第76話 校内案内の最中に
職員用の更衣室を案内され、サイトウさんから白いジャージを貸してもらった。
感謝の言葉と共に仕事へと向かう2人を見送った後、早速と僕は着替えを開始する。
(うーん、なんで女性物のシャツって男性とはボタンの位置が逆なんだろう)
グラフェイン家でお世話になって以来、着る機会も無くなった……いや、着る機会なんてもう来ないでほしいと願っていたシャツのボタンに久方ぶりに手こずる。
そうそう、最初はボタンを付け間違えたりしたっけ。
「あっ! ……よかった」
「何? どうかした?」
「う、ううん! なんでもないよ!」
いやはや……シャツの下が素肌で良かった。何も身に付けていなくて本当によかった。ただ、スパッツの中を確認するのは嫌だったので、下ジャージに足を通してからスカートを脱いだ。
『リコが選んだ服なのに……』
『女装はもう勘弁だって……』
僕の“中”からリコがぶつくさと文句を口にする――不思議な感覚だ。頭の中で反響した声が聞こえる。
あの後、場所を移動するにあたって「じゃあ、リコ戻る」とリコが口にした途端、その身は砂が崩れるかのように火の粉を散らしながら消えた。
どこに消えたのかと四方を見渡していたら僕の身体の中に『戻った』と頭の中で声がして、それからリコは僕の身体の中にいる。
『屋敷にいた時の服は似合ってるってリコは思ってる』
『……僕からは何も言わないよ』
口から出す声ではなく、頭の中でリコとの音のない会話を交わす。
僕の中にいるリコと会話する場合、自分の口から直接音を発するか、頭の中で念じる必要がある。
前者はただ発言すればリコに届くと言う簡単なもの。
後者はリコに届くように念じて話しかける、とちょっと自分でも説明がしにくいものだった。
この発見は偶然のもので、更衣室に移動中の簡単な試行錯誤として強く思ったのが届いた、というのが発端だ。
ただ、これを早いうちに気が付いておいてよかったと思う。
もしもこれを知らなかったら、リコに話しかけられた時、僕は独りでぶつぶつと呟いている人になってしまっていただろう。
ルイとレティが連絡を行っていた
「レティ、髪留め無い? もしくは紐とか髪を縛るもの」
上着のチャックを上まで閉めて、最後に一緒に服の中に仕舞われた髪を払って追い出して、ずっと背を向けてくれていたレティに尋ねた。
「ゴムでいい? ピンクと黄色があるけど」
「黄色でお願い」
もうこっち向いていいよ、と顔を合わせたレティから直接受け取り、いつも通りに後ろで一纏めにする。
「あ」
前髪が目にかかるほど長くなっている。ちょんちょんと手で触った。
「伸びてきたなあ」
「気になるなら髪切ればいいのに。長いから女の子だって間違われるんだし」
「前にも言わなかったっけ。これはルイとの約束なの。ルイが絶対に髪は切るなって言うからね」
「言ったっけ?」
「あれ、言わなかったっけ?」
「……あ、うーん、言われた覚えはないけど、ルイが切るなって駄々こねてたところは見た、かな」
「見た?」
「ほら、わたしはルイの記憶を見たから……」
そういえば、とレティとルイが初めて顔を合わせた日のことを思いだした。
レティとルイは互いの記憶を共有したんだ。
その時は不思議なこともあるんだなーくらいにしか思わなかったし、未だにどういう理由はわからないけど……。
(……切っても、いいんだけどね)
もう、ルイとの約束を守る必要も僕には無かったんだから。
本当なら、次の日には僕はルイに黙って里を出ていくつもりだったんだから。
……でも、どうだろう。
「シズク?」
「あ、ううん。なんでもない。ともあれ、切るつもりはないよ」
でも、どうだろう。
僕は、ルイを置いて里を出た後でも髪を切れたのだろうか。
……いいや、切れなかったかもしれない。
現に今も理由を付けて切ろうとはしない。
女々しくも、僕はその後も髪を残したままにしてたのかもしれない。
「――……会えないかもしれないのに?」
……レティがわずかに聞こえるくらいの声でぼそりと呟いた。
「……え?」
「ううん、なんでもない」
笑って話は濁されてしまったけど、陰の落ちた横顔が目に焼き付いてしまった。
会えないかもしれない?
聞き違いに、見間違えかもしれないけど、レティの憂いた表情を見てしまったら……今は聞き返すべきじゃないのかもしれない。
「ほら、着替え終わったでしょ! あまり長居していい場所でもないからさっさと出る出る」
「う、うん。そうだね」
無理して明るく振る舞うレティに背を押されて僕は更衣室を後にした。
◎
目が覚めたばかりの僕のためにレティは校内見学をしてくれることになった。
学校自体の作りは前の僕がいた世界の学校とほとんど変り映えはしない。
説明を受けた教室はホワイトボードを使った少人数制の教室だったけど、大半の教室は僕の記憶に残る黒板に個人個人に用意された見覚えのある机に椅子のセットだ。
たまによくわからない機具が置いてある教室なんかもあったけどね。
この学校の校舎は全部で4つあった。
僕等が先程いた職員室や更衣室を含んだ校舎がこの学園の顔として正面に存在する職員用。残り2つが生徒用の校舎、最後の1つが実習棟となっている。
他にも図書館や大きな校庭と僕らが現れた体育館が敷地内に存在する。
この学園と同規模のものが他に3つあると聞いたけど、レティはここ以外は行ったことないって言っていた。
途中、授業中の教室を覗き見たりもした。
歴史とか現国とか英語、数学、化学科学……普通の学校と同じことも学ぶと言う。
今はタイミングが合わず魔法の授業はなかったけど、実習では面白いものが見えるよ、とレティは教えてくれた。
『リコも魔法練習してる人たちに仲間に入れてもらった。でも、全く使えない……』
『え、リコが授業に参加してたの? ……駄目だった?』
『うん……シズクの身体なら使えると思ったけど無理だった……』
魔法が使えない? いいや、そんなことはない。
目を覚まして直ぐに僕は魔法を使って空を飛んだ。試しに小さな火の玉を手の平にすんなりと出してみた。
『出るね』
『えーいいなあ』
羨ましそうに唸り声をリコが上げる。
レティに聞いてもリコが魔法を使えなかったのは本当みたいだ。
レティなりに魔法を教えてあげてもリコには使えなかったと言う。
(何かコツみたいなものでもあったかな……)
頭の中で出したいものをイメージして……って確かそんなんだったけど。今ではその辺の過程は随分と短縮してしまっている。
リコの魔法の話は一先ずおいて、その後もゆっくりと校舎を見回っていると鐘の音が鳴り響いた。
授業の終わりのお知らせだ。
次第に騒がしくなっていく喧騒を耳にしながら、今日の授業はこれで終わりだとレティは教えてくれる。
「ああ、フルオリフィアさん!」
「野花ちゃんも一緒なんて珍しい」
「ポニテのリコちゃんだ! 可愛い!」
「おい! 押すなよ! 範囲に入るぞ!」
そして、教室からちらほらと生徒が姿を見せ始めた頃、僕らを発見するなり大勢の人がなだれ込むように詰め寄ってきた。
殆どが男子生徒で、中には一部女子生徒も混じる。話に聞いた通り2人はかなりの人気者らしい。
彼らは僕らから多少の距離を取って声をかけて来る。
(ん……僕らってよりも、僕から……?)
僕の前にまるで見えない壁があるかのように生徒と距離が空いている。
『以前リコとメレティミに馴れ馴れしく触ってこようとした奴がいた。だから、近づいてきたやつは片っ端から蹴り上げてやった』
『なるほどね……』
差し詰め、リコはレティを守る王子様ってところだったのかもね。
「すみません。わたしたちアサガ教諭に呼ばれてまして……」
小さくお辞儀しながらレティがそう立ち去る旨を伝えると、周りの生徒たちからどっと歓声が沸き、海が割れるかのように道が出来る。
びっくりする僕と対照的にレティは凛としてその集団の割れた道を歩いていく。
場馴れしているなあ。
後で聞いたら、こういうことは里にいた時から慣れっこだと言っていた。
四天の娘ってことで人前に立つことも多かったとか。
眠くても体調が優れなくても顔には出すなと躾けられたらしい。すごい。
「すごくないわ。結局のところ自分から距離を取ってるだけよ……。ここにはもう四天の娘っていう身分もないのに、私は未だにその役を演じ続けているだけ」
本当なら、もっと交流を取りたい。
でも……と、レティは口淀み、辛そうな顔をして僕を見る。
「話したくないことがあるなら無理して話さなくていいよ」
「ううん……違うの。違う……わたし……ちょっと、怖いの」
「…………コワイ?」
なんで……? どうして……?
レティの口から聞いて、直接自身の口からも発した瞬間、僕の身体は震えを起こす。
この身になってから初めて聞いた自分がいたであろう国のその言葉。
その言葉に、僕は言いようのない不安を覚える。
まるで今まで存在していなかったのに、どこからか焚き上がり僕の身体に纏わり付く煙のように。
日常で当然耳にする当たり前の言葉なのに。
発音は違くとも同じ意味を持つ言葉をあの世界で何度だって聞いた言葉なのに。
最後にイルノートにまで言われたその3文字の言葉だったと言うのに……。
こわい。怖い。恐い。
――恐怖。
「――この場所でわたしをブランザ・フルオリフィアの娘であることを知る人はいない。わたしのことをメレティミ・フルオリフィアと知る人もいなかった。四天の娘とか天人族とか関係なく、1から始められたはずだった。だけど、わたしは…………シズク? どうしたの!?」
「……え」
「顔が青いよ……? 大丈夫?」
自分の頬に手を当てる。顔が青い?
顔を向けて窓に映る自分を見た。透けながらも映る僕の顔の色の違いはわからない。
「大丈夫……なんでもない」
目を閉じて頭を抑えてかぶりを振る。
別に体調が悪い訳じゃない。だけど、その言葉が胸に小さな骨が突き刺さったかのようなしこりを残す――目を開けると顔を傾けてレティが僕の顔を覗き込んでいた。
心配そうに見つめてくるレティの瞳とぼんやりとしていた僕の瞳が重なる。
澄んだ青い瞳の中に場違いな僕の顔が映る。
その顔は暗い暗雲としたものを塗りたくったような……てっ!?
(うわ、近っ!)
彼女が瞬きをした一瞬のこと。僕の顔がレティの瞳から消えたところではっと正気を取り戻す。
「あ、今度は顔が真っ赤に……疲れが出たのかな?」
「なんでもない、なんでもないから!」
動揺しながらも一歩後ろに下がって距離を取る。
レティはとても可愛い。
彼女に似た少女がいつも隣にいたおかげか、あまり気にしないで話せていたけど、もしもこれが初対面なら僕は緊張してしゃべれなくなるほどだと思う。
そんな美少女と触れてしまいそうになるほど顔を近づけられて、飛び退かないはずはない。
顔が真っ赤なんて言われなくても、熱くなった頬は自分が一番わかってる。
ごほんとわざとらしく咳払いをし、本当に大丈夫だからと話の続きを促した。
「う……その……わたしは結局さ、前の自分でもなく四天の娘であることを無意識に選んじゃってるの。わたしね。あっちじゃ誰にも言ったことなかったけど、こっちにきて名前は家族以外に呼ばれたくないって周りの人に言ってるんだ」
「え、じゃあ、僕もフルオリフィアって呼んだ方が……」
「君は別。前も言ったでしょ! ……まあ、でもほら。最後にわたしは四天の娘として不要とされたわけじゃない。じゃあ、四天の娘じゃないわたしが今しているのは何? 今演じてしまっているわたしは酷く滑稽で……でも、このメレティミ・フルオリフィアって役を放してしまったら……わたしは一体誰なんだろうって。そう思ったら、自分を見失いそうでちょっと、ううん。結構怖いんだ」
照れ隠しに最後はてへへと声に出して笑って見せてくれる。
だけど、強がっているのは直ぐにわかった。
悲しいのに無理して笑っているレティの顔は見ていられない。
……気休めにしかならないと思う。
でも、これだけは言ってあげたかった。
「僕が知ってるよ」
「うん、なにを?」
「この世界で僕だけが知ってるよ。メレティミ・フルオリフィアって四天の娘じゃなくて、レティっていうただの普通……とは言わないか。僕と同じく前の世界の記憶を持った普通じゃない女の子を――……ええっと、何が言いたいかってレティが自分自身を見失っても僕が見つけてあげるから! だから、うん! 安心してよ!」
「……はは、何言ってんのさ! 君はまったく! 誰が普通じゃないって!」
こつんと僕の肩を小さく叩いてきた。
レティの表情にはもう先ほどまでの曇りは無い。
こんなこと言うのは恥かしかったけど、これでいいと思う。
照れたようにはにかむレティを見ていたら胸に生まれた不安はとっくに消えていたんだから。
◎
その後も僕らの校舎案内は続き、今は実習棟の廊下を歩いている。
レティは日中はアサガさんの手伝いをし、放課後は大抵ここでサイトウさんの手伝いをしていると言う。
「仕事の手伝いって?」
「アサガさんは授業についてのお手伝い。ただこれは殆ど形だけかな。機材とか揃えたりする程度。たまに授業に参加することもあるよ。だから、仕事っていうか、殆どお手伝い。で、趣味というか……大半はサイトウさんのところにいるよ」
「…………ふ、ふーん?」
ふと、胸の内で小さくざわつきが起こったのを感じた。
でも変に思われたくないから何気なく相槌を打つ。
「前にわたし金魔法の練習として彫金に触れてたって言ったでしょ。あれを生かしてサイトウさんのところで、魔法で動く道具作りの手伝いをしているの」
「魔法で動く道具? 魔道具のこと?」
「うん、そんな感じ。そうね――」
サイトウさんは付与魔法……“物”に魔法効果を付与するのが得意なんだと聞いた。
そこではレティが金属を加工して、サイトウさんが付与魔法をかけていくという形を取っている。
「今作っているのが魔力で走るバイクなんだ。実際にはもうこの世界には存在しているんだけど、わたしがいるからそんな既存のものよりもすっごいものが作れそうだって!」
「…………そう、なんだ」
他にもあれやこれやを作ったって、レティは本当に嬉しそうに教えてくれる。
けれど、僕にはそれが無性に気に入らなかった。
「……ねえ、さっきからどうしたの?」
「どうしたって何が? なんでもないよ?」
「嘘。サイトウさんの話をするたびに不満そうな顔をしてる」
「……そうだね」
不満そうな顔、か。
ああ、そうさ。自分でもどう言う顔をしているのか容易に想像できる。
現に僕は不満を抱えているし、その理由もとっくに気が付いている。
だって……。
――ルイ《レティ》が、
理由なんてこんなもの……ただの嫉妬だ。
しかも、ルイじゃない。今目の前で楽しそうに話しているのはレティだっていうの重々承知しているのに。
「ごめん、レティ……実は――」
本当なら誤魔化せばよかったのかもしれない。
けれど、それは僕自身が許せなくて、レティには素直に話すことにした。
レティの顔が案の定むっとする。
「そういうこと……ふーん、いいわ。シズクはルイのこと大好きだもんね」
……大好きって。
好きか嫌いかって言えば好きだ。嫌えるはずがない。
でも、そういうことじゃないんだろう。
怒らせたのは僕だ。怒気を含んだ口調のレティに僕は言い返すことは無い。
「……1つだけ言わせて」
「うん」
「わたしはわたし。ルイはルイ。君がわたしにルイを重ねちゃうのは仕方ないのかもしれない。でも、わたしはルイの代わりじゃない……ルイの代わりにはなれない」
「……うん。わかってる」
ルイとレティは別人。当然だ。わかっている。
わかっているからこそ、悪いと思ったからこそ、素直に話して怒られることを選んだんだ。
本当にごめん、と頭を下げ、謝罪して。
「……」
レティの顔を見るのが辛くて僕は視線を逸らした。
目を向けた先、窓の外ではグラウンドで運動をする生徒の姿が見えた。
ジャージ姿の生徒たちがボールを投げ合っている。
キャッチボールだろうか。耳をすませばボールがグローブに収まる小気味いい音が届く。
そんな長々と眺めるつもりはなかったのに、生徒たちのキャッチボールに見蕩れてしまった僕に呆れてかレティがはあと小さく溜め息をついた。
レティの溜め息に意識が飛んでいたことを知る。本当に失礼な奴だ、僕は。
「……まあ、いいわ。――見てて面白いよ。魔法を使って野球をしてるの。宙に浮いたり、火の玉投げたり。部員の人数が少なくて、確か今は12名くらいだったかな」
レティは僕の無礼を水に流してくれるみたいで、口調を明るくして説明してくれた。
その後、隣に並んで2人してキャッチボールの様子を眺めた。
ジャージ姿でグローブをはめた部員の人たちがただボールを投げ合っているだけ。それだけなのにとても楽しそうに見える。
懐かしいな……。
「僕も毎日汗水流してあの白球を追いかけてた。学校はそんなに強いとこじゃなかったけど目指せ甲子園ってね」
「へえ、シズクって野球部だったんだ。懐かしいな。わたしもね。前に野球やってたんだ」
「……レティが?」
「うん。中学で軟式をね。女子野球部なかったから男子の練習に1人混ぜてもらって……あ、信じてないだろうー? いいけどね。最後の方は惰性で続けてたのもあったわけで、3年の初め頃でやめちゃったけどさ」
「ううん、信じるよ。身近な人で野球やってた女の子を知ってる。その子もレティと同じく男子部員に混ざって練習してたよ」
「へえ、珍しいね! そっかー同じ人もいるもんだね」
「その子もレティと同じく中学でやめちゃったよ。それからは僕の練習に付き合ってくれるくらいで、自分からは殆ど野球部には近寄らなくなっちゃったんだ」
その後、あの子が野球に関わるのは、僕がいる時だけになった。
バッティングセンターに行ったときや、キャッチボールをする時くらい。それ以外では自分から近寄るは一度として無かった。
でも、僕も彼女もそれだけで楽しかったんだ。
(……2人でキャッチボールなんて懐かしいな)
あの子のことを思い出して、ちょっと頬が緩んだ。
笑ってる、とレティが僕を見てニヤけだす。
「んー? もしかして、彼女?」
「彼女…………うん。彼女。僕の恋人」
うん、恋人。
……恋人、だった。
「……とても大切に思ってた。大事に思ってた恋人だったよ」
「それは、ルイより?」
「…………なんで、そこでルイが出るの?」
「……ごめん。軽率だった。聞かなかったことにして」
ばつが悪そうにレティは表情を曇らせる。
あ、別にレティを悲しませるつもりじゃなかったんだけど……。
(もう、さっきからこんなのばかり! 怒らせたり悲しませたり、その原因が僕なのも変わらないで!)
本当、自己嫌悪。
――でも……と、改めてこの場で、あの子について想う。
僕はあの子のことをどう思っていたんだろう。
本当に、好きだったのかな。
いつも隣にいて、いつも同じことをして、いつもきょうだいのように隣にいるのが当たり前で。
それが男女を意識した始めたのは……。
――ルイと比べて、どっちが好き?
(……当然だよ。僕はルイのことは好き。大好きだよ……)
未だルイへの気持ちは身内としての好意か、異性としての好意かは自分でもわからない。
ただ、この感情はルイとあの子、2人と比べるものじゃない、と思う。
ルイとあの子への好意は似てるようで全く違う。
だけど、全く違う形でありながら同じものがある。
それがどれだけその人のことを想ったか……。
「あ……」
そうだ。
(僕は未だに……)
……そうか。
「今でも僕はあの子が好きなんだ。……うん、ルイよりも好きだったんだ」
僕は今でも彼女のことが、あの子のことが好きなんだ。
最後まで一緒にいてくれたあの子を。
僕を心配して駆け回ってくれたあの子を。
最後だって言うのに蔑ろにしてしまったあの子を。
最後まで僕を守ろうとしてくれたあの子を。
この恋は未だに現在進行形で、良くも悪くも僕の中に芽生え続けている。それは、ルイに持つ感情よりも遥かに根強い。
そして、この思いがあったからこそ、僕はルイを守ろうと思った。今度こそ彼女を守りたかった、と。
あの子をルイに投影していたり、後悔や懺悔がない訳じゃない。
でも、本心から、守ろうと思ったことは確か。
――今の僕がいるのはあの子への思いのおかげなんだ……。
「レティ、ありがとう。そういうことすっかり忘れてた。……もう彼女には逢うことは出来ないけど……大切なこと思いだした。本当に、ありがとう」
頭を下げてレティに感謝を口にした。
「な、ばっ! 感謝されることなんてしてないわよ!」
レティったら慌て始めちゃって、失礼だけどくすくすと声を出して笑う。も――! って顔を赤らめて怒る彼女には悪いけどね。
「……はあ、その彼女さんがちょっと羨ましい、かな。私にもいたんだけどね――」
その後でレティにも彼氏がいたことを教えてもらった。
胸の内をさらけ出せたおかげか、レティが他の男の話をしても僕はまったくと気にかけることは無く、逆に笑うことすらできた。
サイトウさんには後で謝っておこう。多分変な顔をされるとは思うけど、それでもやっておかないとって思う。
「わたしも彼の名前は出てこないんだけどね。好きだったよ。ううん、今でも……だ――! もう! 本当、何でもないことは忘れられるのに、あいつのことは今でも忘れられないって……これ未練かな?」
「ううん、僕だって同じだよ」
へえ……どうやらレティの彼氏は引っ張ってやらないとなかなか動かないやつだったみたい。
尻に敷いてたの? って聞いたらちょっと怒られた。
◎
……幼馴染の話をしたせいだろうか。
ふと、レティとのやり取りの最中、彼女に幼馴染のあの子が重なる。
怒られたばかりだって言うのにね。
でも、とても心地よいレティとのやり取りから生まれた空気に甘えて、今度はそっと彼女の面影を胸に秘めて隠した。
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