第106話 キャッチボールしよ?

 なんとか校庭に着陸したところまでは覚えている。けれど、そこからの記憶は曖昧だ。


「――いつまで、そうしてるつもりですか」


 男の声。誰かは、知らない。

 淀みもなく、しゃがれもない、若い声。

 その声にわたしの意識はおぼろげに拾い上げられる。

 その場で身動ぎをしようとて、妨げられたのは背中から肩にかかる重みのせいだ。 何かはわからかったけど、心地よく暖かなものが覆い被さっているようだ。背中の重みと横向きに寝かされていたことで、胸が圧迫されて少々息苦しい。

 体調は最悪で、気怠く空腹を感じるが気持ち悪さが優ってきっと食事は喉を取らないという感じ。というか、空気が薄いというか物理的に重く感じる。息苦しさも相まって辛い。

 後は、ほのかなアルコールの匂いと磯臭さが鼻についてイヤ。

 一体自分の身に何が起こっているのか――と眠い眼を少しだけ開けた。


「……」

「……ぁ」


 そこで真っ白な少女と目が合った。幽かに声を上げてしまう。

 彼女もわたしを見て驚いたようなそぶりを見せたが、直ぐにうっすらと笑みを浮かべる。

 その笑みを見て、喉元に無理やり指を突っ込まれたかのような気持ちになる。


(気持ち悪いの、この子のせいかも……)


 いや、そうだ。体調不良の原因は目の前の少女のせいに違いない。

 この少女が放つ異様な雰囲気は本当にいやだ。今すぐにでも逃げ出したくなる。

 素で見れば人形みたいで、とても可愛い容姿をしているのにさ。まあ、着色前の真っ白な人形であることに目を瞑るとすればだけど……。


 ――すぅぅぅっごい、この場所から逃げ出したくなる。


 けれど、疲労困ぱいで身動ぎひとつできない今のわたしが起こせる行動なんて、ぱちくりと瞬きを繰り返すだけだ。

 おまけに、わたしと、背後にいるの手を、小さく可愛い彼女の両手によって掴まれているんだ。


(ここでまあ……背後に覆い被さってるその誰かさんっていうのは誰かはわかったけどさ……)


 背後にいる彼と目の前の少女に挟まれ、わたしは逃げることなんて出来やしなかったのだ。


 ――何をしているの。ここはどこ。あれからどうなった。


「聞いているんですか?」


 疑問はいくつか出て、どれから聞こうかと悩んでいると、白い少女の背後から声がかけられる。先ほどの声だ。

 寝ているわたしの場所からでは、声の人物は少女に遮られて見えない。

 白い少女が片目をつぶって目配せを送ってくる。薄暗い部屋できらりと真珠みたいに光る双眸の1つが一瞬だけ途切れるのが見える。


(……黙っていろということ?)


 開きかけていたわたしの口の代わりに真っ白な少女の小さな口が開く。


「無論、目を覚ますまで」

「それはいつの話でしょうか? 5分後? 1時間後? それとも明日でしょうか?」

「さぁ、ワタクシにもわかりませんわ……くどい人」

「すみません、何か言いましたか?」

「いいえ、なんでも――そうね。力を初めて使用したシズクが目を覚ますまで、3日を必要としましたわ」


 男は「3日?」と小さく呟き、間を置いて1つ咳払いをした。


「……そんな長い間、御方おんかたをここに留まらせるわけにはいきません」

「ワタクシ以外に誰が2人を癒せると言うの?」

「しかし…………では、場所を移しませんか。おふたりにはこのような場所ではなく、万全のサポートが出来る本国のラボへとお送りしましょう。何ならば我が工房でも――」




 ―― だ ま れ 。 に ん げ ん 。




 深く重い言葉が目の前の少女の口から小さくこぼれる。

 ぞわぞわっ、と今以上に強い寒気が少女から発する。


「……っ!?」

「口が過ぎてよ、人間」


 気持ち悪い感触がより一層深まるのをビシビシと肌に感じる。

 声の人物には、これ以上彼女を刺激しないでほしい。

 彼には見えてないだろうが、対面しているわたしからでは白い少女の“満面の笑み”が向けられているのだ。


「……くっ」


 男の人の方から何度か小さく足を踏み鳴らす音が聞こえ、その後、彼はこの部屋から外に出て行ってしまった。

 ちょっと待って! 戻ってきて! と声を掛けたくなったのは直ぐのこと。


 男の人が去って、白い少女の威圧というか圧迫感というか、気持ちの悪い空気が深く凝縮されてわたしに流れ込んでくる気がしたのだ。

 気のせいじゃない。現に溢れんばかりにわたしたちに注がれている。

 うっぷ……吐きそう。


「……お寝坊さん」


 最悪な体調がもっとひどくなったというのに目の前の少女は優しくて冷たい笑みをわたしに改めて送ってきた。

 わたしたちの手は掴んだまま、片手だけをわたしの頭に置いて髪を撫でる。撫でられた髪は熱を失っていくみたいに感じた。


「無事、峠は越えられたよう。これでももう安心ですわね」

「とう……げ?」

「ええ、貴女たち、もうすぐで消滅するところだったのよ?」

「しょう……めつっ!?」


 話すのも億劫なほど滅入っている今の状況で、少女の口から出た言葉をたどたどしくも繰り返して呟く。


「当然よね。この世界では満足に補給できない魔力を限界まで酷使したのよ。ここにワタクシがいなければどうなっていたことやら?」

(……じゃあ、わたしたちがそんな目に合うきっかけは誰のせいだろうね)


 悪態を吐きたかったけどもそれすらも辛くてやめた。

 真っ白な少女は意気揚々とわたしたちが校庭にたどり着いた後のことを話してくれた。


 校庭に到着後、鳥から降りたわたしたちは揃ってその場で気を失い、あれやこれやとこの部屋、保健室へと担ぎ込まれたらしい。らしいって言うのも真っ白な少女は遠目から眺めていたからだそうだ。

 シズクはどろどろに汚れていて大変だったのよ、なんて楽しそうに教えてくれる。


「己で引き裂いたというのにね。ぼろぼろの衣服を見て怪我をしてると勘違いしたアサガタツオミたちがその場でシズクの服を脱がし出すんですもの。周りにいた子供たちが男だ男だと大騒ぎし出したのは見てて愉快だったわ」

(……それは大変だったでしょうね)


 見てもいない光景があっさりと頭に浮かぶ。

 リコちゃんだったころのシズクは人気あったからね……男子生徒から。

 気にかけていた女子が男だった。真実を告げるのはつらいことだ。


 病院に送るという話も上がったけど、わたしたちの“身体”や“事件”のことも踏まえて第三分校の保健室にて治療を施されることになった。

 その提案は目の前の少女のものであり、眼鏡を掛けたあの女の人を通じて人払いをアサガさんに頼んでは今までわたしたちの看護にあたっていたと言う。


「色々とごたついて大変だったのよ。貴女たち好かれてますのね。たくさんの子供たちが貴女たちを慕って放れようとしなかったわ。流石ワタクシのシズク……ワタクシが見込んだだけはありますわ……」


 恍惚とした笑みを浮かべてわたしから視線を外してその奥、背後の彼を見つめている。

 ちなみに今こうして手を繋がれている理由は、わたしたち2人が失った魔力を補給している最中だからだそうだ。

 言われば、少女の手からゆっくりと身体に血が通うように魔力が送られているのがわかる。これはちょっと心地のいいものだった。


 ただ、今の気分は外はひやひや、中はほかほかといった感じ。

 例えるなら極寒の中、真っ裸な状態で片手だけ温水に浸っている、みたいな? ……いや、そっちの方が辛いか。だけど、今のわたしの気分はそんな感じなのだ。


(だけどさ……これは、なに?)


 この状況はどういうことだろう。

 保健室のベッド1つにわたしとシズクが2人で寝そべりながら白い少女へと腕を伸ばしている――シズクがわたしに覆いかぶさって魔力配給を受けているこの状況は?


 曰く、彼女の腕の長さではベッド2つには届かず、2人分送るにはこの姿勢がちょうどよかったんだという。

 当然と白い少女の背後にあるベッドは空いている。


「……なら」

「はい?」

「わたしたちの……手を……伸ばして……ベッドの間から……掴んでいれば……よかったんじゃ……?」


 わたしたちの腕の長さならベッド2つの間に彼女が座っても余裕で届くはずだけど……。

 指摘したら、彼女はぽかんと間の抜けた顔をする。

 気が付かなかったのだろうか。

 ……怒ったのだろうか。むすっと頬を膨らませる。

 その後は、あのー、と声を開けても顔を背けて無言のまま魔力配給を行い続ける。もう聞く耳は持たなそう。

 わたしも仕方なしに彼女に習って無言を通した。


「……」

「……」


 ゆっくりと時間が流れて行く。

 この部屋のどこかにある時計の針が何度もコツコツと時を刻んでいく。

 次第に真っ白な少女の気も晴れたのか、わたしたちの手を見つめるだけとなった。わたしも同じく自分の手を見る。

 重なった3人の手。わたしと、彼女と、彼……彼の手。


(……ああ、まずいなぁ)


 この状況はわたしにとって非常に好ましくない危険なものだ。

 気持ち悪くても、重苦しくても彼女と話しているべきだった。

 そうしたら、気にしなくてもよかったはずなんだから。


 あんなにも会いたかったシズクが今わたしの背後にいる。

 不可抗力とはいえ、わたしを抱きしめている……というか覆いかぶさっているんだ。

 こんな状況で動揺しない訳にはいかない。

 シズクと一緒に寝るのはこれで2回目だとしても、あの時と今とじゃ心の持ち様が全然違う。


(……あの時とは全然違うんだから)


 静かに寝息を立てるシズクの声が背後から間近に届く。

 僅かな吐息が耳にかかる。くすぐったい……耳が、頬が熱くなる。

 重ねられ握られた手を離したい。


(こんなの……意地悪だ……)


 もう気のせいにしたかった。

 でも気のせいだとは思えない。

 これが気のせいには出来ない。


 だって、わたしは。

 こんな女の子よりも女っぽい顔をした男の子に。

 心地の良い居場所を与えてくれる少年に。

 自分ではない別の少女を見ているシズクに。


(……わたしはシズクに惹かれている)


 わたしにはあいつがいる。シズクには彼女がいる。わたしたちには別々に恋人がいるんだ。

 そして、わたしたちは互いに恋人に再会できる望みだってできた。

 だというのに、その矢先に別の誰かを好きになるなんて絶対間違っている。


(……1次的な気の迷いだ)


 そう思う。気の迷い。だから、気のせいだって……思いたい。

 だって、これもシズクがあいつにすっごい似てるせいだ。


(彼に会えるかもってわかって、それでそれで気が緩んできっと。きっと――)


 あいつに似てるせいでわたしはきっとシズクのことを意識しちゃってるんだと思う。

 わたしはシズクにあいつを重ね過ぎちゃっているんだ。

 

(わたしはあいつにすごい会いたくて……だから。だから代わりにシズクを求――……違う! ぜんっぜん求めてないし!)


 はっと気を取り直して自分の思考を否定する。


(ぜったい! 絶対そんなことない無いから!)


 あぁぁぁぁっ! と叫びたくなる。出来ないから僅かに首を振る。

 白い少女がこちらを見て首を傾げる。直ぐに腕に顔を埋めて隠した。

 

(これじゃあ、もうっ、駄目……だよ)


 これじゃ駄目。このままじゃ駄目。こんなんじゃ駄目。

 だから。


(……うん…………これしかない)


 ――だから、わたしはある決断をすることに決めた。


 その決断が自分を律するものであり、きっと絶対な線引きになると思って。

 シズクにもあいつのためにも。きっと必要なことになるだろうから。

 必要だからと自分に言い聞かせると……涙が出そうになった。

 わざと欠伸をして誤魔化した。


「……大きな欠伸。いいわ、今はただ眠りなさい。魔力補給はあと数刻もかからずに終わることでしょう。頑張ったわね。それでこそワタクシの愛しい2人……ごほん、ワタクシが選んだ駒たち」

「……ふん」


 相変わらず勝手なことを言う。けれど、未だ眠気があるの確かだった。

 気持ちの悪い空間だったけど、少女の言葉にわたしの意識が沈むのは直ぐのこと。

 塞ぎ込んでいた気持ちを一次的にだとしても手放すのはとても楽だった。





 その後、わたしが目を覚ましたのは、あの日から3日が経過した12月24日の昼過ぎだった。

 目を覚ました先、そこには白い少女も、シズクもすでにいなかった。

 アサガさんたちに驚かれ、サイトウさんに気遣われ、シオミさんの検診を受ける。


 思ったよりも身体は万全だ。

 意識もはっきりしているし、身体は前よりも調子がいい気がする。

 シオミさんには無理をするなと心配されたけど、本当に自分でもびっくりするくらい快調なんだ。

 そのため、病み上がりなんだからと注意をされてもわたしは動くことをやめなかった。

 シオミさんの元を後にして、わたしはサイトウさんのもとに向かい、それから先。


 先に目を覚ましていたシズクを誘ってわたしは、キャッチボールの提案をした。





 ワタリさんの検診を受けながら聞いた話である。

 アヤカ区を襲っていた戦艦は一昼夜トーキョー湾で燃え続け、いつしか消えた。

 消失した時間帯は深夜から早朝にかけてと詳しい時間は知らないとワタリさんは言った。

 沈んだのだと言われている。未だ残骸は発見されていない。

 今も海自がトーキョー湾を探索しているという。


 アサガさんたちからは3日も寝ていたと聞かされて驚いた。

 ただ、シズクの身体になってはじめて外の世界を知ったあの日よりは驚くことは無かった。


 3日も寝たおかげか体調良好。というか、前よりも身体の調子がいい様な気がする! ……なんて喜んだのも束の間のことで、まだレティが目を覚ましていないこと、僕がやるべきだったことを彼女に任せてしまったことに対してひどく落ち込んだものだった。


「ううん。大丈夫。実は1度だけ起きたんだ」

「そうだったんだ……よかった……」


 僕の検診が終わったくらいでレティは目を覚ましていた。

 彼女は思いのほか元気そうだった。空元気かもしれない。

 見た目がゾンビっぽいとはいえ、人を殺したことで苛まれているかと不安だったんだ。ほじくり返すこともないと聞くことは出来なかったけど。


 僕たちが眠っている間に学園は本来22日に行うはずだった終業式を1日繰り越して23日に終え、現在は冬期休暇に入っている。


 今日は12月24日、日曜日。

 事件の影響を踏まえてアヤカ区の学生は昨日のうちに全員例外なくアヤカ区から退避していると聞いた。

 僕のことを知る生徒は名残惜しそうにしていたって言っていた。サイトウさんからも寮生のみんなも僕を気遣って心配してたって。

 後、ミヨさんからごめんなさいって……。

 最後のはどういう反応を取っていいかわからなかった。


 目を覚ました後、僕はボロボロにしてしまった制服の代わりに、以前サイトウさんから借りた白ジャージを着せられていた。

 これは3日前にアサガさんとサイトウさんが着替えさせてくれたんだって。

 自分で破いたことは勿論、海水やヘドロなんかで制服はドロドロに汚れちゃってたしね。他人に着替えさせられたと聞かされて、ちょっと恥ずかしいけど、そんな恰好のままで清潔な保健室で過ごしちゃだめだよね。

 ただ、その話を笑いをこらえながら教えてくれたサイトウさんが気にかかるけど……。





 その後、職員室で事務作業に追われているサイトウさんに別れてを告げて、僕は入れ替わりで検診を受けているレティを校庭で待っていた。


 会いたくて仕方なかった。

 ごめんなさいって謝りたかった。

 今度こそ間違えないようにちゃんとレティと話がしたかったんだ。


 人のいない校庭は酷く荒れているのが目に見えてわかった。

 何かを擦りつけたような跡が直線状に校庭に線を引かれている。それに、多くの人の足跡とか。

 僕らをここまで運んでくれた、レティが作ったという鉄の鳥はいつの間にか撤去されていた。


「みゅ~う」

「ふふ……」


 子猫の姿になったリコが僕の足元に首根っこをこすりつけてくる。

 思わず微笑を浮かべてしまう。喉元を撫でたりじゃれながら時間を潰した。


「レティ」

「……シズク? ……あれ、なんだ。待っててくれたの?」


 リコとじゃれること少し、校舎からレティが姿を見せた。

 ゆっくりと腰を上げて彼女の元へ向かい……ふと、彼女が手に持つ鍵に目を落とした。


「それは?」

「倉庫の鍵。サイトウさんから借りたの」

「倉庫って、倉庫から何か出すの?」

「んーまあね。寮の前でやろうと思ってたけど……いいわ。今暇? ううん、聞かなくてもわかるわ。どうせ暇でしょう?」

「暇っちゃあ暇だけど。じゃなくて、それよりももう身体は良いの?」

「まあ、万全。以前よりも体調いいくらい」


 レティも? だけど、もしかしたらそう言うふうに振る舞っているのかもしれない。信じられない。


「本当に?」

「何、わたしが嘘ついてるとでも?」

「でも……」


 レティの表情がちょっと硬いんだ。何かを我慢してるみたい。あ、もしかして、トイ……って、あ!

 彼女はいいからと先に進んでしまって慌てて後を追うしかない。

 ねえとかちょっとと声を掛けてもレティは空返事を返してくれるだけだった。


「いいから着いてくる!」

「もうっ、強引なんだから……」


 本当なら話がしたかったのに先に行っちゃうもんだから、仕方なく彼女の後に着いていくしかなかった。

 一度もこちらを振り向くこともなく校庭を横断するレティの後ろを歩くこと少し。校庭隅の倉庫の鍵を開けて、がたついた引き戸を両手で開けて中に入る。


 懐かしい埃混じりの匂いを感じた。

 三角コーンに大きなマット、高跳び用のバーとかサッカーボール、ライン引きにこの中途半端な大きさのボールはハンドボールかな。

「あ、これは……」


 懐かしいものを見つけ、棚に押し込まれた籠を少し引き、中のものをつい手に取ってしまう。

 茶色に薄汚れた硬球だ。


「うわあ……。じゃあ、あれは!?」


 ボールとセットというか別にやる分には必要ではないけどそれでも必要な……もう1つを探そうとした時には既にレティが2つ、それを手に取っていて僕に投げ与えてくれた。

 渡されたのは青色のグローブだ。

 擦り傷が目立っていて下地が浮いている少しくたびれたもの。

 手にはめると少しぶかぶかで大きいけど、年季が入っているのでなめしは効いている。


 おおぉ……と感激に震えているとまたレティから一声と同時に何かを投げられて思わずキャッチする。

 ああ、今度は軟式の球だ。

 懐かしいなあ。中学までは、そして彼女とキャッチボールするときはいつもこれだった。


「キャッチボールしよ?」

「え、いいの?」

「いいって、そのつもりで誘ったんだけど」

「でも……してもいいのかな。こんな時にキャッチボールって」


 確かに僕も体調もいいけどあんな後だし安静にしてるべきだと――「駄目?」なんて上目遣いでレティが頼んでくる。

 う……ずるいよ。僕だってやりたい――と。

 はっきり言いたかったけど仕方なくとか渋々という感じで同意する。彼女は嬉しそうに大きく笑ってくれた。


 じゃあ、校庭へと意気込むけど「みゅうー!」とリコも一緒に遊びたい! と訴えてきた。

 じゃあ、リコも人型になって3人で……って提案しようと思ったら、レティはリコを抱きかかえて隅っこに移動する。

 2人して何やら内緒話を始めていた。


「ボソボソ……ボソボソ……」

「みゅー?(え、なに?)」

「……だから今だけはシズクと2人でさせて」

「みゅ~!(え~)」

「お願い! 今だけ、ね? ね?」

「みゅみゅぅ……(仕方ないなぁ)」


 みゅうとため息をついてリコは引き下がった。

 もういいよ、ってちょっと不満げに、網に手をかけて器用に丸籠によじ登ってサッカーボールを2個取りだす。


「どうしたの?」

「みゅみゅーみゅみゅみゅ(なんでも大事な話がしたいんだって)」

「大事な話?」

「ちょ、ちょっとリコちゃん言わないで!」


 大事な話って何だろう?

 でも、レティは頬を膨らませるだけで何も言ってくれない。

 本当に何を考えているんだろう?

 怒り気味にレティは先に校庭へ向かったので、慌てて僕も彼女の後を追うしかなかった。


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