れなければ次の日の朝まで待たないといけないって事前に注意を受けた。また下水道内での遭難、不運な事故等で取り残されても捜索されることもない。

 全ては自己責任。

 実力の無い人は無理せず下水道の入り口付近でスライムを狩るそうだ。


 そうは言っても参加する多くの冒険者が狙うのは当然と巨大スライムだった。

 やつらの体内に形成されるコアの大きさはそこらの魔物の体内で生み出されるビー玉やゴマ粒程度のコアとは違い、手のひら大から成人男性の頭ほどの大きなものになると聞いた。

 これを手にすることが出来れば1度で数十リット銀貨……時には1リット金貨となる可能性も秘めている。どちらにせよ、一日で得られる報酬としてはとても大きなものだ。


 下水道には昼前に入ったけど、結構な時間が経過したと思う。悪臭から食事は口にしたくないが、多少空腹を感じている。

 ぼちぼちと先を進んではスライムを倒しコアを集める僕らだったけど、未だ巨大スライムとはお目にかかれずにいた。


「もしかして、倒されちゃったのかな」

「もう少し早く出ればよかったかもしれないわね。いつも通りに動いたのは失敗だったかもね……」


 倒したスライムのコアを換金すればきっと今回の平均値と聞いているリット銀貨5枚くらいは手に入るだろう。また倒したスライムのコアも普段のスライムより比較的大きいこともある。

 最後に立ちよかったレクサヒルでの1日の報酬が25リット銅貨だったことを考えれば十分過ぎるほどだったし、今の僕らにはもう諦めムードが流れていた。


「……見て、あそこ」

「……え」


 レティの示した先は大きな広間が広がっていた。

 地上に繋がる通気口が多いのか、通路よりも多く光が差し込んでいるも、変わらず薄暗い空間だ。

 ただ、その広間で何か巨大な物体が蠢き、またそれに比べてしまえば小さな存在が忙しなく動いているのが見える。

 目を凝らして見ると巨大な物体はお目当てだった巨大スライムで――巨大スライムが触手を伸ばして誰かを襲っているらしい。そして、その襲われている何者かは無数に蠢く触手を掻い潜るようにあちらこちらへと跳躍をしていた。


「うわ、でかぁ……あれが噂の巨大スライムかぁ……」

「あんなのがいるのね……」


 先ほどまで倒してきたスライムは僕らの顔よりも大きいくらいのものだったが、今目の前にいるやつは僕ら2人を飲み込んでも尚余裕のあるような、何十倍と大きな化け物スライムだった。うねる姿はまるで浜辺で起こる高波のように見える。


「先を越されちゃったね」


 と、レティが小声でつぶやき、僕も「うん」と小さく答えた――ところで、先客の冒険者さんが今の会話のやり取りに反応するかのように、僕らへと顔を向けた。


「え、聞こえたの?」

「レティもわかった? 今、こっち見たよね」

「うん……」


 距離は取っているつもりだけど、こんな小声すら拾ったのか――なんてその時は思ったけど、それよりも僕らが放っている光球で気が付いた可能性もある。ここに来た時の物音でとっくに知っていた場合だってある。

 どちらにせよ先客の冒険者さんは僕らに気が付いたということだ。


(仕方ないか。先客である冒険者さんへと陰ながらエールを送ることに……ん?)


 ちらちらと薄暗い中でも目立つオレンジ色の長い髪をなびかせながら躍動する冒険者さんは僕らの方をしきりに何度も見ていた。

 もしかして、僕らがいることで戦いに集中できないのだろうか。

 それはそれで悪いことをしているのかもって……けど、何か違和感を覚えるのは直ぐのこと。

 その冒険者さんは時折、こちらに手を伸ばすような仕草を見せた。


「ねえ、あれって劣勢に見えない?」

「あー……レティもそう思う?」

「ええ……なんかもう、あの人……限界って感じ?」


 巨大スライムはその大きな見た目の割に俊敏に、ぴゅんぴゅんと鞭みたいに触手をしならせて冒険者さんを攻撃していた。そして、冒険者さんは辛うじて避け続けているが、こんな薄暗くてもわかるくらい肩を上下させている。

 避けた先でも大きくよろけて地面を転がる。それでも即座に立ち上がり、僕らへと身体を向けて走ろうともしていた。でも、触手がすぐに邪魔をする。

 冒険者さんは無駄な動きが多かった。無駄な動きは多いのに、その俊敏性は目を見張るものが合った。

 よろけながらも走って触手から逃げ、移動しようとして触手に邪魔されてまた後方へと跳躍――すごい、強化魔法を使っていない素の状態の僕でも届かないほど後ろに跳んでる。


「人にしたらなんか高く跳ぶなあ……」


 もしかして、強化魔法を使っているのかな?


「もう! シズク! そんな悠長に見てる暇ないって!」

「あ……確かに」


 退治した時の取り分について揉めたりで加勢されることを嫌う人が大半だけど、もう見ていられないか。

 流石に防戦一方……ついにはスライムの伸ばした触手に足を取られ、冒険者さんは硬い石床にその身を叩き付けられた。甲高い悲鳴が冒険者さんから洩れた。

 駄目だ。あれは。


「シズクっ!」

「わかってる! 今助け――」

「……っ!?」


 広間に姿を出した僕らは即座に雷の瞬動魔法を使ってお互いの距離を縮め、その人の手を取ろうとして――ぎりぎり間に合わず、触手に引っ張られた冒険者さんはスライムの身体の中へと引きずり込まれてしまった。


「しまった!」

「もう、何してんのよ!」


 レティが上方へと光球を生み出しその広間一帯を照らした。

 光に照らされたスライムのお茶みたいな琥珀色をした身体の中で、ごぼごぼと気泡を上げてもがき苦しむ人を見てしまう。


「早く助けないと!」

「行くわ!」


 巨大スライムの中に取り込まれた人を傷つけないように僕らはスライムに突撃を開始する。





 ……スライムはいい。

 そこらで出没する魔物を退治するよりも遥かに楽だ。

 まあ、こんな大きなスライムとは戦ったことは無いけど、心が楽なんだ。生きているとは思えない見た目がよかったのかもしれない。

 いつもなら叩いて潰せばいいんだけど、この大きさじゃね。

 じゃあ、凍らせたり熱して蒸発させるのも手だけど、今回は中に人が取り込まれているからね。


 スライムは普段取り込んだ虫を時間をかけてゆっくりと溶かして吸収する。

 これは以前小さい頃にルイと一緒に見たことがある。じっくりと溶けていくところを観察した。

 溶かすのには時間はかかるはずだけど、この大きさだとどれだけの時間で済むかはわからない。というか取り込まれた人の呼吸が続かないよね。


 うねうねと動く触手はまるで爬虫類の長い舌のように思えた。

 僕らを狙う触手を避けながらも後方から地面にベタン! と張り付いたような音を鳴らしている。あれに触れたら一瞬で引っ張られて身体の中に持っていかれるだろうなあ。


「触れちゃだめよ!」

「わかってる!」


 レティの言葉に直ぐに返事を返す。


「はあっ!」


 意気込みレティの放つ風魔法で伸ばした触手は綺麗に刈り取られる。

 切り落とされた触手はビタン! と弾力性のある落下音を放った後にトロリと溶け――次第に粘度の無いさらさらとした水へ変わっていった。

 怒ったのか巨大スライムの身体から無数の触手が伸びだした。その姿はまるでイソギンチャクのように思える。

 うわあ……すごい気持ち悪い。あれには僕もレティもたじろいてしまう。


「切っても切ってもきりが無さそう」

「そうだね。……うん、銃を使うよ」

「え、使うの? ……いいけど、大丈夫? 火力には気をつけてね」

「うん、任せて!」


 僕は「出ろ!」と声を掛け、右手薬指にはまった指輪からサイトウさんから貰った銃を出現させる。

 シリンダーを開いて中から弾を1つ手に取り、教わった通りに魔力を込める。

 再度魔力を込めた弾丸を装填し、スライムの触手攻撃を避けながらも狙いをつけて……つける必要はなかったけど放つ。


 弾丸には無数の触手だけを貫き弾き、スライムの周りを走るように命令を組み込んでいる。

 おばけ戦艦に漂う札を撃ち落としたあの時みたいに正確な射出はできないけども、思った通りには弾は僕の言うことを聞いてスライムを攻撃してくれた。

 触手に触れないまでも触手の近くを弾丸が走れば風圧で弾いてくれるので概ね良好だ。新たに生み出そうとする触手も直ぐに弾け飛ぶ。

 ぐるぐると高速で回るように命令を込めた弾丸が生きているうちに、僕もレティも近寄って攻撃を再開する。

 中にいる人を傷つけないよう風魔法を当てて水で出来たその巨体を散らす。

 まあ、今回に限って僕の行動は殆ど効果を果たして無かった。


「はあっ!」


 一番の功労者はレティだ。

 腕を振って風を放つと巨大なスライムの身体が切断される。

 しかも中の人を傷つけないようにすっぱりと切り落とすんだ。切断っていうよりも匙で抉り取ったって言った方が良いかもしれない。

 巨大スライムは抉り取られた箇所から身体を崩すように横倒れになった。


「せぇのっ!」


 更にレティはスライムの身体に手を突っ込み、取り込まれた人の手を取って引っ張り上げる。その時に片手で風魔法を放ち、その人の身体にへばり付いたスライムの身体も引きちぎっていく。もちろん、救助者の身体に風魔法による怪我はない。

 ルイといい、レティといい、僕よりも魔法を正確に使う。多分覚えた時期は一緒なのになんだろうね。


「いいわ! シズクやっちゃって!」

「やあっ!」


 レティの言葉に僕はスライムの肌に触れて一気に火魔法をつぎ込んだ。

 ぼこぼこぼこと内部で気泡が膨れ上がり、直ぐにぱんっ! と風船が割れるかのような破裂を見せる。

 これで終わりだ。

 その後、弾け飛んだ箇所とは別に残っていた巨大スライムの身体もとろりと溶け、あっさりと粘度を失くしてさらさらの水に戻る。後は茶色の大きな水溜りと、ころりと地面を転がった大きなコアだけが残った。


(え、何この大きさ……聞いていたものよりも大きい……)


 転がったコアは以前、奴隷時代に耳無しウルフの首級を持って帰った時みたいに大きなものだ。

 いや、あの時よりも大きくなった身体で思うんだ。あの時の頭よりも遥かに大きい。

 これは換金が楽しみ! って喜ぶのが後だ、後。


「その人は大丈夫!?」

「……多分ね。飲んだスライムの体液は風魔法と水魔法を口の中にいれて吐き出させたし、自発的に呼吸もしてる」

「口の中にって……」


 確かにげほげほっと咳き込んでいる。まあ、間に合ったってことでいいのかな。

 咳き込んだけど、意識は無く先ほどから目立っていたオレンジ色の長い髪の間から覗かせる目は瞑ったままだ。

 その人は女性だった。

 長いオレンジの髪はぼさぼさの上、外見は傷だらけで衣服はボロボロだったが、どうしてか……この人は冒険者じゃなくて普通の人にしか見えなかった。

 いや、そもそも地上人じゃない。


「耳?」


 薄暗いこともあり、最初は盛り上がった髪かと思ったけど、その頭部には彼女の意志と同じく項垂れている耳があることに気が付いた。

 この人、亜人賊の獣人だ……と、とりあえず耳を触る。

 さわさわと触ったらリコの耳と同じ感触が指の先に届いた。


「……耳だ」


 さわさわと触り続けていると、ぽん、と僕の肩をたたく人が……あ。

 そこでやっと自分を取り戻した。


「……あの、シズクくん?」

「…………はい」


 じと……とレティが冷ややかな目を僕に向けていた。


「……やっぱり、耳フェチになっちゃったの?」

「な、なってないって!」


 ……ああ、駄目だ。これは言われても仕方ない。

 今僕は無意識に近いほど自然に彼女の耳に手を伸ばしていた。否定したところで今の僕には説得力は皆無に等しい。


「その話はあとでね……」

「……はい」


 彼女の冷めた視線を受けながらも僕らは応急処置に移った。

 意識を失っているけど、呼吸はある。スライムの体液は殆ど身体の外出たから後は怪我の治療だけ。長い髪で隠れていたが、ところどころで彼女の顔は青痣が目立ち、膨れていた。

 倒れる彼女の真上に光の弾を配置して衣服を脱がそうとして……。


「わたしが代わりにやるわ」

「あ、うん。そうだね」


 僕は直ぐに回れ右。さらにする必要はなかったけど、正座をして彼女の介抱を待った。地面は先ほどのスライムの残骸か、まき散らされた体液でスネがびしょびしょに濡れて冷たかった。茶色に濁っていたけど異臭はそれほどじゃないことがせめてもの救いだったかもしれない。


「……ひどい」


 ぼそりとレティが呟いた。


「これ……戦ってできた怪我じゃない」

「……え?」

「……多分……虐待の痕よ」

「虐待……!?」


 身体中に鞭か何かで叩かれたような線が無数に引かれ、胸から股の付け根、むき出しになっている手足は顔以上に、まるで服の下を隠すように怪我は広がってる――とレティは言う。

 そして何より……。


「これ……なんてことを……シズク……」

「どうしたの?」


 1人で見るには辛いものだったのだろう。見てほしいと言うので僕はおっかなびっくりとしながらも覗き込んだ。

 そこには下着姿だけになった女性がいた。

 腕や足には汚れ黄ばんだ包帯が巻かれていて、身体の至る所にも痣だらけで、中には蚯蚓腫れの様なものまで見える。胸の膨らみには楕円を描くように点々とした傷跡もあった――これは、歯型……? 

 むごたらしい傷跡。その中でも、特に目に付いたのが腹部のそれだった。


「これは……」

「何よ、これ……」


 彼女のおへその下あたりには浅黒い紋章のような形をした痕が残っているんだ。

 まるで自分の名前を刻むかのように。痣や怪我よりもより濃くその印は目を惹く。

 つい……僕はその印に指を当てた。

 黒の印は僅かに凹んでいて、ざらりとした感触が手の指に伝った。これ、本物だ。


「本当に……火傷みたいな……こんな……なんで……自分でするの?」


 動揺からか、自分でも変だと思うほど明後日の方向へと言葉を発し、レティは大声を上げて僕を怒鳴った。


「そんなはずないじゃない! なんで、どうして! こんなの、こんなこと人のすることじゃない!」


 泣きそうな顔をしてレティは怒鳴った。僕も泣きそうになりながらこの人のことを思った。

 どうしてこんな怪我をしているのか。どうしてこんな印を身体に刻んでいるのか。どうして、こんな場所にいるのか。

 想像しようとしても僕の頭には不確かで幼稚な考えしか浮かばない。

 僕は首を振りそれらの思考を切り離し、一緒に彼女の治療にあたった。


 彼女の怪我は見た目よりも深く、身体の至る所に過去に受けたであろう残滓も残している。僕は腕と足を担当し、身体はレティに任せる。

 外傷は直ぐに塞ぐことが出来るけど、今僕らは応急処置に近い程度の魔力で癒すだけにとどめた。

 それも、出来ればこんな場所からはさっさと去って清潔な場所で治癒魔法をかけた方が良いと……話したところで獣人の女性が目を開けて僕らを見た。


「ああ、よかった。意識が戻った――」

「……ひぃ! やめて! 逃げない! 逃げないから殴らないで!」


 彼女は錯乱しているのか、僕らから逃げうように手足をばたつかせて抵抗を始めた。まだ身体は思ったように動かないのか、何度も転んで身体を打ち付けながらも僕らから距離を取ろうとしている。

 そこをすかさずレティが駆け寄り彼女を抱きしめた。


「落ち着いて!」

「ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 私、ちゃんとするから! いつも通りするから! やめて! 殴らないで! やだ! 痛いことはしないで!」

「大丈夫! もう安心して! 貴方を傷つける人はここにはいないわ!」


 ぎゅっと、起き上がり暴れる女性の身体をレティは押さえつけるように抱き締める。

 最初は奇声を発しながらも暴れていたけど、その人は次第に落ち着きを取り戻して嗚咽を漏らし暫く彼女はレティの胸の中で泣いていた。

 泣き叫ぶ言葉の中には未だ謝り続ける彼女がそこにいた。





 亜人族の彼女はレティに背中を摩られながらも落ち着きを取り戻していた。

 泣き終わった後、彼女は立ち上がろうとするもまだ体力が回復していなかったのか足を崩した。慌てて、僕が抱き寄せる。


「大丈夫?」

「うん、ありがと……」


 ふと、彼女が僕の首元に鼻をこすりつけ、すんすんと音を鳴らした。


「……このにおい……覚えがある。懐かしいにおいがする……」

「僕?」

「うん……こんな不思議なにおいのする、君みたいな男の子……だれだっけ……」

「ぼ、僕のこと男だってわかるの!?」


 衝撃的だった。

 僕を見て初見で男だってわかる人とは、例外的なミケくんを除いて誰1人として会っていない。スクラさんは僕が男だと言ってもしつこいくらい信じてくれなかったしね。

 ましてやここは光魔法で照らしているとはいえ薄暗い。いつも以上に僕を見て男だとわかる人なんていない。

 獣耳の女性は自分の鼻を指さした。


「男の人の香りがするもん。だけど、嫌じゃない。優しい甘い汗の臭いがする」

「あ、汗……」


 取り付かれたかのように彼女は僕の匂いを嗅ぎ続けた。

 けど、そこでごほんと咳をしてレティがやめさせる。あ、少し怒ってる。


「……貴方の名前を教えてもらえるかしら。わたしはメレティミ。そして、彼がシズクよ」

「うん、僕の名前はシズク」

「……シズク?」

「うん」


 彼女は僕を見てオレンジ色の長い髪の間から濃紺の目を何度も瞬かせる。

 なんだろう? 彼女の目は驚いたみたいに大きく見開かれ、いつまでも僕を捉えて離さなかった。

 次第に彼女の瞳に涙が浮かびあがる。


「……ああ……シズク……シズク……!」


 そう何度と名前を呼び、飛び掛かるかのように力強く僕を抱きしめだした。

 あー! ってレティが甲高い声を上げて叫ぶけど、この人は一向に辞める気配ない。それどころか、彼女は僕を抱きしめながら、わんわんと大きな声を上げて泣き出してしまったんだ。

 これには引っぺがすわけにもいかず、どういうこと? ってレティに見られても僕は首を傾げてさあ? ――その理由も直ぐに彼女の口から伝わった。


「私……テトリアだよ……」


 ……テトリア?

 伸びっぱなしの髪の毛の間から見える顔は先ほどとは違って怪我が消えている綺麗な顔だった。


(オレンジ色の髪に獣耳、確かに……記憶の奥にいた少女と似てはいるけど……)


「……テト?」

「うん……テトだよ……シズク……っ」


 長い月日のせいか、見覚えはあっても記憶の少女とはだいぶかけ離れたものだ。

 けれど、あの時の愛称で呼べば彼女は、テトリアは確かな反応を見せた。


「テトなの?」

「うんっ……シズク……私……私……っ」


 何故ここにいるの。あの身体の傷は。そもそも、あれから一体何があったの。

 この女性が、あの奴隷市場で同じ時間を共にしたテトリアという内気な少女だったとは、その時の僕にはなかなか結び付けられずにいた。

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