第82話 魔法の授業
以前より魔法の実技は凄いとレティから聞かされていたので、実際に見学をしてみたくなった。
だから、リコに頼んでその時間だけ僕の中にいてほしいって頼んでみたものの、リコは頑なに首を縦に振ろうとはしてくれない。
「今日はダメー! やだー! リコが遊ぶのー! 約束したのー! シズクはいつも通り本でも読んでればいいじゃんー!」
「遊びって……そんなこと言わずにさ。お願い! 今回だけ僕の中で大人しくしてて!」
「だから今回リコが約束したの! 今回のじゅぎょーはリコが出ないと駄目!」
詳しい話をリコに聞けば、どうやら今回の授業は彼女がこの学園で一番に贔屓にしているクラスらしく、前回の授業でも勝負事の約束をしたそうだ。
かけっことか高跳びとかだろうか?
「むう……でも今日を逃すともう実技の授業ないんだよね……もうすぐ期末考査が始まるって聞いたし……」
「やだやだ! リコが出るの! あいつらかんぷなきまでになかすのー!」
完膚なきまでに泣かすってどういう状況だ。
でもお願い! 今回は譲って! ……なんて再三強く頼んでも、リコは全然いうことを聞いてくれない。
「しつこい! もうリコ怒った! シズクがメレティミのおっぱい触っていたこと本当に言うよ!」
「ぐぅっ……!?」
それを出されたら僕は唸り声以外何も言えなくなる。
この前の朝、リコは僕が目覚めるよりも先に起きていて、ミヨさんが来ることをずっと忠告していたみたい。で、その時に僕の行動を逐一見続けていたらしい。
このネタで強請られ、僕はリコの命令から女子の制服を着て過ごす羽目になったんだけどさ……。
これはもう仕方ない。見つからないよう少し離れて校舎の中から覗き見ることにするしかないか……と断念しようとしていた時だった。
「なら、その身体をリコに任せればいい!」
任せる?
「どういうこと? そんなことできるの?」
「まかせなさい!」
そうして、僕……リコは纏めた髪を解き、制服姿のまま校庭へと赴き、授業を開始するクラスへと駆けこんでいった。
長い髪と赤いマフラーを風になびかせて颯爽と登場したリコにそのお気に入りの三年生のクラスの生徒が歓声を上げる。
「来たな! リコ!」
「リコちゃんだ!」
引率の教師をそっちのけに生徒たちがリコを取り囲む。
ある一定のラインは超えないが、群がる様子からしてそれだけリコの人気がわかる。
(みんな元気だなあ)
男子生徒なんて12月の気温に負けじとジャージを肩にはおる程度だ。女子生徒は上下完備で若干寒そうに身体を震わせているっていうのにさ。
と、ここで僕の今の視界は不思議なことに2つ存在する。
1つ目はリコ自身が見る映像が直接頭の中に流れている。これはいい。
2つ目はリコを斜め後ろから、背後霊のようにリコを、僕自身を見下ろしている。
この2つの視界は僕の頭の中で重なることは無く、不思議と2つの画面を同時に見ているように理解できている。
「じゃあ、競争だ! 今日は実技試験も含んでるから前みたいに気軽には出来ない。1戦1戦完全燃焼!」
「リコ負けないよ! また泣かしてやる!」
最初にリコに声をかけてきた身長の高いつんつんと逆立った赤毛くんが息巻く。僕よりも頭2つほど背の高い男子だ。
男性教師も騒ぎ出した生徒にもう知らんとばかりに首にぶら下がっていたストップウォッチを持ち、バインダーを片手に生徒の集団から離れていった。
どうやらこれから行うのは100メートル走のようだ。
「じゃあ、各自2本記録取るからな。時間は無いぞー! さっさと2列に並べ!」
教師の掛け声に、生徒たちは和気藹々としたものから急に真剣なものと化し、各自言われた通り2列に並びスタートに並び始める。
つんつん赤毛くんを始め、灰色の髪の男子が煉瓦色の合成ゴムで敷き詰められた走路に両手を付け、両足はスターティングブロックに置き……そして、制止。
そして、合図と同時に生徒2人がスタートラインから飛び出す――と言う感じなのだけど、スタートの合図とともに2人の生徒は同時に、
『
と、叫び魔法を展開させて走り出した。
この学園の体育というか、実技は魔法を使用しての運動だと言うこと。
先ほどの赤毛のつんつんくんは自分の後方にまるでジェットバーナーのように火炎を噴き出して推力を得て走っている。
同時に一緒に走っている灰色の髪の子は特別変わった様子もなく両手両足を前後に動かして……いや、違う。風を使って自分の背中に追い風を放っている様だ。
僅かに身体も軽くしているのかな。足運びは赤毛くんよりも遅いけど、それでも赤毛君の後方にぴったりと引っ付いている。
(これじゃあ、魔法の使えないリコは圧倒的に不利だなぁ)
ここでこの学園におけるリコの立場は「どんな魔法を使うのかは不明だが、身体能力はずば抜けている」とのこと。身体能力の強化型だとか思われてもいるみたい。
身体能力が? 僕の身体は魔法で強化しなければ普通の子供と同じくらいなんだけどな。
……なんて思っていたのはその時まで。
肝心のリコはと言えば。
「いっくよー!」
若干2人から遅れつつ、レーンの外側から一緒にスタートを飛び出している。
これが、リコの授業の参加方法らしい。
授業妨害はしないことを条件に、レーン外で生徒の邪魔をしないように走っているそうだ。
(本人から聞いていた通り、リコは魔法が使えない。でも……早い)
自分の走りなんてそうそう見る機会は無いからわからなかったけど、前へ前へと出す自分の両足は同時に走っている2人よりも遥かに早い。
いや、地を蹴る自分の足音が聞きなれた音ではない。
地面に高速で刻まれている打音を後方に残して前へ。前へ。前へ。纏めていない髪が、首に巻き付いている赤いマフラーが風に流れて後ろになびく。
スタートに遅れたというのに、魔法を使用した隣の2人にじりじりと距離を詰める。
……そして、2人よりも僅かに先にゴールへと辿り着く。
「くっそ――! あと少しだったのに!」
「へへへ、リコの勝ちー!」
息を荒げて悔しがる赤毛くんと、息一つ乱すことなく喜ぶリコだ。
教師が「2人とも自己ベストだ」と言っても、赤毛くんは喜ぶこともしない。
ちなみに記録は9秒73。10秒越えてるけど……。
でも、ここは魔法を扱う学校だと言うこと。10秒前後は当然とかなんとか。
今までの卒業生の中では8秒台で走った人もいるそうだ。
「しかし、残念だな。君が学園生徒じゃなければ世界記録に名を遺せたと言うのに」
「せかいきろく?」
「ああ、現在の男子100メートル世界記録は9秒84。もしも君が本当に魔法を使っていないと言うならば60の壁を越えている。これがどれだけすごいことか……わかってはいないみたいだな」
「うん、リコわかんない」
リコの記録は残されてはいないが、赤毛くんの記録よりも早いってことで世界新記録ってことだそうだ。
(うーん……それはすごい)
実のところ、雷の瞬動魔法を使った場合の僕の方が早い。あっちにはストップウォッチなんてものは無いから計ったことは無いけど、リコの視線から移動する景色は僕が魔法を使ったときよりもゆるやかに流れていたのを感じていた。
リコに勝ったと思っているわけじゃない。
逆にこのことに少なからず僕はショックを受けていた。
シズクの体になってから全速力で走ったことがない訳じゃない。
それこそ旅の合間にルイと競争まがいのことも何度もした。でも、今リコを伝って感じたこの速度は、身に覚えはないし、出来るとは思えない。
この速度は、リコが
その時の速さを
このことを理解していないのはきっとリコだけで、教師に言われたこともけらけらと笑って返すだけだ。
その後もリコは次々と他の生徒たちの隣を走り続けた。走ってはゴールラインのない横を先頭で駆け抜ける。
誰もがリコの後ろを追い、そして後にたどり着く。
最終的にリコは3キロ以上全力で走り切ってしまったというのに、彼女は多少息を弾ませるだけだ。
結局、リコに勝てる生徒は誰1人としていなかったけど、皆成績は上々のようだ。リコが引っ張ったおかげで普段よりもいいタイムが出たみたい。
「悔しい! 結局最後まで勝てなかったぁぁぁっ!」
「しっしっしっ! 今回もリコが泣かせて終わったね!」
赤毛くんはもう一回と教師に頼み込んだけど、後がつっかえているので駄目だと言われていた。
悔し涙を浮かべる赤毛くんを見て、リコはにんまりと笑っていた。
◎
その後も実技試験という記録会は続く。
宙に浮かんだ輪っかに魔法を使って空を飛び触れる……高跳びの実技も人によって跳び方が違う。
1番は風魔法が使える生徒で、定められた線からどれだけ早く触れられるかという時間を計測した。
土魔法が使える生徒は見てて面白く、輪っかの下まで走っては地中を盛り上げて土台を作り触れる。
火魔法を使う人の大半は赤毛くんがやったみたいに放つ火を推力にして跳躍し触れていた。
得手不得手もあるわけで、人によってはその実技では適さないことだってある。
そういう生徒は競技をパスすることも許されているみたい。次々行われていく課目のうち最低2つで成績が付くそうだ。
また、時には魔法を失敗して、あらぬところへと魔法を飛ばしてしまう人もいる。
だけど、ご安心を。僕らが今いるこの校庭の上空には無数の球体が飛んでいて、その球体たちが見えない障壁を展開していて、魔法を外に漏らさないようにしているという。
だからみんな外れるのを前提に……っていうのも教師に怒られるけど、安心して魔法を放っている。
(レティが言ってた通り確かにすごい……)
僕がシズクになってから魔法が使える人なんて。あの里に来るまでにもゼフィリノスをはじめとして数名ほどしか見ていない。
こんなに大勢の、しかも僕より年上とは言え。大勢の子供が各自で魔法を使用しているところを見るのは初めてのこと。
まるでお祭り騒ぎだった。
「むぅ、リコの楽しみ終わっちゃった……」
ただ、僕は色々な魔法を見ることが出来てすごい楽しいんだけど、どうやらリコは違うみたい。
魔法を放出する類の魔法実技の時は邪魔にならないよう校舎を背にしてリコは黙って座っているしかなく、ここからはずーっとむくれているんだ。
「リコも魔法使いたいのに……」
「あ、じゃあ、使えばいいじゃない! リコちゃんが魔法使っているところ見たことないんだけど、どんなの使えるの?」
なんて1人の女子生徒が不貞腐れていたリコのもとに現れて聞いてくる。リコはぽかんと口を開けた。
「最後までリコちゃんが魔法を使うところは見なかったね。やっぱり、身体強化系? それとも付与?」
「……秘密」
「そう言わずにさー。教えてくれてよー!」
「…………秘密」
と、リコが顔を背け、それを見た女子生徒が「ははーん」なんて声を上げて怪しがる。
「……もしかして、魔法使えないの? まさか、そんな……ねえ?」
「そ、そんなことないよ! ばんばん使えるよ!」
シズクだけど……とは、最後に小さく呟いて。それが女子に聞こえることは無く、中にいた僕だけに届く。リコ……。
ぐぅ、とリコが呻き声を上げるのがわかった。
「……シーズーク―」
「雫? 水なの? 水魔法が使えるの?」
ついに僕に助け舟を寄こしたらしい。
出来れば念じて会話して欲しいんだけどね。
『恨めしそうに言っても今はリコが僕の身体の支配権持ってるしねー』
「お願い。リコを助けてよ。シズクぅ……」
『どうしよっかなぁ。あ、じゃあ、女子の制服を着る約束を無かったことにしてくれたら助けてあげるよ?』
「そ、それは駄目! それだけはリコ絶対イヤ!」
「リコちゃん……?」
女子生徒がリコと僕の会話をすごい怪しげに見ている。
う、これはちょっと……。
後で妄言癖があるなんて思われ他の人に思われるのも嫌だし、仕方なしに僕が入れ替わることになった。
でも、入れ替わるってどうしたら……なんて悩む必要はない。
この身体の元々の持ち主は僕で、ちょっと身体を無理やり動かせばほら……。
「さぁ……てと、こんな感じかな」
リコと入れ替わり、身体の感触を確認するように腕を回す。
女子生徒がびくりと驚くけどそこはごめんね。と一声かけて置いた。
落ち着かないので髪の毛を腕にはめていたゴムで縛り上げる。
「じゃあ、ちょっとだけね」
「う……うん。あれ、なんか雰囲気変わった?」
じゃあ、何をしようかな……と、僕は昔ルイと一緒にやった魔法の練習を思い出す。
水から始まり火を生み出し、風を操る術を教わって、今度は雷を再現し、同時に治癒と光を発する方法を知って……でも、それから先は環境とラゴンの死期もあって、金魔法も土魔法も木魔法は覚えることは出来なかった。
今ではイルノートに教わって土魔法はある程度使えるようになったけど。
……そうだ。あの時と同じく出来るものを全部出して見せればいい。
片手を僅かに開き、その上に最初ラゴンから教わった水の玉を作り出す。
「ああ、なーんだ。リコちゃんやっぱり出来るんだ……え?」
続いて、あの時と同じく水球の隣に火球を生み出しては同時に並べる。
「わぁ、リコちゃんってデュアルユーザー……んっ!?」
今度は旅の途中でイルノートに習った土魔法を再現。地面の土を多少えぐって宙に浮かべ、そして球体に変える。
「3つ!?」
今度は雷。何もないところに微弱な電気を生み出してはその場で逃げないように電気の流れ道を作り球体に留める。
「ほわ……ほわわわわわっ!」
最後、風を1か所に纏めてその場限りの風球を作り上げる。
ただ、実際に見た目的には何もないと思われちゃうので、そこは同じく宙に浮かせた土の球体を削って風の中を漂わせた。
最後にその5つの球体を手の平の上で回したりもする。各球の大きさ合ってるし、円の動きも乱れはない。
前は同じものを5つ作るだけで不安定だったけど、今じゃすっかり遊び感覚で作れるや。
これが成長したってことなんだなあ。なんて感心するのはあとあと!
「どう? こんな感じだけど」
『シズクいいなー! リコも使いたいのにー!』
頭の中でリコが恨めしそうな声を上げる。
「うわわわわ……!」
と、女子生徒が妙に驚いている。
なんだろう。目を見開き、信じられないものを見てるかのように青ざめているような……?
「――っ!?」
と、そこに突如として強風が吹き荒れ、おまけに僕の顔に水の塊がぶつかってきた。
「シズク! だめ!」
「冷たいっ! あ! ああ……」
僕の手の平に固定した魔法は、煙に消えるかのように四散し消えていった。
一体何が……と、びしょびしょになった僕のもとに空から声と同時に女の子が降ってきて……レティ?
彼女の来訪に、周りの生徒たちの視線が一斉に集まった。同時に歓声が沸いたけど……どうしてレティがここにってどうやら、僕のことを校舎から見ていたそうだ……。
レティは僕の耳元に顔を近づけ耳打ちをする。
(この世界では魔法は1人1属性しか使えないの!)
(ええ、そうなの!?)
初耳だ。魔法ってそんな1人ひとつだけなの!?
才能がある人は2つ使えたりもするらしく、そういう複数の魔法を操れる人はデュアルユーザーと呼ばれているんだって。
でも、5つなんて数は滅多に……いいや、誰1人として見た人はいないんだそうだ。
(だから、5つも魔法を使うなんて今以上に注目されるよ! そしたら、毎朝の追っかけよりも酷いことになるかも!)
(それはやだな……)
(わたしが止めなかったらどうなってたことやら……もう……リコちゃんは魔法が使えないっていうから気を抜いてたけど、シズクが参加するなんて思っても無かったぁ……)
(ええ、でも、じゃあ、この人は……!)
(そ、それは……も――! 君が何とかしなさい!)
「そんな!」
とん、と背中を押され慌てている女子の前に立たされる。
「あ、あの……リコちゃんさっきのは……それにフルオリフィアさんも今、水と風の魔法使ったよね……?」
あー、レティもばれてんじゃん!
きっと睨み付けると、レティは一度「あ」と口にして直ぐに他所へと視線を泳がせる。おのれ……!
どうしよう。どうしよう。何かいい言い訳は……。
「えっと、その……ごめん。実はこれ、ちょっとした種があるんだ。ほら、札に文字を書くと……っていうやつ。僕、それが得意なんだ」
「え、ああ……はい。魔法文字で書いたなら……で、でもそんなの使った素振りは――」
話途中の女子の口を手で覆い、顔を近づけてにっこりと笑いかける。
あまりしたくは無いし、恐喝紛いだな……なんて思ってしまうけど。
「僕が複数の魔法を使ったってこと……出来れば僕と君との秘密ってことにしたいんだけど、いいかな?」
「は、はい……絶対、絶対隠します!」
ふう、よかった。
あまり大騒ぎになっても困るしね。それにしても、あんなにフレンドリーだったのにそれからやけに礼儀正しくなっちゃったけど……もしかして、対応失敗しちゃったかな?
その後、僕はレティに連れられて授業から退散することになった。
はっとしたリコがまだじゅぎょー残ってる! なんて頭の中で喚いていた。
……ごめんね。
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