第95話 他人との温度差
落下防止の金網の向こう側には、あの日と同じく貨物船が何隻と横切り、空は唸り声を上げて飛行機が飛んでいる。
僕は今、あの日と同じ校舎の屋上にいる。
この場所に吹く風は弱々しいのに、身体はとても寒い。
リコは、もう僕の中にいない。ここに来る前に彼女とは別れた。
1人になりたくて、何度も気にかけてくれるリコを先に帰したんだ。
白い少女の話は本当のようで、リコが出て行った途端、蝕んでいた恐怖は僕には無くなっていた。
あんなにも吐き気を催すほどの恐怖が根付いていたと言うのに、心の中には後にも先にも何もない空っぽで、代わりに虚無感だけが残る。
「皆に、怖がられちゃったかな……」
彼らがどのような心境で僕から去っていったのか……僕を思ってのことか、それとも、僕を恐れてか。
「……やっぱり、怖いよね」
そりゃそうだ。人を殺めた人間が隣で何気ない顔をして笑っていたんだ。
恐がらない方がどうかしている。
――人を殺めた。
リコの恐怖心を間借りしながら、改めてその事実を突き付けられた時、僕は立ち上がれないほどに怯え震えていた。
それが今じゃ、何とも思ってない。これっぽっちも。
どうして先ほどの自分があんなに怯えていたのかも理解できないほどに。
(……昔の自分が今の僕を見たらどう思ったんだろう。嫌悪感でも抱いたのかな。それとも恐れるのかな)
だけど、と呟く。
「僕は、間違ってなんかいない……」
人を殺すことがいけないなんてわかってる。でも、それは僕が僕であった頃の世界の話だ。
もう、僕は以前の僕じゃない。
僕の口から出た言葉は自分に言い聞かせるものであることも知っている。
胸の奥では真逆の疑問を自分に問い質そうとして、無理やり言葉に出すことで口を塞がせたのだ。
人を殺めること。命を摘みとること。怒りに身を任せること。
守るためだった。生きるためだった。仕方なかった。
全ては僕が今この場にいることに必要なことだったんだから。
「……間違ってない」
シズクとして生まれたあの世界には、死はどんな形であれ日常で目にすることは多々あった。
直接そういう現場に出会うことは滅多に無い。だけど、行為の跡は残っていて、魔物に襲われたものもあれば自然の力に巻き込まれたもの。そして、人の手によって散らされた跡も度々目にしてきた。
時には助けることも出来た。
目の前で息絶えた人も見た。
間に合わなかった人の方が多かった。
イルノートは「力が無かったんだ」って呟いていた。
ルイは助けたかったと何度も嘆いていた。
僕は、ルイの心境に近くも、イルノートの言葉に口に出さずに同意していた。
それを目の当たりにするたびに、仕方なかったと思うようになっていた。
――仕方なかった。
その言葉で片付けてしまうことが、この世界では正しいんだと思っていた。
だって、街の外を歩いていればそんな人たちは沢山いて、たくさん死んでいて、たくさん殺されて――。
「……っ」
鐘を模した電子音が街の方から流れ始め、僕の思考を切断する。
学園も閉校されるだろう。ここに立ち止まっていられる時間もわずかだ。
「帰ろう……」
(でも……)
「帰らなきゃ……」
(……帰ってもいいのかな?)
座り込んだ下半身は堅いコンクリートから離れない。
レティのもとに帰る。
そのことを考えると、この空と同じ暗雲とした気持ちに包み込まれる。
「レティに怖がられたら……やだな……」
◎
一歩進める度に、アスファルトの地面に足が吸い付くような感覚を覚える。
進まないといけないのに、帰らないといけないのに、僕の足は思うように寮へと運んでくれない。
「……もしかして、リコちゃん?」
重い足を引きずるように寮へ向かっていると、背後から僕の心境とは真逆の柔らかな声が届いた。
「ああ、やっぱり。制服を着てるってことは今まで学校に行ってたの?」
振り返ると、茶色のダッフルコートに身を包んだミヨさんがいた。
2本線の入った白いフレアスカートと銀髪のツインテールを揺らし、小さく手を振って足早に僕に近寄ってくる。
「……こんばんは。ミヨさん」
「こんばんは。1人なんて珍しいわね。フルオリフィアさんは?」
「レティは……先に帰った……」
――と、思う。
最後まで言葉を振り絞ることは出来なかった。
きっと、先に帰ってる。けれど、それ以上口にする気力は僕には無かっただけ。
ミヨさんが僅かに眉をひそめ、僕の顔を覘き込む。目を合わせたくなくて、顔を背けてしまう。
「……もしかして、喧嘩でもしたの?」
別に喧嘩はしてない。
だけど、この場合はなんて言ったらいいのだろう。
言葉に詰まって、否定も出来ない僕が出した返事は俯くだけ。地面は僕とミヨさんの足しかない。答えなんて落ちてない。
ミヨさんは察してくれたのか、「ああ……」とか細く感嘆としたものを呟き、それ以上に聞くことはしなかった。
「ごめん……」
居た堪れなくて、僕はミヨさんに謝罪を口にして身を反す。
帰る場所は同じなのに、僕はミヨさんに背を向けて先に進もうとした。
……けれど。
「……離して」
「そんな悲しそうなリコちゃん、放っておけないよ」
ミヨさんが僕の手を掴んで先に行かせてくれない。
一度は振りほどこうとしてもミヨさんの手は離れない。痛いほどに力を入れられて握られている。
再度、力を籠めて、僕は振りほどこうと――けど、行動に移せなかった。
一瞬のことだった。
ただ、一瞬が僕の行動を止めた。
振り払おうとした腕も、逃走しようとした足も上がることは無い。
「冷たい……もしかして、今までずっと外にいたの?」
ミヨさんの手が暖かかった。冷えた指先にミヨさんの手は暖かすぎた。
手から伝わった彼女の小さな熱は、瞬間的に僕の全身へ伝い、そして、胸の奥へと行き渡る。そして、その一瞬で逃げ去ろうとしていた僕の意志を削いだ。
……小さく頷く。
ミヨさんが声を上げて驚き、その隙に緩んだところで僕はミヨさんに捕まれた手を抜き取った。
残念そうにまた伸ばされた手は、とても魅力的だったけれど、僕は熱を与えられた手を背に隠した。
隠した指先に、ミヨさんの熱だけが今も残る。
「じゃあ、早く帰りましょう。帰ってお風呂に入って体を温めて――」
「……でも、帰りたくないんだ。帰ったら……レティに…………レティと、会いたくないんだ」
「……フルオリフィアさんと?」
「うん……」
僕を見たらレティを怖がらせちゃうかもしれない。
考えすぎかもしれない。現にあの時、レティは僕を庇ってくれたんだ。
……ただ、彼女が強がりさんなのは知っている。だから、帰宅した僕を何気ない顔して、平然を保って迎えてくれるかもしれない。そこに自分の本心を隠しながら。
でも、その隠している本心に気が付いてしまったら。
虚勢を張って無理をしているのがわかったら。
少しでも僕を拒絶するような素振りを見てしまったら……。
――胸が痛い。
レティにそんな態度を取られたらと想像すると、悲しくて悲しくて――辛い。
いつまでも帰らないわけにはいかない。でも、帰りたくない。
問題の先送りでしかないことはわかっている。
レティと会わないなんてことは無理だ。僕が帰る場所はレティと一緒に生活をしているあの部屋しかない。
だけど、今だけはレティと会うのは嫌だった。
「重傷。そんなこじれるほどに大喧嘩しちゃったのね……」
(喧嘩でいいや……)
返事は返さずにやっぱり俯くだけだけど。
うじうじとした僕の態度に、狼狽するミヨさんから何かを言いたそうに声が断続的に漏れる。
でも、ミヨさんからも、僕からも会話の繋がりはない。
僕らは言葉も無く立ち尽くす。
隣の車道を一台の車が通り過ぎた。冬の風が身体を撫でる。近くの家々から生活音が届く。
もう、外も暗い。外灯が僕とミヨさんの足元の影を深く浮かび上がらせる。
屋上にいた時は殆ど気にかけていなかったことなのに、知ってしまった体温は指先から逃げていく。指先を擦り合わせる。
「いいよ。ミヨさん。僕に付き合わせるのは悪いよ。だから――」
ミヨさんに先に帰るよう言おうとした、その時だった。
「じゃ、じゃあー!」
僕の声を遮ってミヨさんが裏返り気味に、
「も、もも、もし、リコちゃんがよかったら……おっ、お姉さんの部屋くる?」
何度も噛みながらそう口にした。
その提案に、言おうとした言葉は行き場を失って、僕の胸の奥へと引っこむ。
「……ミヨさんの部屋に?」
こくりと大きくミヨさんが頷いて、僕に手を差し伸べてくる。顔を真っ赤にして――珍しいものを見た。いつものミヨさんらしからぬ表情だ。
まだ僕はひと月程度の付き合いだけれど、彼女の表情は、ほぼ毎朝部屋を訪れてはとろりと緩んだ笑みと、食堂での物静かに微笑みを浮かべるお嬢様っぽいミヨさんしか知らない。
だけど、今は違う。初めて見る第3の彼女だ。
耳まで真っ赤にして、がちがちに固まったぎこちない笑み。けどそれは、不安と期待に挟まれてごっちゃに混ざった不安定なもの。
いつもの表情とは違う、とても女の子らしい表情。
「ふ、ふふっ……」
「どっ、どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
面白くて、つい笑ってしまう。
ミヨさんの頬はもっと赤くなって、恥じらう顔を見せる。笑われたと思ったのだろうか。
確かに笑っちゃったけど、でも違うんだ。そうじゃない。
説明が難しくて、恐る恐ると言う形で伸ばされた手を取ることで、僕はその返事を示すことにする。
いつも大人びてるミヨさんが、まるで子供のように無邪気に大きな笑みを見せてくれた。
◎
今日、ミヨさんは友達と勉強会を開いていたそうだ。
ミヨさんが通う第一分校も僕らがお世話になっている第三分校と同じく試験休みである。でも、3年であり受験生である彼女は他大学に進学を希望するため、休み期間中も学校に通い、必死に勉強している――と、帰り道にミヨさんが教えてくれた。
寮に帰る間、ミヨさんは終始笑顔を浮かばせていた。
僕よりも若干背が高く、年上の彼女が子供みたいにはしゃいでいる様を見ていると心が安らいでいく。
……ミヨさんから好意を寄せられているのはわかった。
でも、それは女の子としてのリコへ向けられたもので、男であるシズクへ向けられたものじゃないこともわかった。
でも、その心境を知っていてなお、僕はミヨさんにすがっていた。
――最初はきっとミヨさんも本当に心配してくれて僕を誘ってくれたんだと思う。
僕もその好意に甘えて彼女の部屋へと向かった。
かえで荘の玄関を抜けて、2人して音を立てずに2階へ。
途中誰かに遭遇するか緊張したけれど、幸いなことに誰にも会わずに彼女の部屋へと向かうことが出来た。
「では、どうぞ」
「お邪魔します」
ミヨさんの部屋は僅かに甘い香りの漂う部屋だった。
少し鼻に付くような匂いが染みついている。顔に出たのか「あ、そ、の、ええっと、お香……好きなの」なんて、ダッフルコートを脱ぎながらミヨさんが机の上に灰が積もった小皿を指で指し、それから小箱に詰まった無数の香を見せてくれた。
「ごめんなさい。1人部屋だったから好き勝手に使ってて……気に入らなかったら言って。換気するから」
「ううん。大丈夫……嫌いじゃないよ」
「そう……よかった」
……嘘。本当は辛い。
匂いよりも、僕はこの空気が苦手だった。
でも、行く場所がない僕が我儘を言えるはずもない。
安堵し頬を緩ませるミヨさんを見て。その返答は間違いじゃなかったと思う。無い肺へと僅かに鼻孔から伝う重い空気を運ぶとき、咳き込みそうになるも、我慢するしかない。
気を良くしたのか、ミヨさんは僕に香を進めてきてくれてた。
細長い棒状のものと円錐型のもの。黄、緑、青、あずき色の4種類。
多分、僕はニホン人だったし、家族で何度もお墓参りもしたので、細長い線香は見覚えがあるけど、円錐のものは物珍しくて手に取ってみる。
「リコちゃんにはあまりなじみは無いかしら? 外で言えばアロマランプみたいなものよ。私は香りを楽しむために焚いているけど、殆どのニホン人はお墓や仏壇にお線香をお供えする時に使うことが多いかな」
お供えをする線香にはこんな派手な香りはしない、と付け加えながら言う。
一応、留学生ってことだからかな。はいともいいえとも口にせず彼女の話の続きを聞いた。
「欲張って沢山あげる人もいるけど、別に本数が多い少ないは関係ないの。お線香は供養やお供え物って意味合いが強いけど、本来の目的は仏様に香りを楽しんでもらうためのものだから」
「そうなんだ」
「死んでしまい、肉体を失った触れることが出来ない霊が、唯一楽しめるものは目で見る楽しみと香りだけなの」
「死んだ……?」
じゃあ、一度死んで肉体を変えた僕はどうなんだろう。
死んでいる僕が美味しいものを食べて幸せだと思ったり、綺麗なものを見て素敵だと思ったり、温かいミヨさんの手に触れて安堵したりするのは間違っているのかな。
「ごめんなさいね。湿っぽい話よね。……リコちゃんも何か点けてみない?」
「僕が?」
「ええ、試しにどうかしら。今出ているものだけではなくて他にも机の中にあるの。どんなのがいい?」
「……」
正直な話、お断りしたい。
でも、ここまでの手前、点けたくないとは言えない。
「……じゃあ、気持ちが落ち着くものでいいかな?」
「……気持ちが落ち着く」
「うん」
「……わかった」
頷いた後、ミヨさんは机の中から青いお香を取り出して、ベッドの脇に置かれた小さなテーブルに小皿と共に置き、マッチを擦り火を灯す。
火は音も無く、青い円錐型の香の先端を赤く燃やす。尖端に灯った火が消えると同時に煙は立って、部屋へと漂っていく。
鼻から伝うその匂いは、部屋に漂っていたものとは別の物で、清涼で甘い香りが立ち込める。どこかで嗅いだ記憶はある。どこだろう。記憶の回廊を探っても、その匂いはいつのものだったか定かじゃない。
……でも、やっぱり、嫌なものだと感じてしまう。
呼吸をするたびに胸の中へと空気とは別の物が入っていく感触が嫌悪感を掻き立てられる。
「どうかしら?」
「……うん。いい香りだよ」
けれども、無理をしてミヨさんに笑いかける。ミヨさんの気を悪くしたくなかったから。
立ちっぱなしもなんだからと、満足げにミヨさんはお茶を用意すると僕に背を向けた。
棚に置かれた電子ポッドへと手を伸ばしたので、僕も手伝うと言ったんだけど、
「そうね……あ……っ……いいっ、いいから! リコちゃんはそこ座ってて!」
物凄い剣幕で押し返されてしまった。
じゃあ、とベッドに座ってミヨさんの後姿を見つめる。俯いたその横顔は何か深く考え事をしているかのようにで、一度目を閉じてから首を振る――ふと、ミヨさんがこちらを向いて、僕と目が合うなり直ぐに頭を元に戻した。
見つめるのも悪いと思い、僕は目の前の小さなテーブルに置かれた香へと視線を向けた。
焚いた香から白い煙が立つ。煙はらせんを描きながら宙へと舞っては霧散し、姿を消した見えないものが僕へと届く。
やっぱり、匂いが厳しい。
「……おまたせ」
お茶を淹れ終えたミヨさんがソーサーに置かれたカップを2つ持って僕の隣に座り、片方を手渡してくれた。
インスタントだけど、と注がれたカップには琥珀色のお茶が注がれている。香りはお香のものが邪魔してわからない。
どうぞ、と促されて口を付けると、舌の上に僅かな渋味が広がっていく。
ミヨさんは自分のカップへと口を付けずに、真剣な顔をして僕を見ていた。
「……何?」
「い、いえ! その、あ、そうそう。味はどうかと思って」
「……美味しいよ」
「そう! ……よかった」
味なんてわからなかった。
1口、2口、3口、カップの半分ほどを口に含み、最後は1度に流し込む。
結局、ミヨさんは自分のカップに1度たりとも口をつけず、僕の動向をずっと見守っていた。
じんわりと胸の奥から紅茶の熱が広がっていく。こればかりはとても心地がいいものだった。
僕が飲み終わった後、ミヨさんは僕とカップを何度も見比べて……そしていっきに自分のカップの中身を飲み干した。
のどか湧いてたのかな……でも、熱かったのか何度か咳き込む。
大丈夫、と背中を擦ると涙目で何度も頷いていた。じわり――とミヨさんの目元が僅かに緩んだ気がする。
飲み終ったカップは香の置かれていたテーブルへと置いて……ミヨさんは僕へと詰め寄り、肩を触れ合わせてくる。
『――ねェ、リこチゃん。アなたノ話ガ聞きタィわ。ヲ姉さんニ聞かせテもらっテもィイ?』
「……僕、の? レティ……じゃないの?」
『ふルおリフィアさんもそゥだケど……アなたのコとも……もっト知りタィの』
「僕の……こと……」
……あれ?
ミヨさんの言葉が遠く感じる。
どうしたんだろう。頭がぼーっとする。
眠くないのに睡魔が襲ってきたかのように意識に霞がかかる。
視界がぶれる。
眼球を移動すると視界から伝わる映像が若干鈍く感じる。
『アタたはドこカラ来タの? フるぉリふぃアさンとハ同じ場所カら来タの?』
ミヨさんが僕の手を掴んで聞いてきた。
「……うん。僕もレティも同じ場所から来た」
『どコ? ぃぎリス? ぁメりか? そレトも、ろシあの方?』
「うう、ん……違う」
どこでもない。
『違ウノ? じゃア、ドコかラ?』
「僕、は……あ、れ……?」
言葉に詰まる。
僕は、どこから来たんだろう。
僕がシズクとして生まれて、生きたあの場所の名前はなんていうんだ。
大陸の名前や街の名前は知ってるけど、そこがどこかは僕は知らない。
あの世界のことを知っているようで、僕は全く知らないんだ。
じゃあ――。
「僕、は……エストリズ、のどこか……とある場所、で生ま、れた……」
『エすとリず?』
もっと、しゃきしゃきと話せるはずなのに、今の僕にはそれが辛くて仕方ない。
口からは欠伸が出そうになる。
「うん……エストリズ。そこで。僕は売り物……だった」
『ぅ……売リ物? リこチャん何ヲ――』
「僕と……ルイは、ゼフィリノスに買われ……数年、奴隷として、働いて……え……頑張って、お金を……奴隷から抜けて旅に……出……テイルペア大陸、横断、し……ゲイルホリーペ……に……向かっ……」
『リこチャん……?』
「そうだ……そこで、レティと出会っ……最初……ルイと間違え……だけど、僕は……それから、僕はコルテオス大陸へ、と向かうはず……でも、そこで僕は失敗して……あ――?」
瞼を上げるのが精一杯で、何度も目を擦る。
不思議な感覚だ。眠いわけじゃないのに瞼が重い。手離せばすぐに意識は途切れそうになる。僅かに吐き気がする。
小さな痛みを覚える頭が何度も船を漕いで、寝ちゃいけないと思っても身体は言うことを聞かなくて――。
『……モぅイィわ。眠イんでショう』
「……うん」
『ソこノベっどヲ使って、私モ一緒に寝テぁゲルかラ』
「……いっしょに?」
『エぇ、一緒ニ、ね』
……それは、ない。
寝るならちゃんと自分の寝床に戻らないと。
あの場所に帰らないと。
「……帰る」
覚束無い足で腰かけたベッドから立ち上がろうとして、腰が勝手に落ちた。続いて視界も勝手に移動して天井を見上げる。
身体にはミヨさんが抱きついていて、僕をそのままベッドに押し倒していた。
重い頭を頑張って回して、ミヨさんに向けて口を開く。
「帰らないと」
『行かナイで。私と一緒にイて』
「駄目だよ。レティが待ってる」
『喧嘩してルンでショウ? 明日デもいィジャナい』
そっか……明日でもいいか。
そう思った僕がいる。けど僕は首を振る。
帰らないと。レティの部屋に。レティの部屋で寝ないと。
――……帰れるの?
(ううん、帰らないと)
――帰っていいの?
(帰らないと駄目だよ)
――帰ろうよ?
(……帰りたいよ)
僕の頭の中で何人のも僕が引き留めてくる。
「だから、駄目だって……」
ミヨさんが僕の両腕を背中へと無理やり回す。
腰あたりで僕の両手は抑えられて「
固まった“何か”が邪魔をして親指同士がくっついたみたいに離れない。
「帰――……」
『ァあ……私……やっチャっタ……本当に、薬……効ィちゃっタ……』
(くす、り……?)
その言葉を聞き取れるかどうかってところで、僕の意識は真っ白に覆われた。
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