第92話 来訪者
「――よし、戻れ」
サイトウさんが口を開くと、目の前に置いてあったバイクは光となって彼の持つトランプほどの鉄板に収まった。後にはもう何も残らない。
これはサイトウさんの持つパーソナルスタッフ、指定したものを物体に封じ込める能力だ。
封じ込められるのは物質に限るが、“箱”を媒介とした時は、中身事一緒に送ることが出来る。
箱のサイズは最大でも3メートルが限界……3メートルもあれば大抵のものは入ることになるけどね。
「引っ越しとかで持ち運ぶには便利なんだけどな。アヤカの外じゃ人目を避けて使わないといけないってこともあって……あ、でも、1度封じ込めたもんなら他のユーザーでも使えるって面はあるか」
「つまり、僕やレティにもサイトウさんのその魔法が使えるってこと?」
「おう。実際に野花ちゃんもやってみっか?」
試しにサイトウさんからデカデカとバイクと書かれたカードを受け取り、「でろ」と口にするとカードは僅かに光って目の前にバイクが現れた。
また「もどれ」と口にするとバイクは光って僕の持つカードに戻る。
「わあ……すごいや。やっぱり、これ便利だよ。この能力で作ったものを売れば……ううん、これでサービスをしたらお金になるんじゃないの?」
例えアヤカ区内だとしても、『あなたの持ち物コンパクトにします』なんて垂れ込みで商売をしたら買ってくれる人沢山いると思うんだけどね。
でも、サイトウさんは首を横に振る。
「この能力は使い様によっては悪事に利用できる。そして、悪意なんて簡単に芽生えんだ。見ず知らずのどっかの馬鹿が、俺の能力を使って万引きやら空き巣なんて犯罪を働いたなんて聞いてみろ。夢見が悪いったらありゃしない」
「そっかー……」
「こういうのは身内に使わせるくらいでちょうどいいんだよ。欲を書いて安易に金儲けに走ったって碌なことにはならねえってな。ほれほれ、野花ちゃんはそんなことよりも自分のお仕事に精を出しなさい」
「う、はい……」
言われて、手を止めていた清掃作業に戻り、僕は風魔法と土魔法を使って校庭に作った障害物を潰して元通りに戻す。
「よし、いいぞー! 俺の能力よりも複数の魔法を自在に使えるってことの方が、よっぽど便利だけどな! がはは、これが秘密だなんて他のユーザーに見せつけてやりたいよ」
「デュアルユーザーのサイトウさんが言っても皮肉にしかならなそうだけどね」
サイトウさんは付与魔法ユーザーでありながら一般魔法の金魔法も使えるというデュアルユーザーの中でも特に珍しい人なんだ。
「言ってろ言ってろ。2つ使えるったって、魔力量が少ない俺にしたら器用貧乏でしかないんだよ。学生時代はもっとド派手な魔法が使いたくてしゃあなかったよ――なあ、タツオミ……って、まーた、お前は!」
サイトウさんは今までずーっと黙っていたアサガさんに呆れたような声を上げた。
暇だからとバイクの試運転に参加していたが、開始前からアサガさんは、ぼけーっと頬杖を付き、今もコーンや土砂しか残っていない校庭へと顔を向けている。
いつもは気難しそうな顔をしているアサガさんはここ数日、こんな感じでずーっと上の空と呆けている。
前なんて眼鏡を付けずに登校して来たこともあった。僕のことをサイトウさんと勘違いしたこともあったほどだ。
そして、時たま思い出したかのように頭を掻き毟って奇声を上げたりする……。
「おーい、タツオミ君? いい加減にしたまえよ」
「はっ! あ、ああ、サイトウか。どうだ。自分の作ったエンジンは。回路はクラッチ操作と同時に利用者の魔力を抽出しバッテリー入らずで電気を生成し発動する。この部分は自分のオリジナルだが、エンジンでの電気分解した水素を取り込み燃焼して動力に回すという既存の製品だったかを自分なりに改良。問題は魔力消費が平均的な一般ユーザーからすると著しいと言うことだが――」
「いや、もう終わったから」
「……う、そうか。終わったか。済まない。考え事をしていた」
サイトウさんが大きく溜め息をつく。
「……お前が協力してくれたのは凄い感謝している。おかげで予定を前通しして、一応のバイク開発を終わらせることが出来た。でもな、それとこれとは話は別だ。どうした? タツオミ。このところのお前は変だ。すっげぇ変だぞ?」
「変? 自分が?」
「ああ。いつもなら研究が忙しいって、俺の頼みなんて引き受けてくれないのに、今回に限ってはやることがないからってこんな立派なもんを3日で作り上げたんだぞ。なんだよ。水で動くエンジンって。こんなの世紀の大発明だぞ。こんなもの作ったらお前、いつもならエラそうに俺に自慢するのに、今回に限ってはしらっと渡して……」
「そうだったか? 以前どこかで見かけた論文から作ってみたもんだから、ありふれたものかと……」
「ばっか! ガソリンを使用しないエンジンが出来たなんて、それこそ戦争が無くなるレベルだぞ! いや、逆に戦争が起こるレベルだぞ!」
戦争が無くなる起こるって……え、そんなにすごいことだったの?
「ちょっと、シーズークー。掃除サボらないでよー……お?」
2人のやり取りについつい手を止めていた僕に気が付いてか、レティがむすっとしながらこちらへと近寄って、サイトウさんの剣幕にどうしたの? と困惑した視線を送ってくる。
「そうか……そんなにすごいことだったんだな。まあ、ソーサルツールだし、利用者も限られる。そんな大事にもならないだろ?」
「確かにそうだけどよ……でも、それだけじゃねえ。お前、最近定時に帰ってるみたいじゃねえか。いつも研究室にこもってばかりのお前が一体全体どうしたよ?」
「それは……」
「なんだ? スランプか?」
「いや、そんなことは……いや、実のところそうかも……」
「はあ? いつものお前なら虚勢でも否定するだろ? 妙な自信だけが取り柄のお前に限って……ははん、さては……ワタリ女史絡みか?」
「ぐっ……」
ワタリさんの名前が出たところでアサガさんの顔が引き攣る。
なるほど、と遠巻きから眺めていた僕もそれが正解なんだろうと思う。
レティが「ああ」とやっとこの状況を理解したのか声を上げた。
「おいおい、ついに玉砕してしまったのか。失恋しちまったのかよ」
「ち、違う! むしろ逆!」
「ぎゃくぅ?」
「い、いや! なんでもない!」
「何でもないわけないだろう! おいおい、この野郎!」
サイトウさんはアサガさんの首を脇に抱き込んで締め付ける。アサガさんが何度も腕を叩いて拒むも、サイトウさんは構わずに楽しそうに首を絞め続けた。
顔が熟れたトマトみたいに真っ赤になってああ、そろそろ止めないと動こうとした――その時のことだった。
「おーい、シズクくん。そこにいるか?」
「あ、はい」
呼ばれて振り向いた先、そこにはワタリさんが校舎の窓から僕を呼んでいた。
ワタリさんは室内用サンダルでも気にせずに窓から飛び出ると、僕らへと近づいてくる。校医だとしても生徒の模範となるべき教員がそんな行動を取っていいものかと思ったけど、彼女のそんな姿も様になる。
いつものポーカーフェイスで、かつかつとサンダルを鳴らし、僕らへと近づいてきたところで「……う」とワタリさんの顔が吊り気味に引き攣った。
「ア、アサガくん。いたのか」
「……シオミさん」
ワタリさんは踏み出した足を止め、後ろに戻す。
口をぎゅっと閉じ俯きくぐもった声を上げていた。
「噂をすれば何とやら、ワタリ女史じゃないですか」
「コウくん……そのワタリ女史というのは本当にやめてくれないか。仮にも君とは1つしか違わないのだから。以前みたいにシオミ姉ちゃんって呼んでくれてもいいんだぞ」
「う……それ何年前の話ですか。もう子供の頃とは違いますって……」
ちなみにおふたりは小学校からの知り合いらしく、2人して魔力適正があったために学園入学したと言う話を以前聞いた。
その話は置いておいて、とサイトウさんが訳を聞くと、またワタリさんは出だしのようにたじろいでしまった。さらに釣られるかのようにアサガさんも
2人して妙にそわそわと落ち着かない。
「どう思う?」
「わたしにはさっぱり……でも」
レティは意地悪そうにニヤつきながら彼らを眺めているので、大方、この2人に何かしらの進展があった、という僕の考えと同じなのだろう。実に楽しそうだ。
「みゅ~?」
大人たち3人のやり取りを眺めていると、のろのろと現れたリコが僕の足元に顔を擦り付けてくる。
どうしたの? と言いたげなリコにはこの状況はわからないだろう。
ワタリさんは1つ咳払いをした。
「アサガくん……済まない。今度改めて話をしよう。今は、シズクくんに用があるんだ」
「……はい。わかりました。自分も……シオミさんとは向き合わないといけないと思ってましたから。例え、酒が入っていたとはいえ、なあなあにしてしまったこと……しっかりと謝罪をさせてください」
「謝罪だなんてそんな……」
「いいえ、自分も男です。犯してしまった過ちには責任を感じてます」
「……そうか、最近元気がないと思っていたのは、やっぱり私とのことは重みに感じてしまっていたんだな。本当に済まない……」
「そ、そんなはずは! まったく! 違うんです!」
慌てて弁明らしきものを口にするアサガさんに対して「いいよ」とワタリさんが首を振る。
「……先に言っておくよ。……私は、君に抱かれて……嫌じゃなかった。それは本心……だから」
そう、言い終わったワタリさんは、首を絞められてもいないのに先ほどのアサガさんみたいに顔を真っ赤にして……ん、抱かれて?
「抱か……え?」
「だ、抱かれた!?」
「何ぃ!?」
「みゅ~う?」
ワタリさんの重大発言に僕ら3人は思わず叫んでしまう。
当人たちはというと、アサガさんは顔を先ほどと同等に真っ赤にして慌てふためき、爆弾を投下した本人は頬の朱はそのままに、まるで清々したとばかりに吹っ切れたかのように晴やかだ。
ははあん、と口にするサイトウさんの方を見たら、にんまりと子供みたいな顔をして顔を綻ばせた。
「ワタリ女史、誰もいないからとはいえ、学園内で今の発言はどうかと思いますが――」
「コ、コウくん! 私たちのことはいいから! もう、茶化さないでくれ! もうっ! あー……」
ワタリさんは顔を真っ赤にしてごほんと1つ咳き込む。
平然を保とうと必死になりながら僕へと視線を向ける。
「シズクくん。君の知り合いだという人が訪ねてきているよ」
「……はっ! えっと、僕……ですか?」
気を取り直し僕も落ち着くことにする。
知り合い……その言葉を聞いても首を傾げるだけだ。
僕の知り合いなんて、一体誰だろうか。
ここにいる3人に、寮で一緒に暮らしている人。
リコを通して知人になった部活動とか授業を一緒に受けた人。
他だと……病院で知り合ったカナギさんかな……?
「うーん、知り合いなんて言われても思い当たりませ――……っ!?」
僕の口から言葉が途切れた。
一瞬のことだ。
僕が言葉を口にしていたその時、今僕が立っているこの場が何か見えない膜の中に押し込まれたような気がした。
人気の無い学園だとしても、木々のさざめき、遠くの街の喧騒、風の囁きを無意識には耳にしていた。
でも、その一瞬で、それらの音が途絶え、静寂が包み込む。
ひりひりと肌を焼き尽くすかのような感触。
身震いを起こしながら、ぎこちなく足を動き直す。靴底が地面をズ……と音を立てて擦る。
この感覚には身に覚えがあった。
あれは、港町ネガレンスで船を待っている間の休日の、ルイを背負って路地裏を歩いていた時と同じ……いいや、違う。
全然違う。
あれと似ているだけで、今回のはもっと、こう……空気が痛い。
(そう。あの時と……でも、だから。え、何? なんだ?)
……答えが出ない。言葉に出来ない。
でも、あの時の、町中の人々が一瞬にして消え、僕とルイとリコ、3人だけになった時と同様で、そして、全く別物の異質な環境が今この場を包み込んだ。
「……?」
……ふと、自分の名前を呼ばれる気がして、
「――シズク」
その声が届く前に僕はその方向へとがちがちになった身体を無理やり動かした。
◎
顔を向けた先、そこには人がいた。
その人は、子供と大人の境に立っているような、少女の幼さを残した女性だった。
赤い口紅の目立つ化粧を施した綺麗な顔立ちの中にある、意志の強そうな眼差しを僕らに向けている。
冬場の風も冷たい中、肩の出た薄いイブニングドレスみたいな黒いワンピースはその人の豊かな、それでいて引き締まった身体を強調する。
そして、艶のある長い黒髪を流したとても綺麗な――。
「……っ」
男女問わず、思わず見蕩れてしまいそうになるような綺麗な人がそこにいた。
……というのに、僕はその女性から即座にその隣の白い空間へと目を奪われていた。
そこは、まるで1ピースだけ抜け落ちた様な白い空間――じゃない。
「シズク」
白い空間と錯覚してしまったその場所が、また僕の名前を呼んだ。
凛としていて、ガラスを弾いたみたいに透き通った音でぼくの名前を呼んだ。
何度か聞いたことのある音。
無機質で抑揚のない……今回の声には艶やかで人を惑わすみたいに聞こえる。
そこには、白い少女がいた。
(信じられない……)
空間を切り取ったかのような真っ白な髪、血の気というものを全く感じさせない真っ白な肌。
身体に纏う法衣の様な布切れも同様に白。
薄い灰色の瞳は僕を捉えているのか、それとも僕の後ろを見つめているのか虚ろなもの。
白一色の中、僅かに桃色に色付いたくちびる――が、ゆっくりと笑みを作る。
「やっと、やっとあえましたね」
(……嘘でしょう?)
彼女はてっきり僕が勝手に作り上げた夢の中の住民だと思っていた。
それが今、目の前に、現実として姿を晒している。
白い少女がゆっくりとこちらへ向かって歩き始める。
まるで鎖にでも繋がれているのか、誰もが身震い以外で動かないこの世界で、僕だけが呪縛から解き放たれたみたいに1歩足を後ろに下げ……それ以上には動けない。
後ろに下げた足は地面に縫い付いたみたいに動かなかった。
「ワタクシ、この時をどれだけ待ちわびたか……。やっとあなたに――」
白い少女が僕の目の前に立ち、そっと片腕を上げ――。
「あなたに……触れられた」
夢の中の住民が微笑みながら僕の頬を、そして、夢と同じ様に僕の唇をなぞった。
その指に、温度を感じなかった。
◎
白い少女が僕の頬を撫でる。
その手つきは甘く優しい。僕の頬を押しては指先で線を書くようになぞり、最後に唇に届かせ起伏を楽しむみたいに中指を這わせる。
感触はあるのに白い少女の指先は冷たくも温かくもない。
そこに彼女の白い指があるのに、透明な何かが触れているみたい。
この場の空気と相まって僕の身体を雁字搦めに縛り付ける。
息が思うように出来ない。
無いはずの心臓が早鐘とばかりに打ち付けて僕の耳の奥へとその音を運ぶ。
顔が熱い。身体の感覚が曖昧。風邪を引いた時のような悪寒が駆け巡る。
……思いのほか、不快。
「……ワタクシのこと、覚えてますわよね?」
言われて、僕は深くこくり、と頷く。
「……知ってる。君のことは、覚えて、いる」
そう、3度は彼女と会っている。でも、そのうち2回は僕の夢。そして、残りの1回はネガレンスでの、白昼夢での出来事だと思い込んでいた。
だから、あの白い少女は僕の幻想か何かだと思っていたというのに……実際に夢に見た白い少女はここいる……。
「ふふ、よかった。忘れたなんて言われたら……ワタクシ……ワタクシ……」
白い少女は袖で口元を隠し「うっ、うっ」と声を上げて泣き真似をする。
これが演技だっていうことは、僅かに見える口元が歪んでみえたから――。
「――貴方を消してしまっていたかもしれません」
口角を吊り上げて彼女は細く笑う。
まるで人形のようだ。笑っていると認識できるのに、不自然な人工のものに見えてしまう。見た目から反してその笑みは、歪なもの……歪なのに美しい笑みを浮かべる。
彼女は爪先立ちになって僕へとしな垂れるかのように身体を重ねると「冗談よ。安心なさって」と小さく耳元にささやいてくる。
続けて小さく微笑を浮かべて僕から1歩、2歩と足を後ろに下げる。
「では、早速ですが……ワタクシとの約束、覚えてまして?」
「約束……」
それも、覚えてる……いや、言われて、思い出した。
2回目の白昼夢だと思っていた時と、3回目のこの世界で目を覚ます前の夢の時。確かに彼女は僕にしてほしいことがあると言っていた。
「ワタクシは貴方に叶えて欲しい願いがあるの。勿論、褒美だって用意してあります。それが気に入るかどうかはわかりませんが、そこにいる娘……メレティミ・フルオリフィア……」
白い少女は僕の隣でしゃがんだままにいるレティの名前を口にした後、小さく首を傾けた。
顎に手を当てて愛らしく考えるようなそぶりを見せ、頷く。
「ワタクシもシズクに習ってレティと呼ばせてもらいます……レティ、よろしくて?」
「え……ええ……」
硬直していたレティが青い顔をして声を上げる。
「……いい……わ……」
「……レ、ティ?」
いいの? と聞き返すことは出来ない。
――レティが、自分の名前を愛称で呼ばせる人は限られている。
この世界で他者と壁を作っていたこともあるけど、少しだけ打ち解けた寮生にレティは自分のことをメレティミと呼んでほしいと声をかけていたことを思い出す。
けれども、彼女はレティと呼ばせることはしなかった。
レティと呼んでいいのは彼女の母親と本当に親しい人だけだと言う。
そして、今レティが自分のことを「レティ」と呼ばせるのはルイと、とても光栄なことに僕だけ――。
『僕は良いの?』
『シズクは……もういいわ。慣れちゃったし。特別よ?……でもね。他の人には呼ばれたくない。それだけこの名前はわたしにとって大事なことなの。あ、リコちゃんもレティって呼んでいいよ?』
『リコはメレティミでいい。メレティミはメレティミ』
『……そう』
大事なことだと言ったレティが拒ませることも出来ないままに白い少女は同意を得た。白い少女が笑う。
今まで息を止めていたのか、たった1言を口にしただけでレティは胸を押さえて苦しそうに呼吸を繰り返した。
彼女の肩を支えると気が抜けたのか、僕へと体重を預けだす。肩が震えているのがわかった。
肩にかけた僕の手をレティの手が掴み取る。しがみ付くみたいにその力は痛いくらいに強い。
「では、遠慮なく……シズクとレティ、貴方たちの願いを叶えてさしあげましょう」
願い?
僕とレティはぎこちなく顔を見合わせた。
どういうこと? 僕も苦々しい顔をしたレティも理解してはいない。
「願い……」
「願い……?」
願いと言われても……そんなもの僕は何も思いつかない。
(あるとしたら、ルイとまた会いたいってくらい……って、なんでルイが出てくるんだよ!)
僕はどのみちルイと別れるつもりだったじゃないか。
首を振って考えを彼方へと飛ばす。
「願いって何? 僕は何も思いつかないよ」
「わたしも……っ……い、いえ、ないわ」
僕は素直に、レティは1度口込みながら答える。
僕らの反応に、白い少女がきょとんとし、それからくすくすと笑って頷いた。
「そうですわね、願いっていうのもおかしな話よね。では、2人が求めるであろうことを叶えて差し上げます。その求めるもの――そうね。まずはお話でもしましょうか?」
「お話?」
「ええ、シズク……昔話をね」
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