第60話 温泉へ行こう
フルとフラミが何やら俺に隠れてどこかに遊びに行くと計画していると耳にした。
俺を差し置いて……まったく許せない話である。
今度の授業が休みの日に行くだろうとは予測は付いたが、どこに行くかまでは定かではない。
「ごめんね。ドナくんとレドヘイルくんは男の子だから……」
「駄目駄目―! 今回は女の子だけの集まりなの! ドナもレドヘイルも今回は駄目ー!」
男子禁制なので俺とレドは駄目だとさ。女子の集まりと言うから、きっとあの2人も来るんだろう――納得いかねえ。
結局、やつらが行く場所を詮索してみたものの、里の外に出るところまでしかわからなかった。それも、偶然フラミがおっかねえリウリアに自分の護衛役に頼むところを目撃したからだ。
里の外に出るのに護衛1人で大丈夫かよと思ったけど。あいつんとこのヘナ姉ちゃんは極度の面倒臭がりだしな。多分リウリアに丸投げするんだろうよ。四天の子の護衛としてそれはどうなのかね。
まあ、里の外ったって天人族の縄張りの中だ。そう危険なことが起こるとは考えられないけどさ。
しっかし、里の外に出られるのは拙いな。
「まじ、どうすっかねえ……」
「なんだいドナ様。湿気たツラして。悩み事ですかい?」
「あ? なんでもねえよ」
無意識にぼやいてしまった俺の呟きに、背後に続いていたインパが絡んできた。
刈り上げた金髪に鍛え上げられた筋肉の鎧を持つこの男は不本意ながら俺の護衛だったりする。愉快そうに緑色の目玉を揺らして俺を見下ろしている。
無視して先に進もうと思ったのに、ぶらりと俺の足が地面から離れた。
「おい、放せよ」
インパが分厚い両腕で後ろから俺を抱き上げていたんだ。
逃げようと抵抗すると強靭な握力で俺の脇腹に指を食い込ませてくる。これが地味に痛くて痒くて身体を捩じらせることになる。
その後、宙で器用に俺を放り投げては向き合うように掴まれては、その暑苦しい顔と至近距離で対面する。
これに俺が声を上げずに驚かなかったのは不本意ながらの慣れだ。
こいつは小せえ頃から俺を投げる。
「嘘はいけねえよ。嘘は。坊ちゃんは嘘つくと左肩が下がるんだぜ? 気が付いてたか?」
「な、本当かっ!?」
「ああ、嘘だ。別にそんな癖はねえよ」
このやろう……。
いつもうこだ。四天の子でも構わずにインパは俺を小馬鹿にする。
正直護衛を変えてほしいくらいだが、こいつはこいつで里でも屈指の戦士なんだと親父から聞いている。
こいつ以上の護衛はこの里にはいないってことだが、本当かねぇ。女となれば見境なく鼻の下を伸ばすような男なんだ。
インパが言うには今更年上には興味は無いなんて言うが、この里で年上ってあんた今年でいくつだよ?
「ああん、確か120か130か……? がははっ。いけねえいけねえ。歳なんて取りたくねえな。いつの間にか年を数えることも忘れちまう」
とまあ、こんな感じで四天の護衛の中では一番最年長だったりするわけで、これでも停戦が結ばれるまで前線で猛威を振っていたって本人が言うんだもんな。
この太い胸板が無ければ信じられないもんだ。
「で、なんだ。てっきり、嬢ちゃんたちと一緒に温泉に連れて行ってもらえないことでイジけてんのかと思ったが、違うのかい?」
「温泉? なんだフルたちは温泉に行くのか……って、なんでそれをお前が知ってんだよ!?」
ふざけんな。俺が知らない情報をなんでインパが知ってんだ。
「リウリアが外出許可取ってたし、聞くと温泉に行くとまで言ってたし。あいつは自分から行動するタマじゃねえからな。おおよそ、嬢ちゃんにでも頼まれたんだろう」
「……なるほどな」
こいつが知ったのは護衛同士でのやり取りからか。
しかも温泉だぁ? そんなのお湯で埋まった池だろ。わざわざ湯浴みだけに外に行くなんて……あいつら何考えてんだ。
「ちちち、ドナ様は何もわかってない。温泉をなんだと思ってんだ?」
「ああ? だから、湯浴みするだけだろ。そんなの魔法でお湯を作ればいいじゃねえか」
日常的にお湯なんてものは俺も毎日と言っていいほど作ってるし、そんなもの珍しくもないだろう。
寒い日の朝は顔を洗う時はお湯が無いと辛い。湯にする魔法が使えなくたって水を汲んできて火で湧かせばいい。何でそんな真似をする必要があるんだ。
というか、わざわざフルの屋敷にはあいつの母親自慢の立派な風呂だってあるっていうのに。
「あーあ。これだからお子様はよお……」
「なんだとっ!?」
お子様発言も含めて肩を竦めてやれやれとばかりに小馬鹿にする態度に苛立ちは募る。
湯に浸かるだけで大人になれるのか? ああ? そんなに温泉は良いもんなのかよ?
胡散臭げな視線から俺の心情を読み取ったのか、うんうんとインパは感慨深く首肯した。
「温泉は良いぞー! 身も心も開放的だ。俺も詳しくは知らねえが、外の爺様たちの話だと効能ってもんがあって体にもいいらしい。で、リウリアたちが行く温泉は疲労回復に、血行促進、後は古傷にも効くんだってよ」
……ほう、そうなのか。
「ニワカには信じられないな。だってお湯に入るだけだぜ? そんなんで身体が良くなったら医者も治癒魔法もいらねえじゃねえか」
「それはほら、一種の塗り薬みたいなもんだ」
湯治というものだそうだ。
俺は知らなかったが、里にいる天人族たちも疲れを癒すためによく足を運ぶらしい。
ただ、インパにとってそれは二の次だそうで。
「湯治だなんだぁ言ったがぶっちゃけると俺が求めているのはそこじゃねえ。あの堅物のリウリアが誰でも気軽に行けるような温泉に大切な嬢ちゃんたちを連れていくとは考えられねぇ。行くとしたら……つまり、つまりだ」
「つまり?」
勿体ぶるインパは下種っぽい笑みを浮かべ、口元がだらりと歪ませる。
これは卑猥なことを考えているな……。
鼻の穴を膨らませ、あまり人には見せられないほど砕けた笑みを見せて言い放った。
「リウリアの向かうであろう温泉は混浴なんだよ!」
「混浴……なんだそれは?」
「男女が同じ場所で裸で湯に浸かることが許された場所だ!」
「なんだと!? そんなこと許されるのか!?」
「許される。それが温泉ってもんだ!」
ん……何か、違うような気もするが……。
けれど、そんな迷いは頭の片隅にしか存在しない。
それよりも今裸になったフルを堂々と見ることが出来るということの方が大きかった。
(フ、フルの裸……フルの……見てえ。裸見てえ……)
四天の息子と言えど、俺も年頃の男なわけで、やっぱり女の裸って言うものには興味津々だ。
それに、この数年で目を見張るほどになったあの大きな胸は絶対に本人の前では言えないが、ぜひとも拝んでみたいものであった。
しかし、ここでフルの裸目当てで俺が行きたいなんて言ったらこいつはあと100年は笑いの種にされそうだな。
(……く、駄目だ。一時の感情に流されてしまっては……!)
そんな俺の苦悩を露知らず、インパは期待を込めた視線を俺に向けて来る。
「ん……あー、俺も温泉行きてえなー。だけど、ドナ様の護衛があるからなー」
そう、いつまでたっても煮え切らない俺の態度に痺れを切らしたのか、インパは俺を責めたてるかのように、独り言にしては大きすぎる声で呟いた。
「なんだよ……言いたいことがあるならはっきり言えよ……」
「ちっ……ドナ様が俺の温泉行に付き合ってくれたらなー! って言ってんだよ!」
……それなら仕方ないか。
言っておくが俺が行きたいって言ったんじゃないからな。インパがどうしてもって言うから俺は渋々と頷いただけだ。
いいか、勘違いするなよ。俺は別に温泉に行きたいわけじゃないからな! と、心の中で自分を説得することにした。
「ま、まあ、インパがそこまで行きたいって言うなら……」
「よっしゃ! じゃあ決まりだ! ちょっとドナ様ついて来い! 今から申請してくる」
「お、おう。って、待て! 走るな! おい、やめろ! 舌を噛むだ……てっ!」
気が付けば俺はインパの腰に抱きかかえられながら執務室の扉を叩き、直ぐに外出許可を申請し強引に許可を取ってきてしまった。
更にそこから先はいつものインパとは思えないほどの手際の良さを見せ準備をこなしていく。
日ごろでもその手腕を発揮してほしいとつくづく思うよ。
◎
シズク様とルイ様、おふたりとフルオリフィア様が行動を共にするようになって早ひと月。
……提案しなければ良かった。
この数日、何度あの日の自分の口を塞ぎに行きたいと願ったことか。
しかし、同時に提案してよかったと思い喜ぶ自分も対極に立っている。
理由はフルオリフィア様は思いのほか喜び賛同してくださったことにある。
まさかここまで行きたがるとは……。
こんなことならばもっと前から連れて行ってあげるべきでした。
ただし、今回に限っては遠慮願いたいところ。
何故ならば今回はシズク様の気分転換というのが第一の目的であるからで、つまるところ温泉に行けばシズク様も同じ湯に入ると言うことなのですから。
まだ子供とは言え、大人に近づいた子たちを一緒の湯に入らせると言うのは……保護者として私は良い顔は出来ません。
……心苦しくも辞退を促しましたが、フルオリフィア様の首は横に振られることはありませんでしたが。
もう貴方様の中では決定事項となってしまっていましたね……。
「東門を抜けて2刻ほど歩き、通年通して枝木だけとなった裸ケラスの山の中腹にその温泉はあります。多少歩きますが辛抱してください」
馬に乗れば直ぐだったが、私以外には乗馬の技術を持った子はいなかったので断念せざる負えない。
ルイ様とシズク様は馬に乗るだけなら大丈夫だと言ってましたが……それは跨るの間違いです。
今後、もしものために四天の子らに馬術を教授した方が良いのかもしれません。里に帰ったら進言してみましょうか。
「はぁ……ひぃ……ま、まだなの、フルオリフィア……」
「しぃ……知らない、わよ……こんなに、体力がないとは……」
道中、フラミネス様とフルオリフィア様は歩き慣れてないのか息も切れ切れでした。
おふたりの行動範囲は屋敷とその周囲くらいですもんね。
私は見回りと言った警護で多少は……まあ、疲れは感じてました。昔と比べて体力が衰えたなのでしょうか……いいえ、きっと日頃の疲れが残っていただけでしょう。そう思っておかなければ直ぐに老けてしまいそうです。
ルイ様とシズク様は疲れの色なんてものは見せずにけろりとしているのがとてもうらやましく思います。
道中ではルイ様とクレストライオンのリコが追いかけっこをするほど力が有り余っている印象でしたが……。
何度か休憩を挟みながら、ようやく目的地の温泉へと辿り着くことが出来ました。今となっては心地よい疲労が丁度良い塩梅ですね。
この温泉は里の者でもごく一部しか知らない秘湯ですが、脱衣所として使われる小屋も設置されています。
浴槽の方も誰かは知りませんが土魔法を使用し、周りの土が溶け出さないよう固められています。これにより、動き回っても湯が汚れることもありません。
私がここを知る前から改装されていたので、かなり昔に行われたんだと思います。
「見て見てルイ! 見てよルイ! 池から湯気が立ってるよ!」
「これが温泉かー。なんか変な臭いがするねー」
着いて早々、ルイ様とフラミネス様は温泉へと手を差し込んではしゃいでいました。
確かにこの温泉は多少鼻につく臭いがします。しかし、これでもまだ薄い方ですよ。以前私が入ったところは思わず鼻を塞いでしまうほどきついところもありました。逆に無臭の場所もありました。
しかし、なんでしょうね。この卵が腐ったような臭いは……いつも不思議に思います。
温泉に浸かればその気持ちよさから臭いのことなんて直ぐに消えさってしまいますよ。
「……みゅ」
しかし、獣であるリコにはどうやら堪えるらしく、若干苦そうな顔をします。
彼女……と言っていいのかはわかりませんが、リコは温泉に近づくにつれて呻き声に近いものを上げてましたしね。
「ああ、温泉だ。こんなにも大きいなんて思わなかった」
「ええ……温泉ね。こんな立派な温泉に入れるなんて思わなかった」
フルオリフィア様とシズク様のおふたりは並んで立ち尽くし、温泉を前に感慨に耽っているように見えました。
ただ、これほどまでに喜んでもらえたら……来てよかったのかもしれませんね。
「あ、シズクはあっちで着替えてね」
「う、うん。わかってる」
「……覗かないでよ?」
「覗かないよ!」
フルオリフィア様の言葉に動揺しながらシズク様は奥の物陰へと早足で向かいました。む、もしやシズク様は一緒に着替えるつもりだったんですか? それは許しませんよ。
シズク様を見送ると、リコが同じようにシズク様の後を追って行きました。
今回の企画の主旨を考えると、少し申し訳ない様な気もしますが……しかしここで心を鬼にしなければなりません。
男女の区別はしっかりつけさせねば!
「念には念を入れて……」
私はシズク様たちの背を見送りながら、一節呪文を口ずさみます。
風魔法と火魔法を同時に展開。靄を発生させて視界を悪くしておきました。
これで近寄らなければそういったことには合わないでしょう。まあ、もう一つ防護策を立てていますが。
霧を張り終え、私も脱衣所である小屋へと向かいました。
「ちょっとルイ! 何それ何それ! 胸に付けてる布! 私初めて見た!」
「これね。ブラジャーって言う下着なの」
「え、下着なの? はじめた見た! 何々、身体を冷やさない為のもの?」
「うーん、よくわかんない。でも、シズクが着けろって言うからね。今では着けるのが当たり前で何の意味があるかぼくにもさっぱりわかんない」
「えー! でもかわいいな! 欲しい! 私も欲しい! フルオリフィアも欲しいでしょう!?」
「そう、そうね。わたしも欲しいわ。将来困りそうだし……他の居住区で買えないかな」
「将来? レティ何に困るの?」
「え、その……垂れたり?」
「垂れる? フルオリフィアは不思議なことを言うね!」
ふむ……そう言えば洗濯物の中にそのようなものが何着かありましたね。
どう使うのかはさっぱりわかりませんでしたが、花柄の刺繍が丁寧に縫われていて、何かを包む布かと思ってましたが……。そうですか。胸当てだったんですね。
と、それよりも。
「おふたりともこれを着てから脱衣場から出てくださいね」
そう言って事前に用意しておいた湯浴み着を半裸状態でいたフルオリフィア様とフラミネス様に渡しておきます。
ルイ様には家にいる時に言っておきましたが、2人には伝わっていないご様子。
てっきり、ルイ様が『
「え、温泉って裸で入るものじゃないの? 違うよ、フルオリフィア。話が違うよ?」
「あー……わたしはお風呂って裸で入るものだと思ってたから……」
まあ、なんてことでしょう!
四天の娘ともあろう方たちが人前で素肌を晒すなんてとんでもありません。
ここは知られていないとは言え、混浴なのです。
めったに人が来ることはありませんが、もしも、他の天人族が来られていたらどうするんですか、と2人に言付けておきます。
「あれ、ルイは水着なんだ?」
「うん、この方が動きやすいからね! だって温泉って温かい池でしょ! 泳がないと!」
「それは……ちょっと違うかな」
「いいな、それもかわいい。衣服は外の方がかわいいの多いね!」
なんて半裸の子供たちがルイ様の衣服を楽しんでいる間に私も衣服を脱いで湯浴みに着替えます。
あ、そうだ。忘れていました。
インパ殿から温泉に入る前に飲んでおけと言われたものがあったんでした。
何でも疲労回復を向上させる薬だそうで。ふふ、あの方もたまには気を利かせてくれることをするんですね。
私は小瓶を取り出し栓を抜き一気に喉に流し込みました。
――熱っ! 痛いっ!
「げほっ……げほっげほっ……良薬口に苦しと言いますが……これは酷いですね」
喉の奥には焼けるような痛みと舌の上には仄かに甘みと辛みの混じったものが残ります。
しかし、なんでしょう。胃の中から身体全体へと温かみが広がっていくような。そして浮遊感を感じます。
即効性のものでしょうか。確かに身体が良くなった気がします。
ただ、この口当たりといい、感覚といい……何かに似ているような。まあ、気のせいでしょう。
「先に行ってます……が、3人とも羽目を外し過ぎて濡れた足場で転ばぬように」
そう言い残して私は小屋を後にし、温泉へと足をゆっくりと沈ませていきます。
もうすぐ冬季を迎えるためか最近はすっかり寒くなってきた今日この頃、湯に浸かっていく足から全身へと弱めの雷魔法を撃たれたような感覚が襲ってきます。
思わず身震いを起こしてしまいますが、これもまたいいものです。
「さて……シズク様は……もう着替え終わった頃でしょうか……あ、ああ、もういらっしゃるようですね」
そう私は温泉の中を進み、霧に包まれたシズク様らしき人の元へと向かいました。
私が生み出したこの霧の中であれば、どこに人がいるかも手に取るようにわかります。
温泉にはどうやら2つのものがいるのを感知し、1つは四足を使ってはしゃいでいるので、これがリコだとはわかったので、多分もう片方がシズク様のはずですが……。
「……頭が……ぼーっとする……」
……でも、私は行かなければなりません――いや、行かないといけないのだ。
何故って? それは何故だろう……いえ、きっとシズク様を監視するためだ。
例えまだ子供だとしても彼は男子。素肌を見せ合うようなことは避けなければならない。
それが互いの為でもある。
「湯浴み着を身に纏っても、やはり男女が共にするなんていけません……」
一歩一歩視界の悪い中を進んでいく。
自分で作り出したとはいえ、視界の悪さは思ったよりも移動を邪魔してくる。
頭がふらつく。こんなことは初めてだ。
(くらくらする……まさか、のぼせた? 入ってまだ足しか浸けてないのに? 一体……)
「ここにいたんですね」
「え……リウリアさん!? どうして、って……あー、服を着てるんですね」
「……残念でしたね。裸が見たかったんですか?」
彼の語尾の落ち込み具合からやはりそういうことを期待していた節があったんだろうと悟った。
彼もやっぱり男なのだろう。年頃らしく女性の裸というものに興味を持ってもおかしくない。
私はふうと息を吐いてシズク様の隣へと腰を下ろした。
彼が動揺するのがわかる。
そんな緊張しなくてもいいのに。
「り、リウリアさん!? 近すぎませんか!?」
「ええ、そう……? 気のせいじゃない?」
ああ、気持ちがいい。肌寒い中で温水は身体の外から温めてくれる。
私の胸の中は何故か温まっているので若干暑いくらいだろうか。
ふと視線をシズク様に向けると彼はそっと目を逸らした。顔は真っ赤だ。上せやすい性質なのだろうか。
「……」
「……ぅぅ」
「……はぁ」
温泉に身を委ねながら、ひらすた私はシズク様を眺め続けた。
シズク様を見ていると何か私の胸の内がざわつく。
これが男だなんて未だに信じられない。
今は長い髪も纏めて上げているため、いつも以上にうなじが艶やかに栄える。
その首元には汚れと錆が目につく鎖に繋がれた、黒い結晶のついた首飾りが下がっている。
あれは、ルイ様も同じ青色のものを身に付けていられた。
宝石の類には見えないが、多分大事なものなのだろうか。
そっと肩からなぞる線も細く華奢。腰もすらりと細くその先のお尻も……あれ?
「シズク様……裸なのですか?」
「と、当然じゃないですか! お風呂ですよ! 裸で入るもんでしょう!」
「……伝わっているのかと」
これもルイ様が伝えていると思ってたのだが、こうも連絡が行き届いていないと言うのも私の失敗だろうか。
シズク様は全身が真っ赤になっている。
大丈夫なのだろうか。まだ入って間も無いはず。魔人族が温泉に弱いとは聞いたことは無い……。
「シズク様……?」
「は、はいっ!?」
心配しシズク様の体調を図ろうとそっと身を乗り出した時、シズク様は一度視線を下へと送り、驚き直ぐに視線を逸らして私に背を向け身体を丸める。
尋常じゃないほどの慌てっぷりだ。
目はぎゅっと力強く閉じられたその横顔はまるで何かを我慢しているようで……。
「どう、かしました? お腹、でも痛い……?」
「い、いえ、違います。違いますが、ちょっと離れてもらってもいいですか!?」
「何、言って……具合が、悪いなら……早く出ない、と」
頭がぼーっとする。呂律もなんだか怪しくなってきたが、それでもと保護者である私は彼の身を案じた。
せっかく気分転換に来たのに体調を崩されたなんてことがあっては台無しだ。温泉から上がって休んで貰わないと。
そう彼の腕を掴んで引き上げようとしたところで「あ」と……私は思わずよろけて彼の身体に覆いかぶさるように倒れ込んだ。
「ひっ……あっ……っ!!」
今以上に頭の中が真っ白になっていく。
なんだ。自分の身体がおかしい。妙な熱が頭の中を掻きまわす。
圧し掛かったことで頬が触れそうなほど近づいた彼の顔は先ほど以上に熟れた林檎のように赤々としていた。
どうしてか、目には若干の涙を浮かばせている。
(やはり……綺麗だ……)
たとえ彼がフルオリフィア様よりも1つ2つ年下の男子だったとしても、異性とこんなにも距離を詰めた経験のなかった私も頬が熱くなるのを感じている。
情けないことに私は、何十と年下の彼をこの場限りで意識してしまったのだ。
(これが……男と言うもの……)
このような態度をとってしまったのも、私が男とは無縁の生活を送っていたせいだろうか。
もういつから始めたのかも定かではないが、私の64年の記憶の大半はこの里での護衛に精を出していたものばかりである。先代から今のフルオリフィア様まで、私は近衛としての任を全うし続けていた。
気が付けば周りからは鉄仮面やら風絶やら良いように言われたが、そんなもの好きに言わせておけばいいと……こんなのだから男性など寄り付かないのだ。
1つ言えば別に後悔はしてはいないと言うこと。
四天の護衛になれるなんて大変名誉なことだし、何も恥ずべきことはしていないのだ。
「り、リウリアさんっ、近っ……近い……!」
「あ……そ、そう、ですね……シズク様……」
直ぐに離れればいいものを、私の身体は一向にシズクの身体に寄りかかったままで動けない。足に力が入らない。
どうした、私の身体よ?
視界と同じ霞みがかった私の頭では冷静な判断は出来ない。
「すみ、ません……」
私はすっかり湯あたりをしたかのように彼の身体にぴったりと引っ付いたままだった。
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