第117話 王都から1つ前の町

 『今回のお祭りに出すお店は新緑で飾りたいのよォ』――出た出たママの曖昧で困っちゃう提案。

 んなこと言われたってどうしていいかわかんないけど、とりあえずとあたしは緑だからと安易に山ん中を探索している時のことだった。

 遠くから何者かが近づいてくる音が聞こえてきた。最初は聞き間違えだと思った。

 風と木々の内緒話。小動物の戯れ。岩清水のせせらぎ。葉から滴る水滴の悲鳴――。

 昨晩から降り続いた雨の影響か、今日はいつもよりも賑やかだったから気が付くのには少し遅れた。


 山の恵みを別けてもらいに来たあたしの散策場所に、知らない誰かさんが参り込んできたんだと思う。

 いつもなら町の人か外から来た人だと思うんだけど、今回ばかりは何か違う。


(音の間隔が早い……ものすごい速さで山道を下ってる……)


 今いるあたしの場所は町へと敷かれた山道から外れた、斜めに下った林の中。音の出所を確認しようと浅いこう配の斜面を昇り上げ、身を隠しながら山道の様子を伺った。


「めっちゃ早い……」


 未だ姿は見えずとも、馬とは違う足運びだった。

 おまけに車輪の駆ける音も聞こえないため、馬車じゃない――じゃあ次はもっと危うい。

 あたしの脳裏に姿の見えない魔物の影がちらつく。


 昨晩の雨は雨漏りを心配するほどの豪雨だった。

 雨に消えたに、2本尻尾ツインフォックが駆け巡っているのかも。

 はあ大変だ。こんなのあたしなんか見つけたら、すぐさま仲間を呼んで襲ってきそう。


「……あ、違う」


 更に聞き耳を立てていると、彼らの足運びとは違う音であることに気が付く。

 少し気を緩め、直ぐに引き締める。

 彼らの足音が『タッ……タタッタッ……』と土草を軽く蹴るものに対して、今聞こえてくるのは『ダッダダッ……ダダッダダッ……』と砂利を強く踏み抜く重いもの。

 それと小さくも刃物を研ぐようなシャーっていう金属音も聞こえている。

 ちなみにあたしの感覚でここいらを通る馬車の音は『ダッダッダッ……』というもの――。


「……?」


 突然、強く何かを引っ掻くような音が聞こえた後、地面を打つ音が突如として止んだ。音からして、そんな遠くではない近くに止まったようだ。

 何者かが隠れているあたしの存在に気が付いたのだろうか。

 それでも、僅かな振動音が続いている。不気味と、先ほどまで賑やかだった森の音が死んだかのように静寂を迎える。いえ、そういうふうにあたしの耳が振動音だけを拾い取っているのだ。他の音は全て捨てている。

 あまりにも静かで、やけに自分の体内から発する音がうるさく感じた。

 口での呼吸を止めようにも勝手に吐き出される。鼻で息が出来ない。息苦しい。


(来るなら……来い)


 これでも、元冒険者のに鍛えられているんだ。そこらのがきんちょ共と同じだと思うなよ。

 少しでも何かがあたしの近くに来ようものなら……護身用に忍ばせて置いたナイフの柄をぎゅっと握――。


「みゅう!」

「わあっ!? ……あ、あっ、あぁぁぁ―――!!」


 どわっ!

 音のしていた方向ばかりに気を取られていたため、背後からかけられた鳴き声に飛び跳ね、振り返り――悲鳴を上げてしまう。

 だって、そこには巨大な猫がいたのだから。いや、猫と言うのもどうだろう。

 鋭い歯が綺麗に並ぶ大きな口。真っ赤に燃えるような赤いたてがみ。真っ白な体毛は緑ばかりのこの森の中では特に目立つ。

 まるで熊だとも思ってしまうほどの巨大な図体は猫と言うにはまったくと可愛げはない。というか、うちのママ並に大きい。


「あ、あ、あっ、むぎゃあああああっ!」


 見たこともない魔物に混乱し思わず体勢を崩す。

 踏ん張ることもままならず、濡れて滑る草に足を滑らせ転倒し、あたしは緩めの下りを転がり落ちた。


「痛、痛っ、痛っっ、痛いっ!」


 しっちゃかめっちゃかに身体を打った。

 どうにか回転は止まり仰向けに倒れるも、胸を打ったのか呼吸がうまくできず、立ち上がることも逃げることも出来そうにはない。


(終わりだ……! あんなバケ猫がいるなんて聞いてない!)


 あたしが元いた場所からギラギラと光る眼で巨大猫が見下ろしていた。

 あれは獲物を狙う眼か! とか、もう駄目だとか。

 ぎゅっと目を閉じて自分の運命に普段でははしたないから口にしちゃいけないって怒られちゃう罵詈騒音を胸の中で何度も吐き出した。

 不意の出来事に動転し、痛みから身体を起こすことは出来ず、いまだ仰向けになったまま。さくさくとこちらに詰め寄る足音に絶体絶命を突き付けられる。ああ、殺される!


(ごめん、ママ――)


 ぎゅっと強く目を瞑って観念した、その時だった。


「だ、大丈夫っ!?」 


 ……えっ!?

 人の声っ!? 天の声かと藁にもすがる思いであたしは声を上げた。


「だっ……大丈……ぶはっ!?」


 同時に、人の声で目を開き……見開き思わず噴き出してしまった。

 倒れたあたしに駆け寄り、手を差し伸べてくれたのはものすごい美人さんだった……から驚いたんじゃない。

 ひと目、いんや。瞬きしたからで気が付いた。


(こ……この子、男の子だ……!)


 家庭の事情で見慣れたせいもあってか、たぶんあたしよりも1つか2つ年上のこの美人さんが男の子だと直ぐにわかった。

 まさか、こんな子がいるなんて。

 突然噴き出したのを彼女もとい、彼は不思議がっていたけど、気にせずに手を取り引き起こしてくれた。


「ごめんね。驚かせちゃったね」

「驚かっ、ひぃっ!? 痛っ! う、うしっ!」


 彼の背後に、先ほどあたしを食い殺そうとしていたバケ猫がいることを指摘しようとしたが、痛みからうまく話せない。

 そして、またも驚いてよろけたその時、足に激痛が走って彼に寄りかかってしまう。どうやら足をくじいた様だ。

 苦悶に顔を歪めて足元に目を落としかけるも直ぐに顔を上げた。

 だって、彼の後ろに今や今やと飛びかかろうとしている魔物がいるのだから。


(逃げれない! ああ、まずいよ! このままじゃあ後ろの巨大猫に食われちゃう!)


 なのに彼ったらあたしの異変に気が付いたのか勝手にブーツを脱がしだす。

 ブーツの下の足首は見るだけもーっと痛くなるような気がするほど赤く腫れ上がっていた。


「うわあ……痛そう……ごめんね。僕らのせいだ。今治すからね」

「治っ、治すより後ろっうしっ……え!?」


 彼の手から淡い緑色の光が放たれると足の腫れと痛みがみるみるうちに引いていく。


「わあ……すごぉい。魔法だ。こんなもの町による冒険者さんがたまに使う時くらいにしか見たことがないやぁ……って!」


 それも驚きだけど、いやいやいや! それ以上に後ろだ! お兄さん後ろ後ろ! 後ろ後ろ! と出ない叫びを上げようとするも、彼は背後に詰め寄っていた魔物……巨大猫に気が付くと、驚くそぶりも見せず手慣れた手つきで喉元を撫でるだけだった。


「リコ駄目だよ。その姿じゃみんな恐がっちゃうよ」

「……みゅうぅ」


 ……おう?

 言葉がわかるのか巨大な猫は悲しそうな声を上げる。

 そして、あたしにこつりと頭を下げると寂しそうに背を向けて、またあたしが転がり落ちた先へと登って姿を消した。

 ……お、おう。


「シズク――! 大丈夫――?」

「大丈夫! 山賊じゃなくて子供だった! 驚かせちゃったときに落ちて怪我したみたいなんだ! この子を送るからレティはリコと先に町に行ってて!」

「……わかった――!」


 大声を上げて上にいる彼の同行者? 若い女の声が聞こえたけど、そんなことは些細なこと。

 あたしの意識は顔をこちらに向けてにっこりと優しく笑いかけてくれた目の前の彼で埋め尽くされた。


 後ろで1つに纏めた黒の長髪に、鋭い目つきの中に揺れる大きな黒い瞳。

 線は細く、まだ幼さを残しながらも大人の色気を感じる。

 着ている服は胴着の様な少し奇抜なもので、腰に挿している鞘を見て堅気じゃないことはわかった。多分、彼は冒険者か旅人なのだと。

 冒険者ってよりも、昔ママから聞かされた童話に登場する王子さまみたい。


「君はこの近くの子?」

「あ……はい。レクサヒルに住んでいます」

「よかった。目的地だ。じゃあ、そこまで案内してくれる?」

「え、あ、はい。そりゃあ、喜んでって……えっ!?」


 何度目かもわからない驚き。

 足の痛みは無いのに彼はあたしを抱き上げてしまうのだ。

 断っても、もしものためにと笑って頑なに譲らない。

 細見なのに軽々とあたしを抱え、涼しげに歩きだした。


「レクサヒルはあっちでいいの?」

「は、はいぃ……あ、あっちに町までの近道があります!」

「そうなの? そりゃいいや。わかった。じゃあ案内してね」

「はぁい!」


 思わず高い声が出てしまう。胸の鼓動は先ほど隠れていた時の比じゃない。


(……運命の出会い!)


 怪我をしたあたしを看護して、町まで送ってくれるなんて……。

 はあ……小さく溜め息が漏れた。

 散策するまで小腹がすいたなーとか思っていた自分が今やお腹いっぱいで息苦しい。


(……これが恋なのね!)


 意中の相手のことを思うと胸がドキドキ高鳴って、食事も思うように喉を通らない。

 ママの言っていたことがようやくわかったのかもしれない。

 つまり、今、あたしは、初めて恋に落ちた……!


「……え、君さ」


 ふと、彼が驚いたような顔をしてあたしを見た。


「は、はい! なんでしょうか!?」

「間違ってたらごめんね」

「え、なに!? なに!?」


 間違ってたら?

 どういうことだろう。何か粗相をしてしまったのか――。


「……もしかして……男の子?」


 …………。

 とにかく、あたしは、初めて恋に落ちた。





「……でーさ。なんでレティさんはそんなに怒ってらっしゃるの?」

「さあ、なんででしょうかね。シズクくんはどうしてかわかります?」

「僕がわからないから聞いてるのに、なんで僕に聞くの?」

「……ふん」


 足をくじいた子供を抱きながら町に遅れながら到着した僕らを見るなりレティはむっと不機嫌で、以降ずっとへそを曲げてこの調子。

 どうにか聞きだしたのがこの最初の会話であり、ギルドに着いてから依頼を受けて別れるまで会話は一切なしの最後の会話となった。

 じゃあね、とお怒り気味に別れを告げられて、ぷいっとそっぽを向いたレティに「ちょっと」と「待ってよ」と僕が呼びかけても止まってくれない。

 彼女の後ろを歩く子猫の姿をしたリコだけが何度も僕へと振り向くだけだった。


 僕らが訪れた町レクサヒルは王都グランフォーユの1つ前の町だ。目的地まで目前である。

 ルフサーヌさんと出会った最初の町から3つの町を経由したけど、予想よりも早い日程でこの町に着いた。

 やっぱり文明の利器はすごい。サイトウさんから譲り受けたバイクは当然だけどこの世界では最速の足となった。


 このままグランフォーユまで一気に行ってもいいとレティは言っていたけど、それは僕が許さない。

 どの町でも最低2日は滞在しようと僕が提案しているんだ。

 表向きな理由は万が一に備えてお金を稼ぐため。本音としては本人には言ってないけどレティの体調を考えてのこともある。移動の殆どはレティに任せきりだったんだ。


 ただ、この町に着いてから僕はついてない。

 はあ……とため息をついて僕は窓際のテーブル席に座ってカップに注がれたお茶を飲む。

 紅茶に近い花の様な甘い香りが鼻に届き、浅い渋みが口に広がっていく。少し薄く感じたけれども、とても飲みやすいお茶だった。


(このお茶でごはん1食分なんて贅沢だよね……)


 そう、このお茶1杯(+小さなお茶請け付き)で種類にもよるけど8リット銅貨前後。ルイと3人で旅をしていた時の食費が(外食をしたら話は違うけど)1人3リット銅貨ほどだったことを思いだせば、なんともお高めの価格設定なのだ。

 ちなみに今回の僕のお給料は25リット銅貨。このお店じゃお茶3杯飲んで終わっちゃう。


 おっと、仕事も忘れずに。

 僕はふと目が合った、目の前を行き来する人たちに小さく笑いかける。

 彼らは僕を見て驚いたり、後ろを振り返ったり、とろりと顔をゆるませたりと様々だ。

 そして、懐具合を確認して僕のいるこのお茶屋さんに足を向けてくる人もいる。


(だましているようで気が引ける……) 


 これが今回の僕のお仕事だ。

 お茶屋さんの倉庫整理――のはずだったのだけども、店に着くなり店長また店員一同僕を見て目を開き、声を上げての驚きよう。それから、店の売り子として働けという変更を受けた。

 仕事内容が変わることは多々あるからそれくらいなら……と引き受けたんだけど、今日に限っては裏目に出た。

 今日の不運は格段と強かったらしく、お客の注文を間違えるわ、足を滑らせて料理をひっくり返すわ、お客さんに声を掛けられ過ぎて仕事にならないわ。

 最後は何も言わないけど、前2つは普段ではしないような失敗だ。

 まあ……とにかく散々だった。


 ここで仕事がクビにならなかったのは僕の失敗以上に店に利益が出ているからというのと、もう1つの理由があってのこと。

 使えない僕を外して店員同士で内緒話を始め出し、出た結論は店内の窓際でお茶を飲んで笑っていろ――つまり、女として振る舞って客寄せパンダをしろというもの。

 断りたかったけど、失敗続きの僕には何も言い返すことは出来なかった。


「注文間違えのお得意さんは許してくれたわよオ」

「はあ……そうですか。よかったです……すみませんでした」

「いいのよォ! シズクくんはァ! そこでしっかりお客さんの心を射止めてネぇ!」

「……はい」


 ヒヨコみたいなもさもさしたオレンジ頭で背の高い筋肉質の体形のおじさん……このお店の店長がくねくねと身体を揺らしながら店の奥へと戻っていく。

 この店の作業着か、制服か、白いフリフリのエプロンが眩しくて思わず目を逸らしたくなる。

 あ……僕も着てます。お店の人からは悲しいことに評判です。

 焼けた肌に化粧を施して真っ赤に口紅を塗った大きな唇から裏声か、見た目からは想像も出来ないほど高い声を店長は上げていた。


 ちなみに、このお店の従業員は4人いるけど、

 いわゆる……おかま喫茶とでも言うのだろうか。いやいや、おかまではないって店長は「女装が趣味なの!」……だそうだ。

 “それ”もまた売りにしているのだろうか。店員の2人はどちらも化粧を施しているものの、角ばった身体つきはまさしく男のものだった。

 今日は一見さんばかりの男だらけの客層で、例外だと言うけど普段は小奇麗なご婦人さんが多く、王都グランフォーユを挟んで西方にあるマルメニと呼ばれる町に住む貴族のお得さんもいるという話を店長から聞いた。


 ……ということで今日は例外だそうで、窓際の僕の後ろの席には主に男性が多かった。

 どの人も町の人ってよりも、僕と同じ冒険者や旅の人っぽい装束を身に纏っている。テーブルに立てかけられた剣がお茶屋さんの中だと言うのにすごい浮いているように思える――……あ。


(……うっ)


 身震いを起こす。尿意だ。

 恥ずかしく思いながらも忙しなく働いていた細身の店員さんを呼び止めた。

 3つ編みの長い緑の髪が止まった勢いでひゅんとしなって危うく僕の顔にぶつかりそうになる。


「あの……」

「どうしたの? おかわり?」

「い、いえ……トイレ……」

「……時間まで頑張って」

「え、それちょっとどういう!?」


 僕はプルプルと震えながら尿意と戦い始める――なんて直ぐに降参だ。

 思い付いたら一気に膀胱……と言っても内臓は無いんだけど、下腹部が重くなって我慢の限界。無理です!

 泣きそうになりながら勘弁してと言ってどうにかトイレを利用させてもらえたものの……。


「次から君、はなれちゃ駄目!」


 今度は金髪のこの中では比較的女性っぽい中背の店員から注意を受ける。ちなみに毛が濃いのか、顎周りに青髭が浮かんでいる。ああ、やっぱり男だ。

 少し離れただけだと言うのに、お店の中は閑散としてしまっている。飲みかけのカップだけがあちこちのテーブルに置かれたままだった。残っているのは先ほど僕が注文を間違えたお得意さんのおばさんだけだ。

 本当に大丈夫なの。このお店……と、定位置に戻って少し経てば、悲しいことにお客さんはまたも戻ってきてくれたけど……。


 お客が戻ってくる間、お得意さん……裕福そうなおばさんが僕に興味を持って話しかけてくれた。

 店員の見た目はアレだけど、お茶の味だけは格別だと好評のご様子。今日は僕のせいで「少し」と強調しながら騒がしいと苦笑して帰っていった。

 とりあえずと仕事を継続。


「ねえ、君! これから俺と一緒に夕食でもどう? おごるよ!」

「え…………いやいや、すみません、今仕事中なので」

「仕事? 暇してるようにしか見えないけど?」

「ええ、ここに座っている……いえ、人を待ってまして」


 時には声を掛けられては軽くあしらい。


「驚いたな。向かいの食堂でも可愛い天人族の子がいて、こっちには黒髪の別嬪さんがいるし。こんな可愛い子たちグランフォーユでも滅多にお目にかかれないよ」

「向かい?」

「ほら、あそこ。店の外まで人だかりが出来てるだろ?」

「ああ……ですね。ずっと何だろうって思ったんだ。そっか……あそこに」

「ただ、おっかねえ子猫がいて、天人族の子にはアプローチできねえんだよなあ」

「そうなんだ。……ははは」


 自分の席からでも向かいのお店の様子はずーっと見えていた。

 うちのお店は敷居が高いらしく人垣は出来てはいないけど、あちらのお店は僕の幼馴染のおかげか、大盛況を迎え、店の外まで見物客かお客さんかわからないけどごった返していた。

 お客さんにいわれてよおく観察するとちらりと青髪の少女が隙間から見えた。ああ、あれか。

 ……もっとレティを見ていたかったけど、あいにくとそんな暇を与えてくれない。お客さんに話しかけられては対応しないといけないんだから。


「へえ、あんた冒険者さんなの?」

「え、はい。お昼頃にこの町に着いたばかりです」

「いい時に来たな。2日後にこの町ではお祭りがあるんだよ。どう? おじさんと一緒に回――」

「お祭りですか。それは楽しそうですね」


 時にはお祭りがあると有益な情報を教えてもらえたり。


「おい、姉ちゃん。俺らと一緒に飲もうぜ」

「…………はい? 今飲んでますよね?」


 僕のいる席に断りもなく座り込む柄の悪い冒険者崩れみたいな男2人組に絡まれたり。


「酒だよ酒! 場所を変えてこんなみみっちい茶じゃなくてさ!」

「いえ……お酒は大人になるまで控えてますから」

「はあ、なんで? 大人って……つべこべ言ってねえでさっさと来いよ!」

「痛っ」

「おい、そのお嬢さんが困っているじゃないか!」

「……んだよっ……ひっ!」


 無理やり腕を掴まれそうにもなったけど、周りの大勢のお客さんが助けてくれたり――。

 最初は威勢を張っていた2人だったけど、にっこりと怖い笑みを浮かべて紳士的に振る舞うお客さんらに取り囲まれ続けて、顔色を悪くして、聞き取れない捨て台詞を吐きながらそそくさと店から出て行った。


「あ……ありがとう……? ございます……?」

「いいんだよ。これくらい男として当然さ」

「か弱いお嬢さんが困っていたんだ。男なら助けるよな!」

「ああ! 当たり前だ! なんてったって男だからな!」

「あ……はははは……」


 か弱いお嬢さんって……。

 引き攣らせる頬を隠しながら笑うのは大変だった。

 と、と、とにかく色々なことがったけど……仕事はどうにか終わりを迎えることが出来た。


 座ってお茶を飲んでお客さんの話を聞いて流して笑みを浮かべ……。

 これ以外にはやることはなくてこの仕事、結構辛いものだった。

 気軽に席を立つことも禁じられちゃったしね。これも失敗した僕のせいでもあるけど。

 変な意味で疲れた。本当、暇なことがこんなにも辛いことだと思いもしなかった。


 店の奥で真っ白ふりふりエプロンを外しながら帰り支度をしていると、ひょこひょことオレンジ色のショートカットの頭が僕の隣で揺れた。


「ねえねえ、この後は暇? 何も予定なかったら今日はうちでごはん食べて行きなよー!」

「今までが暇だったけど……ううん。この後は仲間と合流する予定なんだ」

「えー! 聞いてないよー!」


 むーと膨れっ面で不満を漏らすのは先ほど助けた男の子、ミケくんはこのお店の店長の子供だったんだ。

 髪の色以外では店長にはまるっきし似てない可愛い顔をしている。母親似なのかな。

 仕事場で遭遇した時は店長並びにお店の店員一同にお礼を言われ、そのこともあってか売り上げの他クビにならずに済んだんだけどね。

 気に入られちゃったのかこの子はちょくちょく仕事の合間をぬって僕のことを気遣ってくれた。


「じゃ、じゃあじゃあ! ちょっとだけ。ちょっとだけでいいから時間頂戴! お店の買い出し手伝って欲しいんだけどー!」

「あー……ごめんね。仕事が終わったら直ぐに会って報告しないといけないんだよね」

「じゃあじゃあじゃあ! そのお仲間と会った後は? その後こっそり抜けてあたしの相手してよ!」

「会った後かあ……」


 最初は女の子だと思ったけど、持ち上げた時の身体つきと、以前の経験から来る勘、みたいなもので男の子だとわかったんだ。だけど、もしも触らなかったから女の子だと思ってたかも。

 ミケくんはこのお店の中でも比較的女の子だ。でも、性別を知った僕からしたらまるで弟が出来たみたいで、別の意味で可愛く思う。

 暇な日中も彼のおかげで少しばかり気がまぎれたんだ。本当にありがとう。


「こーら! ミケちゃん! シズクくんが困ってるでしょう!」

「え、シズク困ってるの!?」

「あ、ははは……」


 ただ、本音を言えばもう次は受けたくはない依頼かな。

 レティに着いていったリコを恨めしく思うよ。

 あっちは確かウェイトレスさんだっけね。女子限定って言うから僕は駄目だと身を引いたのに、これなら性別を偽ってでもそっちに行けばよかった。性別を偽るならこっちもそっちもやってることは同じだもん。

 暇すぎて、これならまだひいひい言いながら働いている方がまだましだ。

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