第108話 送還術
リコと2人、談話室でテレビを見ていた時のことだ。
バラエティ番組でもあれば気が紛れるのに、どこの局も今回の事件の特番だらけ。
神妙な面持ちをした出演者たちがあれやこれやと当事者の思惑とは反対側の意見を口にしている。
いつの時代も、別世界でも変わらないもんだなーなんて欠伸を浮かべていたその時。
寮の電話が鳴った。
(サイトウさんか……レティ、かな?)
出来れば出たくなかったけれども……重い腰を上げて廊下に備え付けられた電話を取り、受話器を耳に当てると予想だにしていなかった声が届く。
しゃがれた男性のものだった。
彼はもしもしとも言わずに『シズクか?』と確認してきて、反射的に僕も「はい」と返事をした。
聞き覚えのある声で――でも、思いだせず「どちらさま?」と訊ねると電話相手は『お前を空に飛ばした』と――ああ、あのサングラスの人だと思いだす。
男性の声の奥からはこれまた聞き覚えのある女性の甲高い声が聞こえてきた。
『聖母様からの言伝だ』
「言伝?」
聖母様って言われて首を傾げて、エキナさんがそう呼ばれていたことを思いだす。
『我々が保護した夫婦2人は無事だ。母親の腹の中にいた子供も一命を取り留めた』
「本当にっ!? よかったあ……」
『今は2人とも電話に出れる状態ではないのでな。聖母様からのお言葉で、わた……自分たちは大丈夫。お前は安心して元の世界に帰れ、と仰られていた。それと……気に食わないが、お前にレーネの名を与えるということだ』
「レーネ?」
『聖母様の家名だ』
「……いや、別に貰わなくても」
『……何っ!? 貴様っ!! 聖母様から名を別けてもらえるなんて大変名誉なことなんだぞ! なのにいらないとはどういう要件だ! おい――おい、やめろ! 今は俺が――』
突然の怒鳴り声に受話器を遠ざけてしまう。
若干の間を開けてゆっくりと耳に戻すと今度は電話越しで何やら一悶着起こしている音だけが聞こえ、そして別の人物に代わった――さっきまで奥で聞こえいた甲高い女性の猫撫で声に変わった。
『はぁい、キミ聞こえるー? 私よ、私。覚えてるー?』
「あ、はい。一応は」
海を凍らせて僕に道を作ってくれた人だ。彼女の声の奥から電話を反せと男の怒鳴り声が遠くに聞こる。
『ニュースで知ったけど大活躍だったじゃない? あの炎の塊ってキミのことでしょう?』
「ええ、まあ。はい」
さっきもテレビにはあの戦艦とのやり取りを流している。
リコは嬉しそうに自分が映っていると上機嫌で見ていたしね。
『この堅物の言った通り、ユウコもトオルも怪我はしてるけど命に別状はないわ。赤ちゃんの方はもう少ししたら生まれるかしら? 今は聖母ちゃんのお腹に……あは、ごめん。これは言うなって口止めされているの。ともかく無事よ。あなたに顔を見せられないのは残念だってユウコもトオルも言ってたわ』
「……いいんです。全員助かったなら。本当に……あ、2人には安静にしてねって伝えておいてください」
怪我の程度が気になるけど2人が無事なら越したことは無い。
胸の中のつっかえが取れたかのように僕の胸のうちは穏やかな気持ちでいっぱいになる。
本当に、よかった。
『あとね。家名の件だけど、聖母ちゃんからはレーネの名前は別に好きに使っても構わないって言ってただけよ』
「はあ……」
『どうしたの? 何が気に入らない?』
「いえ、気に入らないっていうか……」
レーネなんて名前は僕とエキナさんの関係を誤魔化すためにその場しのぎで名乗っただけのものだ。今言われるまですっかり忘れてたことだったりもする。
僕がこれから戻る世界で家名や姓は貴族以外では名乗っていないものだし、別に生きて行くうちには必要ないことだった。
第一、僕にはラゴンから与えられたシズクって大切な名前がある。これだけで十分だ。
『聖母ちゃんには家族が増えたみたいで嬉しかったんじゃない?』
「家族? 僕が?」
『そうよ。キミは聖母ちゃんの家族として認められたの。随分と気に入られたのね』
「結構ぞんざいに扱われた気もしますけどね」
『あはは、聖母ちゃんはいつもそんな感じ。年の離れた弟みたいなもんだ、なんてぶっきらぼうにあなたのこと教えてくれたけど、話している時の聖母ちゃんとても優しい顔をしていたわ』
「エキナさんが……」
お風呂でのやり取りを思いだした。
横暴で、人が嫌だといったこともお構いなしに自分のペースでことを進めて行く彼女には本当に参ったものだった。馬鹿力でどれだけ痛い思いをしたか……でも、最後の彼女の抱擁とかけられた声はとても優しかった。
『まあ、名乗るだけならタダだし、誰も咎める人物なんて……ここにいる堅物はともかく、キミが向かう世界にはいないでしょ? とりあえず名乗るだけ名乗っておけば?』
「……そう……ですね。わかりました。では、レーネの名前、大切に預からせてもらいますと伝えてください」
『うんうん、それでいい。きっと聖母ちゃん、大喜びよ』
「そうでしょうかね……」
『うふふっ! あなたが元の世界に戻った後、聖母ちゃんに負けず劣らずの悪行を働きレーネの名を轟かせる様を見れないのが本当に残念ねぇ』
「悪行って……そんなこと僕はしま――」
『――要件は以上だ! ふんっ!』
「――せん、あ……切れちゃった」
声は突然男のものに代わりブツンと回線の切れる音が耳に届いた。
ゆっくりと受話器を元に戻した。
……とりあえず、2人が無事であったことがわかって本当に良かった。
願わくば、僕の両親とは違い、新たに生まれてくる赤ちゃんを大切にしてほしいと心から思う。
今度こそ、3人とも無事に過ごせるように……心から願う。
僕は談話室に戻ってソファーに座り直しテレビに夢中だったリコを抱き上げた。
いやいやと逃げようとするリコだったけど、次第に仕方ないなーって声を上げて僕の腕の中で大人しくなってテレビを見続けた。
ゆっくりとリコの頭を撫でながら、僕はその場で目を瞑った。
(シズク……レーネ……)
頭の中で自分の名前を呟き、ふふ、と笑ってしまった。
(あんな短い間でのやり取りだけで僕を、家族として思ってくれたの? ……はは、あの人、そこまで深く考えていないとは思う)
でも、僕が勝手に思うのは勝手だよね。
胸の中がじわりと熱くなる。心地いいものだった。
「うん、シズク・レーネ。エキナさん、僕もらっていくね」
ここにはいない新たな家族に感謝を告げ、そして、同時に別れを忍ぶ。
不機嫌そうに「大事にしなさいよ」なんて聞こえたような気がした。
◎
12月25日を過ぎてからのこの数日、僕らはあちらの世界へと渡るための準備に追われることになった。
アサガさんは本部への報告書作成と同時進行で僕らを送り還す魔法陣を新たに書き起こす。
レティは毎晩遅くまでサイトウさんと共同研究室に籠り旅に必要な道具を作ってたり、ワタリさんに付き合ってあっちの世界で着る服を用意してくれている。
僕は僕でサイトウさんの手が空いている合間合間に付き添ってもらいながら旅支度をひとりで行った。
『わたし、里の外出たことないもん。旅支度とかよくわかんない。お金は渡すから用意しておいて』
適材適所ってやつ、なんて言っていた。
ちなみにリコは……寮のテレビを見たり、外で運動したり、お昼寝したりと大変だったそうだ。
そういうこともあって、せっかく再会できたと言うのに、僕たちにはやることが多くてゆっくりと話をする暇はなかった。
レティは朝早くから第三分校に行っちゃうし。僕も朝一のフェリーに乗って買い物に向かってたし。レティが帰ってくるのは僕が横になっているのが普通だったし。
だから話す暇は……いや、話そうと思えば話せたんだ。
だって、僕はレティが帰ってきたのを知ってて寝ているふりをしていた。それで、レティがお風呂とか所要を済ませてベッドに入って寝息を聞いてから眠りにつく。そんな3日間を過ごしていた。
だから、その時に起きて少しでも話をする時間は作れたんだ。
(やっぱり気恥ずかしかったのかな。僕も……レティも)
24日の夜だけは、お互いのベッドに横になって少しだけ言葉を交わした。些細なことだった。
話した内容も相手の名前を呼んだり、そこにいる? とかもう寝た? なんて一言だけの会話をしただけだった。
話したいことは沢山あった。
今までのこと。これからのこと。そして、何よりも今、自分がどう思っているのかとか。
顔を合わせず天井だけを見て、ちらりと横目でレティを盗み見ると彼女と同じく目が合って、2人して背を向けて……そこで話は終わったけど。
◎
12月29日。別れの日。そして、旅立ちの日。
日中は事件調査の警察とか自衛隊だけじゃなくて取材とか報道とかの人たちがアヤカ区を訪れているため、あまり大きくは動けないから僕らはフェリー最終便の時間を過ぎた夜の体育館に集まっていた。
まるで久しぶりに会ったかのようにレティと顔を合わせた気がした。少し疲れの見える顔だった。僕を一瞥するだけで素っ気ない態度を取られる。
「……ん」
視線を合わせてくれないけど、レティは不愛想に僕に一振りの剣を手渡してきた。
黒い鞘に収まった剣は普段僕が使っていた剣よりも刃渡りは長く、ずっしりとした印象を受ける。でも、見た目に反して軽いものだった。
あげる。使って、ってそれだけ?
それ以上は何も言ってくれない。もういいよ。
言いたいことははっきり言うくせに、彼女はたまに口を閉ざすんだ。野球を辞める前がこんな感じだったことを思いだす。まあ……そういう場合は悩んでいる時か照れている時で、覗き見たレティの顔から推測するに後者よりだと思う。
暗く冷たい体育館の中心にアサガさん、サイトウさん、ワタリさんの3人に僕と小さなリコを挟んでレティがいる。
僕たちは陣の書かれたシートの上で最終確認をしているアサガさんと向かい合うように立っていた。
「どうだい? こんな感じかなと私なりに針を通してみた。ちょーっと個人的な趣味が入ってしまったがね。採寸は検診の時のデータを基に作ってぴったりだと思うが……」
「ええ、とても着やすいです。ありがとうございます」
ここに来る前にワタリさんから手渡された衣服を僕たちは着させてもらった。
僕は浴衣みたいな民族衣装っぽい服だ。腰元を帯で締め、歩きにくいので長く垂れた裾は真ん中で分けている。
その下は黒のズボンにちょっと大きめの頑丈なブーツ。最後にリコのお願いから赤いマフラーを巻いている。
作りはしっかりしていて乱暴に動いても大丈夫そうだ。レティから受け取った剣を腰に差しながら、ワタリさんこんな特技が合ったんだと驚く。
「昔取った杵柄ってやつさ。職に就いてからははもう見て回る方に回ってしまったがね……今回だってこの事件が無ければ……んー、なんでもない」
「はあ、そうですか」
服を渡された時、2種類用意したと言われたけど、もう片方の方はピンクと言う色合いからして、絶対からかってるってわかる女の子っぽい服だったからそちらは丁寧にお断りをして返しておいた。
ちなみにレティが着ていた学園のブレザーはワタリさんが着やすい様に仕立て直したとか。
「胸が大きいと太って見えるからね。胸の割に身長が低いし、このままじゃあ勿体ないかなって」
「ええ……それは感謝してますけど、今度は別の嫌な視線で見られてた気がします」
「そうかそうか! それはよかったな!」
「よくないですよ!!」
確かにレティの制服姿は似合ってた。胸の大きさに反して腰はすっと細くてすらっとしていたしね。
と、レティは紺のショートパンツに首元の赤リボンと白シャツの上に、ひらひらと宙を泳ぐ燕尾の黒いコルセット。その上に、大きなフードのついた黒縁の白い上着を羽織っている。
僕の服も対外だけど、レティの格好はあっちの世界の世界では浮きそうだなとは思ったけど口にはしなかった。
ギルドで出会う冒険者にも良くも悪くも個性のある服を着てる人をよく見かけていた。レティの格好は良い悪いで言えば良いの方だし、なにより彼女に似合ってた。
(乳房が強調されるように作っておいたよ)
「はっ! へっ!?」
耳元でささやかれたワタリさんの爆弾発言に思わず声を上げてしまう。
確かにコルセットで腰を引き締められたために服のたるみも締まり、レティの丸い双丘がはっきりと主張しているんだ。
(言われるまで、腰が細いなあ……って思ってたのに。本当に意識してなかったのに……もう……以前と比べられないほど、大きくなったなぁ)
幼馴染の変貌っぷりに思わずため息をついてしまう。
(あの控えめだった“あれ”がね……)
今じゃ2回り、3回りも違う気がする。いやはや面影1つないというか、実際身体が別なんだからって、違う身体を持った僕が人のこと言えないけど……おっと、レティが睨み付けてきた。知らないふり知らないふり。
次にワタリさんはレティの耳元へと囁くとレティも同じく声を上げて僕を見た。
何を言われたのかはわからなかったけど、きっとワタリさんは僕の衣装にも何か仕掛けたのかもしれない。長く伸びた上着の裾を掴んでひらりとその場を舞ってみても、特に変わったところは無いんだけど……ん?
「……だろ?」
「嘘……でしょう?」
一体何を吹き込まれたんだろうか。
でもここで逆に僕が何を言われたって話になるもの嫌だし……見なかったことにする。
「では、そろそろいいか?」
眠たそうにアサガさんが立ち上がり口を開いた。
僕たちは静かにはいと頷き、ワタリさんも名残惜しそうに僕たちから離れてアサガさんの隣に並んだ。
「じゃあ、まず俺から。野花ちゃん。こんな感じで用意したもの収納しておいたから」
そう言って、サイトウさんはいくつかの鍵がついた鉄の鍵束を渡してくれた。
「食材は3日分用意したが、あっちとこっちの環境じゃ……そもそもこの移動でどうなるかわかんねえよな。だから、着いたらなるべく早く確認して、消費すること。駄目そうだと思ったらすぐに捨てるんだぞ」
「はい」
これらの鍵にはサイトウさんのパーソナルスタッフがかかっている。
使用すると色々な収納ボックスが出てきて、中には食材や衣服や調理器具、その他もろもろと僕が買い出しに行って用意した道具が詰め込まれているんだ。
続くようにレティは自分の右手に嵌っている腕輪をサイトウさんに見せた。
「サイトウさんありがとうございます。バイクありがとうございます。……でも、本当にいいんですか? せっかくボディまで完成したのに……」
「いいのいいの。こっちじゃ乗れる場所も乗れる人間もいないからな。ただ作ってみたかっただけだしね。代用できるパーツも入手できないだろうし、壊れたらそれまでだけど、旅に役立ててくれよ」
「はい。大事に使わせてもらいます」
レティは大切そうに腕輪を握った。
僕も鍵束とは別に、サイトウさんのパーソナルスタッフがかかった2つの指輪を頂き、人差し指と薬指にはめている。
人差指の指輪にはレティが作ってくれた短剣が仕込まれている。いざという時の保険だそうだ。
薬指の指輪にはサイトウさんが前に持たせてくれた拳銃が込められている。ストック分の弾丸も鍵の1つに納められているが、弾の作り方そのものも教えてもらった。
じゃあ俺はこれで終わり、とサイトウさんは1歩後ろに下がった。アサガさんの隣に立ってこちらに軽く手を振ってくる。
「武器が必要な世界か……」
「……はい」
ちらりとワタリさんが気難しい顔をして、後ろに回した剣を見た。
「そのようなものを見ると、やはり君たち2人がいる世界はこの世界とは別物なんだな」
「でも、僕も元々こちら側の人間でした……こんなもの使わない方が良いですよ」
「……だけど、それは状況が許してくれない」
「……はい」
あっちの世界で自分の身を守るには自分が力を持つことが一番だった。
そして、安易に付く力とは武器を持つことだった。
安全な村や町といったコミュニティの中で暮らす分にはいらないけれど僕らは違う。今の僕らに安住の地は無く、小さな風でどこまでも飛んでいってしまう根無し草だ。
この世界とは違ってこの先、安眠できる場所も限られてくる。そこで待ち受けている脅威は数多くある。
自然や魔物、そして1番危険なのが野党や追い剥ぎといった人だったりする。
魔物は刃物を見せても怯むことは少ないが、それが対人であれば、ある程度の牽制にはなる……ただ魔法が使える僕らは遥かに安全圏の存在だった。
「君たち2人の常識がこちら側だとしても、その常識が通用しないことの方が多いだろう。だから、私は君たちに忠告する。もしも反する常識の瀬戸際に追いやられた時は……おのれの良心に従え」
「良心?」
「そうだ。だが、ここで言う良心とは善悪のことではない。自分がこれが正しいと思ったことに対してだ。それが周りから見たら悪だとしても自分を貫くんだ。例え……」
ワタリさんは悲しそうな顔をして首を振った。
「……笑いものだな。私は今から最低で無責任なことを押し付けようとしている。――それでも、いいかい2人とも……たとえ、自分の手を汚そうとも自分の良心に従うんだ。それが他者を踏みつけ蹂躙することなっても……だから。2人とも、どんな手を使おうとも生きてくれ」
そう言うとワタリさんはサイトウさんと同じように後ろに下がった。
こんなことしか言えなくて済まない、とぽつりと口にするワタリさんは悪くない。
僕たちのことを案じてのことだ。謝る必要なんてない。逆に嬉しいくらいだ。
レティはどう思っているのかはわからない。でも、僕は同じようなことを昔大切な人に言われたことがあるんだ。
ラゴン……言葉も違うし言い方も違う。だけど、2人の発言は意味は同じだと僕は思った。
僕は「はい!」と大きな声を上げてワタリさんに笑いかけた。レティも僕に続いて「はい」と返事をした。
「シズクくん、フルオリフィアさん」
最後に、アサガさんが僕らの名を呼んだ。
「なんだ……自分も何か言うべきなのだろうが、とんと頭に思いつかない。睡眠不足のせいだということにしてくれ」
アサガさんが眠気を飛ばすみたいに頭を振る。
「……えー。君たちは今いくつだ?」
ん?
予想外の発言に僕もレティも首を傾げてしまう。
「えっと、僕は11歳です」
「わたしは12歳です」
11歳と言ってもあっちの世界での1年はこの世界や僕らがいた世界とでは2か月、3か月、だいたい80日くらい違うから。こちらの世界に合わせれば僕は14歳くらいだと思うけど。
「そうだな。で、その身体になる前は2人とも16歳だったと」
「「はい」」
「では、足して2人とももう30代手前だ。自分たちよりも年上だな……おいおい。そんな嫌な顔をするな。自分が言いたいことは、君たちは自分を大人だと思うか、だ」
……どうだろう?
そう言われてしまえば、だけど、僕はもう合計で言えばだいたい28歳。
それならば僕はもう大人だけど――。
「もしも君たちが自分を大人だと考えているなら改め直してくれ。君たちはまだ子供である」
アサガさんは僕たちを見つめて言い切った。
「自分やサイトウ、シオミさんよりも長く生きたつもりだろうが、それでも自分たちには到底及ばない。――それはまだ君たちが28、29といった年齢を迎えていないからだ」
「……」
「……」
「無理をするな。君たちはまだ子供だ。この学園の生徒と何ら変わりない。困ったことがあればあちらの世界の大人に助けてもらえ。それが困難な世界であることはわかる。だけど、そうだ。人に頼ることを、甘えることをもっと知るべきなんだ」
人に甘える。
以前そんなことを誰かに言われたことを思いだした。
どこだっけ。あまり深く気にしなかったことだったけど、あれは……。
「それでも、大人になったと言い張りたいのであれば、君たちが生きた16歳を超えてからにしろ」
僕たちはまだ子供なのだろうか。
レティと顔を見合わせた。まだ幼さの残る顔立ちを。まだ子供にしか見えないレティを。
レティはレティで僕のことをどう見えているんだろう。すごく知りたくなった。
「……なんだ。案外出るもんだな」
はあ、とアサガさんは深く溜め息をつき、以上だと話を終えた。
サイトウさんがアサガさんの肩を叩き、アサガさんもサイトウさん、ワタリさんと顔を見合わせてから頷いた。
それからしゃがんで「はじめるぞ」と声を掛けて魔法陣に手をかけた。
「
アサガさんの言葉に反応して、足元の魔法陣は光り出し、僕たちは宙に浮いた。
「達者でな」
「さようならだ」
「また……いや、元気で」
3人の別れを耳にして、
「アサガさん、サイトウさん、ワタリさん! 皆さんもお元気で!」
「2か月だけでも学生に戻れて、わたし楽しかったです!」
「みゅ~う!」
僕らも習って言葉を返した。
次第に3人の姿が見えなくなる。視界が白く塗りつぶされていく。
……ふと、僕の左手の小指が何かに捕まれた――レティだ。
もう眩しくてレティの顔は見えない。どんな顔をしているんだろう。
触れていたレティの指を引き寄せるかのように彼女の手を強く握り、レティも同じく握り返してくれる。
「……これからは一緒にいるから。ずっと、一緒にいるからね」
「……ん」
剣を渡してきた時みたいな、素っ気ない返事を聞いてから、僕は目を閉じた。
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