第33話 こんなのあんまりだ
(へんなの……なにこれ?)
そこから見る世界は自分でも驚くほどに遅く流れていった。
なんだろう。すごいなあ。と頭の奥のどこかにいるぼくは思った。
ウルフの後ろでゴドウィンさんとユクリアがすごい顔をしてゆっくりと走っていた。
ベルレインさまがゆっくりと手で顔を覆い始めた。
オーキッシュさまとホルカさまがゆっくりと口を開けてこちらへと手を伸ばした。
ゼフィリノスさまの手から離れた剣がゆっくりと地面に落ちるのが見えた。
ウルフはグリー森林の奥でリコのお母さんを襲い掛かるときみたいにルフィスさまへと跳んでいた。
ゆっくり過ぎてまるでぷかぷかと浮かんでいるみたいに思える。
相変わらず感情のこもってないその顔についた口を大きく開けて、尖った歯を見せて、前足の爪を振りかざして――ああ、このままだとルフィスさまが傷ついちゃう。
でも、ぼくはまったく気にも留めないでその様子を見ていた。
ウルフはぼくらの背くらいに高く跳んでいて、そのまま抱きつくかのようにルフィスさまへと――と、ゆっくりと動く世界の中でひとりだけいつも通りの速さで動くのがみえた。
そして、その人はウルフに背を向けるようにしてルフィスさまを抱きしめていた。
――シズクだ。
ゼロ。
そのまま2人と1匹は1つになって、2つに分かれ、1匹と2人は宙に舞って――。
「うぐっ!!」
うめき声が聞こえてぼくの世界はまた元の時間が流れ始めた。
シズクの背中にウルフがぶつかり、そのままルフィスさまを抱えて地面に倒れ込んだ。
はっ、と遠くに行っていた意識を取り戻し、ぼくはシズクの名を叫ぶ。
「シズク!」
やだ、シズク! なんで!?
あわててシズクのもとへと駆け寄った。
「シズク! 大丈夫……あ……っ!?」
ぼくの口から言葉が止まる。
シズクの背中には……2つの線が走ってた。
爪にひっかかれた? 服がやぶけてところから赤い血が広がっていく。
痛みに耐えてるみたいにシズクの顔が歪む。
ぼくの頭に血が上る。
(許せない……! シズクを傷つけた……!)
その原因となったものへとぼくは睨み付ける。
ウルフは自分がしたことがわかってないのか、首を振って周りをきょろきょろと見渡してこちらへと威嚇するみたいに喉を鳴らす。それがますます腹を立たせる。怒るのはぼくだ。
逃げたかったのはわかってる。でも、そんなのは関係ない。
シズクを傷つけたことは別だ。
お前はやっちゃいけないことをした。
「お前なんて――」
消してやる!
ぼくは右手を掲げてウルフへと自分が込めれる最大の魔法を――。
「――やめなさい! ルイ!」
「えっ!?」
その叫びと共にぼくの手を誰か掴んだ――シズクだ。倒れたままに身体いっぱいに腕を伸ばして掲げていたものとは反対のぼくの左手を掴んでる。
集中していたものが途切れてぼくの手の平に集まった魔力がはじけ飛んだ。
何を使おうかとは全く思いつかなかったけど、使おうとした魔力の残滓はぼくの周りを漂った。
なんで、なんで止めるの!
そうこうしている間にウルフ逃げちゃったじゃん!
遠くへと駆けだして去っていったウルフを尻目にきっ、とシズクを睨みつけてぼくは叫んだ。
「シズクを傷つけたんだよ!」
「私なら、大丈夫です」
「でも、血が出てるし!」
「なんで怒るんですか。大丈夫ったら、大丈夫! それよりも……」
シズクはゆっくりとその身を起こそうとする。
背中の傷が痛むのか、目をぎゅっと強く閉じながらいっしょに胸に抱きかかえていたルフィスさまを起こした。
ルフィスさまは目を見開いて、何度も口で息を吐いている。
そんなルフィスさまの背をシズクが優しくなでる。
……2人のそんなやり取りがもっとぼくをむかむかさせた。
シズクは深く息を吸って、また吐いて……それから辛い顔を隠すようににっこりとルフィスさまへと笑いかける。
「大丈夫ですか、ルフィスさま」
「……え、ええ……私はなんとも……助かりましたわ」
「それは、よかったです」
まだ顔を強張らせているルフィスさまを安心させるみたいにシズクは笑いかける。強がって無理して笑ってるのはわかった。そんなに暑くないのにシズクの額から変な汗が流れだす。
シズクの背中の傷はひどい。
直ぐに治癒魔法をかけようとしたのに、それすらもシズクに無言のままに止められた。後で聞いたら、ウルフに魔法を使うのも治癒魔法を使うのも効果が強すぎるからだめだって言う。
そんなの気にしてられる場面じゃないのに! それよりもシズクのほうが大事なのに!
「だ、大丈夫か!?」
「ええ、大丈夫です。ルフィス様には傷ひとつありませんよ」
シズクは直ぐに駆け寄ってきた大人たちに保護されて怪我の治療を行われた。
この場でゼフィリノスさま以外に魔法の使えるホルカさまが治癒魔法を施してくれたからどうにかなったけど、ぼくの目から見てもその効果は薄い。
周りは驚いていたけど、傷口をふさぐ程度にしか効果ないじゃん。
「うぅ……お手を煩わせて、すみません……」
なんでか、シズクの身体は怪我を負った以上にぼろぼろだった。
歩くこともままならなく、立つのも辛そうでフォーレ家の執事さんに背負われて屋敷へと戻ることになった。
◎
帰宅後、シズクはオーキッシュさまの労いで屋敷の一室で静養することが許され、更に3日の休みを与えられたんだ。
できれば付きっきりでシズクといっしょにいたかったけど、シズクが休みの分もぼくが働かなきゃいけない。
だからその3日は大忙しになる――はずだった。
「うわぁ……すっごい美味しそう!」
「でしょ! リコにも食べさせてあげたいよね!」
でも、他のメイドさんたちが行っておいでってぼくの仕事を引き受けてくれるんだ。特に感情を滅多に表に出さないメイドさんはぼくのことをすっごい気にかけてくれる。
おかげでちょくちょく顔を出すことができた。
「怪我が治ったらモルニルさんにありがとうって言わなきゃ」
「その時はぼくもいっしょにいくね!」
ほかにも一番若いコックのモルニルさんがシズクのことをすごい心配してくれて、焼き菓子を秘密にくれたりもしたんだ。
だから、今はぼくもベッドの端に座ってモルニルさんからもらった焼き菓子をシズクといっしょに食べている。
とっても甘いイチゴのパイだ。こんなのグラフェイン家の食事ですら滅多に出ないのに!
飲み物は魔法で出した水を飲んだ。魔法で作る水は自分で温度も調節できるから冷たくて美味しい。でも、冷やし過ぎてお腹を壊すよってシズクに言われることもよくある……。
ふたりでにこにこしながら食べ終わってふうと一息。
(……そろそろかな)
ぼくはひとつ聞いてみることにした。
「ねえ、シズク。どうしてルフィスさまをかばったりしたの?」
「え……えーっと、あの時は身体が勝手に動いたんだよ。しかもご丁寧に雷の瞬動魔法まで使ってさ。それなのに水の硬化魔法は使ってくれなかったよ」
おかげさまで体中ぼろぼろだって笑う。
雷の瞬動魔法を無理に使ったせいで身体の関節のあちこちが悲鳴を上げちゃったんだって。
「多分、ゼフィリノスさまの命令が働いたんじゃないかな。壁になれって言われたし……」
あ……確かにそんなこと言ってた。
だから身体を無理やり動かしてさらに魔法を使ったせいで歩けなくなっちゃったんだ。
……また、いらいらしてくる。
ゼフィリノスさまが余計なこと言わなければシズクは怪我しなくてもよかったんじゃない!
でも、その命令が無かったらルフィスさまが怪我してたわけだし……むぅ! ぼくはどうしたらいいかわかんないよ!
「うん、ルフィスさまが怪我しなくてよかったよ」
そのことにむくれていると、にこって笑ってシズクが返す。
でもその笑顔がぼくの胸をチクリと痛めつけるんだ。
だって、その笑顔は、きっと、この場にいないルフィスさまへと送られたものなんだもん。
「……シズクはさ。ルフィスさまのことが大事なの?」
「ん? 今の流れでどうしてその話に?」
「あ、え! なんでもない!」
自分でもわかんない! ……つい言葉が出ちゃった。
な、何を言ってるんだぼくは。あれは全部命令からかばったものじゃないか。
シズクが首を傾げてぼくを見てくる。ぼくは直ぐに顔を逸らす。
そんなぼくを見てか、シズクはくすくすと笑いだした。
「もしかして、やきもち妬いてくれてるの?」
やきもち!?
「ば、ばか! そんなことないよ! ぼくが!? だれ、なんのために!?」
「ふふん、そっかー」
「そうだよ! やきもちをやく必要ないじゃん!」
「ふふ、そうだよね。あーあ、ごめんね。僕の勘違いだった。なんでもないなんでもない。それにしてもルフィスさまはかわいいしねー……守れてよかった。ルフィスさま大きくなったらきっと美人になるよね。そんな人を守れたなら怪我をした価値があったかも……って、ルイ? ルイ!?」
……あれ?
「……え、なんで」
さっきからぎゅっと傷んでた胸がじわりと胸が痛くなって、目の奥が熱くなる。
ぼくの目から涙がぽろぽろと流れ始めた。
「やだ……とまんない……!」
裾で拭いてもどんどん出てきちゃう。
なんで、わかんない。
「ご、ごめん、ルイ! 冗談だって!」
何が冗談だよ! ふん、シズクなんて知らない。
ぼくは今のよくわかんない顔を見られたくなくてシズクのベッドに身体を伏せた。それからシズクの膝の上に頭を乗せて、がぶって噛みついてやった。
痛いってシズクは言うけどいい気味だ!
(……でも、でもさ)
なんだかぼく、辛いや。
「ルイ……誤解しないでよ」
「……誤解って何。誤解なんて別にしてないけど」
なんでこういう言い方しかできないんだろ。
はあ、って溜息をつかせちゃう。
また困らせちゃったかな。ごめんね。
心の中で謝っても、ぼくの口からは謝れない。
「ねえ、ルイ……」
変わらず顔を伏せたままのぼくへとシズクは寂しそうな声をして話しかけてくる。
「あれはさ。たまたま命令がかかってルフィスさまを守ったけど、もしもルイが襲われたら僕は一目散にルイを守るよ。命令でも何でもなくルイが大事だからね。……まあ、ルイなら簡単に避けちゃうと思うけど」
「シズク……」
顔を上げてシズクを見上げる。
ちょっと照れているのかな。シズクは笑ってぼくの頭を撫でてくれるんだ。
「もしもルイがルフィスさまを庇って怪我をしたら僕だって同じ事したんじゃないかな。ルイを傷つけたウルフに僕が魔法を使ってたかもしれないね」
「そ、そうなったらぼくがシズクを止めるよ!」
「じゃあ、その時はお願いね」
「うん!」
シズクがぼくの髪の毛を撫でてくれる。
なんだかこういう時間も久しぶり。嬉しいな。
シズクの手はちょっとひやりと冷たかったけど気持ちいい。もっと涙が出そうになるよ。
ずっとこのままならいいのに、そう思う。
でも、それはドアを叩く音で終わっちゃったんだ。
ぼくは体を起こして直ぐに立ち上がる。ぼくが頷いてからシズクがどうぞと言って扉の奥の人を招いた。
「失礼します」
現れたのはベルレインさまとルフィスさまだ。
シズクはそのままに、ぼくはお客さまやオーキッシュさまたちが屋敷に帰ってきたときと同じようにお辞儀をする。
ベルレインさまは楽にしてと言ってシズクの前へと立った。ルフィスさまも同じく続いて……その顔はちょっとだけ赤いような……?
「あなたがいなければ娘がどうなっていたことか……グラフェイン家に仕える従者シズクよ。ベルレイン・フォーレは心より貴殿にお礼申し上げます」
シズクへとベルレインさまが深く頭を下げた。
その話し方はオーキッシュさまやホルカさまに話しかける時とは違ったものだ。
シズクは困った顔をしてベルレインさまのお辞儀をやめさせるように懇願する。でもベルレインさまは感謝を伝えるのに身分は関係ないと譲らなかった。
それから頭を上げたベルレインさまは一歩後ろに下がり、今度はルフィスさまが前に出た。
「シズク。お礼が遅れてごめんなさい。あなたがいなかったら私……」
ルフィスさまは膝をついてシズクの手を握るんだ。
「もう済んだことじゃないですか。ルフィスさまがご無事で何よりです」
「ありがとうございます」
またルフィスさまもぺこりとお辞儀をした。
使用人に頭を下げるってことは普通はしないってイルノートから聞いている。
だから、それだけ感謝されているってことはわかるんだけどちょっと胸がちくちくする。
それに、シズクを見るルフィスさまの表情が部屋に顔を見せた時から、ちょっと気になるものになってるんだ。
それを何て言ったらいいかぼくにはわかんない。でも、ぼくの中でだめだよって言ってるそんな気持ちだ。
顔を上げたルフィスさまを引き寄せてベルレインさまが口を開いた。
「シズク。この御恩は必ずお返しします」
「ご恩なんて、大したことはしてません。お気になさらずに」
しかし、とベルレインさまは引かない。
「娘を助けてもらったことには変わりありません。……俗物的ですが、何か望みはありませんか?」
「望み……ですか?」
驚いた顔をしてシズクが呟く。
あ、シズクが揺れている。人前だって言うのにシズクの表情がメイドから素に戻っている。
それからぼそり……と、目を泳がしなあらシズクは小さく、独り言をつぶやくみたいに声に出した。
「え?」
それを目を丸くして聞き返すベルレインさま。
「い、いえっ、なんでもありません! 本当にお気になさらないでください!」
でも、シズクは笑って手を振って否定した。
けれど、ベルレインさまは深々と頷き言葉を発した。
「……いえ、わかりました。深くは聞きません。そんな幼い身でお金が必要なんて何かしらのことでしょう。次に会う機会があれば用意しておきます」
「は? え、ちょっと!? 冗談ですってば!」
慌ててシズクは否定してもベルレインさまは小さく笑うだけだった。
シズクの弁解は聞きとげられないまま、一礼してベルレインさまたちは部屋から去っていた。
◎
1日が過ぎ、ベルレインさまたちは帰宅することになった。
シズクはまだ仕事に出ちゃダメだって言われて部屋にお留守番。ぼくはシズクの分までベルレインさまのお見送りだ。
ベルレインさまはオーキッシュさまとホルカさまに何度も感謝を伝えていて、オーキッシュさまは彼女らしくないとぼやいていた。
「恐い思いをさせてしまいましたね。僕が未熟なばかりに……」
「いえ……大丈夫、です」
ぼくはゼフィリノスさまと隣に並んで、ルフィスさまと対面していた。
ゼフィリノスさまはルフィスさまに迷惑をかけたと謝っていたけど、ルフィスさまは首を振るだけ。
なんだかもじもじとしていて、足元を見てはゼフィリノスさまの顔を見たりする。
その後、何か決心したのかルフィスさまは一つ頷き、ゼフィリノスさまへと顔を上げる。
ルフィスさまの顔付きは真剣だった。
「ゼフィリノス様。一つお願いがあります」
「なんでしょうか。僕で叶えられることならなんなりと」
「……では、シズクを本気で欲しいと思いました。彼を私に譲ってもらえませんか?」
ん? 思わず、耳を、疑ってしまいそうになった。
言っている意味がちょっとわかんなくて、何度も頭の中でルフィスさまの声を繰り返す。
5回目くらいでやっと意味がわかった。
…………はあ!?
「……そう、ですね。今回はルフィスに危ない目に合わせてしまいました。こちらとしてもそれなりの償いをしないといけませんね。わかりました。奴隷の契約を譲歩しましょう」
「ええええ―――っ!!」
人目を気にせずにぼくは喉の奥から声が出た。
そんなのないよ!
シズクをルフィスさまに渡したら離ればなれになっちゃう!
「ルイ、“黙りなさい”」
「ゼ……っ!?」
……フィリノスさまそれはひどいよ! って声が出ない!?
ぼくをそのままにしてゼフィリノスさまは頷いた。
(待ってよ! シズクはぼくの弟だよ! そんな家族をかってに離ればなれにしていいと思ってるの!?)
ぼくの声は出ず、その間にルフィスさまの顔が輝く……。
「で、では?」
「でも、一つだけ条件があります。奴隷の譲歩には奴隷を購入した金額を払ってもらわないといけません。僕としては今回の非礼として無償で譲ってもよかったのですが……契約の都合上シズクの譲歩には3リット金貨に50リット銀貨が必要になります」
それを聞いてルフィスさまの表情が曇る。
「……今は持ち合わせがありませんわね」
「こればかりは契約で決められたことですので。次来たときにでもお持ちいただければすぐにでもお渡ししましょう」
「わかりましたわ。それまで大事に扱ってくださいね」
「出来る限りは」
その後、上機嫌でルフィスさまは馬車に乗って帰って行ってしまった。
笑って見送らなきゃいけないんだけど、ぼくは何とも言えない顔で見送ることしかできなくてカリアさんからきつく怒られちゃった……。
でも、お説教もぼくの耳には入らず、ただずっと先のことばかり考えていた。
……シズクが売られることが決まった。
ひどい、まずい、どうしよう。
次にフォーレ家が来るのはわからない。
わからないけど、このことはシズクには言ってない。言うかどうか迷ってる……。
イルノートもその場にいたからぼくらの話は聞いてると思うけど、シズクに言ったのかな。
……怖くて聞けないや。
◎
《――と言うわけで早くお金をためないといけなくなった……》
寝る前にレティと今日一日あったことを『
一日の終わりはいつもレティだ。今じゃお互いに魔法を使っていなくても、話し掛ければ直ぐに伝わるくらいこの魔法も上達した。
ま、お互い忙しかったりで通じない時もあるけどね。
レティはイルノートにも話せない相談事を聞いてくれるから大好き。迷惑をかけちゃいけないからって程々にしちゃいたいんだけど、ついつい話しちゃうんだよね。
ちなみに最近のレティの方は魔法の練習とは別に公務? に参加してるみたい。
話を聞いてわかったけど、なんだか偉い人の子供なんだって。
《毎回聞いてて思うけど、ルイってすごいことばかり経験してるわね。ルイは今の私がしたいと思ってることを全部叶えちゃってる。いいなあ》
《全然よくない! だって、早く集めないとシズクがルフィスさまに持ってかれちゃうんだよ! いつ来るかもわかんないしさ!》
《じゃあ、なおさら焦らないの。来る日がわからなくても明日明後日ってわけじゃないんだし、焦って怪我でもしたらシズクくんみたいにベッドに縛り付けられちゃうぞ》
《そうしたら治癒魔法があるよ!》
《それで治ったとして、イルノートさんやシズクくんが許すと思う?》
《それは……》
レティはぼくよりも2人のことがわかってるみたい。
……うん、もしもぼくが怪我をしたら多分次の日は休みにしちゃうと思う。そしたらお金が貯められない。
ぐぅ、と口からうめき声が漏れた。
《だから、出来ることからコツコツとやっていくの。焦らないで。いつも通りにこなしていくのよ》
《……うん。わかった。ありがと。レティ》
《いえいえ、どういたしまして……っていうのも変かな》
レティがいてくれて本当によかった。
年上の女の人って周りにもたくさんいるけど、こういう話って相談できないんだよね。レティは大好き。
ぼくにはレティがいるけど、シズクは誰に相談してるんだろう。やっぱりイルノートかなあ。
あ、そうだ。
相談ついでに何度目かのもう一つを聞いてみることにした。
《ところで、男の子って好きな男の子には女の子の恰好ってさせるもの?》
《はあ?》
《よばいとふたまたってなに? イルノートは笑って教えてくれなかった》
《かけられたの!?》
結局、レティも教えてくれなかった。
いじわる。
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