第45話 メレティミとしての一日


 ゲイルホリーペの大陸は大まかに東西南北に分かれている。


 北のコルテオス大陸側に鬼人族の領域だ。

 西側が魔人族。東側が天人族の住処となる。

 そして、テイルペア大陸沿いの南側が亜人種の領地だ。

 

 みだらに彼らの領地に足を踏み入れようものなら血を見ることも当たり前。

 それ故、昔からいがみ合いの絶えない大陸だった。


 種族の違い、価値観の違い、信仰の違い、の違い。


 彼らの歴史の大半は種族間での争いみたいなものだった。

 大戦は滅多には起こらなかったが、小さな小競り合いは目を向ければ毎日とそこにある。

 そんな争いを終わらせるため、1人の天人族の女が立ち上がった。


 その女はブランザといった。

 彼女は何年、何十年と他種族のもとへと赴き、話を交えた。


 時には唾をかけられ石を投げられたこともあった。

 自分から戦地に飛び込んでは、何度と瀕死の重傷を負うこともあった。

 イカレブランザや死にたがりブランザと笑いものにされることもしばしばあった……。


 それでもブランザは頑なに和睦の話を持ちかけ続けた。

 無様だと嘲笑い、無駄だと咎め、多くの者たちが彼女を蔑み嫌ったが、その諦めない真摯な態度に心動かされる者も少なからず現れ始める。


 長い月日を重ね、次第にこの大陸を同じ方向へと足向きを変えることに成功する。

 そして、ブランザたちは災いの元であった世界樹と呼ばれる大陸の中心にある大樹の下に共同の里を作り上げた。


 未だに奥地に住む他種族からも批判の声は続いている。

 だが、それでも血の流れる回数は極端に減った。心を開き始めている人たちも声と同じくらいに多い。

 わだかまりという氷は溶けないものの、その里にいる人たちの表情は以前よりも遥かに明るくなっていたのだ……。


 ユッグジールの里。それこそが長い年月をかけてブランザが作り上げた共同体の名前である。





 わたしたちがいるこの大きなお屋敷は亡きお母様が残してくれた唯一のものだ。

 お母様はいらないと突っぱねたらしいけど、四天という重役だからこそと、このお屋敷を用意されたらしい。らしいと言いつつも、なんだかんだで屋敷のつくりにお母様の要望も入っていたりするみたいだけどね。


「じゃあ、行きますか」


 朝食を終えてわたしたち4人は講堂へと向かっていた。

 そこで朝の瞑想が待っている。これが中々の強敵だ。おなかが軽く膨れた後の瞑想ほど眠気を誘う敵はいない。最初の頃はうっつらうっつら酷かった。

 その後に座学も待っている……これも慣れるまでは大変でした。今では習慣が付いたおかげでどうにか耐えれるけどね。


 移動中にわたしは両手を上に伸ばして深呼吸をする。

 時間にして30分から1時間とまちまちだけど、それまでずっと動けないしね。

 今のうちに体中に酸素を送ろうと深く息を吸って背を逸らし……、


「……えいっ!」

「ぎゃあっ!?」


 前にいたフラミネスちゃんが突然わたしの胸を両手で掴んできた!

 完全に不意打ちだ! 変な声が出た! びっくりした!

 そして、フラミネスちゃんは嬉しそうにすりすりとわたしの胸に顔を埋める。掴んだ手は放さないまま!

 わたしの胸に頬擦りをするフラミネスちゃんを見下ろしじとっと睨みつける。

 これが地味に痛いのだ。

 成長痛だと思うけど、胸は出来れば触らないでほしい……。


「フラミネスちゃんなにしてるの?」

「欲しいから! わたしもこれ欲しいから! フルオリフィアの乳分を別けてもらってるの!」

「別けられません」

「じゃあ、補給中。フルオリフィアを補給中」

「あげられません」

「えー! じゃあ、レドヘイルとドナに見せびらかす!」

「やめなさい」


 わたしの胸をおもちゃに待ち惚けをくらっている男の子2人に「どや、ええやろええやろ」って顔をして見せびらかす。お前はエロ親父かと思ったけど口にはしない。

 レドヘイルくんは何をしてるのって首を傾げるけど、ドナくんとは目が合ったら即座に目を逸らした。ガン見してたな。

 まあ、年頃だろうしね……。長耳の先が真っ赤だよ?


「うふふ、フルオリフィア~」

「……まったく」


 フラミネスちゃんはわたしに過度の触れ合いを求めて来る。

 今更拒むのもどうかと思いこのままにしてみたが、最近のこの胸への執着はとてもすごい気がする。

 わたしの胸はこの年齢なら確かに発育いいと思うけど、それも今だけだ。周囲の大人の人たちを見ればもっと大きな人はいる。フラミネスちゃんなりの愛情表現なんだと仕方なく我慢するしかない。

 でも、ちょっと痛いのだ。もっと優しくしておくれ。


「お、おい! フルが困ってるだろ! さっさと離れろよ!」

「なあに、ドナ? ふふ、ドナも本当は触りたいんでしょ?」

「な、そんなことあるか! 誰がフルの胸なんて触るもんか!」

「だって、フルオリフィア? ドナはフルオリフィアの胸触りたくないんだってさ!」

「……まあ、そう触りたいって言われたらドン引きだけど」

「ふ、だろ!」


 まあ……たまにドナくんからそういう目で見られることも知ってたりする。

 流石に面と向かって言えないし、このくらいの男の子って結構ナイーブだからなあ……。

 身近にがいたからよくわかる。


(そういえば、あいつもこのくらいの歳の時、わたしのことちらちらと見てきたっけね……)


 まあ、前の時は今の身体の成長と比べることは出来ないくらいもっと控えめな発育だったけどさ。

 どことは言わんが、その時指摘したら泣きそうなくらい顔を真っ赤にして謝られたっけ。

 その時はかわいかったなあ。

 いつしか隠すことなく大きな胸を凝視するようになってたけどな。けっ!


 抱き締められたままに講堂へと向かい、編み込まれた藁座布団の上に座って胡坐を組む。

 講堂にはもう先生がいて先に胡坐を組んでわたしたちを待っていた。

 おじいちゃんのブロス先生だ。確かもう500年近く生きてる聞いた。すごいよね。500年。


「では、今日もそろったな。さっそくと瞑想を開始する」

「はーい」

「おう」

「……あい」

「はい」


 ブロス先生の掛け声の下、そこからゆっくりと目を瞑る。

 この作業は体内の魔力を練る練習だ。自身の魔力量の底上げを目的としていると聞いた。

 だけど、わたしにこの行為は意味あるのかなって昔から疑問に思っている。でも、他の3人は日に日に魔力量が上がってるんだよね。不思議。


 感覚としては瞑想をする前とした後では若干のが出来る、と3人から聞いている。だが、わたしはその遊びを体感したことがない! 不公平だ!

 だからこの時間だけはついついさぼりがち。

 そして、どうさぼるかと言うと、わたしはこの時間は数年来の友人へと『神託オラクル』を使って連絡を取ることに当てていた。


《……ルイ。わたしだけど》


 連絡を送って、返事を待つ。

 この1年ほどでお互いの時間がずれてきているから連絡が取れないこともある。

 それも、ルイがいたエストリズ大陸はこのゲイルホリーペ大陸の裏側だったことに関係している。

 前ならルイが寝る前、わたしが瞑想中だったりで空いた時間が噛み合っていたが、現在は日に日にどちらかの都合で話が出来なくなることも多い。

 だから、連絡が取れない日は忙しいってことで瞑想に集中することにしている。わたしもルイから連絡が来ても答えられない日もあるからね。お互いさまだ。


《……あ、レティ!》

《こんにちは――ああ、もうおはようでいいんだっけ?》

《うん、おはよう、レティ! ぼくも今さっき起きたとこ。今はシズクがご飯作ってるの!》

《……ふーん。そうなんだ。じゃあ、ちょっとだけ話せるかな?》

《うん、いいよ!》

《じゃあ、さっそくだけど今朝、あなたたちの話を聞いたわ――》


 そうわたしは瞑想中、ルイと会話を続けていた。

 最近はルイの都合から話す時間は半分にも満たなくなった。それでも、わたしにとってこの会話はとても有意義なものだった。


 この里の人たちは優しいけれど、わたしは四天の娘ってことで話をする機会は全くと無い。挨拶を交わす程度ならしてくれるんだけどね。

 例外として仲の良い3人とはさっきみたいに隔たりなく話せるけど、ちょっと違う。

 心許せるウリウリもいるけど、彼女は友達ってよりも家族だからね。


 だから、ルイはそういうのを抜いて話せる相手。身分も上下もない、互いに公平な間柄での話し相手だ。

 ただ、ある隠し事をしてるのがちょっと申し訳ないって後ろめたさを感じてしまう。

 それもわたしがお母様にしか言ってない隠し事をしているからだ。


 ――わたしはこの世界の人間ではない。


 あっちの世界のが何故か頭に出てこなくて、もしかしたら、それが自分が作り上げた妄想のものではないかと疑うこともある。

 けれど、度々見せてくる悪夢が、お母様に決して他言してはいけないと言われた悪夢がそれを否定する。


 その夢と言うのが――幼馴染の男の子を助けたところで終わった夢だ。

 

 そう、わたしは生前、恋人であった男の子を庇って死んだのだ。

 最後の最後で彼を元気づけるどころかトラウマを植えつけてしまったことを心から悔しく思う。


《あ、ご飯できたみたい! いかないと!》

《わかった。じゃあ、また明日ね》

《うん! ばいばい、レティ!》


 けれど、今のわたしがあいつに出来ることなんて何もない。

 今のわたしは四天(見習い)であり、里を守護する巫女でもあった亡き母『ブランザ・フルオリフィア』の遺志を継ぐ一人娘『メレティミ・フルオリフィア』としてこの地に生きていくだけだった。


(願わくば、あいつが立ち直って元気でいますように……)


 もうルイも誰もいない心の中で、もう会うことは無く、それでも逢いたいと願わずにはいられない昔の恋人を想い、願っていた。





 長い瞑想を終えて、わたしたちは座学へと向かった。と言っても本を開いたブロス先生のお話を聞いていくだけだ。

 フラミネスちゃんは退屈そうに、ドナくんは良く居眠りをして、レドヘイルくんは興味津々に。思い思いにその話を聞いている。

 わたしはフラミネスちゃんとレドヘイルくんを行ったり来たりしている。

 興味のあることは楽しく聞けるけど、あまり関心がないと思ったことは面白くない。


 数年前までは文字の読み書きや算数の初歩なんかをやっていたけど、ここ最近は歴史を重点にした内容だ。あとは四天として、天人族の代表としての心構えとかかな。

 史学は面白いけど、当たり外れも多い。


 今日は魔道具について話を聞かせてくれた。

 もともとの魔道具の原点は天人族が作ったらしい。らしいというのはその人物が実在したか不確かだそうだ。


 その人は魔力操作が生まれつき下手くそで、魔力量も劣っていた。

 不足分の補おうと考えた結果生み出したのが火、水、風、土、雷の5属性ごとに簡易的な魔法を発動する杖だった。ただし、生み出された魔法は苦笑されるもの程度だったそうだ。

 子供ですらそれ以上の魔法を生み出せるので、その時はまったくと言っていいほど評価されずに終わる。


 しかし、彼を評価したのは仲間ではなく、むしろ敵対関係でもあったモノ作りが大好きなドワーフだ。改良の改良を加えて、ドワーフから地上人へと魔道具は流れ、今では地上人が好んで使うようになった。

 地上人はその数と魔道具の力を使って今の地位を確立したという。


「現在は天人族も生活面の支えとして魔道具を使用している。一度は否定した物でも受け入れれば広まるのは早かった。地上人では作成できる人が少ないことから価格は高いが、我らはその気になれば赤子でも魔道具を作成できる。今では生活には欠かせないものとなっている」


 赤子は言い過ぎだろうと思うも、一度だけ体験学習として4人で魔道具を作ったことがあった。

 その魔道具は魔力を当てると発光するというおもちゃで、ビー玉くらいな小さなコアを小物に取り付けるだけと言ったものだったけど、確かに簡単だった。

 光った時は驚きつつも喜んじゃったね。こんなものでもテイルペアやエストリズなら良い値で売れるみたい。

 今はわたしの部屋の棚の中にあるかな。


 その後は、魔道具の今後の展開と言ったものを持論を混ぜながら聞かされていった。便利なものでもやっぱりどこの世界も力として使われるんだよね。

 最後の締めは魔道具よりも自分の力を鍛え上げろだったけど。





 その後は昼食を挟んで魔法の練習だ。

 場所は変わって、わたしが住むお屋敷の講堂からちょっとばかし歩いた、里の東門付近にある修練所だ。

 ここは近くの森一帯を作り替えて出来たものらしく、普段は天人族の守衛たちが集団訓練なんかをしてると聞く。


「では、準備が出来たものから魔法を放つように! 安全確認を怠るなよ!」


 最初は準備運動みたいに好きに魔法を使っていいことになっている。

 なので、わたしはブロス先生の始めの声と同時に魔法を2つ展開した。

 

 みんな得意な魔法が違うから、自分の得意魔法の時は率先した手を付けるようにしている。

 ドナくんは雷魔法が得意。フラミネスちゃんは火魔法だ。レドヘイルくんは水魔法で、わたしは風魔法が得意。

 得意魔法はそれぞれの血筋の影響が来ているみたい。

 土魔法はみんな平均くらいかな。

 あ、木魔法と金魔法は天人族の考えに反するとかで教えてくれない……ブロス先生は使えるけど。


『俺の声を聞きやがれ! 啼けよ空! 咆えろ地に! その姿、その身、その体を! 一撃にして焼き砕く! ライズ・ドナの名の下現れよ!! ……よっしゃ! 行くぜ! 【雷牙】!』


 一番に準備が出来たらしく、ドナくんが荒々しく叫ぶと、近くに刺さっていた避雷針に見立てた鉄の棒へと雷で出来た光線が落ちる。同時に轟音が鳴り響く。鉄の棒は黒焦げで煙を立てながら地面へと倒れた。


「いいね! 今日も絶好調! 見ててくれたかフル!」

「うん、見てるよ。いつもすごいよね」

「へへっ! 当然!」


 ドナくんは満足げに笑っている。わたしもぱちぱちと手を鳴らして褒めた。

 あんなのに当たったら大怪我じゃ済まないよね。感電死しても可笑しくないよね。


「あー! ドナだけずるい! 見てよ、フルオリフィア私のも見てよ!」

「はいはい、フラミネスちゃんも見てるよ」

「えへへ、じゃあ行くよ!」


 続いてフラミネスちゃんの番だ。へらへらと笑っていた顔をきゅっと引き締めブロス先生へと「いいよ!」と声をかける。

 その声にブロス先生は頷くとさらさらっと地面に魔方陣を書き、手を当てて呪文を唱える。

 木魔法だ。ブロス先生が書いた魔方陣から伸びるように地面を突き抜けて細木が生まれた。

 フラミネスちゃんが両手を向ける。


『我が声に答えよ。踊り狂う揺らめきを今はただ我が命じるままに支配する。我が腕となり前へ出ろ。【焔蛇】!』


 呪文を唱え終えたフラミネスちゃんが腕を振る。

 振った手の先から炎の紐が現れて、生えた細い木を切断して燃やした。これもお見事とわたしはドナくんと同じく拍手を送る。


「どうだったどうだった! 少し炎の鞭の距離伸びたんだよ!」

「うん、前はあの半分しか出なかったもんね」

「ねえ、褒めて褒めて!」

「はいはい、フラミネスちゃん頑張ったね~」


 わたしはフラミネスちゃんの頭を良い子良い子と撫でる。

 一応、これでも1つ年下なんだけどなあ、とは言わないであげよう。とても嬉しそうに喜ぶフラミネスちゃんはわたしとの年齢差とかそういう考えはひとつとして持ち合わせていないみたいだ。


「……フルオリフィアちゃん」

「あ、レドヘイルくんも見てるからね」

「うん……見てて」


 今度はレドヘイルくんの番か。


『悠久の導きを往くその御身。誰に反する事無くその道を流れるそのせせらぎを今一時だけ力をお貸しください。【流結】』


 そう呪文を唱え終わるとレドヘイルくんの掲げた両手の先に水の塊が生まれ出す。その水の塊はぱっと飛び散り、フラミネスちゃんが燃やして残った立ち木の残骸へと集まり、水の膜で囲ってしまう。

 後にはシャボン玉みたいな空洞のある水球が立木に出来た。

 一見地味な魔法だけど、これは空間把握能力が長けていないと一発で出来ないものだ。

 わたしが真似したところで、多分どこかしら1マス2マスはずれる。


「いつ見てもレドヘイムくんは正確だね!」

「ん……ありがと」


 はにかみながらちょこちょこと恥ずかしそうにわたしに近寄り、軽く頭を傾ける。

 ああこれは……わたしはレドヘイムくんの頭に手を乗せて、フラミネスちゃんみたいに撫でてあげた。

 えへへ、なんてレドヘイルくんはかわいい声で笑ってくれる。


「あー、お前らもうフルから離れろよ! 練習にならねえじゃねえか!」

「じゃあ、ドナも頭を撫でてもらえばいいじゃない!」

「うん……フルオリフィアちゃん……撫でるの上手」


 言われてわたしも手を上げて来る? とドナくんへと視線を向けるけど、顔を真っ赤にしてぷるぷると首を横に振った。

 この2人は気にしないけど、ドナくんはそういうのは恥ずかしがるのはよおく知っている。でも、仲間外れも悪いからって誘ったんだけどね。結果は思った通りのものでした。


「……フルオリフィア。他の子にじゃれてないでお前も魔法を使いなさい」

「ええ、わかりました」


 そうブロス先生に注意されたので、わたしも使魔法を見せることにする。

 来いっ! そう念じて、上空から1つの鉄棒を呼び出し、わたしたちがいるこの原っぱへと落として急降下。

 どすんっ! と音を鳴らして鉄棒を地面に突き刺した。


「おわっ!」


 と、ブロス先生が声を上げて驚いた。

 着地する前にちょっと力を入れて勢いを抑えたつもりだけど、ちょーっと地面に深く突き刺さっちゃったかな。


「はい、先生。わたしの魔法見てもらえました?」

「……お前の魔法は空から鉄の棒を落とすことか?」

「いいえ、違います。わたしはずっとその鉄の棒を操作していました」

「……ほぉ?」


 わたしは風魔法で今までずっとその鉄棒を空の上を泳がせていたんだ。前は結構神経を使って大変だけど、今では談話しながら操れるようになった。

 ちなみに、その鉄棒はわたしが金魔法による錬金術で作り上げたものなのだ。

 金魔法については話すと怒られそうだからブロス先生には秘密。ばれないように訓練所に突き刺さっているものを真似て作ってある。

 一応、この場所について各自が準備をしている間に実行しておいた。


「まあ、これだけじゃ芸がないですよね」


 ということで、地面に突き刺した鉄棒をまた宙に浮かせ、その場で風車のように回転したり、ジグザグと空を上下に飛ばして見せたりもした。

 傍から見てると超能力だなあと思っちゃうけど、これは風の浮遊魔法を使った応用だ。

 最後にわたしは宙に浮かせた鉄棒を宙に浮かせて素早く右腕を薙いだ。

 風魔法による斬鉄。教えてくれたウリウリや他の人に言わせるなら【凪断】だ。

 鉄棒を真ん中で切断させた後もその場で漂い、今度は2つのままで回転させたりみせたりする。

 フラミネスちゃんとレドヘイルくんから大きな拍手が巻き起こる。

 そのまま操りながらわたしはブロス先生へと振り向いた。


「どうですか?」

「……まったく。やってるならやってるでしっかりと見せるべきだ。傍からではサボってるようにしか見えなかったぞ」

「それはすみませんでした。本当なら呪文を唱えて魔法が使えればよかったんですけど……」

「馬鹿を言うな。反対に呪文いらずで魔法を扱えるやつがこの世にどれだけいると思っているんだ」


 てへへ、と舌を出す。

 今はこうして魔法を使えるけど、昔のわたしは何故か呪文を唱える魔法が使えなかった。


 偉大なお母様は、魔法使いとしても優秀だったこともあり、その娘であるわたしにもその期待を一身に受けた。

 お母様の死後もその期待は大きく膨らんだけど、わたしが魔法がうまく使えないことで直ぐに萎れていった。

 溜め息交じりの声も耳にしたこともある。


 魔力の練り方が変なのか、フレーズが悪いのか、滑舌か。

 色々と原因を探っていってもわからず仕舞い。

 まだ赤ん坊だったからレドヘイルくんはその場にまだいなかったけど、彼のお兄さんやフラミネスちゃん、ドナくんはまるで身体の一部のように使えるのに何故自分だけ! と、3人を恨めしくも思ったこともある。


 不甲斐ない自分に涙を流す夜もあった。

 ウリウリは次は出来るって応援してくれたんだけど、その期待に応えられないのがさらに辛くて悔しかった。


 でも、それを救ってくれたのがルイだ。

 偶然の出来事だったけど、『神託オラクル』を通じてわたしはルイ越しでラゴンに教えてもらい、魔法を使うことができるようになった。

 里からは呪文もなしに魔法が使えることが知られると、掌を返えすかのように、流石は四天の娘だと褒め称えられたけど、そういうのは本当にどうでもいい。


 一番嬉しかったのはウリウリの期待に応えられたことだった。


『おめでとうございます、フルオリフィア様! このウリウリア・リウリア、自分のことのように嬉しく思います!』

『ありがとう……わたしが頑張ってこれたのはウリウリがいてくれたおかげだよ』

『私など何もしておりません! 全てはフルオリフィア様の努力の賜物です!』


 ただ、その時褒めてくれたウリウリには悪いけど、その話し方は他人行儀で嫌だったのを覚えている。

 中身は16の女の子が入ってるんだけどね、どうしても精神年齢が低くなってたんだよね。

 だから、その時のわたしはひとつウリウリに我儘を言うことにしたんだ。


『ねえ、ウリウリ。1つ願いを聞いてもらってもいい?』

『なんでしょう? おめでたいことです。フルオリティア様の為ならば何なりと!』

『じゃあ……お母様みたいに褒めてほしいんだけど、いい?』

『それは……』


 口淀んだウリウリだったけど、わたしはどうしても言って欲しかった。


『ねえ、お願い。名前も呼んで褒めて』

『……はい、わかりました』


 そうして、わたしをぎゅっと抱き上げてくれるんだ。

 ウリウリの腕の中は暖かくてとても心地がいい。

 頭を撫でながら耳元でそっとウリウリが囁いてくれる。


『おめでとう。メレティミ。よく、頑張ったね』

『……うん。うん、わたしがんばったよ。ウリウリ』


 それが、ウリウリがわたしの名前を読んでくれた最初で最後のことだった。

 本当はレティって呼んでほしかったけどね。でも、お母様以外で名前を読んでくれる人は長老のエネシーラ様くらいで、みんな姓でしか呼んでくれないんだ。

 これもわたしが四天の娘だから仕方ないけど、だから、本当に嬉しかったんだ。


(いやいや、あの時は嬉しすぎて泣いちゃったね……)


 ウリウリもなんでか一緒に泣いてくれて、わたしの部屋からは女2人の泣き声が屋敷の外まで響いたそうだ。

 おかげで、ウリウリはお母様の娘であるわたしですら泣かす恐怖の女と噂されて暫く肩身の狭い思いをさせたっけ。

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