第101話 少女の空、教師の葛藤
飛翔、空高く。
不格好な、形だけの翼が羽ばたきを見せると、この機体は一段と速度を上げ、爆音を後方へとまき散らちながらわたしを前へと押し上げていく。
風を切り裂いて走り抜ける鉄塊に跨って空を飛ぶ。本来ありえないこの状況で、わたしは悠々と鉄の鳥に搭乗していた。
空気の壁が機体に衝突しキシキシと音を立てているのに、わたしの身には大型台風の風が吹き付けるような強さで済んでいる。
これも、右手に携えた鉄扇から発する魔力のおかげだ。
「……酷い」
トーキョー湾には無数の煙が立ち昇っていた。
点々と海に浮かぶ船の多くは炎上し、走行不能に追い込まれているのか、動く気配は見られない。
3隻の小船が、逃げ回って海面に白い線を引いていた。
全部、あの大きな船がやったことなのだろうか。
“ここ”から見ても目に付く4本の大砲はアヤカへと向けられて、大型船の縁を囲うように設置された機銃が海面へと向いている。
「……っ……またっ!」
射出された光に1隻がまたも撃ち抜かれた。
光が船体に触れ、破片やらもろもろが飛び散った。続いて、青黒い海に少しの時間が経った後に小さな点を色付けた。濃紺に浮かぶ深紅だ。
「あれ……血だ……」
興奮が冷めやらぬ中、背筋が震えるのがわかる。
黒い画用紙に赤のペンを不意に落として付いてしまった赤い点。それくらいの大きさなのに、あの出血量――それが意味することを、1つ理解する。
そして、もう1つ理解しなければならなかった。
今から、わたしがあの場所へと赴かなければならないことを。
「ここでわたしが解決するんだ!」
躊躇なんてしていられない。今度はわたしがシズクを守る番なのだから。
「あの時とは違う。わたしには今、抗える力がある……!」
魔法が封じられていた時とは、泣くばかりで何もできずにシズクに守られていた時とは違うんだ。
例えこれが白い少女……他人によって与えられたようなものだとしても、今はあの時以上の力と立ち向かう決意がある。
「何が時間稼ぎだ。あいつの出番なんて全部わたしが喰ってやる!」
虚勢じみた意気込みのまま、急激な滑空をして大型船へと己を乗せた鉄の鳥を落とす。
急降下による身体にかかる負荷は少なく、視界も良好。風が全身をくすぐる中、目を見開いて落ちていく。
真下の船を捉える。紫色の光を無数に宙に浮かせた不思議な船だ。
武器は――ある。
この鉄の鳥を組む前の戦闘機には機銃とミサイルが8つ搭載されていることを作り替える過程で知った。
胸元につけた機銃の方はわたしの“意志”で発射できるようにしたけど、羽についているミサイルの方は射出だけわたしの“意志”で行えるようにしている。
直線上で飛び、着弾すると爆発するロケット花火的なものらしい。らしいと言うのも自分で作り変えておいてなんだけど、元々備わっていた誘導機能はわたしの魔法の範疇外みたい。
エンジンバーナーや機銃、ミサイルの点火は行えるのに何でそこは無理なのか。ましてや、どうしてこんなことが出来るのかさっぱりなのは腑に落ちない。
でも、どうでもいい。使えるならそれでいい。今は大きな武器となっている。
「いけっ!」
先手必勝。
機体を持ち上げて羽についていたミサイルを大型船へ向かって切り離した。
機体からかかる遠心力と落下の勢いを受けてミサイルは大型船へと僅かに速度を付けて落ちていった。野球のアンダースローみたいだな、なんてふと思う。
切り離した後、ミサイルのバーナーが火を吹き真下の大型船へと――あ。
「あ、やばっ!」
船の上で特に目を惹く建造物――積み重なった変な櫓みたいな建造物に設置された小型の機銃がこちらを向いて、火を吹きだした。
大慌てでわたしは鉄の鳥を横に傾かせながら急加速させる。
わたしのいた場所に無数の凶弾が昇りつめて、一瞬にして上空へと消えて――わっ!
下方から爆発が起こる。
直撃した、のではなく撃ち落されたのを知ったのは体勢を立て直し、大型船から距離を取った後だった。
大型船の上方で爆発によって生まれた薄い黒煙が漂っている。
「駄目だ。もっと慎重に使わないと」
残り7本。
現在わたしの火力の中で一番強いのは間違いなくこのミサイルだ。
でも、きっと1発2発当てたくらいじゃびくともしない気がする。出来れば同じ場所にピンポイントで当てることが出来れば多大な被害を出すことが出来るとは思うんだけども……。
大型船はわたしを敵と認識したのか、前後4門の大砲を除いた殆どの機銃を向けてくる。
逃げ回りながら後方を見ると、先ほどコンマ数秒前にいたわたしへと光は通過していった。
少しでも足を止めれば即座に撃ち落されるのは火を見るよりも明らかだった。
大砲の方は未だにアヤカへと向かっていて、順々に光線を描いて砲弾を放っている。光の壁へとぶつかっている。ひしりひしりと透明な壁は亀裂が生まれては、時間をかけて塞がっていった。
アヤカを覆う光の壁のひびの修復速度は遅い。
幸いなことに大砲の連射力は無いみたい。
1つ撃った後、次の砲塔が火を吹くまでのインターバルが存在する。
(でも、もしも、4つの砲が一斉に火を吹いたら……)
この鉄の鳥はとても速くて心強い。けれど、足りない。あの大きな船に比べてしまえば、ハエのようなものだ。もっと数が欲しい。
鉄が欲しい。
「……よし」
わたしは再度滑空して機体を海面へと落としていく。大型船から撃たれた凶弾を躱しながらは何度も旋回しながら落ちていく。
向かうは大型船よりも少し離れた先の海面。この辺りだと姿勢を持ち直し、海面にぶつかるすれすれでまで飛んで急浮上。背後で水飛沫が巻き起こる。
「――チッ!」
左手で機体に掴まりながら、右手で鉄扇を開いて力強く振る。
まずは、目の前の大型船だ。
鉄扇の効果か、いつもより云倍と勢いのある強風を叩きつける!
「――ちぇ、やっぱりだめか」
風は確かに大船を殴った。でも、その身を揺らす程度で、わたしの風は大型船を掴めない――大型船を解体することは出来ない。
解体が出来なかったのは、船の周囲に漂うあの紫色に光るカードが原因だろう。
この鉄扇の力で大型船を一発解体してゲームセット。思い付きにしては良い方だと思ったんだけどなぁ……。
まあよし。これは試しにやってみたことだ。運が良ければくらいにしか思っていない。本命は別にある。
わたしの起こした風は大型船以外に、この海に漂う走行不能の船も撫でた。
全部で5隻。風はまるでわたし自身と化してここら全域を知る。この場で動くもの全てがわかる。わたしと大型船と、現存している小船の2隻が救助活動を行っているのも知った。
殆どの船には脱出したのか乗船している乗組員はいないことを知るが、時には船には取り残された人がいるものも知る。
それに息があるかないかも同時に知って――奥歯を噛みしめる。
「……っ!」
人の死がわたしの放った風に纏わり付く。
怖がっている暇は無かった。僅かな吐き気にも似た恐怖心を胸の奥に押し込めて、わたしは実行する。
――分解。
人が乗っていない船は全てばらばらに崩し、人が乗っている船は沈まない程度に、船体だけを残して、内部機関をごっそりと貰った。
――構築。
集まった鉄片を組み直して、わたしは新たに10の鉄鳥を作り上げた。
「みんな来い!」
わたしの号令と共に羽ばたき、10の鳥が後方につく。わたしが駆る先頭の鉄の鳥と比べて、その大きさは半分以下のものだけども、今は大きな戦力だ。
そして、一斉に空へと駆け上がり、また大型船を眼下に捉えて対峙する。
浮上するときも、その後も大型船からは絶え間ない光の嵐がわたしたちへと襲いかかってきていた。
「全部行っちゃえ!」
指揮棒のように鉄扇を振るい強風を巻き起こす。風に乗せて10の鳥たちを突撃させる。続いて、3つのミサイルも放った。
同時に13のものを操作するなんて、頭の中がパンクしそうになりながらも下唇を噛みしめて凶弾の雨を飛び交わせる。
わたしと大型船の間に存在する空間は今、乱気流とばかりに荒れ狂っている。
わたしの風の援護を受けて凶弾を避けさせる小鳥たちもそうだけど、一番に神経をとがらせているのは3つのミサイルだ。
ミサイルは特に気を張って風魔法で方向を変えながら宙を走らせる。
1つ、2つと、鳥が直撃を受けて宙で四散していく。地面に落としたガラス細工のように粉々になった。
それでも前へ。
無数の放射の中を潜り抜けて、本体へと辿り着いたのは5機。ミサイルも1つ撃ち堕された。けれども、特攻をかける。
開いた場所は船体後方、大砲2門の間。そこへ同時にミサイルを直撃させる。
爆発に続く爆発が目に、耳に届いた。
「よしっ! 当たった!」
炎上し、黒煙の上がる大型船の動きが止まる。
撃墜を免れた鳥たちを浮上させわたしの元へと戻らせる。その数わずか3。7機失ってしまったけれど、大成功!
(……いや。まだだ!)
ここでやめるわけにもいかない。まだ前方の2門が残っている。喜ぶのは後にして追撃を開始。急ぎミサイルを2発放った――その時だった。
大型船の周囲に漂っているカードが稲妻を吐き出し始めたのだ。
自分に攻撃をしている……? 違うっ!?
「……っ……届けっ! 早く!」
修復を始め出した大型船へとミサイルを急がせる。
が、今まで停止し黙っていた機銃が一斉にミサイルに向かって、宙で無残にも撃ち抜かれて爆散した。
爆破による黒煙が大型船の姿を隠し――すぐさま目視出来ない何かが黒煙を貫いてこちらへと一閃走ってきた。
「……っ!」
周りに漂わせていた3機のうち、1機の鳥がわたしの目前で四散した。
黒雲から飛び出て来た光の凶弾がちょうど前を飛んでいた鳥を貫き、わたしの乗る鳥の肩をまとめて吹き飛ばした。
破片がわたしの頬を掠める。
わたしの乗る鉄の鳥が体勢を崩す。慌てて直ぐに風魔法で浮遊させ、直ぐに鉄扇を振って修復にかかる。
「……痛」
頬を手で拭う。血が出ていることに気が付いた。
作業のように指先に光を灯して傷を治すも、痛みだけは幻のように残っている。
煙が晴れた先、アヤカに向かっていた大砲4門がこちらに向いている。
そして、他の機銃を含め一斉にこちらを向いて火を吹く――その前に鉄の鳥を動かして飛びぬけた。
旋回しながら見下ろした光景は……前と同じ。
大型船はわずかな煙を纏いながら元の姿を保っていた。
何もかもが元通り。はじめっから?
「どうしよう……何か手は……あれを壊せるほどの強大なもの」
残りのミサイルは2つ。
だけど、全部当てたとして……完全に破壊できる望みは薄い。
「もっと……強大な……力……が欲しい……」
ぼそりと呟きながら頬を擦る。
消したはずの頬の痛みが急に深みを増したような気がした。
◎
実のところ、俺サイトウ・コウにとって魔法なんてものはどうでもよかった。
知り合いが魔法学園に進学したことがきっかけで、そいつを追う為だけに俺は1年遅れて入学を決めたんだ。
しかし、運命の巡り合わせが悪いのか、俺は第三分校に、彼女は第一分校に配属され滅多に会うことは無くなり、交流もめっきり減っていったんだ。
彼女の代わりに休日はヨミクサとつるむようになっていた。
彼女を諦めようと他の女子とも何人かと付き合ったりもした。
だけど、心の奥には僅かに募っていた思いはまだあった。それは彼女が学園を卒業し、上級専攻科へ進むまで存在していた。
そう。そこまでは存在していたんだ。
何年越しの掠れた片思い。
その思いはまさか1年先を行ったヨミクサと楽しそうに笑って話している彼女の姿を見ることで、完全に吹っ切れることになるとは思わなかったけど――……あ?
「……うわ、今俺現実逃避していた」
昔のことを思い出すなんて俺も相当追い込まれていたようだ。
「校庭に戦闘機が不時着したってことも驚きなのに、その後で青百合ちゃんがそいつに乗って飛んでいっちゃうんだもんなー……」
これにはここにいる教師陣一同、唖然として見送ってしまった。
一体どこに行ったのやら。
タツオミが見たらなんて言うんだろう。突然研究室に向かうって飛び出していったあいつはこのことを知っているのだろうか。
俺はヨミクサのように何かが思いついて実行に移せるわけでもなく、シオミ姉……ワタリ女史と違って戦闘機のパイロットを看護できるわけでもない。
至って平凡な人間である。
「何にだってできることがあるはずなのに……」
そうぼそりと呟いた時、電話が鳴った。
誰が取るかと顔を見合わせる中、うんざりとした校長が先に手に取って受話器を耳に当てた。
「はい、こちら職員室の……え? アサガくん? ええっと……彼なら今……」
なんだ、タツオミに電話……?
あいつに電話を掛けるやつなんて俺かワタリ女史くらいしか思いつかないが、校長の顔には困惑の色が浮かぶ。歯切れの悪い対応だ。
「校長、俺が代わります」
「サイトウくん? ……わかった。頼むよ。――すみません。本人ではありませんが、代理に代わります」
ほっとした面で校長が手渡してきた受話器を受け取って耳に当てた。
「こちら、サイトウと言います。アサガにどのようなご用件でしょうか?」
『サイトウ? 誰……ああ、あんたか。確かあんときにいたわね』
耳に届いたのは若い女の声だ。随分と馴れ馴れしい。
『あんたでいいわ。アサガに伝えなさい。もうすぐシズクがそっちに向かうとね』
「シズクが……?」
『ええ。この騒ぎを止めるのはうちの馬鹿な弟と彼女だけよ』
なんで野花ちゃんが? 馬鹿な弟って? というか、野花ちゃんは昨晩から家出してどこにいるかもわかってないのに。
『――ご覧ください! カサイ臨海公園からアヤカ区までの海面が突如として凍り付き……それに、あれは……信じられません! 凍った海の上を人が、ライオンと思わしき動物に跨った子供がアヤカ区へと向かっています!』
テレビのアナウンスに目を向けるとどアップの野花ちゃんが……あれは食堂で驚かせられたライオンのリコに跨って走ってきている。
思わず電話そっちの気でテレビ画面に釘付けになってしまった。
「まじか、野花ちゃんまじで走ってきてるわ……」
『でしょ? じゃ、後は任せたわよ』
「おい、任せるって――……切りやがった」
テレビ画面へ再度向けると、今度は空を飛ぶ巨大な鈍色の鳥をカメラが追っている。
戦艦から噴き出した機銃を避ける高速の鳥だった。これ、さっき飛んでいったやつだ。
そして、その背後には青髪の女の子が跨がっていて……これもまた……ああ。
「やっぱり、青百合ちゃんも……マジかよ……」
放心気味に受話器を収める。
頭の中が真っ白になりそうだった。どうして何故。頭の中で海を渡る野花ちゃんと空を飛ぶ青百合ちゃんの姿が何度も映る。
心配そうに見つめてきている校長へと、頬を引き攣らせながら笑うしかない。
「一体、電話相手は誰だったんだ。この騒ぎを止めることが出来るとか言っていたが……」
「いやあ……俺にもさっぱりですわ」
「サイトウくん!」
「でも……多分、それは本当に止まる気がします」
俺は自分でも何を言ってるのかさっぱりだった。未だ整理はつかないけれど、やらなければいけないことはわかった。
野花ちゃんがここに戻ってくることをタツオミに伝える。それが今の俺の役割だ。
校長の言葉を背中に俺もまた職員室を飛び出していく。
◎
(タツオミのもとに向かって――)
階段を2段飛ばしで駆け上がり。
(野花ちゃんが来ることを伝えて――)
角を曲がって走った中腹に存在する部屋。そこへ向かって扉に手をかけ、引いた……ところ。
(伝えて――待て。伝えてどうな……っ!?)
引かなければ良かった、と言う後悔が襲い掛かってきた。
「……あら? お客?」
……またあの感覚だ。
昨日のあの奇妙な感覚が身体にへばりついていく。
部屋の中にいるのはタツオミだけだと思っていたのに、そこには別に3人存在していたのだ。
1人は若い男だ。こいつは俺を見るなり嫌そうな顔をする。
もう1人は眼鏡を掛けた女だ。地べたに直接腰を落として、どうでもよさそうにこちらを見た。
2人とも、こんな異質な空間にいるのに平然としている。
いや、そいつらはどうでもいい。今一番重要なのは昨日にも出会った目の前のこの白い幼女だ。
なんだよこいつは……。
「さっさと部屋に入って扉を閉めて下さらない?」
俺の身体は、言われるままにぎこちなく足を運んで扉を閉めた。
部屋の空気というか雰囲気か。昨日よりはかなりマシだということに少し遅れて気が付いた。あの時は身動き1つできずにいたんだから。今は息苦しい程度で済んでいる。
「何か用かしら?」
「……用があるのは、タツオミにだ」
音1つを口に出すたびにまるで息をすべて吐き出すかのような息苦しさを感じる。
今の俺と同じく、青い顔をしたタツオミがこちらを向いた。
「……野花ちゃん……シズクがこっちに向かってる。そう、電話が来た」
「シズクくんが?」
「……ああ、さっきテレビにも映ってた。エドガワ区あたりからアヤカ区までの海面数キロが凍って、その上を走ってたよ」
「……冗談だろ?」
「俺も冗談だって思いたかったわ。でも、この目で見ちまった」
「そうか……本当にあなたの言っていた通りなんですね」
タツオミは幼女へと頷いた。
話が通じているのか。幼女が得意げに笑う。
「……自分たちの命運はシズクにかかっているんですね?」
「ええ、そうよ。貴方たちが生き残るにはシズクとレティの2人に頼らなければならないの。……情けない話ね。子供に頼るしかないなんて」
「……バッドだ」
いつものを口にしてタツオミは自分の前にした魔法陣を指でなぞる。
この異質な雰囲気のせいか、普段なら溜息をつく程度のことなのに、こんな時にもお前は魔法陣をいじっていたのかと思わず頭に血が上る。
この半年、こいつが触らない日を見ない日はないってくらい俺も見てきた。こいつがこの魔法陣を必死こいて完成させようとしていたのは痛いほどわかる。
だがそれは今やることじゃないだろ。
「おい! タツオミ! お前いい加減にしろよ!」
「サイトウ……」
俺は目の前に広がるこいつの集大成を力任せに奪い取り、半分に破いてタツオミの前で叩き付けていた。
顔を真っ赤にして怒りだすと思ったのに――タツオミははっと驚きを見せるだけで深く溜め息をつくだけだった。
後ろで眼鏡の女が「わお」と感嘆とした言葉を呟くのが聞こえた。
1番、驚きを見せていたのは予想外に幼女だった。
「あ、貴方、何してるの!? これでは……っ!」
「いい、大丈夫だ」
「大丈夫だぁ!?」
タツオミの思いのほか冷静な態度にそれ以上に怒り狂いそうになる。
「全然大丈夫じゃねえだろ! お前何考えてんだよ! こんな時までお前は自分の研究のことか!」
「落ち着け、サイトウ。違う」
「落ち着け!? 違う!? 冗談じゃねえ! 落ち着けられるか!! お前わかってんのか! 野花ちゃんに、シズクにあの戦艦を任せるだと!? ふざけんなよっ! 何生徒に任せようとしてんだよ! 俺らは浅いとしても教師だろ! 俺らは大差ないとしてももう大人だろ!? 大人がガキを、教師が生徒を盾にするのかっ!?」
勢いに任せた罵声は息の続くまで吐き出した。
だが、言いたいことをぶちまけた後、この場の空気に当てられて、くらっと頭が重くなりその場で尻もちを付いてしまう。
貧血にも似た症状に、少しぐったりとして息を整えれば頭に昇った血は多少は下がった。
「……もうすぐ自衛隊だって来る。そいつらに全部任せればいいじゃねえか」
「アサガタツオミも同じことを言ってましたわね。せえふに任せればいいとかなんとか」
「なら……」
「駄目なんだ。サイトウ」
「タツオミ!?」
「このままだと彼らが来る前に自分らは確実に被害を受ける。時間がないんだ」
「なんでわかんだよ!?」
「それは……」
ヨミクサは口淀んでそれ以上は言おうとしない。
ちらりと眼鏡の女へと視線を向ける程度で、俺もつられてそちらを見ても女はこの場には不釣り合いな微笑を浮かべているだけだった。
「この人の能力。パーソナルスタッフだと思うが……」
「企業秘密だけどね。まあ、未来視かなぁ?」
1人ピリピリと神経を逆立てている俺には眼鏡の女のゆったりとした口調は苛立ちを覚える。
「未来が見えるだと? そんなもん信じら――」
「貴方、少し黙って下さらない? 耳障りよ」
「……っ」
幼女が怒り気味に俺を睨みつけ、この空気と相まって口を閉ざしてしまう。
くそ、なんだよ。本当にこいつは。
「貴方たちが死んでいいならそれでいいけれどね? そんな悠長に待っている時間は無くてよ?」
「……ふざけるな」
あいつらはまだ子供なのに。なんで大人である俺らがあいつらを守ることが出来ない。
自分の無力さに情けなくて仕方ない。
震える唇をかみしめて、もう一度俺は声を荒げた。
「つーか、シズクが来たとしてどうやってあの戦艦まで送るって言うんだよ! おちおちと泳いで行けって言うのか? ありえねえだろ!」
「……送る方法ならある。ただ……」
「ただ?」
「これを送る手段が……」
ヨミクサは破れた魔法陣に触れるだけだった。
別にこの一枚だけしか魔法陣がないなんてことはない。コピーも書きしたためた研究ノートも残っている。だから俺は破いたんだけど……まあ、もしこの1枚しかないって知ってても先ほどの俺じゃ気にせずに破いたと思う。
タツオミは何度と折りたたんだことで癖となっている折り目を指でなぞって――。
「あ……」
声を上げてタツオミは目を見開き、すぐさま顔を上げて俺を見た。
そこには自信に溢れたタツオミの顔があった。
「……そうか!」
「おい、ヨミクサ! おい――」
待て――俺が呼び止めるのも無視して、やつはこの場から急いで去っていった。
あいつは昔っからいつもこんな感じだった。自分の中で自己完結して、実際に実行をしてから説明を行う。
自信過剰が玉に瑕で、こういう場面はよく出会い、そして結構な頻度で失敗を見てきた。
しかし、今のあいつの目は輝いていた。
同じくこんな感じのタツオミは何度か見たことがある。
そして、そう言う場合、大抵は良い結果をあいつは出すんだ。
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