第91話 ソーサルツール



『続いてのゲストはノルンです!』


 晩御飯を終えた後、定番となった談話室での食休みを兼ねた読書(漫画だけどね)をしていた時のこと。

 リコが尻尾をフリフリと振らせながら他の寮生と一緒に見ていたテレビからそんな音声が耳に届いて顔を上げた。

 もう定位置とばかりに僕の背中を背もたれにしていたレティも同時に顔を上げ、ふるふると背中越しで彼女の身体が歓喜に震えるのを感じ取った。


「ああ! カズハだ!! うああっ、若ぁ……って、あ……あれ?」


 あ、この番組小さい頃に見たことがあるかも。

 お笑い芸人コンビの1人と国民的アイドルグループの1人が司会を務める音楽トーク番組だ。2人とも僕の記憶の中よりもずっと若い。

 司会2人に挟まれて、ノルンのメンバーたちが自己紹介を踏まえてテーブルトークを始め出して……あれ?


「ねえ、レティ……あの2人……見覚えない? 僕の気のせいかな?」

「……え、ええ。わたしもつい最近見た様な……さ、流石に気のせいよね?」


 女性2人の間に男性1人が挟まれて席に着いてる男女混合の3人組のノルン。

 その女の子たち2人を、つい最近見かけたような気がする。

 記憶よりも幼い羽柴カズハ――KAZUHAと、もう一人RYOKOとテロップが表示された少女……あの日、街中で僕らを怒鳴した少女と宥めようとしていた少女らと重なる。


(すごい似てる……)


 あの時は2人とも目深帽子にサイズの合わないサングラスをかけてたし、物凄い怒っていたし……多分、別人、だと思うのに……。

 2人顔を見合わせ苦笑いを浮かべる。


「ま、まさかねぇ?」

「ね、ねえ。本人なわけないよねぇ……」


 と、恐る恐る2人してまたテレビへと顔を向けたところで。


「あら、この人もしかして……ハシバさん?」

「み、ミヨさん?」


 僕らの背後というか、真上からミヨさんの声が降ってきた。

 同時に僕らの肩に手を置いてふにふにと摩ってくる。僕は別に構わなかったけど、レティはその手をはたき落とした。

 あら、連れない、と呟きながらミヨさんは続ける。


「彼女とは地元の中学が同じでしたからね。面識はありませんでしたけど……」

「知り合いじゃないのに知ってるの?」

「ええ、魔法の素質があったのに、芸能界を目指して上京する人がいる、とね。その時は周りから嘲笑されていましたけど……そう。夢を叶えたんですね」


 ミヨさんはしみじみと当時を思い出し、感慨に耽っているようだった。


『――プロフィールでは、カズハは魔法適性があったって書いてあったけど、どうして歌手に?』

『はい、子供のころから歌手になるのが夢で、もうその時には歌手になるって決めてたので断っちゃいました。周りからはそれ以上に芸能界なんて無理だって何度も言われたんですけど、諦めきれなくて……だから、叶えちゃいました』


 あ、本当だ。

 ミヨさんがでしょう? と得意げに胸を張る。


『でもでも、魔法もいいなって思ったんですよ。私この前、車に轢かれそうになっちゃってあわや大惨事って時に魔法使いさんが助けてくれたんです』

『え、それ大変じゃ――』

『ちょっとカズハ! 嫌なこと思い出させないでよ! ああもう!』

『え、え、ちょっとリョーコ。今本番中――』

『ちょっと言わせてよ! これだけはぜーったい許せないの!』

『おおう、言っちゃえ言っちゃえ!』

『ちょっとタカさん! 煽らないで!』

『おい見ているかこの前の魔法使いの2人! 私は絶対忘れないからな! 今に見てろよ! 絶対、ぜったい、ぜーったい! 売れ――っ……ふがぁぁぁ!!』


 リョーコさんが隣にいた男性メンバーに抑えられたところでカット。

 番組の演出なのか、一瞬の砂嵐の後、何事も無かったかのようにスタジオでのトークが再開されていた。


「レティ……あれ、もしかして……」

「あ、ああ、あれ、本人だった……だった……」

「そっかあ……本人か……僕初めて芸能人にあったかも……ってどうしたのレティ?」


 顔を押さえてぷるぷると震えだす。

 口を半開きにして視線はテレビに釘付けで、次第に両手で顔を覆って……尋常じゃない。

 「大丈夫?」――と声を掛けようとして、


「ぬわ―――! あれ、生カズハだったのかぁぁぁ!!」


 談話室にいた寮生全員の視線が集まっているのを気にせず、ソファーから僕を押し退け、手足をばたつかせながら悔しがり始める。

 いてて、と落とされてぶつけた腰を摩りながら立ち上がると、レティの挙動を眼で追うミヨさんがぽつりと口にした。


「……こんな子供っぽいフルオリフィアさん見たことないわ」

「そう? いつもこんな感じだと思うけど……?」

「ええ! リコちゃん羨ましい! 私も同じ部屋だったらよかったのに……!」


 ミヨさんもちょっと悔しそうに呟いていた……。


 そんな、都内観光から数日経った夜の出来事。





 12月20日水曜日。

 期末試験も先週の金曜日に無事に終わりを向かえ、現在は生徒の成績や事務に追われる教師たちに、補講を受ける若干名の生徒、暇つぶしに来ている変わり者と、賑やかな学園はいつもと比べると息を潜めている。

 試験終了から終業式までのこの1週間は試験休みとなっている。


 殆どの人は主に自主学習と言う名の休暇で、各自思い思いに過ごしているんだけど、この1週間は主に遠方から入学してきた生徒の帰省の準備期間でもそうだ。

 また、試験休みに入る前日から、明日12月21日木曜日まで、アヤカ区に存在する学園4校の部活動参加者並びに、研修参加を希望した一次職員たちは海外の姉妹校との交流会に赴いているため、部活動も一切行われていない。

 

 この数日はフェリーも大賑わいで、アヤカ区の学生の貸し切り状態だったり、学園側から特別に高速バスを手配して都心への足を用意してくれたりもする。

 聞いた話じゃ、大半は遊びに出るためだって聞いたけど……そこは学園側も目を瞑っているそうだ。


 そんな中、僕ら4人と1匹は校庭を借りて、サイトウさんとレティがこの2か月かけた成果、魔法を動力とするバイクの試運転を行っていた。


 ――ギュルンギュルン。


 レティがアクセルを回してエンジンを蒸かす。機体から発した重低音は離れている僕の身体を震わせる。


「計測開始っ!」


 サイトウさんの合図とともにレティはバイクを走らせた。

 レティの青い髪は風になびき、後ろにはリコが捕まってきゃっきゃうふふ(みゅっみゅみゅみゅみゅ)と声を上げて喜んでいる。


 レティのスカートがひるがえるけど、ご安心を。

 中はスパッツを履いているため、見えても大丈夫! なんて言っても、スカートがふわりと捲れるたびに見える太股にちょっとドキドキしちゃうのは秘密だ。


 最初の周回は慣らし運転で、ゆっくりと次第にギアを上げて加速していく。

 直線からコーナー手前でテールランプが灯り、速度を落とし鈍足で入る。

 斜めに傾いた車体はぶれることなくコーナーを綺麗に曲がり、直線に戻っては一気に急加速。またコーナーに入り速度を弱めたまま曲がりきる――。


 何度か周回している最中に、サイトウさんがホイッスルを突然鳴らし、それと同時にブレーキをかけて急に止まる……急制動を行ったり、レース上に三角コーンを置いてジグザグに走行したり、用意した土で作った凹凸の酷い疑似的な土砂道を走ったり……。


「レティ、すごい……」


 レティは自転車の何十倍と重い大型のバイクを器用に乗りこなし、山道みたいな荒地を、普通の道みたいにすいすいと走って行く。

 レティはまるで自分の手足のようにバイクを乗りこなしていた。


「レティってバイクの運転できるんだ。前の世界で覚えたのかな。バイクに乗る女子高生って何をする人だろう……はっ、もしかして走り屋だった……!?」

「いやいや、青百合ちゃんはこの世界にきて初めて乗ったって言ってたな。最初の頃はもっと小型の、俺のCBで練習してたよ。ただ、重心移動や比重は魔法で軽くしてカバーしてるとか。いやはや、お前らのとこの魔法はすげえな」

「でも、この世界にきて2か月くらいじゃ? 魔法で補っているからって、そんな短期間であんなに上手に乗れるもんなの?」

「そりゃあ、もう才能としか言えないわ。青百合ちゃん、運転の才能あるよ」


 ちなみに現在レティの乗っている車種はホンダのゴールドウィングというバイクだそうだ。

 元々は僕らが来るよりもずっと前に事故で前方を大破、また外装のカウルも殆どがヒビだらけの、廃車寸前のバイクを格安で譲り受けたと聞く。

 それからサイトウさんが1人でこつこつと直していたところに、レティが金魔法で手伝い始めて出来たのがこれ。シート以外では車体を覆う外装は全て取り外され、骨格である鉛色のフレームと、内部構造が露出した人体模型っぽいバイクだ。

 バイクに全然詳しくない僕からしたら「白バイとしても使われている」と言われても、んん? ってもっと首を傾げることになった。


 それもそのはず。

 研究室で改造中の2人のところへ出向いた時に、元々のバイクのデザインと白バイの写真を見せてもらったけど完全に別物にしか見えないんだ。

 白バイっていうよりも腰回りが太い、海外の映画でよく見かけるクルーザーバイクだ。目玉みたいなでっかいライトが目立っている。

 またサイトウさんの我儘で、後輪は普通自動車用の2倍ほど違う太いタイヤを取り付けているとか。


「ずーっと手付かずだったエンジン部分は別もんでを積み直そうと金を集めてたんだが、元々搭載されていた故障品をタツオミが修繕してくれるってことになって、任せてみたらそれが驚きのなんのってもうまじで助かったわ! おかげでこんな早く試運転できるようになったし、それに合わせて急ピッチで改修、修繕。同時に青百合ちゃんの魔法でフレームの補強と軽量化を実現。それによって事故前よりも格段に性能が向上。まあ、馬力はちぃぃっと下がったけどなあ。その分、魔力回路を搭載し、燃費を向上させて――」


 熱弁を振ってくれるサイトウさんには悪いけど僕には半分も理解できない。ちんぷんかんぷんだ。

 つまり、科学と魔法を合わせたハイブリッド車にしたと言う。


 1番のポイントはこのバイクは燃料を、いいや、正確にはガソリンを必要としないことだそうだ。

 運転者が操作とは別に魔力を流し込み、アサガさんの作ったエンジンは電気分解がなんたらで水を爆発させてピストンを回す燃焼部分を備えている、現代版蒸気機関だとか……?


「これがどんだけすげえことかわかるか!?」


 って、言われてもごめんなさい。機械に詳しくないからわかんない。

 サイトウさんの言ったことを大分端折って物凄いバイクなんだそうだけど、いくつか欠点があって……。


「こいつ……公道は走れないんだ」

「そうなの?」


 政府から認証されたバイク――認証された車種じゃなければ公道を走ることが出来ないのは、ニホンであってニホンでない魔法学園所有のアヤカ区であっても一緒だ。交通法や法令はニホンのもので適応・順守される。

 ちなみにレティがバイクに乗っていたという話も、この学園の私有地内でのことだそうだ。

 またこのバイク……乗れるとしたら付与魔法ユーザーじゃないと運転できず、そして……。


「ま、まあ、趣味だしな。……実物大の乗れるプラモデルだと思って諦めてる」


 そして、アサガさんが改修したエンジンと言うのが魔力量が少ないと起動できなかったりする、というもので……。

 所有者である付与魔法ユーザーであるサイトウさんは自身の魔力量の少なさから、その制限に引っ掛かってしまっている。

 その為、嬉々としてレティが代理として試運転を行っている理由がこれだったりもする。

 悲しそうな目をして、楽しそうに爆走するレティを見つめるサイトウさんが印象的だった。

 ……あ、すごい。前輪を上げてウィリー走行だ。よく倒れないねえ。


「いいんだ。これはまだ試作段階。俺はこれを元にして、魔法が使えない人でも使える“ソーサルツール”を作ればいいんだから」


 ソーサルツールっていうのはこの世界における魔道具と同じもの。

 魔法が少しでも加わった道具は基本的にそう呼ばれ、このバイクもソーサルツールに分類されるんだ。

 普段目にしないようで、このソーサルツールはこのアヤカ区には結構多い。


 例えば外灯や信号は全てソーサルツールで電気を必要としない。

 一般家庭の電力とか水道とか、これらは配線や道管を通しているけどその先、発電機や処理場といった大本はソーサルツールが担っているとか。


 普通の人でもボタン1つで魔法と同じ効果を発揮できるという便利な道具もある。といっても、この世界ではまだおもちゃ程度のものだそうだ。

 一般的に出回っているものでも、簡易火付け装置だったり、魔力光ランタンとか……つまり、そんなもの買わなくてもライターや懐中電灯を買えばいいって話になっちゃう。値段も割高で、日常では普通に使われることはまず無い。


「一般向けに開発をしてても学園と提携している企業への技術提供が大半。殆どのユーザー開発者は身内の魔法が使えることを前提として開発してるからな。その中でも息抜きや小金欲しさに、そういったバラエティーアイテムとして開発してる人もいるが……」


 開発しても生産できる人も限られちゃうから1個1個が高くついてしまうため、お金にならないってことで誰も手を出さないと言う。


「今回の試運転を終えたら企業に売り込みに行ってみようかね。したら魔力量が少なくても起動できるやつも出来そうだ、し……うーん、いや、やめとこう。まあいいや、こいつはこれで微調整して終わりにする。趣味にしちゃあ金使いすぎたわ」


 僕らが……レティが来る前までは結構大変だったみたい。

 損傷したフレームや金属部分を修繕するために、休日は車を出して屑鉄を拾ったり購入し、地道に魔法を使って加工をしていたとか。

 メーター、ブレーキシステム、電気配線等、精密機器は自前で用意しなければならず、教師としての給料とは別に寮の管理人を請け負って修理代の足しにしていたとか。

 ちなみに、なんでバイクにしたの? って聞いてみたら、共同研究室に置けるスペースの問題とサイトウさん個人がバイクが好きだからという理由。


「バイクだけじゃなくて、車やロボットも大好きだけどな!」


 何度か足を運んだ管理人室にはプラモデルといったものも多く置いてあった。

 ロボットからモデルガンまでいっぱい置いてあって、寮生からは「いい大人が……」と呆れ気味におもちゃ箱とか呼ばれている。

 一応、成人を迎えているけど未だに子供心溢れるのがサイトウさん……というか、子供のまま大人になったって言ったほうが正しいかも。


「どう、青百合ちゃん。調子いい?」

「ええ、いいですね。エンジンも問題なく機能していますし、魔力の流れもスムーズ。これで完成ですよ」

「よおっしっ!」


 サイトウさんと談話をしている間にレティは僕らの前に止まり、とても満足そうにほほ微笑みながら、こちらへ指を2本立ててピースマークを送ってきた。


「ねえ、シズクも乗ってみる?」

「え、僕も乗れるの?」

「いけるんじゃない? ほら、操作方法教えるから!」

「うん!」


 ギヤの操作と、前後ブレーキの強弱、発車した後の姿勢の保ち方、そして1番重要な魔力操作を口頭で教わり、いざシートに跨り出発っ! ――という時。


「あれ……わ、わわ、わわわっ!!」

「シズクっ!?」


 何が起こったかさっぱりわからない。

 先ほどまで獰猛な牛みたいに暴れていたのにシュン――と音を立てて起動を止め、僕を乗せたバイクは前に進むことなくその場で横転した。

 幸い車体には挟まれなかったけど、倒れた先で目を丸くして横たわる僕の顔をリコが大丈夫、と言いたげに覘き込む。

 どうやらエンストを起こしたようだ。


 バイクのフレームには摩ったような傷がついてしまって、サイトウさんはまた悲しそうな顔をした。

 直ぐにレティが消してくれたんだけどね……ごめんね。サイトウさん。


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