第125話 四天としての日々 その5 朝を迎え

 シンシア・ロレイジュ――シンシアは俺のお付きとなった1つ年下の女だ。


 俺より1つ年上のフラミが悔しがるほどに大人びていて、里の住民からも評判なフルとタメを張るくらいに整った顔立ちをしている。

 最初はこんな可愛い奴が里にいたのか……って、1度だけ俺はシンシアに会ったことがあるとは両親から説明された。

 まったくと覚えに無いのも、俺がブロス先生に魔法を教わって間もない頃なのだから当然だと思う。


 シンシアはユッグジールの里に住む天人族の中でも十華と呼ばれる名家ロレイジュ家の娘でもある。

 無猿で言えば貴族と呼ばれるいいとこのお嬢様だ。そんなお嬢様がどうして俺なんかのお付きをやっているかというと、それは亡くなったシンシアの両親と関係してくる。


 本来ならばシンシアは亡くなった両親の代わりにロレイジュ家の家長として十華の一角を担うはずだった。しかし、ロレイジュ家の家長を任せるにもシンシアはまだ14歳のぎりぎり子供として扱われる年頃。幼いことを理由に、うちの家族が独り立ちできるまで彼女の面倒を見ることになったのだ。

 ただ、シンシアは養ってもらうのだからと仕事を求め――俺の身辺のお世話をするお付きへとなった。


 最初はこんな可愛い子が俺のお付きになることを心から喜んだけどなあ。


 今ではすっかりリウリア2号とばかりに無愛想なシンシアに息苦しさすら覚えることもある。

 俺が四天(……前も今もまだ見習い扱いだけど)だとしても、シンシアは気を遣うってことを知らないとばかりに率直に物を言うしな……。


 ちなみにシンシアと俺らが名前を呼んでいる理由はシンシアが名前で呼んでほしい……いや、名前で呼べと言ったからだった。

 最初は家族以外のやつの名前を呼ぶことには少なからず抵抗はあったけど、その呼び方が定着するのはその態度やら生意気なところから、自分でも驚くくらい、早かった。





「ドナ様。朝です。起きてください」

「……う、ううん……もう少し……寝かせ……」


 薄雲の空に意識は漂っていても、その一声が誰のものかは直ぐにわかった。

 だってよ。これが俺の朝の日課であり、俺を起こすやつなんてシンシアくらいしかいないのだから。

 平時の淡々とした熱の無い言葉の並びとは違い、朝だけは暖かな色のついた声で俺を呼び覚まそうとする。


 一応言っておくが、元々俺は1人で起きれるし、こう見えても仲間内では1番の早起きだった。

 フラミが四天になる前までは4人の中で1番に食堂に向かい、席に座ってたからな。続いてレドとフラミが同時期に現れて、最後にフルが来るって感じだ。


 これが変わったのは2年くらい前。

 レドが朝食を自宅で食べ始めたことがきっかけかね(なんで来なくなったか問い詰めたけど未だに理由はわかんねえままだけど)。

 さらにそっから1年経って、フラミが15を迎えて成人、四天に就任に伴い俺らから1人お先に巣立っていったことがとどめかもしれない。


 屋敷で食事を行うのは俺とフルだけになり、次第に食堂でフル1人を待つのもと起床を遅らせ、遅らせ、シンシアが俺のお付きになってからは今のこのざまって訳だ。


「毎回同じことを言って……ほら、起きてください」

「もう少し……」


 これはこれでよかったと思うこともあるんだ。

 本人の前では口が裂けても言えなが、毎朝シンシアに起こされるこの時間が俺は好きだった。


「……ドナ様」

「んー……」


 ただしかし、何故だろう。

 今日はいつもと違う。

 いつもは寝ている俺の肩が揺さぶられるだけだったのに、今は同時に俺の髪がゆっくりと撫でられているんだ。

 シンシアが小さく「……もう」と嘆息気味に呟くのが聞こえた。


「本日から四天としての公務が始まると言うのに、あなたは初日から遅刻するつもりですか?」

「んー……あ……ああ……そっか。俺……」


 四天なんだ……と、頭の中で自分に言い聞かせてる。

 いかんいかん。今日からはもうブロス先生の講義は無いんだ。

 フルと朝食を食うことも、屋敷の講堂に向かうことも無くなり、エネシーラ様の館にある四天の執務室へと出向わなきゃいけない。

 更には親父にも初日は早く来るように言われてたことも同時に思い出す。


「シンシア……大丈夫、もう起き――」


 ――起きるから、と身じろぎ口にする前に、ぽふ――と、俺の頬に柔らかな餅みたいなものが弾んだ。

 なんだこれ。枕の感触じゃねえ。


(……妙だな。いつもより布団が暖かい。いや、暑い? 春季にしたって朝っぱらからこんなに暑くなるわけねえだろ……ん?)


 薄らと開けた目の先に映ったのは、白い肌か? 少し盛り上がった先は見知らぬ誰かの首。首から鎖骨。なんだこれ。目の前に誰かがいる。

 俺の部屋に来るのはシンシアしかいないはずなのに。


「おはようございます」

「あ、ああ……おは――」


 首から上へと視線を送れば、やっぱりシンシアの顔があった。

 眠い目を何度も瞬かせる。

 シンシアは俺を見下ろしていてゆっくりと微笑んで――また目を瞬かせればいつもの仏頂面に戻って……。


「――よ……おっ!」


 言い終わるのと同時、俺の薄く開けていた目は一気に見開かれた。

 目が点になる。いや、点っていうか一点に絞られたからだけど。

 いやいや、その一点っていうか俺の顔の近くにあった2つの点だけど。

 いやいやいや。俺何考えてんだ。


「どっ……どわぁぁぁあああっ!」


 思わず叫んじまった。

 いやだってよ。目が覚めたら目の前に……目の前にシンシアの胸があるんだぜ。しかも生。生乳だ。なんで乳があるって、そりゃシンシアは何も身に付けていなかったからだ。


 目が覚めたら裸体のシンシアが俺の前にいた――叫ばない方がおかしいだろ。 

 しかも、俺と抱き合って横になっていたんだ。俺はシンシアの胸に顔を埋めて今まで寝ていたわけ。目覚めの1発がこれで驚かない方がどうかしてる。


「ドナ様?」

 

 俺は飛び起き、そのはずみで寝具の上から転げ落ちた。

 尻を強く打ったけれども、痛みを気にすることなくシンシアを指さして叫ぶ。


「お、おお、お前っ!」

「なんですか?」


 寝具の上からシンシアが両手をついて前かがみで俺を見下ろしている。

 まったく隠そうともしないから、動きに合わせてシンシアの豊かな膨らみがたゆんと揺れるおまけ付きだ。


「……ばっかっ! かか、隠せよっ!!」


 俺は両手で目を隠しながら――それでいて指の隙間から覗いたり明後日の方向を見たりと忙しな……と、とにかく今の俺は混乱していた。


「隠せとは?」

「は、裸! 裸!」


 シンシアが自分の身体へと俺を交互に見て、これかと自分の胸に向かって指を指した。俺はぶんぶんと首を縦に振る。

 シンシアが首を傾げた。

 

「今更、隠せも何もないでしょう。昨晩から今に至るまでお互いこの姿で過ごしたわけですし」

「だ、黙れ! いいから隠せ! お、お前な! ここは風呂じゃないんだぞ! 裸で恥ずかしくないのか!」

「それはドナ様も同じです。股の下にぶら下がっているものを隠さない人に言われたくありません」

「へ…………ひぃ! み、見るな! 後ろを向……おい、シンシアなんでそんな凝視してんだよ! おい、やめろ! 早くあっち向けって!」

「はあ……大の男がぴーちくぱーちく……初心な振りはやめていただけませんか?」

「ぐっ……ば、ばっか! いいから! さっさと隠してくれ!」


 命令をすれば僅かに顔をしかめるとシンシアは億劫そうにシーツを引き寄せて前を隠した。隠したって言うよりも被せたって感じで。

 寝具の周りにはお互いの衣服が散乱していたのに、なぜそれを取ろうとしなかったのは俺には理解できなかった。ただ、これでようやく、シンシアと向き合い……というか、シンシアは寝具の上で、俺は地べたで適当に拾った衣服で前を隠して正座をして、やっと彼女を直視できた。


「……血か?」

「……はい、血ですね」


 シンシアの身体を覆うシーツには薄い赤色をした水跡が残っていた。

 もしかして昨晩のことで鼻血を出したのかと思ったけど……そうじゃない。


「お前、本当に初めてだったんだな……」


 女が初めて性交を行うと血が出るっていうのはインパから聞いた話だった。


「さあ? もしかしたら経血かもしれませんよ」

「経血?」

、女性に起こる子供を身ごもるための大切な準備です」

「……ぶっ!」

「冗談です」


 相変わらず笑いもしない無表情でシンシアが言う。

 冗談が言える場かよ。


「私は初めてでした。……聞いていた通りとても痛かったです」

「痛かった? ああ、だから……その……すまん」


 昨晩、シンシアが何かを我慢しているかのように顔を歪ませていたのを思い出す。

 あれは痛みに耐えていたのか。


「謝らないでください」

「でも……」 


 申し訳なく思いながらも俺はシンシアの顔を見つめ……またもう1つ、気が付いた。


「おい、シンシア……」

「なんですか?」

「お前、泣いたのか?」


 俺はシンシアの目が赤くなっていることに気が付いた。

 その赤い目は泣き腫らしたものだった。

 さっきまで普段通りに見えたのに、気がついてしまった今となっては普段通りだからこそ、その赤い目だけは特に目立つ。

 シンシアはばつの悪そうな顔をして俺から視線を背ける。手で掴んでいるシーツが力強く握られた。


「……朝だからでしょう」


 弱々しい声を上げた。


「お前、本当は嫌だったんじゃ……」


 相変わらず硬い表情のままシンシアは首を横に振る。

 今の布1枚羽織っているだけの状態を除けば普段通りの反応だった。ただ、目は赤い。赤い目だけが俺を不安に落とす。

 握られたシーツをもう1度強く握ってからシンシアは俺を見た。その赤い目で。


「…………嫌なんてことは」

「……」

「……ありません」

「……」


 そして……無いと言うのに、一瞬の間の言い淀みが俺の中で決定打となった。

 俺は自分の顔を両手で覆い、深く溜め息をついた。

 本当は俺よりもシンシアが溜め息を吐く……泣きじゃくるべきなのに。心を表に出さないこいつの代わりに俺が感情を震わせているみたいだ。


「何考えてんだよ……なんで嫌なのにあんなことしたんだよ……」

「嫌じゃありません。私はただ、自分の気持ちに素直になっただけです」

「素直になることが俺と……することなのかよ。こういうのは好き同士がやるもんだろ……」


 好き同士でなんてことも、またもインパの受け売りだけどさ。

 まだ何も知らなかった頃、いやらしい顔をしてぼやいていたインパが言っていたことは理解できなかった。

 けれど、やった後の今の俺ならインパに背中を叩かれた時以上の強烈な1撃を喰らったかのように、痛いほど理解した。


「何悟ったかのような口ぶりで……昨晩の貴方は今の貴方とは真逆の反応をしていましたよ。あんな獣みたいに精一杯私を攻めていたあの方は一体どこの誰だったんでしょうか?」

「ぶっ……いや! あ、あれは……っ!」


 そこまで言って、何も否定できない。


 酔っていたとはいえ、俺には昨晩の記憶が今さっき起こったかのように思いだせる。

 最初は拒んだ俺だけど、シンシアを知るにいたって次第に、次第に自分の欲望に身を任せてしまったのだ。


 その晩の俺は自分自身のことなのにまったくと手綱を握れなかった。

 あの時の俺からしたら理性っつう言葉は果てしなく遠い存在だった。


 そう……ただただ、気持ちよかった。

 あんな快楽があったなんて今まで知らなかった。

 最初の尾を掴んでしまえば後は最後まで引っ張るしかなかった。

 あんなもの、何も知らなかった俺には対抗擦る術なんて持ち合わせて無かった。


 酒は人を駄目にするとはよく言ったもんだ。

 以前は1人で歩けねえほど酔っ払った親父やインパを見て情けねえって思ったのにな。酔って1人で歩くことも出来なくておまけに吐いて、最後にはシンシアに迫られて婚約者がいるのに拒めなくて……今の俺はその時の2人以上にダサくて仕方ない。


 大人になった大人になったと言っていた俺が、大人と認められまだ1日しか経って無いっつーのに(いや、まあ誕生月越えて数日経ってるけどよ)酒を含めて知らないことを目一杯知った。

 それが悪いこと、良いこと、気持ちいいこと、それ以上にこんなに気持ちの悪い罪悪感を知るなんて思いもしなかったけどよ。

 これも全部酔っ払っていたことを言い訳にしたかった。

 けれど、この身はとっくにそれら全てを知っている。


 何度と交わしてそして、絡め合った唇の甘さは今も乾いた口の中に張り付いたまま。

 思うがままに弄った柔らかな胸の感触は未だに手にも自分の胸にもそして唇にも残っている。

 細い腕が俺を強く抱き締めていた痛みは今も背中をずきずきと襲っている。

 とても熱いシンシアが、窮屈に焦る俺を飲み込もうとするかのように激しかったことを、今起こったかのように思い出せる。


 俺は初めてだった。シンシアも初めてだったと言った。

 痛みを必死にこらえるシンシアの苦悶に歪む表情にも気が付かず、気持ちよさが優っていた俺が……酔っ払っていたんだって言い訳にすることは出来なかった。

 今も項垂れる他に何も出来ることは無い。


「……ドナ様、どういう形であれ私は貴方をお慕いしています」


 顔を上げてシンシアを見る。シンシアの赤くなった目が俺を射抜いていた。顔を逸らしたくなった。

 俺は首を振った。


「それが本当だとしても、俺には婚約者がいるんだぞ……」

「構いません。貴方の気持ちが私に向かわなくとも……私は貴方を想い続けます」

「そんなの悲しいだろ……俺はもう結婚するんだ……」

「その婚約にドナ様の意思はありますか? 本当に相手を――フルオリフィア様を思ってのことですか? ……いえ、そうではなく、そうじゃない。もっと素直に、ドナ様は私のことをどう思っていますか?」

「どうって……」

「嫌いですか? こんなことされてお嫌でしたか? 私の身勝手でしたか?」


 いつも以上に真摯な顔をしてシンシアが俺を見つめる。俺は……泣きそうになりながらもシンシアの目を逸らさずに見つめる。


(嫌いじゃない。本音を言えば嫌じゃなった……)


 シンシアのことが嫌いって、嫌いな奴を傍に置いておくはずもないし、かわいいって思っていたことも事実。

 あの晩は驚かされてばかりで考える間も、考える頭も無かったけど、シンシアに好きだって言われて……人に、異性に面と向かって好きだなんて言われたことは今まで無くて……。

 だけど、言えない。そんなこと言えるはずもない。俺には――。


「……」

「それが答えですか」


 口淀んでいた俺を見てシンシアは微笑を浮かべていた。

 それはまるでほっと安堵したかのような……見てて辛い笑みだった。


「私は……多少なりとも貴方の心の中にいるんですね?」

「……」


 言えない。

 今のお前は俺の中でとても大きなものになっている。

 けど、そんなこと言えるかよ。


「なら、私は諦めませんよ。何度でも貴方の気を引きます。例え昨晩のよう、身体だけの関係をドナ様に迫ったとしても。私の存在を貴方の中に――」

「――っ! そんなのは駄目だ!」


 身体だけの関係だって?

 そんな真似、俺には出来ない――そういう意味で声を荒げた。


「駄目……ですか?」

「駄目だ! そんなこと!」

「想うことも……許されないの?」


 けれど、シンシアには違う意味で捉えられたらしい。俺の口から出た言葉はシンシアを一瞬だけひるませた。

 その時のシンシアはまるで大人に怒られたかのような幼子に見えた。

 大人びたシンシアはいなくて、出会った頃のまだ緊張しているのがわかるシンシアがそこにいた。

 否定させたと思われたんだろうか。いや、俺の立場からしたら否定させるべきなんだろうけど……今の俺がそれを良しとしなかった。

 怯えさせる意味じゃないと「違う!」と口にすれば「駄目じゃないんですか……では、何が違うんですか?」と心細そうな声を上げる。


「違うっていうか、身体を重ねることが駄目って意味だ! ……だけど、責任はとる! ぜったい!」

「責任を取るって、例えば?」


 例えばと言われて…………出ない。


「……わかんねえ」

「わからないのに責任を取るんですか」

「……おう」


 つい口から出た言葉の先は今のこんな頭で出るわけはない。だけど責任は取りたいんだ。

 シンシアが「はあ」と相槌を打った。いや、溜息だろうか。どっちにしろ俺には両方の意味で聞こえた。


「……貴方は昔から変わりませんね」

「変わらない? 俺が? 昔?」

「…………いえ、独り言です」

「独り言って…………ちょっと、待て! おいっ!」


 シンシアはゆっくりと近づいて俺ににじり寄ってきた。

 シーツは足元に落ちていて、全裸の、昨夜では暗くて見えなかった全貌がまたしても俺の目の前に広げられる。

 言葉を失って彼女の裸体に見蕩れていたのは一瞬のこと。その一瞬でシンシアが俺を抱きしめてきて気を取り直した。


「お、おい! だからこういうのは駄目だって! やめろ!」

「嫌であれば今すぐにでも私を下女から解任するなり里から追放するなりなさい……今のドナ様ならば簡単でしょう。貴方は四天なのだから」

「そんな話じゃない! だから俺には……!」


 またしてもシンシアが俺の唇を奪ってくる。

 今度は昨晩とは違ったもので、小さく触れただけの優しい口付けだった。


「お願いします。させてください」

「馬鹿……なんで……やめろよ……」

「お願いします……」

「……」


 お願いと口にするシンシアは泣きそうな顔をして俺を見ていた。


(なんで、そんなか弱そうな女みたいになってんだよ……)


 いつものシンシアはどこ行った。いつもの石仮面はどこに置いてきた。いつもの凛々しさはどこに飛んで行った。

 いつものシンシアはフルの護衛であるリウリアそっくりの堅物で、真面目で、無口なのに1言多くて。

 俺よりも1つ年下の癖して、俺よりも大人なシンシアはこの場にはいなくなっていた。

 今、俺の目の前にいるのは迷子になって怯えている子供にしか見えなかった。

 泣きそうなのに我慢して、無理して強がっているようなそんな……なんで、そんな顔をするのか。そんな顔をされたら俺は……彼女を拒絶するなんて真似は出来なくなってしまう。

 無言のままシンシアは何度も俺と唇を重ねた。

 唇を重ねるだけなのに、俺の身体に熱が溢れだしてくる。

 昂ぶったものを引き上げられれば、次第に俺の呼吸が無意識に荒くなっていく。


「ドナ様……」

「シンシア……」


 やられるがままってやつだ。

 全て1つ年下のやつに手綱を握られたままで情けなく感じてしまう……情けないのに俺の身体はもう止まれなない。

 ……酔っていても、酔ってなくても俺の意志は弱かった。

 ただ、弱い意志なりにも何がか芽生えていることに気が付くのに時間はかからなかった。


(俺はシンシアのことを……)


 最低だけど、身体を重ねたことが大きなきっかけだったかもしれない。

 だが、元々シンシアとは身分といった隔たりが俺の中にはあって、無意識にシンシアを異性と捉えないようにしていた……って言って信じてくれるだろうか。


 すっげえ可愛いお付きが出来た。嬉しい! ――けど、それだけ。

 俺はまるで他人に自慢できる形ある何かを手に入れたような気がしていたんだ。

 だからこそ、そこに男女といったものは本当に無かった。


 感情も乏しく何を考えているのかわからないけども、不満は沢山口から出たけど、俺は彼女が傍にいることが嫌じゃなかった。そして、シンシアが外見だけじゃなく、内面も可愛い女の子だってことには気づいていた。


 そんな子が俺を好きだと言う。

 シンシアの言葉を信じるならば、それが俺がこいつに惹かれる複数の理由のうち、大きな1つにしていいと思う。


「ドナ様……好きです……」


 この時のシンシアの身体に、震えといったものは無かった。

 俺は酔った時よりも、今の方が彼女を手繰り寄せたくてしかなかった。





 行為を始めてしまえば、何でシンシアが泣いていたかなんて疑問は消えてしまった。

 寝起きの頭だったけど、昨晩よりも鮮明にシンシアを感じた。もう離したくないとすら思ってしまう。


 ……結局、四天になった俺は初日で大遅刻をした。


 その後、朝食も食べ損ねつつも執務室に到着した俺が大目玉を食らった後、親父からその場にいる皆に直接婚姻の話が伝えられた。

 フラミはまるで叫ぶかのように奇声を上げて驚いていたが、レドヘイルさんは事前に知っていたのか深く頷いていた。

 フルの誕生月である12之月を迎え、フルの誕生祭を行った後に民たちに俺らの婚約を発表し、翌月の13之月に式を執り行う予定だと言われる。

 そして、親父は今年限りまで俺ら四天のもとに――主に俺の指導に就くと言う。


 親父を含めた四天とシンシアの6人の中で、やっぱりっていうのかな。


「そんなの嫌だよ! ぼくは結婚したくない!」


 フルは泣き叫ぶような声を上げて婚姻を拒絶した。


「お前とライズは以前から付き合いがあったと聞いているが?」

「そんなのぼくは知らない! ぼくはやだよ!」

「どういうことだ……?」


 親父はフルの言葉に首を傾げていた。

 ぼそりと「何故、暗示が……あいつしくじったか……」だとか、うだうだ呟ていたが、俺の耳に届いたそれらの言葉は簡単に反対側に流された。

 いつもの俺ならここで心を痛めるなり激怒するなりしたんだろう。

 昨晩と今朝の件もあってか、フルの反対になんでか心が軽くなっていることに気が付いた。


「ドナ様」

「……」


 後ろに控えていたシンシアが俺の肩を叩く。

 振り返るとシンシアが悲哀を含んでうっすらと微笑んでいるのが見えた。

 これが、どういう笑みなのか――俺にはまったくと読み取れなかった。

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