第88話 四天のルイ・フルオリフィア その1

 はあ……と吐き出した息が白く染まる。

 白い息はいつもよりも長くその場に漂い、消えた。一面の白い景色に溶け込むみたいに。

 つい先ほどまで真っ青だった森の中で、ぼくは木々の合間に覗かせる曇り空を見上げていた。


 どんよりとした空も、木々も、大地も、そして、暴れていた“四つ手”たちも、今のぼくの心の中を吐き出したみたいに白に覆われている。


 空以外は全部、ぼくのせい。

 ぼくが全て白く飲み込んだ。





 今、ぼくはユッグジールの里東のとある林地に訪れている。

 目的は魔物退治で、獲物は“四つ手”と呼ばれる子鬼のゴブリンだ。

 ゴブリンと言っても、昔お金稼ぎをしていた時に退治したような弱いやつじゃない。

 小柄な外見には不釣り合いな太く立派な4つの腕を生やしていることから、里の人たちから安易に“四つ手”と呼ばれている。


 そいつらは4つの腕を器用に扱って自分と同じ、それ以上の大きな岩を投げてきたり、倒した木々や長い枝を武器にしてぶんぶんと振り回してきたりする。

 体当たりはもろに受けたら頭に生えた鋭い角に一突きだ。


 しかも、10匹ほどで集団行動を取り、闘争本能も高い。

 大声を上げれば逃げちゃうあっちの子鬼がかわいく思えちゃう。

 そんなやつらが狙った標的を取り囲み、襲いだす……たまったもんじゃない。


 ――それが以前のぼくならば。


 今のぼくは……四つ手どころか、この辺り一帯の魔物なら、どんな攻撃を仕掛けてきても傷を負うことも、触れられることもない。

 ひらひらとした真っ白なこの四天の装束には、埃や泥、やつらの血肉1滴すら付くこともない。


 今回だって、われ先にとばかりに前に出てきて、棒を振り回す子鬼たちには間近で氷弾を当てて。

 後方から岩を投げようとしていた子鬼たちには、浮遊させておいた水球から射出した尖った氷柱を目いっぱい叩き込んで。

 ぼくの死角を狙って襲ってきたやつなんて、わかりやすい殺気を放っているから生み出しておいた水龍に容赦なく噛み砕かせる。


 最初の“じゃれ合い”からしばらくして、今じゃ10はいた子鬼のほとんどがぼくの周りで動かなくなっていた。


 お腹に大穴を開けた奴。

 上と下が別々になっている奴。

 頭とか腕とか、身体の部位がどこかしら無くなっている奴。

 虫の息だけど僅かに呼吸を残している奴――これはわざと止めを刺してない。

 弱々しい呻き声を上げる子鬼の存在は、物陰に潜んだ彼らを刺激する為でもある。


「せっかく楽しめると思ったのになあ……話に聞いた通りじゃないか……」


 はあ……とため息を上げちゃう。

 四つ手たちについては授業中にブロス先生から教えてもらっていた。

 大人たちが大勢で相手にしなければ厄介な魔物、だっていうから期待してたんだけどね。

 かなり拍子抜け。


「でもいいや。どうせだ。最後まで楽しませてもらうからね」


 ブロス先生曰く、四つ手たちにはいくつか特徴がある。


 まず、熱いものが苦手で、例えば燃え盛る松明を振り回しているだけで簡単に牽制できる。ただし、投擲攻撃もしてくるので近づかれた時の対処法でもある。

 魔法が使えるなら最悪、高い火の壁を周囲に張って、熱気に我慢しながら炎の中に籠れば、四つ手たちは諦めて去ってくれるかもしれない。

 最適なのは遠距離からばんばん火魔法を放って倒していくこと。敵が投げてくるものには十分に気を付けて、徐々に数を減らしていければ御の字だ。

 でも、ここが原っぱとか広い場所ならいいけど、今は木々が密集した林で火魔法なんて使ったら直ぐに火の手が回って大火事になってしまう。


 次。四つ手は仲間意識が高く執念深いこと。

 四つ手は仲間想いで有名なんだ。仲間のうち1匹でも傷つけちゃうと、怒って執拗に追っかけてくる。

 足場も視界も悪い地面を逃げる人が、木と木の間をお猿さんみたいに飛び跳ねて追跡してくる四つ手から逃げるのも結構難しい。走りながら物を投げてきたりもするしね。

 もしも逃げるなら上。風魔法なり使って空を飛んで逃げればいい。そのままなるべく遠くまで飛んで、追っ手を確認しながら人里まで向かった方が良いって話を聞いた。


 まあ、そういうわけで、四つ手を倒すとしたら、取り囲まれない様に距離を取りながら1匹1匹丁寧に倒し、最後の1匹まで群れ全てを狩らないと駄目だと言うこと。

 でも、それはぼくにとって好都合。


(それってさ……最後の1匹になるまで戦えるってことだよね)


 最後。仲間を見捨てず怒りやすい四つ手は意外と賢いこと。

 今まで相手にしてきた群れを作る魔物は、仲間を殺されると怒って後先考えずに向かってくるか、怯えて逃げるかのどっちかだ。四つ手も怒って向かってくる方だけど、それだけじゃない。


 自分たちが不利な立場になったと悟ると、怯えることも無く……その身をどこかしらへと姿を隠してしまう。

 息遣いも消して、気配を消して、まるでその場と1つになったみたいに。

 そこで逃げたと勘違いして気を抜いたところを襲われるので、最後まで安全を確認しないと駄目。


 ……だけど、どんなに気配を消しても、あふれ出る殺気をひしひしと感じる。


(よかった。話に聞いてた通り逃げるつもりはないみたい。数は……3つ。どこに潜んでいるのかはわからないけど、いるのはわかってるんだから!)


 ただね、長期戦は困る。

 あっちからしたらぼくが隙を見せるのを待っているんだろうけど、ぼくの都合でそうはいかない。

 まだ子供として扱われている天人族ぼくが里の外に出ることは本来許されていないのだから。


(……もう、きっと、ばれてるけど)


 だから、ぼくは周りに漂わせた水球も、身体に纏わり付かせていた水龍も消して、この大剣を出した。


 ――氷絶のつるぎ。ぼくのとっておきの魔法だ。


 地面に突き刺した剣先からぼくの息よりも細く白い煙が上がり、辺り一面を真っ白に染め上げたっていうのに、この子はまだ足りないと言わんばかりに、きしきしと音を立てて更に奥を白に塗ろうとしている。


 刀身に触れると、ぼくの指に切り傷とも違う痛みが走る。冷たいのに火傷したかのようなぎゅっと締め付けられるかのような痛みだ。

 何度と味わったこの痛みにはすっかり慣れた。


(……ほら、痛みは一瞬のことで、次にはなんともない)


 この大きな剣はぼく自身だ。

 刃は大木も堅い魔物の皮も、大きくて硬い石だって凍らせて粉砕してしまうのに、大剣ぼくがぼくを拒まなければ、直ぐに受け入れてくる。

 大剣ぼくはそれ以上にぼくを傷つけることは無い。

 多分、最初の痛みは大剣ぼくを八つ当たりで使ったことで怒ったからだと思う。


「……ごめんね」


 大剣に謝り、ぼくは大事に抱きしめる。

 もう1度、銀色の光沢を放っている刀身をなぞってもぼくの手を傷つけることはしない。

 でも、とても、冷たい。

 指先も、身体も、心も冷やしていく。

 この大剣を扱う時、ぼくは身体だけじゃなくて心まで冷たくなっていく。

 同時に、凍ったぼくの心の内側にはくつくつと湧き上がる昂揚感が生まれる。


 すると、冷えて凍っていく心の外側と、熱く荒れ狂う心の内側がぶつかり合う。

 『早く飛び出して子鬼を見つけよう』と言う内側ぼくと、『もう少し子鬼たちの様子を楽しもうよ』と言う外側ぼくが言い争うんだ。


 どっちの声も魅力的だったけど、ぼくは冷たい方の声の言うことを聞くことにして、氷よりも冷たい氷絶のつるぎを抱きしめ続けて目を瞑った。


 ……隠れている子鬼の息遣いが聞こえてくる。

 身体の震えが止まらないんだね。

 今この場は、冬季のゲイルホリーペとは比べものにならないほど寒い。

 はあ、と吐いた息は深い白に塗り変わる。


 きしきし、とあちこちの木々も冷気の浸食からか悲鳴が上がる。

 その中でも特に音が大きい木々――その3つが子鬼が隠れている場所だ。ぼくの背後に2つ、斜め横に1つ。随分と高い場所まで登ったみたい。


(……話では逃げないって聞いたけど、この場合どうなるんだろう。ぼくの足元に転がる仲間たちの残骸を残して逃げちゃうかな)


 殺気はまだ残っているけど、この寒さのせいか、さっきよりも弱々しい。

 あ、残してたやつが動かない。寒さで死んじゃったかな。

 まあ、いいや。


「……アイタイノニ」


 それは、気紛れのことだった。

 ぼくの口からいつ覚えたのかもわからない“歌”がこぼれる。

 半分無意識で、もう半分はもしかしたら隠れている四つ手たちをおびき出そうとしたのかもしれない。


「……モウアエナイネ」


 どこの言葉かもわからない音の羅列。でも、ぼくはその意味を知っている。

 死別した人を想い綴った悲しい歌。

 どこで、この歌を覚えたのか。大切な人から教わった気がするのに、全く思い出せない。


(なんでだろう……。どうして、思い出せないのかな?)


 この里にきて、ぼくの頭の中ぐちゃぐちゃだ。

 たくさんの記憶がぼくの中にあって、それがどれがぼくのものなのか。どれもぼくのもののようで、全部がぼくのものじゃない気がしてくる。

 絶対に自分のものだって思う記憶はところどころで抜けていたり、どうしてか昔のことは思い出せないところも多い。


 だからかな。その自分の記憶だっていうのに、それが本当に自分の記憶なのかも信じられない。それが、辛い。

 この理解できない苦しみに我慢できなくて……魔物が暴れ出しているという話を聞いたら鬱憤を晴らしに来ている。今回も、そう。

 帰ったらまたエネシーラ様やウリウリに怒られるのは知っていた……。


「アナタダケイレバヨカッ――」

「フルオリフィア様ー!」


 帰った後のことを考え余計に憂鬱になっていると、遠くからぼくの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 ぼくの口から音が途切れる。

 同時に、今まで消えていた子鬼の気配をはっきりと感じ取る……――動く!


 声のした方へと即座に視線を向け、ぼくは地面に突き刺さった大剣を逆手で引き抜き振り被る。

 四つ手たちはぼくの仲間だと勘違いしたのか、殺気を……標的を、へと向けたのはわかった。

 視認した先、そこにはこの場の緊張感とは程遠い、腑抜け面した男が肩を擦りながらあたりを見渡していた。

 その男に向けて、ぼくは火の活性魔法を今以上に強めて筋力を強化し、また風魔法で剣を軽くし、同時に風の通路を作り、勢いをつけて投擲――っ!


「キキ――っ!」

「うわっ!」


 男へと飛びかかろうとしていた子鬼の背を投げた大剣が一突き。

 うまく真ん中に当たったのか、大剣のつばあたりまで子鬼の体を滑らせ、奥の樹木に突き刺さる。

 あと2体――!

 直ぐに投げた剣へと走り寄る。


(彼らは賢いけど……馬鹿だ)


 背後の殺気が強く溢れ、ぼくへと飛び掛かったのは見なくてもわかった。

 ぼくが背を向けたところへ予想通り飛びかかってきたので、樹木に突き刺さった大剣を片手で抜く……というか、貫き凍った木と子鬼の死骸を力任せに粉砕しながら、背後へと力任せに薙いだ。


 2つ分の殺気がする位置とぼくの薙いだ剣の軌道はよし。振り抜くと同時に剣に感触が伝わる。

 空中で胴を半分にした2匹の子鬼が空中に漂い、後にはころんと氷の塊となり音を立てて地面に落ちた。吹き出すはずだった血しぶきが、ぱらぱらと赤い結晶に変わって宙に舞う。


(……これで終わりかな)


 子鬼の殺気はもう感じられないし、この辺り一面からも……うーん。元々住んでいた住民たちの気配すらもなくなった。そこにいた魔物たちには可哀想なことをした、かな?

 ま、多少は、気晴らしにもなった……ううん、鬱憤が晴れると言ったら全然だけれども。


「……」


 氷絶のつるぎを消しながら振り返る。

 ウリウリたちが着ている緑色の正装と同じものの上に、皮の軽装を身に纏った黒髪の男が尻もちを付いて身体を震わせていた。

 名前は憶えていない……嘘だけど。思い浮かべるのもイヤだったから出さないだけ。


 幼いうちから魔法の扱いに長け、異例の若さで四天の護衛見習いに選出されたと……初めてそいつと顔を合わせた時、ウリウリにそう紹介してもらっていた。

 ぼくたちよりも3つ4つだか年上だったかな。

 ひょろっとした身長はぼくよりもウリウリよりも高い。

 でも、それだけ。

 興味ない――ある1か所を除いては。


「はっ……はあ、はあ……はあ……」


 彼の口から白い息がとめどなく溢れる。がたがたと目に見て取れるほど身体を震わせ、それでいて息は荒い。

 彼の視線はぼくに向かったり、その場で粉々になっている四つ手だった残骸へと忙しなく動く。

 それから、顔は真っ青にし口元を押さえ、喉の奥から聞くに堪えない声と、ものを吐き出す。


(……もう見たくない)


 彼が来た理由はわかっているし、声もかけずにぼくは里に帰ろうと背にして歩き出した。


「うっぷ、さ、先に行かないで下さいよ!」

「……ぼくがどこに行こうが勝手だけど」


 足を止めることなく、首だけ動かして彼を見る。

 目には涙を浮かべて、口からは催した後が残る。また、その足元にも……汚い。

 これなら、まだ魔物の死体の方が綺麗だよ。


(ほら、今も氷の結晶になってキラキラと……あれ? ……まただ……)


 ぼくが凍らせた魔物の残骸へと目を向けた時、その身体の表面に埋め込まれたみたいに赤い小さなコアが露出しているのを見つけた。中々に大きくて小石くらいはありそう。


 ここ最近はこんな感じに、コアが皮膚から露出した魔物をよく見かける。

 昔なら換金目的で集めたんだけど、今はもうお金は必要ないし、換金する場所も魔人族の里まで行かないといけないから放置している。

 前もこんな感じで直ぐに見つかれば早く集められたのになあ。


「大人である我々と共に行動してください! ……って、な、泣いていらっしゃるんですか!?」

「……?」


 言われて目元に手を当てた――ちょっとだけ濡れてる。いつの間に?

 顔を背けて袖で拭う。


「……なんでもない。気にしないで」

「なんでもないって、どこか怪我でもされたんですか!?」

「うるさいな……なんでもないって言ってるじゃん」


 こんな腹いせの相手に怪我なんてするわけないよ。

 不必要な心配と余計なお世話にもっと苛々する。

 この人は嫌いだ。鬱陶しい。

 大体、この人がいること自体気に入らない。


 この人はウリウリだけでいいのに、ぼくの護衛役として担当することになった。

 ぼくが寝泊りをしている屋敷の中は来ないけど、ウリウリの手が空いてなかったり、実習として彼1人をぼくの護衛としてつけさせることもあるんだ。


 それから、ウリウリの場合はいつもぼくの後ろに控えて歩くんだけど(本当は一緒に歩きたいけど……)この人は横に並ぶか、ぼくの前に出ようとする。これがほんっとうに邪魔!

 ドナくんやレドヘイルくん、フラミネスちゃんと一緒に神魂の儀で披露する魔法練習から帰る時とかにも、狙ったように待ち構えていたりもするんだ。


 奇遇ですね、がまず1つ目の発言。

 2つ目に屋敷までお供します。

 3つ目は自分は四天の護衛(見習い)ですから。


(もう、うんざり……)


 今回は多分、この人の独断だと思う。

 大人たちが今回の四つ手騒動を話しているところに立ち会った時に、ぼくの斜め前にこの人もいたからね。ぼくの居場所を知っているのは彼だけだ。


「……里の重鎮が先陣を切って駆け付けるのはいかがなものかと……」

「しらない」

「知らないなんて……エネシーラ様からもご自重するよう何度も言われて――」


 ……うるさいな!


「いいからっ! 何っ!? ぼくまたエネシーラ様のところに行けばいいの? 叱られるんでしょう!?」


 彼の言葉を遮って用件をぼくの口から先に言う。

 自分で口にするだけで僅かに晴れた鬱憤がまた溜まっていくのがわかる。

 はあ、と盛大に溜息をつきたい。

 でも、そんな姿をこいつに見せたくもないので、面と向かって睨みつけようにも、どうにも見上げる形になる。

 ぽかーんとした男の呆け顔がもっと苛立たせるんだ。


「かわい……ごほん――え、ええ。っと、その前に、里のものたちに召集がありまして……四天、また四天の子らも参加するようにとの伝言です」

「…………ん? ……召集……わかった」


 召集っていうと、各部族の偉い人が集まって里の問題を話し合う場を設ける会合のことだ。

 こういうことは度々あって、ぼくのお母さんだというブランザの代わりに召集に参加することがある。

 四天のフルオリフィアとして。


 ただ、参加してもずっと黙っていろってエネシーラ様に言われているから、本当に暇なんだけどさ。


 やれ、作物の生産が悪いやら、里の水路が汚れているとか、最近地上人の出入りが目立つとか。

 殆どは鬼人族の長と亜人族の長での口論が多くて、聞いててうんざりするんだ。

 出来れば出たくないんだけど……でも、なんでドナくんたちも参加するんだろう?

 四天の子供たちが参加するなんて今まで無かったことだ。


「四天の子供も参加するの?」

「あ……それは……えーっと、魔人族の長の代替わりに因み、里全体でも世代交代を意識した方が良い……とか言ってましたね」

「……そう」


 世代交代、ね。まあいいや。

 地面に張った薄氷を踏みしめてぼくはその場を後にする。背後から遅れてその人も着いてくる。


 さくさくと霜の張った地面を踏むのが楽しかったと思っていたのはいつのことだったっけ。


(確か、奴隷として働いていた時期に……あれ、誰かと一緒に踏んだんだけど……。街にいた時に知り合った学校の友達だっけ……)


 その誰かの顔が思い出せない。ここも記憶が抜けちゃってる。

 女の子だったような、男の子だったような。

 黒い髪の……。


(黒い髪、ね……)


 そこで、ぼくは別に興味は無いのに、その1点――黒髪だけ妙に目が行ってしまう彼へと訊ねる。


「ねえ、君さ」

「はい、なんでしょう?」

「髪長かった?」

「髪……ですか? いいえ、伸ばしたことはありませんよ」

「そう……」

「もしかして、フルオリフィア様は髪の長い男性がお好みですか!?」

「……べつに」


 なんで、そんな疑問が湧いて出てきたのかはわかんない。

 ぼくは黒髪の人を見てしまうとつい目を向けてしまう。

 でも、見た瞬間に自分の中で違うって……何が違うんだろう。


 黒い髪の人なんてたくさんいる。

 イルノートと2人で旅をしていた時ですら何百人と見てきて、里の中でも、天人族でも黒い髪の人は少ないけどいる。

 鬼人族は結構多い方けど、角があるからね。

 亜人族は真黒毛皮で覆われているし。魔人族でも……。

 でも、違う。みんな違う。違う。


「……違うって、何が違うの?」

「フルオリフィア様、何か言いましたか?」

「……」


 否定して、何を否定しているのかも今のぼくはわかんない。

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