第39話 今日という念願の日

 ここ最近、シズクはやけに俺に接してくるようになった。理由はわかっている。


『あー、なるほどな。従者2人まで付き添い可能なのか。へー』


 シズクの前でわざとらしく呟いてみたら、あいつは目をぱちくり瞬かせて、それからは胡麻をするように俺に媚びへつらい始めてきた。

 年に2度ある長期休暇中はサグラントへと帰省するが、それ以外俺はずっと王都グランフォーユに滞在することになっている。

 その間、シズクとルイは離れ離れになる。きっとあいつもルイと一緒にグランフォーユに連れて行ってほしいとか思っているのだろう。だが断る。

 俺が王都へと連れていくのはルイだけだ。他の従者はいらん。


 第一、もうこいつとは5年の付き合いになるが一向に好きになれない。

 好きになれない原因はあいつの目元にある。

 まるで鷹や鷲みたいな猛禽類が獲物を狙うように鋭い目付きは見てて本当に気分が悪くなる。作り笑顔はうまくなったが、その笑って細めた目の奥はいつまで経っても俺に反抗的。

 メイドの中には将来は切れ長の美人になるなんてシズクのことをほざいていたが、あんなのただの吊り目だろ。目付きの悪いクソガキでしかない。

 ……これでシズクが本当に女だったら俺だって同じことを思ったさ。まじで、こいつが男に生まれたことが本当に悔やまれる。


 たくっ、さっさとルフィスが引き取ってくれればよかったのにな。

 直ぐに引き取りに来ると思っていたんだけど、度々開かれた王都のパーティーで会ったときは中々に忙しい身分らしく、簡単には足を運べないって嘆いた。

 また、お金の工面にも時間がかかっているそうだ。金くらい、親に用意してもらえよ。

 そしたら晴れてシズクともおさらば……とはいかないか。


 多分、契約後にルフィスもシズクをお供に王都で生活を始めるのだろう。

 ルフィスもなんだかんだでシズクを拘束するはずだし、俺と授業が被らない限りは一緒になることもそう無いはずだ。まあ、俺たちの知らないところで逢引紛いな真似をするかもしれんが……そんなの俺が許すはずないだろ。

 屋敷にいる大人の目がない分、俺もルイのことは四六時中縛りつけてやるつもりだ。

 

 あいつもそろそろ10歳前後くらいにはなるだろう。

 もう人肌恋しいやら姉と離れたくないと甘ったれなことを言える歳ではない。

 また周囲を情で訴えるような真似をしようとしても、俺と同じく独り立ちするには十分だと言い返すこともできるだろう。


 いいか? お前の出番はここで終わり。

 ここからは俺とルイの待ちに待った学園生活編のスタートだ。

 しかも従者は同室で共にしなければならないというラッキースケベ的な展開も期待できる。


 ……ああ、そう言えばすっかり忘れていた。

 イルノートのやつは……まあ、家の番としてそのまま残ってもらえばいいと思う。

 メイドたちの人気を掻っ攫うほどの美形男子に最初は嫉妬もしたが、ちょくちょく様子を見ていて思ったが、どうやらあいつは女に興味がないみたい。

 きっと、そっちの気でもあるのだろう。





 あとひと月もすれば俺は王都へと長期の留学となる、11之月の暮れ。

 本日、ついにルフィスがシズクを迎えに屋敷へとやってくる。

 

 ルフィスからは「歓迎の類は必要ありませんわ。シズクを引き取ったら直ぐに王都へと向かうつもりです」と言われている。だから、今日はシズクを受け渡したら直ぐに終わりになるはずだった。

 が、ルフィスがうちに立ち寄るとあいつの母親ベルレインからうちの両親に連絡したらしい。


 おかげで現在、屋敷は従者たちが急な来客の準備にせわしなく追われている。

 ルイもその作業に追われてどこにいるかはわからないが、今頃シズクと共に最後の時間を過ごしているのだろう。まあ、最後の日になるだろうしな今日くらいは許してやるか。

 寛大は俺はルイを呼び出さず、皆の邪魔にならないよう中庭で黙々と魔法の練習をして時間を潰していて、


「ゼフィリノスさま」


 ルフィスの歓迎の準備が出来たのだろう。

 聞き間違えることのない愛しいルイの声に呼ばれて俺は口元をニヤけつつ振り返った。


「はい。なんで……なんだ、その恰好は?」


 と、俺は呆気に取られながら現れたルイを見つめた。

 そこには真っ白なワンピースに膝下丈のズボンを穿いたルイがいた。

 肩には黒いブーケを羽織っていて、その姿はどこで見覚えがあると思ったら、奴隷市場から出た時と格好に近いものだと思い出す。

 ただ、あの頃と一つ違う点を指摘するならば、それは腰に鞘に納まった剣があることだ。

 その一点に目を瞑れば、いつものメイド姿と違った私服のルイは新鮮で、つい見蕩れてしまう。

 が……直ぐにいや、今はそんなことはどうだっていいとかぶりを振る。

 なんでこんな恰好をしているのか。今はまだ就業中だ。そんな恰好は主の俺が許しても周囲の者たちが許されない。現に隣にいるシズクはメイド服だった。

 それと、ルイは何やら大きな猫みたいのを抱いてる。なんだこいつ。

 ……イルノートもいる。

 こいつもルイと同じく指定の燕尾服ではなく、以前屋敷に来た時と同じ格好だ。お前もその恰好は違反だろう。

 その衣服について問い質そうとする前に、イルノートが前に出て頭を下げる。


「この格好のことはお気になさらず。それよりも今回ゼフィリノスさまに少しだけお話があります」

「え、あ、うん。何かな?」


 動揺しつつ頷くと、イルノートは何やら丸みを帯びた皮袋を持って俺の前に立つ。


「いいか、まず私から手本を見せる。それでは……“奴隷契約の解放を願います”」


 そう言ってイルノートは俺の肩を掴んだ。

 ……なんだ?

 俺の中で何かが抜けていく感覚が駆け巡っていく。掴まれた肩から血を抜かれるような感覚に、体はぶるりと身震いを起こすほどで……なんだ、これは?

 俺が訳のわからない感触に身悶えていると、イルノートは俺の足にぶつけるかのように革袋を落として離れていった。


「では、ゼフィリノスさま。私に何か命令を下してもらってよろしいでしょうか?」

「あ……なに、を、言ってるの?」

「いいから。さっさと私に命令をしろ」


 眼力強く睨まれて思わず尻込みもする。

 訳のわからないまま、シズクによく命令として出していた“伏せろ”とイルノートへと命じてしまう。

 その後、この長身のイケメンが無様に地面に這いつくばる――はずだったのに、イルノートは涼しい顔をして何事もないみたいに立ち尽くしたままだった。


「本当だ。そんなのでいいんだ」

「ああ、勿論金が足りていないと意味がない。どういうカラクリで金額を判別しているかなんて知らないがな。今更ここで足りなかったなんて言うなよ」

「大丈夫、昨晩のうちに何度も確認し合ったからね。ぼくは13枚数えればいいけど、シズクなんて金貨とは別に銀貨が50枚もあるからそっちの方が心配かな?」


 はあ? こいつら何の話をしているんだ?

 呆気に取られているとルイが俺の肩に触れる。


「じゃあ、“奴隷契約の解放を願います”」

「え……ちょっと!」


 また、先ほどと同様に俺の体は奇妙な感覚が抜けていく。

 そして、ルイも同じくイルノートよりも軽い革袋を手渡してきた。

 え、まさか……?


「ま、まさか……解放……された、の? 僕との……俺との奴隷契約から抜けたのかっ!?」

「ええ、そうです。もうすでに私とルイはあなたの奴隷ではありません」


 は、はあ? そんなはずない……ない!


「ルイ! “俺の近くに来い!”」


 そう強く命じても、ルイはまったく動かない。

 自分の体をきょろきょろと眺めては、ほっと息を吐いている。

 そんな……!


(いやだって金は? イルノートはともかく、こんな子供が稼げるはずが……)


 直ぐに渡された革袋を開けて手の平にこぼす。

 中からは薄汚れた金色の硬化がパラパラと落ちてきた。数は目測では直ぐに数えられなかったが、10枚以上は確かにある。

 足元の革袋も蹴ってみた。中からじゃらりと硬貨が擦れる音が耳に届く……。

 なんだこの金は……なんでこんな金がここにある……あっ!


「お前か! イルノートお前が2人に金を渡したんだろ!」


 そうだ。そうに違いない。

 元からこいつは金を持っていた。手持ちがいくらあるかは知らないが、10数リット金貨をそう簡単に出せるのはこいつしか考えられない。

 では、なぜ今頃になって支払った? 2人が引き離されると知ったから!?

 くそ、くそくそくそっ! 


「いいえ、違います。私は彼らに1リット銅貨も出してません」

「嘘をつくな!! そんなガキが稼げる金額じゃねえだろ! それともうちの金を盗んだのか! ああ? なんか言ってみろよ! 白状しろ、この盗っ人が!」


 俺は普段の口調も気にせずにただ怒鳴りつける。申し訳なさそうにするどころか、逆に冷ややかな視線を向けられて更に苛立ちが募る。

 ……違う、俺は焦っていた。虚勢を張っての絶叫だ。

 今の俺は訳のわからない恐怖に背中を撫でまわされている。

 この世界に来てからこんな思いをしたことなんてあっただろうか。


「いいえ、違います。この金は数年かけて2人が働いて稼いだものです。そこに偽りは無く、もしも確認が取りたいのであればこの街にある冒険者ギルドへご連絡ください……まあ、私たちが去った後でゆっくりとな」


 冒険者ギルド、だと……?

 そんな、いや、でも、まさか?


「あ……」


 そういえば、以前俺がギルドに何度か足を運んだ時、部屋の中で屯っていた冒険者どもが俺以外にも魔物を狩る子供たちがいるとかなんとかって話をしていた。

 まさか、こいつらが? ……はは、笑える。


 ルイは魔法が使えるから可能性はあるとしても、こいつは、シズクはどうだ? ただの人間だ。ありえない。ましてや、あの場で貰える報酬もたかが知れてる。

 10リット銅貨やら20リット銅貨の依頼ばっかりだったんだぞ。高いのですらリット銀貨単位の報酬だ。

 更にこの1年の間は銀貨報酬の依頼はまったくと

 数年で稼いだ? 嘘を付け!


「こんなガキがギルドで金を稼ぐ? どこの世界の話だ! 魔物の強さは俺が身をもって知っている! お前たちみたいなチビが倒せるわけないだろう! ……おい、シズク! 黙ってないでなんか言ってみろよ!」

「………………特には」


 シズクは俺に目をくれず、命令からか長い沈黙の後にそう一言こぼすだけ。

 そっけない態度に俺は頭を掻き毟るほどに苛立った。


「あああああっ何だよ! なんだってんだ! こんなの、こんな……ひっ!」


 3人の冷めた視線が俺を刺す。

 俺を見るな! 俺をそんな目で見るな! 俺を、俺をそんな昔の世界のやつみたいな目で見るな!


「う、うそだ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! こんなの嘘だぁぁぁぁぁぁ……!」

「もういい、シズク。面倒になる前にさっさと終わらせてしまえ」

「はい、わかりました」


 イルノートの言葉にうなずくと、シズクが俺に近寄ってくる。

 その手には足元に転がるものと同等に膨らんだ革袋を携えて、いつも通りのメイドの姿勢を保ちながら優雅に歩いてくる。

 そして、俺の前に立つなりおもむろに腕を上げて俺の肩へと……。


「ひぃっ!?」


 俺は思わず後退り、その手から逃れようとする。

 シズクの手は間一髪と俺の肩を掴み損ねた。


(なぜだ! 俺がなんでこんな目に!?)


 拙いっ、拙いっ! このままだとルイが俺の元から去ってしまう。

 そんなのは嫌だ! ルイは、ルイは俺だけのもの、俺だけの奴隷だ。

 考えろ。考えろ。どうしたらいい。どうしたら……シズクは今一度と俺の嫌いな笑みを浮かべて手を上げた。

 ――その瞬間、俺は、苦し紛れに一つ、シズクに命令をした。


「シズク!」

「……」


 どうか、効いてくれ!


「“その金をぶちまけろ”」


 シズクの首が傾く。だが、シズクは俺へと振り下ろした手を止めない……駄目か……――いやっ!


「……や、やだ」


 シズクは俺の肩を掴む前に苦痛に声を漏らし始めた。

 そして、シズクは革袋の尻を掴んで思いっきり振り回す。勢いに押されて袋の口から盛大に硬化が吐き出された。

 濁った金と銀の硬化がまるで星みたいに空に舞う。シズクの視線が、ルイの視線がその星に集まった。

 慌ててシズクが俺の肩を掴んで、


「“奴隷契約の解放を願います”!」


 と、叫び、やったと顔を綻ばせ俺を見る。

 だけど、シズクの方は多分わかってない。

 残念なことに、俺の方はしっかりと2人の実例を持って、シズクの望む展開にならなかったことを悟った。


「シズク……“こうべを垂れろ”」

「……っ!?」


 俺は笑うのをこらえて言い切った。

 そして、シズクは膝をついて俺の前へと頭を下げる。


(……成功だ)


 シズクはうめき声を上げながら下を向く。

 俯いたその表情は見なくてもわかってしまって、俺はにやにやと笑みを浮かべてシズクを見下した。


「ふん……金を準備し、払う意志があっても金を所持していなければ意味がない、か。まったく魔道具のカラクリというものはさっぱり理解できない。穴だらけだな」


 イルノートがつまらなそうに呟く。その表情はいつもと同じでまるで他人事だ。

 はっ、もっと驚いたりしてみせろよ。あっさりしていてつまらないじゃないか。


「……これで終わりじゃなかったの? ねえ、イルノート。これでぼくらは奴隷から解放されたんじゃないの?」

「見てわかるだろう。シズクは駄目だ……あいつは最後の最後で失敗したんだ」

「そんなっ、ぼくはやだよ!」

 

 シズクは俺の元に残った。今はこれでいい。

 悔しいが認めるよ。

 ルイはシズクに依存しきっているってね。だからこそ、シズクを手元に残しておけば、やつらはここから動けない。きっと自分からここに置いてほしいと願うことも考えられる。

 たとえこの結果が一時凌ぎだとしても、こいつをここに留める意味はある。

 奴隷をやめられたとしても、こいつらがシズクを残していくはずはない――。


「ルイ、イルノート……私を置いて行ってください」


 はあ!? 何言ってんだこいつ!

 なんて少し驚くも、その心配は無用みたい。

 ルイの様子を見ればわかる。その言葉は逆効果だ。


「やだ! シズクを置いて行くなんて出来るわけないよ! ならいっそぼくがあいつ殺してやる!」

「……は? 俺を殺すだって? ……ぶはっ!」


 その言葉を聞いた時、俺は思わず吹き出してしまった。

 何が可笑しい! とルイは俺を睨み付けるけど、年相応のかわいらしさにしか見えない。更に俺は腹を抱えて笑ってしまう。

 ルイが、俺を、殺す? あんな可愛い声で口にするには物騒だな。

 これは、少し痛めつけないと駄目かな。


『湧き上がる泉。我が意のままにその姿を晒せ――』


 そう呪文を唱え始め、掲げた両手の先に水の塊を発生させる。

 使う魔法はホースの口を押し込むようにして一直線に飛ぶ【ウォーターピラー】だ。

 これはルイの前では見せたことはない。母親であるホルカから周りを水浸しにするからって1人での使用を禁じられていた魔法だ。

 いつも水魔法を使うとしても水風船程度の球を飛ばすくらいだしな。


 ホルカから教わった時にはこれを使って細木程度なら簡単に折ってしまったほどの威力がある。大木に当てた時も水圧で大きく揺らすほどの威力はある。

 そこからさらに腕を磨き、今では魔物相手に一発で気絶させるほどの威力がある。

 人に向けて使うのは初めてだが。ルイくらい子供なら吹き飛ばす程度には威力はあるだろう。


 俺に刃向ったこと後悔させてやる。

 気絶した後は契約の上書きだな。契約書もまたあの奴隷市場で手に入れればいい。


『――汝の身は我が腕と化し荒れ狂え【ウォーターピラー】』


 そして、最後まで呪文を唱え終わり、水の塊から直径10センチメートルほどの水柱ウォーターピラーが一直線にルイへと向かう。

 勢いよく放たれた水柱は避ける間もなくルイへと当たり、反動からか俺の手を軽く押し返してきた。そのまま吹き飛ばされてしまえ、とニンマリ口元を緩ませた……というのに、


「……なにこれ?」 


 ……なんて水柱を当てたルイはその場から一歩と動かずに、不思議そうな視線をこちらへと向けてくる。


「は、はあ?」


 俺の目がおかしいのか?

 放った水柱をルイは片手で受け止めている。涼しげな……いや俺に怒りをあらわにしてるから眉を吊り上げて睨みながら。

 そしてまた不思議なことに、ルイへと向かった水柱の先から軋むような音を立てて凍り付いていく!?

 あれ、俺何か魔法失敗した? 水が氷る魔法なんて俺は知らない。

 

 結局最後まで俺が出した魔法は、ルイの手の前でまるで視認できるバリアのように半球状に広がり凍る。

 俺が魔法を出し尽くした後、出来上がった氷のドームは音を立てながら割れ、四散する。

 氷片が舞う中、ルイはそのまま手を掲げだす。

 ルイも魔法を使うのか――と身構えようとしたその時だ。


「へ?」

「……死んじゃえよ」


 ルイは手の平に一瞬で水の塊を作り、タイムラグ無しで俺へと――ちょっと待て! 呪文は!? ――直径1メートルはありそうな水柱を放出させる。

 俺が出した水柱がまるで小便みたいに思えるほどだ。


(な、まじか!? ぶつかるっ!?)


 あんなの当たったら気絶どころか骨すら砕ける! ってそんなこと考えている間に、


「ぐっ!」


 と、俺は両腕を重ねて身構えてその水壁の衝突に備え目を瞑った――。


「……あれ?」


 ――というのに、痛くない。

 あたらなかったのか……なっ!? と俺は目の前の出来事に驚愕した。

 恐る恐る目を開けると俺の前にシズクが片手を伸ばしてルイの放った水柱を受け止めていたのだ。

 いや、違う……シズクは同じように手の平から水柱を放出させているのだ。


「はあ……?」


 目を擦る。なんで、こいつが魔法を使える?

 しかもどうやら威力は若干シズクの方が強いらしい。いつしかシズクの放った水柱はルイのものを押し返し出す。そして、半ばほどで均衡を保ちだした頃、ルイが魔法の発動をやめるのと同時にシズクも魔法をやめた。

 悔しそうにルイが顔を歪ませてシズクを睨み付けてくる。


「……シズク。どいて、そいつ殺せない」

「痛っ……身体が勝手に……!」


 シズクは魔法を放った片腕を庇うようにその場にしゃがみ込み、悔しそうに顔を歪めて俺を睨み付ける。

 シズクの視線は少し癇に障ったが、今は目を瞑ることにする。

 それよりも、ただの人質程度にしか思っていなかったシズクが、魔法を使えることの方が大きい。

 何故2人がこんなにも強大な魔法を使えるのかという疑問も浮かび上がってきたが、だが、それは後で問い詰めるとして、今は戦力として大いに期待できる!


「シズク答えろ! “お前は魔法が使えるのか?”」

「…………はい。使えます」

「どの程度だ」

「…………火、水、風、雷の4種に、治癒魔法、と照明程度、の光魔法、それから……学び始めたばかりですが土魔法を、ルイと同等に使用できます」

「ぷはっ! ……ふははははははっ!」


 俺はなんで面白いのかもわからず笑った。

 ただ、今わかったことは、ルイのことはシズクに任せた方がいいってことだ。

 ルイもシズク相手なら本気で魔法を使えないだろうしな。

 だが、シズクはどうだ? 俺には制約による命令がある。


「いいか、シズク。手荒でも構わない。ルイが多少の怪我を負ってもいい。ルイを“魔法を使って拘束しろ。返事は『はい』以外な無い!”」

「…………は、いっ!!」


 もしも通常時だったら俺はシズクやルイに嫉妬で狂いそうになっていたはず。

 だが、そんなこと今になっては些細なものにしか感じられなかった。

 手から零れていったルイをまたこの手に戻す。それのためなら今まで憎ったらしいシズクだろうがなんだって使ってやるよ! 


「は、はははっ! ルイ、観念しろ! お前は俺の奴隷だ!」


 そうさ、お前は俺の奴隷なんだ。

 さっさとルイを捕まえて再契約だ!

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