第40話 庭園での姉弟喧嘩

「シズク、そこをどいてったら!」

「ルイこそっ……逃げてっ!」


 ぼくの邪魔をするように前に立ち塞がるシズク……。

 後ろにはゼフィリノスさまが不気味に笑ってぼくらを見ている……あの目は嫌だ。昔っからあの目は嫌だった。

 左手に火の玉を生み出してぼくは一歩一歩と前に出る。同じくシズクがぼくの歩く歩幅に合わせて前に出る。


「イルノート!」


 歩きながらぼくは叫ぶ。


「主人がいなくなったら契約中の奴隷ってどうなるの!?」

「さあな。魔力だけ残るんじゃないか?」

「……わかった!」


 何もわかってない。それが後にが起こるかわからない。

 でも、シズクの首につながれた紐は残っても、その掴む手だけは離させたい。

 相変わらずシズクはぼくの前から退いてくれない。

 なら、もういっそ!

 前に立ち塞がるシズクを避けるように指示を出し、ぼくは出していた火球をゼフィリノスさま……ゼフィリノスへと射出させる。

 狙うは頭……についている目。ぼくの嫌いな目をつぶしてやる!


「行け……ああっ!?」


 でも、その前にシズクが一瞬にして後ろに戻ってゼフィリノスの壁になる。

 慌ててぼくは飛ばした火球を逸らして、ぎりぎりでシズクの横を抜けていく。ちっ、と音を立ててシズクの肩越しのエプロンを焦がした。


「危なかった……もう! 邪魔しないでよ! 当てちゃうところだったよ!」


 その後、火球は屋敷の壁に当たって穴を開ける。

 一連の行動を見終わってやっとゼフィリノスの余裕そうな顔が青くなった。お前に当たればよかったのに!


「シズクいい加減にしてよ!」

「私の……せいじゃ、ありま、せんっ……!」


 無理に動いたせいか、シズクはその場でうずくまり自分の体を労わるように両手で抱きしめる。

 シズクの両手は薄緑色の光が発生している。自分で治癒魔法をかけているんだと思う。

 治療が終わったらまたゼフィリノスを遮るみたいに立ちあがって、ゆっくりとぼくへと近づいてくる。


「シズクぅ……!」


 ぼくは左手に火の玉を出し、今度こそと空へと飛ばして真下へと落とす。これなら壁になれないだろう!

 だけど、今度は空に両手を掲げ、水の壁を作り上げて受け止めちゃうんだ。水の壁は厚い。じゅ……ってぼくが作った火球は飲み込まれて消えちゃった。

 また、ぼくの前に立つ。ゆっくりとゆっくりと。でも、近寄るだけで何もしようとはしない。


 シズクの体は震えている。命令に反発しているんだ。

 シズクの顔が辛そうに歪む。無理に体を抑え込もうとしているんだ。

 でも、それを見て苛立ちながらゼフィリノスがシズクに叫んだ。


「さっさとルイを捕まえろよ! トロトロしてんじゃねえよ!」


 その声にシズクがゼフィリノスへと振り返えると、ゼフィリノスの顔がむっとなる。


「おい、なんだその顔は! お前のご主人様だぞ! そんな顔してんじゃねえよ! 命令する! “死なねえ程度に攻撃しろ!”」

「…………は、い」


 シズクはぎりぎりと骨が軋むような音を立てながらぼくへと右手を掲げる。その手の前には魔力が集まり、ばちばちって電気が集まりだす。

 でも、いつもシズクが作る雷魔法とはちょっと違う。

 雑っぽいって言うのかな。覚えたてのころの雷魔法みたいに無駄な力が入ってる。

 

「ルイ、避けて……っ!」


 シズクの手の平から走りだした雷は、にょろにょろって蛇みたいにぼくへと襲い掛かる。

 でも、放たれた雷は避ける必要がないほどしっちゃかめっちゃかで、明後日の方向に雷糸が落ちる。

 当たりそうなものはぼくも雷の瞬動魔法を使ってちょっとだけ動くだけで十分だ。後は地面にばちばちっと黒い焦げを作る。

 魔法を放った後、またもシズクはその場でうずくまった。

 右手を庇ってるみたいで、指先から黒い煙が出てるんだ。

 治癒魔法をかけて手の傷を癒そうとするシズクの背中をゼフィリノスさまが蹴る。シズクへと暴言をかけて直ぐに立てって言ってる。


「なにあれ? まるで自分の魔法で傷ついたみたい……」

「シズクが制約に抵抗しているせいだな。無理に抵抗した分、魔力が暴走して使用者であるシズクの身体へと雷魔法が逆流したんだろう」


 ぼくの疑問にいつの間にか隣にいたイルノートがそう答えてくれた。

 じゃあ、シズクは攻撃するたびに怪我を負うことになっちゃうんじゃないの?

 

「どうしたらいい?」

「そうだな。魔力が切れるまでやらせるのが一番手っ取り早いんじゃないか?」

「イルノートのばかっ! そんなことしてたら日が暮れちゃうよ!」


 シズクの魔力量がどれだけあるかなんてぼくにはわからない。でも、子供の頃ならいざ知らず、やたら無闇に使って気絶するほどぼくらの魔力量は低くない。

 それに、使うたびにシズクが怪我をするなんて見ていたくないよ!


「じゃあ、お前がシズクを完膚なきまでに叩きのめせばいい」

「はあ?」


 それこそ怪我するじゃないか! イルノートはなんでこう変なことばかり言うんだ!

 でも、イルノートはくすくすと楽しそうに笑って、まじめな顔をしてぼくを見る。


「戦闘不能に追い込めばいいって言ってるんだ。命令は契約者が動けないときは効かないしな」


 …………えーっと。


「その方が怪我をする回数は少なくて済むだろう。お前が一撃で気絶させることが出来ればそれだけで終わりだ」

「……なるほど?」


 うーん。

 なんか違うような気がするけど、言われてみたら、それが一番早い気がしてきた。

 ぼくらが話をしている間に回復したのか、シズクはまた立ち上がって魔法を使おうとして……抗ってる。

 今度は水魔法みたいだ。綺麗な水球じゃなくてスライムみたいにぐちゃぐちゃとうねっている。ところどころでぴちゃりぴちゃりと水球から水が垂れてその下に水たまりができる。


 ぼくはまだちょっと悩んでいた。シズクに攻撃するのはいやだ。

 悩んでいるぼくを急がせるみたいにイルノートが「ほら、来るぞ」とシズクが生み出した水球に指を差す。ちょっと待ってよ!


「なんだよ! ならいっしょにイルノートも戦ってくれてもいいじゃんか!」


 でも、とイルノートは睨み付けるぼくに「甘えるな」と一喝。

 それから、何か思いついたみたいに小さく口元を緩めて、


「……ああ、そうか。お前じゃシズクに勝てないもんな」

 

 ……なんて言う。


「……は?」


 ぼくは思わず口を開けて今も隣にいるイルノートへと顔を向けて凝視してしまう。

 前ではシズクが水球を放ちながら「避けて!」なんて叫んでいるけど、ぼくは目もくれないでその水球を片手で受け止め、握り潰し……消滅させた。


 そんな不安定な魔法は避ける必要なんてない。当たったら痛いだろうけどそれだけだ。

 見なくたって魔力を感じればどこに来るのかだってわかる。受け止めるのも消すのも簡単。


 ……だから今はそんなことはどうだっていい!


!?」


 その言葉は……聞き捨てならない!

 

「イルノート、今は冗談をいってる場合じゃないよ。いまはシズクをどう倒すかであって…………ぼくがシズクに負けるはずないじゃん?」


 ぼくがシズクに負けるはずは……まあ、無いとは言えないけどさ。

 シズクだって毎日頑張ってるもん。魔法の扱いならいっしょくらいの腕前だよ。

 だけど、それでぼくがシズクに負けてるなんて思ったことは一度もない。

 きっと睨み付けるけどイルノートはやれやれって言いながら目を伏せる。


「ああ、悪かった。年上のお前が年下のシズクに負けるなんてありえないもんな」

「何その言い方! だーかーらっ! ぼくがシズクに負けるはずないって言ってるじゃん!」

「口では何とでも言える」

「な!!」


 イルノートはぼくたちと何年もいっしょにいるっていうのに何もわかってない! だから、今はそういう話じゃないよ!

 けれど、イルノートの最後の一言にぼくは口をぽかんと開けて突っ立ってしまう。

 イルノートはぼくよりもシズクのほうが優秀だって、そう目で言ってるように思えたんだから。

 それから、最後の一押しとばかりに、イルノートは大きく溜め息をはいてぼくよりも大きく一歩前へ出る。


「はあ……仕方ないが私も手を貸してやろう。あんな制約に縛られてシズクにすら怖気づいてしまっているようだからな」

「ちょっと待ってよ!」

「いいや、待たない。さっさと終わらせたい。お前だって私にも手伝えって望んでいただろう?」

「そうだけど!」

「ああ、それならいっそ私ひとりだけで行こうか? 自分よりも強いシズクが倒れるところを指でも咥えながら見ているといい」


 む、むかーっ!

 前へ出るイルノートをぼくは掴んで引っ張る。おやっとばかりに反応するイルノートに苛々して、ぼくはぴしゃりとその澄ました顔に水魔法をかけてやった。

 水に濡れた銀髪の隙間からイルノートの鋭い眼光が跳んでくるけど、ぼくだって負けずに睨み返す!


「ぼくひとりで出来るよ! 馬鹿にしないで!!」


 もうぼくは火が付いたみたいにやる気満々だ。

 イルノートはぼくを馬鹿にした! もう、許さない! 見ていろよ!

 シズクなんてぼくよりも弱いよ! 無駄な動きばかりで見てるこっちがハラハラするんだ! あんなのにぼくが負けるはずない!

 ふん、どうせならハンデだってあげてもいい!


 ぼくは腰に挿していた剣を鞘ごと抜いてシズクに投げる。

 手の平を治癒魔法で癒すシズクが変な顔をしてぼくとその剣を見る。


「それ貸してあげる。さっさとかかっておいでよ。ぼくがシズクをぼこぼこにしてやるんだからさ!」


 苦しそうにしながらもシズクはぼくを見て変な顔をする。怒ってるんだか悲しんでるんだかよくわかんない顔だ。


「ルイ何を言ってるんですか? 私は逃げろって言ってるんですよ」

「うっさいばーか! そんな言葉使って女の子みたい! やーいやーい! シズクのおとこ女ー!」

「ルイ、今はふざけている時じゃ――」

「ふざけてなんかないっ!」


 ぴしゃりとシズクを黙らせる。

 それはとても重要なことなんだ。


 ぼくがシズクよりも劣ってるってイルノートに

 それをちゃんと実力を見せてイルノートにわからせないといけない!


 ぼくはシズクよりも強くなきゃいけないんだ。

 シズクはいつの間にかぼくの前へ勝手に進んでいっちゃう。そのまま置いてけぼりにされるのはいやだ。

 何より、あの小さかった頃みたいに悲しくなりたくない。

 だから、ぼくはシズクの隣に……シズクよりも前にいなきゃいけないんだ!

 それにぼくはお姉さんなんだよ? のシズクに負けたりしたらかっこわるい!

 姉よりも優秀な弟がいると思うな!


「シズク、今までの話は聞いていただろう。だからお前も聞け!」


 と、イルノートが叫んだ。


「無理をして制約に抗うな。それよりも命令を聞いて全力でルイと戦え!」

「はあ!? イルノートまで何を言ってるんですか! そんなことできるわけないじゃないですか!」

「自分の意志で戦ったほうが命令に抵抗して身体を痛めるよりずっと良いさ」

「だーかーら! 違うって! もう、イルノートはたまに話がかみ合わない! そんなことよりも、さっさと逃げなさいって――」

「今一番逃げたいと思っているのはお前じゃないか? 守ってると思っていたルイよりも自分が弱いことを証明するのが嫌なのか?」


 ぴくっとシズクの眉が動いた。

 癇に障ったのかな。別にぼくシズクに守られてるつもりなんてないけどね。

 手加減したから負けたなんて後で言われるのはいやだよね。だからぼくも後押しをする。


「シズク、ぼくはシズクよりも強いよ。いい機会だからどっちか上かはっきりさせようよ!」

「ルイも……いい加減に……!」


 シズクが肩を震わせて怒ってる。

 でも、その先はぼくが先に言う。


「いい加減にしろ? 本当はぼくに負けるのが怖いだけでしょ? 弱いくせに無理に強がらないでよ!」


 シズクの肩がひとつ大きく震えた。

 それから深く深呼吸して目を細めてぼくを見る。


「……いいでしょう。そこまで言うなら私も相手をしてあげます。私がルイよりも弱いわけ……ないっ! ちょっと痛い目に合わないとわからないんだね!」


 シズクは剣を拾うと鞘から抜いて構えを取った。


「そっちこそ泣いても知らないんだからね!」


 じゃあ、ぼくも……と水球を3つ宙に浮かせてぼくの周りに漂わせる。

 シズクが一瞬不思議そうにぼくが行った魔法を見て、直ぐにまた顔を引き締める。

 臨戦態勢をとったぼくとシズクの視線がぶつかりあう。


「お、おい、お前ら……」

「邪魔です!!」

「黙れ!!」


 ゼフィリノスが口を挟もうとしたぼくとシズクで一喝。

 互いに睨みつけ合う視線の中で、なぜか、イルノートが雷の瞬動魔法を使ってゼフィリノスの元へと一瞬で距離を詰める。そして、水魔法で壁を張ってゼフィリノスさまを囲んだんだ。

 そのまま捕まえればいいのに、イルノートはただぼくらへとじっと視線を向けるだけだ。


「な、何の用だ! 俺をこんなところに閉じ込めてどうするつもりだ」

「これは防壁だ。お前を守るためのな。二人の飛び火に当たりたくないだろう?」

「……イルノート……何を企んでいる?」

「黙ってろ。蚊帳の外にいるお前が知る必要もない」

「……な、なにっ!」


 それから汚い喚き声が聞こえたけどもう気にしないことにした。

 もう余所に目を離していられる暇はない。

 さっきまでのシズクとは違う。メイドの恰好で剣を振りかざすシズクの顔は夜の時と同じく真剣なものになっている。

 いつ動くかはわからない。でも、いつも通りぼくからは動くつもりはないから全てはシズクの行動で開始になるということだ。

 シズクもわかってるのか、じりっと地面を擦って足を前に出す。

 いつも魔物を見つけた時は猪みたいに飛び込んでいったのに今は少し様子が違う。慎重だ。


 ちくちくと肌が痛い。

 イルノートが言ういわゆるをシズクから薄らと感じ取る。いつもは魔物相手にしか向けないそれは、こうしてぼくへと注がれている。

 シズクは殺気が感じられないって言ってるけど、自分自身で出してるじゃん。

 ほんとシズクは不思議。いっしょにいて飽きない。それから、大好き。

 いやいや、今はそんなこと考えている時じゃない。

 いつ来る……? そんなの知るか!


「どうしたの? シズク怖くてこれないのー?」

「ルイこそ……たまには待つだけじゃなくて動いたらどうですか?」

「たまに? 先に敵が襲ってくるだけでぼく別に待ってなんかな――いっ!?」


 なんて、言い終わる前にシズクが前に出た。

 雷の瞬動魔法を使用してか、ぼくとの間にあった距離を一瞬で詰めてくる。

 同時に振りかざした剣もぼくに向けて落としてきた。


 同じく雷の瞬動魔法を使って一歩後ろに下がる。それだけで剣はぼくがいた場所を空振る。

 ぼくの方も下がるのと同時に、漂わせていた水球をシズクへと当てようとするけどシズクも一歩下がってそれを避けた。直ぐに2人で距離を取る。

 後ずさりながら先ほど飛ばした水球を操ってぼくらの上空へと設置した。


 ああ、ちょっとびっくりした。

 ほんのちょっと反応が遅れていたら。これもシズクが刃を立てずに剣の腹でぼくを攻撃したことで、いつもより振り切る速さが違ったことから助かったんだ。水の硬化魔法を使っているとはいえ鉄の棒で殴られたら痛いだろうなあ。


「ずるいよ! ぼくがしゃべってる時に攻撃するなんて!」

「ずるくない。それだけルイが間抜けだったってことでしょう」

「むきーっ! シズクの癖にシズクの癖に!!」


 もう怒ったんだから!

 ぼくは展開していた二つの水球を前へと並べて、中から先の尖った大針を生み出しシズクへと射出させる。

 柔らかい魔物なら氷弾でいいんだけど、たまに硬い敵もいるんだよね。

 そういうのはただ石をぶつけたのと同じくらいにしか効果がない。そんな時に氷の針は有効だ。

 身体に穴が開いちゃうけど硬化魔法を使っていれば大丈夫だよね? とシズクを信じながらも連続して氷の針を撃ち続けた。

 でも、当然のようにシズクはささっと避けていく。時には剣で切り落としたり、火魔法を使って溶かしたり、まるで踊ってるみたい。

 気にせずに打ち続け、また空に設置させていた水球からは氷の槍を生み出して真下にいるシズクへと勢いをつけて発射させた。


「うわっ!? あ、あぶないでしょうっ!!」


 う……あと少しだったのに! シズクは器用に上空へと剣を振りかざし、氷槍を叩き割る。ぱりんと割れた氷片が宙に舞う。

 そのままシズクは外へと駆けだし、ぼくも直ぐに氷針を3つの水球から前から上からと放ち続けて、最後にぼく自身がシズクの後を追う。

 なんだか鬼ごっこみたい。

 シズクは前々へとジグザグに地面を走ってぼくを置いて行こうとするけど、ぼくだって雷の瞬動魔法を覚えている。その速さにはついていけるんだからね!

 ただ、練度の差から若干シズクの方がぼくより早いんだ。その分氷針を前を走るシズクへと狙い撃つ。


 ぼくはどうやら水魔法が使いやすいみたい。別に火も風も雷もへたって訳じゃない。一番得意って言われたら水魔法だ。次は風魔法かな。


 と、シズクが思い立ったみたいに踵を返して急にぼくへと方向転換。

 そこを狙い撃ち……と、シズクったら両腕を重ねてその氷針の雨の中へと突っ込んでくる。うわわ、あぶない!


 でも、シズクったら氷針と氷針の隙間を抜けるようにして、ぼくへと近づいてくるんだ。

 やっぱり避けられないものもあるから、シズクの足や腕なんかを傷つけていく。

 その姿にちょっと戸惑いつつも、直ぐに慌てて水柱を放ってシズクを後ろへと吹き飛ばした。


「ちょっとシズク! 無茶しないでよ! 怖くないの!?」

「これも駄目か……あ、え、全然? 出来るかなーって思ってやっただけです」

「もう! 危ないよ! もっと攻撃には気を付けてよ!」

「攻撃してるルイが言うのも変な話ですよね……」


 でも、その後もぼくは攻撃の手を止めるつもりはない。

 ここで手を抜いたらすぐに押し返される。その向こう見ずな行動には驚いちゃったからぼくの足は止まったけどね。

 立ち止ったぼくへとシズクはけん制みたいに火球を放つけど、ぼくは直ぐに水球を水壁に変化させて受け止める。

 針から逃げるようにシズクはぼくの周りをぐるぐると回り続け始める。

 少しでも攻撃の手を止めると一瞬でぼくとの間を縮めてくる。足を止めないようぼくも攻撃をし続ける。


「少しくらい休憩をさせてください、よっと!」


 と、シズクが庭の木々を背にして隠れた。

 けど、そこは集中して氷針を放ちとどめに氷槍も突っ込ませる。木は根元からぽっきりと折れてシズクが驚いているのが面白かった。


「くぅ! 休ませてもくれないんですね!」

「近づかなかったらシズクなんて怖くないよ! ほら、ぴょんぴょん跳ねて!」

「黙りなさいっ!」


 そう叫び、シズクはまた走りだしながら無数の火球を放ち続けてきた。それも水壁で受け止める。効かないとわかっているのにシズクは攻撃の手を止めない。

 自棄になったの? それだけ追いつめてるんだよね!

 ちょっとはやらせてもいいかなって思って、ぼくは氷針の攻撃を止めてその攻撃をずっと受け続けてみた。


「意味ないよ! 全部受け止めちゃうからね!」

「そうですか。ではこれならどうです!」


 シズクはその場に立ち止って、左手をぼくへと掲げてそれを放った。

 炎だ。火球じゃなくてぼわっと燃え盛る炎が一直線にぼくへと吹き寄せてくる。

 まるで学校で聞いた竜の息吹みたい。話では竜の吐く火炎はどんなものでも溶かしちゃうらしい。

 一瞬のことだったけど、ぼくに向かってくる間に火炎が通った真下の芝生は直ぐに燃えてしまう。あんなの受けたら火傷じゃすまないよ!

 さっきまで受け止めていた水壁よりも大きく、厚い壁を使って受け止める。

 シズクの炎と音を上げてぶつかりあった。


 湯気がいっきにぼくらの周りに広がっていく。

 何も見えなし、湯気が熱いけど、気にしている余裕はない! 前からは未だに炎が押し込んでくる……あ、まずい。押されてる!?

 両手を向けて押し返そうとするけど、前から迫る火炎の勢いが強すぎてぼくの足が地面から少しずつ後ろに下がっていく。


「ま、負けるもんか――っ!!」


 今度はぼくの番だ! シズクが火炎で押し込むならぼくも水で押し込んでやる!

 水壁をそのまま奥へと押し込むように、ぼくもさっきゼフィリノスに使ったものよりも強く水柱をシズクへと向けていく。


「ぐう……っ!」


 それでもぼくの身体は後ろへと引かれていく。どんなに踏ん張っても足元が地面からずるずると下がっちゃうんだ。押し負けてる?

 いや、違う。湯気で真っ白になった庭の中で、ぼくの放った水柱は長くなってる。勝ってる!

 そのまま行っちゃえ――っ!


 一気に魔力を込めてぼくの水柱は湯気で先の見えない奥へと突っ込ませた。

 突き抜けるような手応え有り。押し返してくる力はない。

 もしも押し合いに勝ったなら今頃シズクは水柱に巻き込まれてどこかの壁に激突してるはず。周りは真っ白で何も見えないからなんとも言えない。

 ぼくは風魔法を使ってその湯気を消そうとした――その時。


「あぐっ!」


 斜め横からシズクが湯気の中から現れて剣で薙いできた。

 すんでのところでぼくは身を捩じらせて攻撃を避けるも、左腕に鋭い痛みが走る。斬りつけられてしまった。

 魔法を使う前に大きな殺気を感じられたのが幸いだった。身体が硬直するほどの殺気に戸惑った結果が腕の傷痕だった。


 その後もシズクの手は止まらない。ぼくへと何度も何度も切りかかる。

 それを不安定な姿勢でぼくは避けていくしかない。

 体勢を整える前にすぐにシズクが邪魔するからぼくが後ろに下がっていくしかない。

 防戦状態で攻撃を食い止める最中に、シズクの顔を見た。とても嬉しそうに笑ってぼくを見ている……ぞくりと背筋が震えた。


(シズク、本気でぼくを斬ろうとして!? ……っ……しまった!?)


 そして、ついに姿勢を崩してぼくは尻もちを付いた。その真上からシズクが見下ろしてくる。

 立ち上がる暇もない。シズクが剣を振りかぶる。


「私の勝ち、ですね?」

「やだっ!」


 勝ち誇った顔をするシズクを前にぼくは言い放つ。

 まだ負けてなんて……いや!


「やだって……」

「まだ終わってない! ぼくはまだ戦える!」


 その証拠にと周りに漂う水球をシズクへと向けようとしても、シズクはわかっていたみたいにそれを斬りおとしてしまう。1つ目も、2つ目も、そして、上に設置していた3つ目も……。

 その動きはとても綺麗だった。1つの動きの中で3つの水球をなぞるようにとらえてすべて斬る。斬られた水球はその場で弾けた。


「往生際が悪いですよ。ちょっと痛いかもしれませんが、少し眠ってもらいますね」

「シズクのばかっ!」


 そう口にするシズクの殺気は嘘みたいに収まっている。その表情は笑ってる。もう完全にシズクは勝ったと思ってる。

 シズクがぼくに勝ったと思ってる……!


(そんな、そんなの許さない!)


 ぼくはシズクよりも強いんだ! いやだ! ぼくはシズクよりも強い……シズクよりも強い! ぼくは、シズクよりも強くなきゃいけないんだ! やだよ! そんなのやだやだやだ!


(ぼくはシズクよりも強くないといけないんだ!)


 じゃないと、ぼくはシズクの隣にいられない! 後ろから追いかけるのはもうやなんだ! お願い! お願いだから隣で歩いてよ!


(勝ちたい! 勝ちたいよ! なんでなんで! なんで、ぼくはっ!?)


 ぼくはシズクに勝たなきゃ駄目なの! 勝たなきゃシズクが手に入らない! 勝つんだ! 勝っていっしょに外に行くの! そして、レティのところに行くんだ!

 勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい!!


 ――ぼくは勝つ!


「あああああああああああああああぁぁぁぁっ!!」 


 負けたくはない。負けたら置いて行かれる。

 それが嫌で、怖くて、悲しくて。だから、ぼくは何が何でも勝ちたいたがために、魔法を使った。

 そのためだけにぼくはがむしゃらにシズクへと手を向けて魔法を放った。


 何を使ったのかはわからない。

 火でも雷でも風でもない。なら多分得意な水だ。ぼくは多分水魔法を使ったんだ。

 ぼくの胸の中の奥からそれが引きずり出されるのがわかった。

 それが胸から腕へそして手の平へ。


「……なっ!?」

「ほお……」


 シズクが真上から驚き声を上げる。遠くからイルノートが感心したみたいな声を上げるのが聞こえた。

 ぼくもびっくりと不思議な気分だ。


「なに、これ……?」


 その手に掴んだものに思わず声を漏らしちゃう。

 だって、ぼくの手には見たこともない大きな剣が握られていたんだから。


 不思議なんだ。初めて触れたのに、まるで昔からいっしょにいたみたいに馴染んでいく。

 使だってすぐにわかった。

 そっと、剣に語り掛けるようにぼくは言う。


「……わかった。これで、。いっしょに行こう」

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