第52話 ルイとの出会い
神域の間を繋ぐ大橋とは別に、居住区を繋ぐ橋はおおよそで100メートルから200メートルくらいの等間隔で架けられている。数にして12本だったかな。
わたしが普段アルバさんのところへ向かうために使っている橋が馬だったので、今回もルイにはそう指示を出したわけだけど、まさかこんなことになるとは思わなかった。
もっと帰り道からも見ておくべきだった。
「まったく、一時はどうなることかと……さっきのウリウリは見てらんなかったよ」
「面目ありません……」
「まあいいわ。助かったのは本当だしね。でも、次からは気を付けてよ!」
小さく縮こまったウリウリの手を引いてわたしはルイらしき女の子の声がした隣の橋へ、シズクの後を追うように早足で向っていった。
本当は走ってでも急いだ方が良かったのかもしれないけど、シズクが去った後のウリウリは意気消沈とわかりやすい形で落ち込んでいた。
頭に血が上った後の自分の姿を思い出したらしい。らしいと言うのも今にも蹲って地面に「の」を書き始めそうなくらい落ち込んでいた。なので、仕方なくわたしが手を引くことになったのだ。
これじゃどっちが年上はわかりもしやしない。
「……あれ。あっち橋に誰かいる?」
未だ橋を渡り切れずにいるわたしたちだが、向こう側には2人とは別に3人ほど同じ背丈の人がいる。
何やら言い争っているみたいだけど……。
「何かしら? 大事になってなければいいんだけど」
ルイが声を荒げたのはきっとその3人が関係しているのだと察したが、ここからではなんとも言い難い……いっ!?
いがみ合っている5人の集団のあたりに、突如として3つの球体が浮かぶのが見えた。
あ、いけない。あれは魔法だ。
「フルオリフィア様!」
「うん、ウリウリ急ごう!」
「はい!」
名前を呼び合い、すぐさまわたしはウリウリに抱きつき、ウリウリもわたしを抱きしめる。まるで早口言葉のようにウリウリが呪文を唱え終えたところで、ショートカットとわたしたちは河の上を飛び越えながら向こう側の橋へと向かった。
集団がいるのは橋の中心で、どうやらシズクとリコちゃんは3人の子供たちを前に1人の女の子を庇ってるように見え……違う。両手を広げて少女を宥めているように見えた。
(うーん、つまり、シズクが庇っている少女っていうのが……ルイだよね……って、他の3人ってドナくんたちじゃない!?)
なんで、皆ここに!?
「ルイやめ! やめなさい!! 里の中で無闇に魔法使っちゃダメだってイルノートに言われたでしょ!」
「でもでも! シズク! なんか、変な子たちがぼくをフルオリフィアって呼ぶの! ぼくいつの間にフルオリフィアって名前になったの!?」
「落ち着いてルイ! 多分、その子たちの勘違いだから! だから、魔法は消して!」
なんてシズクは少女の肩を掴んで揺する。彼女の周りには3つの水球が浮かんでいた。ああ、魔法を使ったのはルイなのね……。
ええ、もう何が起こってるのよ!
「フルオリフィア! 酷いよ! 変な子ってそれは酷い!」
「変な子……しょっく……」
フラミネスちゃんは頬を膨らませて手足を動かして駄々こねてるし。一番年上なんだからそんな態度はやめなさい。
レドヘイルくんは泣きそうな顔をして肩落としてるし。レドヘイルくんは普通の子だよ!
「おい、何だお前は! 俺のフルに触れるな!」
一番に怒り心頭なのがドナくんだし。顔を真っ赤にしてシズクへと人差し指で差す……おい、ちょっと待て。
今のは聞き捨てならない。いつからわたしはドナくんの物になった。
ほら、今の発言に2人からもじーって見られてる。
「君たちは勘違いしてるんだよ。この子はルイ! レティじゃないって!」
「なっ、れ、レティだとっ! れ、レティなんて家族でもないやつが名前をっ、ましてや愛称を口にするなんて天人族では許されざる行いだぞ!」
「え、そうなの?」
「知らないなんて言わせないぞ! お前どこの里のもんって、そのナリは無猿かっ……てっ……え、あ……女……?」
「……女の子だ」
「ほんとだ、女の子だ。しかも、とびっきりの美人さん」
あ、最後の美人って言葉にシズクの身体がぴくんと震えた。
その場で蹲り、ルイも慌てて「シズク! どうしたの! 気分悪いの!?」なんて心配する。
そういうコトじゃなさそうだけどね。って、やっとわたしたちも渦中の橋に到着だ。
「ちょっとみんな何やってるのよ!」
そう、ウリウリに抱きしめられながら両者の間に降り立ち一喝。
すぐさま抱擁を外し、わたしはドナくんたちを前に、ウリウリはシズクたちを前に立つ。
「あ、フルオリフィア!」
「……フルオリフィアちゃんが2人?」
「え、フルが増えた!?」
ん、わたしの顔を見るなり3人が驚いてる?
いやいや、驚くのは私の方だよ。
それに増えて無いし、わたしはスライムとは違うしっていうか、今来たとこだし!
「なんでここに皆いるのよ!」
きっ! と3人に向けてわたしは睨みつける。
3人は一瞬怯むけど直ぐにわたしへと噛みつくかのように問い質してくる。
「だって見えたから! フルオリフィアがパーティー抜けるの見えたから! なら一緒に行くのが私たちでしょう!」
「そうだそうだ! 俺たちはフルがどんな奴と会うのか見定めないといけないんだからな!」
「……僕も……心配だった……フルオリフィアちゃんが心配だったんだ!」
ずいずいとわたしに迫ってくる。一転して今度はわたしが怯む立場に追いやられてしまう。
な、なんだよう。それじゃあわたしが悪いみたいじゃないか!
思わず一歩後退れば、ウリウリの背中にとんと頭をぶつけて気を取り戻す。
おっと、そうだ。別にわたしは悪くない。責任を押し付けないで貰おうか!
「もう離れなさい! わたしの心配をしてくれるのは嬉しいけど、それでも今回はあなたたちが悪いわ! ちょっと黙ってなさい!」
しっしっ! と手を振っても未だに猛獣のごとく噛みついて来そう。
誰かリード持ってきて! 首輪に巻いてそのらの柵に縛り付けてやる!
そうもいかないので、今度はわたし自ら彼らを押し込み、無理やり後ろへと下がらせる。そこから先は動くなと命令だ。
当然、納得はいかないってまだぎゃあぎゃあと喚く。
お黙り! そんなに恨めしそうな顔をしたって知らないんだから!
……よしっ! いい子だ! そこで待ってなさい!
(さて……色々と邪魔は入ったけど、やっとルイとご対面だ)
そう、やっと。やっとだ。
やっとルイと会えるんだ。
「はあ、やっとね……」
思えば今日はずっと緊張ばっかりしてる。いらぬものも含めて、だ。
溜息だってついてしまいたくなる。
顔なじみの彼らに背を向けて、わたしは……第一にウリウリの背へとおでこを付けた。
本当ならもっと早く会えてたんだ。なのに、わたしのせいでこんな遠回りになってしまった。
今もこんな近くに居るっていうのに、ちゃんと顔すら合わせてない。だからなのか、ちょっと恥ずかしいし、照れくさい。胸だってドキドキ激しく高鳴っている。
だから、ちょっと目を閉じてウリウリの体温を別けてもらって、自分を落ち着かせようと考えての行動だった。
……でも、あれ、何。
ウリウリがおかしい。
……なんでウリウリの鼓動が早いの? 身体も微かに震えてる?
「フルオリフィア……様が……2人?」
ぽつりとウリウリがかすれた声で呟く。
「……何を言ってるの?」
「彼女、が……フルオリフィア様が言っていたルイというご友人なのですか? ……私にはフルオリフィア様にしか見えない……」
「……」
ウリウリまでルイをわたしと言うの。けれど、今回わたしは何も言い返さなかった。
その分、わたしの周囲は静寂が包み込む。
わたしはまだ顔を動かせられない。何でだろう。あんなに逢いたくて仕方なかったのに、今では戸惑っている。
どうしよう。いつ出よう。いつウリウリの背から顔を出そう――。
「ねえ」
と、わたしが思い悩んでいるところにルイが声をかけてきた。
躊躇しているわたしへと先にルイがこの沈黙を解いてくれた。
「ねえ、そこにレティがいるの?」
「い……いるよ! ルイもそこにいるの?」
まるでオウム返しのようにわたしもルイに聞き返す。
「うん、ぼくここにいるよ」
「わたしもここにいるよ」
「じゃあ、隠れてないで出ておいでよ」
あ……そっか。わたし隠れてたんだ。
指摘されてちょっと顔が熱くなるのを自分でも感じていた。
勇気を別けてもらうって、そっか、わたしはウリウリを盾にして隠れちゃってたんだ。
シズクと会った時はあんなに堂々としていたのにね。自分でも不思議。
「うん……そうだね」
頷き、声にする。
……よしっ!
わたしは決意を込めてウリウリの背からそっと横に出た。
「……あ」
「あ……」
声が漏れた。互いに同時に。
月明かりの下、真黒な長い髪の少年の隣にその少女はいた。
その少女は青く長い髪を垂らした可愛い女の子だった。
シズクに負けず劣らずのベクトルの違う素敵な女の子。
背はわたしと同じくらいかな。
ちょっとぼろぼろになった白いマントを羽織って照れくさそうに笑っていた。
これがルイ。わたしの胸が強く高鳴る。
ずっと逢いたくて逢いたくて仕方のなかったわたしの大切な友達だ。
「初めまして。わたしがレティです」
「初めまして。ぼくがルイだよ」
ゆっくりとわたしたちは近づいていく。
一歩一歩と歩幅も同じ。
視線を合わせて互いに顔を見合わせる。
「……実は先にシズクに会ったんだ。そうしたら、彼ったらわたしをルイって呼ぶの」
「ぼくもね、そこにいる3人にフルオリフィアって間違えられた。フルオリフィアってレティのこと?」
「そう。家名なの。……そんなにわたしたち似てるかな?」
「ぼくはわかんない。屋敷を出た後なんか自分の顔見る機会減っちゃったしね」
「わたしも。見るとしたら水鏡に顔を映す時かな」
「うん。ぼくもおんなじ。……だから、みんなの言いたいこともわかるんだ。不思議と初めて会ったって気はしないや」
「……うん。自分じゃわからないけど、わたしたち、似てるのかもね」
気恥ずかしそうに互いにはにかむ。
あんなに話したいことはいっぱいあったのに、こんな他人から与えられた情報を先に口に出るのはどういうわけだろう。
でも、こんな出会いでもいいと思う。これから先話す時間は沢山あるんだ。もう時間を気にすることなく話すことができる。
「逢いたかった。この10年近い間、何度も何度も思った。ありがとうルイ。わたしに会いに来てくれて」
「ぼくも同じ。ずっとレティに会いたかった。こうして顔を合わせてお話をいっぱいしたかった」
そして、わたしたちはどちらかともなく互いに両腕を広げて抱きしめあった。
ルイのちょっと低いかなって思う体温を感じる。何度も抱きしめてくれたウリウリとはまた違う優しく柔らかな感触だ。
「ぼくはレティに会うためにここまで来たんだ」
「ええ。ユッグジールの里へようこそ。ルイ、歓迎す――」
――るわ。
そう、口にしようとしたところで……あれ? おかしいな。
わたしは最後まで言葉を紡げなかった。
何故か。何故ってそれは。
――白。
急に薄暗くも明るいこの橋の上で、真っ白な世界が目の中に広がったから。
視界が真っ白になって、上か下かもわからなくなって、同時に頭へと何かが痛みと共に流れ込んでくる。
「痛っ……痛いっぁぁぁあああっ……!! ウリウリっ!」
「い、痛いっ! 頭が痛いよっ!! たすけ、たすけてシズクっ!」
まるで頭の奥で何かが生まれるかのように、激しい頭痛がわたしとルイを襲う。
頭を抑えたいのに身体はルイを抱きしめたまま動かない。
痛い。痛いけど動けない。
助けて、助けてウリウリ……。
「ルイ!」
「フルオリフィア様!」
2人の呼ぶ声が遠くから聞こえる。
けど、わたしは激しい頭痛に声も上げられずその場にルイと2人で蹲るだけ。
互いに身体を強く抱き締めて痛みに耐えているような……。
(な……に、これ……?)
次第に痛みの奥に“映像”が浮かんでくる。
何だこれ、訳がわからない。
ただ、周りの世界の時間が止まったかのようにゆっくりと感じて、目の奥にはその何倍、何十倍、何百倍もの速度でその映像が音と共に頭の中へと流れ込んでいく。
最初は薄暗い場所の中、続いて小さな部屋の中、外の世界、大きな屋敷、馬車の中……そして、ケラスの花……。
(これは……もしかして、ルイの記憶……?)
多分、そうだと思う。
彼女が目にして耳にして口にした映像が次から次へとわたしの中へと流れていく。
様々な場所、様々な音、様々な人の顔が移る。
その中で一番多いのはシズクの顔だった。
笑って泣いて怒って悲しんで。
彼女の殆どがシズクとの思い出で埋め尽くされている。
酷い話も合った。悲しい話も合った。腹を立てる話も合った。
でも、優しい話もそれらに負けずに煌めき輝く。
(ごめんね。ルイ、これ見ちゃいけないものだよね)
無理やり見せられているというのに、わたしはなんだか見てはいけないような申し訳なさを感じてしまう。
そして、同時に羨ましいとも思った。
(ごめん……)
でも、頭痛は激しくてわたしは声に出すことは出来ずに頭の中で精一杯謝ることしかできない。
次第に、痛みに耐えかねて、わたしの意識は白に覆いつくされて、消えていった。
◎
それから……目を覚ましたのは自分の部屋だった。
日はもう高いらしい。らしいと言うのも室内の明るさから正午はとっくに迎えているんだろうなくらいの推測だ。
顔を動かすと、うっ、と呻き声が口から洩れる。
昨晩の痛みが残っているのか頭の中がぐちゃぐちゃで顔を顰める。身体もあちらこちらで痛い。筋肉痛みたいだ。酷い二日酔いってこういうことを指すのかな。
「痛ぁ……ん?」
身体を起こそうとすると何か重いものが身体に纏わりついていることに気が付いた。青髪の少女がわたしの身体を強く抱き締めていて横になっていたのだ。
ルイだ。
「……ルイ」
ルイの顔は今も辛そうに歪んでいる。
なんで彼女がここにいるのかという疑問が湧いたが、頭に響く鈍痛が考えることをよしとしない。
彼女を起こすのは忍びなく、わたしもまた体調が悪かったため、同じくルイの身体を抱きしめて起きるのやめた。
少しでもマシになればとルイに治癒魔法を、頭と身体にかけてみると彼女の顔が若干穏やかになる。
よかった、と安堵しながら自分と同じ青い長い髪を撫でた。少しでも安らげるように。
ルイの髪はわたしの指に引っかかることも無くさらりと抜けていく。
「あ……そういえば」
記憶ではシズクがほぼ毎朝彼女の髪を梳かしていた。
感覚は伝わらなかったけど、やり取りの間の2人の会話はとても楽しげなものだった。終わりにする耳を弄ることにだけは目を背けることにして……。
ただ、その耳を弄るという行為からシズクなりに照れ隠しだったのでは、と今なら思える。邪な気持ちはこれっぽっちも無い……とは言い切れないけどさ。
でも、彼女が大事にされていることは昨晩の記憶の逆流(?)からか、身をもって十分に理解した。
これは手の平を返すしかないかもしれない。
まあ……結果的にシズクのことを知ることが出来たとしても、
「ごめんね。ルイ。勝手に見ちゃって……」
望まずともルイが歩んできた記憶を見てしまったことに罪悪感が積もる。
また、目を開けた時にはちゃんと謝るからね。
ルイに治癒魔法を施しながら優しく抱きしめた。
暫くして、トントンとドアをノックする音が聞こえてきた。ウリウリかな。
「どうぞ」と、声をかけると「失礼します」なんて声が返ってくる。あれ、この声はウリウリじゃない。
「目が覚めたんだね。レティ……あ、いえ、フルオリフィアさん」
顔を覗かせたのはシズクだった。あ、リコちゃんもいる。
わたしは身動きが取れなかったので、出来る限りの範囲で首を動かしてそちらに向けた。
「……ああ、シズク。いいわ。レティで。呼び捨てでいい」
「いいの? あの金髪の子供が名前で呼んじゃいけないって……」
ふっ、と笑いそうになった。
君は知らないけど彼と年は大差ないじゃないか。それをまるで年上みたいに子供がなんて、って、ああ、そっか。
(シズクは同じ世界の人かもってわたしは疑っていたんだっけ……)
つい記憶の中のシズクは年頃のそれみたいな振る舞いばかりだったからごちゃごちゃになってた。
もしかしたら、彼もわたしと同じく精神年齢が下がっていると感じているのかもしれない。
「いいのよ。あの子、ドナくんの話は天人族の里の中での暗黙のルールみたいなものだもの。里の外の人に強要させる必要はないわ。ルイの大切な人ならわたしにとっても大切な人。そんな君からもわたしはレティって呼ばれたい……だめかな?」
「……ううん。わかった。じゃあ、レティ。身体の方は大丈夫?」
その答えにわたしは首というか顎を振る。
「いいえ、最悪だわ。頭も身体も鈍い痛みがある。身体の方は多分ルイのせいだけどね」
ほら、と片手を上げてがっちりと抱き締められ続けているルイの姿をシズクに見せた。彼は苦笑しながら小さく頷く。
「それは辛いね……ああ、目を覚ましたしリウリアさん呼んでこようか?」
「……それは」
ウリウリか。きっと心配かけちゃったよね。
うーん、でも困ったな。今ここでウリウリ呼んでも暴走した彼女が目に浮かんでくる。
大袈裟にわたしのことを気遣うその姿は嬉しく思うけど、今この頭で大声を上げられるのは辛いな。
とういうか、結局ウリウリはシズクに名乗ったのね。
「いいえ、また後ででいいわ。それよりもあの後のことを説明してほしいんだけど、いい?」
そうわたしはルイに視線を向けながら彼に訊ね、シズクには近くにあった椅子に座らせるように促した。
リコちゃんはシズクの隣にお座りをする。いいな、もこもこしてる。触りたいな。
「そうだね。うん、じゃあ、レティたちが気を失った後のことを話すね」
シズクはゆっくりとわたしが気を失った後の話を聞かせてくれた。
あれから、わたしたちは引き剥がせないほど強く抱き締め合って気を失っちゃったそうだ。だからか、そのまま抱き合った姿でこの部屋へと運ばれた。
しかも里の人に見つからないように隠れて……と。
その後、ウリウリから雰囲気最悪なままに自己紹介を行ってシズクはリコを連れて宿屋に戻ったんだって。多分、追い出したの間違いじゃないかと思うけどね。
でも、どうにか昨晩のうちに屋敷に入る許可は得られたようで、こうしてシズクたちはこの部屋にいられるみたい。
わたしたちが気を失っている間、ウリウリは一睡もせずにこの部屋にいたとシズクは言った。
今は席を外しているみたいだが、どうやら去り際にシズクはウリウリには釘を刺されたとか。
「“気を失っているからと言って、フルオリフィア様に何か悪さをしようものならあなた、生きてこの里から……いえ、この館から出れると思うな”――だってさ?」
ウリウリらしいなあ、と、思わず笑みが漏れた。
くすくす笑っていると、彼は寝たままのわたしの顔をじろじろと見つめてくる。
なんだろう。昨晩と違って……ちょっと恥ずかしい。
「な、何かしら?」
「あ、ううん。ほら、レティってルイとそっくりだからさ。つい見比べちゃって。ごめんね。嫌だった?」
「いえ、そんなことは……」
そう否定しながらわたしは口ごもってしまう。
だって、今のシズクは夜見たよりもはっきりと顔がわかるんだ。
シズクは本当に綺麗な顔をしている。ひとつ下の男の子なのにね。
老け顔ってわけじゃなく、良い意味で年上の女性に見えるんだ。昨日あった金髪の娘さんなんかすっかり霞んじゃうかも……なんて。
うん……前日までの彼の悪い印象はルイの記憶のおかげで劇的な変化をわたしにもたらしたことは違いない。
(……自分でも図々しいというか、調子がいいというか)
あんなに毛嫌いしていたのに、今では好意的にすら思えてしまっている。
ただ、好きになるかって言ったら別物だけど……そう、別物だ! ルイの記憶からずっと彼の様々な表情が目を瞑っても頭の中で広がるとしてもだ!
でもここで顔を隠すのは負けたような気がして、彼の目を見つめ返す。
すると彼の目が見開かれて「あ」と口にした。
「レティの瞳は空みたいな青色なんだね」
「え、ああ。うん。そうだけど、なんで?」
「ほら、見てみて。ルイの目は真っ赤なんだよ?」
シズクはルイの目を指で無理やり開ける。
ちょ、ちょっとお前! 寝ている人に何をしているんだ! なんて叫びそうになったけど、彼はとても嬉しそうに笑うだけで、悪気なんて一切ない。
……確かに、ルイの瞳はウリウリみたいな真っ赤な瞳を宿していた。
ただ、無理やり開かれたその眼は怖い。
くすくす笑うシズクのその笑みに年相応のそれが浮かんでちょっと私は安堵する。
でも、わたしは負い目からかシズクの顔が、うまく見れずにいた。
「……んあ、あれ? ここどこ?」
なんて、ルイが声を上げるのはそれから直ぐのことだった。
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