第84話 この世界の歴史、この世界の魔法
僕らが今いるこのニホンというこの国で主に使われている文字は“漢字”“ひらがな”“カタカナ”である。
これは僕が以前いた国と同じだけど、一番の差異は人、地名、物……ある事象を除けば“カタカナ”で書かれているんだ。例えばフジ山とか、大ナルト橋とか、エド川とか。県名だとワカヤマ、サガ、ホッカイドウとかかな。
例外としては海とか月、太陽、地球なんてものはそのまま漢字で書かれる。
僕が読んでいた本も人物名や土地名なんかはカタカナで書かれていたし、アサガさんもサイトウさんも自分の名前や物の名前はカタカナで書いていた。
歴史の面は僕がいた国とこのニホンは大筋は変わらない。
年号で言えばジョウモンと呼ばれた時代から、今のヘイセイと呼ばれるまでこの時代まで。名前も出来事も変わることはほぼないし、僕の浅い記憶に残る記憶と両者は殆ど一致する。
ただし、似ている2世界の歴史の中でも、大きな差異が1つだけある。
それが僕が身を寄せているこの場所、この人工島、アヤカが存在するかどうかだ。
この島が出来たのは今から50年ほど前、戦後黎明期に突如としてトーキョー湾に出没したと言う。
当初は外来人……ヴェリタス魔法学園関係者がこの島を拠点とし活動、敗戦後のニホンの復興に少なからず貢献。後に条件付けで返還され今ではニホンの領地となっている。
アクアラインが開通した後は目覚ましいほどの整備が行われ、今では魔法の使えない外の人も少なくないとかっていうのは後に聞いたサイトウさんの談。
でも、それ以上先、現代までの変化は認識できない。
その先でこんな変化があったとか、こんなことが起こった……なんて書いてあっても近年の歴史について僕はあまり情報を持っていなかった。
自分がいつ頃に生きていたのかもはっきりとしてないしね。
電子機器や時代背景からして、僕とレティは今よりも若干先に生きていたんだろう。
◎
この1週間、僕はアサガさんの授業に参加させてもらったりした。それ以外、リコが外を出歩きたいと言えば、図書館に通って本を読んで時間を潰していた。
アサガさんとの授業中は僕の中にいるとして、リコが活動を開始している合間は隠れ家として、図書館は十分に効果を発揮してくれた。
1週間程度だから図書館にいる時間は10時間くらいのものだったけどね。
図書館は身を隠すのは最適だけど、別にアサガさんの研究室に籠っても良かった。でも、図書館を選んだのは僕がこの世界の魔法を知りたかったためでもあるんだ。
僕が手に取ったのは魔法の教本で、その本の概要としてここの島についてだけではなく、魔法が世に知れ渡った歴史についても記述されていた。
この世界に魔法が認知されてまだ80年前後――……魔法というものが世に出始めたのが第二次世界大戦終結あたりだという。
それ以前はおとぎ話や神話といった創作のものと考えられていたようだ。
しかし、イギリスにてヴェリタス魔法学園が設立――魔法を操る人たちが出現し魔法という新たな概念が急速に広まっていく。
当初は衝突もいくつかあったし、中には現代の魔女狩りなんていう魔法の使えない関係のない人が犠牲になったという怖い話まで残る。
後にアメリカを筆頭に魔法の存在を認める動きを見せ、70年代初頭に世界的に彼らを受け入れた、と書いてあった。
(あっちの世界は大昔からあるのに、この世界ではたった80年程度……?)
あっちの世界の大昔っていうのがいつからかは知らない。
けれど、僕らがいた世界の暦でいえば燭星897年、近年だけだとしても云百年といった長い時間が経っているはずなんだ。それ以上に、あの世界では生命と同じくして魔法が誕生していたと考えるなら、魔法と言う概念自体は云千年と思ってもいいくらいに。
比べてこの世界では魔法が伝わって80年と短い。
まだ魔法を使っている人なんてこの学園の生徒しか見てないけど、彼らの魔法は僕の魔法と遜色無いものだった。
たった80年と短い期間で、これほどの力が人ひとりにつくものなのか……あ、多分そうじゃない。
あっちの世界で魔法が使える“人”は極端に少なかった。そして、使える人たちだけが魔法を独占し秘密にしているんだ。
でも、この世界では素質があれば誰だって学園で受け入れ魔法を使わせている。
また、この世界では科学力も同等に発達しているから情報伝達の速度も大幅に進歩している。
秘密にしていた分、情報交換の無い分、切磋琢磨する速度は目覚ましく、たった80年で並ばれた……と考え、いや、それとも……って、考え過ぎ。
その時の僕には他に調べなくてはいけないことがあったため、余裕が出来たら読めればいいやとその前半部分は先に送ったんだ。
(この世界の魔法について――)
この世界と僕たちがいたあの世界とでおおよそで異なる点は3つ。
まず、発動方法について。
僕たちがいた世界は呪文を唱えて行使するけど、こっちの世界はキーワードとなる言霊を引き金にして魔法を発動させる。
アサガさんが言っていた“アクセス”って言葉に、リコが参加していた生徒が叫んだ“リリース”って言葉もこのキーワードになる。
次はこの世界の魔法について。
この世界で魔法を使える人のことを魔法使いとは別にユーザーとも呼ばれる。
彼らは2通りに別けられ、一般魔法を使用するユーザーと付与魔法を使用するユーザーだ。この学園における生徒もしくは教師は“どちらか”の魔法を扱えることになる。
一般魔法ユーザーって言うのが火、水、風、土、雷、金の6属性のうちどれか1つ、または複数を自分の技量の範囲で自由に使える人のことを指す。代わりに付与魔法は得意とはせず、使用しても効果は薄い。
付与魔法ユーザーっていうのは対象に魔力を注ぎ込むことで魔法を発動させることが出来る人のことを指す。一般魔法は苦手、もしくは使用できないことが多い。
そして、最後に。
パーソナルスタッフと呼ばれる特殊技能が存在する。
これは上に上げた2つの魔法とは別に、自分だけの特別な能力を指す。
選択発動できるアクティブ技能と常時発動するパッシブ技能があり、ギフトとも呼ばれる。
自分の魔法を事細かに操れる能力や、大気中に漂う魔力を体内に取り込み続け魔力を補う能力、傷を受けても瞬時に回復してしまう人、といった例が上がる。
……と大体端折ったけどそんな風に書いてあった。
一般魔法ユーザーは1属性だけだけど、高い精度で魔法が使え、付与魔法も真似事が出来るけど、自分と同じ属性でしか反応しない。
付与魔法ユーザーは一般魔法が使えないけど、魔法文字や魔法道具を比較的高出力で利用できるスペシャリスト。また、付与魔法ならば属性の垣根は無く、文字や道具を使って自由に魔法を使える人みたい。
全体の割合は一般魔法ユーザーが7割に、付与魔法ユーザーが3割といったところ。
後は誰がどの魔法の系統が得意かは髪の色でわかるらしい。
赤は火とか、青は水……とか同系統でも髪の色合いの強弱は違う。
髪の色はこの学園に入学した時に変わるみたいで「頭髪の変色は魔法を利用できる者の証だ。どんな色でも気を落とす必要はない」と本には書かれてあった。
何だろう……この本の著者さんは気を落としたのかと深読みしてしまいそうになる。
アサガさんやワタリさんみたいに髪の色が変わらない人もいる。そういう人は付与魔法のユーザーに多いらしい。
(……え、イギリス校では入学しても髪の色は変わらないって、何それ)
パーソナルスタッフって言うは、自分だけのオリジナル魔法と考えていいのかな。
ただ、程度はあれどどれも似たり寄ったりの能力を授かることが多いみたい。
水魔法に特化したパーソナルスタッフを例にすると、水の温度を人肌程度に保つのが上手とか、水の温度を瞬時に沸騰させることが出来るとか。
アサガさんはパッシブ型のパーソナルスタッフを持っていて、不運と幸運が交互に現れる能力というものだ。
サイトウさんが言うには極めて珍しいものだって言ってたけど……アサガさん本人は「今こそ慣れたものだが、入学当初はどんなに気を使っても起こってしまう最悪の能力」って言ってたっけ。
さてさて、読んでみたはいいものの、結果的に僕はため息をつくしかなかった。
実は、この世界の魔法を少しでも自分のものに出来ればもっと強くなれるかもしれないと期待していたんだ。
でも、この世界の魔法は僕の手助けになるようなものじゃない。
(己惚れていたんだ。魔法を知って、普通の人とは違う力を手に入れて、僕は強くなった気がしていた)
でも、違う。上には上がいる。
実際に魔法を一切使わずにあの金髪のインパさんって天人族の人には手玉に取られ、その後のイルノートは魔法が使えない中でもあったけど、それを抜きにしても僕は赤子当然の扱いだった。
舞い上がっていたのかもしれない。
自分よりも巨大な魔物を倒せる僕。
魔法を使えない大人にだって負けない僕。
危険もあったけど当然とこなしていった僕。
壁が無かった。僕が進んでいた魔法の道は平たんとしたものだった。多少の山はあれど、努力すれば何でもこなせる障害も無く楽々と歩んでいける道だった。
でも、それはラゴンが、イルノートが引いてくれた道だったんだ。
◎
(僕は弱い……)
弱いからこそこの世界の魔法を知って少しでも強くなれればと思ったんだけど……この世界の魔法は素質があるからってラゴンから口頭で教わったみたいに覚えられるものじゃない。
この世界では素質ある人間が学園に入学後、“門”を開いてもらって魔法を使えるようになる。
例え、今から学園に入学して門を開いたところで……使える魔法が増える一方で、1人1属性という問題で使えない魔法も出てくるかもしれない。
それに一般魔法と呼ばれるものは金属性を除けば僕は全部使えるし……。
いや、使えないんじゃなくて、使ったことがない魔法なら……?
(魔法文字……はどうだろう)
今と言う時に思いつく。
それは付与魔法……というか、文字や図形による魔法の発動だった。
アサガさんに前に見せてもらった文字をかき込んだ簡易的な付与魔法も、ここ数日の授業中に少しだけ教わり、自分の力で発動することも出来た。
もしも、身に付けることができれば使い方次第では僕の武器になるかもしれない。
でも、そうなると戦闘中に悠長に文字なんて書いてる暇はないし、書き込んだ文字を発揮させる触媒も必要だ。
(紙に文字を書いて携帯しないといけないかなあ……)
あっちの世界では紙って案外高価だし、売ってるところも限られるんだよね。こっちで大量にもらっていく、とか?
「うーん、文字……文字……ん、図形かあ……」
頭に浮かんだのは丸の中に三角や星の形を入れ込んだ魔法陣だ。
僕らを呼び出したと言う、アサガさんから見せてもらったあの大きな図形もそんな形をしていた。
別に大きさにはこだわらなくてもいいけど、大きい分それだけ書き込みやすいって点があるって。
うーん……書き易い、ね。いや、書く手間を抜くことが出来れば……。
(これならどう?)
ほい、と僕は指に光魔法を灯して空中に文字を書く――何もない空間に指でなぞった光を残していく。
これくらいの遊びは以前光魔法を習得する時やした後にも、ルイと一緒に何度も遊びとしてやった。
これなら……いけるかな?
「こーら! 駄目だよ! 区外で魔法を使ったら! 緊急以外では人前で魔法は使っちゃいけないって言われてるでしょう!」
「――あ、うん。そうだったね。ごめん」
――さて、この2週間の活動を思い出していたけれど、今僕らがいるのはトーキョー湾を走る旅客船の上だ。
僕らは現在アリアケへと向かっている最中である。
飛沫を含んだ吹き込む風は結構肌寒いけど、船内で座っていると言うのも中々暇だったので僕ら3人は外のデッキに出たんだ。
そして、思いついた魔法をついつい使ったことで、横で一緒に海を見ていたレティに怒られてしまったのだ。空中に描いた模様は即座に消えていく。
失敗失敗。僕らは気楽なものだとしても立場上は学園の生徒扱いだ。
規約では学園の生徒、関係者はアヤカ区以外での魔法の使用は禁止されている。
もしもそれが見つかった場合、通報されたりすると聞いた。最悪近くのおまわりさんに補導されちゃうんだ。
「ごめんね……気を付けるよ」
「わかったならよし。リコちゃんも人前で大きくなったり人型にならないようにね?」
「みゅう?」
小さな姿で首を傾げるリコに僕たちは笑いを落とした。
「あら、君も同じ船に乗ってたのね」
「え……――ああ。そっか、カナギさんはフェリーから通ってるって言ってましたね」
と、1人の女性が僕らに声をかけてきた。
彼女はぽっこりと大きく膨れたお腹を大事そうに抱え、ゆっくりとした歩幅で僕らに近づいてくる。
「また会えたわね。検査は無事に終った……あ……」
その時、船が揺れて妊婦さん……カナギさんが足をふらつかせた。
きっと必要は無いにしろ思わず僕は思わず雷の瞬動魔法を使ってしまう。
彼女との距離はややあるが、人が消えたとも思える速度で近寄り、直前で止まって優しくその身を支えた。
ただ、カナギさんはちゃんと踏ん張れたらしく支えた僕に体重はほとんどかからなかった。
「あら、びっくりした。早いのね」
なんて僕の動きに目を見開いて驚くも、その口調はゆっくりとしたもの。
良かった――……と思う反面、魔法を使ったことにしまった! とちょっと焦りを覚えてレティへと恐る恐る顔を向けたけど、彼女は今回に限っては目を瞑ってくれたらしく、むっと口をつぐみながらも小さく頷くだけだ。
「シズクくんありがとうね。おかげさまで助かったわ」
「いえ、いいですよ。もしも転んだりしておなかの赤ちゃんに万が一のことがあったら大変ですし。なるべく中で安静にしてた方が良いと思います」
「うん、そうね。でもずっと船の中って言うのも中々に暇なものよ。おばさん、少しだけ海風に当たりたくなっちゃったの」
「確かに……でも、身体冷やすのも悪いんで程々にしてくださいね」
「ええ、そうするわ……ああ」
カナギさんは僕から視線を後ろに、レティに向けてそっと微笑んだ。
「ごめんなさいね。彼氏さん奪っちゃって」
「そ、そんなんじゃありませんから!」
「う、うん! 違う違うから!」
「みゅうみゅう――!!」
「あらあら、勘違いしてごめんなさいね。でも、とても仲がいいのね」
満面の笑みを浮かべて僕らを見つめるこの人はカナギ・ユウコさん。
さっき言った隣に座ったことで知り合い病院について説明してもらった人だ。
先に検査が終わったカナギさんとは結構前にお別れをしたんだけど……そうか。
フェリーは1日4便だけだしね。今の時間、同じものに乗って当然か。
この人は不妊治療であの病院に訪れたと言うのは世間話の中で知ったこと。
自分のことをおばさんと謙遜して言うがまだ見た目は若く、可愛らしい人だ。不妊治療の必要があるのかとは思うけどね。
今ではこの通り立派なお腹になって、もうすぐ臨月だってことをレティに説明をすると、レティは物凄い喜んでカナギさんを祝福した。
「そうだったんですか。おめでとうございます」
「あらあら、ありがとう。縁があったら逢いに来てね。こんなに可愛いい2人なら生まれた赤ちゃんも大喜びするわ」
「はい!」
「……あのかわいいって僕、男の子ですけど」
「あ、あらあら……ごめんなさいね。男の子にかわいいは禁句よね。もう、駄目ね。最初に会った時もてっきり女の子って間違えちゃったしね……」
困り顔をするカナギさんにもういいんです、と苦笑いを返すにとどめる。
(もう開き直って女の子って言われたら否定するのやめようかな……)
それから、カナギさんはエドガワ区の海沿いに住んでいること。
僕らは魔法学園の生徒(ということにしておいた)だということ。
実はカナギさんも学園卒業者だったということ。
これから僕らは食事に行くこと、なんかを話し、そろそろとカナギさんは船の中へと戻っていた。
ゆっくりとした歩幅の中、自分のお腹の子供を大事そう歩く姿には慈愛に満ちた母親の姿が見える。
カナギさんの後姿に生前の母親の面影が重なり……直ぐに頭を振って捨てた。
思い出しちゃいけない。きっと、思い出したら泣いてしまうから。
視線を海に戻して目を擦った。
「わたしの知り合いにも、妊婦さんがいたんだよね。もうすぐ生まれる予定だったんだ……」
「……ぐすっ……そっか……」
予定だった、という過去形で話をするレティの横顔はとても寂しいもので、それ以上の話は僕も彼女もすることはない。
揺れる僕らを乗せた遊覧船は1時間にも満たないくらいでトーキョーへと運んでいった。
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