第54話 亜人族の居住区で遅めの昼食を


 神魂の儀という特別な一日を迎えても、次の日にはいつも通りの日々が続いていく。だから、本来ならブロス先生の授業が次の日のわたしにも待っていたはずだった。


(……まあ、からウリウリは欠席届を出そうとしていたらしいけどね)


 けれど、わたしの普通は3日ほど先延ばしにされたようだ。

 理由はわたしたちを教えるブロス先生が年甲斐もなく昨晩の懇談会ではしゃぎ過ぎたらしい。らしいと言うのもその話を聞いた途端、わたしは周りを急かしながら外出の準備を始めたので詳しい経緯は聞かなかったからだ。

 だってそれはつまり、あの3人もおやすみだってことなのだから。


「ど、どうしたのっ、レティそんな急いでどこいくの!?」

「まだ里に着いたばかりだからぁっ、はぐれちゃったら僕ら迷子になっちゃうよ!」

「理由はっ、あとで話す、からっ! 今はこの場所から一秒でも早く去ることを考えて!」

「「なんでぇ~!?」」


 わたしは2人の手を引いて亜人族の居住区へと早足というか、ダッシュで向かうる。その後ろをウリウリとリコちゃんは続く。


 わたしが急ぐ理由は単純だ。だって、絶対あの3人もわたしたちに着いて来ようとするからだ。

 別に3人にルイを紹介したくない訳じゃない。むしろわたしの大切な人だからこそ知って欲しいとすら思う。


 でも、最初っくらいルイと2人っきりではしゃぎたいよ!

 まあ、ウリウリは一緒にいないと外出できないし、おまけのシズクは最大限の譲歩だ。

 あ、リコちゃんはもちろん一緒にいてもいいんだからね!


(ここでルイとの出会いを邪魔されてなるものですか!)


 天人族の居住区から出た後ならゆっくりしてもいい。だが、今は天人族の居住区なのだ。

 ここは駄目だ。3人の活動範囲だ。見つかる可能性は高い。

 まあ、正午も過ぎたこの時間まで探し回るほど、彼らも暇ではないだろうし、待ち伏せするほど愚かでもないだろうが――。


「あ、きた!」

「おお、本当に来た!」

「……ふふ」


 前言撤回……彼らは待ち伏せするほどの暇人ではあったけど、愚かではなかった。

 むしろ、頭が足りなかったのはわたしの方だということか。


「よっし! 昼飯も食べずに待ったかいはあったな!」

「もー、ぺこぺこ! フルオリフィアのせいで私はお腹ペコペコだよっ!」


 文句も言いながらも誇らしげな顔の2人にわたしの口元は引き攣る。


「なんでこの場所を!?」

「チョロすぎ! フルオリフィアはチョロすぎ!」

「行くならの方で、使うならこの橋っていう、これも全部レドのおかげさ、なあ!」


 なんてドナくんがレドヘイル君の首根っこに腕を回す。レドヘイル君は苦しそうに顔を歪ませつつも誇らしげだ。


「でもよかった! フルオリフィア元気になって――あれ、やっぱりまだ体調悪い? 大丈夫? そんなに顔をしかめてフルオリフィア大丈夫?」

「……そうね。せっかく良くなったと思った頭痛が再発したわ」


 鬼人族の居住区に行く可能性だってあった。利用する橋だって12本架かっている。どこを通るかなんてわからない。

 これが幼馴染というものか。わたしの行動なんてお見通し、と言いたげな表情の3人だ。


 確かにわたしは鬼人族の居住区について明るくはない。それならばまだ土地勘のある亜人族の居住区でこれからについて相談しようと思っていた。

 しかし、癖みたいにいつも通る、屋敷から一番近い橋を選んだのがこういう結果に繋がったんだろう。

 くそう。急ぎ過ぎた。


「……紹介いい?」


 今度はレドヘイル君も参戦か。

 仕方ないか。

 盛大な溜息をついてわたしは左右にいる2人へと視線を送り渋々と頷いた。


「もう、わかったわ。……この青髪の子が君たちが知りたがっていたルイだよ」

「んっと、よろしくね。ドナくん、フラミネスちゃん、レドヘイルくん」


 ルイは軽く頭を下げて、向き合った3人の名前を呼んでいく。当然と顔と名前の区別はついているようだ。

 その3人はルイの挨拶が終わった後、目を見開いてわたしとルイの顔を交互に見比べていく。


「すごいそっくり! 2人ともやっぱりそっくり!」

「……うん、びっくり」

「ま、まあ、俺は区別がつくけどな!」


 続いてシズクだ。


「この黒髪の子がシズク。君はルイとは違って初対面みたいなもんだから紹介するわ。この金髪の子がドナくん。赤髪の子がフラミネスちゃん。緑髪の子がレドヘイルくんね」

「シズクです。ルイの付き添いでこの里に来ました」


 ぺこりと会釈をするシズクに対して3人はわたしたちとは違った反応を見せる。


「……わあ」

「す……すごい美人さんだよ! はわぁ……!」

「……っ!」


 感嘆の声を上げたのがレドヘイルくんで、とろんとした目を向けるのはフラミネスちゃん。

 最後に口を開けて硬直するのがドナくんだ。あらら、これはもしや?

 わたしの視線を感じ取ってドナくんが慌てていつも通りを取り繕うとする。


「ま、まあ、そこそこだろ? なのが残念だな!」


 もう、ドナくんってば!

 誤魔化してそんな言葉使わないでよ!

 

「あの、レティ。無猿って何?」


 むっとドナくんを睨みつけようとしたところで、そうシズクが訊ねてきた。

 レティって言葉にドナくんがまた噛みついてきたけど、そこはわたしが許したっと言って黙らせ続ける。


「……悪く思わないで。地人族……人間に向けられた差別用語なの。ドナくん口は悪いけどいい子だから」

「……そっか。でも、いい気分じゃないね」


 釈然としない、って顔だ。うん。わかるその気持ち。

 わたしも最初にその言葉と意味を聞いた時は元人間だったこともあって悲しかった。


 最初は咎めたりもしたけど、彼の家族が特殊だから注意してもまったく気にもかけないのですっかりわたしは諦めてたんだけどね。いつかは人の上に立つんだからやっぱり直させないといけないよね。

 悪口を言われたようなものなのにシズクは怒りもせず、ただドナくんに一つ頭を下げるだけだった。若干悲しそうだけどさ。

 それを見てドナくんもちょっとは悪かったと思ったところがあるんだろう。少し眉を落とす。

 シズクにしたら話はそこで終わらせるつもりだったのだろう。

 だけど、そこで気に触れたのは本人でもなくルイだった。


「……シズクは魔人族だよ?」


 そう、ルイは少しばかり怒気を含みがちに訂正をする。


「……そ、そうなのか?」

「ええ、一応は……」


 シズクが申し訳なさそうに頷き、それを見て曇りがちだったドナくんの顔が若干だが、晴やかになる。


「な、なんだよ! それを先に言えよー! お前みたいな女が無猿なんて勿体ない! いやあ、よかったよかった!」

「え……僕はおと――」


 うわあっ!

 口走るシズクの口を押さえ、そのまま首に腕を回して腰に抱え込み、無理やり後ろを向かせる。

 あ、首が絞まったみたいでぽんぽんと腕を叩かれた。危ない危ない。


(げほっ……なに、レティ?)

(ごめん、ややっこしくなるから、シズクは女の子として振る舞って!)

「ええっ!」

(ちょっと声が大きい! っと、その……駄目かな?)

(僕……また、女の子として振る舞わないといけないの……?)


 うっ……そんな悲しい顔をしないで。

 彼が女装することは嫌がっているのは知っている。あのメイド服は似合ってたけどね。

 でも、ここでドナくんがシズクのことを男だって知っていがみ合うのは勘弁して欲しい。

 彼もまたルイと同じようにわたしに近寄ろうとする異性に牽制するのだ。

 もしもここでシズクが男だって知られようものならドナくんが阿鼻叫喚と喚きだすのは目に見えているわけで……。


(……ごめん。でも、出来れば否定しないで欲しい。ばれたらその時だけど、自分から男だって言わないで?)

(それってばれた後がややっこしくなるんじゃ……?)

(う……確かに。でも、それでお願い! 今だけ、いえ! ドナくんの前だけでもいいから!)


 困ったような、悲しそうな顔をしつつも渋々とシズクは「わかった」と頷いてくれた。

 それからわたしの腕から解放されたシズクは一度目を瞑り、何度も小さく自分に言い聞かせるみたいに頷きだす。

 シズクは改めてドナくんへと、あの屋敷で見せていた笑みを浮かべて「よろしくお願いします」なんて挨拶をした。


「なっ!?」

「はわっ!」

「はぅ……」


 その笑みに当てられて、ドナくんの頬が瞬間的に完熟したみたいに真っ赤になる。おまけにフラミネスちゃんもレドヘイルくんも道連れだ。


 はあ、流石だなあ。

 伊達に5年近く女として振る舞ってきただけのことはある。

 問題を先送りしただけだが、わたしはほっと胸を一撫……が! そのシズクとの内緒話をじろりと睨みつけている人がいたことにわたしは気づいていなかった。


「……レティ」

「ん、何? ルイ」

「……シズクとっちゃだめだからね?」

「取らないよっ!」


 ひい! ここにもドナくんがいた!

 にっこりと笑っているのにすごい威圧感を感じる。

 ああ、怖い怖い!

 約束だからね! ってそんなことするはずないじゃない。もう、許してよ!





 このまま橋の上で話しているわけにもいかず、結局わたしは3人の同行を許し亜人族の居住区へと向かうことにした。そして、わたしたちも、ドナくんたちもまだ食事を取っていなかったことから遅めの昼食に行こうと話も決まった。

 レドヘイルくんとフラミネスちゃんはおおむね同意してくれたけど、ドナくんはご不満だ。

 だけどそんなのは知らない。

 口にこそしなかったが同行を願ったのは君なんだからね。


 ただ、行く前にドナくんには生り損ない――人とも獣でもない半端者って言う意味の亜人種への侮蔑や差別用語全般を禁句にして、だ。

 怖いもの知らずと言うか、天人族至上主義が根付いちゃっているのでドナくんは人の目を気にせずに口にしてしまうことがある。

 軽い乗りで承諾されたのできつく目を光らせて言付ける。


「ところで、皆の護衛は?」


 橋を渡り終えて、亜人族の繁華街を歩きながら3人に尋ねた。

 今日はまだ日も出ているうちだから亜人族さんたちの視線がいつも以上に集まる集まる……どれも好意的じゃない。

 この場所に来ることはわたしを含め四天の子供という立場上から好まれないし、行くとしたら護衛は必須だ。だから、ウリウリみたいな護衛がいないのはおかしい。


「ヘナ姉にはリウリアさんがいるって言っておいた!」

「俺もインパにそう言っておいた」

「……僕もオルファに」


 はあ……そうですか。そうですか。

 他の護衛たちはみんなウリウリなら大丈夫って押しつけ……いや、任せたんですね。

 更に彼らは自分の懐から1枚のリット銀貨を取り出してウリウリに渡す。

 多分だけど、これが子守代というか迷惑料とかそういうのを含めているんだろうね。


 ただ、彼ら3人の護衛達も天人族の居住区から出るとは思わなかったんだろうな。

 ウリウリに視線を向けると相変わらずだけど、若干緊張した面持ちだ。

 ……責任重大だね。


「みんなウリ、リウリアに迷惑をかけすぎないようにね。何かあったら全部リウリアのせいになるんだから」

「はーい」

「うん」

「そうだぞ。余所者のお前たちも気を付けるように!」


 なんてドナくんが忠告し、シズクと素直に「はい」と返事をして、ルイはくすくすと笑った。

 もう何も言いはしないよ。


 それから私たちは大勢の視線に晒されながら、大通りに面したとある飲食店に足を運んだ。

 そこはアルバさんが絶賛するお店で、一度は行ってみたいと思っていたのだ。

 わたしは亜人族の居住区に頻繁に出向いているが、いつもアルバさんの工房に直行しているし、時間もないからこの店もこの大通りも今まで通ったことは無い。

 いつかはきっと……なんて、この日が来ることをとても楽しみにしていた。


「はーい、いらっしゃー……って、ちょっとちょっと!」


 お店の中では猫人のウェイトレスさんがわたしたちを出迎えてくれた。

 すらっとした細身で、服の外から出る地肌は虎縞の三毛猫みたいに毛で覆われている。

 ただ、彼女はわたしたちの姿を見るなり慌てながら待ったをかけてくる。


「耳長の子供じゃない!? こんな埃臭いところに何の用かしら? 一応言っておくけどここは飲食店よ?」


 その一声に、みんなの口がぽかんと半開きになる。わたしもそうだ。

 うわあ、歓迎されてない。

 顔は笑っているのにお帰りくださいって顔に書いてあるように思える。

 ウリウリだけは小さく溜め息をつく。その反応は当然って感じ。

 ドナくんの眉が吊り上がるけど、どうにか堪えているみたいだ。ドナくんえらいぞ!


「えっと……食事をしに来たんだけど、このお店は営業中じゃなかったかしら」

「んーん、まだ営業中だけど……耳長さんたちの綺麗なお口に合うかしら? 食事を出した後に苦情言われたりお金払わないなんて言わないでよね?」


 うぇ、まさかの喧嘩腰。一応、これ接客業だよね……こんなの苦情が入ってもおかしくない。

 自分が以前いた国がどれだけお客さんを大切にしていたのかがわかるってもんだ。


「まあいいわ。子供6人に大人1人、それにあら、珍しい。この子なんて名前の魔物かしら? うちの店長にそっくり……あっと、こんなこと言ったら怒られちゃうわ。一応これも含めて店で暴れないこと。じゃないと尻叩いてでも追い出すから」

「リコもお店の中いいの?」

「ええ、いいわよ。双子の片割れちゃん。でも、期待しないでいるわね。女だからってあたしのこと甘く見ない方が良いわよ」


 リコちゃんの入店を許しながら、猫ウェイトレスはスカートが捲れるの構いもせずにその場で足を一線宙に薙ぐ。

 蹴りで巻き起こった風がわたしたちの頬を撫でる……早い。

 スカートなのに気にせずに蹴り上げるってことはこの速さから中が見えないってことね……。


「では、勝手にどうぞ~」


 言うだけ言って猫ウェイトレスさんは背を向けて店の中へと戻っていった。

 そこから先の案内はなし。好きな場所に座れと言うことらしい。

 失敗したかな……。アルバさんは絶品だって言ってたのにね。

 ウェイトレスさんの態度でお冠なのはドナくんだけじゃなく、フラミネスちゃんやレドヘイルくんも同じようだ。

 ただし、シズクとルイはというと……、


「すごいねこのお店! 言うだけ言ってもお客さんとして相手してくれる!」

「うん、今までになかった反応だね。新鮮だよ」

「ねー!」

「みゅうみゅう!」


 まるで慣れっこのように平然としている。いや、むしろ楽しんでる。

 まあ彼らの場合、うん……ルイの記憶から人間とは他種族だったり、リコちゃんの問題もあって門前払いを食らったこともあったっけ。

 この反応に喜ぶって、これが経験の差かね。


 わたしたちは6人掛けの長テーブルを選び、各自で好きな場所に座っていく。

 個人的にわたしは一番端の席が好きだ。だけど、そうもいかないみたいで、わたしの両隣にドナくんとルイが座る。前はレドヘイルくん、フラミネスちゃん、シズクって並び。

 リコちゃんはシズクの隣にちょこんと座り、ウリウリは隣の2人掛けの席に1人で座った。


「このお店でよかったの? 感じ悪くない?」

「……酷い」


 フラミネスちゃんがぷぅと頬を膨らませてる。レドヘイル君もちょっと悲しげだ。

 で、3人の中で一番騒ぐと思っていたドナくんはというと、厨房へと姿を消してしまった猫ウェイトレスをまるで親の仇のような目で睨みつけている。

 おお、ドナくんの怒った顔は父親譲りで怖いなあ。


「まあまあ! 知り合いからは凄い美味しいって聞いたお店よ。文句は食べてからってことで!」

「でもでも、言うなって。文句は言うなって――」

「だ――! うるさい! さっさと選びなさい! ほら、ドナくんもいつまでも睨みつけてないで!」

「お……おう」


 この店ではお品書きと言うものは無く、壁にある木札に書かれたメニューの中から皆好き好きに選んでいくらしい。らしいというのもわたしの外食経験が今初めてであり、後はルイの記憶からってことだけど。

 他の3人はどうなんだろう。でも身分的に外食なんて行くことなんてなさそう。


 さて、亜人族の食事は肉料理が多いとはアルバさんから聞いている。野菜もとる人もいれば全くいない人もいるとかなんとか。栄養偏りそう。

 このお店でもアルバさんの話通り、肉料理を主として扱っている。

 壁のメニューにはグラムワニのソテーとか鬼鹿の香料焼きとか、ドコラ豚のステーキ、首長鶏の照り焼きなんてものもある。

 何にしようかなぁと目移りしそう。


「え……嘘?」


 ん、向かいのシズクが何やら一点を見つめて戸惑っている。

 なんだろう。

 一体何を見て……と、わたしも彼と同じ場所へと目を向けるとそこには……。


(う、嘘……?)


 わたしもついそのメニューに視線が釘付けになった。

 見間違いだろうか。瞬きを何度も繰り返しそのメニューを再度見る。

 ああ……見間違いじゃない。

 この世界にこのメニューがあるなんて!

 どういうこと!?


「シズク決まった?」

「……うん。あの、“ラーメン”で」

「らーめん? 何それどんな料理……あ、れ?」


 しまった。先に言われた!


 ――ラーメン。


 そうラーメンだ! この店にはラーメンがあるのだ!


(ああ、もうなんでなんで! なんでこんなメニューがここに!?)


 すごい、すごい気になる! 


 でも、アルバさんはなんて言っていた? 肉料理が絶品だ、と言っていた!

 うわあ、折角の肉料理なのになのに! 肉がメインの料理なんて魚や野菜を主食とした天人族じゃ少ししか食べれないのに! でもって外食する機会なんて滅多に無いし! しかも、亜人種さんのところの食事なんてこれから先あるの? あるの? あるとしても数年か十数年先になるんじゃないの!?

 それでも、ああどうしよう。シズクの名前みたいに同音異語だったらどうしよう!? 

でも仕方ないじゃないか! その名前を見つけてしまったのだから! もう目から離れない! 無理だよ! この精神下で他のメニューを頼むなんて!

 ああもう、絶対わたし失敗してるんじゃ!? わたしはこのメニューを選んでいいの!? ああ、もう! もう本当に!


 ……どうする!? どうする、いやいや――もういい!


「ふ、ふーん、じゃあ、わ、わたしもそれで……!」


 わたしは震える唇を抑えつつ、至って平然と振る舞って彼と同じメニューを口にする……言った! 言ってやったぞ!

 ちょっと動揺したけど、怪しまれないよね?

 シズクは未だにそのメニューをずっと見てるし、わたしの反応に気が付いていないはず。

 いいの! もういいの! これでよかったんだ!


「……レティも? じゃあ、ぼくも同じので」


 それから他のみんなも注文が決まったということで猫ウェイトレスさんを呼ぶことにした。

 平然を保っているつもりだったけど、内心はどきどきだ。

 これが吉と出るか凶と出るか。厨房の奥の料理人だけは知っているのかも。


「じゃあ、以上で。……ところで、さっき言ってた知り合いって誰?」

「聞こえてたの?」

「ほら。一応、だし?」


 そう自分の頭を……耳を指さしてひょこひょこと動かした。

 そっか、亜人種って身体能力がわたしたちに比べて遥かに優れているんだ。無闇な内緒話なんて彼らには通じないね。

 じゃあ――。


「アルバさんっ!?」


 そう、名前だけを告げると彼女は仰天してその場で飛び跳ねた。

 

「じゃ、じゃあ、もしかして、あなた四天のフルオリフィア?」

「う、うん」

「え、じゃあ、って……あれ? 君たちもよぉく見たら四天の子! 昨日の演技見た! なんだなんだ。先に言ってよ! もー! 店長ー! アルバさんが言ってた女の子が来てるよー!」


 大声を上げて猫ウェイトレスさんはどたどたと足音を上げてまた店の奥へと引っこんでしまった。

 その声は先ほどまでとの温度差が違う。なんだろう。アルバさん変なこと言ってないといいんだけどね……?





「おっまたせぇ!」


 間もなくして、笑顔を盛りだくさんにした猫ウェイトレスさんはフライドポテトと飲み物を持って現れてテーブルに並べていった。

 リコちゃんには骨のついた炙り肉だ。


「さっきはごめんね。まさかアルバさんが言っていた女の子だとは思わなかったからさぁ。だから、これはサービス! 皆の料理もちょっと待ってね。あと3人のらぁめんはちょっと時間貰うよ!」


 尻尾をふりふりして屈託のない笑みを浮かべるのだ。

 嵐みたいな人だな。これが本来の彼女なのかもしれないね。


 その後、程なくして皆の料理がテーブルに並べられた。

 ドナくんが鬼鹿の香料焼き、フラミネスちゃんが石皮牛の串焼き、レドヘイルくんは具だくさん(主に肉が)のシチュー。ウリウリはハムとサラダを挟んだサンドウィッチだ。


「うわ……すごっ! こんな量初めて見た!」

「食べれるかな。これ食べきれるかな!」

「……うう」


 そう目の前の料理の大きさに3人が呟く。子供の料理……というか、天人族の一般成人の量にしても多い。

 ドナくんなんて自分の顔ほどの大きさの肉の塊だし、フラミネスちゃんはブロック肉と野菜を指した串が3本。レドヘイルくんのなんて器が鍋みたいでなんてちょっと顔引き攣らせてるしね。

 ウリウリのサンドウィッチはまだパンチは薄いが、顔みたいに大きなパンを三等分して具を挟んだものだった。あ、戸惑ってる。

 

「……ふ、ふん……じゃあ、先に食ってるぞ」

「うん、温かいうちにお食べなさい」

「はーい! はい! じゃあ、手を合わせてー!」

「……がんばる」


 そう3人が祈りを捧げ、食事を始めた……お、良かった。

 食事を始めた3人の様子はとても好評みたい。最初は難癖をつけていたドナくんもにっこり笑顔だ。

 口直し? になるかはわからないけど、フライドポテトも合間合間に口にしているしね。

 見ててよだれが出そうになる。


 フラミネスちゃんが1口いる? って聞いてきたけど、それはちょっと辞退させてもらう。

 出来れば、空腹状態のままでその“ラーメン”とやらを口に運びたいのだ。

 シズクもフライドポテトに一切手を伸ばさずに黙ったままだしね。もしかして彼も何か思うことがあるのかもしれない。

 ルイは3人の食事にちょっと羨ましげだ。

 わたしたちに合せずにみんなと同じ料理にすればよかったかもね。


「まだかなぁ」

「もうすぐよ」

「……」


 皆の食事を恨めしそうに見つめながら――それから暫くして、わたしたちの頼んだラーメンが来た。

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