第42話 決着とそれから

 頬の上を生暖かいざらざらとしたものが何度もなぞる。そのくすぐったい感触に引き起こされて目を覚ます。

 空が青い。

 どうやら僕は仰向けで眠っていたらしい。


「ああ……そっか……負けたんだっけ……」


 空を見上げながら、ひとり呟く。

 思い返せば、押されっぱなしの戦いだった。

 手数は圧倒的にルイが多い。僕は隙間隙間に攻撃を出すのが精一杯。そこに斬ったものを凍らせるなんて言うとんでも剣が現れたりもした。

 けれども、それでも、奇襲に近い方法で僕は勝利を掴めるところまで彼女を追いこめた。

 ……最後の最後だ。

 目の前から消えたルイを僕は掴むことができなかったんだ。


 僕の身体に痛みは無い。

 ルイが雷魔法を弱めてくれたのか、それともイルノートあたりが治癒魔法をかけてくれたのか――多分、後者の方だろう。

 服は焦げてボロボロだけど、僕の体に怪我らしい怪我は無い。

 ただし疲労と虚脱感はその限りじゃない。

 気だるさは戦いのせいだけじゃない。心から来るものだとわかった。


「みゅう?」

「……リコ」

「みゅうみゅう!!」


 胸の上でリコが心配そうに僕の顔を覗き込む。頬の感触はリコの舌だったみたい。

 リコはずっと僕のことを心配してくれていたのかな。僕を見て嬉しそうに鳴くリコを見て、目の奥が熱くなる。

 僕はリコを胸に抱き寄せて、そっと頭を撫でる。今の自分の気持ちを誤魔化すために……誤魔化せるわけないじゃないか。

 リコの優しさに触れただけじゃない。ルイに負けた悔しさも後押しをするんだから。


「…………っ!」


 腕を振り上げ、地面を強く叩いた。胸の中にいたリコが「みゅ!?」と驚くが、彼女を気遣ってあげる余裕は今の僕にはない。

 優秀だと思っても、まだ自分よりも下だと思っていた女の子に僕は負けた。その敗北感が今の僕に纏わりついている。

 ……そうじゃない。

 僕は、悔しかったんだ。


(……ルイはこれからも今以上に強くなっていく。きっと、僕なんかじゃ足元に及ばなくなるくらい、絶対……)


 近い将来、僕の役目が無くなる日が来ることは今の戦いで身をもって思い知った。

 それを思うと無性に悔しくて、悔しくて、悔しくて……悲しくなる。


は、ルイに負けた……あ」


 私、かあ……。

 そう自然と口にした一人称にまだ僕は制約に縛られていることに気が付く。

 そして、制約が効いているので近くに主人であるゼフィリノスがいるってことだ。

 今はあいつの顔が見るのが嫌で……身を起こすのも億劫で、どうでもいいやとまた目を閉じようとした、ところで僕の顔に誰かが影を落としてくる。


「え……?」

「あら、目を覚まされたのね? 私の愛しいお人形さん」


 僕の顔を覗き込むみたいに見下ろしてきたのは見覚えのある少女、ルフィス様だった。

 腰に手を当てて見下ろす様はまるで一国のお姫様のようにも見える。

 また一段お綺麗になられたというのに、その眼は以前近距離から拝見したものとはすっかり変わられて、まるであの奴隷市場で見られた大人たちのそれに近いものへと化している。

 あそこの人たちと違うとしたら、その瞳が恨めしいものではなく満足げなものだということだったが……。


「ルフィス様……? なぜ?」

「ふふ、なぜなんて言葉は不要よ。あなたは何も知らなくていいの。これからは私のために尽くせばいいのですから」


 僕が聞きたいことはそういうことじゃないんだけど……。

 笑みを浮かべて膝をつき、僕の頬にそっと手を添えて撫でまわす。冷たい手だ。

 胸の中にいるリコが威嚇のようにルフィス様へと唸った。


「きゃっ、またですか。……この子、ずっとあなたのそばから離れなかったのよ。おかげで、運んで介抱することすらできませんでしたわ」


 なんてルフィス様は忌々しくリコを睨みつける。

 そっか、リコが僕のことを守ってくれたんだね。

 おもむろに身を起こし、リコを抱きかかえながらルフィス様の手を解いた。ルフィス様は残念そうな顔をする。

 今一度、空を見上げて色を確認する。


 (……ルフィス様が到着するのは夕方ごろだと思っていた)


 空は青く、陽は高い。

 ルフィス様の移動手段は陸路ではなく空路の予定だったはずだ。

 今日に限って飛空船が定刻通りの正午に着いた……? それでもケッテンバング港からこのサグラントに来るまでの距離はどうだ。馬車を使っても陽が落ちるくらいの移動時間はかかったと記憶している。

 僕はルフィス様へと顔を向け、先ほどのなぜの続きを訊いてみた。

 

「……なぜこんな時間にいるんですか?」

「今回、私は乗馬で駆ってきましたの。ヴァウェヴィと2人っきりでしたし、荷物も少ないので馬車を使うまでもありませんわ。途中で1度休憩を挟みましたが、そのおかげで前よりも早く屋敷に着くことが出来ました」


 これでも乗馬は得意ですのよ、とルフィス様は誇らしげに語る。でも、気丈に振る舞ってもルフィス様の疲労は顔に出ているが目に見えてわかった。

 ヴァウェヴィさんっていうと、確か前に来られた時にいた女の護衛……騎士さんだ。

 今も彼女から一歩後ろに控えていて、訝し気に僕へと厳しい視線を向けている。


 別に男女差別をするわけじゃないけど、女の二人旅って危なそう。貴族の娘を護衛1人って言うのもどうだろう。

 ベルレイン様に話が行ってくるくらいだから、ヴァウェヴィさんの腕が確かなものだとは思うけど……。


 大変でしたねと労うが、別にどうってことはないと強がるルフィス様だ。

 そんなことよりも、とルフィス様はこの話を打ち切り、僕に向かって左手を差し出してくる。


「シズク。命令します。“私の手に誓いのキスをなさい”」

「へ、何を言――……え?」


 すると僕の体はルフィス様が差し出した左手を取り、そっとその甲に唇を付けた。

 ルフィス様はその手をもう片方の手で包み込み、うっとりと恍惚の笑みを浮かべる。


(なんで……?)


 ルフィス様の命令に僕の体は勝手に動き出していた。


「うふふ、シズク。今日から私がご主人様よ」


 顔を嬉しそうにルフィス様が口にする。


「え……なに、どういうこと……?」

「まあまあ。そんなに驚かないで……そうね、あなたが知らないのも無理はないわ。奴隷の譲歩の話はあなたがいない場所で、そして今回の契約自体もあなたが時の出来事ですものね」


 譲歩の話は知っている。

 夜中にルイが泣き喚いた理由だし、僕にとっても苦い思い出だ。でも、おかげで心の内を話すこともできたってこともあるけど。

 だから、僕が知りたいのは最後の気を失っていたってところだ。


「……いったい私が気絶している間に何があったんですか?」

「そうですわね……実は私も最初から見ていたわけではないので、今一把握していません。ですが、私がこの屋敷に到着し、この目で見たことでよければ――」


 と、ルフィス様は嬉しそうにその時のことを話してくれた。

 彼女の話では、この屋敷の正門に着いた時から様子はおかしかったそうだ。


 いつも誰かしらいる門番(イルノート)の姿が見当たらず、そこで不審に思うも2人は勝手に門をくぐって敷地内へと進んでいった。

 屋敷の正面についても玄関の扉は開く気配はなく、ヴァウェヴィさんがドアノッカーを叩いても返事は無い。

 留守なのだろうか。それにしたって番のひとりもいていいはず。

 顔を見合わせ不思議に思う2人だったが、そこへ庭の方から大きな叫び声が聞こえてきて、恐る恐るとその場に向かったそうだ。


 2人が向かった庭は、記憶のものとは違い、地面は抉れ、無数の穴が開いた変わり果てたものへと変わっていた。

 その奥で立ち並ぶイルノートとルイに、2人を阻むように立ち塞がる屋敷の執事たち。そして、壁となった執事たちの後ろで肩から血を流して喚くゼフィリノスをメイドたちが看護しているという光景を目にしたらしい……。


「何が合ったのかは知りませんが、どうやらルイがゼフィリノス様と揉めているのはわかりましたわ。ですが、私には関係のないこと。直ぐに両者の間に入り、自分の用件だけを伝えました。つまり、あなたを貰いに来たとね」


 その後、当然のようにルイがルフィス様に怒鳴り散らしたそうだ。が、急に糸が切れたみたいにルイは意識を失ったそうだ。


「……ルイが気を失った?」

「ええ。散々人をなじっておきながら、当人は何の前触れもなく倒れたの。酷い話でしょう?」

「……そんな」


 その話を聞いて僕は顔が青ざめるような思いをするが、ルフィスは僕を気にせずに話を続ける。

 その後、倒れたルイはイルノートに担がれて宿舎の方へと向かっていったらしい。周囲の皆が呆気に取られながら2人を見送るかのように見つめていたところで、ルフィス様はゼフィリノスへと詰め寄り、先に傷を治療させてくれと彼の願いも無視して契約変更を強要したそうだ。


 契約変更は互いの同意の下で行われ、ルフィスが懐からお金を取り出し、最初に3リット金貨を手渡し、最後に50リット銀貨を丁寧に1枚1枚数えて取り出しているところで「3リット金貨でいい! 早くしないと死んじゃう!」って喚いたところで契約は成立した……とか、なんとか。


「あの身体に走る衝撃……とてもいいものでした。まるでシズクの一部が私に流れ込んできたみたいで……これが契約による縛りなのですね。後で契約書の方も貰わないと……」


 それからこの場所には僕とリコ、そして、ルフィス様たちが取り残されたそうだ。

 そして、先ほど言っていた通り、僕を運ぼうにも、僕の上に乗ったリコが邪魔して持っていけなかったんだってさ。


「どう、これで少しは理解できたかしら?」

「……ええ。ありがとう、ございます」


 奴隷の立場だから仕方ないとはいえ、こうしてルフィス様が今の僕のご主人様になったってことか。

 前の主人の命令が継続されている理由はわからない。でも、そんなことはどうだっていい。

 今はルイのことが心配だ。


「あのルフィス様――」

「さあ、さっさと起きなさい、私のシズク!いつまでもこんなところで寝てないで! サグラントにはあなたを迎えに来ただけですし、早速と王都グランフォーユへと向かいますわ!」

「え、ちょ、ちょっと待ってくださいよ。私は――」

「ええ、あなたの言いたいことはわかります。ですので、あなたも直ちに準備をなさい。そんなぼろぼろの恰好で外を歩かせません」

「……準備って、いえっ、ですから! 私はルイに会わなきゃいけないんです!」

「はぁ、ルイに会う? ……ああ、そうね。あなたたち姉弟でしたものね。別れくらいの時間は差し上げますわ。さっさと行ってらっしゃい。それと……はい。お金に関する問題があるのでしょう。お母様からお金も預かってきてますから」


 若干の齟齬を感じつつもルフィス様はそう言って、隣に控えていた女騎士さんから金糸の刺繍が施された巾着を渡される。

 受け取り中を開けてみるとそこには金色に光る硬貨がたくさん詰まっている。多分、10か20……それ以上だ。

 ベルレイン様は僕の要望を律儀に守ってくれたみたい。話しぶりからして借金でもしていると思われたのか。確かに借金に近いような気がする。

 でもそんなお金とか本当にどうでもいい。


「行ってきます! あ、リコおいで!」

 僕は駆け出そうとして……リコを抱きかかえて雷の瞬動魔法を使って地面を蹴る。リコが驚いて悲鳴を上げるけどそこは我慢してね!

 背後でルフィス様の驚く声が聞こえたけど、そんなのも気にしてなんかいられない。





 宿舎に着くなり一目散に自室へと向かい、自室であることからノックもせずに扉を開けて大声を上げた。


「ルイが倒れたって聞いたけど大丈夫!?」


 中には椅子に座ったイルノートが不機嫌そうに顔を歪めて僕を見る。

 ルイは……イルノートが使っている一段目のベッドで横になっていた。この位置からではベッドの柱が邪魔をして顔は見えない。

 イルノートがルイへと視線を向けて、眉をひそめ、それからまた僕を見た。


「……ああ、大丈夫だ。心配するな。単に魔法による疲労だ」

「そ、そっか……っていや、それ大丈夫なの!?」

「お前と同じく眠りについただけだ。反動が少なくてよかったな」

「僕と同じ? 反動って……なに?」

「闇魔法を使った反動のことだ」


 ……そっか。

 ルイが出したあの大剣はやっぱり闇魔法によるものなんだ。

 もう記憶には古いけど、僕も闇魔法を使って籠手みたいなものを出し、そして眠りについた。

 今ルイは同じ状況に陥っているんだろう。

 でも……。


「僕は3日も意識を取り戻さなかった。ルイも同じくらい眠っちゃうの?」

「…………ん? お前、何を言って……え……あ、ああ。さあ……な。3日で回復したお前が幸運だっただけかもしれん。ルイの場合は……具現化させていた時間はお前に比べると遥かに長い。それがどういうことはわかるか?」

「そんな……」


 それがどういうものか、最悪の場合……頭の中で想像し浮かび上がる前に真っ白にする。

 考えたくもない。

 思わず、腕の力が抜けて抱きしめていたリコを手放しちゃう。


 あ……と思ったときにはリコは綺麗に着地してくれた。

 そのまま首を回して僕へと視線を向けてからリコはベッドへと歩いて、とん、とジャンプしてベッドの上によじ登ると横たわるルイの上へと乗った。


「みゅう……?」


 リコの鳴き声には戸惑いを含んだものだった。

 僕も遅れてリコの後を追う。前に出す足が覚束無い。

 一歩進むのにとても長く時間を感じる。


(……ルイの馬鹿。こんなお遊びの喧嘩に本気になって、本当に馬鹿だよ……)


 いいや、違う。


「馬鹿は僕だ……」


 ルイに負けたくないからって張り合ったり、全然面白いことじゃないのに楽しいとか思っていた自分を許せない……。

 こんなはずじゃ、こんなはずじゃなかった。


(そうだ……こんなはずじゃなかったのにね。僕がもっと早くゼフィリノスに触っていればよかったのにね……)


 いつもそうだ。

 あの時も今もまったく成長してない。気が付いたら奪われている。それが他人のせいでも、自分のせいだとしても。

 自分の馬鹿さ加減に反吐が出る。なんでもっとうまく立ち回れなかった。なんですんなりと奴隷から解放されると思った。なんでもっと先を見なかった。

 後悔ばかりが押し寄せる。


「ルイ……」


 ようやくルイの元へと辿り着いたころには僕の目には涙が溢れ、景色がぼやけてよく見えなかった。

 イルノートと顔を合わせると、彼は凄い驚いた表情をして僕を見ていた。


「あ、あのな……その……」

「ぐすっ……大丈夫。大丈夫だから……」

「いや――」

「いいんだ! 僕のせいだから! 僕のせいでルイがこんなことに……」


 八つ当たりみたいに怒鳴り声を上げて、僕は横たわるルイを見た。

 傷らしい傷もなく、出発に合わせて買い直した服は殆ど綺麗なままだ。

 それに比べて僕の恰好はぼろぼろで酷いもの。自分よりも下? この差は何だよ? 自分自身を鼻で笑う。


「ルイ……ごめん、ごめんなさい……」


 謝罪の言葉を口にしながら、僕はまじまじと横たわる彼女の姿を見つめる。

 さらさらの青い髪。僕の自慢で櫛を入れて上げる時は幸福に包まれていた。

 上向きに尖った耳。天人族の証で触ると嫌がるけど、意地悪しちゃってついつい触っちゃう。

 そして、大きな赤い瞳。笑った時に揺れるその瞳を見ると僕も同じく嬉しくなっちゃう。

 今も僕をぱちくりと瞬きを繰り返してる。

 ん…………?

 瞬きを……繰り返してる?


「……ルイ?」

「……おはよう。シズク」

「ルイっ!」


 え、なんでどうして!?

 ルイが、ルイが目を覚ましている!? え、え、え……!


「えええぇぇぇ――――!」

「ごめんシズク。実はぼく、さっきから起きてたんだ」


 そう申し訳なさそうにルイは、ちろりと舌を出す……可愛らしい仕草を浮かべていつも通りのルイがそこにいた。

 消え去ろうとしてた僕の大事な人がそこにいる。

 それが、どれだけ僕の心を揺すぶったか。

 それが、それがどれだけ身震いを起こすほどの歓喜に包まれたか。


「もう……もう……!」

「ご、ごめんねシズク! 怒らないで! ちょっとイジワルをしたかっただけなんだよ! ね、ね? ほら、前にシズクだってやったことだし、おあいこだ……よ……てっ!?」


 なんて早口で言うルイに僕は我慢の限界だった。

 涙が幾重にも流れ続ける。口がひくひくと勝手に動きだし、喉の奥が震え出す。

 出したものはもう元には戻らないとばかりに僕は。


「ばかぁぁぁ……ううぇぇぇん……うわぁぁぁん……っ!」


 僕は、大声を上げて泣いてしまう。

 そのまま立ちっぱなしで上を向いて、ルイの無事を喜んで、喜んで喜んで喜んで……ずっと僕は泣いちゃったんだ。


 言葉にならない声を喉が涸れるほどに叫び続けちゃった。

 やめたいとは思わなかった。恥ずかしいと思わない。

 今はただルイの無事を嬉しく思うことしか出来なかったんだ。


「ご、ごめんねシズク! そんな泣かないでよ! 悪かったって!」


 この気持ちが届けば楽なのに、ルイには僕が怒って泣いていると思われちゃったらしい。

 でも、説明しようにも僕の声は震えるから無理だった。


「すまない。私も調子に乗ってしまった」

「ぢがうの……うわぁぁあん……そうじゃないの……うえぇぇえん……」

「うわわわっ! ごめんねごめんね! シズク、シズクぅぅぅー!」


 次第にルイも僕に当てられてか泣き出して、僕らしかいない宿舎には子供2人の泣き声が延々と響いてた。

 イルノートはあたふたしてばかりで、リコは僕らを見てどうしたものかとみゅうみゅう声を上げてしまう。


「たく……どうしろと……」


 今回ばかりは、イルノートも防音魔法を使ってはくれなかった。





 それから僕らが一通り泣いて落ち着く頃にどうにか声も震えも治まって、泣いた理由を説明するとほっとした表情を浮かべるイルノートがちょっと面白かった。

 ルイは泣き疲れてまた眠っちゃったけど、今度は安心してその寝顔を見ていられる。


 ルイが目を覚ましたのはぼくが部屋に来るよりも前だったらしい。

 闇魔法を使った代償は術者の技量に作用されるらしく、ルイがその程度で済んだのはそれだけルイの実力が高くなったからだとも教えてもらった。

 でも、気絶するようではまだ実戦では使い物にならないとの厳しい指摘も貰ったけどね。


 それからは今後の計画を練っていたそうだ。

 庭に散らばったお金は僕らの魔法の応酬で駄目になってしまったものが数多くあるらしい。

 ルフィス様が契約を結んだことは予測されていて、なら王都へと向かおうかとも話が出ていたそうだ。

 そこでお金を貯めて今度こそシズクを取り戻す、なんてルイが息巻いていたところで僕が現れたんだって。


「じゃあ、王都へ行くの?」

「そうなるだろうな。王都ならここよりも質のいい依頼があるだろうし、報酬も高くなる。ただ、食費や宿代といった出費の方も考えねばならん。物価もこことは倍以上だ。だが、それに有り余って手に入る金は多いだろう」

「うーん、イルノートのお金からお借りすることは出来ない?」


 と、イルノートは顔を顰めて苦しそうに口を開ける。


「……ラゴンからの言いつけで、金銭面の問題には手を貸すなと言われている。ただし、お前らがどうしてもと言うならば私はラゴンとの約束を反故するが……」

「そう、ならいいや」


 それは……流石に僕が嫌だ。例え返せる金額でも、僕自身が許せない。

 今までイルノートはラゴンの言付けをずっと守ってくれたんだ。それが良くも悪くもね。

 まだ何も語ってはくれないけど、彼がラゴンを慕っていたのは言われなくても気が付いている。

 そんな彼とラゴンの約束を破らせるわけにはいかない。それにこの結果を招いたのは僕のせいだ。なら、僕自身が解決するしかない。

 ただまあ……て、この先の未来を想像すると、どんよりとした気持ちになる。


 今度はルフィス様の奴隷か。

 ゼフィリノスと違って気に入ってくれているのはわかるけど、今以上にルイと会えなくなるだろう。多分一日中付きっきりの生活になるだろうし、猫可愛がりみたいに束縛される気がする。王都に冒険者ギルドはあるだろうけど、依頼を受けさせてくれるとは到底思えない。


(あーあ、金銭面に関しては全部ルイ任せになっちゃうかな。紐男みたいで嫌だな……)


 そう未来に向けて肩を落として絶望していると、ふいにイルノートが僕に尋ねてきた。


「ところで、お前がもっているそれはなんだ?」


 と、左手に掴んだままだった巾着を指さす。


「え、ああ。お金だよ。ルフィス様が……いや、正確にはベルレイン様がこの前のお礼として僕にくれたんだ」


 そうして僕はイルノートにその巾着を投げ渡した。

 中身を見るイルノートが肩を落としてすごい深く溜め息を落とした。

 そして、憐れむような冷たい視線をこちらへと向けて、ぼそりときつい一言を投げかけてくる。


「お前は馬鹿か……!」

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