第66話 ミッシングと呼ぶ人、ミッシングと呼ばれる人

 正式名称は知らないが、エネシーラ様が向けてきた拳銃は自動式拳銃オートマチックと呼ばれるものだ。

 かなりの年月が経過しているらしく、元は白銀色だったと予測できるボディも今ではびっしりと錆色に染まっている。


「……」


 モデルガンは見たことはあっても、こんな近くで実物を目にしたことは無い。よくてお巡りさんが腰に挿したホルスター越しくらいだ。

 そのため、それが本物かどうかはわからない。わからないけど、この緊迫した状況でそれが偽物かと確かめる術も無い。


「……少し感情的になってしまったな。話を戻す。がお前を始末する理由だ」


 これ、とは拳銃のことを指しているらしい。らしいって見ればわかるか。

 エネシーラ様は手のひらに握った拳銃をひらひらと横に振る。


「ユッグジールの里に徐々に人が集まってきた時のことか……。ある日、これを所持した謎の集団がこの里に進軍してきたことがある。その時は不本意ながら、他種族との協戦で退くことは出来たが――」


 それは里が出来てから直ぐのこと。北のコルテオス大陸側……鬼人族の領地より、その集団たちは突如としてユッグジールの里に襲撃してきたと言う。

 何とか撃退は出来たものの、ユッグジールの里に甚大な被害が出たらしい。らしいって言ってもこの場限りの障り程度の話だったため、今のわたしの立場で深くは追及できなかっただけだけど。


 これによって一段と団結力が強まって今のユッグジールの里が出来たと悔しそうに事実を告げる。

 またこの事件をきっかけに、ゲイルホリーペ大陸の北部に住む鬼人族たちは海から渡ってきた人を襲うようになったとも言う。


「これは元々その“ミッシング”の1人が所持していたものだ。他にも様々な武装を所持していたが、他種族の長たちとの話し合いによりやつらの所持品全ては破棄されたがね」


 話に聞く限りだとその集団とやらは、その自動拳銃だけではなく、手榴弾や自動小銃アサルトライフルなんかで武装していたようだ。

 その話を聞いて……腑に落ちない点がいくつか頭に浮かぶ。


 エネシーラ様が持っているその拳銃が、あまりにもわたしの記憶の中にある造形そっくりそのままなのだ。

 鉄をうまく操れるアルバさんたちドワーフでも、そこまで綺麗に作り上げることが出来るだろうか。というか、わたしの知識が浅いからよくわからないが、火縄銃を飛び越えて自動小銃が出てくるのも不思議な話。

 現物がここに無いことからそれが本当に自動小銃かわからないが、この世界の技術でそこまでのものが作れるのだろうか。

 もしや、コルテオス大陸は他にもわたしたちみたいな存在がたくさんいて、数段飛ばしの技術革命を迎えた近代国家があるとか……いや、それだけ強大な兵力を持っているならば末端だとは言え、四天の娘であるわたしの耳にも届いているはず。


 また、全部破棄されたと言うのにどうしてあなたが持っているの? という疑問を懐いたが、大方くすねたりでもしたのだろう。他の長たちも何かしら所持してるのだろうか。


「……恐れ入ったよ。どうやら金魔法によって作られてたようだが、この武器の所有者……唯一生き残った男はただのだった」


 そして、その捕虜とされた男の話でわかったことだが、どうやら彼らは別の世界の人間だったそうだ。

 ただ、里の住人達との交戦で重傷を負い、また随分と錯乱していたらしく、まったくと意思疎通は出来なかったみたい。みたいと言うのも、男が意識を取り戻した後、うなされるみたいに自白した供述以外得られるものが無かったそうだ。

 そして、彼ら以外にも生まれ変わってこの世界に生きている人たちがいるということも口にして……。


「そいつは最後にミッシング……意味はわからんが、そう何度も口にしてこと切れたがな……」


 それからは別世界から来た者たちを、この里で事情を知る人たちは“ミッシング”と呼ぶようになったそうだ。

 だから、わたしも“ミッシング”と言うわけ、か……。


「先ほどからの反応からして、この武器についてお前も知っているのだろう。……私的な感情を抜きにすれば、素晴らしいものだよ。大量生産の目途が立つなら無猿共が我らと対等……それ以上の力を得ることができるだろうに」


 まるで子供が新しくおもちゃを与えられたような笑みを浮かべてエネシーラ様は拳銃を触る。だが、深く皺の刻まれたその顔は子供のそれとはまったくと異質で、とても醜いものに見える。

 エネシーラ様はゆっくりと懐に拳銃を仕舞うと、またわたしを睨み返した。

 

「この話を知る他種族の長たちは異界の者たちを探し出し、彼らの知識を有効活用すべきだと言う。だが、私達天人族はそれを是とはしない。奴等の……お前たちの異界での知識はこの世界の理を急速に塗り返り、はたまた自然界の掟を無に帰すもの――背筋の凍る話だ」

「……わたしはこんなもの作れる知識は無いわ」

「関係ない。例えお前が何の知識も無いとしても、異界から転生し、この世界のあり方を変えようとした奴らと同種というだけで私は嫌悪感を懐かずにはいられない。お前たちがいると言うだけでこの世界の危機なのだ。だから――」


 エネシーラ様は話途中で片手を上げ、手首を返す。


「我々はこの世界を救済するにも“ミッシング”は殺さねばならないのだ」


 言うなり、エネシーラ様は踵を返して後方の集団の元へと歩み出した。

 同時に彼らもまた前進し、わたしへと足を進めて来る。


「……ただ、ブランザも最後の最後には我らに最良の種を残してくれた。……ルイと言ったか」

「ルイ? ルイがどうしたの?」

「ああ、あの娘はブランザの娘であることがわかった」


 ……え?


「ルイが……お母様の娘?」

「そうだ。まあ、最後に教えておいてやろう。お前が生まれる前、我らの領地で賊が忍び込んだことがある。奇しくも取り逃してしまったが、どうやら賊の目的はブランザが生み出した魔石だったようだ」


 賊が入った? お母様の魔石が目的? どういうこと?

 でも、現にわたしは魔石から生まれてここにいる。

 わたしがお母様のお腹から産まれた子ではなく、魔石から生まれたと言うのはお母様からもウリウリからも話は聞いている。

 じゃあ……。


「目的の魔石って……お母様が生んだのはわたし1人じゃなかったの?」

「そうだ。ブランザは2つ魔石を作り出していた。……理由は今も昔も本人は口を開こうとしなかったのでわからない。だが、事実あの晩に、奴は命を極端に縮める魔石生成を今一度行った――そのうちの1つがお前で、行方知れずのもう片方はルイとなる」

「ルイが……お母様の子供……」


 それが事実ならこれほどに嬉しいことは無い。今にも飛び跳ねて喜びたいほどなのに……。


 (なんで、それをこの場で言うの……?)


 こんなぐちゃぐちゃな心の中じゃ素直に喜べないよ。

 混乱するわたしの頭ではルイがお母様の娘、わたしの姉妹であるということを反芻するだけで精いっぱいだった。


「2度も魔石生成を行うなど、自殺願望でもあるのかと当初は気が狂ったのかさえ思ったもの……はは、元々あの女は狂っていたな。ふ、今となっては何もかもこの日のために用意されたもののように思える。おかげで四天の後釜もでき、憂いは消えた」


 ……わからない。色々なことを聞かされて頭が追い付かない。

 わたしに考える時間をください。

 でも、そんなのんきな時間を与えてくれるほど優しい人はここにはいない。

 今わたしの目の前には剣や杖を構えた衛兵たちが立ちはだかり、皆思い思いに武器を構えはじめる。


「だから、もうミッシングであるお前を心置きなく始末することも出来る」

「始末…………天人族は子供を大事にするんじゃなかったの?」


 始末という不吉な言葉に、どうにか持ち返してわたしは虚勢を張ってそう答えた。

 これでももういっぱいいっぱいなのだ。休ませてほしい。

 エネシーラ様の今までの長話がわたしの精神的なダメージを狙ってのことなら大成功だよ。

 もう、正直立っているのも辛い。でも、そんなこと許してくれそうにはない。


「ああ、そうだ」


 ……わかってる。

 次にエネシーラ様がどう答えを返すのかも、それでわたしの心は折れないことも。

 正直、今までの話からして殺す気満々な口調の糞爺がわたしを見逃すわけがない。

 落ち着け……るはずはない。


「それが同族ならばな。しかしお前はどうだ? 例え姿形は我らと同じだとしても、中身は異界の者だ。……疑わしきは罰せよ。例え子供であろうとも、僅かばかりの疑惑をかけられたのだとしたら、私はお前を、ミッシングを摘み取る!」


 エネシーラ様は一度も振り返ることなく集団の中へと消えていく。


「安心して無に帰れ。天に昇った迷えるその魂ならば心の広い聖ヨツガ様が清めてくださる」


 遠回しにさっさと死ねと言う。人の生き死にを決めれるほど、このお方が偉いのだろうか。


「……冗談じゃないわ」


 本当に、冗談じゃない。

 わたしは、お母様の命を別けてもらったメレティミ・フルオリフィアは、そう簡単に死んではいけない!


 エネシーラ様が後ろに下がると衛兵たちがわたしの前に立ち塞がり、杖や剣を構えてじりじりと距離を詰めてくる。

 中でも集団の先頭にいる2人。顔を隠していないオルファさんは両手で握った剣を斜めに降ろしたまま滲みより、インパさんは億劫そうに鈍く光る剣を鞘から抜くと肩に担いで向かってくる。


(ここで立ち尽くしていても駄目。逃げないと……!)


 震える身体に鞭を入れ……2度ほど膝を叩いて喝を入れ、わたしは魔力を込めてその場から遠くへと強化魔法である雷の瞬動魔法を使って後退するつもりだった。

 実戦経験なんてものは無いし、得意魔法は風だし、2人と比べてしまえば全くと言っていいほど使いこなせないその魔法だけど、逃げることだけに的を絞ればわたしの手持ちの中で一番の速力を誇る。

 こういう場合を想定していたわけじゃないけれど、それなりに使えるくらいには練習は積んでいるつもりでもある。


 わたしの頭の中では背後へと後退し、即座に振り向いて訓練所の奥へと走り抜ける計画が練られていた。

 出来れば、居住区の方へと向かいたいけど、その方角は幾重もの煌めく凶刃が立ちはだかっている。あの中を突っ切るのはまず無理だ。

 よし、と踵に力を込めて膝を曲げて――跳ぶ……っ!?


「――いたっ!」


 わたしは……その場で尻持ちを付いて空を仰いでいた。

 ……あ、今日は曇りだったんだ。朝日はあんなにも綺麗だったのに、今はもう深くどんよりと一雨来そうなほどだ。


 ――違う。


 そんなことは今はどうでもいい。

 今重要なのはだ。


「な、なんで……っ!」


 魔法が失敗した。後ろに十分に距離を取ろうと跳躍したつもりが、今一歩後ろに尻もちを付いてるこの状況に遅れながら理解した。


「違う!」


 失敗したんじゃない。発動しなかったんだ。

 内側では魔力を消費した感触はある。でも、外側、身体は出したという実感が殆どない。

 前みたいに呪文での魔法が出なかった時とは違う。手ごたえはあったんだ。


「腰でも抜けたか? まあ、恥ずかしがることは無い。俺だって死ぬのは怖えよ」

「な、なに……なに……」


 わたしを見降ろしてインパさんがぼつりと呟いた。……わたしが慄いて尻もちを付いたと思われたのだろうか。

 だけど、そんなことを考えられるほどわたしは冷静ではなかった。

 お尻から直線状に響いた振動はわたしの頭を揺さぶりかけて冷静な思考を根っこからぶつ切りにされたかのように真っ白にしてくれた。


「あ……ああ……あ……っ!」


 インパさんたちが近づいてくる。先ほどまでの落ち着きようが嘘のように錯乱しているのは自分でもわかる。若干嫌悪感を示しながらインパさんがわたしを見降ろしている。

 その後をオルファさん、顔のない衛兵が続く。

 地面を打つ足音が嫌に耳に届く。それは……かちりかちりとわたしの命と言う残り時間を刻むかのようだった。


「……っ!」


 身体が、勝手にその場から身を起こした。

 気が付けば、わたしは後先を考えずに走っていた。

 どこへ向かっているのかもわからない。

 走って、走って、走って。

 ……わたしは走れているのだろうか。

 林の中を駆けて、つまずいて、転びそうになって。飛び出た木枝に身体をぶつけ、切り傷を負っても痛みはなかった。思うように身体が動かない。

 わたしは、今、走れているのか。


「……あぐぁっ!」


 ふいに、わたしの足元が盛り上がり、その場で横転してしまう。

 土魔法、と気が付くのには時間がかかった。盛り上がった土は逃げ道を奪うようにその背丈を隆起させ、袋小路のようにわたしの周りだけ生み出された土……いえ、今では堤防のように固い壁となって立ちはだかる。

 無駄だと思うこともなく、何度も目の前の土を力任せに叩き、4度ほど叩いてからこれが土魔法で作られた壁だと言うことに気が付いた。叩いた感触で、壁はとても壊せるようなものではなかった。

 また地面を打つ嫌な足音が耳に届く。


「もう、観念しなって」


 息も途絶えたわたしと違って汗1つ掻いていないインパさん。

 遅れて顔を隠した4人が後に続いた。うち2人は女性とあの細見の男性がいる。

 日も出ていないのに、インパさんの握る剣はやけに光って見えた。その煌きはわたしの恐怖心を深く掻き立てる。


「なんで、なんでこんなことをするの!? わたしは何もしてない!」

「そうだな。嬢ちゃんはまだ何もしてない。な」


 まだって……これからも何もするつもりはない!

 でも、そんなことを言ってもインパさんは深く溜め息をついて、話にならないとばかりに首を横に振る。


「なんで、やめてよっ! わたしはただこの世界で、お母様の為に生きて行こうと思っただけなのにっ!」


 そう大声を上げる。

 この理不尽な展開に、無駄だ駄目だと頭のどこかではわかってはいるのに、インパさんに暴言をぶつけなければ気が済まなかったのかもしれない。


「お嬢ちゃん、茹でた卵と生卵がごっちゃになった場合よ。もうどれがどれかなんて割ってみなきゃ中身なんてわからんだろ? それと同じなんだよ。嬢ちゃん……いや、異世界の誰かさん」

「ゆで卵と生卵の判別なんて同時に回せばいいだけじゃない! わたしは卵じゃないわ!」

「へえ……それもその世界の知識かい? 今度試してみるぜ」

「ばっかじゃないの! そんなのどこの世界にだってある常識よ!」

「あっそ。まあ、さっきも長老が言ってたみたいに、疑わしきは罰せよ。嬢ちゃんがもしミッシングじゃないとしてもだ。今回は両方とも目当てじゃない卵だったってことだ」

「ふっ……!」


 ――ふざけないで! わたしがどんな思いをして生きてきたか! お母様は身を削ってまでわたしを産んでくれたのに、こんな理不尽なことで勝手に殺されるわけにはいかない!


 そう言葉にしようとしてもわたしの口から出ることは無かった。だって、言ったところでもう埒が明かないと思ったからだ。

 だから、強硬策に出ようと思った。


(風魔法だ。風魔法で吹っ飛ばしてやる!)


 吹っ飛ばせるかどうかはわからない。普段のわたしなら出来ないと考える。でも、今この状態でそんな冷静でいられるほど人間出来てはいない。

 インパさんへと手をかざして最大威力の風魔法を叩きつけ………………出ない。


「なんで! なんで出ないの!」


 いえ、微かにだけどかざした手の平に風を感じ取った。しかし、まるで吐息を吐いたような弱々しい風はわたしの中で出たとは言えない。

 魔力は大幅に消耗したのは感じた。でも、それがこの結果だ。ありえない。


「子供を殺して楽しむつもりはない。抵抗するな。こっちも手元が狂っちまう。もっと苦しむことになるぞ」

「やめて……いや……っ!」


 逃げ場も失い、懇願してもインパさんたちは足を止めようとはしない。ゆっくりと間合いを詰めるかのようにわたしとの距離を縮めていく。

 同じくわたしも壁際へと追いやられる。どんなに後ろに下がろうとしても背には硬い抵抗が返ってくるだけだった。


「ウリウリ……助けて……っ!」


 助けを呼ぶ。わたしが一番信頼しているウリウリを呼ぶ。

 でも、ウリウリはここにはいない。わかってる。わかってるけど、でも、いつもわたしの傍にいてくれたウリウリを求めずにはいられない。

 わたしの口から洩れた言葉はただ、宙に乗って近づいてくる足音に踏みつけられる。


(ウリウリ! いつもなら、いつもなら隣にいてくれるのに、なんで、なんでいないの!)


 ぎゅっと瞼を強く閉じてこの場にいないわたしの護衛を何度も、何度も何度も呼びかける。

 気が付けば、わたしの閉じた瞼の上に影が落ちた。

 インパさんが来たんだ。ざわつく音が聞こえる。

 これがわたしの最後となるのだろうか――。


(これも全部わたしが生まれたせいかな……)


 わたしは生まれちゃいけない存在だったのかな……そうかもしれない。

 もともとメレティミ・フルオリフィアとして生まれるはずだった子を押し退けてわたしが生まれてきたんだ。


 なるべく、考えないようにしていた。いえ、逃げてただけ。犠牲の上に新たな生を受けたことの罪悪感から逃げていただけだ。本当に、悪いとは思ってはいたけど、でも、向き合おうとはしなかっただけ。これは罰だ。

 こんな、他者を押し退けてこの場所にいるわたしはここで死ぬことが正しいのかもしれな…………。

 違う。


(いや、違う!)


 そんなことはない。

 お母様はわたしが生まれ変わりだと知っても優しく受け止めてくれたんだ。野次るでもなく罵倒する事無くただ困った顔をしてわたしを受け入てくれた。

 あの人のためにも、メレティミ・フルオリフィアとなる子のためにも、わたしは生きなくちゃいけない“はず”なんだ。


 ……だけど。

 だけどさ。この状況何なの?

 もう。

 無理なのかもしれない。


「誰か……助けて……」


 わかってる。この場所にはわたしの味方はいない。

 でも、ここでやれることなんてもう願うことしかできないじゃない。

 いつも隣にいてくれたウリウリでもなく、誰かの助けを願わずにはいられないじゃない。

 駄目だとわかっても、願わずにはいらず、言の葉にして思いを話さずにはいられないじゃない。

 だから。


 誰か……誰でもいい、助けて――――っ!













「レティ――――――っ!!」

 

 その時、わたしの名を呼ぶ声と同時に眩い閃光――が、瞼の裏で煌めいたのが感じ取った。

 同時に轟音。

 瞼の裏からでもわかるほどのそれは雷光。

 鼓膜が破れるんじゃないかってくらい強烈な音の塊がわたしの身体を揺さぶり、思わずその場にしゃがみ込んでしまう。


「な、なんだ――っ!?」


 そう、奥でインパさんの驚く声が聞こえる。


「一体、何が……!?」


 ゆっくりとわたしは目を開ける。そして、見開いた。

 そこには見知った、ルイと共に見繕ってあげた真っ白なフードを被った子供と、いつもふわふわで気持ちよさそうな真っ白なライオンがわたしを背にして立っていたんだ。

 

「シズク……!?」

「うん、レティ。僕だよ」


 シズクだ……! リコちゃんもいる!

 2人はしゃがみ込んだわたしの元へと駆け寄ってくる。

 どうして、どうしてここに?

 

「……なんでここに子供が?」

「あわ、わ……シズっ……なんっ……シズクっ……!」


 なんでここにいるの!? どうして! なんで!? 

 聞きたいことは沢山あるのにわたしの口は思うように動かない。 

 シズクがここにいる。敵しかいなかったこの場所に、シズクが現れてくれたことから、安堵したわたしの目からは涙が溢れてきてしまう。


「レティ……この状況何?」

「ぐすっ、馬鹿っ! わたしだってわからないわよ! 突然連れてこられてお前は死ねって! もう、本当に、怖かったんだから!」


 言うなり、シズクが顔を顰めてわたしを怪しげに見る。

 何よ、その目は!


「レティ殺されなきゃいけないほど悪いことでもしたの?」

「そんなことするわけないじゃない! あいつらが勝手にわたしをミッシングだなんだって変なこと言って殺しに来てるのよ!」

「ミッシング……?」


 シズクは首を傾げて聞き返してくる。こんな緊張した中でも彼はまるで自分のペースで話を始める。

 ほっとする反面、もっと周りの空気を読みなさいよ、って思う。でも、うん。彼が来てくれて本当に嬉しいんだ。

 ……やだ、涙が止まらない。

 

「まー待て待て! 今の魔法からしてお前、魔人族か。あまりこういう言い方は好かんが、他部族が、いや、子供が大人の事情に首を突っ込むなよ」


 そう、インパさんが軽い口ぶりでわたしたちに話しかけてきた。


「おじさん……悪いけど、子供だからってこの状況には首を挟まずにはいられないと思わない? 大の大人が女の子を取り囲んでいるんだよ。こんなの子供じゃなくても見過ごせないと思うけど?」

「なるほど。確かにそうだ」


 がははっと大声を上げて笑い出すインパさん。この場に相応しくない明るいものだけど、先ほどまでの彼を知っているわたしには怖い物しか見えなかった。

 一通り笑うとインパさんは顔を引き締め直してまたわたし達を見据える。


「じゃあ、今度はこう言おうか……死にたくなきゃあとっとと失せろガキ」

「……詳しい理由も聞かされず、はいそうですかって帰れるわけないよ。それにこのまま死ぬ気もそうそうないから」

「お前この状況で無事に帰れるとでも?」

「……ううん。思わない。でも、ここでレティを見捨てるって選択は僕の中にはもっとないよ。きっと無事じゃないかもね。でも、僕にはレティに用があるんだ」


 え、用って……?

 言うなり、シズクは両手の先に雷を灯してインパさんへと身構えた。


「レティ、首飾りは直った?」

「え、首飾り? で、出来てるけど……?」


 何、いきなり? 用ってそれ? って、それ今聞く必要ある?

 言われて、ほら、って胸元の内ポケットから取り出すとシズクは振り向いてわたしの持つそれを凝視する。


「良かった! じゃあ、これが終わったら返してね?」

「え、う、うん。気を付けて!」


 気を付けって。今それを言うことか!

 でも、シズクったらきょとんとした顔でわたしを見て、それから……。


「うん、行ってくる!」


 なんて、シズクは満面の笑みを浮かべて答えた。

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