第100話 今は貴方に出来ることを成せばいい
「貴女には、このよくわからない状況を終わらせてほしいのですけども……流石に無理よね。そうね。解決しろとは言わないわ。時間を稼いでほしいの」
「時間を稼ぐ……わたしが?」
何を突然……。
「その間にシズクをここに招いてみせるわ」
「シズクを?」
「ええ、この騒ぎを終わらせられるのは……いないことはないけれども――」
と、真っ白な少女は後ろの眼鏡の女性に顔を向け、直ぐにわたしへと視線を戻し、
「――きっとシズクだけ。彼ならあの船を止めてくれます」
「……シズクを送るって言うの!?」
話では武器をたくさん載せた大きな船が襲ってきていると聞いた。そんな場所に今の弱ったシズクを放り込むと言うの?
真っ白な少女はにっこりと笑った。
「だから、彼が来るまでの繋ぎとして、貴女が身代わりとなって、と仰ってる」
「身代わりってどうして……それに、わたしやシズクじゃなくたって、この国の人がどうにか……」
「そうそう悠長に構えている時間はございません。あの船の目的はこの島。この島の破壊を目的としているいますので」
「島、アヤカを? どうして?」
「さあ? 理由は存じませんが、あの船はこの島を狙っている。ねえ、そうでしょう?」
真っ白な少女は後ろに控えている眼鏡の女性に話を振り、彼女もこくんと小さく頷いた。
「彼女が言うには、この国の武力が訪れるよりも先に、この島には確実に被害が出るそうです。だから、貴女に任せたいの。自分を犠牲にするのが大好きな貴女なら快く引き受けてくださいますよね?」
「自分を犠牲にって――」
昨日も今も、なんでこの子はこんなにも勝手に決めつけるんだ。
――そんなつもりはない。
自分を犠牲にしてでもなんて崇高なものなんてわたしは持ち合わせていない。
あの時だって、シズクを助けようとした時だって、身体が勝手に動いてしまったんだ。そこに自分の意志は関係してない。
「できないよ……」
そして、今は動くつもりも、勇気もない……。
わたしには、そんなことできやしない。
「……はぁ」
すると、白い少女はわたしに向かってわざとらしく、大きなため息をついた。
「貴女は今回も指を咥えて傍観を決め込むつもり? それで前みたいにシズクが助けにきてくれるのを待っているだけなの?」
「……別にわたしから助けを頼んだわけじゃない。シズクが勝手に――」
勝手に?
……失礼な話だ。わたしはあの時願ったんだ。誰でもいいから助けてって。それでシズクが来てくれた。
弱気な自分がつい出してしまった言い訳に落ち込みそうになる。
首を振って出始めた言葉をひっこめて、訂正する。
「――感謝してる。シズクは助けてくれたんだ。あんな形でもわたしを守ってくれたんだ。感謝しきれない……今いるのは彼のおかげなんだから」
「では、今度は貴女が恩を返すべきじゃなくて? シズクのために働いてもらわないと――ねえ、貴女もシズクが大事でしょう?」
「……大事?」
少女の言葉に、思わず顔を上げて見返してしまった。
「し、シズクが大事!?」
きっと少女の言葉にそこまで深い意味はなかったと思う。
現にわたしの大声に彼女はぽかんとしながら驚いていた。
でも、一晩中シズクについて想い悩んでいた今のわたしには、それ以上の意味に聞こえてしまっても仕方のないことだった。
「無い無い無いっ! だって、シズクのことなんて何とも、なんとも思ってないし! ルイの大切な人だからわたしが守らなきゃって思ったわけで、シズクは別に――……あ」
そこまで口にして私は硬直してしまった。
だって、大事かどうか知らないけど――特別な存在になっていることは確かだったから。
この姿を得てからのわたしは、メレティミ・フルオリフィアとして生きてきた。
赤ちゃんの頃から側にいてくれた大好きなウリウリの前では殆ど素の自分が出ていたけれど、親しいドナくんやレドヘイルくん、フラミネスちゃんの前ではわたしはメレティミ・フルオリフィアだった。
ルイの前では素を出しながらも年上ぶったまた別のわたしがいるし、里の人の前ではもっと厳格にブランザ・フルオリフィアの娘として立ち振る舞った。
なのに、シズクと話をしていると、以前のわたしがひょっこりと顔を覗かせてしまう。
ウリウリよりも、ルイよりも付き合いは全くと薄く短いのに、わたしはシズクを前にして本来の自分を出しているんだ。
彼の前ではブランザ・フルオリフィアの娘として生きてきたメレティミ・フルオリフィアはおらず、名前のない昔の少女だった時のわたしがいることを許されたんだ……。
境遇が同じだったこともあった。波長もあった。居心地が良かった。
何より彼の背中は格別だった。
だから、彼を重ねてしまっているんだろうか。
だから、昔の自分を出せているんだろうか。
(だから……わたし、シズクのこと……)
最後の言葉は胸の中だとしても踏み止まったのは、今もわたしの中には本当のあいつがいるから。
今もわたしの胸の中にはあいつがいて、あいつのことを思えば、わたしにはそういう特別な相手なんて作ってはいけないって思って……。
「では……再度聞きますわ。貴女、して下さらない? 貴女の自己犠牲の精神で、この場の人々の盾になってあげてもらえないかしら?」
少女の言葉がわたしを意志の奥から連れ戻す。
はっとして向き合った。
「いや、わたしは別に……それにどうしてそんなことしなきゃいけないの?」
できることならしてあげたいよ。
だけど、とわたしは踏み切れずにいたからそんな言葉が出てしまう。
「どうしてって……さっきも言ったじゃない。この島に被害が出るって。それで、アサガタツオミが死んだら、誰が貴女たちをあちらへと帰すの? ワタクシ、もう嫌よ。これ以上こちらの人間に関わりたくない」
本当に我儘だ。でも、ここでこの島を見捨てて逃げろと言われるよりはいいかも。
「だから、お願いね」と首を傾げて真っ白な少女は可愛らしくわたしに求める。
「だけど、わたしには……そんな力は無い……」
わたしは無力だ。
例え魔法が使えたとしてもわたしには何もできやしない。
手足に付けられていた輪っか、魔道具によって魔法が封じられていた時とは違っても、わたしにはあんなものを相手にするだけの力は無い。
真っ白な少女が「え?」と疑問に近い声を上げた。
「力がない? そんなことはないでしょう。貴女もまた、シズクとルイと同類なのだから」
「……どういうことよ」
「ふん、いいでしょう。ここなら贔屓とも呼ばれないでしょうからね」
なんて、真っ白な少女は小さな手をわたしの胸へと置く。
思わず見入ってしまっていたけれど、何をするのか聞き返す前にそれは行われた。
「……っ!?」
その小さな手がわたしの“中”へと侵入した。
溶け込んだみたいに腕の半ばまで入り込む。「わお……」と後ろで今まで黙っていた眼鏡の女性が声を上げた。
痛みは無くとも、身体の中で何かが蠢くのを感じる。
身体の中に他者の腕は入り込んでいると言う不可思議な状況で、わたしは呆然とされるがまま棒立ちになるしかない。
「……いくわよ」
「な、何を……」
その言葉の後に。
――じわり。
胸の奥から熱が溢れていく。
溢れた熱が胸から腰へ両腕から両足、頭の奥へと流れ込んでいく。
「これ……」
「本来ならば感情の昂ぶりで開かれるものですけども、時間もありませんし勝手に開かせてもらいました。感謝なさいね」
ゆっくりとわたしの体から手を抜いて、水を払うみたいにふらふらと手を振った。
終わったらしい。らしいって言うけど、わたし自身がその身で受けたことだからこそわかった。同時に、彼女がわたしの中に魔力を置いていったことは確かで、何かを解放したこともわかった。
そして。
――“使える”ことを理解した。
わたしは直ぐに手に魔力を収集させて魔法を生み出す。
火でも水でも風、金、土でもない。
右手に黒い靄が生み出されて形を成していく。
それは――わたしだけの魔法だ。
「これ、シズクたちが使っている闇魔法よね」
わたしの手には鈍色に輝く折り畳まれた“扇”が握られていた。
一見すると鉄の板を重ねただけのものなのに、扇だとわかったのは生み出す前に知ったから。
とても大きなもので、今のわたしの身長の半分くらいはある。それなのにとても軽い。片手で簡単に振れるほどだ。
禍々しく黒い靄のかかった鉄扇は、不思議なことにうっとりと見蕩れてしまいそうになった。
「闇魔法……? よくわからないけど、これでなんとかなるでしょう?」
「どういう……もう、いいわ。確かに――いける!」
確信は無いけれど、先ほどの弱気な自分が嘘みたいに消えて、今じゃ根拠のない自信に満ち溢れている。感情の昂ぶりを感じていた。
払って扇を広げると、中は和紙や布といった扇面のない骨だけの変わったものであることに気が付く。
なんでなのかは知らないけれど、この扇……武器の使い方はわかる。
使い方が頭の中へと流れ込んでくるんだ。
「ふっ……」
わたしは扇を一撫でして風を起こした。
自分の中の魔力を消費しながらも、それ以上に扇の力で風は強く吹く。吹いた風は目の前に横たわる半壊した戦闘機へと流れ込んで、宙に浮かす。
あんなに重たかった鉄の塊が嘘みたいに軽い。
宙に浮いた戦闘機へともう一度風を送ると、今度は一瞬にしてその身をばらばらに分解した。
装甲から内部のパーツごとにばらけ宙に浮く。
鉄の塊は浮遊したまま形を変えて、わたしの思い通りに姿を変える。
折れてひしゃげた羽を伸ばして翼と変え、胴からお尻を湾曲させて、コックピット付近は意匠を凝らして顔を作る。元からあっと武装はそのままの形で間借りした。
大丈夫、色々と危ないものだけど、わたしの武器として扱える。
「出来た……」
最終的に戦闘機だったものは、鳥の形を繕った鉄の命へと変貌させた。
鉄の鳥は翼を広げて高く啼いた。その声はエンジン音。バイクよりも、車よりも強烈な轟音がわたしたち3人しかいない校庭で鳴り響く。
ジェット機を装着した高速のわたしだけの特別な鳥の形をした乗り物だ。
直ぐに背中に付けた手すりを握って、鉄の鳥に乗り込もうとした。
「1つだけ言っておきますわ」
「何よ」
「ワタクシ、別にシズクを虐めて楽しむ趣味はありませんの」
嘘だ。
……と、大声を上げて叫びたかったが、
「……そう」
と、一言つぶやくだけにとどめた。
「昨日はシズクに初めて触れあえたことで思わず浮かれすぎました。柄にも無くはしゃいでしまい、ましてやあんな弱ったシズクを見るのは初めてのことで……つい、ね」
なぁにがつい、よ。
それのせいでシズクが寮から飛び出していったと言うのに!
だけど、言い合う気は起きない。
「ワタクシ、シズクのこと好きよ。出来れば傍に置いて愛でたいくらいに。悲しい顔も、怒った顔も好き。でも、やっぱり1番は笑っている顔なの。でも、その顔はワタクシの手元に置いても見ることは叶わないと知っている。貴女やあのルイって少女の隣でしか見ることは無かった……」
「…………」
「……駄目ね。今回のゲーム、思った以上に駒に入れ込み過ぎていますわ。こんなのワタクシじゃない。だからこそ終わらせて……あら……駒に弱音を吐くなんて、こんな姿、他の者に見られたら嗤われるわ」
懺悔のようにも感じられる少女の言葉はそこで終わりを向けた。
わたしもそれ以上言葉を交わすつもりはなかった。
目の前の鉄の鳥の背に捕まって、バーナーを点火する。
エンジンの暖気はそれほど必要とはせず、後は飛ぶだけとだった。
でも、最後にと。
「……言うなら、シズク本人に言ってあげてよ! わたしは貴方のお悩みを聞く人形じゃないわ!」
「なっ!」
真っ白な少女の言葉を掻き消して、わたしは鉄の鳥に乗って宙を飛んだ。
「……貴女のずけずけと言うそんなところも、ワタクシは好きよ。レティ」
その言葉はわたしには届かない。
◎
……身体が痛い。
目の前には、電柱に衝突して前身を潰した車の姿がそこにあった。
記憶が曖昧だ。
僕たちはテレビやスピーカーから流れる放送にしたがって避難している最中だったはず。けど……突然、視界が反転したんだ。
今、僕はエキナさんの腕に抱かれながら2人して道路の上に横たわっていた。そして、その衝突した車をみながら2人して身体を摩りながら起き上がる。
周りにいる人が僕らを囲っているのが見えた。
「ねえ、カナギさんたちは?」
「……」
エキナさんは何も言ってくれない。
目の前に僅かに唸り声を上げる車が目に入る……その少し隣。
「ねえ、カナギさんたちは…………」
再度言葉をかけた後、何故自分が故障した車に視線が向かっているのか、気が付いた。
見当たらないと探していたユウコさんたちの姿は、思いのほか早く見つかったのだ。
その車の近くで、僕と同じくユウコさんはトオルさんに抱きかかえられて転がっていたのだ。
2人は目を開けていないけど、苦痛に顔を歪めている。トオルさんは頭から血を流しているようだった。
ただ、おかしいんだ。
血じゃないと思う。でも。雨も降っていないのにユウコさんの股のあたりに……。
一瞬、頭が真っ白になった。
ユウコさんの下腹部あたりから洩れているんだ。
特にユウコさんはお腹を抱えて物凄く辛そうにうめき声を上げていた。
それがなにを意味するか……拙い知識だけど僕にはそれにしか見えなかった。
――破水。
「ああ……ああっ!」
それがどんな状況かも今一わからない。
僕には医療も助産の知識もない1つとして持っていないんだから。でも、やらないといけないって思った。
だから、直ぐに僕はユウコさんに近寄って、緑色に灯った両手を差し出そうとして――エキナさんに止められた。
「離っ、何してんですか!」
「何って、あんたこそ何しようとしたの!?」
「治療ですよ! 早く治さないと!」
なんでエキナさんが止めるのか。僕には全然理解できない。
相変わらず馬鹿力で背後から僕の両腕を握ってきたエキナさんの腕を振りはらうことは出来ずにいた。
火の活性魔法で筋力を上げても、彼女の手から逃れることは出来ない。だけど、僕は精一杯抵抗を繰り返す。
「止めないで! 離して! 離してってば!!」
「……ワタシの腕にそれを当ててみろ」
「何を言って!」
「いいから!」
なりふり構わず僕は解放された右手をエキナさんの左腕に握って押し付ける。そして、治癒魔法をかけ――え?
エキナさんの左腕は突然かぶれるかのように赤くなって、小さく音を立てて腕の皮膚が裂けたんだ。
僕の顔にエキナさんの腕から噴き出した鮮血飛び掛かった。
「痛……」
「え、エキナさん……」
血を噴き出す左腕を強く握って、エキナさんは僕を睨みつけた。
「わかった? あんたのやろうとした治癒……いや、流そうとした魔力は、この世界の人間にとって相容れられない存在なの。今、それをユウコに施そうものなら、きっと死ぬわ」
死ぬ。
僕が、ユウコさんを殺す?
へなへなと力が抜けて膝をついてしまった。頭が真っ白になりそうだった。
「どうかしましたかっ!」
僕たちを見てか、ひとりの大柄の警官が駆けつけてきた。
見たことがある。この人、そうだ。レティと一緒に出掛けた時に出会ったお巡りさんだ。
彼も僕を見て「お前は……」と鋭い眼光を向けてきた。
「交通事故よ。直ぐに近くの病院に連絡して。破水して母子ともに危険な状態」
「……はいっ!」
警官は無線機を使って連絡を取り始める。
そこから、やっと動き出したのか近くで見ていた通行人たちもユウコさんとトオルさんの介抱をしている時に、僕はただ、ぽつんと膝をついて途方に暮れるしかない。
役立たず。
何もできない。
魔法が使えるのに、今回もまた僕は何も出来やしない。
僕は見ていることしかできず……放心していた時、声が聞こえてきた。
「そんな悲観なさらないで。今、この場で貴方に出来ることを成せばいい」
「……僕に何かできるの?」
「出来るわ。あの船を止めることよ」
「僕が止める……出来ないよ」
「では、レティに任せるしかないわね……」
「レティが?」
白い少女の声の指示した方へ顔を向けた。
飛行機……いや、鳥のように見える。
「あれに、レティが乗ってますわ」
「……」
冗談だよね?
あんな大きな鳥にレティが? はは……乾いた声が漏れる。
「レティは貴方を守るために危地に赴いた」
「僕を……?」
レティが? 僕を?
そんなはずない。だって、レティは僕のこと……。
――聞いてみないとわからない。
否定の思考に落ちようとした時、エキナさんの言葉が蘇ってきた。
その言葉にどうにか踏ん張りを見せる。
「しかし、レティ1人ではあれを止めることは出来ない。せいぜい時間稼ぎがいいところね」
「時間稼ぎ……」
「貴方しかできないことをなさい」
最後に「アサガタツオミの元へ急ぎなさい」と、その言葉と共に白い少女の声は消え――誰かに肩を掴まれた。
エキナさんだ。
「シズク、あんたいい加減にしなさいよ! さっきから何1人でぶつぶつ――」
「――僕、行かなきゃ」
「行く? どこへ?」
「あそこへ。学園へ。そして、レティが待ってるあの場所へ」
立ち上がり、軋む身体をふらつかせて僕は学園の方へ、海岸へと足を向ける。
「僕が行かなきゃ駄目なんだ。僕が全部終わらせるんだ」
「ちょっと待ちなさい!」
歩き出した僕の手をエキナさんが掴み上げる。またしても逃れることは出来ない。
早くいかないと。
今度は抵抗せず、僕はエキナさんの黒い瞳を真摯に見つめた。
エキナさんの瞳が揺れるのが見え、一度視線を斜めに逸らした後、目を閉じて頷く。
「学園で良いの? 海じゃなくて?」
「うん、アサガさんのところに行けって言われた。多分、合ってると思う。一度アサガさんに会う必要がある気がする」
「言われたって……いいわ。わかった。あんたをあそこまで運んであげる」
「え、どういうこと?」
「任せろ……いるんでしょ。さっさと出てこい」
「はっ」
「もう聖母ちゃんおっそーい! やーっと呼んでくれた」
エキナさんの声に突然、男女2人が空から現れたんだ。
1人はオールバックにした黒髪のサングラスをかけた強面の人だ。筋肉質の体を真黒なスーツで窮屈そうに包み込んでいる。
もう1人はエキナさんと同じこの季節には厳しそうな薄い白のワンピースを着た金髪の女性だった。
サングラスの男性が金髪の女性の言葉遣いを正し、彼女もまた軽い口調で反論し始める……も、そこへエキナさんは2人に指を指し黙らせて、僕へと指を向け直した。
「こいつをアヤカの第三分校まで送って欲しい」
「この子を?」
スーツを着た男性は首だけ動かして僕を見た。サングラスの下はどこを見ているのかはわからない。
金髪の女性は身体をくねらせ、僕を品定めするかのような視線を送りぺろりと赤い唇の上を舌が這った。
「今回の騒動の一部はワタシたちにも責任がある。ま、本来ならどうでもいいと一蹴することだけど、そこに倒れてる人には一宿一飯の恩があってね。……こういうの胸糞悪いんだ。ワタシが行くべきなんだろうけど、仕方ないからこいつに任せる」
「聖母様のご命令とあれば」
「いいわあ。じゃあ、キミ。私にしっかり捕まってね」
どう送るのか。時間が惜しかったので、僕は口を挟むことはしない。
だから、言われるままに金髪の彼女の腰を強く抱き締めた……ところで男性が僕らへと手を向けて「
「シズク」
「エキナさん」
見上げるエキナさんが僕を呼んで、僕も見下ろしてエキナさんを呼んだ。
「ユウコたちのことは任せろ。だから、あんたはさっさと帰ってあの糞みたいな船を止めろ……絶対死ぬな」
「はい」
エキナさんとお別れを交わした後に、僕たちは空高く飛翔した。
周りの人が嬌声を上げるのを遠くで耳にする。そういえば、学園外だったと思うのはちょっと後のこと。
僕は僕で驚く暇は無い。
案外、冷静なんだ。
今はどんな手を使ってでも早くあの場所に行くことが先決なんだから。
◎
着いた場所は、僕がカナギさんたちに拾われた自然公園だった。
海の境目で僕らは着地すると、彼女は海に手を当て「
音を立てて海の一直線に水が凍っていく。ひやりとした冷気が包み込んでいく。てっきり、アヤカまで送ってくれるのかと思ったけどそうじゃないみたい。
「じゃあ、後は頑張ってね~」
「うん」
彼女は僕へ手を振るとまた空を飛んでいってしまった。
凍った海を前に、僕は大きな獅子の姿をしたリコを生み出して彼女の背に跨った。
待ってて、直ぐに終わらせてくるから。
リコが碓氷の上を走って行く。僕の意志に合わせるように。
「リコ、ありがとう」
リコは荒い息の中大きな遠吠えを上げて答えてくれた。
真っ白な空、レティを見上げて僕はアヤカへと向かう。
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