第53話 はじめましてをもう一度
ルイとはベッドの上で向かい合い、改めて挨拶と抱擁を交わした。
今度は頭痛もなく普通にこなせたことが堪らなく嬉しい。
ただ、通算3回目にしてこれである。感動も何もあったものじゃない。
例えるならば冬休みを挟んで、久々に再会した友達と挨拶を交わしたようなもんだ。互いに都合が合わなくて休み中は会えなかったね、ってくらいの残念状態。わからない? だが、わたしはそう感じた。
「……ぷっ、ふふっ!」
「ふふっ、あはははっ!」
でも、それで良かったのかもしれない。
昨晩のままだったなら、わたしは感動のあまりルイのことを気遣ったり、余所余所しく接してしまっていたかもしれない。
それが今は違う。
抱擁を解いて顔を合わせれば、どちらともなく理由も無く笑っちゃったんだ。
何を今更こんな挨拶をする必要があったのかって思いは一緒だったと思う。
その後は2人ベッドの上で並んで昨晩の出来事を話した。
わたしがシズクと先に出会ってしまった話とか、ルイは幼馴染3人が急に話しかけて困惑したこととか。
念願のリコちゃんに触ることができたことはとても嬉しかった。
「みゅう、みゅう、みゅう!」
「あはっ! リコも喜んでるよ!」
「本当に? リコちゃんとっても柔らかい!」
わたしたちと同等……いや、それ以上に大きなリコちゃんの体毛を抱きしめて大満足。
これが魔物だっていうから不思議なものだよね。
クレストライオン。とても獰猛な魔物だってルイから教えてもらっていたけど、彼らと過ごした日々の大半は優しく頼りがいのある仲間であり家族だった。
ああ、いいな。もっと小さい頃のリコちゃんにも触りたかった。
何気ない会話を頭の中で発声するよりも、こうして直に口に出してルイに伝えられることは実に新鮮で有意義だ。
わたしたちが談話中、シズクは仲間外れにしちゃって悪いなあって心苦しくも思う。けど、わたしたちに向ける彼の眼差しはわたしの記憶の中にある優しいシズクのままだった。
ちょっと気恥ずかしくて、あと勝手に決めつけていた申し訳なさも相まってわたしは気が付かないふりをしてしまうけど……。
そして、楽しい会話を台無ししちゃうけど、一つ、ルイには話しておかなければならないことがある。
「……わたし、ルイに謝らないといけないことがあるの」
「謝る? 何を?」
「実はわたし……ルイの記憶を覗き見ちゃったかもしれない……」
見たくて見たかったわけじゃない。でも、わたしは見てしまったのだ。
楽しかったことも嫌だったことも悲しかったことも腹立たしいことも。
彼女が経験してきたことを全て。
他人が許しも無く勝手に知っていいものではない――そうわたしは思い、謝罪に至った。
「……そっか、やっぱりあれ気のせいじゃなかったんだね」
「ルイ?」
「ぼくも、レティの記憶見ちゃったと、思う」
「ちょっと2人して何の話? どういうこと?」
ここにきて今まで黙っていたシズクが口を挟んできた。なので、説明とお互いの認識も含めて、ルイと共にシズクへと昨晩のあの状況を語ることにした。
ルイの説明を聞くと同じようにわたしの記憶を見たらしい。らしいというけど、ルイが歩んできた十数年ほどの道を見たとしても印象的なものしかぱっと思い出せないわたしと違って、ルイの方は事細かにわたしの記憶を覚えているのだ。
「まだ小さい頃、レティを怪我させたハトラって男の子のこと覚えてる? レティの血を見て気絶しちゃった子」
「そんなのあったっけ……? というか、ハトラ……誰だったろ?」
「えー、急にぶつかって誤りもしなかった癖に、レティの膝から流れた血を見て白目向いてぶっ倒れたじゃん! その後のウリウリの狼狽えっぷりもすごかったのに覚えてないの!?」
「うーん、覚えてないかな……」
ルイの記憶力はわたしと比べて遥かに良いものらしい。
聞いてみたらわたしの記憶に出てきた人の名前は全員言えるみたい。わたしはルイの知り合った人の名前なんて殆ど覚えてないよ。そりゃ、お世話になった人くらいは覚えているけど……。
と、あの頭痛とか記憶の流れ方はわたしもルイも同じみたい。頭が熱くて痛くて大変だったって今思うと後遺症も無くて良かったと思うけど……。
お互いに見ちゃってごめんねってどっちも悪くないはずだけど再度頭を下げ合った。
……よかったって思うのは勝手過ぎるかな。
わたしだけが一方的に相手の記憶を見ていたんじゃなくて、お互いに記憶を共有してしまったのだと知れて、少しは肩の荷が下りたんだ。
ただ、何か納得いかないみたいでルイは両腕を組んで首を傾げている。
「ねえ、レティ」
「何? どうかした?」
「ええっとさ。ぼくもよくわからないんだけど、レティはなんで記憶を2つ――」
でも、そこでルイの言葉はトントン、とまるで気遣うような音を鳴らして扉が叩かれたことで遮られる。
その人物はこちらが声をかける前に扉を開けて入ったきた。
「――失礼しま……フルオリフィア様っ!?」
あ、ウリウリだ……って、ウリウリったらわたしの顔を見るなり、入口から文字通り飛び込んできた。わたしを両腕で抱き締めて目を潤ませて心配される。大袈裟だなあ。いや、今回は当然か。
あんな姿を見せたのだ。ウリウリじゃなくたって心配する。
だから頭痛のことは隠してもう大丈夫だと伝えた。
まだ若干鈍痛が走るけど、そんなこと言ったら今日明日は部屋に拘束するに決まっている。折角ルイに会えたのだからそれは御免被る。
「心配かけちゃってごめんね。シズクからも聞いたけど、今朝から何度も顔見せに来てたらしいじゃない。執務の方は大丈夫なの?」
「はい! そこは心配なく! ここに来るときは花を摘みに行くと同僚たちには伝えてあります!」
ん……トイレ?
ちょっと嫌な予感。まさか……。
「……毎回?」
「はい、毎回!」
「ちなみに、どれくらいの間隔でこの部屋に来ていた?」
「半刻より短い……ですかね?」
半刻よりも短いって……。
それはそれ以上に短いってこともあるよね。
あれ、ちょっと待って。別の意味で頭が痛くなってきたぞ……。
「こ……これで何度目の訪問?」
「えーっと……10回、行くかは行かないか、くらいでしょうか。それが何か?」
「……まじで」
「まじで?」
うあわ……どうしよう。
今日のリウリアはやけにユルいなって他の人に思われてないだろうか。
もしくは、お通じに困ってるとか思われたらどうしよう。
きっとウリウリのことだ。眠気も相まっていつもよりも気難しそうに眉を寄せて「ちょっと花を摘みに行ってくる」なんて、毎回何も考えずに発言しているに違いない。
うわあ……ウリウリが今まで積み重ねてきたものが全て決壊してるんじゃないだろうか……。
こめかみを抑えて顔を顰める。
「フルオリフィア様、まだ気分がすぐれないんじゃ……」
って、あなたのせいよ!
「もしも次があったなら、今度はもっと違う退席理由を考えた方が良いと思うわ……」
「はい? よくわかりませんが、フルオリフィア様がそう仰られるのであれば……」
願わくばわたしの思い過ごしであってほしい。そう思わずにはいられないよ。
と、突如として現れたウリウリを呆気に取られている2人に改めて紹介する。
今更遅いのにウリウリは鉄仮面を被り直すように取り繕い、2人へと一礼する。
「フルオリフィア様の護衛を任されているウリウリア・リウリアです。以後お見知りおきを」
なんて2人に……いや、正確にはルイへと向けて頭を下げた。
シズクとは自己紹介が終わってる、って聞いたけど、それにしたってその態度はちょっとないんじゃない? まるでシズクを無視するかの振る舞いだ。表情から読み取れる感情は何もない。
だけど、2人は気にせずにくすくすと笑いだした。
「……何故、笑うんですか?」
「あ、ごめんなさい。リウリアさんって昨晩の慌てた印象が強くて、突然そんな態度とっても変にしか思えなくて」
「あはは、ぼくもいっしょ。ウリウリはそんな堅苦しいよりも、いつもレティに見せる表情の方が良いよ!」
シズクが見た昨晩のウリウリはそれはもう酷かったしね。わたしの記憶があるルイはウリウリの日常を知ったからね。
そんな素みたいなウリウリを知ってしまった2人が笑うのは当然かな。わたしはいつも通りのことだからそのままだったけど。
「……」
と、ちょっとウリウリが不機嫌だ。
無表情のままだけど、しかも、シズクへと視線を向けているから彼の何かが気に入らないみたい。
一体、なん――
「あれ、ウリウリ不機嫌だね? なんで?」
――で、って、む、この些細な差までルイは悟った。逆の立場だったらわたしはわからないかもしれない。
ウリウリは見抜かれたことに驚いてルイを見て、ちょっと口をもごもごと動かした。でも、気を落ち着かせるかのように目を瞑ること数秒、ウリウリはシズクへと顔を向けて言う。
「いえ……失礼ですが、私はシズク……あなたのことが信用できない。いえ、反感すら持っていると言いましょう」
「え、そうなの?」
「ちょっとウリウリ!!」
何よいきなり! これでも、わたしの大切な友人(のおまけ)なのに!
思わず声を上げてウリウリの言葉を遮ろうとするも、ウリウリは首を振るだけ。
ウリウリはわたしの制止も聞かず話を続けた。
「フルオリフィア様……こいつは、こいつはあなた様の耳をっ、耳をにぎにぎしっ、したっ……おと、おとっ……男ですよ! 」
うわ、ウリウリが気にしていたのそこ!?
わたしはとっくに流して無かったことにしたかったのに! あの時の自分の声とか思い出したくないのに!
「もうウリウリあなた――」
「シズク……そうだ……レティの耳、触ってたよね……?」
と、わたしがウリウリを宥めようとしたところでルイの言葉に押し潰される。
どうやら、ウリウリの怒りが飛び火してルイの導線に着火したらしい。
びく、とシズクの肩がはずむ。
……わたしは開けた口を閉じる他に出来ることは無い。もう何も語るまい。
シズクはルイの耳を何度も握ってたのは知っている。
だから、わたしのことはとにかく、ルイに関しては助け船を出すつもりはない。
「……う、うん。だって、あの時はルイかと思って」
「そんなに触りたかったの? ぼく以外の耳でも触りたいの?」
「違うよ! ルイ以外にはしないって!」
「ふーん……信じられない。シズクって耳ふぇちなの? シズクってヘンタイなの? ところで、ふぇちってなに? ヘンタイってどういう意味? でも、それって多分どっちも悪い言葉だよね!?」
「ちょっと待ってよ! 僕は変態じゃないし耳フェチじゃないよ! しかも、どこでそんな言葉覚えたのさ! ルイはそんな言葉知らなくてもいいよ! というか、誰さ! ルイにフェチなんて教えたやつ!」
「むう! またぼくの知らないことばかり。レティー!」
何この痴話喧嘩。
ルイが物欲しそうな視線を向けて来る。つまり、フェティシズムの意味について教えてほしいってことだ。でも、シズクが絶対にやめろと懇願するかのような視線を送ってくる。
「ええっと、その……」
ごめん、ルイ。
わたし、今回はシズク側につきます。
「……ノーコメントで」
「えー!」
「ルイ様、フェチとは――」
「――そこ、お黙りなさい!」
ウリウリが囁こうとしていたのでぴしゃりと止めさせる。ウリウリはルイを味方に付けようとしていたらしい。
そんなの許すもんですか! これ以上ややっこしくなるのは勘弁してください。
わたしはウリウリの誤解を解くために、ルイの怒りを収めるためにも丁寧に説明をしなければならなかった。
シズクが耳フェチではないことは……多分だけど、うん。わかっている。
あの時はわたしも混乱してしまったし、シズクも悪気があってやったわけじゃない。彼なりにルイの緊張を解こうとしたのだろう。ただそこで耳を触るのはどうかと思うけど、そこを追及すると話がややっこしくなるので言わずにね。
ウリウリだってわたしとルイを見間違えてしまったんだ。シズクがわたしをルイと勘違いするのは仕方がない、と思う。
後はウリウリがシズクが女装癖を持った変人だと思っているんじゃないかと思って、そこも一応否定しておく。
なんだかウリウリの顔が嬉しいような悲しいような、七変化を繰り返し最終的に落胆したように見えたけど……見なかったことにした。
そして、皆の前でシズクが謝罪した後(多少のわだかまりがルイの中に残ってるみたいだけど)ウリウリはほっとした表情を浮かべた。
「ほら、ウリウリはわたしのことになると周りが見えなくなるんだから! 悪い癖だよ!」
「……それを言われると何も言い返せません。……申し訳ございません。シズク様。私の軽率な行いであなたを困らせてしまいました。あなたが女装癖の耳フェチかと決めつけてました。謝罪します」
そう、ウリウリはシズクへと深く頭を下げた。
「……わ、わかってもらえればいいんです」
「ですが、人目が有る無し関係なく耳を触るのはどうかと思いますよ」
「う……はい。肝に銘じておきます……」
そうね。そこはわたしも肯定するわ。
……あれ、ルイがちょっと落ち込んでいるような。実は触られるの嫌じゃなかった……まさかね?
「ところで、何故その……そんなに髪を長くしていらっしゃるんですか? いえ、似合ってないって訳じゃないんですよ? むしろ似合っ……いえ、なんでも」
ウリウリ……。
この2人が来てからどんどんウリウリの違った側面が見えてきちゃう。
「それは――」
「ぼくが頼んだの。シズクは長い髪の方が絶対似合ってるからね!」
と、シズクの発言を遮ってルイが胸を張った。
本当なら髪を降ろしてもらいたいらしいけど、ポニーテールだけはシズクが譲らなかった……だそうだ。
でも、それがまた似合いすぎてて怖いくらい、とは彼のために口にしないでおこう。
さらにルイは若干機嫌が良くなったのか彼の髪に手を伸ばし、結び目の紐を解いた。
「あ、ちょっとルイ!」
「ほら、ウリウリ見て! こっちのシズクもいいでしょう!」
「は……なんと!」
ルイは上機嫌で手櫛でシズクの黒い髪を梳いていった。そこにはもう完全な女の子がいる。
目を見開いてまじまじとウリウリがシズクを凝視する。シズクは恥かしそうに頬を染める。
「降ろした方も……とても、似合ってます……よ」
「あ……ありがとう……ございま……す……」
「でしょう! やっぱり、ぼくといっしょで降ろそうよ! ねえ、レティはどう思う!?」
「え、わたし!? わたしは――」
おっと、わたしも思わず見蕩れてしまっていた。急に話を振られて言葉が詰まる。
うーん。
シズクの髪が短い頃は幼くても頭の中にあるから、どちらかと言えば短い方が格好いいと思うんだけどね。でも、ここは2人の意見に賛成しておこう。
(大体、そんなに嫌ならルイの頼みだとしても遮って切ってしまえばいいのよ)
でも、嫌でもシズクは切らない。
きっと何かが無ければシズクが髪を切ることは無いかもしれない。
それも、奴隷を解放された時にシズクはルイの前で髪を切ろうとしてルイが本気で怒って泣いてまでして止めたのだ。
傍らにいたイルノートが楽しそうに笑っていたっけ。
まあ、こういう女顔の男子って年取った後が悲惨だよね。
老けが目立つようになってきてからあれ? こんな顔だっけ? ちょっと受け付けられない……ってわたし個人では、そう、わたし個人では思う。
そのうちルイだってわかってくれると思うし……今の内だけ我慢しておきなよ。
シズクはちょっと泣きそうだけど多数の前には少数派は勝てやしないのさ。
「はぁ……」
……あれ、なんだろう。髪を解いたシズクへと向けるウリウリの熱の籠った視線は。
それはまるでまるで……恋する乙女のそれに似てる!?
(もしかして、ウリウリ……年下が好み? 浮いた話なんて今まで一度も聞いたことなかったし、まさか……まさか!)
じーっと眉を寄せてウリウリを睨みつけた。
「な、なんですか。2人して! 私の顔に何かついていますか!?」
「ああ、2人とも今の顔そっくりだね!」
なんて、慌てるウリウリとは違ってシズクがわたしたちを見てくすくすと笑った。
ルイと互いに顔を合わせる。
む、確かにルイも今のわたしの顔と同じく眉を寄せてる。この場所に鏡があれば同じ顔をしているって言われても納得しちゃうかもね。
ただ、ルイがウリウリを睨み付けた理由はわたしとは違うものだよね。
それはつまり、まあ……ルイはシズクに好意の目を向ける異性を察知すると嫌な顔をするのだろう。
今回のウリウリのケースがそんな感じだ。
(もしかして、髪を伸ばさせているのも他の女を近づけさせないようにしている為……?)
……まさかね。
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