第75話 魔法学園トーキョーアヤカ第三分校

 ここはトーキョー湾に浮かぶ人工島であり、トーキョー都の“24区目”に指定された『アヤカ区』と呼ばれる魔法を研究する学園特区である。

 一般的なアクセス方法はアリアケ客船ターミナルから出る1日4度あるフェリー往復便に乗るか、トーキョー湾アクアラインにある海ホタルPAパーキングエリアから車両で向かう、この2通りがある。


 そして、この特区の顔であり、現在僕らがいるこの学校の正式名称はヴェリタス魔法学園トーキョーアヤカ第三分校と呼ばれ、他にも第三分校を含めて4つの分校が存在する。

 第一、第二、第三と銘打った高等科と、残り1校が上級専攻科……短期大学と同じものだそうだ。ちなみに本部はイギリスにある。

 人口は5000人弱と他23区と比べると比較的少ないが、うち半数はこの学園に所属する学生もしくは学園関係者である――。


 ……24区?

 確か、東京は23区だったと思ったけど……。


 頭に浮かんだ疑問は一つ笑って消した。

 どうやらここは僕がいた世界とは別の世界の様だ。

 パラレルワールド。僕がいた場所とそっくりだけど違う場所。特に顕著なのは魔法が存在するってことだ。


 24区だとか魔法だとか、もうそんなことに疑問を持つこと自体に笑ってしまう。

 魔法というファンタジーにどっぷりと浸かった僕が今度はSFに携わっている。


 ――もしもや可能性の数だけ世界が存在するか。


 アサガさんが何気なく呟く。


(……もしも……可能性……ね)


 もしも、僕の元いた世界にも魔法が存在してたら24区もあったのだろうか。

 今いるこのトーキョー……東京なんて名前も別のものになったのかもしれない。

 いや、それ以上にこのニホンと呼ぶ国自体があるかどうか……いいや、“もしも”や“かも”を口にしたらキリがない。

 でも、それはパラレルワールドよろしく“もしも”の話。


 今はただ、目の前で起こっている事実に身を任せることにする。





 その後、僕らがこの世界に来た時から今に至るまでの経緯を4人が教えてくれた。


 大きな土塊が僕らを押し潰そうとしたところまでは僕も覚えている。

 レティの場合は押し潰されそうになったところで意識を失い、この学園の体育館で目を覚ましたそうだ。

 泣き叫んだり、取り乱してしまった面もあったが(とはサイトウさん談。レティは凄い否定したけど……)言葉が通じることを知り、レティが落ち着きを取り戻した後にアサガさんとサイトウさんに保護された。


 ただ、その後は厄介だったそうだ。

 突然異世界から来たと言うレティの話は、当事者であるアサガさんとサイトウさんの2人を除いて誰も信じやしない。

 ともなれば身元もわからない僕らは怪しい人物に違いない。一時はスパイか何かと疑われたそうだ。


 立場的に2人は僕らのことを上へと報告しなければならず、処遇をどうするかとこの学校のお偉いさんや先生方とも話し合いが交わされたほどだという。

 どこかに――本部に身柄を預けようかって話も出てたけど、そこをアサガさんが僕らを預かるという形で話はついた。


「ただ、自分は……自分の研究成果を何も得ないままで終わってしまうのが嫌だっただけだ」

「ターツーオーミー!」


 アサガさんが少し不機嫌っぽい尖った口調で言う。

 元々、僕らを呼び出したという空間移動魔法はアサガさんにとって昇進に関わる大事なものだった。でも、その魔法も僕らの登場というアクシデントで完全に失敗に終わったんだ。

 昇進試験は不合格。不機嫌になるのも当然か。


 何故僕らが現れたのか。魔法陣が予想外の反応を見せたのか。

 理由を解明すべくアサガさんは原因であろう僕らを手元に残しておきたかった、と言った。


 しかし、未だに問題は何一つとして解決していないのが現状だと言う。

 それどころか僕らを呼んだという魔法陣は、それ以降魔力を注いでも全くと言っていいほど反応を示さなくなっているらしい。


「別に責めているわけではない。元々この魔法陣は自分も“多少は”手を加えたけれど模写したようなもの。今は何故魔法陣が機能しないのかを調べているところだが……今は君の話だ」


 結果、紆余曲折ありながらも、僕らは『海外の他学園から招かれた留学生』として扱われることになった。

 ただ、このことはこの第三分校だけに留まっていて、上級を含めた他三校にも公にはしてないので秘密にしてほしいとのこと。

 色々と制約もあるからそれは別の日に確認して欲しいとも言われた。


 そして、説明を受けている間で僕が一番驚いたこと、僕が全く想像していなかったことを教えてもらった。


 ――僕が意識を無くしていた間に2か月ほどが経っている。


 2か月間……?

 僕はついさっきまで天人族の人たちとレティを守るために対立していた……のに、あれから2か月?


 この2か月間、は無く、代わりに僕に……いや、僕の身体にいたのはリコだった、らしい。

 どうしてリコが? その原因もわからない。


「リコも目を開けたらシズクの身体だった」


 最初はあっちの言葉もたどたどしいもので、レティですら会話するのも大変だったみたい。

 しかし、何故かはわからないが、この国の言語、ニホン語だけは話せるようになっていって、それからしばらくしたらの世界の言葉も話せるようになった、みたい。


「最初はわからなかったけど、次第に頭の中に言葉が溢れてきた。リコはそれがこの国の言葉だと知った。後はもう話す練習だけで済んだ」


 ……それはすごい。

 僕なんてやることが無かったとはいえ毎日毎日必死にラゴンの声を聞いて覚えたのにな……。

 それからのリコは僕がいない間、この身体の生命維持を担っていたそうだ。


「その、食事とか、運動とか、睡眠とか……それに下のお世話とかね……」

「……最後のは聞きたくなかったよ」


 恥ずかしそうに説明してくれるレティと、それを聞いて何とも言い難い気持ちになる僕を見て、大の大人2人がにやにやとしている。

 深く追及してはいけない。したくもない。


「リコ、トイレの使い方は1番に覚えた。だから大丈夫!」


 ぎゅっと首に腕を回すリコが得意げにそれでいて誇らしげに……言わないでおく――。


 「最初はメレティミに手伝ってもらった」


 ――って、ちらりとレティを見たらすごい恥かしそうにしてるし!

 逆に僕が恥ずかしくなるよ!


「男の性器って――」

「いい! リコもういいから!」

「……そう? わかった」


 ……もうこの場で頭を抱えて蹲りたい。


 その後も僕が1人身悶えているのを無視して話は続く。

 一時は僕らが突然現れたことでこの学園の生徒の間でひと騒ぎがあったらしいけど、目撃者が少ないことで有耶無耶になったみたい。


 突然人が現れるってすごいことだと思うんだけどって、ここが魔法を扱う場所ってことでそういう不思議なコトは日常的に数多くあるそうだ。


 例えば、魔法で繕った動物が駆け回ったり。

 土人形が楽器を担いでマーチバンドを組んだり。

 服を着た透明人間が歩いていたり。

 空教室だった部屋がすっぽりと消えたり。

 ばらばらになった人体模型が真夜中に宙に浮いていたとか。

 ……最後のは怪談話だよね。


 そういう不思議な体験は慣れっこでも、レティは少なからず注目の的になったと聞いた。


「……ええっと……多くの人の注目を浴びたり、良く声を掛けられるようになった、かな?」


 レティは若干言いにくそうだったけど、どうやら容姿で結構苦労したみたい。

 ……ああ、と頷く。

 性別を抜きにしても、レティの……いや、天人族の身体的特徴である長耳はここでは目立つからって僕は思ったんだけど、何やらそれとは別のこともあるらしくて――。


「……うーん、なんていうのかな……男の子がね……」

「男の子? もしかして……耳のことでからかわれてるの!?」

「あ、あ、違うの! え、ええっと……その……」


 最初は耳についての追及は少なからずあったらしい。だけど、またそういう“こと”もこの学園にはよくあるとか。

 その理由として、この世界には容姿を変える魔法があるんだって。

 身体の部位を大きくしたり、自分の身体を変化させて他人や、動物や物質に変える魔法、はたまたトランスセクシャル……性転換とか。


「へえ、そんな魔法があるんだ、って……びっくり人間?」


 そのうちの1つだってことをアサガさんたちと話を合わせ、裏で噂を流して解決したんだって。

 ……なら問題は無いはずなんだけど?


「青百合ちゃんは学園では男子から1番人気なんだよねぇ」

「さ、サイトウさん! そんなことありませんから!」


 なんて、サイトウさんの茶化しにレティが大きな声を上げて否定した。

 すぐさま笑い声を上げてサイトウさんが謝り、それを見てちょっと頬を膨らませてそっぽを向くレティ……あ、レティが怒る顔はルイに似てる。


(あれ、なんだかこの2人、仲いいなぁ――…………っ…………?)


 なんだろう。今、胸がぐっと締め付けられるような。

 そう……2人のやり取りを見てて、ちょっと面白くないなってなんでそんなこと思ったんだろう。不思議だ。

 レティはその後、観念したのか詰め寄られて困ってると言うことを遠まわしに教えてくれた。


「ふーん、そうなんだ」


 当然だと思う。

 ……まあ。そうだよね。レティは可愛いしね。

 男の子から好かれるのもよおくわかる。


「……?」

「シズクどうしたの?」

「ううん、なんでもない……」

「……そう?」


 なんでだろう。今はもう、ちょっとどころか、すごい面白くない。

 そんな態度が出てしまったみたい。ちょっと拗ね気味だったのはわかっていたけど、僕の反応にサイトウさんがこちらを見てにやけた。


「ああ、野花ちゃん……いや、シズク……くんだっけ。君は2番目だからね」

「……2番目? 2番目ってなんですか?」

「男子人気」

「は?」

「だから、この学園の女子人気2位だよ!」

「はぁぁぁあああっ!?」


 僕が2番!? って、いやまさか……。

 だって僕は男子なんだけど……はっ!?


「そう! そうだよ! なんで僕、スカート穿いてるの!? おかしいよね!」

「あ、それは……」


 レティがしまった! という感じに焦った顔をする。

 アサガさんは視線を逸らし、サイトウさんはまたしてもくつくつと笑うんだ。

 3人ともお茶を濁すしたり、口ごったり、とぼけたり。

 代わりに答えてくれたのは僕に身をすり寄せていたリコだった。


「それはリコが選んだからだよ」

「リコっ!?」


 いつしか、レティと(僕と)同じ制服を身に纏い、僕に身体をすり寄せていたリコが自信満々に答えた。


 ……簡単なことだった。

 気を失っていた間、この身体の主はリコであり、リコは性別上(?)女の子だ。

 ここでの生活において学生服を用意してもらったはいいけど、女の子であるリコが選んだのが当然(?)女子の制服だったということ。

 でも、その時リコの身体はおとこのこだよね!


「こっちの方が似合ってるし。メレティミもこっちを選んだし」

「だから、僕は男子なんだけど……」


 意識がないからってレティも止めてくれればいいのに……あ、今レティ誤魔化し気味に笑った! もう知らない!


 ……蛇足程度に、赤いロングマフラーは昔の赤い鬣を意識しているらしく、今ではこれがないと落ち着かないと言う。

 スカートは思ったよりもスースーするのが嫌で、スパッツを履かせてもらったみたい。良く体を動かすので中を見られた場合の対処法だとはレティの言葉。

 また、サイトウさんが高嶺ちゃんや、青百合ちゃん、野花ちゃんと僕らを呼ぶのは生徒が僕らに付けたあだ名だと言う。

 高嶺ちゃんとはリコとレティ2人を合わせて指す。

 理由は言わなくてもわかる気がしたので聞かなかった。

 ものすごく脱線しちゃった。話は戻すことにする。


 その後、2人は名目上は留学生と在籍しながらも、レティはアサガさんの仕事の手伝いをしながらどうしてここに来てしまったのかと原因を探っていたそうだ。

 リコは暇な時間はいつもあの中庭の木陰でお昼寝をしてるんだって。


 「お昼寝ばかりじゃない、ちゃんと運動もしてるよ」


 と、この学園の部活動に勝手に参加してると言う話も聞いた。


「部活動?」

「うん、この学校にも部活動があるよ。公式の大会には出れないけどね」

「え、どうして?」


 せっかくの部活動なのに大会に出れないなんて勿体ない!

 スポーツをしてたら大会に出たい人だってたくさんいるだろうし。


「それはこの学校に所属する人が魔法が使えるからだ。体育系の競技では、人によって魔法の特性で一般の生徒とではっきりと差が出てしまうし、不正だって揉めるだろうしね……」

「……え? どういうこと? 他の人も魔法を使えばいいんじゃないの?」

「ん? ……ああ、そうか。フルオリフィアさんも最初は勘違いしていたね。君には伝えてないけど、この世界で魔法を使える人は限られているんだ」

「そうなの?」

「資質を持っていても普通は魔法を使うことは出来ない。殆どは学園に所属することで魔力の“流れ”を解放して扱えるようになるんだ。ニホンで言えばこのアヤカにいる人以外で魔法を使えない人は滅多にいないよ」


 ちなみにアヤカ区にあるヴェリタス魔法学園はニホンの学校として扱われない独立したややっこしい立場にあると言う。

 ニホンに設立されているが、このアヤカ区に存在する四校、またそれに関係する施設の権利の大半はイギリスにある本部が握っているとか……。

 ニホンには所属されていないが、かといって法的な問題に対面した場合はニホンの法で対処するとか……。

 また、イギリスに本部が置かれているが、その本校もイギリスの所属でなく独立したものとかなんとか……?


 アサガさん曰く、簡単に侵入ができる隙間だらけのみたいな大使館……的なポジションだとも言う。あれ、もっと意味不明になったぞ?


 生徒は入学前に学園側が指定した制約にも同意しなければならないので、不満を上げる人は殆どいないそうだ。

 公式の大会に出れない代わりに、この島の3校での交流会や、国外の学園との海外遠征なんかはあると聞いた。

 でも、それもちょっと物足りない気がするけど……でも……部活動か……。


「……お、タツオミ。そろそろ時間だぞ」

「もうそんなか? ――いや、まだ大丈夫だろ。5限まで時間はある」


 アサガさんは自分の腕時計をサイトウさんに見せるのだが、


「んん……おい。これ時計止まってんぞ」


 はっ、と顔を強張らせてアサガさんは自分の時計とサイトウさんの腕時計を見直した。


「……バッドだ」


 肩を空かせて小さく溜め息をついた……けど、アサガさんにはあまり不満はなさそう。

 不運だと言うのにまるでほっと安堵したかのように僕には見えた。


「まあ、こんな小さいもんでよかったじゃねえかよ」

「そうだな。では、自分たちは行かないと。……ひとまず話せることは話せたしな。シズクくんは聞き足りないこともあるだろうが、焦ることは無い。一度に話されても困るだろうし、落ち着く時間も大事だ」


 そうだよね。うん……仕方ない。


「……はい。じゃあ、続きはまた今度に」

「ああ、すまないな。……それと、また大事なことなので言い忘れていたけど、について――……」


 と、アサガさんは言いかけていた言葉を飲み込むように口を閉じた。

 身体……?


「……身体、ですか?」

「……いや、今言うことではないか。大事なこと位に覚えておいてほしい。また時間が取れた時にでも話そう。何かそちらでも気が付いたことがあれば教えてくれ」

「……はい」


 なら言わなきゃよかったのに。最後に後ろ髪を引かれるような発言を残すなんて、すっきりしない。


 アサガさんは何を言いたかったのか。

 僕らの身体と言うが……僕とリコがこの身体に同時にいることだろうか。

 気になるけれど彼らには教師としての仕事があるから今は聞くことは出来ない。

 では、とアサガさんは教室を出ていこうとした。


「じゃあ、高嶺ちゃん……いや、3人ともまたね」


 手を上げるサイトウさんとアサガさんが振り向いた時、1つはっと思い付いた、というか思いだした。

 ああ、しまった。すっかり忘れていた。


「あの……!」

「なんだい?」


 声を上げて2人を呼び止める。

 そうだよ。一番大切なことを言わなきゃいけなかったじゃないか。

 僕は教室を出て行こうとする2人に駆け寄って頼み込む。


「すみません! 男物の服、ありませんか!?」

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