第99話 トーキョー湾襲撃
12月21日。木曜日。
――今朝未明、国籍不明の不審船による領海侵犯が行われた。
太平洋側より渡航してしたと思われる武装した不審船は後にトーキョー湾侵入を開始する。
海保がトーキョー湾進行を前に対策を取るも、拡声器による呼びかけには無反応。進行妨害や、スクリューに網を絡ませて走行不能を狙うも失敗。最終的に威嚇射撃を実行するも、無意味な結果として終わる。
行き先も目的も不明なまま不審船は反応1つ見せることなく湾内を航行継続する。
……が、不気味なままに沈黙を保っていた不審船は、カナガワ県カワサキ市とチバ県キサラズ市を結ぶトーキョー湾アクアライン付近を通過後、今まで飾りと化していた武装を海上自衛隊の護衛艦へと向けて放射を開始した――。
緊急招集された自分ら教師たちは職員室にて焦りの色を見せる校長の報告を黙々と聞いていた。
この話は現在テレビやラジオのニュースによって一般に公開された情報だと言う。
職員室の片隅で垂れ流しているテレビでも同様のことを放送し、窓の外を見ればテレビ中継とほぼ同じ状況が広がっていた。
現在も海自が防戦を繰り広げているが、損害は酷く既に護衛艦3隻が走行不能、2隻の沈没を確認。
この様な領海侵犯という事例が今までになかったことも含め経験に乏しく、護衛艦の装備が不十分であることも原因だろう。
護衛艦による機銃による射撃を受けても、全くと言っていいほど有効打になり得ていない。
ここからでもいくつかの黒煙が上がっているのが見えた。
現在、国内外問わずトーキョー湾への船舶の入船・運航を停止しており、また安全面を考えハネダ空港への飛行機の発着陸、湾近隣での航空機の飛行は禁止されている。
ただし、テレビを、外を見てもわかるが、禁止されているにもかかわらず報道関係と思わしきヘリが飛び回って中継を行っている。
無論、安全面を考慮すれば禁止行為である。
24区及び、トーキョー湾一帯の近隣住民に避難勧告を提示するも、人口過多と混乱によりスムーズに事は成しえていない。
物見遊山で沿岸へと赴いている者も多く、それらが護衛艦への攻撃を眼にしたことでパニックを起こしていること。相まって交通整備もままならず、各地で大小含めた交通事故が発生しているという報告も受けている。
「“上”は臨時議会を開いて対策を講じるも、正とも否とも言えぬ掛け合いで、自衛手段を思うように出せずにいる……が」
そして、これから先はまだ一般には伝わっていない情報だと念を押し、校長は“上”から送られてきた報告書の束を持って自分たちを前にして読み上げていく。
「残念なことに不審船との交戦で死傷者が出た。このことで自衛隊の出動は正式に決まった」
重々しい口調で校長が静かに言った。
テレビでは安否不明と報じられていたが、これも国民への配慮だろうか。
自分もサイトウもシオミさん他、この場に居合わせる教員たちは皆険しい表情を見せた。
現在、アツギより先遣隊として戦闘機が3機出撃し、航空爆撃を開始予定だとか――。
「そして、我々にこの内容が送られた理由が2枚目にある……」
自分ら職員を囲った教頭のデスクの上に、今まで校長が手に持っていた数枚の報告書が置かれた。
報告書には別途に不審船の情報、上空より撮られたであろう写真がクリップに留められている。
ねずみ色をした全長200メートル超の大型船だ。
まず目に付くのは前方2門、後方2門。合わせて4門の大口径の主砲。
前方に配置された艦橋や2段構造の甲板の上に対空砲、副砲、機銃と無数に砲塔を備えている。
後方に煙突と巨大アンテナみたいな骨組のマストが続くも写真で見る限り、煙突からは煙といったものは吐き出されている様子は無い。
速度は平時18ノットでの運航を確認と記述。
これは……所謂、軍艦と呼ばれるものだろうか。
「タイムスリップでもしてきたのか? 太平洋戦争時に使われていたような船だなあぁ」
サイトウがこの場の空気とは程遠い、驚きと好奇心に満ちた声を上げる。
こういうのが好きな奴だからな、とは思うが、校長の顔が不機嫌になるやいなや、そそくさと後ろに下がった。
自分も断りを入れてから書類を手に取りまじまじと見てみるが、サイトウが喜ぶのは無理ないほどの立派なもの――いや、確かに全体で見れば端整な姿をしているが、艦体にそびえ立つ艦橋に違和感を覚える。
「まるでツギハギのパッチワークだな」
積み上げられた櫓はまるでダルマ落としの胴だ。
いくつかの写真を見比べてみると左右で欠けていたり突飛していたりする。
元となった船体をそのままに、頭だけを別の物に付け違えたようにも思えてきた。
こんなものが一体どうして?
「大型の船を作れる造船所は限られている。国内、国外の造船所にこのような戦闘艦を建造したか確認を取っている最中であるとの報告を受けているが――」
「虫唾が走るな……ニホンの戦艦をモチーフにしたか……」
校長の言葉に重ねるように、この学園でも1番の古株であるヤブキ先生が呟く。
青髪交じりの白髪頭をバリバリと掻いて忌々しそうに写真を睨みつけた。
「ヤブキ先生はこの船をご存じで?」
「こいつを知らない俺らの世代はモグリか何かだよ。色々と艤装は変わっちゃいるがね……」
サイトウはヤブキ先生と談話を始めそうになり、そこを校長が咳払いをして黙らせた。
昨日の件が無ければ自分もサイトウと同じように内心では感嘆としてしまったかもしれない。
しかし、現在の心境では驚きはするもそれ以外の感情は湧いては来ない。
それも、昨日のことが未だ尾を引いているからだ。
白い少女。人の形をした異形の存在。それは“神”と呼んで相応しいものだろう。
人ならざる者との会合に自分は精神的な疲労を極度に高めていた。
あれから、家に着くなり直ぐに横になったのだが、疲れは抜け切れていない。
サイトウはどうあれと折り合いをつけたのだろうか。
近くの席に座っているシオミさんの顔色は今回の件と関係なく悪いと言うのに。
「話を戻します。彼らがこの情報を学園側に提供したのはこの船が魔法によって操作されているのでは、という推測からです。第一、第二、上専科にも同じ情報が伝わっています」
魔法が関わっているから自分たちに手伝って欲しいとでも?
報告書には目視の他、熱感知には艦中心部から船尾にかけて赤く広がりを見せても、それ以外の場所には目立った反応は引っかからないと記述されていた。
つまり、これだけの大型船でありながら人のものは1つとして無いというのだ。
(装甲が分厚すぎて写らないとか、ちょうど物陰に隠れてしまっているだけじゃないのだろうか)
どの写真にも乗組員の姿を確認することは出来ない。
普通なら艦内のCICなんかに引っ込んでいる可能性は高いと考える。外に設置されている砲塔や、護衛艦を撃った機銃も、素人目から見て手動操作で行う類に見えたが、これは見せかけで遠隔操作型という手も考えられた。
人が感知できないから魔法によるものだとは考えるのは早計だとは思うが……顔をしかめる他に起こせる行動は無かった。
(無茶な話を……)
一般の人からしたら魔法なら学園に任せると言うことだろうか。
秘匿しているわけではないが、かと言ってオープンというほどでもない魔法というカテゴリーだ。
言ってしまえば自分たちは適性があるから魔法が使える。それだけのことであり、我が国の、このアヤカ区にいる学生・教師が今回の事件について語れることは少ないと自分は考えている。
そして、語れる少数である教師や、個人の研究室を所持する教授たちはこの1週間、ロンドンの本部で開かれている親睦会へと行っているはずだ。自分も、今回のシズクくんたちの件が無ければ行っていた可能性が高い。
第一、第二、もしくは上級専攻科で自分の様な教師が残っているどうかは知らないが、通例通りなら優秀な教師・教授は今もまだあちらにいるはずなのだ。
せめて不審船が1日遅れていれば、本日帰国予定の彼らによって対策を練ることも出来ただろうに。
(こんなかき集めた程度の者たちで一体何を出せと言うのだ……ん?)
ふと、写真の中にゴマ粒程度ではあったが、光る無数の点を見つけて凝視する。
別の拡大写真を手に取って見た時、それがトランプ大のカードであることを確認できた。
「これは……」
「アサガくん、何かわかることでもあったか?」
「ええ、ですが……」
曖昧に言葉を濁してしまう。
確信は持てないが、船の周りを漂うカードの配置、発光色、そして、船……戦闘艦であること。これらを結びつけてしまえば自分の頭に出た答えは1つしかない。
この2年間、実技試験の為に何度か参考にさせてもらった魔法と類似している。
「この船は攻撃を受けても、即座に修復をしてしまったりは?」
「……3枚目の資料を見てもらえればわかると思うが、護衛艦からの射撃を受けたところで傷1つ残らないと書いてある」
報告書に目を通すと、海自が威嚇射撃として舷側に10発ほど撃ち込み凹ませる程度の損傷を負わせるも、宙に漂うカードが損傷個所へと電撃を流し傷を塞いでしまうというものだった。
(うわ、読み損ねていた。これか。だから、魔法だと!)
熱だ目視だとそれ以前に魔法が前に出ているではないか。
なんて間抜けなんだ自分はと、自分を叱咤するのは後にする。
「やはり……」
気を取り直し、あの人たちの魔法だと結論付ける。
ニホンでは無名であり、自分のように研究者でなければ知りえない人物たちの魔法。ロンドンの研究所に在籍していた3人の学者の魔法形式にそっくりだ。
再度、校長へと頷いて口を開いた。
「この魔法は高速修復に長けた魔法。船の周りに浮かぶ無数のカードから発する電流によって即時に傷を修復するものです」
「……それで?」
校長が億劫そうに答えた。
その表情は見ればわかるとか、書いてあるだろう、といったものだったが……構わずに話を続けた。
「この術式魔法は80年代後半に生み出されたものです。開発者は本部の研究所に勤めていた3人……聞いたことはありませんか? 人体実験をして学会から追放された3人の教授の話を」
校長含めたここにいる職員たちは首を傾げるも「……ああ」とシオミさんだけが頷き返してくれる。
一人でも理解出来てもらえたことにほっと安堵しながら話を続ける。
「その3人が生み出した術式がこの船に施されているのだろうと思います。特性としては簡単な凹みや傷痕を平らに均すと言うものですが、他に欠損・欠落した損傷個所を他の鉄材を使用し、即座に代用することができるという優れた修復魔法として一時期は脚光を浴びたのですけど、使用される魔力は虫や動物といった小型の生命を多量に消費する点で物議を醸しだした魔法なんです。しかし、一応の功績として認められ、改善することを条件に教授に抜擢されたんですが――」
と、そこで校長が手を上げて自分の話を制した。
「――で、結論だけ言うと?」
「あ……はい。現在のニホンの戦力がどの程度かは知りませんが、修復不能――船が全壊するほどの火力で攻撃することが望ましいです。後は、魔法を発している元を絶たない限り終わりはないと思われます」
「……難しいですね」
「ヨコスカの米軍に介入してもらうのはどうでしょうか? 彼らの持つ火力ならば……」
「それが出来れば苦労はしない……」
……だろうな。とは心の中でのこと。
自衛隊を出動させるのにも難儀していたというのに、外部の人たちに応援を頼むのは上は許さないだろう。しかし、現状では米軍も黙ってはいないはずだ。今も上に圧力をかけているとは思うのだが……国の威信とかそういうのが邪魔しているのだろう。
だが、一刻を争う事態だ。
出来れば対艦ミサイルによる集中砲火で一気に壊滅させることが望ましいのだけれども……っ!?
「な、なんだっ!」
「きゃっ!」
微震が校舎を包み込み、職員室にいた教員から悲鳴が起こった。
「なんだ……地震?」
「……いいや、違う」
窓の外、アヤカの上空に僅かにひびの様な可視光が見えた。
あの可視光には見覚えがある。この学園に覆われている魔法の暴発を外へと防ぐ壁と同じだ。
あんなものがこのアヤカの空に張られていたのか……。
「……撃たれましたね」
ぽつりと他人事のように呟いてしまった。
空に入ったひびは若干の時間をかけて直ぐに元に戻る。
同時に空から砂粒のようなもの(多分、砲弾の残骸だと思われる)が、アヤカの居住区へと落ちた。
呆然としながら自分らは外の光景を見ている他に出来なかった。
暫くして、テレビに映る現場アナウンサーが啖呵を切る様な大声を上げ始めた。
不審船の大型の砲が火を吹いたと。
「おかしい……」
あんなものを飛ばしたとして、発砲音が聞こえなかったのだ。
どう言う原理で……いいや、もしも彼らが携わっているならば火薬といったものを使う必要はないだろう。
そして、最近自分はこれについて熱く議論を交わしたこともある。
「アサガくん今の攻撃はもしや」
「ええ、シオミさんも思いましたか?」
「まあ……ね。そうそう連発できるものではないとは思うが……」
これは、電磁誘導による加速砲だ。
命中精度がどの程度あるかは知らない。
だが、もしも――脳裏に過る。
可能性の話だ。
このアヤカ区にあのような防護壁が存在していたことにも驚きだが、敵の攻撃をもしも同時に同じ場所に着弾してしまったら場合のことだ。
あの反応からして、同じ場所に2回、いや、3回が限度だろう。
……どうする?
自分に何かできることはあるのか。
……どうする?
考えろ。自分のなすべきことを。
ゆっくりと目を閉じて思考を巡らせる。
見えない明光は目を閉じた先に僅かに輝いている。
◎
朝、8時くらいだろうか。
自室で塞ぎ込んでいたら、突然サイトウさんが大声を上げてこれから避難するって叫んでいたところまでは覚えている。
わたしは前日の格好のまま、皆のところに向かいサイトウさんの点呼の後に全員で寮を後にした。
その後、各自所属する学園へ。
ミヨさんは顔を真っ青にして気持ち悪いと体調不良を訴えながらも彼女を慕う下級生に肩を借りながら第一分校へと向かっていった。
別れる時、わたしを一瞥して何か言いたげだった……知らない。
わたし以外には情報は伝わっているそうで、向っている間に簡単にサイトウさんには今起こっている出来事を教えられている。
不審船がトーキョー湾に侵入しているって。不審船は沢山の武器を積んでいて、攻撃する可能性があるから学園に避難することになっていると。
…………どうでもよかった。
「シズク……」
昨晩からもう何度目になるかも覚えてないほどこの言葉を口にしている。
結局、自室に籠っているのとこの場所にいるのも大差ないように思えた。
「わたしは、なんでシズクを追いかけられなかったの……」
あの時の僅かな躊躇を未だに後悔している。
彼はあんなにも傷ついていたと言うのに、わたしは彼の手を掴むことは出来なかった。
一夜経ってもあの顔が忘れられず、結局朝まで起きていることになったのだ。
「シズクのあんな悲しそうな顔、初めて見た……」
ルイの記憶の中にいる彼の表情には一度たりともない。
初めて見る表情……ううん、1度だけあれにそっくりなものを見た。
彼の悲しい顔はまるで……。
「やだ……こんな時にもあいつのことを考えている」
シズクの悲痛な面持ちは最後に見たあいつの表情にそっくりだったんだ。
顔の造形は全く違うのに、最後に瓦礫から守るために跳ね飛ばしたわたしを見上げていた時と、そっくり。
「似てた……泣き顔から言葉の刺々しさまで……」
……シズクはあいつによく似ている。
話のテンポ、雰囲気。そして、背中の心地よさまで。
ついシズクとあいつを重ねてしまう。でも、あいつがこんなところにいるはずがない。だって、あいつは、あっちの世界できっとなんとかやっていってるはずなんだ。
(それに、いつもわたしの後ろに着いてくるだけだったあいつはああ見えて強いんだもん)
もう手を伸ばすことも引っ張ることも出来ないから。だからきっと。自力で立ち上がってくれる。
それに……また会える可能性だってあるんだ。
だから、今はシズクの背を支えてやりたいんだ。
「……わたしはシズクと生きていく」
一晩中悩んで、決心は付いた。
わたしはシズクと共に生きることを選ぶ。
わたしはシズクと共に歩いていく。
「でも、足りない」
今のわたしにはシズクの隣にいるには足りないものが多すぎる。
何をすればいいかは、わかっている。
簡単なことだ。だけど、その簡単を簡単にこなしたくはない。
それを実行すると考えれば身震いも怒る。後退りだってしてしまう。
まだしていないというのに足が震えて心の奥が凍っていく。僅かな吐き気すら存在する。だけど、もう決心はしたんだ。
彼と同じ目線に立つ。
じゃないと、今のわたしではきっと、彼の見ている世界を見ることはできない。
今のわたしはシズクに出来ることは何1つだって無い。
けれど、わたしが彼と同じ世界を見るための条件は簡単であって、人という枠にいるわたしにはとても難しいことだった。
「……わたしにできるのかな」
席を立ち、窓を開けて空を見た。
薄い雲が浮かぶ昨日よりは少し明るい白い空。そして、重音を響かせて飛んでいる小型の……あれ、戦闘機?
あんなものを見ることになるなんて。
「そっか……」
今が緊急事態であることを思いだす。
あんなものが出払うくらい、今それだけ切羽詰まっていると言うことなのだろう。
塞ぎ込んでいたこともあって、サイトウさんの話を話半分に聞いていたことに失念する――……。
「あ」
空を飛んでいた戦闘機の羽が僅かに発光する。同時に姿勢を崩し出した。
撃ち落されたのだろうか。斜めに傾き旋回をしながら高度を落としていく。
速度が治まるはずもなく、アヤカの空を飛ぶ。目視で全貌が窺えるほどにその姿を大きくしていく。
あ……!
「……駄目!」
思わず見入っていたけれど、わたしは窓の縁に手をかけて空に飛び立つ。
自分のできる最大風速で空を飛び、同時に手を振って魔法を発動させる。
届いてと願い、わたしの魔力を帯びた風をアヤカの上空一帯に流し込む。
風はどうにか戦闘機の身体を掴んだ。
「……ぐぅあっ!」
重い。想像以上というか、考える暇もなくこんなことをしてしまったが、指先にかかる負担がものすごい。
よくやった、というかやったらできたと言うこの状況。あと少し遅れていたら戦闘機はそのままアヤカ区の市街地へと墜落していただろうか。
けれど、機体の重さに推進力のかかったこの鉄塊は、わたしの魔法では弱める程度にしかできない。完全に押し負けている。無理やり空路を弓なりに飛ばしても浮上させることは出来そうにもない。
でも、時速何百キロと出している飛行機を踏みとどまらせていることは褒めてほしい……なんて考えは後だ、後っ!
(このままじゃダメだ。どこかに着陸させないと……)
近くには空港もある。アヤカの周りは海だ。
なのにわたしは真下しか見ていなかった。
時間もない。数秒の世界。1度見てしまったものを他に変えることは出来ない。
目指す場所は校庭だ。
1点に集中させて魔力を込めた風を吹き上げて機体にかかった推力を殺し、次第に何度も旋回させながら高度を下げて校庭へと着陸をめざした。
宙に浮かんだ自分も同じく高度を下げて、先に校庭に着地してから、機体を滑らすように地面に付ける。
着地の瞬間に機首が大きく弾む。
どうにかお腹から校庭に接触させることに成功したけど、そこでまだ気は抜けない。
斜めに傾いたまま、勢いの死んでいない機体の進行先へと無数の水の壁を作る。
地面との摩擦から火花が散った。
水の壁に機体をすべり込ませて勢いを殺して……運がいい。
校庭の端から端まで使ってどうにか戦闘機を留めることが出来た。
「大丈夫ですかっ!?」
停止するや駆けつけて、コックピット付近を金魔法で溶かして無理やりキャノピーをこじ開ける。今の衝撃によるものか、意識のないパイロットのシートベルトを風魔法で斬り落として運び出した。
地面に寝かせて口元へと手を添え……息はしている。
「よかった……」
ほっと安堵してその場に尻もちを付いた。
その時だった――。
「……面白いですわね」
「……っ!?」
全身の毛が逆立ち、身震いを起こす。あの感覚だ。昨日の今日で忘れられるはずがない。
振り返ると、そこにはあの真っ白な少女がいる。
煙のように突然湧いて出てきた。
「そんな怖い顔をなさらないで」
「だって……っ……何よ。今度は何が目的なのよ」
「いいえ、何やらお祭り騒ぎをしているようなので気になってね」
ねえ、と真っ白な少女が隣にいる眼鏡の女の人に同意を求める。けれど、その人は眼鏡のズレを直しながらも首を傾げるだけ。
不思議な人だ。この奇妙な空間にいて顔色変えない。それどこか間の抜けた様な眠たそうな顔をしている。
(昨日の綺麗な人といい、この人といい、こんな気持ち悪い空間で平然として一体……?)
昨日よりは身体が慣れたのか、それとも真っ白な少女が放っているこの不思議な環境が薄まっているのか断然気は楽ではある。辛いのは変わりない。
僅かに重い身体を起こしてわたしは真っ白な少女へと向き合った。
「……シズクならいない」
「シズクには用は無いわ。今はレティ、貴方に用があるの」
「わたし……?」
「ええ、貴方に頼み事があるの」
真っ白な少女がにっこりと笑う。
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