第118話 亀裂

 わたしと彼は再び出会い、またヨリを戻した……戻したって言い方も変だけどさ。

 けれど、それにより発生した問題からわたしは手放しに喜べずにいる。

 それというのも、ルイとの関係だった。


『ぼくのシズク取らないでよ?』


 幼い彼女の声が胸の奥でわたしに警告を発する。

 その話しぶりはパパママ大好きと、親族に向けたものと同等のニュアンスに聞こえはする。けれど、わたしは重々承知している。

 彼女はシズクを男として、異性として好いていることを。

 ルイとわたしの思いは同じ線を描いて彼へと向かっていることを。


 ……わたしが彼のことを思う気持ちと、ルイがシズクを好きだという気持ち。

 そこに違いなんて無い。


 シズクはルイのことをどう思っているのだろうか。

 そして、シズクはルイとわたし、どっちを選ぶのか――これだけは、わたしは怖くて聞けない。


 聞いたところでシズクなら、自惚れでもなんでもなく、わたしを選ぶだろう。

 きっと……わたしを安心させるために。

 多分、少しの間を開けて、ルイのことは何とも思っていないなんて強がって。

 きっと……自分を殺してわたしを選ぶ。

 わたしは知っているのだ。

 ルイの目から見たシズクの、彼の眼差しは昔のわたしの記憶にいる彼の面影と同じなのだから。

 そして、想像通りこちらの問いかけに言葉の詰まった彼を、シズクをわたしは見たくはない……。


 ――などと、後ろ向きのわたしがいる一方で、前を向いたわたしの意見も捨てきれない。


 多少の気後れはあるものの、元々あいつはわたしの彼氏だ。

 何も臆することは無い。逆にどうしてわたしが引かなければならないのか。

 むしろ、ルイに何か言われようもんなら逆にこう言い返してやる!


 ――これは元々だってね!


 ……と、強気に出れるならばどれだけ良かったことか。

 どうやら、現状では前向きのわたしよりも後ろ向きのわたしの方が分があるらしい。

 他の誰かだったらこうも言ってやれるけど、恩人でもあり心の支えだったルイにそんなこと言えるわけはずもない。

 だけど、わたしだって、ルイに負けないくらい彼のことを好きなんだから……って、こんなこと、本人の前じゃ恥ずかしくて言えやしないのにさ。 





 ギルドに報告して報酬を貰い、改めてお店に戻った。

 それも店長さんからもう1度顔を出すように言われたからだ。


「お仕事の報告お疲れ様ァ。今まで類を見ないほどの大繁盛だったわよォ。倉庫整理のつもりが倉庫の中身を出せて本当に大助かりィ!」

「それは、よかったですね」

「1日だけの仕事だったけど、君が良ければ明日もうちで働かないかい? 今度は給仕として……ちゃんと仕事も教えるからさ。何より君には素質あるヨォ!」

「いやあそれは……ん? 素質? 素質って何ですか?」

「何って……こちら側のせ・か・い。足、踏み入れちゃう?」

「は、はは……謹んでお断りします」

「まっ! つれない! シズク君ならうちの娘(子)にも負けないわァ」


 くねくねとシナを作った店長さんが大きな笑みを浮かべていた。


「そうだよ! あたしにも負けないくらいシズクは女の子になれるよ!」


 続くようにミケくんへと顔を向ければ満面の笑みを浮かべて僕を見る。笑った顔は似てるかも。

 けれど、もう女装はコリゴリ。第一僕は男だし。

 

「……考えておきますね」


 心から辞退させていただきます。と、胸の内に本音を隠しながら引き攣った笑み浮かべて答えた。

 この親子に以前僕がメイドとして働いていたことは口が裂けても言えないや。


「是非ともいい返事が聞けるのを楽しみにしているわァ!」

「ね、シズク! また明日も来てね!」

「う……」


 ミケくんの期待に満ちた顔を目にすると断りづらくなってしまう。


「……約束は出来ないけど、ギルドに依頼があったら行くね」

「だって、ママー!」


 大いに歓迎されているのは嬉しいんだけどね。

 まあ……似た者親子というか。ミケくんは男の子なのに、どうやらそっちの世界とやらにしっかりと両足を踏み入れてしまっている様だ。彼の将来が心配になる。

 直接雇用してあげると提案されたけど、一応段位の方もあげたいので面倒でもギルドに受注してくださいと伝えてお別れをする。

 これで他の人がこのお店の依頼を受けたなら仕方ないと言い訳にもなるしね。

 最後に、ギルドで受け取った報酬とは別にお店で出しているお茶の葉を手渡された。餞別だそうだ。


「サービスよ。仕事とは別に今度はお客としておいでね。安くしてあげるから」

「はい。ありがとうございます」


 このお土産は素直に嬉しいものだった。味は保証済みだし、レティの機嫌も多少は取れるかもしれない。後、何か美味しいものでも買えれば……そうだ。

 お客さんの話だと、この町の中心にある広場では毎晩出店が出ていると聞いた。

 客層は主に王都を行き来する冒険者や旅行者を狙ったもので、どこも安くて食べ歩きにはぴったりだそうだ。


「2人で一緒に食べ歩きを……あ、これってデートだよね! よおし、デートに誘おう! ちょっとムードはない食べ歩きになっちゃうけど、きっとレティだって気に入ってくれるはず!」


 ふふふ、と笑みをこぼしながら今晩の食事に胸を弾ませていると、偶然……なのかな。レティが店先で仁王立ちをして僕を睨み付けていた。

 ずっと待っていたのだろうか。人通りの良い場所なのに、彼女の立つ周囲だけ人が避けて歩いていく。

 距離を取っても無数の人が色々な視線を送って彼女へと顔を向けている。まあ、レティは目立つし、何より可愛いからね。

 仕事終わりってこともあって、僕は待たせ過ぎちゃったのかなって彼女が不機嫌である理由も深く考えず、はしゃいで駆け寄った。


「レティ! どうしたの? 僕の仕事終わるのを待ってくれたの?」

「……ええ、待ってたわ」


 彼女の声は低いものだった。

 ここで気が付くべきだったのかもしれない。だけど、レティに会えたことが嬉しくて僕は声を弾ませて話を続けた。


「そうなんだ! ごめんね! ギルドに報告が終わった後にお店に寄るよう言われちゃってさ。なんだからお店の人に気に入られちゃってね。ほら、見てよ――」

「ええ、そうでしょうそうでしょう。わかるわ。君があのお店の人たちとすっごーい親しくしてもらってたの知ってるもん。時間を忘れるくらい楽しかったのかしら?」

「楽しかったって……レティ?」


 楽しかったなんてそんなことないのに。

 貰った茶葉の袋を見せようとした手が止まる。

 浮かれていた自分が地に足をつけたことで、ようやく今の彼女の顔を見た気がした。不機嫌は相変わらずだけど、また別にすごい疲れた顔をしている。

 疲労している中でも怒りの籠ったレティの鋭い視線は僕を射止める。

 声色も本当に苛立っている時の声だと、昔の彼女だった時のことを思いだした。


「……わたしさ。向かいのお店で仕事してたのよね」

「……うん、レティのこと、見てたよ。すごい盛況だったよね。うちに来たお客さんもレティのこと言ってたよ」

「へえ……そう? シズクも見てくれてたんだ! わたしも君のこと見えてたよ……君さ。仕事中のはずなのにずっと座って楽しそうにしてたよね?」

「うん……楽しいかは別として、ちょっと訳があってね。席に座ってお客さんと話すことが仕事? みたいなものだったんだ」

「話すことが仕事? へえへえ、話すことがねえ。ふーん? わたしは目が回るほど大勢のお客さんの対応でひーひー言ってたのにねえ。ちやほやされて……店員の女の人からもよくしてもらってたよねえ?」

「女の子……女の人? 女の人なんて……何を言って、そう、あ、いや、違うって!」

「違う!? 違くないよねえ!」


 否定しようにもレティは次の言葉を踏ませてくれない。

 ああ、間違いじゃないけど勘違いしてる。あのお店の中にいた女性なんて、お得意さんのおばさんしかいなかったと、違うと説明したいのに、この時の彼女は何を言っても聞いてくれない。

 こういう時はとりあえず、彼女の言い分を聞いてから説明した方が――。


「ねえ!」

「……なに?」

「わたし、ルイ越しでしか知らないけどさ。っていつもこうやってお金稼いでたの?」


 説明した方が良い……と思ったのに、彼女はそんなことを言う。


(……なに、それ?)


 普段なら、そして、昔でも、そんな言い方はしない。

 まるで人をおちょくるって言うか、小馬鹿にしたかのような。怒気の籠った、それでいてイラつかせる言い回し……いや、結構、癪に障る言い方に僕の中で何かが引っかかる。


(……なんだよ。それ)


「……こうやってってどうやってだよ」


 僕もまた煽られたせいか、むっとして語尾が荒くなる。

 レティの傍らにいた女の子の姿になったリコの、僕らを伺っている様子が視線の中に入る。けど、僕はリコには一切目を向けずに、レティへときつく睨みつけた。

 一瞬、レティの表情に怯えに似たものを見て……直ぐに消える。


「……大人の人に可愛がられてお駄賃を貰っているのかって聞いてんのよ」

「可愛がられてって。そんなことしてないよ!」

「どうだか? 少なくともわたしには座ってお金をもらったって思ったわ」

「それは……」


 ……そうだね。今回に限った話ではね。でも違う。今回は特殊だったんだ。

 いつもはちゃんと身体を使って働いてお金を貰って……別に座っているのが楽だったって訳じゃない。

 この町に来る前だって、他の町で一緒にお金を稼いできたじゃないか。それを知らない訳じゃないのにどうして――。



 我慢して我慢してそれから説明したら聞いてもらえる。いつもだったら。

 それでレティはわかってくれて、そしていつも通りに戻れる……と思っていた。

 さっきまで。

 けれど、今の僕には我慢して話を聞き続けるほどの余裕は今の言葉で踏みつぶされた。この世界に生まれた今までの自分を馬鹿にされたように感じたんだ。

 あまりにも、失礼だ。


「……どうしてそういうこと言うの?」


 ここで声を荒げなかったのは、まだどうにか理性を指に引っ掛けていたから。

 本当は爆発しそうだったけど、抑えられたのはレティよりも負担が少なかったからだろうか。でも、自分でも驚くほど低い声が出た。

 レティがかっと目を見開いて、泣きそうに顔で強張らせた。

 けれど、直ぐに僕をまた強くに睨みつけ――。


「どうしてって……わたしにもわかんないわよ!」


 ぴしゃりと大きく声を荒げると、レティは僕に背を向けて走り去っていた。

 ……。

 なんだよ。その態度は……。

 僕は追いかけることもなく走り去る彼女の背を見続けるだけだった。


「シズク! メレティミいっちゃったよ! ねえ、どうしよう! リコどうしよう!」

「……っ! そんなの……僕にわかるわけ――」


 ……――ないだろ! と大声を上げそうになったけど我慢して引っ込める。

 本当ならしたかった。

 でも、リコが僕を見て怖がったんだ。そんなリコを見てしまったら、出来ないじゃないか。

 一度目を閉じて深く深呼吸をして落ち着こうと頑張る――あまり効果はない。

 けれど、精一杯冷静になったつもりでリコへと優しい言葉遣いを心掛けて話した。


「リコ……お願い。レティについてあげて」

「シズクは!?」

「僕は、頭を冷やしておくよ。……ね、行ってあげて。ひとりは寂しいからさ」


 悲しそうな顔をするリコの頭を優しく、謝罪を込めて撫でて、行けと軽く背を押した。

 何度も、何度も振り返りながらリコは僕の言うことを聞いてレティの後を追う。

 姿は見えなくなってもリコならレティを探せるはずだ。

 僕は消えたリコの背を見届けて、その場にしゃがみ込んだ。


「はあ……」


 1人ぽつんと取り残された後、ひと目も気にせずその場でしゃがみ込み、深く深くまた深呼吸とは別の息を吐く。


(……これだ)


 この世界に戻ってからレティは不機嫌なことが多い。今日は今までの中でも特に酷く、こんな彼女、今も昔も僕は知らない。

 原因はわかっている。ストレスが溜まっているのだろう。


 慣れない環境に仕事や野宿。

 僕は自分の生まれや育ちがだから不安を覚える間も無くこの日まで生きてきちゃったけど、レティは違う。今までずっとユッグジールの里の中で生きてきたんだ。きっとかなり辛いものになっている。

 野宿ではほとんど眠れていないらしく、彼女は風や物音ひとつでびくびくと震えている姿に気が付くこともしばしば。

 つい、ルイと同じくこっちにおいでって毛布の中に招いて、それでまた彼女を怒らせることになってるんだけどさ。

 だから、町に着いたら安心して眠れるよう2日ほど宿を取って寝るようにしているんだ。


 何より。

 睡眠と生活とは別に、それ以上に大きなストレスを与えていることがある。

 1番は僕もレティもこの世界で旅をするに至って決して避けれない出来事……魔物を手にかけたことも要因の1つなんだと思う。

 依頼の有る無しに関係なく、彼らは僕らが移動中や休憩、野宿中等、彼らは襲いかかってくることが度々あった……そして、あっけなく撃退していった。




 本当はレティにさせたくはなかったのに、レティは僕の制止も聞かずに、魔物に立ち向かい……魔法を放って倒していく。

 初めて命を狩り、手を汚した彼女はその場で吐き出して震え続けていた姿は今でも忘れられない。


『なんで! どうしてやった!? 僕がやるって言ったのになんで……なんで!』

『やらなきゃ駄目だから……』

『やらなきゃってレティはしなくていいよ! 僕が、僕が全部殺すから!』

『そんなわけにもいかないじゃない。……わたしたちの目的は見ず知らずの王様を殺すことだよ。これくらい、慣れていかなきゃ……ね』

『慣れるなんて……吐いてまですることじゃない! いいんだよ! 無理しないでよ!』

『シズク……人のこと言えないよ。辛そう顔をして、そんなんじゃ説得力ないよ』


 それからも彼女は魔物を狩り続けている。

 僕も同じく彼女の負担を極力減らそうと魔物を手にかけて――僕も、レティもこの町に来るまで多くの魔物を殺してきたんだ。


 あんなにもやってきたことなのに、未だに慣れやしない。慣れはしないけど1体、1体と倒して行くうちに今では大分マシになってきた。

 慣れはしないのに慣れていく自分に嫌悪感を覚えている。





 そして、今の僕にも嫌気がさしてくる。


「もうなんで僕ってやつは……」


 精神的に限界だった彼女を責めちゃいけなかった。

 僕が我慢すればよかったのに、感情がうまく制御できない。レティに対しては顕著に出ちゃう。

 前よりも大きくなったのに今だ僕は未熟なままだ。

 もう、このまま消えてなくなりたいとすら思った……。


「……シズク」

「……あ……ミケくん……皆さんも」


 呼ばれて顔を上げて振り向くと、お店の人全員が僕を見つめていた。

 なんでって……そりゃそっか。

 店先で目立つレティと一緒に言い争いをしてたんだ。気が付かない訳はなかった。店長や店員さん2人にミケくんまでが心配そうにこちらを伺っていた。


「話、途中からだけど全部聞いちゃったわァ……」

「そう、ですか。……ごめんなさい。お店の前で騒がしくしちゃって」

「いいのヨォ……その、勘違いさせちゃったかしら? 私たちのこと言えばよかったのに」

「言う暇なんて与えてくれませんよ」


 レティだもん。僕の幼馴染だもん。昔っからあんなんだもん。

 彼女のことはよおくわかってるつもりだ。

 思い込んだら誤解を解くには時間がかかる。

 その性格はいつまでたっても変わらない。


「あの人がシズクの仲間なの!?」

「うん、そうだよ」

「最悪! なんでシズクあんなのと一緒にいるの!?」


 無理して笑って何でもないと平然を装うつもりだったんだけど、大人三人が心配して僕を見る中、何故かミケくんだけは頬を膨らませて怒っていた。


「あいつ、すっごい面倒な子だよ! 自分勝手で言いたいことだけ言って逃げてさ!」

「……酷い言い様だね」

「やめなよ! なんであんな子と一緒にいるの? 一緒にいたって気分悪いだけじゃないの。ちょ――っと可愛いからって見た目に騙されてるんじゃないの!?」

「ははっ、騙されてないよ。別に見た目で一緒にいるんじゃないし。僕は平気だよ……だって」


 ――好きだから。


 どんなに喧嘩しても、僕の好きだって気持ちは消えないから。

 もう会えないと思っていたからこそ、再会できて心から喜び求めた人だから。

 僕はレティのことが好き。喧嘩しても苛立ってもこの想いは変わらない。昔も今も。


「シズク?」

「ううん、何でもないよ。ミケくん」


 僕は彼女のことが好き。

 流石に笑っている方が良いけど、不機嫌な彼女もまた僕の知る彼女なんだから。

 どんな彼女だって、たとえ姿が変わったって、僕はそんな性格も彼女らしくて好きなんだ。

 けれど、やっぱり照れ臭くて、未だ誤魔化さずに好きだって言えずにいるけどさ。


「ねえ、今日はさ! やっぱりうちに泊まりなよ! 時には距離を取ることも必要だよ!」

「……ありがとう」

「じゃあ!」

「でも、僕いくよ。彼女に悪いからね……」

「えー!」


 普段なら少し落ち込むくらいなのに、今日は格段と落ち込んでしまう。

 なんでこんな風になっちゃったんだろう。

 胸に抱えたお茶が少し重く感じた。





 ミケくんに最後まで引き留められながらも別れた後、僕はどうにかレティたちを探し当てて合流した。

 やっぱりレティは不機嫌なままで、目を真っ赤にしていたけど、僕は何も言うことは出来なかった。お互いごめんの1つも無しに、俯いて言葉を交わすこともしなかった。


「……宿、行こう」

「……」

「……」


 このままって訳にもいかなかったし寝床だけは取ろうと、近くの安宿で1室借りた。

 宿屋のおじさんが僕らを見て茶化してきたけど、今だけは照れたり慌てたりもすることは無く淡々と受け流した。


 僕らは部屋の中に着いても顔を合わせずにベッドに座ったままだ。リコは気まずさから、また宿を安くするために僕の中にずーっと籠っている。

 今だけは正直、羨ましいと思った。

 お腹は空いたのに、口に何かを入れられる状態じゃない。一緒に夜店巡りをしてご飯を食べようと思っていたのに……。

 レティがちらりとこちらを見た。けど、僕は気が付かないふりをした。

 続いて、ぼそりとレティが呟く。


「……――すみ」

「……」

「……ふんっ!」


 レティの“おやすみ”って悲しそうな声も聞こえなかったふりをした。僕に背を向けてレティは乱暴にベッドの中に入った。


「……」


 レティに会うまでは謝ろうって思っていたんだ。

 だけど、実際にレティと顔を合わせたらそんな言葉は出てこないで、僕もまた拗ねるふりをし続けてしまった。意地を張っているのは自分でもわかってる。

 なんでだろう。自分でも悲しくなるほどわからない。

 レティだからできない。あの子だからできない。彼女だからできなかった。

 ――ルイだったら僕から折れてることが出来るのに。


(……ルイだったら、かあ)


 ……失礼な話だよね。

 僕はどこかでレティとルイを比べちゃってるのかな。

 貰ったお茶の袋は淹れることなく近くに放り投げて僕も横になった。

 ごめん。と胸の中で呟く。

 何をムキになっているのか。本当に自分のことなのに何もかもがわからないことだらけで気持ち悪い。

 声に出したらどんなに楽だったんだろう。「ごめん」なんて短い言葉も今の僕には紡ぐことが、とても難しい。


「……」

「……」


 隣のベッドにいるのに、こんなにも近くにいるのにレティを遠くに感じる。

 寂しくて、悲しくて、横になっても悲哀じみた感傷が僕の中で渦巻いて、眠るまでに長い時間を必要とした。

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