第50話 月明かりの下の出会い


 当人にも伝えた通り、わたしは直ぐにでもルイのところへ駆けつけたかった。


 けれど、神魂の儀が終わった後もわたしには天人族の居住地へ戻っての懇談会が待っている。長であるエネシーラ様を筆頭に四天の子供であるわたしたちは主賓なので欠席は許されるものじゃない。

 でも、途中で抜けるのもいいよね。


 主賓だとはいえ子供がいては大人たちの邪魔になるだけだ。お酒で気持ちよくなっているところでふらっと退場させてもらおう。

 その為にも、この宴の中で唯一の味方であるウリウリに助けを求める。


「途中で抜けたいんだけど、ウリウリ一緒に来てくれる?」


 ここで一人で抜けるって言ったところで駄目だと返答されるのはわかりきっていたので、あらかじめルイと会う時はウリウリも同行してもらうと考えていた。

 お酒の飲めないウリウリがここにても詰まらないでしょうしね。


「……承知しました。お供しましょう」

「うん、お願い」


 ほら、これで大丈夫! 後はもう時間を待つだけだ。

 時間までわたしは子供でも飲めるソフトドリンクを頂きながら天人族でも名のある人たちへの挨拶回りに勤しむ。ドナくんたちもいつも一緒にいる護衛さんと共に回っている。

 最初は長であるエネシーラ様へと頭を下げる。


「メレティミか。本日はご苦労であった」

「ありがとうございます。エネシーラ様」

「年に4度もあるとは言え、お前たちの腕は日に日に研ぎ澄まされていくこと……喜ばしく感じる。だが、慢心するではない。最後のあれは無様であった」

「……お言葉もありません。わたしの気の緩みから出たものです。3人にもお迷惑をかけいたしました」

「貴女らは我が一族の顔であることを努々忘れるな。ブランザ……先代のように天人族の繁栄に人力を尽くせ……期待している」

「はい、精進したします」


 話す口調は棘もあってきついものだったけど、エネシーラ様の顔は終始穏やかにみえた(どうしてか、お母様の名を出す時は妙な顔をするけれど……)。

 お母様の名前を出されたらわたしだって期待に応えなければいけない。もっと努力しないとね。

 わたしは一礼して踵を返した。


 その後、十華と呼ばれるお偉いさんたちや、時にはみんなのご両親である四天の人たちにも挨拶をする。

 十華の人たちとの会話は立場的に四天(見習い)のわたしの方が高いこともあってか、お互いに畏まった感じで挨拶をすることが多い。


「……綺麗な子だなぁ」

「ロレイジュ家のご息女様ですね。私も以前より何度かお声をかけて頂いたことがあります。確か、フルオリフィア様のひとつ下だったと記憶しております」

「え……嘘? あれで11歳なんだ。てっきり年上かと思っちゃった」


 ロレイジュという一組の夫婦に挨拶した時の話だ。

 挨拶自体はあっさりと終わったのだが、その二人の奥にいた金髪の美少女が去り際のわたしに会釈をしてきたで、ついぼそりと声を漏らした。

 人の輪を避けるみたいに隅の方にいるが、なかなかどうして……同性であるわたしですら目を惹き付けるような容姿をしている。


「確かに彼女はお綺麗な方です。ですが、フルオリフィア様も負けてはおりません。むしろ、私の中では勝っています」

「あ、そう……あ、ありがとう……」


 別に負けたなんて思っていないがまるで人の心の中を読んだみたいなウリウリのフォローに思わずたじろぐ。

 メレティミ・フルオリフィアが綺麗なのは当然だ。

 だって、あのブランザお母様の娘なんだから。


 その後も笑みを浮かべて挨拶回りを再開した。

 レドヘイルくんのお母さんやフラミネスちゃんのお父さんは優しいんだけど、ドナくんのお父さんはちょっと高圧的で出来れば関わりたくないって言うのが本音だ。


「ああ……フルオリフィアの娘か」

「はい。ドナ様。この度はお忙しい中、わたしたちのためにお時間を割いて頂きありがとうございます」

「構わん。あの演技を見れただけでも足を運んだ価値はあったぞ。他種族に比べて貴女らの演技は優雅に派手やかだったぞ!」


 ええ、そうでしょう? きっとそういうのが好かれると思って、砂金を巻いてド派手に仕上げましたのよ? とは心の中に仕舞っておく。


「中でもあの黄金に光る風は見事だったな。あれはどういう魔法を使ったんだ?」

「え! っとそれは……」


 と、またも心の中を読まれたみたいな突っ込みに冷や汗をかく。

 拙い。金魔法を使ったなんて言ったらドナお父さん怒るだろうな。お酒が入るからそんな追及されるとは思ってもいなかった……なんて、浅はかな自分を呪う。


 金魔法を覚えることは天人族では好まれない。自然界に存在するものを作り替える魔法は彼らの主義に反するのだ。

 どこで覚えたのかと言う話になり、それもまた他種族にしか教えるものがこの里にはいないわけで、亜人族(ドワーフ)に教わるとは何事か! とお酒による赤ら顔が別の意味でもっと真っ赤になるはずだ。

 ちらりとウリウリへと助けを求めても、ウリウリはむすっとしたまま目を潜めている。ほら、見たことかって表情だ。

 うーん、どうしよう?


「それは俺の雷魔法がフルの作った風の中で弾けたんだよ」

「え?」


 助け舟を出してくれたのはどこからか現れたのかドナくんだ。


「ほお、お前がか?」

「はい、お父様。あれは俺が出しました。フルの風の中の土へと雷を幾つも飛ばしてきらめくようにしたんです」


 う、まあ、それにしても発光具合は違うと思うけど……でもそんなこと口に何で絶対できない。

 ドナくんはそんな器用なことが出来ないのは一番一緒にいたわたしがよくわかっている……。

 心配そうにドナくんを見たら、笑って目配せを返してきた。ドナくん……っ!


「……流石だな。自分の息子だからとお前はもっと不器用だと思っていたよ。あんな細かな技を身に付けるとは母親の血筋かね」

「……いや、ははは……」


 ど、ドナくん……!

 ドナくんの苦笑いが見てて辛い。

 自分の首絞めてるよね……? ごめん、ドナくん!

 その後、世間話を幾つか交えて、上機嫌でドナお父さんは「おっと、そろそろ失礼する」とわたしたちに手を上げた。

 ああ、よかった。と心の中でほっと息をつく。

 今度は土魔法だけにしよう。それと、次までにドナくんには同じことを再現できるようにしてもわらないと……。


 何事もなく一安心と胸を撫で下ろ……、


「あ、そうだ。フルオリフィア。うちのライズとは順調か?」


 ……はい?


「それ、は……どういう、ことですか?」

「ははは、照れるな照れるな。我々という種は中々に子供が出来難い。だから、今のうちに学習しておいて損はない。最近は子供だからと周りは咎めるだろうが、昔だったらその歳で子を儲けようものならよくやった! とお祭り騒ぎだ。別に恥じることは無い」

「え、あの……」

「あっはっはは……不躾だったな。どうやら俺も酔ったらしい。今の話は忘れてくれ」


 そうしてドナお父さんはご機嫌なまま去っていった。

 どうしたものかと視線をドナくんへと向けると、ドナくんはわたしと目を合わせずにとぼけている。

 ウリウリはいつもの能面ヅラだけど、若干不機嫌そうな顔をしている。ちなみに、これはわたしじゃないとわからない反応だ。


「……どういうことか、説明してもらえる?」

「いや、ははは……。気にするなよ! 親父の早とちりだ! ほら、俺らと同い年なんて里にはそうそういないし、俺らがで見られても仕方ないさ! ま、まあ俺は別にそういう関係になってもいい――いや、何でもない! じゃ、俺も次のところ行くわ。フルまたな!」


 そうドナくんは早口で捲し立てると颯爽と消えてしまった。

 あいつ、盛ったな? とその後ろ姿を睨みつけた。


「……フルオリフィア様」

「なに?」

「ドナ様とは何もない、と言ってましたよね」

「………………何もないわよ」

「その間はいったい何ですか?」

「呆れて何も言えなかっただけよ!」


 と、ウリウリを肩で小突いておいた。





 丁度良い塩梅かな。

 わたしとウリウリはお酒の入って賑やかな会場をこっそりと後にした。

 日はもう落ち、点々と離れた民家からも灯が漏れている。

 月明かりの助けもあって外を歩くには丁度良い明るさだ。

 わたしは神託オラクルを使ってルイに連絡する。

 集合場所は天人族と亜人族の居住区を繋ぐ、わたしがいつも使っている橋の上。

 橋は幾つもあるけど、欄干の端、親柱の上に馬の銅像がある橋だと、そこは強調して伝えておいた。

 神域の間に架かった大橋から数えて6つ目の橋だ。


「今さらですが、いったい何用で、どこに向かおうとしているんですか?」

「向かう先は入口に馬の銅像があるいつも使ってる橋よ。そこで友達が待ってるの」

「ああ、あの……ルイ、様でしたよね」


 ウリウリが困ったような顔をする。彼女はルイのことをわたし越しでしか知らないからね。

 神託については前々から話してあるけど、どうにもいい顔をしないのだ。

 護衛として得体のしれない人を近づけさせたくない、ってことだよね。


(馬……)


 ふと、後ろで人の声が聞こえた気がして振り向いた。

 ウリウリも同じく後ろを向いている。

 ……気のせいかな。ウリウリはちょっと目を細めていたけど、何でもありません、だって。

 そんなことはいいや。

 ルイはわたしの大切な友人なの。ウリウリにも邪魔させないよ!


「別にもう何も言うことはありません。ですが、万が一にもフルオリフィア様に害を成す様なことがあれば、このウリウリア・リウリア……フルオリフィア様の友人であっても只では置きません」

「わかってるわ。そんなこと万が一にもないけどね!」

「だと良いんですが?」

「だ――! ウリウリは過保護過ぎるよ!」


 そんな話をしていると、ルイから着いたと連絡が来て、わたしはちょっと頬を膨らませながら先を急いだ。


 幾らかして自分で指定した橋へと着いた。

 毎回使っているとしてもちゃんと馬の銅像もあることを確認する。

 これもドワーフが作ったものだ。前足を持ち上げ今にも飛び出しそうな姿勢の荒々しい馬がその場に立つ。


「……フルオリフィア様。その客人は亜人族の居住区から来られるのでしたよね?」

「そうよ。南側の門から里に入ったはずだしね」


 何を突然?


「亜人族の方では神域の間から7つ目の橋が馬だったと記憶しているんですが……」

「……え?」


 まさか?

 言われてわたしは右隣の7つ目の橋を見てしまう。

 月明かりで照らされているとはいえ、流石にここからでは薄暗くてよく見えない……。

 人が立っているようにも見えるけど、もしかしてあれがルイ……?


「……いえ、私の杞憂のようでした。ほら、もう橋の中心に人影が見えます」

「え、あ、うん。もう、ウリウリったら!」


 ほ、よかった。

 確かにわたしたちがいる橋の中腹に2人の姿を確認できる。あれのどっちかがルイってことだよね。で、もう1人は……シズクか。

 そいつはまあいいや。わたしもウリウリ連れてきているしね。


「……よしっ」


 ちょっと緊張するな。毎日話をしているとは、直接会うのはこれが初めてだもんね。

 高鳴る鼓動を抑えてわたしは橋を歩いていく。

 2人は右側の欄干に身を預けていた。1人は欄干に肘をついて下に流れる河を眺めていて、もう1人は視線は逆に腰をかけて。

 顔ははっきりとはわからない。

 人違いだったらどうしよう。


「あの……」


 と、声をかけてみた。

 自分でも驚くほどの弱腰でちょっと身悶えそうになったけど我慢だ。

 わたしの声に気が付いたの、2人がこちらを向いた。

 欄干に腰を掛けていた方がもう1人の耳元に顔を近づけて、その場を後にした。残ったのは河を眺めていた方だった。残ったほうが去った方へと名残惜しそうに顔を向け続けた。

 気を利かせてくれたのかな。

 わたしはそのまま残った1人へと足を進め……手前で止めることになった。


「う……わあ……」


 思わず声が漏れた。

 だって、そこにいたのはすごい綺麗な女の子だったから。

 秀麗な顔立ちで切れ長の目。黒く長い髪を後頭部で縛ってポニーテールにしている。

 マントを羽織っているから体つきはよくわからないけど、細めに見える。身長はわたしと同じか、ちょっと下。

 でも……これがルイ?

 あの、甘々でいつも元気で意地っ張りな……わたしが想像していた女の子とは全く違う。

 外見とのギャップがすごい。


「……ルイ?」


 そう、目の前の少女に聞いていた。

 彼女は不思議そうな顔をする。

 あれ、この反応外れ……かな?


「ルイ? あれ、どう――……何を――……レティには――……?」


 最初は何を言っているか聞き取れなかった。胸の鼓動が高すぎて聞き取れなかったんだと思う……でも、レティって言葉は確かに聞き取れた!

 当たった!

 

「ああ……やっぱりそうだったのね! ルイ! 会いたかったわ!」


 わたしは嬉しくて、ルイへと駆けだし抱きしめた。

 感動のあまり涙が漏れる。


 ――ああ、よかった。こうして話すことが出来て。こうして触れ合うことが出来て。

 ――ルイ、会いたかった。ずっとずっと、ずっと。


 内面と外見なんて関係ない。ごめんなさい。失礼なことを思って。


 ――あなたの言葉がどれだけわたしを支えてくれたか……あなたがいてくれて本当によかった。

 ――ありがとう。ルイ、わたしと出会ってくれてありがとう。


 そう、言葉にしなければいけないのに、わたしは咽びあがってきた声に出せずにいた。

 

「あ、あの……ごめん」

「……ぐすっ、何を、謝っているの?」


 抱き締める手を解いてルイの顔を見る。彼女はすごい困ったような顔をしてわたしを見ている。

 ……あれ?


「なんで泣いているのか、よくわかんないんだけど……


 ……僕っ!?

 え、人違い!? いや、ルイも自分のことをぼくって言う。

 でも、神託を通して聞いた声とは若干のニュアンスが違うような……?


「……何を言ってるの? ねえ、ルイ……わたしよ?」

「何を言ってるってこっちの台詞だよ。それに、ルイは君じゃないか」

「は? ちょっと、待って! わたしがわかんないの? わたしがレティだって! いつも神託で話してた……ルイいったいどうしたのよ?」

「え、レティっ!?」


 なんだこの反応は……? まるで他人と話しているような……他人?

 またもまじまじと目の前の人物の顔を眺め、ふと気が付く。

 ……ああ、嘘だと言って欲しい。

 ルイが前々から自慢していた人物の特徴が目の前のこのと一致する。


「君は……シズク?」

「……うん。シズクは……僕だけど」

「……そう、ですよね」


 この事実を前に、感動のあまりにもらした涙が一瞬で引っ込む。

 わたしはずず……と鼻をすすった。

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