第93話 白い少女
ワタクシ、今とある遊びの最中なの。
「遊び……?」
ええ、シズク。貴方も遊んだことがあるかしら。
基盤の上で互いに手駒を動かして相手の駒を倒し、最終的に王と呼ばれる駒へと手を掛ける遊び……チェスと呼ばれているものはどう?
――ええ、あるのね。では、説明も不要でしょう。
実際にワタクシも手に取って遊んでみましたけど、シンプルなのに奥深かったわ。
チェスは盤上の駒を互いに減らし合い、最後の王に手をかけた方が勝ち……ですが、ワタクシが行っているものはもっと規模の大きなもの。
……1つの惑星を基盤とし、その星に住まう者を駒として遊ぶものなの。
この遊び――そうね。ゲームと言い変えましょうか。
ワタクシたちは、幾度となくこのゲームを行ってきました。
そして、己という自我を得た時に、ワタクシは当然とその席へと腰を掛け、他に3……3人。ワタクシを含めて3人が向き合っていましたわ。
――ええ、ワタクシと同種の者が3人いる。
でも、互いのことは殆ど知らない。
そこにいることは感じて、相手もワタクシを感じ取って、意思疎通を取ることも出来る。
悠久に近い時を共にしたと言うのに、ワタクシたちはお互いのことには全くと関心がないもので、彼らのことを説明するとなると難しいわ。
それもワタクシたちは己と言う肉体を持たず、名称もなく、自我以外では希薄な存在だからかもしれません。
今こうしてワタクシが繕っているこの身も仮初の姿。貴方たちに合わせた入れ物に過ぎません。
多少の差異はありますけれども、人前に姿を見せる時は大抵は人と呼ばれる形をなしています。
……意味はあるわ。
基盤が変われば、その基盤の上で自分が駆る駒と同様の姿で体現した方がお話がしやすいでしょう。
他のヤツも体現するときには同じことをしていますわね。
時には体毛に覆われた獣だったり、鱗に覆われた魚のような形をしていたことも……ふ、ふふふ、そうだ。思い出した。
この世界で言えば爬虫類と呼ばれるものだったこともございます。
うふ、シズクにも見せてあげたい。
あの時のトカゲみたいな2足歩行体へと体現したワタクシの姿を。
実際に己の姿を目の当たりにした時、あまりの醜悪さにそのゲームでは“親”でありながら、開始早々に敗北を認めました。
――ワタクシ、隕石を降らせて互いの駒を全滅させたの。
ふふ、今思えばあの時のこともとても笑える……。
一瞬にしてお互いの駒全てが塵に帰ったんですもの。
今では笑って話せるような思い出ですけれども、もう2度と関わりたくないわ……。
……ああ、そう。
ついでに思い出しました。
参加者の3人のうちひとりは、口の悪い女のようなヤツですわ。
もう2人のうち、ひとりはすでに敗退して、もうひとりはずっと沈黙を保ったまま。無口のくせして癇に障る笑い方をするヤツが残っているはず……この2人は特に気にしなくていいわ。
今のゲームで言えば、敵ともいえず、かといって味方でもないので……。
重要なのは口の悪い方よ。それは覚えておいて。
チェスと違って駒の配置や行動方法、手駒の数等、明確なルールと言ったものはございません。
ゲームは始まると、駒同士が勝手に競い争い戦っていく。その身を削り、仲間を失い、敵を討つ。
全てはワタクシ達が向き合うことでゲームはこちらの手を離れ、駒の意志に任せて進んでいく。
――ですが、時にはワタクシ達が手を出すこともありますわ。
でも、それは風向きを変える程度でしかない。
風向きを変えた後の進行はまた全て駒に任せるものだから。
また、明確なルールがないといっても、このゲームに3つ決まっていることがございます。
まず最初に遊ぶ
配役はゲームごとの交代制になってまして、現在は先ほど重要といった口の悪い女が今回の親を務めています。
親となった方は多少有利でゲームを行えることが多々あり、先ほど話をさせていただきました隕石落下も親の特権のひとつみたいなものでして……この場ではそれらのお話は割愛させてもらいますわ。
ちなみに言う必要はないとは思いますが、現在のゲームで他の3人は子です。
次にゲームの終了についてですが、これは親を負かすか、子が全員負けるか。
負かす方法は多種多様。
トカゲとなった時のワタクシのように、負けを認めてしまえば話は早いのですが、1番は相手のお気に入り……“王”を討つことで勝敗が決まりますわね。
また、負けてしまった者はそのゲームからは切り離されます。
そして、最後にゲーム停滞に置いての救済措置というものがございます。
時には行き詰ることもありますの。
自分たちの駒が争うことをやめ、長いこと大きな動きを見せない事態が発生します。
このままでは埒が明かない……。
そういう時、ワタクシ達は毎回同じことを行うの。
――新たな駒を投入しようって。
……別の星から別の星の住民を連れてくるの。
互いに別の世界へと向かい、そこで新たな駒を選び自分たちの基盤へと引き込む。
これまでも何度と向かい入れたわ。
その星とは異なる文化、異なる知識、相容れない概念を持った異質な存在である
様々な趣向を見せてくれる彼らの姿はとても輝きに満ちていて、毎回ワタクシを楽しませてくれるの。
あるゲームでは楽しくて楽しくて停滞していた10年ほどの期間に毎年何十人と連れてきたこともあるわ。
……流石にやり過ぎだとその時のゲームの親に怒られましたっけ。ふふ。
ここで気を付けなければならないのは、選別した駒を自分たちのゲームへと参加させる時、器の中身だけを持ってくることね。
器ごと持ってくるとその時その時の環境に合わなくて、どうしても不都合が生じるの。
今のゲームで言えば、現在の基盤に満ちている魔力の影響を受け、器ごと引き込んだ駒が狂いだしたことがあるわ。
現在敗者となっている1人の話よ。
そいつは欲張って器のままの駒を集団で連れてきたの。けれど、星の魔力に当てられた駒たちは発狂した。
行き場のない狂乱の向けられた先は、自営の“お気に入り”へ。結局、引き入れた新たな駒たちと共倒れし、今回最初の敗者が生まれました。
……この件についてはワタクシも不可解に思うところがあります。
支障が出るとわかっていながら、どうして器ごと持ってきたのか。当人でないので、その思惑を読み取ることも、取ろうとも思いませんが……。
……さて、話を戻しますわ。
ワタクシたちは長い間、何度も何度も……数えることが億劫になるほどにこの“ふざけた児戯”を行っていました。
なぜこのゲームをしているのか理由も知らず、そうね。
今となってはその理由ですら知りたいとは思いませんが……多分貴方たちの言葉に言い換えるなら、自分の存在理由とでも言いましょうか?
このゲームを行う為だけに存在するのがワタクシたちなのでしょう。
……ともかく、ワタクシたちは互いに理由も知らず競い合ってきました。
もう何度も何度もワタクシ達は舞台を、駒を変えては、このゲームを繰り返してきたの。
そして、話の流れから理解して頂けたと思いますが、貴方たちが生まれた星が今回の基盤であり、停滞していたと思われていたがためにワタクシたちは新たに駒を選別してゲームへと引き込んだ。
その時に選別されたのが貴方……シズク。
「僕……?」
そうよ。
貴方はワタクシの駒として選ばれたの。
どう、気に入ってくれました? ――ええ、その居た堪れない顔が見たかったの。何も言わなくていいわ。貴方は勝手に選ばれただけ。
――理不尽でしょう?
でも、それが貴方たち命を持った者の定め。
理不尽なんて言葉は貴方が生まれた時から隣に佇んでいるの。
弱い貴方たちはその理不尽に飲み込まれて、いたずらに弄ばれる……だから、そんな眉間に皺を寄せないで。
よかったじゃない。
ワタクシのおかげでまたやり直せたのだから。
「別に望んだわけじゃない……。僕は、あのまま死んでも良かったんだ! なのに……っ……自分ひとりじゃ立ち上がることすらできなかった僕に、こんな僕に期待するなんて馬鹿げてるよ!」
……え? 期待?
どういうこと?
「お前の言うゲームが滞っているから僕がこじ開けろって言うんだろ!? 僕は普通の、何も特別な力もなかった普通の人間だったんだ! そんな僕に何を期待してるんだよ!」
何を、うぬぼれているの?
ワタクシは別に、貴方には何ひとつとして期待はしていなかったわ。
「な……期待……してなかった?」
ええ、ワタクシの数多くの持ち駒のひと粒として生を新たに与えた貴方が、摘み上がった砂山を少しでも崩してくれたら……当時は、その程度にしか思っていませんでしたわ。
その時の選別だって、ワタクシは貴方とは別の駒を選び終わっていましたの。
何やら勘違いされているようなので、はっきりと言って差し上げます。
以前の貴方には何1つとして魅力は感じなかった。
あるとしたら最後の愛しい恋人を失った、あの絶望に苛まれている鈍く魅了する輝きくらい。
その輝きに魅せられて気紛れに掬い上げただけの存在。
貴方を選んだ理由なんてただそれだけ。周りよりも頭ひとつとびぬけた悲しみだけよ。
……でも、でもね。
貴方は運が良かったのよね。ええ、とびっきりの幸運よ。
貴方が生まれた先、そこが分かれ目だった……貴方の容姿、シズクがとても綺麗だったの。
産声を上げた時に、ひと目でお気に入り……。
これが運命と呼ばれるものならきっとそう。
それからは彼方から、また貴方の中でワタクシは成長する過程を楽しませていただきました。それが随分とのめり込んじゃって……。
あら……何かしら。言いたいことがあるなら仰って?
「……僕がこうなったのは皆、君のせいなの?」
……。
……いいえ、それは誤解よ。
ワタクシは器から抜けて彷徨っていた貴方を掬い上げただけ。
むしろ助けてあげたのよ。ああ……もう、そんな拗ねないで。
わかりました。では、少しだけ答えを教えてあげましょう。
貴方が絶望に落ちた原因の根本を辿ればワタクシの対戦相手、今回の親を張っているヤツのせい。
そして、その原因となった……死ぬきっかけを生み出したのはあの男だけれど……知ってるでしょう。
貴方、良いように遊ばれていたわよね。
「ゼフィリノス……?」
……まあ、彼が引き金になったことは間違いないわ。
貴方たちは表面的なところでしか知らないとは思いますが、彼……深層もかなりの下種でしたわよ。
ふふ、見てて滑稽だったわ。
親であるヤツが疲弊しながらもあの男の相手をしている様はね。
まあ……死ぬきっかけは彼が作りましたけど、貴方たちを死に追いやったのは……ふふ。
それ以上は言わない。
「……待ってよ。僕とあの子が死んだ理由はゼフィリノスじゃないってことなの?」
言うなれば。
そうね。でも、それ以上は教えてあげません。
「なんだよ! はっきり言えよ!」
いやよ。あー、恐い怖い。
あの時のことならワタクシは全てを知っているけれど、今それを口にしたらつまらないじゃない。
“彼が願ったこと”とは別に、他の誰かが願ったこと……実際にあの場を見ていた誰かが貴方と貴方の恋人の死を望んだ……。
「他に、僕らが死ぬことを望んだ人がいるってこと?」
――口が過ぎましたわね。これ以上は控えさせてもらいますわ。
ええ、もうだめ。
……後は探しなさい。
もしも、解を手繰り寄せることが出来れば、きっと貴方は今まで以上にワタクシを楽しませてくれると信じていますもの。
先ほども伝えましたけど、このゲームを終わらせる方法は対戦相手を負かすこと。
その方法は多種多様で……多分、今現在で一番の正攻法と考えるのならば、こうして事情を打ち明けたシズクかレティ、貴方がたのどちらかが親であるヤツのお気に入り、王である駒を殺すこと。
死を待つのは駄目よ。
老衰や危篤となった場合、相手は新たな駒へとお気に入りを入れ替えるわ。
必要なのは相手がお気に入りを入れ替える前に制すこと。
これで終わり。
それで晴れてこの児戯は終わりを迎える。
この話を知っている駒は極めて少ないわ。
正直な話、新たに駒となった者の大半は日常生活に溶け込み第2の人生を送っています。
中には前世での知識や経験を活かして財を築き、争いとは程遠い安穏とした平穏の世界に住んでいる者も多々います。
親も子も、そんな者たちにわざわざ出向いてまで話をしようとは思わないし、ワタクシもしたことはありません。
でも、それも良し。
それが巡り巡って、後に大きな火種を生むことは以前より何度となく行われてきたことですから。
……ただ、そうね。
ワタクシが貴方たち2人に教えた理由だけれど、今回のゲームは今までの中でも比較にならないほどに長引き過ぎていると思ったからなの。
参加者である他2人、あちら方はどう思っているかは知らないけど、ワタクシはもううんざり。
楽しいと言えば楽しいですけれどもね。そろそろ暗幕を落としてもいい頃合い。
だから、シズクとレティ……貴方たち2人にはこのゲームの終焉に拍車をかけてほしいの。
そして、万が一にでも親の王を討ち遂げられたのであれば……褒美としてワタクシは貴方たちが願っていることを叶えてあげる。
そう、例えば……貴方たちを元の世界に戻してあげる、とか。どうかしら?
「元の、世界……?」
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