第90話 四天のルイ・フルオリフィア その3

 ケラスの木とは違って世界樹は1年中、青々と葉を茂らせる。

 この姿はこの里が出来るずっと前から変わらない。ううん、未だに大きく成長していっている。

 一時はこの葉には万病に効く効能があるという噂を聞いて、地上人がこぞって訪れてきたこともあるそうだ。

 当然、世界樹の葉にそのような効能は無い。


 神聖なものだからと理由を突き付けて、突っぱねて、それでも里を訪ねる地上人は後は絶たなくて……。

 仕方なく、大勢の地人族の前で、煎じて飲ませ、身体に塗らせて、思い思いの方法を試させて……。

 それでも、誤解は未だ解けず、万病に効く世界樹の葉の与太話を信じて求めてくる人は多い。


 それ以上にお金のために葉を求める人が多くなった。

 世界樹の葉は枝から離れた後もずーっと萎れることも無くその青い姿を保つ。

 そのため、誤解は解けずとも外界で高く売れるとか。

 里の人にしてみたら溜まったもんじゃない。


 その後、この世界樹の存在するこの神域の間は、里の人でも入れないようにしている……って、話をブロス先生から聞いたことがある。





 魔人族の長はぼくに近寄ると、にっこりと笑って手を差し出してきた。恐る恐るとぼくも手を伸ばし、掴んだ途端、魔人族の長からぶんぶんと振られる。

 ……べったりとくっ付いている2人の女性がぼくをきつく睨み付けてきた。

 なんで睨まれる必要があるんだろう。

 声をかけたのはぼくが先だけど、手を伸ばしてきたのはそっちが先なのに。

 

「アニス・リススと言う。これからも何度も顔を合わせていくこともあるだろう――若く美しい四天の娘よ。末永くよろしく頼む」

「ぼくはルイ……ルイ・フルオリフィア。よろしく」

「ぼく? もしかして君も彼と同じく男の子って口かい?」


 君も?


「ぼく、男の子に見えるの?」

「いや、全然。しかし、可能性はあった――ほら、僕の心の友が女の子にしか見えない男の子じゃないか」


 意味がわからない。

 じゃないかって言われたってぼくは君の心の友なんて知らない。


「女の子みたいな男の子ってこと?」

「そんなナヨナヨとしたものじゃない――話が違うな。彼は僕のことを話していないのか? それとも、君がもったいぶっているのか?」

「もったいぶる?」

「はははっ、まったく我が盟友は別れも告げない薄情者だと思っていたが、もしかしたら恥かしがり屋だったのかもしれないな――長い髪も相まって女にしか見えず、若干人相を悪く見せるが、切れ長の大きな黒い瞳を持った幼くも引き込まれるかのような素敵な彼のことだよ」

「へえ、そんな綺麗な男の子なんているんだね」

「……ん?」


 イルノートみたいな綺麗な男の子がいるのか。それは少し見てみたいかも……ってなに?

 魔人族の長、アニスさんは怪訝な顔をしてぼくを見ている。


「変だな。君は彼の連れだと思っていたが……違ったのか? 君はこちらの里に頻繁に出入りし、彼の住む廃屋に赴いていた時期があったと聞くが……?」

「ぼくが、魔人族の里に?」


 ……記憶にない。

 確かに、一度ギルドを確認しに行ったことはあるけど、それ以外で彼らの居住区には行ったことは無かった。

 それに廃屋って……どうしてぼくがそんな場所に行かないといけないんだろう。


「では、彼が従えていた獣はどうだ――赤い毛皮を首元に生やした大きな猫なのだが……」

「大きな、猫……?」


 大きな猫……魔物、かな。

 大きな猫を従える綺麗な女の子にしか見えない男の子。

 それがアニスさんの心の友だそうだ。

 ドナくんもフラミネスちゃんもそんな人は知らない。あたりまえか。

 もしも、そんな変わった人を見たら嫌でも忘れられなさそうだけ……ど……?


(……あれ?)


 どうしてか、胸がぎゅっと締め付けられた。

 変だ。妙に頭に引っかかる。

 ぼくの身体がざわつく。

 とくん、と胸が高鳴る。


(ぼくは、その子たちを知っている……?)


 ぼくは1度覚えたことはそうそう忘れることは無い……1年前までは。

 この里に来てからぼくの記憶は当てにならない。だから、確信をもってそうだとは言えない。

 ぼくは……知らないと首を横に振る。


「そうか、人違いだったか――すまない。僕は里を抜け出したという、前の四天の娘と勘違いしてしまったようだな……」

「え?」


 これまた変なことを言う。

 前の四天の娘?

 四天の子にぼくとフラミネスちゃん以外に女の子はいないはず。

 ドナくんは1人っ子だし、レドヘイルくんにはお兄さんがいるって話は聞いたけど……。


「もしかして、ドナくんかレドヘイルくんのうちどっちかが女の子だったりして……」


 って、ってドナくんがぼくの頭叩いた! 痛い!

 う、うん。わかってる。そんな思いっきり顔を振らなくてもレドヘイルくんは男の子だよ!


「うーん、話が食い違っているな。フィディこの子じゃないのか?」

「どちらかであることは確かです。お2人ともブランザ様とそっくりだと言う話でして……」

「そうか。さっぱりわからん。まったく、は罪作りな男だ――僕をここまで困らせるなんて、君たち2人以外にはいてはならないと言うのに」


 アニスさんの話の中に出てきた3文字の言葉が、ぼくの胸を“とん”と小さく叩く。

 それはまるで、深く暗雲とした世界に落とされた一筋の光。

 その光は氷閉ざされた扉を柔らかく溶かしていくみたいに……ぼくの心を開くカギになった。


「シズク……?」

「ん、ああ、それが彼の名前だ。――変わっているだろう?」


 変わっているかは知らないよ。でもさ……。


(……シズク)


 不思議な言葉。


「本当に知らないのかい?」

「……全然」


 聞き覚えは無い。

 だけど……。


「シズク……シズク……」


 その言葉は、ぼくの胸で淡く光って、ゆっくりと落ちていった。

 光は一番下にたどり着き、ぽちゃんとぼくの中に落ちて波紋を広げていく。

 とても、心地いい。

 自分の名前みたいに慣れ親しんだもののようにも感じ、聞いたこともないこの3文字の言葉を口にするだけで胸がほっと温かくなる。

 氷絶のつるぎを使った時とは真逆の気持ちだ。

 同時に胸の中に開いた穴を無理やりこじ開けられるかのようにも感じる。


(シズク……)


 一体どこで聞いたんだろう。こんな言葉、一度だって聞いたこともないのに。


「シズク……シズク……シズっ……うっ……痛っ……」


 何度も口にしていると、突然ぼくの頭に棘が刺さったかのような痛みが生まれた。

 その棘はぼくがシズクと言う言葉を思い浮かべるだけで、無理やり奥へとねじ込むみたいに痛みを大きくしていく。


(何この痛み……)


 立つこともままならない鈍痛に頭を抱えてよろけてしまう。

 踏み変えようと足を動かそうとして、膝の力が抜け、ぼくは姿勢を崩してそのまま倒れる――その時だった。




 

(え……?)


 一瞬のこと。

 本当に瞬きをする程度の短い間のことだった。

 ぎゅっと閉じた瞼の奥、暗闇に真っ白な何かが広がったと思うと、その晴れ間から1人の男の子らしき存在が頭に浮かび――消えた。


(誰……?)


 もう、痛みは無い。瞼の奥もいつもと同じ。変わらない。

 幻かな。痛みに瞑った目の奥で一瞬だけ浮かんだ男の子の顔。

 黒髪の、長い髪の、綺麗な顔をした男の子。

 それが女の子かもしれないのに、ぼくはその子が男の子だと確信できた……一致したんだ。

 ぼくが黒髪の人を見て、違うって否定していた正体。これだって。


(でも、もう思い出せない)


 ぼやけた顔の男の子は霞がかって、思い出そうにもぼくの頭の片隅へと逃げ去ってしまう。





 ……気が付けば、ぼくはアニスさんに支えられていた。


「この反応――いや、君大丈夫か?」

「あっ……つっ……う……あ……だ、大丈夫。ありがとう」


 せっかく助けてもらったのに、はっとアニスさんを押し返して彼の腕から離れる。

 息が上がっている。膝に手を当てて呼吸を繰り返した。


(何、今のは?)


 一瞬のことで、もう何が何だかわからない。


「だ、大丈夫! フルオリフィア! ねえ大丈夫!?」

「おい、フルどうしたんだよ!」


 ドナくんとフラミネスちゃんにも心配され、息も絶え絶えながらに大丈夫と告げる。

 やせ我慢しつつも「別に何ともないよ」と言っておく。

 心配を掛けちゃったね。ごめんね。と、この場にいるみんなに謝る……けど、その中でアニスさんだけが難しい顔をしてぼくを見ていた。

 ……ええっと、奥さん2人がアニスさんとは違った視線でぼくを見ていたけど……そこは触れないことにしよう。


「アニスさん、ぼくは大丈夫だって。ちょっと疲れちゃっただけだよ」


 ぼくはさっきまで魔法を使って戦ってて、里まで全力で走って帰ってきて、直ぐに暑苦しいテントの中に籠って……それで体調を崩したのかもしれない。

 こんなので果てることなんて今まで無かったけどさ……。

 でも、アニスさんは難しい顔のまま口を開いた。


「ルイ……もしも、君がシズクという少年を見かけたら――絶対に引き留めるんだ」

「え?」

「絶対に手放してはいけない――いいかい? それはきっと、彼の為でも、君の為でもある」

「ぼくのため……?」


 不思議なことを言う。

 あったこともない他人を引き留めるなんて……どうしてそんなことを?


(わからないよ。シズクって誰? 男の子、少年? そんな名前、今まで聞いたこともないのに……)


 アニスさんは知っている子で、ぼくは知らない子。

 そんな知らない子をどう引き留めろっていうのさ。そんなこと言われ、さっきよりも頭が重くなりそうだよ。

 むう、とふくれっ面になりながらも魔人族の長っていう一応ぼくよりも上の立場の人だし、渋々と頷くけどさ。


「よろしく頼む。見つかったなら僕にも一声かけてほしい……と、では、そろそろ失礼するよ。妻たちがお冠だ。どうやら、今晩もまた僕は寝不足になりそうだ――ああ、そうだ。勝手に話を進めてしまったね。何か僕に用があるかい?」


 はは、と苦笑しながらアニスさんは微笑む。


「……ん……ああ、そうだった」

「何でも聞いてくれよ」

「……あ、え……えーっと」


 あれ、何を言おうとしたんだっけ。


「――ちなみに、僕の両腕に入りたいっていうのは無理な相談だ。彼女たちで埋まっているから入れないよ」


 別にいらないよ。

 ……なんて答えたら隣のリターさんとフィディさんからすっごい睨まれそうになるから言わなかった。アニスさんはぼくの言葉を待つ前に奥さん2人を両腕で抱きしめはじめる。

 違う、そうじゃなくて……えーっと、あ、そうだ。


 「じゃあ……」と、ぼくはさっき湧いた疑問を聞くことにする。

 彼らが行っていた行為――


「……さっき口に口を付けていたけど、どういう意味があるの?」


 これを聞きたかったんだけど、それがなんで男の子の話になったのかまったくわかんない……って、あれ?

 みんなが固まって、ぼくを凝視している。


「フル……」

「フルオリフィアぁぁ……」

「…………ぷっ!」

「…………――罪作りな男だな僕は」

「うふっ、何この子、面白い!」

「あらあら、まあまあっ!」

「…………あれ?」


 それからぼくたちは神域の間を後にした。

 戻る間、ずっとドナくんが真っ赤になったぼくをおちょくってくる。


「なんだよ! ドナくんはしたことがあるの!」

「どうだったかなぁ。まあ、秘密だな」


 あ、この反応、したことないってことはまだ1年ちょっとの付き合いだけどわかる。

 ちなみに、フラミネスちゃんは真っ赤になった両頬に手を添えて悶えている。ひとりぶつぶつと口にしてるけど大丈夫かな。

 そして、最後にレドヘイルくんは……ん?

 

「シズク……」


 ぽつりと先ほど話題に出た男の子の名前らしき言葉を口にしていた。


「レドヘイルくん、知ってるの?」

「……知らない」


 ふい、と無表情のレドヘイルくんが顔を背けた。

 でも、知っている。この時の彼は怒っているんだ。

 どうしたんだろう。レドヘイルくん。





 みんなと別れた後、ぼくは嫌々にエネシーラ様の元へと向かいこってりと怒られた。

 エネシーラ様の言葉は重苦しくて聞いているととてもつらい。心がすり減っていくのがわかる。

 「下がれ」と解放された後、すっかり忘れていた護衛見習いの男の子がいてもっとうんざりとする。

 彼は神域の間に続く橋の出口でずっと待っていて、あの3つの言葉を呟いた後、エネシーラ様の屋敷まで着いてきていた。

 てっきり帰ったものかと思ったのに……。


「護衛である自分が傍にいながら……」


 ぼくの護衛はウリウリだって! なんて反論する気も起こらない。

 怒られている間は、魔法を使った疲労や、会合での気疲れ、先ほどの会話での体調不良が残ってて、ぼんやりしながら話半分でしか聞いてない。

 だから、その説教が終わって解放され、のろのろと自分の屋敷へと戻っている間に護衛見習いが何か話しかけてきたけど、何を言っているかはさっぱりだった。


「では、自分はこれで。フルオリフィア様、早く横になってお休みいただくよう――」

「……あ、ウリウリ」

「フ、フルオリフィア様っ!」


 屋敷の外で腕を組んでいるウリウリを見つけて、ぼくは急いで走り出した。


「ウーリウリ! 会いた――」

「フルオリフィア様! このウリウリア・リウリア、ずっとお待ちしておりました! まったく、貴女という人は――」


 う……ウリウリまでお説教を始め出す。

 無表情でありながらウリウリは屋敷の中へと入り、部屋に着くまでは小さく小言を言われ続け……自室に入ってからは強く抱きしめられて「無茶をしないでください!」って2人っきりの時の彼女になった。泣きそうな顔をする。

 すっごい心配させちゃったみたいだ。


「もしも、フルオリフィア様に何かあれば、このウリウリア・リウリア! 先代フルオリフィア様に顔向けできません!」

「やだなあ……。ぼくはあんなのに負けたりしないよ。ほら、今回だって怪我どころか汚れてもいないしね!」

「だから、そういうことを言っているのではないのです! 魔物に関しては兵たちにお任せください! 貴女は里にとって、天人族にとって……いえ、私にとってもとても大事な存在なんですよ!」

「……大事?」

「ええ、私の宝物です」


 私の宝物。

 この言葉、どこかで聞いた覚えがある気がする。懐かしい。


「ぼくはものじゃないよ?」

「あ、いえ! そういうわけじゃなく……そう、大切な、とても大切な存在なんです。ですから、ご自愛ください」

「うーん、わかった……」


 ウリウリにぎゅーっと抱きしめられた後「早く寝るように」ってしっかりと言付けられて彼女は部屋を後にし……扉から顔を出してぼくを見た。

 着替え、手伝う? ……一人で出来るって。

 まるで赤子みたいに扱うウリウリにもちょっと困りものだ。


「はあ……」


 ウリウリが去った後、深く溜め息を吐く。

 それから、ぼくは真っ白なひらひらとした一張羅を――四天のフルオリフィアのを脱ぎ、ただのルイになった。

 フルオリフィアではないルイに。


「……ただいま」


 誰もいないけど挨拶をする。これはこの里に来る前、奴隷として働いていた時の癖みたいなもの。

 一応、声をかけた先は壁際の戸棚。これは、自分でもわからないけど付いた習慣。

 その戸棚には壊れた木彫りの何かが倒れている。

 位牌っていう亡くなった人の代わりみたいなものだそうで、前のこの部屋を使っていた人の……多分、ぼくのお母さんって言う人の代わりだってことは知っている。

 会ったことも無い母親だ。


 でもね。

 ぼくは知らないお母さんとの思い出がある。

 ぼくと同じ青い髪の、ぼくとは違う青い瞳の天人族だった。

 もしかして、気が付かないうちにぼくは母親というものを求めちゃって、勝手に作ったお母さんとの思い出かもしれないね。

 壊れた位牌を尻目に、下着姿のまま天幕のかかったベッドに倒れ込み、窓の外を見る。

 真っ暗な空は星も月も何も見えない。

 ぼくの今の心と同じ。曇り空。


(この里に来てから……ぼくの身体は半分以上消えちゃったような気がする)


 胸にぽかりと空いた空洞。

 イルノートがこの里に到着してすぐに馬車を売ってしまったと聞かされた時の落ち込みっぷりの……何倍と大きいものを感じている。

 でも、その空洞となった原因が何かわからない。


 ぼくは生まれてから、たくさんのさよならをしてきたけど、いつも1人でも平気だった。

 別れをする時は悲しいけど、それでも1人でも大丈夫だった。

 独りでも、寂しいどころか安心すらしていた。


「……ううん、気のせいかな」


 多分、イルノートがいてくれたから。

 いつもこの里に来るまでずっとぼくといっしょにいてくれたから。

 きっと彼のおかげで寂しくなかったんだと思う。


 でも。


「この里に来てから……四天の娘になってから、1人が……寂しい……」


 もう1人じゃない。

 いつもウリウリがいて、フラミネスちゃんがいて、レドヘイルくんがいて、ドナくんがいて、エネシーラ様にブロス先生に、皆の護衛や里のみんながいる。


 でも、今が1番寂しい。

 1人、ひとり、独り。

 ぼくは、独りだけになっちゃったのかな。ねえ……。


「…………シズク」


 何故か、先ほど知った言葉が口から洩れた。まるで尋ねるように。

 呟くと、胸の内がまた暖かくなる。

 とくん……ってまた胸が深く心地よく鳴る。

 もうさっきみたいな頭痛は無くて、だけど、次にはとても大きな寂しさを覚えた。

 うるっ……と目が霞み、腕で押さえ込んだ。


「ぼくは、ずっとひとりだった……」


 ひとりだった。

 でも……。


(……何かがずっと隣にいたと思うんだけど……)


 それが何か思い出せない。


 ぼくの記憶は当てにならない。

 奴隷として生きたぼくと、この里で生きていたぼくと、また別に……知らない誰かの記憶。

 3つの記憶がぼくにはある。


 頭がおかしくなったと思われるのは嫌だった。だから、ぼくはこのことを護衛であるウリウリにも言ってはいない。


 3人分の記憶を持ったぼくの記憶は当てにならない。

 わかんないことだらけでこの1年が過ぎた。

 ゲイルホリーペに、ユッグジールの里にきて早1年。


 もうすぐぼくは14歳だ。あと1年もすれば大人として扱ってもらえる。

 もうすぐ大人だっていうのに、身体も1年前よりも成長しているのに、ぼくの心はまだ12歳のころから時間が止まったままだ。

 まだ子供のぼくは子供のころ以上に寂しいと感じているんだ。

 ぼくはひとり。


 いつも一緒にいてくれたイルノートはもういない。


 彼はこの里に来て姿を消し、やっと会えたと思ったら、ずっと部屋の中で籠りがちになった。

 食事もとらず、日に日に衰弱していった。

 こんな弱った彼を見るのは初めてのことだった。

 どう接していいかわからず、でも励ましたくてうずくまる彼の隣に並ぼうとして、


『近づくな……お前とは一緒にいたくない……』


 …………拒絶された。


(あんなに親切にしてくれたのに……。あんなに守ってくれたのに……。ぼくのことをあんなに大切にしてくれたのに!!)


 その晩は声を上げて泣いた。

 どうしてあんなことを言うのか。どうして嫌われたのか。どうしてイルノートはぼくを見てあんな悲しそうな顔をするのか。

 今もわからないまま。


 それから彼は半年くらい前にこの里から去っていった。

 結局、拒絶されてからは彼と話をする機会は1度も無くて、自分が嫌われた理由も知らないで行っちゃったけど……。


 北に行くって話を聞いた。詳しくは教えてくれない。教えてくれたウリウリが教えてくれない。

 ぼくは1人ぼっち。今もこれからも。

 昔は……。


「――アナタダケイレバソレデヨカッタノ」


 ぼくは歌う。


「コノカラダヲウシナッテモアナタヲワスレナイ……」


 ぼくは歌う。

 誰か知らない教えてもらった悲しい歌を。それだけが安らぎをくれるんだから。


 気が付けば、外は雨が降っていた。

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